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ニュースの現場で考えること

中国の「反日」デモ

中国で「反日デモ」が吹き荒れているそうだ。韓国でも、教科書問題や竹島問題に絡んで、「反日デモ」が散発的に続いているらしい。国内で種々の不都合や矛盾があると、(あえてこの言葉を使うが)後進国や民主主義が未成熟の国では、この種の排外的主張を全面に打ち出したデモンストレーションがしばしば起きる。たぶん、為政者にとっては、都合がいいことなのだろう。ただし、この種の行為は、「レッテル貼り」「思考停止」 と同レベルであり、相手の憎悪を引き出し、それに火をつけ、そして、たいていは相手国の為政者を喜ばせる(=相手国の為政者もヤヤコシイ内政から目をそらせることができる)だけで終わる。

 話は少し変わるが、最近出版された「メディア裏支配―語られざる巨大マスコミの暗闘史」(田中良紹著)を読んでいたら、TBSの報道特集担当記者だった田中氏が、1981年当時、米国で吹き荒れた「反日の嵐」に言及していた。当時は日米自動車摩擦の最中。誕生したばかりのレーガン政権は、日本に強硬姿勢を取り続けていた。

 そんな中、自動車の都市・デトロイトに関しては「日本人は石をぶつけられる」「街を歩けない」といった放送が繰り返されていた。当時のことは私もぼんやり記憶しているが、日の丸が焼かれ、日本車が叩き壊され、デトロイトは本当に怖いな、といった印象を抱いたように思う。

 ところが、田中氏のクルーがデトロイトに行くと、「反日の嵐」はどこにも見当たらないのだという。市民は「トヨタはすばらしい」としか言わないし、ハンマーで日本車を叩き壊した男は逃げ回る。その男は、映像がテレビで流れたとたん、地元で「馬鹿なことはやめろ」と、さんざん諌められたのだという。。。。そう、「反日の火の手」をあげていたのは、デトロイトの自動車労働者でもなく、米国の消費者でもなく、一部産業界の利益を代表していたワシントン=ホワイトハウスだったのである。それが実態だったのに、日本では、アメリカ全体が「反日」になったかのような報道が繰り返されていた、各社のニュースのアタマには必ず「反日の嵐が吹き荒れているアメリカで」という言葉を付け足していた。

 昨日の中国の「反日」デモは1万人だったという。10数億人のうちの1万人を何と評価すべきか、私は良く分からないし、根拠も乏しいが、レーガン政権時代のデトロイト方式のデモンストレーションと大差ない次元の話ではないかと思う。そうでないのならば、「民主主義先行国」の日本としては、「中国にもデモの自由が誕生したのか、そうかそうか、良かったな」と、ひとまずは喜ぶべき話ではないのか。
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by masayuki_100 | 2005-04-09 17:00 | ■政治・経済・国際