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ニュースの現場で考えること

河野太郎議員。全く、その通りです。

河野太郎議員のHPを時々のぞきに行く。「ごまめの歯ぎしり」という日記?が、なかなか読ませるのだ。とくに、今年2月8日の「興味のないこと」は出色である。この記事は、メディア企業の社員記者は必読だと思う。

(以下引用)
NHKと朝日新聞の件でコメントを求められる。はっきり言って、この件に興味はない。

1971年にマクナマラ元国防長官が作成したペンタゴンペーパーがニューヨークタイムズとワシントンポストに掲載された。アメリカ政府はこの文書を差し止めるためにいろいろとやったが、両紙は屈することはなかった。
ウォーターゲート事件の報道でも政権からの圧力に屈せずに真実が明らかにされた。マスコミが第四の権力たらんとすれば、政府そのものの権力に対しても戦わなければならない。

いかに安倍晋三が若手の花形政治家とはいえ、その力などたかがしれている。仮に安倍晋三が圧力をかけたとしても、その程度の政治的圧力で転ぶマスコミなど、存在価値はない。
アメリカをはじめ、各国でマスコミが戦っていることに比べれば、今回の事件は、ままごと遊びだ。

だいたい朝日新聞もNHKも記者クラブの常連ではないか。身内で固まり、部外者は排除する組織の内側にいながら、報道の自由とか独立を言うか。記者クラブの暗黙の掟をみんなで守りながら、「政治の圧力をかけられた」とはちゃんちゃらおかしい。宮内庁の圧力で皇太子殿下のご成婚報道をひた隠しにしたのは、いったい誰だ。宮内庁の「政治的圧力」には喜々として屈しておいて安倍晋三からの政治的圧力(仮にあったとしたらだが)を特別に問題視するのか。




8日付の新聞に、「法務省は不正流用が指摘されている検察庁の調査活動費について適切に執行されているとの報告書を衆院予算委員会理事会に提出した」という記事があった。「元幹部が主張する不正流用問題は現時点で調査する必要はないとしている」と、たんたんと事実を書いているだけだ。提出されたのは、調査をしてシロでしたというのではなく、検察庁は調査の必要がないと思ってますという報告だ。お前のお腹は黒く塗られているという指摘があれば、腹を見せながら、そんなことはないといえばよいものを、服も脱がずそんなことはないといっているわけだ。

しかし、マスコミは、検察庁がそういう報告書を理事会に出しましたという記事を書いているだけ。事実を書く、つまり検察庁が報告書を予算委員会の理事会に出したということを記事にするのはよろしいのだ。が、この報告書をどう評価するのか。評価はしないのだ。おとがめがあるから。なんだ、とっくに権力に、権力の圧力にひれ伏してしまっているではないか。

六ヶ所村の再処理工場の問題に関して、まともな報道をしたマスコミはほとんど無い。電力会社の金の圧力に屈したのだ。原子力発電所が事故を起こせば、電力会社の発表に基づいて、事故があったという事実は報道する。が、原子力政策について批判的な報道はしない。電力会社の金が逃げるからだ。青森で六ヶ所村の取材を一生懸命やっていた新聞記者がいた。が、彼は本社に「栄転」になった。電力会社の圧力があったからだ。当然この圧力も記事になるのだろうね!

NHKも朝日新聞も、両者の喧嘩について論評している他のマスコミも、とっくに圧力に屈しているじゃないか。記者クラブに入っているマスコミに、今回の事件についてどう思いますかと聞かれても、全く興味ない。
(引用終わり)

まったくその通りだよな、と思う。自らの信念に基づいて、事実を抉り出して積み重ね、その事実によって権力機構や大企業等に疑義を唱える。そういう報道は、本当に少なくなった。例えば、日々の新聞記事をみても、ほとんどは、当り障りのない内容ばかりだ。書かれた側が、怒りで震えるような記事(誤報という意味じゃないですよ)が、いったいどれほどあるだろうか。

たいていは、事なかれ主義、面倒を回避するような内容ばかりだ。膨大な「発表記事」=「官依存・大企業依存記事」が紙面の頭から尻尾までを覆い尽くしている。少し古い話だが、ジャーナリストの岩瀬達哉氏によると、3大紙の記事を単純に分量で計ると、「発表もの」「発表の加工もの」「番記者もの」が分量の66%を占めていたという(同氏著、「新聞が面白くない理由)。社会面の事件事故報道にしても、たいていは「発表」であり、その意味では「官依存」構造は何も変わらない。多少は警察からの「リーク情報」が入っていたとしても、である。

記者クラブがあるからこうなのか、こうなってしまったから記者クラブに安住するようになったのか。そのどちらであっても、大した違いはない。だが、こういうメディア企業と権力の「いやらしい関係」は、とうの昔に読者や視聴者に見抜かれている。それに気付いていないのは、メディアだけである。そういう意味では、新聞やテレビは「裸の王様」かもしれない。

この河野議員の話は、インターネット新聞JANJANの記事ランキングで堂々の1位になっている。JANJANの社長は、ご存知の通り、元鎌倉市長の竹内謙氏である。竹内氏は、市長時代に記者クラブを廃止した実績を持ち、最近刊行された岩波書店の「ジャーナリズムの条件(1)職業としてのジャーナリスト」において、「ジャーナリストは『養殖場』を飛び出そう」という一文を寄せている。記者クラブ廃止云々を議論をいくつまでもだらだら続けるよりも、記者一人一人はクラブを飛び出して行け、と主張した。まるで、子供に「家でばかり遊んでいないで外で元気よく遊びなさい」と言っているのと同じで、読みながら恥ずかしくて仕方なかった。

記者クラブはいらない。そこで安住する必要もない。クラブに居ないと発表が聞けない? そんなもの、どうせ大した話ではない。。。ただ、こういう話も付け加えておきたい。ある新聞社はいま、「記者クラブ廃止」あるいは「脱会」を目指して、密かに研究を始めている。「どうせ、無用の長物なのだから、自らそれを壊したいのだ」と、その新聞社の幹部は語っている。閉塞感ばかりが強まってはいるが、その中で、あるべき姿を目指した胎動も水面下で少しずつ生じているのだ。
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by masayuki_100 | 2005-03-09 19:15 | ■ジャーナリズム一般