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ニュースの現場で考えること

高知は朝から雨模様だ。降ったり止んだりの後、少し雲が薄くなってきたかなと思っていたら、正午過ぎになって強めに降り出した。これを書いているのは、高知城から西へ2、3キロの「旭地区」という当たりだ。第二次大戦の空襲を逃れたエリアで、古い町並みと細い路地がうねうねと続いている。高齢化率も著しい。

この時間帯、東京では先だって亡くなられた弁護士・日隅一雄さんのしのぶ会が始まろうとしている。案内には正午開始とある。昨日になって、出席キャンセルの連絡を事務の方に出させてもらった。

旭地区ではきょうの午後、小さな集まりがある。古い住宅街を区画整理事業によって一気にきれいにしてしまおうという計画が今年秋に正式決定しそうなのだが、お年寄りたちが「市役所はちっとも声を聞いてくれない」と声を上げているのだ。市役所の担当者を招いての集まりが、きょうの午後にある。全国的な視野からすれば、あるいは東京(=中央)から見れば、別にどうということはない、取るに足りない集まりである。でも、旭地区では今年5月、死後2年間も放置されていた高齢者が白骨遺体で見つかった。ほかにも似たような事例がある。そのお年寄りたちや地域の人たちが「何百億円もつぎ込むより、住民のためにほかにやることがあるのではないか」と言っている。そういった声を聞きに行く。だから、日隅さんのしのぶ会は欠席させてもらったけれど、彼なら「そりゃ、そっちへ行かなきゃ。そっちがずっと大事だよ」と言ってくれると思う。

手元の記録を見たら、日隅さんと最初に会ったのは、2005年8月だ。東京の弁護士会館だった。「メディア関係の勉強会をやりたいので講師をやってくれませんか」と言われ、引き受けた。夏休み期間中だったこともあって、受講者は日隅さんを含め、2、3人だったと思う。

その後、長い付き合いが続いた。

2010年に「記者会見・記者室開放の会」を立ち上げ、あれこれの動きを始めたときも、支えてくれたのは日隅さんである。彼のすごいところは、それが「応援するよ」といった、抽象的なレベルに止まらないことだ。会見開放の会では、呼び掛け文の添削や法的立場からのコメントをくれたり、文書・資料の整理といった実務的なことを担ってくれたり。物事を動かすときは、「実務」がキーになる。理想は大事だけれど、具体論と実践を欠いた理想論は酒場談義でしかない。

今年2月末には、NPJ編集長としての日隅さんの「連続対談企画」に招いてもらい、東京・神田の岩波セミナールームで対談した。その記録はWEB上に残っている。時々見直しているけれど、一連の対談は、日隅さんの考え方、熱意、人柄、それら全てが凝縮されていると思う。その後、3月に東京で行われた日隅さんの出版記念会では、大勢の人でごった返す中、耳元で「高知新聞社に行くことにしました。やっぱり地方です」ということを伝えた。「良かった。ネットワークをつくっていくことでしか、集権には対抗できないから」と応じてくれた。

日隅さんのメディア批判には、改革への志向が明確にあった。戦略も戦術もあった。マスコミ批判を強めることで非マスコミの相対的優位を図るとか、そんな発想は毛頭なかったし、どうやったら「報道界の壁を崩し、互いに有意に切磋琢磨できるか」を考えていた。2005年から2010年にかけて、日隅さんと交わした話はそんなことばかりだったし、メールにも一時、「新たな調査報道機関はできないか」という文字が並んでいた。

そういった諸々の最初になった2005年8月の弁護士会館での勉強会。その際のレジュメが残っている。読み返してみると、あのころも同じことを言っている。日隅さんも、この雨降りの、どこかそこらへんの空で、同じことを言っているんだと思う。

(レジュメ。その抜粋)
*メディア内の組織上の問題
;強まる自己保身、「面倒は起こしたくない」という風潮
;結果として組織が官僚化

*取材力の低下
;作業量が飛躍的に増大→深く考えることの意欲低下
;記者クラブに座り続ける日常→外の意見や関係者との接触が不足

*センセーショナリズムへの傾斜
;狭い世界で日常を過ごしているため、何か異常事態があると、らせん状にのめりこんでいく。
;自分で判断できない→他社への追随→「激しさ」での勝負
;溺れかけた犬はたたく

*権力監視機能を回復する手立て
:正当な競争の復権
;記者クラブの事実上の全面解放
;読者・市民からの正当な評価。積極的な評価。目に見える形で。
;メディアの現場でのヨコのつながりの強化。個人レベルで
;「ダメだ」では前に進まない。具体論、実践論、実務を








