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ニュースの現場で考えること

もう15年近くも前の1999年9月、ニュージーランドのオークランドでAPEC首脳会合があった。私は当時、北海道新聞の東京政治経済部で日銀・大蔵省(現財務省)を担当していて、現地に出張した。会その3晩目だったと思う。小渕恵三首相と記者団との懇親会が海沿いのレストランであり、食事中ずっと、小渕氏の右に座った。丸いテーブルには6−7人。長く小渕氏に仕えた政務の秘書官やどこかの省庁の幹部もいた記憶がある。

ほとんどが冗談話だった。内容もほとんど記憶していない。ただ、自分なりに「これだけは総理に聞いてみよう」と考えていたことがいくつかあって、そのうちの一つが国旗国歌法だった。調べてみたら、この法律の発布・施行は1999年8月13日。APEC首脳会合が9月12、13日だから、法律ができてちょうど1ヶ月後だった勘定になる。国旗国歌法案の衆院提出はこの年の6月末で、衆院通過までに要した時間はおよそ1ヶ月だ。

法案審議は迅速だったが、賛成一色で法案が法律になったわけではなかった。思想信条の自由と強制性の問題、学校教育現場と行政の関係、戦争の歴史とアジアの反応。いろんな問題がテーマになり、国会の内外、あちこちで種々の議論が起きていた。当時、小渕氏が国会で言明した有名な答弁がある。その後、なんやかやで忘れられた感じがするが、こんな内容だった。当時の衆院本会議の議事録から要約・抜粋してみよう。「日の丸掲揚などが強制になるのではないか」という趣旨の質問に対する答弁だ。

<政府の見解は、政府としては、今回の法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、したがって、国民の生活に何らの影響や変化が生ずることとはならないと考えている旨を明らかにしたものであります。なお、学校における国旗と国歌の指導は、児童生徒が国旗と国歌の意義を理解し、それを尊重する態度を育てるとともに、すべての国の国旗と国歌に対して、ひとしく敬意を表する態度を育てるために行っているものであり、今回の法制化に伴い、その方針に変更が生ずるものではないと考えております。>

< 法制化に伴う義務づけや国民生活等における変化に関するお尋ねでありましたが、既に御答弁申し上げましたとおり、政府といたしましては、法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。>

小渕氏の発言は他にも縷々存在するが、要するに「法律はできても強制はしませんよ、政府はそんなことしませんよ」と言っている。小渕氏とは別に、衆院文教委員会で答弁した政府委員は
「(掲揚や斉唱の指導に)単に従わなかった、あるいは単に起立しなかった、あるいは歌わなかったといったようなことのみをもって、何らかの不利益をこうむるようなことが学校内で行われたり、あるいは児童生徒に心理的な強制力が働くような方法でその後の指導等が行われるというようなことはあってはならない」と答えている。ここでも、要するに「強制はしない」である。また、当時の文部大臣はこう答弁している。

「本当に内心の自由で嫌だと言っていることを無理矢理する、口をこじ開けてでもやるとかよく話がありますが、それは、子どもたちに対しても教えていませんし、例えば教員に対しても無理矢理に口をこじあける、これは許されないと思います。しかし、制約と申し上げているのは、内心の自由であることをしたくない教員が、他の人にも自分はこうだということを押しつけて、他の人にまでいろいろなことを干渉するということは許されないという意味で、合理的な範囲でということを申し上げているのです」

教員らが「内心の自由」の下で、本当に嫌だったら強制はしない、という内容だ。その上で、「嫌を他人に押し付けたらいけませんよ」とも言っている。至極、まっとうな答弁に思える。

あれから15年近くがすぎ、日の丸や君が代を巡る風景、議論の内容や位置づけは大きく変わったと思う。法律制定時のこの国の最高権力者が「強制はしない」と言ったことが、その後はすっかりないがしろになり、教育現場では、式典等で君が代が歌われる際、教員の「口パク」を監視したり、告発したりする仕組みまで出来上がった。

こう書いていくと、おそらく、「君が代や国旗は当時よりさらに浸透したんだよ」などと反発される方もいると思う。その通りである。時代は変わる。時代が変わるということは、社会のシステム・仕組みや人々の意識も変わるということだ。そして世代交代は必ず進むから、ある出来事に伴う「変化」は、やがて「日常」になり、「日常」から「常識」、さらに「歴史」へと昇華していく。

きょう7日から特定秘密保護法案の実質審議が始まる。

この法案は当初、秘密保全法案とか秘密保全法制とか呼ばれ、もう10年近くも警察、外務、防衛の3省庁が水面下に潜って、法制化への動きを続けてきた。このブログで「野田内閣は本当に『やる』のか〜秘密保全法案」とか、「国民に対する思想調査に道を開く『秘密保全法案』」といった記事を書いたのは、もう2年近くも前のことだ。そのうち、この日が来るだろう来るだろうと思っていたら、本当に、とうとうきた。

私自身はあちこちの講演会やシンポジウム、雑誌記事などで、この法案に対する考え、漠たる不安はさんざん表明してきた。その筋道は、今も大きく変わってはいない。きょう、何か書くことがあるとすれば、この国旗国歌法の「その後」だ。要するに、政府の姿勢や法律の解釈などは、時代の変遷とともに変わっていくのである。小渕氏の答弁と「その後」は、まさにそれだ。

秘密保護法案に関しては、閣僚や関係省庁の幹部、自民党の主要メンバーらが、あちこちでいろんなことを言っている。「TPP交渉」は特定秘密になると言ったり、ならないと言ったり、原発情報は入る・入らない。ひと言で言えば、法案を出したくせに、既にバラバラなのだ。首相が言い切った事柄がわずか10数年で消えてしまう実例を見ていると、政府要人の見解さえ統一できないこんな法案が通ったら、その先には、いったい何が待っているのか、分かったものではない。

