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ニュースの現場で考えること

12月もいくつか公開・準公開のトークセッション、シンポジウムなどに出席します。決定しているものは以下の通りです。

12月1日午後6時〜同7時半(これは本日)
 立命館大学産業社会学部 ジャーナリズム研究科特別講義
   「技、粘り、逆襲、そして希望 〜 調査報道の現場に生きて」


 同大学 洋々館960教室
 奥村先生とトークする形で進行する予定です
 ニコニコ動画のニコニコ生放送があります → URLはこちら


12月3日午後1時半〜
 シンポジウム「調査報道をどう進めるか」

 上智大学2号館508教室

 私は基調報告。メーンのシンポジウムでは、「プロメテウスの罠」などを連載の朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、検察問題に詳しい元NHKの敏腕記者で現在は東京都市大学教授の小俣一平さん、共同通信編集委員で日米核密約に詳しい太田昌克さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん・橋場義之さんが登壇します。
 資料代として500円。予約等は必要ありません。
 イベント概要はこちら → 私のブログの過去のエントリ 小俣さんのブログ


12月9日午後8時〜
 ニコニコ動画 ニコニコ論壇の生中継

 「沖縄」を考える〜「レイプ」発言、メディア、日米問題

 出席は沖縄国際大学教授の前泊博盛さん(元琉球新報論説委員長)、元外務省国際情報局長、元防衛大学教授で日米問題に厳しい警鐘を鳴らし続ける孫崎享さん、それに高田。
 防衛省の沖縄防衛局長が問題発言で更迭されました。依然として歪んだままの日米関係、沖縄の基地問題。なぜこんなことが続くのか。こうした問題に旧態依然とした既存メディアはどう関わっているのか。調査報道の名手として知られ、日米の機密を次々と暴いた前泊さんの経験、鋭い視点を保持し続ける孫崎さんにたっぷり語っていただく予定です。
 中継のチャンネルはこちら → ここを押せば生放送用のページへ飛びます


12月15日午後6時〜同7時半
 ジュンク堂書店 札幌店のトークセッション
 「権力の壁を打ち破れ! 道警裏金問題のその後を交えて」


 出席は、北海道警察の元釧路方面本部長で現在は市民のフォーラム北海道代表の原田宏二さん、それと高田。司会はフリージャーナリストの浅利圭一郎さん
 北海道警察の裏金問題が世上を騒がせてから、すでに8年ほどが経過しました。しかし、問題は本当に解決したのでしょうか。最近では稲葉圭昭・元道警刑事が、「道警は覚せい剤130キロ、大麻2トンの密輸に関わり、それを闇から闇へと葬っている」と近著「恥さらし」(講談社)で核発しました。この問題と裏金問題は密接に関わってもいます。
 原田さんは「朝まで生テレビ」にも出演するなど警察問題を語らせれば、当代の第1人者です。また「道警の覚せい剤密輸事件」に絡めて道民の皆さんの前で直接話をされるのは、今回が初めての機会となるはずです。
 定員25人、ドリンク代400円。事前の予約が必要です。
 詳細はこちらのページでご覧になることができます。→ こちらをクリックして下さい
# by masayuki_100 | 2011-12-01 12:15 | ■2011年7月~

早稲田大学出版部から 「対話」のジャーナリストが発刊された。その中に私の講義録「発表報道から調査報道へ」が所収されている。本書そのものは、石橋湛山ジャーナリズム大賞の受賞者による記念講演などを収録し、毎年発行されている。いわば年度版なので、ご存知の方も多いと思う。花田達郎先生がコーディネーターを務める講座「報道が社会を変える」の講義を収録した1冊で、私は調査報道をどう進めていくか、というようなことを話している。花田先生が所長を務める早稲田大学ジャーナリズム教育研究所のHPのトップページでも、同書が紹介されている。

主な内容は以下の通りだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はしがき――「対話」のジャーナリスト 花田達朗

〈原発、核汚染、震災、戦争:「いのち」との対話〉
誰のためのメディアか――原子力をめぐる報道について=鎌仲ひとみ(映像作家)
世界の核汚染と福島で今起こっていること=森住卓(フォトジャーナリスト)
「NHKスペシャル」の制作現場から「戦争・災害・事件」報道について=藤木達弘(NHK)

〈当事者との対話、取材者の自問〉
沖縄の貧困問題――連載「生きるの譜」取材を通して=与那嶺一枝(沖縄タイムス)
認知症問題のルポをどう進め、どう描いたか=五十嵐裕(信濃毎日新聞)
男女の境界を生きる子どもたち=丹野恒一(毎日新聞)