旭地区では正午になると、街全体に毎日サイレンが鳴り響く。
# by masayuki_100 | 2012-07-22 12:40

調査報道が大切だ、という認識は相当程度広まってきた。昨年の福島原発の事故以降、新聞やテレビといった既存メディアの報道に対する批判が一段と高まり、その一方で「調査報道をちゃんとやれ」という声が満ちてきたことは間違いない。

しかし、調査報道をやれ・やろうと掛け声をかけても、「ではどうするのか」という方法論、具体論は必ずしも明らかではない。ふつうの取材と何が違うのか、同じなのか。何か特別な方法があるのか、ないのか。テーマはどうやって設定するのか、端緒はどこに転がっているのか。こうした疑問を数え上げると、それが尽きることはあるまい。「調査報道セミナー 2012夏」のご案内_c0010784_22102836.jpg

「調査報道が大事というのは十分に理解できた。これからは具体論、実践論、方法論だ」ということで、今年春、東京で「調査報道セミナー 2012春」を開いた。私を含む何人かが言い出しっぺとなり、「取りあえず開催しよう」と開いた催しである。幸い、岩波セミナーホールは満席になり、夜の懇親会でも話が尽きることは無かった。

その続編、「調査報道セミナー 2012夏」が7月14日(土)午後、東京で開かれる。この試みは「取材ノウハウの共有化」が狙いの一つだ。取材方法は多種多様、千差万別。取材対象や態様によっても異なる。それでも、どこかしらに「共有可能なノウハウ」はあるのではないか、と感じている。報道は社会の公器という以上、そのノウハウも公器たる部分を含むはずである。

ぜひ、多くの方に参加してもらい、あれこれの議論を尽くしてもらうことができたら、と思う。セミナーは今後、秋、冬と順々に開きたいと考えているし、場所も東京ばかりでなく関西や地方にも広げたいと感じている。

以下は、案内文です。

*******************************************

「調査報道セミナー 2012夏」
  
「公開情報をどう使うか。公開情報の裏をどう探るか」

 ジャーナリズムの信頼回復が急務といわれる。そのカギを握る「調査報道」。それをどう実践するか。今春開催した「調査報道セミナー2012春」に続き2回目を開く。 今回は情報公開制度をどう駆使するか、入手した公開情報をどう読み解くかに焦点を絞る。

◇7月14日(土) 午後1時30分から4時30分
◇明治大学(駿河台キャンパス)リバティータワー2階・1021教室 
  (東京都千代田区神田駿河台1-1 JR御茶ノ水駅近く)  
◇参加費1000円                    

◇報告①NPO法人情報公開クリアリングハウス理事長・三木由希子さん
 
 (三木さん略歴)1996年横浜市立大卒。同年2月より情報公開法を求める市民運動事務局スタッフ。99年のNPO法人情報公開クリアリングハウスの設立とともに室長となり、07年から理事。情報公開・個人情報保護制度に関する調査研究、政策提案、意見表明を行うほか、市民の制度利用などをサポートしている。

◇報告②毎日新聞記者・大治朋子さん
 (大治さん略歴)89年毎日新聞入社。阪神、横浜支局や週刊誌「サンデー毎日」などを経て東京本社社会部記者。06〜10年、ワシントン特派員として米大統領選を担当。米国の対テロ戦争を描く「テロとの戦いと米国」、メディアの盛衰を描く「ネット時代のメディアウォーズ」を連載。10年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。

◇ 討論進行 共同通信編集委員・石山永一郎さん
 (石山さん略歴)共同通信マニラ支局、ワシントン支局などを経て現職。近年は安全保障と在日
米軍基地問題を中心に取材。2011年、米国務省日本部長による日本と沖縄への差別発言報道で平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞。著書に「彼らは戦場に行った ルポ新・戦争と平和」など。

◇主催:セミナー実行委員会
  (アジア記者クラブ、現代史研究会、日本ジャーナリスト会議、平和・協同ジャーナリスト基金、有志) 連絡先 apc@cup.com(アジア記者クラブ)

◇事前の予約は不要です!
# by masayuki_100 | 2012-06-26 22:08 | ■2011年7月~

30数年ぶりで郷里の高知へ戻って、ちょうど1ヶ月になる。高知新聞社で記者になってからも1ヶ月である。つい先日は、高知の一部で早くも真夏日を記録した。きょうは湿度も多い。沖縄周辺は梅雨入りしたそうだから、高知の梅雨入りもたぶん、もうすぐだ。