いまの政府の約束は、将来への約束では決してない。そんな実例は、今まで、さんざん見せ付けられてきた。それとも、この法案に限っては、何か特別な担保でもあるというのだろうか。だから、「知る権利」に配慮するからとか、そんな言質にもならぬ言質と交換に、単なる行政官庁を国会の上位に持ってくるような法律をつくってはいけないのだと思う。

冒頭に記したニュージーランドでのこと。手元に残っている大雑把なメモによると、あの晩、国旗国歌法の制定をなぜ急いだのか、という私との問答の中で、小渕氏は「法律は変わるから」というセリフを口にしている。あの悪名高い治安維持法にしても、当時の帝国議会では暴力団対策としての側面も語られ、制定後は改正によって最高刑を死刑にした。治安維持法が猛威を振るったのは、法律が出来てからだいぶん年数が経ってからのことだ。

世の中は変わる。
法律は変わる。
解釈や条文改訂など、「変わる」ことへの道筋はいっぱいある。
# by masayuki_100 | 2013-11-07 05:12

日本ジャーナリスト会議(JCJ)の2013年度秋の「ジャーナリスト講座」のご案内です。以下、全文転載です。

13年秋のJCJジャーナリスト講座は10月5日からスタートして11月29日まで、合計7回の講座を開きます。受講者はマスコミ志望の学生、若手記者、研究者、ジャーナリズムに関心のある市民の方々が中心です。一部未確定の部分もありますが、概要は次の通りです。ふるってご参加ください。
また 友達、お知り合いに広めてください。(JCJ講座担当)

▼10月5日(土)13時半から17時。東京・神保町の岩波セミナールーム。
「体験的・新聞記者論」朝日新聞編集委員・上丸洋一さん。
「テレビの仕事を考える」NHK放送文化研究所主任研究委員・七澤潔さん。
定員40人。参加費1000円。

▼10月19日(土)13時半から17時。岩波セミナールーム。
「ブラック企業と雇用問題を取材する」毎日新聞記者・東海林智さんほか。
定員40人。参加費1000円。

▼11月7日(木)18時半から21時。東京・日比谷公園内の日比谷図書文化館セミナールーム。
「報道写真の撮り方講座」。フォトジャーナリスト・酒井憲太郎さん(元朝日新聞写真記者)。 定員20人。参加費1000円。
 写真と説明文(200字程度)、撮影意図の文(200字程度)を10月31日までに送る。酒井さんのメルアドは受講希望者に連絡します。
写真は一枚でも、複数の組み写真でも可。

▼11月9日(土)13時半から、10日(日)同。東京・水道橋の在日本韓国YMCAアジア青少年センター。27日は会場未定。
「報道文章ゼミ」高知新聞記者・高田昌幸さん。
10月7日締め切りで、事前に1000字・自由課題の作文を出していただき、10人ほどに絞ってゼミを開催。参加費2日間で5000円。

▼11月17日(日)13時半から17時。日比谷図書文化館小ホール。
「ネット選挙と報道」講師に高橋茂さん。近著に「マスコミが伝えないネット選挙の真相」。

▼11月29日(金)18時半から21時。日比谷図書文化館小ホール。
「日刊ゲンダイ編集方針・取材は大手新聞とここが違う」元日刊ゲンダイ記者・橋詰雅博さん。定員40人。参加費1000円。

【注】このほか、11月24日(日)午後にも講座を開催する予定で、準備中です。

受講希望の方は希望日、連絡先を明記してJCJ事務局(jcj@tky.3web.ne.jp)にメールで申し込んでください。
# by masayuki_100 | 2013-09-13 13:35

山本博さんと調査報道

報道業界の中でも、「山本博」の名にすぐピンとくる人は少なくなった。山本さんの死去を知らせるニュースを聞いて驚き、それを若い記者仲間何人かに伝えても、反応のない記者も多かった。ネットで見ると、時事通信社による訃報は「リクルート報道」のくだりが書かれていない。だから余計にピンと来なかった人も多いかもしれない。

(以下、時事通信ドットコムからの引用
 山本博氏(やまもと・ひろし=元朝日学生新聞社社長)4日、心不全のため死去、70歳。故人の遺志で葬儀は行わず、後日お別れの会を開く。北海道新聞を経て70年朝日新聞社入社。名古屋本社社会部長、事業開発本部長などを歴任、00~08年に朝日学生新聞社社長を務めた。(引用終わり)

朝日新聞の訃報記事は、記事中にこう記している。

数々の調査報道に携わり、東京社会部時代に談合キャンペーンや東京医科歯科大教授選考をめぐる汚職事件の報道で新聞協会賞を2回受賞した。横浜支局次長として川崎市助役への未公開株譲渡問題の取材を指揮し、後のリクルート事件に結びつけた。

「調査報道とは何か」「それはいったい、どうやって進めるのか」。そんなこと考える記者はたいてい、山本さんの過去記事や著作物をあさる。調査報道と言えばリクルート報道、リクルート報道と言えば山本さん、という時代が確かにあったと思う。

後に東京地検特捜部が捜査に乗り出したリクルート「事件」の問題点については、リクルート側の被告・江副浩正氏(故人)が自著「リクルート事件・江副浩正の真実」を著し、その中で特捜検察と捜査上の問題を暴き出している。ただし、調査報道によって政界の闇が暴かれていくリクルート「報道」のプロセスと、その後の検察の事件化プロセスを報じた「検察報道」としてのプロセスは明らかに異なる。前者にかかわったのが山本さんである。