〈対話する「当事者ジャーナリスト」〉
東名高速酒酔い事故で子ども二人を失って――市民の声で出来た危険運転致死傷罪
=井上郁美、保孝(ともに会社員)

〈地域に生かされ、地域と対話する新聞経営者〉
地域紙の存在意義と事業性=近江弘一(石巻日日新聞)

〈対話の奇跡が生まれるとき〉
奇跡を体験できる幸福=国分拓(NHK)
裁判官は“聖職”か?=笠井千晶(中京テレビ)
「井の中の蛙」が語るドキュメンタリー論=阿武野勝彦(東海テレビ放送)

〈読者のために公権力の中に入って対話する〉
沖縄米軍基地報道の立ち位置――普天間問題が問う民主主義の熟度=松元剛(琉球新報)
発表報道から調査報道へ=高田昌幸(ジャーナリスト)
特捜検事の証拠改ざんをどう明らかにしたのか=板橋洋佳(朝日新聞)

あとがき 花田達朗
# by masayuki_100 | 2011-11-12 17:18 | ■2011年7月~

前回も宣伝した。今回も宣伝である。宣伝ばかりで申しわけないが、調査報道のシンポジウムにぜひ足を運んでもらえたら、と思う。場所は東京・四谷の上智大学、日時は12月3日(土)午後である。調査報道のシンポジウム ぜひどうぞ_c0010784_23393917.jpg 
シンポは「権力vs調査報道」(旬報社)「調査報道がジャーナリズムを変える」(花伝社)など調査報道に関する書籍が今年、一気に3冊も出版になったことから計画された。

シンポジウムの登壇者は、まず、朝日新聞特別報道部の部長、依光隆明さん。高知新聞社会部長から朝日に移った方だ。高知新聞時代は県庁の闇融資問題で新聞協会賞を取るなどした。朝日新聞に移ってからは、水戸総局長、そして特別報道センター(現特別報道部)へ。最近では、福島原発の事故に関する連載「プロメテウスの罠」を部員とともに手掛けている。当日は、その裏話も聞けるのではないか、と思う。

シンポジウムには共同通信編集委員の太田昌克さんも壇上にあがる。核問題の取材経験が豊富で、核問題に関する著作も多い。2009年には、核の持ち込みに関する日米密約をスクープし、時の政権に大きな影響を与えた。

東京都市大学教授の小俣一平さんは、NHKの敏腕記者として名を馳せた方である。調査報道に関する本格的な学術論文を書かれ、今月中旬には、「新聞・テレビは信頼を取り戻せるか 調査報道を考える」(平凡社新書)が出版される。「坂上遼」のペンネームでもノンフィクションを書かれているから、ご存知の方も多いと思う。

それに上智大学新聞学科の田島泰彦教授もパネリストとして登壇する。田島さんは日本のジャーナリズム研究の第一人者であり、日本のメディア状況を強く憂いている。
# by masayuki_100 | 2011-11-10 23:51 | ■2011年7月~

少し前、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催のジャーナリスト講座で、主に文章講座を受け持った。あれやこれやと、例によってまとまりのない話だったけれども、若い方を中心に30人ほどが熱心に耳を傾けてくれた。そのときの様子は、東京都市大教授の小俣一平さんが「絶好調!T田節」と題して、自身のブログに書かれている(なぜか、私はT田となっているが。笑)。

で、そんなこんなで2度目の文章講座を開くことになった。前回もそうだったけれど、参加者には年配の、人生の先達である方々も少なくなかった。私ごときが何かの「指導」をするなど、非常におこがましいし、気恥ずかしくもある。一回目と内容がだぶる可能性もある。そうした諸々の事柄を差し引いて、それでも「聞いてみたい」という方がおられるなら、ぜひ、ゆっくりと、あれこれの話を交わしてみたいと思う。

私の他に、別日程では、沖縄タイムスのベテラン記者、与那嶺さんも登壇される。こちらは中身の濃い講義になることは間違いない。

下記はJCJの担当の方が作成された案内文である。

・・・・・・・・・・(以下、引用)・・・・・・・・・・・・・


10月のジャーナリスト講座の好評を受けまして、第二期のJCJジャーナリスト講座を開くことにな
りました。以下のようにプログラムを決めました。

新聞・放送分野を目指す方々、またフリーとしてこれから頑張ろうとお考えの方々、皆様のお役にたてればと思っています。ふるってご参加ください。

《新聞・放送分野を目指す人のために……第Ⅱ期JCJジャーナリスト講座》

11月12日(土)午後6時半から9時 
京橋区民館・第1号室で(東京都中央区京橋2-6-7 地下鉄銀座線・京橋駅下車6番出口から徒歩2分 都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口徒歩2分))

