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三たび、人権擁護法案

三たび、人権擁護法案についてです。(本当はコメント欄に、と思っていたのですが、エキサイトブログのコメント欄は1回でたくさんの量を書けない)

これまでの私の関連エントリは、以下の2つです。
*ひどすぎるっ、人権擁護法案 廃案しかない!
*今宵も「人権擁護法案反対」

このうち、後者のエントリに対し、小倉秀夫さんから以下のようなコメントをいただきました。

Commented by 小倉秀夫 at 2005-03-11 02:50 x
人権擁護法の差別的言動禁止条項の救済措置の対象となる「差別的言動」とは「第三条第一項第二号イに規定する不当な差別的言動であって、相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」(第42条第1項第2号イ」をいいます。「第三条第一項第二号イに規定する不当な差別的言動」とは「特定の者に対し、その者の有する人種等の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動」をいい、「人種等」とは「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」をいいます(第2条第5項)。ここでいう「社会的身分」とは「出生により決定される社会的な地位」をいいます(第2条第2項)。
 まとめると、特定の者に対し、その者の有する「人種、民族、信条、性別、出生により決定される社会的な地位、門地、障害、疾病又は性的指向」の属性を理由としてする侮辱、嫌がらせその他の不当な差別的言動を救済措置の対象とします。




こういう言動が禁止されると息苦しくなるといわれても、こういう言動にさらされる側はたまったものではありません。
 たとえば、自己の開設するブログのコメント欄にこのような差別的な匿名コメントが大量に押し寄せてきたときに、「言論には言論を以て対抗すべき」と言われたって、どうすればいいのか途方に暮れるだけではないのでしょうか。
 人権擁護法案の内の差別的言動禁止条項に反対する方は、我が国では、被差別属性を有している人は、「表現の自由」を守るため、差別的言動によって人間としての尊厳を傷つけられても甘受しなければならないということがいいたいのでしょうか。それとも、彼らのために、法律に頼らなくとも良い、何か良い手段があるのでしょうか。


私は、差別的言動を容認しべきだと言っているのではありません。それを新法をつくって、新たな組織を立ち上げ、国やそれに類する機関が、「おかしな言動である」と認定する仕組みがヘンではないかと言っているつもりです。しかも「予防」のために「調査」の権限まで付与するとは、どういうことなのか、と。 どうして現行法の中で、できないのでしょうか。

>こういう言動が禁止されると息苦しくなるといわれても、こういう言動にさらされる側はたまったものではありません。

 そうした言動を公的機関がいかにも簡単な手続きで「禁止」して良いとする発想が、私は「違うのではないか」と思うのです。
 法案を少し離れて考えてみても、それぞれの言動について「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」という部分をもって断罪することを容認するのなら、例えば、労働組合と経営側との団体交渉、各種の街頭でのデモ行為(同性愛者によるデモはそうでない人からすれば著しく不快だと思います。そうでない方もいるかもしれませんが)等々、いくらでも例示できそうな気がします。
 それに、そもそも種々の差別が社会のいたるところに残っているのは、差別を助長する社会の仕組み(その運用を含む)を国や自治体が放置してきたことに原因があるのではないか、と思うのです。例えば、ハンセン病患者の処遇とそれに関係する種々の国の動きを見れば、それが分かります。

an_accusedさんからもコメントをいただきました。

Commented by an_accused at 2005-03-11 02:55 x
・・・人権擁護機関が訴訟参加することによって訴訟追行能力の格差を埋め、司法の場において人権侵害に対する救済が実効的に行われるような制度を設けるのは不適当でしょうか。また、司法も国家による裁定の一つであるには違いないわけで、司法権力が言論による被害に対する評価を下すことを容認されるのであれば、前審として調停・仲裁手続を設けることも容認されてよいと思うのですが、司法による裁定機能と法案のいう調停・仲裁とは、国家の介入という点において相違があるのでしょうか。


訴訟に参加しやすくする工夫は必要だと思います。しかし、それがなぜ、新法、新組織でないとできないのでしょうか。例えば、日本には既に法律扶助協会があります。憲法に保障された「裁判を受ける権利」を広く実現するのに一番の障害は、やはり費用でしょう。多くの人が裁判を起こさずに泣き寝入りする現実は、「費用」が最大の問題だと思います。ですから、救済制度を広く強固にするには、この法律扶助協会を強固にすることなどが現実的だと思います。

>前審として調停・仲裁手続を設けることも容認されてよいと思うのですが、

私は法律の専門家ではないので良く分かりませんが、現在の調定手続きでは不可能なのでしょうか?。。。。結局、私は思うのです。なぜ、新しい法律が必要なのか、現行制度ではダメなのか。国や自治体等から「これだけ現行法の枠内で一生懸命に人権擁護のために働いてきたのに、現行制度はこんなに不備があり、そのためにコレコレの人を救済できない」という説明をもっと聞きたいと思うのです。例えば、法務省はどれほどまでに必死で人権擁護のために働いてきたのか。法案云々のレベルだけではなくて、末端職員がどれほど必死で人権擁護のために仕事してきたのか。労働基準署の人たちは、職場での不当な差別を無くすため、どれほど働く側の声に真剣に耳を傾け、事業者をきっちり指導してきたのか。法曹界はどうか。。。

そういった肝心の部分を置き去りにして、「規制」する権限ばかりを増大させて、いったいどうするつもりなんだろう、と思います。c0010784_1748527.gif
by masayuki_100 | 2005-03-11 11:08 | |--人権擁護法案