「久々の高知はどうですか」とよく聞かれる。いや、そんな標準語で聞かれはしない。「久々にもんてきて、おまん、高知はどうぜよ」という感じである。一番変わったのは、周辺部だ。交通量の多い道路が市街地の周辺・近隣を縦横に走り、ロードサイド店が林立している。パチンコ店もやたらに増えたように思う。半面、帯屋町や大橋通商店街といった市内中心部は、めっきり寂れた。まあ、有り体に言えば、全国のどこでも起きている「市街地空洞化」である。中心街を歩いていると、「高齢者ばかりだ」と感じるが、それでも一大ショッピングセンターのイオン高知へ行くと、「こんなに若者がいたのか」と思ってしまう。

「高知新聞はどうですか」とも聞かれる。まだまだ仕事の流れを覚えている最中だし、社内の人の顔と名前もまだまだ覚えきれない。でも、毎日楽しい。高知での人脈はゼロに近いが、そのぶん、会う人会う人、新鮮だ。社会部の記者はそれぞれに個性的で、あれこれ話しているだけで楽しい。そして、今さらながら、つくづくと思うのだけれど、人の話を聞いて、世の中の何かに疑問を持って、また人の話を聞いて、あるいは、いま目にしたものが気になって調べて、また人の話を聞いて・・・という取材の動作は、どの新聞社にいても同じである。新聞社にいなくても、取材者であれば同じである。何を書くか書かないか。何をどう取材するかしないか。そういった所作は、古今東西(おそらく一部の国を除いて)、どこも同じである。

だったら、自分がこれまでそうしてきたように、これからも丹念に取材を繰り返していくだけである。「事実を積み重ねる」ことの愚直さと重大さを(自分も先輩からそうしてきてもらったように)、若い後輩たちに伝えていくだけある。取材者としての情熱とスキル、そして見識。それが備わっていれば、この先、媒体としてのメディアがどんな形に変容していっても、取材者としての個人は、そうあたふたすることはあるまい。逆に言えば、この基本的な事柄が備わっていないと、取材者の足元はどこかふわふわとして、頼りない。その足に、長い山道を登らせるのは非常な困難が伴うだろう。まずは基本、である。

この間、河北新報の販売会社、河北仙販の「今だけ委員長さん」と高知でお会いした。前回会ったのは、八戸で開かれた新聞労連の東北地連の催しで、だったと思う。東日本大震災のほんの数週間前のことだ。講師として招かれ、新聞と報道の将来について思うことをあれこれと喋った。しかし、久々にお会いした「今だけ委員長」さんの話を聞いていると、あの八戸で語ったこと事柄がいかにも牧歌的に思えてしまう。報道のありようとか、ジャーナリズムの将来とか、そういう事柄を現場の人間が語るときは、たぶん、「いま、どうするか」なのだ。将来像をあれこれ語るもよし。それも必要だ。そしてそれと同時に、一番大事なのは、目の前に転がる数多の事象を目の前にして、「さあ、どう報じるか」なのだ、と思う。

・・・というわけで、そんな基本的な、「キホンのキ」のようなことをあれこれ思い巡らせながら、私は元気いっぱいで日々を過ごしている。52歳の誕生日も過ぎたけれど、まだまだ走りたい。で、もしこれを読んでいる方と高知のどこかでお会いしたら、その際はどうぞよろしく、です。
# by masayuki_100 | 2012-05-02 00:03

雪の札幌から桜の高知へ

札幌はまだ雪が積もっている。街中は、だいぶん雪も解けた。それでも時折雪は舞うし、山は真っ白だ。ところが(当たり前だが)高知は暖かい。今年の桜開花は高知が全国で一番早かったという。

すでに明らかにしているように、この4月から高知新聞で記者として働くことになった。所属は社会部である。「どの組織にいても、組織にいてもいなくても、取材という行為は同じ」とは思う。そうは言っても、前の勤務先と比べると、おそらくは社風も仕事の進め方も細かな決めごとも、何から何まで違うと思う。52歳の誕生日を目前にして、ゼロからの出発だ。不安もある。楽しみもある。年は取っているけれど、「熱」は失っていないつもりだ。一年生記者として走り回り、少しでも良い記事を世に送り出せるよう、力を尽くしたいと思う。