「沖縄・普天間基地と日米安保を考える」
  講師・沖縄タイムス東京支社編集部長・与那原良彦さん

 沖縄タイムスで長く政治・経済部門を担当してきた与那原記者は歴代の沖縄県知事の取材や基地問題に取り組んできました。東京支社では政府と沖縄県の動きを両方にらみながら、沖縄の明日を考える日々です。米軍・普天間基地の移転問題の本質は何か、地元の人たちはどのように考えているか。そして沖縄タイムスの報道の視点は。地方紙の役割や中央メディアとのギャップ、記者の苦労などについて、体験談も含めてお話しいただきます。 

11月19日(土)午後1時半から5時  
築地社会教育会館・第1洋室で(東京都中央区築地4-15-1 地下鉄日比谷線・東銀座駅6番出口から徒歩5分)

元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座①
*事前に作文を提出。締め切りは11月9日。厳守。それ以後はいかなる理由があっても、添削しない。作文の課題は後日、連絡。

講座前半・添削した作文をもとに実践講義。
同後半・会場で受講生が二人一組にいなってもらい、互いに簡単な取材。そのうえで300字の作文を書く。

11月20日(日)午後6時半から9時
築地社会教育会館・第3洋室(同上)

元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座②
19日に書いた300字の作文を返却。講評。

資料代 12日1000円、19日1500円、20日1500円 (注;19日と20日は講師旅費・添削が加わるため1500円です。3日間のうち、いずれか1日だけの参加もOKです)

定員 40人(予約が必要・先着順)
申し込みはメールかファクスで日本ジャーナリスト会議事務局へ(新聞部会から返信します) 27日から受け付けます。
メール jcj@tky.3web.ne.jp  ファクス  03・3291・6478

主催・JCJ新聞部会  
問い合わせ・JCJ事務局(電話03・3291・6475)
JCJのホームページ http://www.jcj.gr.jp
# by masayuki_100 | 2011-10-26 20:24 | ■2011年7月~

少し先のことですが、東京で調査報道に関するシンポジウムが開催されます。私も少し話をさせて頂くことになっています。以下はそのご案内です。

<シンポジウム>
調査報道をどう進めていくか


「3・11」の大震災に伴う福島第一原発の災害をめぐっては、「大本営発表 ばかりの報道だった」などの激しい大メディア批判が沸き起こった。その一方 で、「ジャーナリズム復権のためには、発表報道を克服して調査報道を重視すべ きだ」との認識や動きも確実に広がっている。
  調査報道の現状はどうなっていているのか。課題は何か。可能性をどう広げ、 豊かにしていくか。調査報道にかかわってきたジャーナリストや研究者たちが 縦横に議論する!

<基調報告 調査報道を阻むもの〜当局との二人三脚をどう断ち切るか>
高田昌幸(ジャーナリスト、元北海道新聞報道本部次長)

<シンポジウム 調査報道をどう進めていくか〜課題と可能性を探る>
依光隆明 (朝日新聞特別報道部長、元高知新聞社会部長)
太田昌克 (共同通信社編集委員)
小俣一平 (東京都市大学教授、元NHK社会部担当部長)
田島泰彦 (上智大学教授)
     コーディネーター/橋場義之(上智大学教授)

と き:12月3日(土)13:30〜16:30(開場13:00)
ところ:上智大学 2号館 508 教室 (JR、地下鉄四ッ谷駅下車/千代田区紀尾井町7−1)
資料代:500円

主 催:調査報道シンポジウム実行委員会
   連絡先: FAX 03−3238−3628(上智大学・田島研究室気付)
         chosahoudou@gmail.com

協力
 *花伝社(『調査報道がジャーナリズムを変える』本年5月出版)
 *旬報社(『権力vs調査報道』本年10月出版)
 *平凡社(『新聞・テレビは信頼を取り戻せるか: 調査報道を考える』本年11月出版予定)

※上記のうち、私は「権力vs調査報道」の共編著者であるほか、「調査報道がジャーナリズムを変える」の第三章を執筆しています。
# by masayuki_100 | 2011-10-25 17:53 | ■2011年7月~

北海道警察の元警部、稲葉圭昭氏の著書「恥さらし」(講談社)が売れているようだ。大型書店のオンラインで調べてもらったら、当然ではあるが、北海道での売り上げが群を抜いている。しかし、稲葉氏が告発した内容は、おそらく、北海道にとどまるものではあるまい。