最後に長時間、山本さんと話し込んだのは2010年春ごろだった。東京・市ヶ谷の喫茶店「ルノアール」に個室を借り、ICレコーダーを回しながら、長い長い時間、質問を続けた。調査報道は実務的にどう進めるのか、新聞社内での壁はどう乗り越えたら良いのか。そんなことを聞きたかったからだ。後日のインタビューや他の調査報道記者へのインタビューも合わせて編集し、山本さんの発言は「権力vs調査報道」(旬報社)の中で詳しく書いた。それなりに読み応えはあると思っていたのに、さっき、録音の文字起こしペーパーを見ていたら、あれもこれも未収録になっている。もったいなかったし、申し訳ないことをした。

 「権力vs調査報道」の山本さん部分の「インタビューを終えて」欄で、私はこんなことを書いた。少し長いけれど、引用しておきたいと思う。

(以下、引用)
 公費天国キャンペーンから始まり、平和相互銀行事件、「政商」小針暦二氏をめぐる問題、三越ニセ秘宝事件・・・そしてリクルート事件へ。山本氏の口からは、かつて世情をにぎわせた事件や疑惑、疑獄がぽんぽんと飛び出してくる。
 「調査報道」を一気に有名にしたのは、米ワシントン・ポスト紙によるウオーター・ゲート事件の報道である。事件は1972年に起き、ポスト紙に触発されて各紙が激しい報道合戦を展開。最終的にはニクソン米大統領が辞任に追い込まれた。
 日本ではその数年後、調査報道の大波がやってきた。山本氏自身は「ジャーナリズムが全面的な調査報道を独自に行うようになったのは、1979年の朝日新聞による『公費天国キャンペーン』が皮切りです」と述べているように、1970年代末からの約10年間は調査報道の黄金期と言えた。朝日新聞ばかりでなく、各紙が権力不正や社会悪の追及に乗り出している。
 そうした中、山本氏の調査報道で際立つのは、「ブツ」、すなわち物的証拠へのこだわりである。
インタビューの中で山本氏は、リクルート報道においても紙面化を始める前には、すでに未公開株の譲渡先リストを入手していたと明かしている。中曽根元首相をめぐる株取引問題では、当事者しか持っていないはずの「相対取引に関する書類」を入手し、実物の写真を紙面に掲載してみせた。関連する証言は幾重にも取材している。
 それでも、新聞社の責任において取材・報道している以上、相手側が名誉毀損などで訴えてくることはある。提訴は自由だ。実際、株取引に関する1990年元旦のスクープ記事について、中曽根元首相が朝日新聞社を名誉毀損で訴えたし、そのころから、調査報道に対する社内の理解と勢いは衰えてきたという。山本氏はインタビューの最後にそういった趣旨のことを語り、「訴えられることに幹部があまりにも臆病になり過ぎている」と強調した。
 山本氏ら調査報道に深い関心を寄せる記者が多数現場にいたから、調査報道は花開いたのか。新聞社が社として、調査報道の旗を振った結果なのか。
 山本氏のインタビューを仔細に読み返すと、答えは前者であることが分かる。誤解を恐れずに言えば、過去の多くの調査報道は、一部の現場記者がそれにのめりこんだ結果であり、会社上層部の意向とはあまり関係がない。実際、山本氏が人事異動で取材現場を離れた後は、政界・財界を揺るがすような調査報道は次第に影を潜めてきた。
 調査報道に関するノウハウや意識が組織的な継承は、日本の報道機関においてほとんど実践されてなかったのではないか。この「組織と個人」の問題を解決できれば、調査報道の力は格段に上昇するはずなのだが。(引用、終わり)

 当時は私自身、訴訟の被告だった。北海道警察の裏金報道をめぐり、いわばその後始末としての訴訟が延々と続いていた。だから山本さんへのインタビューでも「組織と個人」にこだわって、質問を重ねたように思う。端的に言えば、結局、山本さんの答えは「ごちゃごちゃ言わずにまずは取材しろ」だった。調査報道の定義付けは何か、社内論議をどうする、調査報道を担う部署はどこに設ける、、、そういうことも大事だけれど、「現場の記者はまず取材に行け。徹底的に取材しろ」が答えだった。山本さんの。

山本さんにはこんなエピソードがある。リクルート報道の最中、夜に取材から戻ってきた記者が、ゆったりしていたデスクの山本さんに言った。「デスク、きょうは時間があるんですね? 一杯、行きませんか?」「お、君は今晩、時間があるのか?」「はい、ヒマです」「そうか、ヒマか。なら、夜回り取材に行け」

もちろん本当の話かどうかは分からない。ただし、山本さんの人柄がよく出たエピソードだと思った。まず取材、さらに取材、最後まで取材。山本流の調査報道メソッドがあるとすれば、たぶん、それである。山本さんは自身、それができたし、だから後輩記者にも(程度の差はあれ)それを期待した。でも結局、そうした個人やわずかな数の記者によってしか、権力監視型の調査報道が持続できなかったところに、日本の調査報道の弱さみたいなものがあり、いまの報道の姿がある。たぶん、「組織と個人」の問題である。

私などよりもっと深く山本さんと付き合っていた、報道界の先輩たち、そして山本さん自身はどう思っているだろう。
# by masayuki_100 | 2013-07-06 13:35 | ■2011年7月~

【2013年夏 JCJジャーナリスト講座】
ジャーナリズムとは何かを考え、現場記者・専門家の講師とともに切磋琢していく講座です。今回は初めて東京と大阪の2会場で開催します。

<東京会場>    
*6月9日(日)午後1時30分~5時
  日比谷図書文化館小ホール(東京都千代田区日比谷公園1-4) 

