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ニュースの現場で考えること

イラク人ジャーナリストの報告会

東京は相変わらずの猛暑が続いている。その中、午後に飯田橋で開かれた「イサーム・ラシードさんのお話を聞く会 イラク人ジャーナリストが語る軍事占領下のイラク」に足を運んできた。バグダッド在住のイラク人記者の話を聞く、またとない機会だと思ったからだ。会場は50人ほどの人々でほぼ満席だった。

会場で配布された資料によると、イサーム・ラシードさんは1973年生まれ。バグダード出身のフリーランス・カメラマン。イギリスのテレビ局「チャンネル4」など、多くの報道機関で仕事をしてきた。2004年4月と11月のファッルージャ攻撃や、その後の避難民の状況の取材など、米軍による市民の被害状況を明らかにし続けている。また、これまで米軍に3度逮捕されたことがあり、2004年1月の逮捕では、17日間にわたって拘禁され、拷問・虐待を受けた。

会場では主に、その「チャンネル4」が放映した「The True Face of War」などが上映され、欧米日などが伝えたイラク戦争が、いかに一面的であったのかを訴えていた。映像で象徴的だったのは、繰り返し繰り返し登場するイラク人死傷者、とくに「遺体」である。とくにファルージャが攻撃される際の映像などは、本当に凄まじい。民間人がいとも簡単に米軍の標的になり、次々と人が撃たれ、遺体になる。生き残った人が、他の遺体(ちぎれた足首)を持って歩く姿や、頭を撃ち抜かれた子供の姿などは、見るのが辛い。しかも、そういう遺体が埋葬もされず、あたりに放置されたままである。自動車の中で放置されていた遺体は、そのシートの部分に無数の蛆がわいていた。そういうものの上に築かれたと宣伝されている「復興」や「安定」とは、いったい、なんだろうか。

当たり前の話だが、イラク戦争では既に多大な犠牲者が出た。 「Iraq Body Count」の推計によると、イラクの民間人の犠牲者は2万5千人前後に達している。報告者のラシードさんは、会場で「イラクの多くの国民は現政権について(選挙で選ばれたとはいえ)正統な政府だとは思っていない」と語った。映像の中では、10歳にも満たない男の子(戦争前に母親を亡くしていた)が、米軍の攻撃で父や兄弟も亡くし、「どうしたらいいの?」とひたすら泣き続ける場面があった。こういった人々は、フセインの圧制から救ってくれた恩人として、英米を中心とした国々や軍、兵士に対し、この先、敬愛の念を持つことなどできるのだろうか。事実上、一方的に攻められ、一方的に占領され、いまなお、戦闘が続いているのだ。

攻撃のきっかけとなった「大量破壊兵器」など、結局、どこからも見つからず、その存在は捏造されたものだったことが、分かっている。人を殺して、壊して、そして「復興」まで引き受ける。それを正当化する論理は、もう存在しないと強く思う。

日本では総選挙があるかどうかで、永田町の騒動が激しさを増している。私自身は、早く選挙をやってもらいたいと感じている。むろん、選挙になれば、争点は郵政だけではない。




<以下、参考>
イギリスのジャーナリスト全国組合ロンドン・フリーランス支部のホームページから

〔翻訳:イサーム・ラシードさんのお話を聞く会〕

 イラク人カメラマン、イサーム・ラシードが(イギリスのジャーナリスト全国組合ロンドン・フリーランス支部の、2005年)3月の支部会議を訪れた。彼が刑務所に拘束されている間の私たちの支援への感謝を表明するためだ。イサームは、ユーヌス・カサーイルの同僚で、去年の夏、ロンドン・フリーランス支部などの働きかけによってアブー・グライブ刑務所から解放されたのだった。

イサームが最初に逮捕されたとき、彼は西洋人ジャーナリストと一緒で、数時間で釈放された。2度目の逮捕では17日間拘束された。その後、11月に彼は、バグダードの自宅近くにあるアブー・ハニーファ・モスクで金曜演説の様子を撮影していた。このモスクは、占領軍に対するスンニ派レジスタンスの拠点だ。兵士たちがモスクの扉を閉ざして捜索を行い、そして発砲した。「彼らが4人殺すのをカメラにおさめました。殺されたうちの1人は僕の親しい友人でした。カメラは、イラク国家防衛隊〔ING〕の1人がこっそりと返してくれましたが、でも米軍が人々に発砲しているところをおさめたテープは米軍に没収されました。」

イラクでイサームやユーヌスと一緒に仕事をしてきたマイケル・バークによると、イサームは2003年11月に、12歳の少女が逮捕されアブー・グライブに連れて行かれたところを撮影したが、彼がイラク人だからという理由で、それは報道されなかったという。「僕たちは、アラブ人ジャーナリストへの信頼を高める取り組みをすべきだ。グリーンゾーンから出る西洋人ジャーナリストがほとんどいない状況の中で、彼らこそがニュースを伝えているんだ」と、マイケルは言う。

〔支部会議の〕参加者の1人が、「レジスタンスはどれほど広範に『一般の人びと』から支持を得ているのか」と質問すると、イサームはこう答えた。「僕たちは、誰が学校に通う子供たちの脇で、グリーンゾーンで、自爆攻撃をするか知る由もない。イラクは混乱状態です。誰が何をしているのかを知ることはできないけれど、占領に反対したい人もいるのです。これらが『レジスタンス』についての〔『一般の人びと』の〕2つの顔として存在しているのです。」ジャーナリストとしての彼にとって、最も危険な存在は米軍だ。「僕はイラクの人びとの悪い面を見せることになるとしても、真実を伝えます。けれども、米軍こそが真実が語られないことを最も望んでいる人びとなのです。」

イサームは、私たちの支部とジャーナリスト全国組合が全国的に行った支援に感謝をのべた。「外の人びとが僕のためにしてくれていることを思いながら、刑務所内での最悪のときを耐えていました。」彼は、家族と仕事が待つバグダードに戻る。彼の仕事は、近い将来、西洋メディアの信用を得ることになるだろう。
by masayuki_100 | 2005-08-07 23:18 | ■2005 東京発■