稲葉氏が逮捕された2002年当時、この事件は「稲葉事件」と呼ばれた。これはもう、正しい呼び方とは言えない。

「恥さらし」によると、書北海道警察と函館税関は2000年、暴力団関係者と事前に謀議を重ねた上、覚醒剤130キロと大麻2トンを組織として「密輸」した。黙認ではなく、「入れさせた」が正しい。覚醒剤といった薬物を何度かに分けて、大量に密輸させる代わりに、最後は拳銃100丁だか数百丁だかを入れさせる。その拳銃を摘発する、という仕掛けだった。拳銃を摘発する代わりに、大量の薬物の密輸を認める。これが当時の道警のありようだった。むろん、こんな大がかりなことを稲葉氏一人で遂行できるはずはない。

しかし、覚醒剤と大麻を国内に流入させたあと、計画は頓挫した。道警・税関が組んだ先の暴力団関係者とその後、連絡が取れなくなり、拳銃を入れさせるところまで進まなかったからだ。

この事件の舞台となった小樽は、北海道新聞記者時代の私の初任地である。覚醒剤と大麻が入った石狩湾新港も近所のようなものだった。駆け出し時代は「海事担当」という役割を担ったこともあり、函館税関小樽支署へもよく出かけた。当時の建物は取り壊されてしまったが、建物は変わっても消せないものはある。絶対にある。

「覚醒剤130キロ、大麻2トン」の記事は、北海道新聞の記事になった。2005年3月のことだ。裏金問題がまだ尾を引いているときで、社会面に大きな記事となった。取材を担当したのは、当時のサツ回り、すなわち、裏金問題を追及した記者たちである。しかし、その後、北海道新聞の上層部は、あろうことか、道警側に屈するような形で、「あの記事は取材が不足してました」という趣旨のお詫び社告を出す。北海道警察に情報開示請求したら、文書不存在との結果だった、だから、あの記事は根拠がない、といったことも理由の一つだった。

そもそも、覚醒剤を密輸しましたなんて文書が残っているとは思えないし、仮にあったとしても、そんな事柄を情報開示請求で取得できると半ば本気で思っていたとしたら、その方が信じがたい。まあ、しかし、いろんなことがあって、北海道新聞は道警に「ひれ伏し」、この問題は北海道新聞にとってタブーになった。タブーになった以上、だれも触ることはあるまい。だから、稲葉氏のからんだこの問題が、北海道新聞の紙面を飾ることは、新聞社自身の調査報道の結果としては、有り得ないだろうと思う。タブーとはそういうものだ。そして、タブーを抱えた組織は内にこもり、打たれ弱くなる。

稲葉氏の絡んだ問題とは何か。

それについては、あす、10月21日の夜、ニコニコ動画の生中継で放送する。警察裏金問題を実名告発した北海道警察の元釧路方面本部長、原田宏二氏が出演する。原田氏は道警時代、稲葉氏の上司だった時期がある。さらに、警察問題に詳しいジャーナリストの青木理氏も札幌へ足を運んでくれる。番組には私も出演する予定だ。稲葉氏には、私も何時間にも及ぶインタビューを行っており、その一端を紹介できるかもしれない。

稲葉氏のからんだ事件については、「市民の目フォーラム 北海道」のホームページにも詳しく出ている。番組が始まるまでの間、つらつら眺めていると参考になるかもしれない。
# by masayuki_100 | 2011-10-20 11:30 | ■2011年7月~

若手写真家の登竜門になっている「上野彦馬賞」。インタビュー集「希望」(旬報社)のグラビア写真「家族」が、その2011年度の日本写真芸術学会奨励賞に選ばれた。

撮影者は、東京のフリーカメラマン江平龍宣さん。賞の対象となった「家族」の写真を最初に見たとき、大げさでなく、見入ってしまった。幾枚かのモノクロ写真に映った「家族」たちが、こう、何かを語りかけてくるのである。彼らは何を語っているのか。それはおそらく、見る人によって違う。作品は江平さんのホームページで見ることが出来る。

昨晩は久しぶりに、その江平さんと歓談した。昨日は東京・神保町で、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催の「ジャーナリスト講座」があって、文章講座などを担当した。受講者には若い学生さんたちも多く、当然のように「夜の部」へ場所を変えたところ、江平さんから「久しぶりです」と電話があり、彼も合流したのである。

江平さんは雑誌「世界」(岩波書店)のグラビア写真公募に採用され、組写真「Bharat」が世界の巻頭ページを飾ったことがある。

江平さんの話では、ある日、西武線に乗っていると、隣に座った年輩の男性が、当該の「世界」を開いていた。それ、撮影したのは僕なんです、と話しかけて、しばらくの間、会話が弾んだ。聞くと、年配の男性はJCJの会員だという。それで、日本ジャーナリスト会議という団体があることを知って、2009年末、東京・市ヶ谷で開かれたJCJ主催の講演会に顔を出した。その講演会には私も顔を出していて、昨晩と同じような「夜の部」で、初めて彼と言葉を交わした。