座談会「取材の面白さ・難しさ――記者の仕事を考える」  
     現場の若手記者が体験をもとに語り合う

*6月23日(日)午後1時30分~5時
   岩波セミナールーム(東京都千代田区神田神保町2-3-1)で

「政権の内側から見たメディアの姿」
講師  前内閣官房審議官、下村健一さん
   (元TBS報道キャスター。2年の内閣広報室勤務を昨秋満了)
   新著「首相官邸で働いて初めてわかったこと」(朝日新書)をぜひ読んでご参加ください。

<大阪会場>=国労大阪会館(大阪市北区錦町2-2)
   
*6月22日(土)午後1時30分~5時
  「報道の文章の書き方・取材の仕方」
   講師 高知新聞記者・高田昌幸さん(著書に『真実・新聞が警察に跪いた日』)
     ※事前に作文を書いてもらい個別添削もします。

*6月29日(土)午後1時30分~5時
  「第一線記者が語る取材の現場」
   講師:共同通信大阪社会部記者・真下周さん
     :京都新聞社記者

※資料代 各回とも1000円 定員 40人
※申し込み JCJ事務局まで。氏名、電話番号、メールアドレス、参加希望日を明記して
メールかファクスで

主催:日本ジャーナリスト会議(東京都千代田区猿楽町1-4-8松村ビル4階)
   <メール> jcjアットマークtky.3web.ne.jp
   <ファクス> 03・3291・6478
# by masayuki_100 | 2013-06-02 23:52 | ■2011年7月~

 憲法改正論議が急速に高まっている。96条に「改正」の文言があるから「改正」論議と呼ばれるのだろうが、「改悪」であったり、「改変」であったり、呼び名を変えたくなる人もいるだろう。それとは別に、こういう流れの中で、必ず出るだろうな、と思っていた動きが、案の定、ぼつぼつ出始めたようだ。

 福井新聞のオンラインニュースサイトは今月1日、<「政治色強い」と絵画作品撤去 アオッサ管理会社、県の注意応じ>という見出しのニュースを流した。公共施設「アオッサ」で「ピースアート展 憲法と平和」が開かれた際、ある出展者の作品が「政治的だ」として、撤去を求められたのだという。

 福井新聞によると、半紙に戦争放棄をうたった9条や改正手続きを記した96条などを書き出した9枚の作品だった。展示初日の4月下旬、管理会社の統括責任者が「政治的な内容で気分を害する人もいる」と撤去を要請。作者らは「憲法を知ってもらうことは政治的なことではない」と主張したが聞き入れられず、全体の展示を継続するために撤去に応じたという。

 室蘭市では、市のホームページに「憲法を守ろう」というバナー広告を出したいと要望した男性が、断られたらしい。4月25日の朝日新聞の声欄に出ていた話だ。男性が「憲法を守る自治体行政を応援する」というバナーを申し込んだら、市の担当者は「政治的主張」であり、市の要綱に反するとして拒んだのだという。憲法遵守義務のある公務員がこれでいいのか、と投稿主は書いている。

 私の住む高知県でも似たようなことがあった。護憲団体が、屋外の広告媒体に「憲法96条を守ろう」というメッセージを出そうとした。すると、政治的な意見表明であるとして断られたのだ、と。憲法擁護の、同じような広告は毎年出しており、これまでは拒まれることがなかった、それなのになぜ今年に限って、、、というわけだ。どうやら、「96条」が引っかかったらしい。安倍晋三政権が焦点として持ち出し、世上を賑わす「96条」。媒体側はそこを慮ったのかもしれない。

 憲法「改正」をめぐっては、誰もが「国民的な議論を」と口を揃える。しかし、(国政選挙の運動がそうであるように)何かのテーマを巡って賛否が激しくぶつかり合う議論の場は、政治家や学者らによるテレビ討論や憲法裁判などを除けば、日本ではそう多くない。
 
 実際、今年の憲法記念日も護憲、改憲両派の集会はほとんどの地域で、それぞれ別個に行われ、自らの主張を賛同者が大半を占める(であろう)会場に向かって力説した。両派の代表選手が顔をそろえ、激しくぶつかり合った集会などは、ほとんどなかったのではないか。端的に言えば、護憲・改憲の動きは、「国民的議論」というよりも、現状は「陣取り合戦」だ。
 
 どっちがより早く、よりたくさん、自らの仲間・賛同者を増やすか。いわば、政治勢力の拡大競争である。通常の選挙と一緒だ。

 だから、様子見の動きも出る。何かもめ事になったら面倒だし、まして後々責任が問われるような事態になったら面倒さも倍加する、、、福井や室蘭の事例は、そんな「長いものに巻かれろ」式の風潮に見える。「自粛」の風景とも映る。たぶん、こういう風潮は今後、あちこちで、目立たぬ形で広がっていくのではないか。
# by masayuki_100 | 2013-05-06 21:04

 お知らせが少々遅くなってしまったが、「日本の現場 地方紙で読む 2012」が昨年秋、旬報社から発刊された。前作の「日本の現場 地方紙で読む」に引き続いて、各地の地方紙の連載や企画記事を選び、収録している(収録記事の内容はこちら)。取材に携わった記者たちの「取材後記」も納めた。

 いったい、どんな書籍なのか。本書のあとがきを要約し、以下に記したので、お読みいただけると、おおよそはイメージしてもらえると思う。「地方紙が良くて全国紙は良くない」とか、そんな単純なことではなく、物事を見通すには種々の目線が必要であり、実際、「東京目線。中央目線ではない報道」は地方紙において目にすることができますよ、ということだ。

