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ニュースの現場で考えること

「哀れな国」の意味

ガ島通信さんのブログの最新エントリ「日本は哀れな国・・・」を読んできました。きのう最高裁で判決があった「国籍条項訴訟」に関する話です。管理職試験の受験を拒否された韓国籍の東京都職員(保健所勤務の看護師)が、法の下の平等を定めた憲法に違反すると訴えていた訟で、最高裁大法廷が「合理的な理由に基づく区別なので合憲」との判断を示した、というニュースです。

判決を詳細に読んだわけではありませんが、私自身は、地方公務員法が外国人の採用を禁止していないこと、労働基準法等が国籍を理由に差別的取り扱いを禁じていることをなどをこの判決が再確認したことの方が大きいのではないかと。地方行政は国の重要政策の一翼も担う半面、行政「サービス」の提供部分も業務の相当を占めるわけですから、そういった実態を考えると、判決は「あとは自治体の裁量だ」と言っているのではないかと思います。

最高裁判決が今回このような判断を示したからと言っても、現実には外国人を管理職に登用している自治体はすでにいくつか存在します。裁判のプロではないので、詳しい法解釈はできませんが、今回の判決は、この訴えの元になった個別具体的な事柄への判断であって、自治体全般の裁量権を否定したものではない、のではないかと(詳しい方いたら、教えてください)。

で、ここまでは前置きです。




私はテレビニュースを見なかったので、新聞各紙で会見の模様を読みました。それらを総合すると、原告の鄭香均さんは「哀れな国ですね」「世界中(の外国人)に『日本に来るな』と言いたい」「日本に来て働くのは、税金を納めながら意見を言ってはならない『ロボット』になるということ」と怒り「涙も出なかった。むしろ笑いが先に来た」などと会見で語ったそうです。これだけを読むと、「なんて勝手なことを言うんだ!」といった反応が読者から出ることも、なんとなく分からないではありません。

ただ、少なくともこの会見に出た記者は、鄭香均さんの歩んできた人生や苦悩といったことを十分に承知していたはずです。彼女が何に不満と怒りを持っているか、一方でどんな人々に支えられながらここまで生きてきたか等も、程度の差はあれ、知っていたでしょう。だとしたら、「哀れな国ですね」という言葉に対して、質問を重ねるべきなのです(実際は出たのかもしれません。会見の詳細を承知していないので、違っていたらごめんなさい)。

「いまの『国』というのは何を指していますか?いまの言葉では日本人と日本全体を忌避しているようにも感じますが、、それで間違いないですか?」
「日本あるいは日本人すべてに怒っているのですか?」
「意見は言ってはならない、というのは少し違っていませんか?こうして会見で意見を言うことはできているわけですから」

たとえば、こんな感じでしょうか。

おそらく、彼女の言う「国」は、人生の中で被ってきた言われなき差別(=実際に彼女を差別した人たち)自体を指しているのであって、日本人一般ではないはずです。全人生をかけて闘ってきた人が、その結果が出た瞬間に激烈な言葉を吐くのは当然の営みです。司法の場では「不当判決だ」「行政に血は通っていないのか」「この国はひどい」といった言葉は、よく飛び交います。しかし、彼ら彼女らが発するそんな言葉は、ある意味、何がしかの象徴なのです。だから、取材する側は、それを視野に入れ、もっと彼女の言葉を解きほぐす必要があったのではないかと思います。

少し話は飛びますが、記者には、質問を重ねて、「言葉を細分化していく」などの作業が絶対に欠かせません。「日本は」「日本人は」「韓国人は」といった言葉は、いったい何を指しているのか? それぞれの文脈の中できちんと読み解き、因数分解していく作業です。

「この政策は弱者のためだ」→いったい弱者とは何か?
「イラク派遣は国際社会の理解を得ている」→その国際社会を構成する国はどことどこ?
「日本の国益にかなう」→日本のだれの利益か?

記者の仕事は「言葉」がすべてですから、「抽象的な用語は極力具体的にする」「語られた言葉はどういう文脈、歴史的背景があるかをきちんと読み取る」ということが、なによりも大事だと思います。それがないと、ただのメッセンジャー・ボーイと変わりありません。
「哀れな国」の意味_c0010784_17453890.gif
by masayuki_100 | 2005-01-28 03:28 | ■社会