また過日、3月28日の夜には、札幌の紀伊國屋書店で「真実 新聞が警察に跪いた日」(柏書房)の出版を記念したトークイベントがあった。このブログでも本の内容、紹介を詳しく記そうかと思っていたが、イベントの模様は「市民の目フォーラム北海道」動画でアップされているし、紹介はそれをもって代えさせてもらいたいと思う。「北海道警察vs北海道新聞」についての、私なりの総括である。いろいろな不備は承知のうえだが、一連の問題の総括を世に問う必要はあったと感じている。(なお、この書籍の初版の一部について、元北海道警察の総務部長、佐々木友善氏の「名前の読み」が誤記されています。校了後に生じた、実務的なミスです。訂正文は書籍に挟み込んでいるほか、柏書房のHPにも掲載されていますが、佐々木氏および読者の方々、関係者の皆様にこの場でもおわびします。申し訳ありませんでした)。
# by masayuki_100 | 2012-04-01 15:43 | ■2011年7月~

私の郷里は高知県高知市である。縁あって、4月から、ふるさとの高知新聞で記者として働くことになった。北海道新聞社を退社してから8ヶ月余り。舞台を変えて、再び新聞記者として一からの、ゼロからの出発である。

高知市は私が高校生のときまで住んでいた。高校卒業からすでに30年以上が過ぎている。街は変わったところもあるし、変わらぬところもある。私の実家は高知城から西へ3−4キロほど離れた旭地区にある。坂本龍馬の生誕地へもぶらぶら歩いて行ける。その街の様子は以前、英国ニュースダイジェストという、英国の邦人向けフリーペーパーに書いたことがある(木を見て森もみる 第44回「きょうは安心して眠りましょう」)。これを書いてから、またさらに年月が過ぎた。なにせ、この4月には52歳である。そんな年齢が自分に訪れようとは、ほんの数年まえ、50歳に到達するまでは実感したこともなかった。

幸いなことに、高知の実家では、父も母も健在だ。かつて国鉄職員だった父のことは、これも英国ニュースダイジェストに書いたことがある(「あの日、小さな駅で」)。母のことも、同じフリーペーパーに書いた(「クジラで母を泣かせた日」)。2人も年を取った。優に80歳を超え、それでも2人だけで、あの古い町で暮らしている。昔ながらの知り合いに囲まれて、夜は早めに眠って、朝は少しだけ散歩して、時々は高齢者のサークル活動などに顔を出しながら、である。

おととし、「日本の現場 地方紙で読む」という本を編纂した際、その「はじめに」において、ずいぶんと「地方」にこだわったことを書いた。その内容はこのブログでも紹介したが、結局、ああいうことなのだろうと思う。私の取材者としての原点は、ああいう部分にあるのだろうと思う。

取材そのものは常に地道で、小さな石を積み重ねるような作業の連続だ。権力と対峙するような調査報道であれ、心が芯から温もるような原稿であれ、取材の本質は同じである。前の会社を辞めてまだ1年足らずだが、この間、あちこちで言いたいこと、書きたいことをあれこれと手掛けてきた。そういった場で表明した方向性は何ら変わらない。目指すべきものは捨てない。しかし、郷里に戻って年老いた両親と暮らしながら、地道な取材の現場に戻り、そして、もろもろのことを目指す、というのも悪くないことだと考えている。何より取材は楽しい。地方の取材は相当に楽しい。

琉球新報の元論説委員長で、いまは沖縄国際大学教授の前泊博盛さんが、「権力vs調査報道」という本の中で、こんなことを言っている。地球はどこから掘っても、掘ることをやめない限りは、いつかはマントルに行き着く。富士山はどこから登っても、登ることを止めなければ、いつかはてっぺんに行き着く。登山口をどうするかの違いはあっても、いつかは山頂に辿り着く、と。私にもそういう事を信じている部分があって、だから北海道にいても東京であっても高知でも、目指すものの本質は何も変わることがない。

北海道新聞社と北海道警察の間にあった、この10年近くの出来事。それは「真実」というタイトルで1冊にまとめた。永田浩三さんの「NHK 鉄の沈黙は誰のために」を出版したのと同じ、柏書房からの出版である。「道新vs道警」の問題については、この書物で一区切りつけることになる。自分なりの総括である。これについては、また別の形で報告させてもらうことになると思う。
# by masayuki_100 | 2012-03-17 10:43 | ■2011年7月~

「メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層」が発売されて、1ヶ月ほどになる。おかげさまで、あちこちから「メディアの病巣がよく分かる」「問題は本当に構造的だ。それをきちんと整理できている」といった声を頂いている。今度の日曜日、11日午後には東京の八重洲ブックセンターで刊行記念のトークショーも予定されている。神保哲生さん、青木理さん、それに私の3人が顔をそろえ、あれやこれやと語る手はずだ。関心をお持ちの方は、ぜひ。大震災からちょうど1年に当たる日なので、話はその方面にも進むと思う。