 以下の「あとがき」は要約版なので、意を尽くせてない部分、意味が通じにくい箇所等々があるかもしれい。その点はご容赦を。

*******************************************

 主要地方紙の連載や企画記事を一堂に集めた「日本の現場 地方紙で読む」が旬報社より刊行されたのは、2010年8月である。
 発想は単純だった。
 全国紙や主要地方紙などが加盟する日本新聞協会によると、2011年10月段階で、スポーツ紙を除く日刊紙の総発行部数は約4400万部に達している。その半分近い部数は「地方紙」だ。読売新聞や朝日新聞といった「全国ブランド」の新聞だけが新聞ではない。地方には、それぞれの地域に根ざした新聞があり、その地域においては全国紙に劣らぬ影響力を持っている例が少なくない。

 ところが、地方紙に掲載された優れた記事は過去、なかなか全国に伝播しなかった。新聞「紙」の配達範囲が限定されている以上、それは当然でもあった。この傾向は、実はインターネットの全盛時代になっても、大きくは変化していない。

 全国紙に比較すると、地方紙は経営規模が小さい。人員も資金も少ない。全国紙が「電子新聞」に本格参入するようになっても、経営上の判断から独自コンテンツをネット上でほとんど公開しない地方紙もある。勢い、ネット上に溢れるニュースや連載・企画記事も多くは「全国紙発」であり、「情報発信の東京一極集中型」構造は全くと言っていいほど変化していない。

 しかし、当たり前の話だが、全国紙が発信するコンテンツだけが、ニュースではない。コンテンツ「量」の多さは、内容の質・重要性と比例しない。
 地方発の優れた記事をどうやって全国に広げるか。地方紙が報じる事象や問題を、どうやって列島各地、とくに東京=中央に届けるか。
 そんな問題意識の下、「まずは書籍で実現を」と考え、「日本の現場」を編むことになった。地方で起きている事象の中には、日本社会の矛盾を象徴するような出来事が多数ある。霞ヶ関・永田町を中心とした「中央」に対し、刃を突き付けるかのような地方紙報道もある。そうした地方紙の優れた報道を、まずは連載・企画記事に絞って全国へ発信する試みだった。

 幸い、「日本の現場」は各地・各界で好評を博し、版を重ねた。本書はその続編である。前作がおおむね2008年〜2009年の記事を対象としていたのに対し、本書は2011年〜2012年初めまでを対象にしている。
 言うまでもなく、日本ではその間、東日本大震災や東京電力福島第1原子力発電所の事故といった大災害や大事故があった。本書では、それに関連する連載・企画記事も多数収録している。

 前作に続いて編者になった筆者は、北海道新聞で25年間、記者を務めた。その後、2012年春からは高知新聞の記者になった。所属会社は変わったが、この間、ずっと地方紙の記者であり続けている。そんな日々の中で、「地方の問題はしょせん地方のニュースでしかない」という「東京目線」「中央目線」が日本全国を覆ってしまったように感じていた。

 そうした日々を過ごしながら、漠然と考えていたことがある。
 「新聞や報道に関して、もし何か新しい事業を興すなら、東京で地方紙を発行したい」と。「考え」というよりは、「妄想」に近いかもしれないが。
 東京「の」地方紙ではない。東京の地方紙はすでに中日新聞社東京本社発行の「東京新聞」があり、優れた報道を続けている。東京「で」発行する地方紙とは、イメージが異なる。

 最近のマスコミ批判の柱に「大事なことを報じていない」「政府の言うがままではないか」「情報の垂れ流し」といった指摘がある。

 とりわけ、福島第1原発の事故後はこうした批判が沸騰し、「マスコミは原発問題を素通りしてきた」という声が渦巻いた。
 これは半分正しく、半分は間違っている。
 原発問題に限っても、たとえば、佐賀県の玄海原発でプルサーマル導入が大問題となった2000年代後半、佐賀新聞はこの問題を繰り返し取り上げ、連載記事や一般記事で安全性に疑問を投げかけていた。同様に静岡新聞は、長期連載「浜岡原発の選択」などを通じ、地震と原発、地震と地域行政といった問題に切り込んだ。このほかにも若狭湾の原発銀座を抱える福井新聞、六カ所村の核燃料サイクル施設を注視し続ける東奥日報(青森県)など、原発問題を粘り強く報道してきた地方紙は少なくない。

 一方で、全国紙は各地域の原発問題を「一地方の問題だ」と判断したのか、関連記事を県版・地方版に押し込める傾向が強く、福島原発の事故が起きるまでは、(東京電力の原発事故隠しなどの一部事例を除き)各原発で大きな動きがあっても、全国ニュースとして継続的に大きく報道するケースはそう多くなかったように思える。
 ことは原発に限らない。米軍基地問題も同様である。
 原発問題同様、米軍基地を抱える地方の新聞は沖縄2紙をはじめ、神奈川新聞(厚木、横須賀基地)や東奥日報(三沢基地)などが積極的に問題をえぐり出していた。
 それに対し、2009年に民主党政権が発足し、鳩山由紀夫首相の手で米軍普天間飛行場の問題が急浮上するまで、全国メディアはこうした基地問題をいかにも素っ気なく扱ってきたのではなかったか。筆者は実際、全国紙の那覇支局勤務を経験した記者たちから「米軍問題を書いても全国版に記事が載らない」といった嘆きを、幾度も聞かされた経験がある。

 全国紙や主要地方紙などが参画する日本新聞協会によると、2011年10月現在、加盟社の発行する日刊紙(スポーツ紙を除く)の総発行部数は、約4400万部に達している。そのうち半数強は全国紙だ。地方紙も地元以外のニュースの大半は、通信社による東京経由の記事配信に頼っている。
 先述したように、ネット時代になったからと言って、地方紙の独自記事が無料で自由自在に読めるわけではない。むしろ、地方紙は経営上の問題から独自コンテンツの無料解放を縮小する傾向すらある。だから、ネット上で行き交うニュースも依然として「中央目線」が幅を利かしているように筆者には映る。
 「東京で地方紙」の意味は、その隙間を埋めることにある。

