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ニュースの現場で考えること

「法廷ショー」の時代?

過日、札幌で司法修習を行っている若い人たちと飲む機会があった。来春から本格的に弁護士や検事になる人たちだ。みんな酒が強そうで、それぞれに個性もあってとても楽しい一夜だった。

で、そこで冗談半分で笑いながらの話になったのが、「これからの検事や弁護士は俳優養成講座で勉強したほうが良いのではないか」「顔が第一。顔で採用しろ」とか、そんな話。要するに、まもなく始まる裁判員制度の下では、民間から選ばれた裁判員は調書を読まず、検察官や弁護人の話・パフォーマンスによって、無罪か有罪か、量刑はどうかを判断することになるのではないか、どうせそうなるならイケメンの検事が良いだろう、ということなのだ。

酒場で彼らは「こうだな」「そんな感じで両手を広げて」と大笑いしながら、法廷パフォーマンスの真似事で笑いを取っていたけれど、これは笑い話ではないのだ。それほどまでに、この制度は問題を抱えすぎているのだと思う。「刑事事件の審理に市民の感覚を持ち込む」とは、いったいどういうことなのだろう? 理念は正しいのかもしれないが、日本の刑事司法をきちんとした姿にするのならば、たぶん、裁判員制度よりも先に、取り調べの可視化(つまり「密室司法」「人質司法」の解消)が優先されるべきだったと感じている。
by masayuki_100 | 2005-06-07 03:04 | |--世の中全般