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ニュースの現場で考えること

財務省予算の「架空計上」問題

財務省のHPをめくり、大臣会見録を見ていたら、例の「架空研究会に予算計上」のやり取りが記録に残っていた。「架空研究会に予算計上」とは、こういう話である(以下は読売新聞より引用。確か、読売のスクープだった記憶がある)。

財務省が“架空研究会”…計1億円を予算計上 2005年04月27日(水)

 財務省が2002~05年度までの4年間にわたり、実際には存在しない研究会の開催費や委員の謝金などの名目で、計約1億円を「財政融資資金特別会計」の予算に計上していたことが、26日わかった。
実態を伴わない予算計上は、経済産業省資源エネルギー庁の電源開発促進対策特別会計や、社会保険庁の厚生保険、国民年金の両特別会計で判明している。 経産相らが国会で「不適切」と認めたのと同様のずさんな予算付けが、各省庁の予算をチェックする立場の財務省でも行われていたことになる。
 財務省は02年度、「財政投融資問題研究会」の委員謝金や旅費、速記料、資料作成費などとして、「財政投融資問題調査研究経費」計約3000万円を計上。 03~05年度も、同様の名目で、毎年度2600~2700万円の予算計上が繰り返されたが、実際にはこのような名称の研究会は組織されていなかった。財務省によると、こうして計上された予算は財政投融資の研究に関する別の目的に使われているという。
 支出の詳細な内訳は不明だが、確認できたものだけで、02年度は外国の制度を調査した際の通訳費用に約28万円、03年度には財政融資資金の地方公共団体の財務内容に関して民間会社に委託した調査費用に約800万円が、架空の研究会名目で捻出(ねんしゅつ)された予算から支出されていた。また、04年度は、予算書とは異なる検討会の開催費として約120万円、欧米の制度の動向に関して民間会社に委託した調査費用に約800万円が支出されたという。
 財務省は読売新聞の取材に対し、「財政投融資の研究目的で使われているので問題ない」としている。
(引用終わり)

これに対して、谷垣財務相は記者会見でどう答えたのだろうか。4月28日の会見では、こう言っている(読売に記事が掲載されたのは27日の朝刊だが、会見録によると、27日朝の臨時閣議後の会見ではこれに関する質問は出ていない)。このQ&Aがまた、何とも言えず、分かりにくい(以下HPの記述から引用。一部略)





問)財務省の架空計上疑惑なんですけれども、大臣はご答弁のなかで、必ずしも予算計上項目と執行が一致する必要はないというご発言を、まあ実際に経費としてお使いになったので、必ずしも一致する必要はないというふうにご発言されたんですけれども、これまで財務省は、まあ特に地財計画などではですね、実際に予算計上されたものを執行していないではないかということで、まあ過大計上しているという観点からですね、交付税削減、強硬な姿勢を示していましたので、そういうお立場からすると、まあ自分に甘く他人に厳しいのではないかと批判されてもしようがないかなと思うんですが、この点について大臣は…。

答)  平たくお答えすると、今のご議論は、ちょっと放送禁止用語かもしれませんが、味噌もくそも一緒にするというご議論ではないかと、私は思います。昨日もご答弁申し上げましたけれども、この予算に関連しては二方向の議論があるわけですね。一つは、国会での民主的コントロールを徹底するために、出来るだけ細かく議論をせよという議論が一方でございます。他方で、あまり、やはり予算の縛りがきついので、カネの使い方が非効率に堕していると、こういう批判がございます。この二つをどこで調和させていくのかということは、実は予算の扱いのなかで一番難しい問題だというふうに思っております。ですから目(もく)のなかでですね、ある程度の、実際細かい使い方、積算の根拠としては何にもなしというわけにはいきませんから、かなり細かい積算の根拠をつくるわけですけれども、全部それで完全に縛るということになりますと、ものすごく窮屈なことになりまして、実際は、執行する者の責任でそこのところの判断をしなければですね、あまりにも硬直なものになってしまうということがあります。そして、今度の案件につきましては、ここは十分お調べをいただきたいと思っておりますが、毎年毎年財政投融資については、実質的な研究というのをずっとやってきております。そのときに研究会という名前をつけたかどうかは別として、いろんな形での研究が行われてきておりまして、なかに実体があるものだというふうに私は思っております。
 で、最初にお挙げになった例はですね、今までの議論はあんまり細かいところまで入ると、自治体の自治を侵害するということでですね、決算もなかなか相当時間に開きがございましたし、あまり根拠がないままに7兆、8兆という額がですね、片っ方は過大であり、片っ方は過小であるというようなこと。地財計画全体としては辻褄が合っているかもしれませんが、やはり項目のうち7兆、8兆、多い少ないというのは、今回の問題と一緒にご議論をいただくとですね、予算執行の法的コントロール、民主的コントロールと、それから運用の弾力性のその間合いをはかるという観点からいっても、ちょっと比較の対象としては適切ではないというのが私の考え方でございます


要するに、細かいことはゴチャゴチャ言うな、完全に規則どおりにやっていたら機動的に予算は使えないし、しょせん1億円程度の話じゃないか、それに真っ当な目的に使っているから架空名目の支出でも許されるんだよ、、、という感じである。記者会見のやり取りは、その後に質問が一つあっただけで、これ以上、特段に追及しようという構えは感じられなかった(財務省の記者クラブ「財政研究会」は、私もかつて1年ほど在籍したことがあり、その雰囲気はよく分かる。日経新聞をはじめ、あの場で架空計上を追及するような記者は、そもそも財政研究会には配属されまい)。

しかし、よく考えてみれば、谷垣財務相の答えた内容は(参院決算委での答弁も含めて)、警察裏金問題での警察側の回答と思考回路は同じである。それは「目的が正しければ良いだろ」という、ある種の開き直りである。目的が正しいから、方法が法を逸脱していても予算制度を踏みにじっていても、いいじゃないか、と。法の執行者、行政事務の執行者がこういう姿勢に立てば、もう何でもありだ。そういえば、かつての個人情報保護法の審議過程か何かで、福田官房長官(だったと思う)が「公務員は悪いことをしないものだ。公務員を信じなさい」という趣旨の発言をしたことがあって、ブッ飛んだ記憶がある。

いつもは法の執行者として仕事する人々は、自らの都合が悪くなると、最後は法を蹴っ飛ばし、居直り、開き直るものなんだな。
by masayuki_100 | 2005-06-08 15:10 | |--世の中全般