「メディアの罠」については、私が著者3人を代表する形で、以下のような「まえがき」を書いた。ぜひ書店で手にとってくだされば、と思う。

(以下、「まえがき」からの引用)
 最近のメディア批判、ジャーナリズム批判は止まるところを知らない。本書を手に取ったみなさんも「新聞やテレビの報道はいったい、どうなってしまったのか」「誰のために、誰に向かって、何を報じようとしているのか」といった憤りや不信を抱いた経験が少なからずあると思う。

 とりわけ、二〇一一年三月に起きた東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故に際しては、報道不信が極まった。「新聞は政府や東京電力の言い分を垂れ流すのか」「大本営発表だ」。そんな批判を目にしなかった日はないほどだ。報道批判がメディアに深い関心を持つ人々から国民各層へ一気に広がったという意味でも、二〇一一年はメディア史に記憶される年になるだろう。

 本書の筆者三人は従前から、今の報道のあり方に強い疑義を投げかけてきた。

 そして「報道の理想型」があるとすれば、どのようにしてそれに近づくかの実践もそれぞれの立場で繰り返してきた。同時に、最近のメディア批判、報道批判については「短い言葉の応酬や言葉の激しさを競うような、上滑りのやり取りが多すぎないか」「批判のための批判が横行している」といった違和感を拭えずにいた。

 要は、「メディア批判に対する疑問」である。

 青木理さんは共同通信社で記者だった。社会部やソウル支局で働き、警察取材、とくに公安関係に強い。フリーになった後も精力的な取材活動を続け、ニュース番組のレギュラー・コメンテーターもこなしている。
 神保哲生さんは外国通信社の記者を経てビデオジャーナリストになった。この分野では日本の嚆矢と言ってよい。インターネット時代の到来を早くから見据え、報道番組の制作・配信を一〇年以上も前からネット上で続けている。
 高田昌幸は北海道新聞社で二五年間記者生活を送った。調査報道に関心が深く、その分野での実践を続けた。東日本大震災後に退社したが、記者クラブの開放を早くから訴え続けるなど、フリーになる前も今も姿勢は変わらない。

 三人の共通項は「報道現場の人間である」ということだ。報道現場のおかしさや矛盾などは身をもって数え切れないほど経験してきた。そして「批判のための批判ではなく、改革のための批判を」との考えでも一致している。批判は大切だけれども声高に叫ぶだけでは問題は解決しない。ものごとには経緯と理由がある。それを見据えて、もっと丁寧な議論が必要ではないか、と。

 だから本書は、最近流行の、激しい言葉が飛び交うだけのメディア批判とは少し趣が違う。「何がどう違うのか」は、三人の議論の中からぜひ読み取っていただきたいと思う。
# by masayuki_100 | 2012-03-07 20:10 | ■2011年7月~

ここ数日、「報道の基本は何か」ということを考えている。「調査報道とは何か」とも考える。

今さら言うまでもないことだが、取材とは事実の積み重ねである。集めた事実が正しいかどうか、幾重にもクロスチェックをかける。さらに裏取りをする。ぜい肉をどんどん落とし、さらに肉付けし、、、という地味で地道な作業の繰り返しである。

ポイントは「事実のチェック」である。「評価の集積」ではない。「おれはこう思う」という「思う(=評価)」をいくら積み重ねても、「事実のチェック」には直接関係ない。

たとえば、世の中の矛盾や不条理に苦しんでいる人のところへ話を聞きに行ったとしよう。そこで耳にした話は、なるほどひどい。さあ、その話を書こう・・・だけで良いかどうか。「調査報道」という視点から見れば、それでは足りない。まったく足りない。「ひどい話が本当かどうか」を煮詰めるのが、取材である。「取材したとき、相手は確かに『ひどい』と言いました」という論拠だけは、その記事は成立しない。相手の言ったこと「のみ」に依拠していると失敗する。取材のイロハと言えば、イロハである。

「言ったこと」を客観的事実に置き換えていく。その客観的事実を集める作業が取材だ。例えば−。

原発事故の直後、枝野幸男官房長官は「ただちに影響はありません」と繰り返した。そう言ったこと自体は事実である。しかし、それを書くだけでは足りない。枝野発言の根拠は何か、根拠にしたデータの信頼性はどう担保されているのか、「影響はありません」という発言は独断か協議の結果か、協議なら誰と誰が話したのか、、、そういう事柄をずうっと取材していく。それが基本である。マスメディアはそれすらできなかったから批判されたのだが。

取材の向きや立場がどうであれ、こうした「取材の基本」ができていない記事は失格である。「私は正しいことを報道しているんです!」と言っても、それとこれは関係ない。取材者の立ち位置の問題ではなく、スキルの問題だからだ。