江平さんは、物静かである。しかし、市ヶ谷の夜の部で見せてもらった写真には、強烈なメッセージがあった。わあわあと喚くような声が飛び交う居酒屋で、しばし、彼が持ち歩いていた写真の数々に見入ってしまった。だから、その後は、なんの迷いもなく、彼にお願いしたのだと思う。いま、「希望」というインタビュー集を作ろうと思っています、グラビアページも作りたいんです、協力してもらえませんか、と。

市ヶ谷の講演会の日、めんどうくさいから、足を運ぶのはパスしようかなと思い、そのまま本当にパスしていたら、「希望」に江平さんの「家族」が載ることはなかった。江平さんの乗った西武線の電車が1本前後していたら、江平さんが「希望」にかかわることはなかった。

「希望」は、文章を担当した取材者が20人もいる。私はその1人に過ぎないし、ほかの多くの取材者の方々も何らかの縁があって、そこに参画した。少々長くなったけれど、縁とは不思議なものだ。つくづく、そう思う。そして、たぶん、世の中の多くはそうした縁の連鎖で動いている。昨晩の神保町の講座や「夜の部」からも、きっと、いつか、何かが生まれる。
# by masayuki_100 | 2011-10-16 10:29 | ■2011年7月~

インタビュー集「希望」(旬報社)について、東京大学大学院教授の本田由起さんが、すてきな書評を書いて下さった。「朝日中学生ウイークリー」に掲載されている。(→記事PDFはこちら) 本田さんは「薄っぺらいキャッチフレーズではない、苦境や絶え間ない日常によって鍛えられた『希望』。それに触れれば、簡単に絶望などできない、してはならないということを、強く実感してもらえるだろうと思います」と書かれている。

何かをきちんと伝えるためには、一定程度の分量は必要だ。短い文章や単語、キャッチフレーズだけでは、伝えることができないものがある。それは、たくさんある。社会も人それぞれの人生も複雑になった今、それは当たり前のことだ。「希望」はおそらく、最近では珍しく、分厚い。活字が多い。しかし、分厚さにはそれ相応の意味があるし、分厚いぶん、インタビューに応じてくれた方々の種々の思いがぎっしりと詰まっている。

自分の携わった本が、どのような読まれ方をしているか、それはやはり気になる。とくに、「希望」は思い入れが強いだけに、今回の書評はうれしかった。中学生でも十分に理解できる内容だし、中学生や高校生にこそ、読んでもらいたいとも感じている。

「希望」(旬報社)のアマゾンのページはこちら。書店の店頭でも、ぜひ手にとって下さい。
# by masayuki_100 | 2011-10-13 08:14 | ■2011年7月~

 インタビュー集「希望」(旬報社刊)が、ありがたいことに、あちこちで好評を頂いている。「予想以上に分厚い」という声も頂くが、世の中の様々な人々の声をきちんと伝えようとしたら、こんな分量になった。しかし、分厚い=読みにくい、ではないと思う。インタビューされた人が、読者であるあなたの前で自在に語り始める。。。そんな特別な一冊だ。
 最近の書評やネットで拾った読後感を紹介しておきたい。

東京新聞 中日新聞の書評 (記事のPDFはこちら)

 人間が生き続けるために必要な事柄の一つは希望を保つことであろう。だが原発事故を含む東日本大震災後では、どれだけの人々が希望を失っているだろうか。本書は大震災の前年にインタビューを開始し、六十三人の<希望>を収集した大書だ。発刊前に災害が起きたため、被災者の声も収録されている。登場者は幾人かの著名人を含み、大半が市井の人々。高校生から八十代までを網羅しているが、比較的三十代、四十代が多い。その仕事と場、そして人生体験の多種多様さ。このこと自体に評者はある種の希望を感じた。
 白地に赤い「希望」の書名と、笑顔あふれる家族の白黒写真のカバーに固まった心がほぐれてゆく。表現は明るいが、絶望を希望に変え、希望に到達していくまでを語る人々の心情は重い。
 語り手の言葉遣いが一言一句そのまま記されており、声音や抑揚までもが読む者に反響する。その率直な語りの中に、虚を衝(つ)かれる感動的な言が浮上してくる。プロの書き手である二十人の取材者は、芝居のト書きに似た説明を適所に補うだけで黒子に徹する。語り手が一気に独白する人生は、まさにその人だけのドラマである。内容ごとに「生きて、生き抜いて」「既成を疑う」「日本で生きる、外国で生きる」「転身、その後に考えたこと」などの章立てはまことに魅力的だ。
 印象的なのは、彼らが自身の希望に言及したりその<ありか>を設定することなく、通過してきた地点、いまある位置について淡々と述べていることだ。度重なる試行錯誤や艱難(かんなん)を乗り越えてきた自信に満ちている(後略)。

