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ニュースの現場で考えること

しかし、どうして? <新聞発行への公的支援「日本でも一考に値」>

日本への引っ越し準備に追われ、大忙しである。でも荷造りの休憩中に、ちょっと書き込みを。

共同通信の美浦さんが自身のブログ「ニュース・ワーカー2」で、<新聞発行への公的支援「日本でも一考に値」>という記事を書かれている。仏のサルコジ政権が新聞救済のため、18歳以下の若者は新聞をタダにするという考えを表明した、というニュースがあった。美浦さんはそれを参考に、日本の新聞への公的支援も一考に値するのではないか、と書いている。

私は、全く、一考に値しないと思う。

実に当たり前の話だが、新聞(政党機関紙等は除く)には種々の種類があり、種々の立場があり、種々の内容があり、それぞれに価値があるとしても、その大前提は「あらゆる勢力からの独立」ではないのか。新聞はもっと主義主張はあっていいし、政権等に対するスタンスを明確にしてもいい。しかし、そういう事柄と、政府等から金をもらうという事柄は雲泥の差がある。

第一、どの新聞に支援を与えるかは、いったい、誰が決めるのか。公的支援である以上、時の政府等の意向が陰に陽に必ず働くであろうし、そこに向かって頭を垂れて行く新聞など、想像するだけで気色悪い。「押し紙」は論外だが、新聞の読者は圧倒的にふつうの人なのだ。そこに依拠せずして、なぜ公的支援になるのか。経営が厳しいからと言って、そういう発想になるのはいかがなものか、と思う。サルコジ大統領だって、新聞社の経営危機を前にして、思うようにメディアを動かすチャンス到来と思っているはずだ。
by masayuki_100 | 2009-02-28 20:16 | ■ネット時代の報道