理不尽な目に遭った人、不条理に苦しむ人。そういう人々に寄り添い、その声に耳を傾ける作業は大切だ。マスメディアがそうした行為をほとんどしなくなったからこそ、なおさら重要である。しかし、繰り返しになるが、「善意の取材」であるからと言って、取材の詰めの甘さが免責されるわけではない。それを自身に許していたら、自身は取材者でなく、一種のアジテーターになりかねない。

理不尽な目に遭った人や不条理に苦しむ人と、本当に寄り添うことができていれば、権力側からは嫌われても、そうした当人たちからは感謝されるだろう。私は26年前に新聞社の記者になったばかりとき、先輩から何度もこう言われた。記事を書いたら、記事の出たその朝、書かれた人のところへ行け、と。直接、反応を聞きに行け、と。

私はそれが怖かった。私自身は告発型の大スクープを書いたつもりになっていても、当の内部告発者は本当に「良い記事だった」と言ってくれるのか。それとも「こんな記事にしやがって」と言われるのか、「腰砕け」と罵倒されるのか、「裏切ったな」と言われるのか。でも、書いた直後にそこに行かないと、自分記事の本当の影響力は分からない。それはそれで非常に怖いことだが、行かねばならない。

まず行く。「いかがでしたか」と聞きに行く。時間が無ければ電話する。「反響はどうですか」と聞く。仮にそれができないとしたら、取材者はどこかで何かを大きく間違えている。「正義のためだ」と言って振り上げた拳を支える腕、腕を支える胴体、胴体を支える脚。そのどこかに揺らぎがある。その揺らぎにこそ、権力はつけ込もうとする。そこを突破口にして逆襲は始まる。権力の逆襲は本当にすさまじい。筆舌に尽くしがたいほどの反撃である。

「目的が正しいから」で許される話ではない。スキルの問題なのだ。事実をどう積み重ねたのか、どうクロスチェックしたか、の話なのだ。論拠が「相手がそう言いました」だけでは通用しないのだ。相手が言った内容を「ほかの事実」でどう補強できたか、なのだ。「思う」という評論は補強にならない。そこが本当に理解できているかどうか。そこらへんにも、調査報道を自己点検する際の、大きなポイントがある。

そして。

内部告発者の信頼を失うな、である。何があってもそれを失うな、である。彼ら・彼女らこそを最大限に守らなければならない。間違っても、さらし者にしてはいけない。そうせざるを得ない立場に、追い込んでも行いけない。それができないなら、取材者の看板を下ろすしかない。
# by masayuki_100 | 2012-02-25 23:06

文章は実に難しい。書くことを職業にして25年以上になるが、それでも時々、「文章の書き方」のような書籍を買い込み、目を通し、「なるほど!」と思う。おまけに取材の文章はエッセイや純然たる論文と違って、技というか、根本というか、なかなか表現しにくいけれども、「取材の文章ならではの本質」みたいなものがある(と思う)。

そんなこんなで、昨年秋に3回ほど日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催のジャーナリスト講座で、文章の書き方講座の講師をやらせてもらった。そこでもやはり日々発見がある。マイクを握って偉そうにしゃべってはいたが、「なるほど!」と教わった事柄も少なくない。

このブログでも先般、少し紹介したが、その文章講座の4回目を3月4日、東京・日本橋で開くことになった。

3月4日(日) 13:30〜19:00 東京・日本橋
JCJジャーナリスト講座・文章教室「伝わる記事をどう取材し、書くか」


課題作文(800字)を事前に書いてもらったら、僭越だけれども、私が添削し、お返しする段取りにもなっている。この講座がどんな雰囲気だったのかは、NHK出身のジャーナリストで、現在は大学教授の小俣一平さんが自身のブログに書いて下さっている。それにしても3月4日、午後1時半から夜7時までの長丁場、喋る方もたいへんだが、参加者の皆さんも体力勝負だ(と思う)。その意味では、これからジャーナリズムの世界を目指す人こそ、参加に向いているのかもしれません。

<開催要領>
3月4日(日)午後1時半から7時ごろまで。
場所は、日本橋社会教育会館・第2洋室。
東京都中央区人形町1-1-17  
地下鉄日比谷線・人形町から4分、同半蔵門線・水天宮前から5分

講師は私。事前申し込み制で定員は20人。資料代は1500円。

<申し込み先>日本ジャーナリスト会議事務局
メールの場合 jcj@tky.3web.ne.jp
ファクスは 03・3291・6478
氏名、メルアド、電話番号を明記してください。
すぐに作文送付方法など、メールかファクスでお知らせします。