 「マスコミは重要な問題を報じていない」「地域で生きる人々の切実な声を伝えていない」といった批判は、実は、筆者の見立てでは、情報の流通経路の「いびつさ」にも幾ばくかの原因がある。

 「東京で発行する地方紙」は、各地方紙が報じた独自ニュースや解説・企画記事をピックアップし、一つの新聞にする。あるいは、渾身の連載記事を再掲する。そういったイメージだ。地方の出来事だけれども全国に通じる問題は数多い。それを集めて再編集し、首都圏や近畿圏、ひいては全国に届ける。東京で出す地方紙は「地方発の全国メディア」でもある。
 もちろん、ここで言う「東京で出す地方紙」は、「紙」にこだわってはいない。情報の流通経路の質的な転換が主たる眼目であり、「新聞はだれのために何を報じるのか」を再考・再構築する狙いでもある。

 本書の編集作業は、主として2011年後半に行われた。
 前作と同様に、高齢化、過疎化、地域振興、農林漁業、地方政治、地域医療、平和など数多くの問題を網羅している。震災や原発に関する記事が全体の3分の1程度を占めているのは、2011年という特殊性を考えれば当然だろう。

 今回から新たに編者に加わった花田達朗氏(早稲田大学教授)は、ジャーナリズム分野において日本を代表する研究者である。日本のジャーナリズム研究の多くが、その対象を全国メディアに偏重させる中、花田氏は早くから地方紙の活動内容や可能性に着目し、各地方紙の編集現場に具体的な助言を続けてきた実績がある。本書の編者としてはこれ以上ない適格者であり、実際、斬新な視点を次々と与えてくれた。
 前作に続いて編集作業を担当した清水氏は、各地方紙の編集現場だけでなく、メディア部門とも深い交流を持っている。取材・報道を担当する「編集」部門と、インターネットを駆使しようとする「メディア」部門は、それぞれの地方紙において、まだまだ垣根が高い。
 「地方紙同士の壁を取り払って横のネットワークを強化すると同時に、会社組織内に残る垣根も低くしたい。そこに地方紙の新たな可能性がある」。清水氏はそう繰り返しながら、今回も編集作業を続けた

 本書に収録された記事の選択は、編者3人の独自の判断に基づいている。
 本書は、記事の優劣を競うコンテストではない。未収録の連載記事にも数え切れないほどの優秀なものがある。編者の目の届かなかった記事も数多いはずだ。従って、記事選択や編集作業を別の方が担えば、本書の内容はまったく別の内容になっていたと思う。

 日本新聞協会加盟の新聞社・通信社では、合計2万人強が編集部門で働いている。正確な数字は持ち合わせていないが、その半分程度は地方新聞社で働いていると思われる。地域に根を張り、這いつくばるような取材活動を続けている地方紙の報道の一端を本書から読み取っていただければ、と願っている。
# by masayuki_100 | 2013-01-14 13:40 | ■2011年7月~

 自由報道協会主催の第2回自由報道協会賞が年明けに開催されるという。一時、その候補作として、拙著「真実 新聞が警察に跪いた日」(柏書房)が推薦作として、同賞の公式HPにアップされていた。どなたか、一般の方に推薦していただいたようで、「推薦人物・団体・作品公開(10月22日〜11月2日)」に掲載されていたようだ。その後、いつの間にか、HPからは消えた。

昨年の初回には辞退した経緯もあり、消えたことを知った知人から「今年はどうするんだ、おまえ」という照会があったが、その後、総選挙のドタバタなどで失念していたところ、過日、協会スタッフの方から「HPにアップしたけれど昨年(高田が)ノミネートを辞退した経緯があるので、いったん取り下げました」旨のメール。そのうえで今回はノミネートを受ける意志があるかどうか等を尋ねてきた。

私からは以下のようなお尋ねをした。昨年の辞退は、ふだんは取材対象である権力者(この場合は小沢一郎氏)に賞を与えようとする感覚が分からなかったし、ジャーナリストのありようとして違和感があった。そして小沢氏への授賞?顕彰?問題は結局協会としてどう総括したのですか、公式HPにその総括の記載はありますか等々と。それに対する回答はいただけないまま、本日に至りました、というのがコトの次第だ。

「今年はどうするのか」という質問は、直接存じ上げない方からもその後、メールなどでもらっていた。それもあるので、ここで若干説明させてもらった。
# by masayuki_100 | 2012-12-30 15:39 | ■2011年7月~

調査報道セミナー、第3回は来年2月16日(土)午後、京都で開きます。今回は以下の内容です。ぜひ、どうぞ。今回は会場のキャパシティの事情もあって、事前予約制で定員50人です。内容は以下の通り。同じものはこちら(アジア記者クラブのHP)からダウンロードできます。


<調査報道セミナー 2013冬 in京都 のご案内>

と き:2013年2月16日・土曜日 13:20〜17:30
    (13時開場)
ところ:京都キャンパスプラザ(JR京都駅前)
参 加 :予約必要・定員50人(詳細は末尾をご覧下さい)

*第1セッション:
「権力」の内側と不作為を問う 13:20〜15:20

「権力」の定義は難しいが、有力政治家や行政機構がそれに該当することに異論はあるまい。関西で活躍中の2人を招き、「どこに焦点を当てるか」「何をどう調べるか」の具体論を聞く。

【報告1】上脇博之さん(政治資金オンブズマン代表、神戸学院大学教授):2012年10月、日本維新の会幹事長を政治資金規正法違反で大阪地検に刑事告発。その内容、背景、狙いなどを語る

