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ニュースの現場で考えること

ガ島通信さんへの手紙

札幌はきのうまで、めちゃくちゃに風の強い日が数日続き、しかも雨混じりで、「今度の連休中に本当に函館あたりに桜前線は上陸するのだろうか」とか、そんなことを思わせる寒さが続いていました。きょうも薄曇で青空はありませんが、あと少しで、梅も桜もチューリップも何もかもが一斉に花開く。。。そんな感じです。

少し忙しい日が続き、自分のブログを更新していませんでした。ただ、この間、ガ島通信さん のエントリ「ライブドア&フジテレビに隠れたニュース」にコメントを付けました。その内容を再掲すると、こんな感じです。


(再掲)
お久しぶりです。。。。防衛庁のイラク取材ツアー中止の件。これは種々の問題を孕んでいる重要な出来事だと思います。そもそもサマワ取材は最初から大いなる矛盾を抱え込んだままですから。ですが、、、

>防衛庁のお墨付きがなければ取材できないのでしょうか?それに、そもそもサマワは「非戦闘地域」であるはず。どこにいても「不測の事態」など起きるわけで… 「ネットには一次情報がない」とか「便所の落書きだ」と批判しながら、ジャーナリズムの重要性を声高に主張していた組織ジャーナリストの皆さん。読者のために、サマワから一次情報を発信してください。

こういう言説は、あまり関心しません。その理由は、賢明なガ島さんなら、お分かりだと思います。ガ島さんが最近書かれるものは、急速に切れ味が落ちて来ているように思いますが、その理由も根は同じなのではないかと感じています。
(再掲終わり)





ガ島さんとは数回お会いしたことがあります。いろんなブログ等でみなさんが言っている通り、まっすぐで、あっちにぶつかれば、いやぁ失敗したなあと明るく言い、そしてまた走り出す。そんな感じの方です。。。知らない方ではないし、そういうことを踏まえれば、上記で再掲したコメントも、本来なら私信の形でメールしておくべきだったかもしれません(それは少し自省しています)。ただ、私が思わず反応してしまった点については、「朝になるとやってくる antiECOの日記」さんが、「finalventさんはエールを送っているようですが」の中でほぼ言い尽くされているので、ここでは繰り返しません。

一つ付け加えるとするならば、これは別に最近のガ島通信さんに限らないのですが、物事はシロかクロかの二分法では解釈できないし、二分法だけではなかなか物事を動かすことはできないだろうと言うことです。「既存メディアは良いかダメか」「サマワに行かないからダメだ」といった発想は、たぶん(私は何度か言っていますが)、「思考停止」「レッテル貼り」への第一歩だという気がしてなりません。

何かを破壊したり、ある人間関係・社会での種々の関係を壊したり。実は、それは案外簡単なことではないか、と私は考えています。既存の新聞社をめぐる種々の問題もそうです。いまの新聞は経営的にも内容的にも、相当な問題を抱えていて、「読者の新聞離れ」というよりも「新聞の読者離れ」という状況にあり、いろんな部分で矛盾が噴出しています。報道の質や経営も厳しいところにきている。それも間違いありません。そして、そうした認識は、いわゆる既存メディアの社員は大なり小なり気付いていて、その中で、これからどうしたらいいのか、どういう道があるのかを自問しているのです。危機感などさらさら抱いていない、或いはそう映る人も、いることはいるでしょうし、御身第一のどうしようもない方もいるでしょう。しかし、それが全てではありません。

私は会社の枠を超えた部分で、多くの会社員記者の知人がいます。読売にも産経にも日経にも、その他の会社にも、年齢や性別を問わず、知己がいます。彼ら彼女たちは、みんなそれぞれの場で、自らの出来る範囲で、報道のあり方や伝達手段の変化・将来性などについて考えを巡らせ、少しでも自らや仲間の仕事が良い方向に行くように、努力を積み重ねています。既存メディアに居るからダメとか、読売社員だから良くて日経社員はダメとか、そんなことがあろうはずがありません。

問題は、制度疲労が際立つようになってきた報道の仕組み、報道の内容を、どう変えていくかであって、そのためにどんな方向を目指し、どうやって実行していくか、です。当たり前のことですが、失敗したり、思うように進まなかったり、そんなことはしょっちゅう起きるでしょう。しかし、世の中の仕組みや内容を変えるということは、そういう地道な積み重ねの結果でしか成しえません。
それだけ、世の中全般も、新聞社の仕組みも、実に複雑になっているのですから。もちろん、何事も「結果がすべて」です。外に向かって、「結果は出なかったけれど、それまでの努力を評価してくれ」というのは、甘えです。しかし、そうであっても、何かの物事を批判する際に、右か左か、シロかクロか、善か悪か、といった単純思考を用いるだけでは、プラスはないように思います。

既存メディアが報じる内容を、例えば、イラク戦争に関する報道を、現地に記者が入っていないという理由だけで、「便所の落書き」と同等であるかのうようなことを元記者、それもほんの1カ月前までは、新聞社の記者だった方が、公に書くということは、マイナスであってもプラスにはならないでしょう。現地に記者がいないことの無力感、焦燥感、自己嫌悪等々は、ガ島さんに声高に言われなくても、程度の差はあっても、多くの記者は内包しているのです。その、言いようのない条件・状況下で、それでも何とかならないか、次善の策は何か、そういったことを考えています。
もちろん、イラク戦争に限らず、多くの課題を前に、多くの既存メディア社員が、自問自答と議論と試行錯誤を繰り返しています。その事実を、つい1カ月足らず前まで同業だったが島さんが、分かっていないはずはありません。

繰り返しますが、「結果がすべて」です。その結果がどういうものか、それこそ、「1対マス」の関係の中では、無数に近い評価にさらされるでしょう。私はそういう現場にいます。ガ島さんは「へなちょこメディア周辺者宣言」の中で、私に対し、『「瀕死の状態の組織ジャーナリズム」の責任はあるはずです』と書かれています。全くその通りであり、私は、ここで縷々記したようなこと、すなわち、少しでも良い方向に変えていくこと、その努力を放棄しないこと(その結果に対する評価は数多くの読者にかかっている)で、その責任を果たしたいとと考えています。そして、もう一つ付言すれば、社内はもちろん、社外であっても、若い記者(もちろんフリーも含みます)やこの業界を目指す人々に対して、「変えることの重要さ」を伝えていくことも、その責任の範畴に入るでしょう。

何事についても、諦めるのは簡単です。そのうえで、投げやりになることも簡単です。

でも、私は、「変えていくこと」をそう簡単に諦めるつもりはありません。信頼してくれている同僚もいるし、社外の仲間もいる。そして、記事を見て、わざわざ連絡してくれる読者もたくさんいる。もちろん、厳しい批判もあるけれど、そうした批判も罵詈雑言で無い限り、次の仕事に生かしていくことができる。取材内容を伝える方法が紙の新聞か、電波か、ネットかは別にして、「もっとこれを調べて書かねば」「こういう問題がある」とか、いわば報ずべき課題は、目の前に山のようにあるのです。時には疲れ果て、泣き言を仲間内で口にすることはありますが、私はいま、そういう気持ちで仕事を続けています。

(長々と読ませてしまい、失礼しました)
by masayuki_100 | 2005-04-21 13:18 | ■時計台(日記です)