2003年 02月 13日
■札幌から■ 「就職説明会で何が見える?」 2003年2月13日
そこに集まった人たちは、どんな思いで職を探しているのか。全国の失業率は5%超が常態化し、札幌でも街角から人影が消えています。週末であってもススキノは、ガラガラです。
最近、会う人ごとに「北海道新聞の社会面は面白くない」と言われ続けました。私自身は必ずしもそう思っていないのですが、読者にすれば、社会面から人々の息遣いが読みとれないからかもしれません。
もっとも、思い当たることもあります。それは最近の社会面は、役所や団体、NGOやNPOの組織名を主語とする原稿が、なんだか急に増えてきたということです。
本来なら、AさんやBさん、Cさんを主語とする原稿がもっとたくさんあっても良いのでしょう。「足元から社会を見る」というと何だか大袈裟で、かつ正義漢ぶっていて居心地が良くないのですが、1人1人の肉声や息遣いを通じて社会の歪みを照射する努力は、もっともっと必要です。それは間違いありません。
政治記事や経済記事も同じ問題を抱えているのでしょう。「小泉改革には大きな問題点がある」と力んでみても、改革の矛盾は、永田町や霞が関に存在するわけではありません。世の中のそこここに、札幌の街角や道内の寒村、都会の雑踏といった社会の中でこそ、矛盾は噴き出しているのです。
それを自分の目で見て、鋭く感じ取ることなしに、「小泉政権はー」「財務省はー」といった主語の原稿を重ねても、読者との距離はなかなか縮まらないでしょう。
永田町・霞が関で日々取材に走りつつも、時々は狭い世界を捨て、現実社会の中で矛盾を感じ取る。それがどんどん忘却されているようです。私自身が東京時代にほとんどできなかったことですから、余計にそう思ってしまいます。「なかなかそうはいかないよ」「記者クラブ詰めや番記者だから無理」という惰性の中で、志をどこかに置き忘れたのでしょうか。
記者の世界に残る(こびりついている、と言った方が正確ですね)、それらの古い因習にしがみ付くことでしか政治記者・経済記者を続けられないとしたら、そんな状態で製造される記事の数々はますます「官報」になってしまい、世の中を変える原動力どころか、読者にも振り向いてもらえないに違いありません。
メディアに世の中を変える力が残っていれば、の話ですが。
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by masayuki_100
| 2003-02-13 16:34
| ■ジャーナリズム一般