【報告2】大西祐資さん(京都新聞社会報道部記者):裏金など意図的な不正だけでなく、行政の前例踏襲や不作為によって税金が無駄になっているケースがある。「京都市市医問題」「介護給付費不正受給」をめぐる調査報道の手順や背景を通じ、行政の不作為を問う。

【進 行】高田昌幸さん(高知新聞記者)


*第2セッション:
原発報道にどう取り組むか 15:20〜17:20

福島原発の事故後、「原発」は焦点であり続けている。報道の真価も問われる原発報道。これにどう取り組むかを、2人に聞く。

【報告3】森瀬明さん(福井新聞政治部長):原発立地の地域。経済問題と原発の安全性、その双方の接点に位置し、地域に圧倒的な影響力を持つ地元紙は、これまで原発問題をどう報じてきたか。これから、どう報じていくか。視座や問題点を語ってもらう。

【報告4】青木美希さん(朝日新聞特別報道部記者):事故後の福島原発で、下請け作業員に「除染手当」が支払われていなかった。これを報じた記者に、端緒や取材経緯、問題点などを語ってもらい、調査報道実践の参考にする。

【進 行】坂本充孝さん(中日新聞大阪支社編集部長・前東京新聞特報部総括デスク)

<参加お申し込みなどについて> 
定 員:50人。要事前予約。お名前、連絡先、所属などを明記し、申込専用アドレスへメールをお送り下さい。折り返し、整理番号を連絡します。
  ☆アドレスは tyousahoudou@hotmail.co.jp  
参加費:会場費、資料代として1000円。
会 場:京都キャンパスプラザ(JR京都駅北口から徒歩3分)
懇親会:セミナー修了後、会場近くで懇親会(会費制)を予定しています。

<調査報道セミナーとは?>
メディアの信頼回復が急務と言われています。そのカギを握るという「調査報道」。それをどう実践していくのか。現場経験が豊かな新聞人、テレビ人を招き、方法論や考え方などを聞き、そのノウハウを幅広く共有する試みです。「2012春」「2012夏」に続いて、今回は3回目。これまでと同様、会社員記者、フリー記者、研究者、学生など調査報道に関心を持つ人に集まってもらい、議論する予定です。「調査報道」にご関心のある方は、どうぞ足をお運び下さい。
 なお、過去2回のセミナーについては、アジア記者クラブの月刊誌「APC通信」に掲載されています。3回目の今回の内容も後日、同誌に掲載の予定です。

 主催:調査報道セミナー実行委員会 
     日本ジャーナリスト会議 http://www.jcj.gr.jp/
     アジア記者クラブ http://apc.cup.com/
     平和・協同ジャーナリスト基金 www.pcjf.net/
# by masayuki_100 | 2012-12-30 15:11

 このブログの前回の(まともな)記事は夏だった。この間、総選挙も行われ、政権交代まで起きてしまい、きょうはもうクリスマス・イブ。あと少しで今年も終わる。

 少しだけ読み残していた「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)を選挙後、最後まで目を通していた。筆者は村山治さん。朝日新聞編集委員で司法担当、とくに東京地検担当が相当に長い。この本は、民主党の元代表で現在は「日本未来の党」に移った小沢一郎氏、それと対峙してきた東京地検特捜部の話が書かれている。
 記者歴の先輩である筆者には非常に失礼だが、それを承知で言わせていただくと、読み終えて暗鬱な気持ちになった。なぜなら「政権交代が確実視された総選挙を前にして、なぜ最大野党の首脳を検察は狙ったのか」という、誰しもが抱きそうな疑問に明確に答えてくれていないからだ。それどころか、かつてのゼネコン汚職や自民党の実力者だった故・金丸信氏の事件を引き合いに出しながら、「小沢が検察のターゲットになるのは、歴史的必然だったのである」(P181)という帰結を読まされると、「?」をいくつも並べたくなってしまう。「歴史的必然」で捜査が行われるなどということが、あっていいはずはない。

 巨大メディアの検察担当の記者という立場は、単なる傍観者・評論家とは異なる。閉じられた記者クラブ制度の中でも、とりわけ閉鎖性の強い司法記者クラブの中にあって、村山氏は(種々の労苦があるだろうとはいえ)検察の「捜査情報」に接し、その「捜査の途中経過報道」を繰り返し、社会に大きく広めてきたはずだ。もちろん、取材・報道の過程では、検察との利害対立も生じよう。それは当たり前のことだ。

 しかしながら、例えば、2009年2月、小沢氏をめぐる事件で東京地検特捜部が「不起訴」の結論を出した際、村山氏は朝日新聞に署名入りでこんな記事を書いている。
 <捜査は(不起訴に終わったけれども)、小沢氏側に巨額の不透明なカネの出入りがあることを国民に知らせた。その価値は正当に評価されるべきだろう。>( )内は筆者が挿入。以下同。

 そうした数多の「捜査の途中経過報道」はメディアの間で、社会の中で、時を置かずして乱反射し、政治や社会に跳ね返って大きな影響を与えたはずである。
 村山氏自身、本書の中でこうも書いている。
 「読売新聞の報道を受ける形で、市民団体が政治資金規正法違反で、(小沢氏の)経理担当だった石川や会計担当の大久保らを東京地検に告発する。さらにその数日後には、水谷建設側が小沢側に1億円を提供したと供述したことを産経新聞などが一斉に報道した。(東京地検特捜部が)極秘に進めてきた捜査の焦点が次々と報道されたことで、特捜部の捜査は待ったなしとなった」(P20〜21)
 こうした捜査(と報道の)結果、いわゆる小沢氏をめぐる事件がどういう結末を迎えたかは、ここでは書かない。詳しい論考はネット上にも溢れている
 それにしても、大メディアの検察(警察も)担当記者のこの種の報道に接する度、記者と権力とのこの距離の近さは、いったい何なのか、と思う。まだこんな、1990年代以前の発想から脱していないのか、と思う。
 日本には「推定無罪」の大原則がある。報道においても、不必要な「犯人視」報道は、現に慎むべきだと(少なくとも私は)考えるし、(一部の)先輩たちからはそう教えられてきた。

