2003年 03月 31日
■札幌から■ 「井の中の蛙」 2003年3月31日
デスク職に就いてしまうと、自分で動いて書くという作業が、なかなかで
きません。そうしたい場合はそうできるだろうし(実際、私の名刺は「北海
道新聞記者・報道本部次長」とあって、「記者」が先に来ています)、後は
本人の心がけ次第なのですが、まあ、実態として机に向かっている時間が圧
倒的に多いわけですから、この悶々とした思いは如何ともし難いものがあり
ます。
一言で表現すれば「かごの鳥」といったところでしょうか。
「井の中の蛙 大海を知らず」という有名な句があります。この句は「さ
れどその深さと井戸の青さを知る」と続くのですが、後段のように言えるた
めには、自分が「井の中の蛙」であることをしっかりと認識しないとダメな
のでしょう。誰もが井の中の蛙になりたくはないと思うけれど、いくらそう
思ったところで世界は広すぎる、奧深過ぎる、ならば「井の中」を認知する
ことこそが、「井の中」から脱出する唯一の方法かもしれません。
留萌在住の歌人の方と電話で話していたら、似たような句として
「わたくしの ほかなる生を 知らざれば 壺の内より 見る大銀河」
という句を教えてもらいました。
自分以外の多くの生命への感動と共感。それがあればこそ、というか、
そうであったとしても、自分は1人でしっかり生きていくほかはないという思い。
狭い壺に1人佇むような孤独を感じたとしても、その底からは
きっと大銀河が見えるのです。私はそう信じていたいと思います。
きません。そうしたい場合はそうできるだろうし(実際、私の名刺は「北海
道新聞記者・報道本部次長」とあって、「記者」が先に来ています)、後は
本人の心がけ次第なのですが、まあ、実態として机に向かっている時間が圧
倒的に多いわけですから、この悶々とした思いは如何ともし難いものがあり
ます。
一言で表現すれば「かごの鳥」といったところでしょうか。
「井の中の蛙 大海を知らず」という有名な句があります。この句は「さ
れどその深さと井戸の青さを知る」と続くのですが、後段のように言えるた
めには、自分が「井の中の蛙」であることをしっかりと認識しないとダメな
のでしょう。誰もが井の中の蛙になりたくはないと思うけれど、いくらそう
思ったところで世界は広すぎる、奧深過ぎる、ならば「井の中」を認知する
ことこそが、「井の中」から脱出する唯一の方法かもしれません。
留萌在住の歌人の方と電話で話していたら、似たような句として
「わたくしの ほかなる生を 知らざれば 壺の内より 見る大銀河」
という句を教えてもらいました。
自分以外の多くの生命への感動と共感。それがあればこそ、というか、
そうであったとしても、自分は1人でしっかり生きていくほかはないという思い。
狭い壺に1人佇むような孤独を感じたとしても、その底からは
きっと大銀河が見えるのです。私はそう信じていたいと思います。
by masayuki_100
| 2003-03-31 17:02
| ■時計台(日記です)