<問い合わせ先>日本ジャーナリスト会議 電話03・3291・6475
# by masayuki_100 | 2012-02-15 21:39 | ■2011年7月~

2月24日午後 紀伊國屋書店札幌本店・トークライブのお知らせ_c0010784_10374566.jpg福島原発の事故による影響を懸念して、札幌には福島から大勢の方が避難されています。その数は1500人前後に上るはずです。避難者が集団で住む雇用促進住宅。かつて炭鉱離職者のために造られた、大型の集合住宅は、福島からの避難者が寒さをしのいでいます。

宍戸隆子さんは、その雇用促進住宅に住む避難者たちの自治会長です。たった1時間半でこの1年のことを聞くのは困難でしょう。人前では言えないこともあるでしょう。でも、伝えたいこと、訴えたいこと、それは山のようにあるはずです。

「@Fukushima 私たちの望むものは」(産学社)は福島に住む人々、福島を去った人々、福島に関係する人々のインタビュー集です。宍戸さんも本の中に登場しています。インタビュアーは7人ですが、取材に入る前、こんなことを考えていました。聞き手と話し手がテーブルを挟んで向き合うのではなく、イメージとしては、川岸に座って2人で同じ川面を見ながら「それでどうなったの?」と尋ね、話し手は「そしたらさ」と答える。そんな感じのインタビューを積み重ねたい、と。

もちろん、それはイメージですから、現実に川の近くに行って土手に座るわけではありません。しかし、本当に胸襟を開いて取材相手と接することができれば、それは向き合うのではなく、横に並んで同じ方向を見ながら、という感じが私にはありました。「@Fukushima 私たちの望むものは」と同様の手法で綴った本には「希望」(旬報社)があります。本に登場している人々が、インタビュアーをすっ飛ばして、読み手に直接語りかけているようなインタビュー。聞き手は黒子に徹し、でも、「それでどうなったの?」という読み手の声を代弁しながら、質問を続ける。そんな感じです。

スタッズ・ターケルの真似をしたかったわけですが、この種の「聞き書き」の場合、本当にすごいインタビューというのは、もしかしたら、具体的な質問はないのでは、と思うことがあります。具体的な質問がないインタビュー。それはたぶん、聞き手と話し手が横に並んで、川面に向かって、縁側に座って、カフェで道行く人を眺めながら、インタビュアーは「それで?」「うんうん」とだけ応じているような。そんな感じです。ひたすら相手の話を聞く。相手の言葉を自分の言葉に言い換えて、相手の個性を殺さない。そんなイメージです。

で、前置きが長くなりましたが、以前にこのブログでも書いたとおり、2月24日(金)夕方、紀伊國屋書店札幌本店で「@Fkushima 私たちの望むものは」(産学社)の刊行を記念したトークライブを開きます。そのPR用のフライヤーができました、というのが今日の結論です(笑)。冒頭に記した宍戸さんもお見えになります。宍戸さんをインタビューした札幌のジャーナリスト・野口隆史さんも来ます。当日は無料です。ぜひどうぞ起こしください。
# by masayuki_100 | 2012-02-14 10:34 | ■2011年7月~

3月3日午後に「調査報道セミナー」(東京)を開きます_c0010784_1813451.jpg 3月3日(土)の午後、東京・神保町で「調査報道セミナー 2012春」が開催されます。開催の趣旨や内容は以下、詳細を貼り付けておきます。「そもそも調査報道は」といった「論」ではなく、「取材の現場」にこだわった話を軸に据え、調査報道をどう実践していくかの手掛かりを掴みたいと思います。「ジャーナリズムが公共財であるなら記事や番組だけでなく、取材手法等々も広く取材者全体、市民と共有できるものがあるのではないあ」という問題意識が、主催者の中にはあります。
 私も実行委員の1人としてお手伝いしています。当日は3・11の1週間直前と言うことで、種々忙しくされている方が多いと思いますが、時間の都合が許す限り、ぜひ起こしください。
 以下は案内文のコピーです。

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 ご案内 調査報道セミナー 2012春

メディアの信頼回復が急務と言われています。そのカギを握るのが「調査報道」。でも、この課題をどう実践していけばいいのでしょうか。現場経験が豊かな新聞人、テレビ人を招き、その方法論や考え方など「取材現場の話」にじっくりと耳を傾けたいと思います。
 フリー記者、会社員記者、研究者、学生など調査報道に関心を持つ人に集まってもらい、活発な議論も交わしたいと思います。ぜひご参加ください。