ブログ revolution から

 とかく、自分さえ良ければ良い、他人を蹴落として自分だけが這い上がれば良いといった、資本主義的競争原理に基づいた利己主義で生きるのが人間の本性だと思いがちだ。『希望』高田昌幸編(旬報社)を読むと、世の中、そんな人ばかりでは無いことが分かる。

 24時間365日急患を受け付ける「スマイル子どもクリニック」を立ち上げた加藤さんご夫妻。夜間救急に対応してくれる病院が少なく、たらい回しになって亡くなる患者が後を絶たない現状を憂え、最初は無給で預貯金を切り崩したり、自身が過労で倒れ救急車で運ばれたりしながらも、とにかく子どもの命を助けたい一心で、苦労を苦労と思わずチャレンジし続け、徐々に理解者や協力者が増え、現在は常勤医師が2医院で5人、非常勤医師35人、看護師・薬剤師・事務員・警備員120人。最近は、海外難民キャンプでの医療支援も始めたとのこと。医は算術でなく仁術だという事を実践している人達が居ることは、何とも心強いことだ。

 長野県安曇野市に、鉄格子もフェンスも鍵も無い少年院「有明高原寮」があり、短期集中で矯正教育を受けている少年たちと、地域の女性や小中学生が「鐘の鳴る丘コンサート」を開いているという。生徒(16~19歳の少年20人ほど)が先に会場にいて歌い始め、その歌声の中へ、女性合唱団が入場し、互いに向き合って表情を見ながら歌う。心を一つにして歌うことで、一瞬のうちにきずなが生まれる。歌う人も聴く人も、会場中の人が感激し、泣く人が沢山いるとのこと。この音楽指導をしている西山さんは難病を抱えながら、「命がけであの子たちと付き合ってます。命がけで音楽やるんです。出来るときに何でも一生懸命にやっとく。それが成功に繋がるし、次の喜びや達成感に変わる。苦労や厳しさの向こうに未来ってあるでしょ?」と明るく語る。

 他にも、「元受刑者だろうが関係ない。みんな人生かかってるから。」と受刑者や障害者を受け入れている建設会社の社長や、「守銭奴になったらいかん。」と社長の給料より従業員の給料を高くしている電気チェーン店の社長、両手の無い書家など、世のため人のため真摯に、試練を超えて逞しく生きている素晴らしい人達が紹介されている。

差別や偏見、虚栄心に満ちた社会の中で、自分の幸せより他者の幸せを考え、弱者に寄り添い、罪を憎んで人を憎まずの温かい寛容な心で地域を変える人達が居る。華やかなマスコミに登場したり、表彰されたりする事も無く、人知れず、よりよい社会、誰もが幸せに生きられる社会の実現のために、ひたむきに尽力する人達が居る・・・


「希望」という名の歌声が聞こえる めい展じゃあなる

 久しぶりに、いい本と出会いました。「希望」(高田昌幸編、旬報社)。大津波に生活を砕かれた岩手の16歳の女子高生、回りの医者たちが逃げ出す中で孤軍奮闘して薬害エイズ患者を治療した医師、少年院の生徒たちと歌い続ける合唱団のおばさんもいました。「あなたの希望は何ですか」というインタビューに答えた全国の47人が登場します。3・11で大きくへこんだニッポン。でも前を向いて懸命に生きる、元気な人たちがいるのです。

 寺山修司はすごい人です。彼のポケットには名言がつまっている。「五木寛之の世界」(文芸春秋社)に「黒いアルバム」という寺山の文章があります。五木の小説に出てくる主人公たちは、無の世界を見た「人生をおりた」人が多いそうです。「人生をおりる」というのは、「希望という病気」から全快してアッケラカンと風に吹かれて生きてゆくことだ、と寺山は書いていました。

