ブログトップ

ニュースの現場で考えること

「捜査情報」は「捜査情報」と明示せよ

日本のメディアは、本当に「事件」が好きだな、と思う。質的にも量的にも事件報道の過剰ぶりは、日頃から強い違和感を抱いている。ほんとうに、分量多すぎ、である。しかも移り身が速い。次から次へと事件は消費されていくから、例えば、数カ月前はどんな事件が紙面に踊っていたか、すぐには定かに思い出せないほどだ。

たしか、昨年の秋頃は、埼玉や鳥取の「婚活詐欺」「婚活殺人」で非常に盛り上がっていた。朝日か読売か忘れてしまったが、第一報は1面だった記憶がある。1面掲載というくらいだから、たぶん社会を揺るがす大事件だと編集責任者は思ったのだろうけど、あれは、その後、いったいどうなったのか? 

このところ、新聞は「小沢疑惑」一色である。

小沢氏の資金問題に関する各紙の記事を読んでいて、「おんや?」と気付いたことがある。たぶん、とっくに大勢の方が気付いていると思う。それは「原稿の書き方」である。裁判員制度の導入に際し、新聞各社は事件報道のあり方を見直します、犯人視報道はやめます、と誓った。まあ、新聞社の誓いなどはある意味、いたずら盛りの子供が「もうしません」という程度のものでしかないが、それにしても、である。

事件報道に関しては、少し前のこのブログで「「容疑者=犯人」報道は、やっぱり続く。」というエントリを立て、言いたいことは書いたつもりだった。それ以前にもこのブログや雑誌などで、事件報道の書き方については何度か書いた。それでも今回の小沢氏関連の報道はひどすぎる。

新聞協会は2008年1月の「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」の中で、「捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方等に十分配慮する」と明示している。それに沿って、多くの新聞社が独自にガイドラインなどを設けた。

例えば、産経新聞は「裁判員制度と事件報道ガイドライン」の中で、<ガイドラインは「事件・裁判報道の目的・意義」を示したうえで、被疑者、被告を「犯人視」しない報道を基本姿勢としている><供述内容をはじめとする捜査情報については、「できる限り出所を明示する」ことで、情報の位置づけを明確にしたうえで、供述の変遷などに配慮し「記事の書き方の工夫」を求めている>と記している。この中では、捜査情報の「出所明示」がミソだ。

朝日新聞は「裁判員時代の事件報道へ・信頼される記事、積極的に」という記述の中で、以下のように記した。( )は筆者挿入。

 <(捜査情報の)出所明示の狙いは「情報は捜査側から伝え聞いたもので、確定した事実ではないと示すこと」だ。「報道の主体的な判断と責任で何をどこまで報じるかを自主的に決める」として、責任を警察側に押しつけるようなものではないことも、指針でうたった。時間の経過とともに、警察側にも出所明示への理解が浸透すると期待している。>
 <情報の出所明示に対する社会一般の意識は今後、変わっていくだろう。事件報道の取材現場には、様々な慣行が残されているが、これも時間とともに変化していく。裁判員制度も試行錯誤を繰り返しながら運用されていくはずだ。事件報道もこうした変化に合わせて絶えず見直し、よりよいものにしていく努力を続けることを指針で表明した。>

 もちろん、この程度のことで、問題多き事件報道の根幹が変わるとは、筆者は全く考えていないが、それでも、やらないよりはマシである。産経、朝日に限らず、他社も似たような指針・ガイドラインを設けている。そして、実際には「……ということが捜査関係者への取材で分かった」というふうな記述が、最近は激増していたのである。例えば、こんな感じだ。
 読売新聞・1月19日 <仙台市青葉区の風俗店経営者を殺害し現金を奪ったとして、強盗殺人罪で起訴された北海道旭川市、無職笹本智之被告(35)が「東京都内で暴力団組員を殺害した」などと供述していることが、(宮城)県警の捜査関係者らへの取材で分かった。>
 毎日新聞・1月11日 <……静岡県警の捜査関係者によると、5人はネット大手「ヤフー」の会員に「登録情報の更新が必要」などという内容のメールを送信。ヤフーのサイトに似せた偽サイトに接続させたうえで、カード番号などを入力させ、盗み取っていたとみられる。>

曲がりなりにではあるが、「県警によると」「捜査関係者によると」といった表現を使い、各社は事件情報の明示を始めていた。その矢先の「小沢疑惑」である。すでに御承知の通り、一連の資金疑惑においては、検察の激しいリークが(たぶん)続き、その捜査情報が次々と紙面に掲載されている。しかも、そこにあるのは「関係者の話で分かった」という記述のみであり、「地検」「検事」の文字がものの見事に抜け落ちている。裁判員制度の導入に際しての各社の「誓い」など、どっかに消えて無くなったも同然である。

小沢疑惑報道に関わっている記者は、夜回りの合間などに、魚住昭氏の「特捜検察の闇」(文春文庫)や、志布志事件を扱った「虚罪」(岩波書店)などを読むこと・読み直すことを、ぜひお薦めする。
by masayuki_100 | 2010-01-19 21:28 | 東京にて 2009