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ニュースの現場で考えること

増税は不可避と政府税調は言うけれど。

昨日6月21日、政府税調が個人所得課税のあり方を報告書にまとめた。あちこちで大きなニュースになっているので、ご覧になった方も多いと思う。そして、その内容は予想通り「サラリーマンの増税は避けられない」が基調となっている。

この手のニュースを耳にするたびに「政治の責任はどうなったのか」と思う。そもそも現在の気の遠くなるような政府長期債務残高は、バブル崩壊後に、与党自民党が中心になって、次々と打ち出した景気対策が根底にある。一九九一年度末に百七十一兆円だった国債発行残高は、2000年度末までの十年間で倍以上に膨らみ、その年度の末には三百八十九兆円に達した。

ちょうどそのころ、私は東京で財政担当の記者で、政治家や官僚に「これはそもそも景気対策の失敗のツケではないか。ばらまき型の減税や公共事業を繰り返した結果であり、社会保障や地方交付税といった種々の制度の欠陥・疲労が直接的に赤字を増大させたわけではない。失政の責任をうやむやにして、同じ与党が『構造改革』を叫ぶのはおかしいのではないか」と何度も問うたことがある。膨大な財政赤字をつくった90年代の経済財政政策は、間違いなく、自民党が推進したのであり、いまの小泉首相や有力閣僚、有力議員たちも、景気対策をこれでもかこれでもかと盛り込んだ各年度の補正予算案等には、間違いなく「賛成」していたのだ。





九州に住む私の親戚は当時、ある市の総務部長の職にあり、景気対策を政府が打ち出すたびに、有力政治家から「事業を出せ」「事業をつくれ」と言われ続けた。「もう必要なものはない」「これ以上、補助事業に付き合っていたら自治体の財政が破綻する」と言っても、政治家たちは許してくれなかったのだという。これと同様の話は、北海道にもあったし、おそらく全国津々浦々の自治体が同じような状況におかれていたのではないかと推察する。

小泉首相が登場したとき、彼は「骨太の方針」を初めて示し、政治優先で日本を変えるのだ、構造改革を進めるのだと胸を張った。しかし、「骨太の方針」自体は、財務省や内閣府(に居た財務省からの出向組)の官僚たちが中心になって作成したものだし、ペーパー自体は森政権時代にとっくに出来上がっていた。その内容は、「景気最優先」路線の中で政府がつくった巨額の財政赤字の解消を、本来は経済動向と関係ない地方分権などと絡めたことが最大の特徴だったと今も思っている。俗っぽく言えば、「目くらまし」ということになろうか。当時もそういう記事を盛んに書いたし、その考えは今も変わらない。

無駄な公共事業の見直しはどうなったのか? 規制緩和で本当に公務員の仕事は減ったのか? 仕事が減ったのなら公務員が減らないのはなぜか? 公務員の削減方針はどうなったのか? 増税はしないといった当初の政権公約はどうなるのか? いくら増税すればプライマリーバランスは戻るのか? 政府の帳簿がきれいになれば国民は幸せになれるのか? 

問うべき問いは、それこそ山のように残っている。

   
by masayuki_100 | 2005-06-22 18:53 | ■政治・経済・国際