 アラ還の年代になると「夢もチボー」もなくなります。眠りが浅くなって見るのは悪い夢ばかり。特に3・11以降は夢見が悪い。寺山さんがいうように、希望とは無縁のアッケラカン人生もいいな、と無の世界が広がっていました。
 そんな時に読んだのが「希望」です。
 長野の合唱おばさんたちは、毎年1回「鐘の鳴る丘コンサート」を開いて30年になるそうです。場所は安曇野市にある少年院の体育館。おばさんたちの女性合唱のあとに生徒たちの男性合唱があり、お客さんと一緒に童謡などを歌ったあとがメインの混成合唱です。それぞれ別々に練習してきて、本番で初めて一緒に歌う混声合唱。それが大きな渦となって、熱く燃えるような歌声が広がるそうです。「歌う人も聴く人も、会場中の人が感激しちゃって、泣く人がたくさんいてね。わけもなく涙がでてくるんですよ。最後に長渕剛さんの<乾杯>を歌って、生徒たちも涙、涙でね」(指導者の西山紀子さん)

 北海道の人も出てきます。イラクで人質になって有名になった高遠菜穂子さんは今も支援のボランティアを続けています。夜間中学をつくる運動を20年間やっている札幌の工藤慶一さんとか、頑張っている人がたくさんいるんですね。
 小さくても希望の灯をしっかり見据えて前に進む人たちの姿に打たれます。アッケラカンおじさんは赤面の限りです。


インタビュー集「希望」(旬報社) アマゾンのページ
# by masayuki_100 | 2011-09-27 07:45 | ■2011年7月~

あまりにも当たり前すぎて、ふだんは不思議に思わないことがある。「新聞はニュースを報じる」。これもその一つだ。ニュースを報じない新聞は新聞ではない。実にその通りだ。しかし、「新聞はニュースに縛られている」のも事実である。これはどういう意味か。先日、東京・文京のシビックセンターで月刊誌「創」のシンポジウムがあって、そこでも同じことを言った。うまく説明できたかどうか、自信がないので、ここに書き残して、再度きちんと説明しておこうと思う。

「ニュースとは何か」という、大学の講義みたいな話になってしまうが、少しお付き合い願いたい。

ニュースの基本は「出来事」を追うことだ。戦争や政局、事件・事故、株価の動向、企業の新製品。これらは、すべて「出来事」である。出来事であるからニュースになる。「出来事」とは、簡単に言えば、「動き」のことだ。逆に言えば、「動き」のないものはニュースになりにくい。

最近、「新聞は原発反対のことをずっと書いてこなかった」「原発の危険性を訴えてこなかった」と批判されている。私に言わせると、前者は誤解、後者は正解である。

図書館で古い縮刷版を紐解く機会があれば、ぜひ、眺めて欲しい。全国各地で原発反対運動が盛り上がっていた1970年代、80年代、新聞はそれなりに反対運動のことを報じていた。もちろん、報道内容に濃淡はある。媒体によって差もある。読者の立ち位置によって、報道内容への評価も分かれよう。しかし、「反対運動を報じて来なかった」は誤りだ。公聴会が大荒れになったとか、反対派が集会を開いたとか、それなりの報道は続いていた。それが80年代の後半ごろから、ぴたりと止んだ。なぜか。答えは簡単だ。原発が出来て、稼働を始め、反対運動がしぼんで来たからだ。原発が既成事実になって、反対運動の「動き」が小さくなってきたからだ。

そうなると、次に来る原発関連の大きなニュースは何か。電力会社が次ぎに何を行うか、を追うことだ。原発の増設、新規計画の動向、プルサーマル計画の進捗。そういった「動き」がニュースになる。新聞社では、「反対運動」の取材主体は、たいていが社会部であり、「電力会社」の取材主体は経済部だ。反対運動の縮小に伴い、社会部の担当記者はいなくなったり、配置換えになったり、「反対運動担当」という役割が消えたりした。しかし、原発計画は進むから、それを追いかける電力会社担当記者は残った。そういう構造の下で、1990年代以降の原発報道は進んだ。

「原発の危険性を報じる」はある意味、日々のニュースを追うことではない。掘り下げる価値と必要性は十分にある。しかし、目立った「動き」はない。そこに隘路がある。

新聞のニュース原稿には「本記」「解説」「サイド・雑観」といった種別がある。

「本記」とは、出来事の骨格を書いた記事を指す。いつ、だれが、どこで、何を、なぜ、どのように。5W1Hの要素を盛り込んだ、基本的な記事である。「解説」はその出来事が持つ意味を文字通り解説する記事を指す。記者の考えが入るケースもある。「雑観」はその現場の様子などを描く記事であり、社会面用として使用されることが多い。
 
新聞社の外勤記者は、その多くが記者クラブに所属し、各記者は担当部署の「動き」を「本記」を書く。それが報道の全ての始まりだ。批判が集まっている「発表報道」にしても、多くは「本記」として立ち現れる。すなわち、「本記」がないと、そのほかの記事はなかなか展開しにくい。そういう構造になっている。雑誌的な長文のルポはそもそもが現代の新聞からは排除されているが、仮に書いたとしても、「本記」が全くないところでは書きにくい。