 むろん、権力悪はきちんと取材し、報道せねばならない。野党とはいえ、政治家は「権力監視」の対象となりうるから、その点で小沢氏の疑惑を報道することが必須のケースもあろう。しかし、それは「アタマからシッポまで報道する側の責任において」ではないか。「捜査権力の力を借りずに、完全に独自の調査報道でやれ」である。捜査権力と二人三脚になって、なにがしかの勢力をターゲットにしていく行為は、鳥の目になって空から眺めれば、権力の片棒をかついでいるだけであって、「独自の調査報道」などという代物ではあるまい。

 小沢氏をめぐる一連の報道に関連して言えば、読売新聞社会部の担当デスクの発言にも大きな違和感を覚えたことがある。2010年2月、東京で開かれた報道関係者の小さな集まりでのことだ。
 デスク氏は、政治資金疑惑報道の経緯を話していた。もうだいぶん記憶は薄れたが、私にすれば、「これは独自の調査報道です」と説明された記事の組み立ては、相当部分が検察サイドからの端緒や捜査情報としか思えなかった。「独自」の部分があるとすれば、検察が捜査で辿ったのと同じ道を後ろから(独自に)歩いたにしか過ぎない。
 
 あれだけ報道された「小沢資金疑惑」は、検察捜査の終焉とともに、いつの間にかフェイドアウトした。調査報道が、本当に捜査権力から独立して行われているのであれば、捜査が進もうが進むまいが、それは報道記者と報道会社の責任において、きちんと進めなければならないのだと思うし、その取材力と胆力こそが必要のだと思う。要は、あらゆる権力との間で、常に一定の・適切な距離を保つことができるかどうか、なのだ。そうでなければ、「調査報道」「権力監視」の名の下で行われている報道が、後年になって、歴史家から「あの報道は権力機構のお先棒を担いでいただけでしたね」ということになりかねない。

 むろん、その場合の取材・報道は、評論ではないから、技術力が要る。パッションも要る。すべては、小さな事実の積み重ね、である。
# by masayuki_100 | 2012-12-24 12:50 | ■2011年7月~

日本ジャーナリスト会議(JCJ)が今年も「ジャーナリスト講座」を開講します。昨年は文章講座を何度も担当しました。私は今年もその講座を担当します。極めて実践的な内容になります。記者を志す学生さん、すでにこの世界へ足を踏み入れている若い方は、ぜひどうぞ。その後は夜の部で懇親を深めましょう。

日程その他は下記の通りです。お早めにどうぞ。
申し込み・問い合わせはJCJ事務局です
メール jcj@tky.3web.ne.jp
電話  03―3291―6475
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<日程・内容・講師=10月~12月>
10月13日(土)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールーム
 ①②集中講座「報道の文章をどう書くか」 高知新聞記者・高田昌幸氏

10月21日(日)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールームで
 ①「新聞は読者とどう向き合うか」 東京新聞・鈴木賀津彦氏
 ②「地域ジャーナリズムと原発報道」 朝日新聞・隈元信一編集委員

10月28日(日)午後1時半から5時 築地社会教育会館・視聴覚室
 ①「脱原発報道で『こちら特報部』の果たした役割」 東京新聞・野呂法夫デスク
 ②「ドキュメンタリー映像を撮る」 映画監督・早川由美子氏

11月10日(土)午後1時半から5時 会場は未定
 ①②集中講座「報道写真のカメラ術・撮り方のポイント」 元朝日新聞写真記者・酒井憲太郎氏

11月17日(土)午後1時半から5時 会場は未定
 ①「オスプレイと安保」 沖縄タイムス・与那原良彦記者
 ②「貧困問題を追いかけて」(仮題) 元日本テレビ・水島宏明氏(法政大学教授=交渉中)

11月25日(日)午後1時半から5時 会場は東京・神保町の岩波セミナールーム
 ①「市民メディアの可能性」(仮題) OurPlanet-TV代表・白石草氏
 ②「テレビ報道の現場から」(仮題) TBSキャスター・金平茂紀氏

12月1日(土)午後1時半から5時 会場は東京・神保町の岩波セミナールーム
 ①「30年前のボツ原稿」 北海道新聞記者・往住嘉文氏
 ②対談「記者の原点」 週刊金曜日編集委員・本多勝一氏(元朝日新聞編集委員)
            JCJ代表委員・柴田鉄治氏(元朝日新聞論説委員)

<募集概要>
*ご都合のつく日にご参加下さい。1日だけの受講もできます。
*資料代は1日1000円です。会場でお支払い下さい。
*いずれの日も参加は予約制です。
*定員は40人です。
*上記のうち会場未定分等については、お申込みいただいた方に、追ってご連絡します。

<申し込み方法>
*日本ジャーナリスト会議(JCJ)事務局宛、メールにてお申し込みで下さい。
*メールの件名欄に、2012年・JCJジャーナリスト講座受講希望と明記してください。
*本文欄には以下をご記入ください。
「氏名」
「連絡先」
「電話番号」
「メールアドレス」
「参加希望日」
*JCJ事務局のメールアドレスは jcj@tky.3web.ne.jp です
*お問い合わせは、JCJ事務局まで、メールまたはお電話03―3291―6475(土日は休み)ください。
# by masayuki_100 | 2012-09-18 02:08