●主催:実行委員会
●後援:日本ジャーナリスト会議、アジア記者クラブ、平和・協同ジャーナリスト基金
●期日:2012年3月3日(土曜日)午後1時半〜6時
●場所:岩波セミナールーム(東京都千代田区神田神保町2丁目3−1 地下鉄・神保町駅下車)
●定員:60人(予約不要・当日先着順)、資料代1000円

■13:30〜15:30
【第1セッション:調査報道のテーマをどう見つけるか】

「権力追及型」だけが調査報道ではない。新聞だけが調査報道の主体でもない。日々の風景の中から、どうやってテーマを見つけるか。それをどう掘り下げていくか。テレビ界の2人にその方法論や発想法を聞く。

<曽根英二氏×萩原豊氏> 進行:岩崎貞明氏(メディア総合研究所)

●曽根英二氏(阪南大学教授、元山陽放送記者) 
1949年、兵庫県姫路市生まれ。早稲田大卒。山陽放送では1980年から4年間、カイロ特派員。報道部記者、報道部長、報道制作局長代理などを歴任。「全国最悪の産廃投棄の島」といわれた香川県豊島を90年から約20年間、JNN(TBS系)で継続報道。聾唖者の600円窃盗容疑事件の裁判、特攻の妻の物語、貧困、過疎などテーマに番組制作を続け、「第45回菊池寛賞」や「民放連盟賞最優秀賞」「早稲田ジャーナリズム大賞」などを受賞。著書に「限界集落」ほか。

●萩原豊氏(TBS報道局社会部デスク)
1967年長野県生まれ。1991年TBS入社。95年から「報道特集」でドキュメンタリー制作に携わる。2001年から「筑紫哲也 NEWS23」を担当。2005年に「ヒロシマ~あの時原爆投下は止められた」の取材・総合演出を担当し第60回記念・文化庁芸術祭テレビ部門で大賞受賞。「NEWS23クロス」の編集長・特集キャスター。ロンドン勤務を経て現職。原発事故報道では再三現地入りした。


■16:00〜18:00
【第2セッション:警察権力への迫り方】


日本の事件報道は「当局寄り」の典型である。警察と二人三脚になって犯人捜しに狂奔するメディアは「ペンを持った警察官」とも揶揄される。今の事件報道を変えるには、どうすればいいのか。公判ではなく、捜査段階でなかなか「冤罪」を発見できないのはなぜか。権力の壁を突破する手法を新聞記者2人に聞く。

<梶山天氏 × 石丸整氏・飼手勇介氏> 進行:高田昌幸氏(ジャーナリスト)

●梶山天氏(朝日新聞特別報道部長代理)
1956年長崎県生まれ。1978年朝日新聞入社。西部本社社会部事件キャップ、東京本社社会部警察庁担当、佐世保支局長、西部本社報道センター(旧社会部)次長、鹿児島総局長などを経て現職。2003年に起きた「鹿児島県警による県議選公職選挙法違反事件」、いわゆる志布志事件が冤罪であることを見抜き、取材班を率いて大キャンペーンを張った。一連の報道で2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に「『違法』捜査〜志布志事件『でっち上げ』の真実」(角川学芸出版)ほか。


●石丸整氏(毎日新聞さいたま支局事件担当デスク)
●飼手勇介氏(同県警担当キャップ)
昨年の統一地方選・埼玉県深谷市議選で20数人を接待したとして、市議らが逮捕された。ところが、接待された側の住民で毎日新聞の取材に応じた20人全員が接待を否定、埼玉県警が取り調べの際、虚偽の証言を強要していたことを明らかにした。一連の報道で取材班は、昨年の新聞労連ジャーナリスト大賞の優秀賞を受賞した。石丸氏は1972年佐賀県生まれ。奈良新聞社勤務、サンデー毎日契約記者を経て2001年毎日新聞入社。社会部警視庁担当、遊軍、国税担当などを経て現職。飼手氏は1980年生まれ。福岡市出身。2007年入社、さいたま支局配属。


 「ジャーナリズムは公共財」と言われてきました。そうであれば、「成果物」の記事や番組だけでなく、取材のノウハウ等も公共財ではないか、と主催者は考えています。取材プロセスの可視化、ノウハウの共有化を進めることは、広く日本全体の取材活動の足腰を強化することにつながるはずです。本セミナーは今後も定期的に継続開催し、取材や報道に関する具体的ノウハウや視点、問題点などを広く報道界全体、市民社会全体に還元したいと考えています。
# by masayuki_100 | 2012-02-13 15:24 | ■2011年7月~