新聞は「本記がすべて」である。しかしながら、「本記」は「動き」や「出来事」に縛られている。だから、種々の問題が発生する。

新聞社は組織であるから、「分業」である。社員は「特定の取材部門に配置」されている。「担当」を持っている。「担当」とは多くの場合、特定の記者クラブに所属すること同義だ。全国紙は記者の過半が東京に集中し、かつ、中央省庁や政党、大企業などに偏重して配置されている。社員記者は企業人である以上、働かねばならない。社員記者が働くということは、「配置先」の「動き」を追うことを意味する。結果として何が生まれるか。「東京発・中央発ニュース」の大量生産、「記者を配置した分野・役所などに限定されたニュース」の大量生産である。

従って、記者を配置してない分野の「本記」は、なかなか紙面に登場しない。私がよく使う例だが、戸別の事件事故はよく紙面に載る。その一方、山のように存在する労働紛争は滅多に紙面に載らない。理由は一つではないが、警察には記者クラブがあって多数の記者を配置しているのに、労働基準監督局・書には記者クラブがなく、記者をほとんど常駐させていない。それも大きな理由である(労基署に記者クラブをつくれと言っているわけではない)。しかも、この記者クラブの配置、その人数などは戦後ずっと大きくは変わっていない。

一方、日本の大メディアには、市民団体やNGOの担当記者はほとんどいない。いても数人であり、兼任がほとんどだ。乱暴な例だが、「原子力情報資料室」「グリーンピース」の専属の担当記者はいない。彼らもたくさんの「発表」を行っているが、担当記者が事実上いないから、記者を重点配置した中央省庁の「発表」だけが大メディアを通じて流れていく。「発表」というスタイルは同じでも、扱いは雲泥の差がある。市民団体と政府機構では役割が違うから、これは当たり前かもしれない。当たり前かもしれないが、そういう構造になっているということは、報道会社自身がきちんと認識しておく必要がある。

また全国紙の大半は、取材者の多くを東京に配置している。全国に取材網があると言っても、地方はあくまで地方であり、「出先」だ。ニュースの価値判断を含め、すべては「東京本社」(一部は大阪など)が決する。「情報発信の過度の東京一極集中」「東京目線・中央目線」の横行である。よほどの問題としてクローズアップされない限り、地方のニュースは地方のニュースとして扱われる。

例えば、米軍基地問題にしても地元紙はずっと報道を続けてきた。玄海原発の話は佐賀新聞がしつこく報道していた。六ヶ所村問題は東奥日報が長く追いかけている。しかし、全国紙は「地方の問題」だとして、地方版に押し込めたり、報道しなかったり、小さくしか扱わなかったりした。ネットが発達してもこの構造は変わっていない。「本記」は全国紙や通信社など「東京目線」による偏重が今なお、続いているのだ。

話を戻す。「本記」を軸にニュースは回る。メディア同士の激しい競争は、すべて「本記」をめぐる競争だ。しかも、上述したような、限定された条件下で、それは行われる。そうした「本記競争」において、取材者は常に他紙の動向を気に掛ける。読者の要請とはあまり関係のないことであっても、
「本記競争」に敗れると、「ダメ記者」の烙印を押されかねない。会社員として、これは相当の痛手である。何しろ、新聞社の昇進や給与制度は公務員とそっくりだ。「●●級・●●号俸」という仕組みが多くの会社で存在している。「年功序列」が依然、幅をきかせている。

ネットが発達して、ニュースには種々の批判が加えられるようになった。批判は重要である。だれもが自由に意見を言う「多様性の確保」こそは、民主主義社会の基本中の基本だ。しかし、ニュースに対する批判・評論は、あくまで「評論」である。あるいは、既報ニュースの検証(それも絶対必要だ)に止まり、「1・5報」の域を出ていない。

「報道を変える」を軸に考えると、世の中が「本記」を軸に回っている現状がある以上、問題は「本記」をどう変えるか、に収斂する。調査報道による新たな事実の発掘は、それ自体が「本記」である。一つは、そうした調査報道を増やすこと。そのためには取材体制の見直し、人事考課の再考なども必要だろう。とは言っても、調査報道もそうそう毎日、紙面を飾るわけではない。

非常に限定された範疇でしか出てこない、しかし、日々溢れかえっている「本記」をどう変えるか。それが決定的に重要だ。では、具体的にどうするか。すぐに実行できること、時間が掛かること、報道会社の組織を見直さなければ出来ないこと。段階はいろいろある。それは追って、また別の機会に記したい。
# by masayuki_100 | 2011-09-17 14:24 | ■2011年7月~