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ニュースの現場で考えること

今宵も「人権擁護法案反対」

世の中の動きを見回していると、なんとも言えぬ不気味な感じを抱くことがある。どこかで、誰かが、うごめいている、しかもずっと前からこの機をうかがっていた、みたいな。そんな不気味さである。

人権擁護法案のことだ。「何度でも書く」と昨晩言ったとおり、今宵もこの話を書く。
きょうはこの法案について、「メディア規制条項は凍結、5年後見直し」という動きがあった。

時事通信によれば、人権擁護法案の全容が8日、明らかになった。報道機関などの取材を規制するメディア規制条項は残した上で、付則で「別に法律で定める日まで実施しない」と凍結した。解除については「報道機関等による自主的な取り組み状況を踏まえて定める」とした。施行から5年後に同法を見直す。政府は15日に閣議決定する方針だ」という。

だが、今宵書きたいのは、そんな小手先の動きに対する評論ではない。この法案の持つ、得たいのしれない不気味さについて、である。15日に提出される法案の中身は知らないが、現在明らかになっている人権擁護法案の全文をぜひ一度、読んでほしいと思う。



それによると、人権侵害に対応する「人権委員会」は、委員4人で構成され、委員は両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。委員会は事務局を持つ。事務局は地方に地方事務所を置く。地方には「人権擁護委員」が置かれる。人権擁護委員は市町村長の推薦に基づき、「人権委員会」が任命し、その数は2万人以内とする。人権擁護委員の職務には、「人権侵害に関する情報を収集し、人権委員会に報告すること」が含まれる。人権擁護委員は各地で連合会をつくり、「その業績を人権委員会に報告しなければならない」。

以上は法案第2章、第3章の記述に基づいて描き出した、新しい「人権委員会」の姿である。これを読んで「不気味だ」と思った方がいたら、私と感覚は同じである。「事務局」は官僚(の出向だろう)が多数集まる。2万人の「人権擁護委員」は原則として無報酬であり、一種のボランティアらしいが、いったい、これほどの巨大組織をつくりあげる必然性がどこにあるのか。

この新組織は何をするのか。法案には細々と書かれているが、私が不気味に思う点。

中央の「人権委員会」は、職務として「人権侵害による被害の救済及び予防に関すること」を担う。現に起きた人権侵害のみではなく、「予防」も含まれていることに留意してほしい。組織末端の「人権擁護委員」は、「人権侵害に関する情報を収集し、人権委員会に報告すること」、「人権侵害に関する調査及び人権侵害による被害の救済又は予防を図るための活動を行うこと」。予防のために調査を行う? 情報を収集し、人権委員会に報告する? 実はこの法案には、人権侵害(差別)とは何か、という明文規定は事実上、どこにも存在しない。そうした中で、委員側が「予防」のために「調査」し、それら情報を中央に報告する、、、その姿を不気味といわずして、何と言えばいいのだろうか。

第41条になると、不気味度はさらに増す。「予防」のために委員会側は、「関係行政機関に対し、人権侵害の事実を通告すること。犯罪に該当すると思料される人権侵害について告発をすること」が必要とされる。ここまで読んでいくと、これはもう、「密告奨励制度」ではないかと思えてくる。

しかも、である。こうした目的を達成するために、委員会側は「関係者に出頭を求め、質問すること」ができる。ほかにも、「関係のある文書その他の物件の所持人に対し、その提出を求め、又は提出された文書その他の物件を留め置くこと」「人権侵害等が現に行われ、又は行われた疑いがあると認める場所に立ち入り、文書その他の物件を検査し、又は関係者に質問すること」もできるのだ。 しかも、こうした「調査」を適当な第3者に行わせることまで認めている。「立ち入り検査」「出頭」「質問」等を拒めば、過料を課せられる。

法案の条文に基づいて書いているだけなのに、息苦しくなってくる。法案には、いわゆるメディア規制(第42条ほか)もあるが、ここでは触れない。メディア規制は確かにひどい。例えば、米国ではブロガーがホワイトハウスの記者証を手にするほど、ネット社会は世界中で浸透・認知されているというのに、法案は「報道機関等」の取材を事実上大きく制約する内容だ。しかも、何が「報道機関等」であるかの認定は、おそらく、「事務局」の役人が握ってしまうのだろう。

だが、このメディア規制が凍結・削除されたとしても、この法案に込められた「思想」までもが、凍結・削除されるわけではない。この法案を貫くものは、私に言わせれば、人権擁護に名を借りて、国民の思想信条を法務省の外局がコントロールしようということでしかない。万が一、そうした意図がないとしても、それを可能にする危険性をはらんでいる。しかも、読めば分かるとおり、法案が禁じる行為は「不当な差別的言動」といった曖昧な概念であり、あるいは「人にその意に反してわいせつな行為をすること又は人をしてその意に反してわいせつな行為をさせること」といった現行法で十分に対処可能なものばかりだ。

もとより、憲法に記された通り、人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害等にかかわりなく、人権は擁護されなければならない。それは当然である。そして、それは国民の不断の努力によって成し遂げうる。例えば、報道機関は、報道被害が深刻な現状をどうするか、休みなく改革の努力を続けなければならない。だが、そうしたことは、現行法の下でも十分に行うことが可能だと私は考える。それなのに、なぜ、新しく法律をつくり、巨大組織を誕生させ、「予防」目的も含めて、「調査」まで行う必要があるのか。政府与党や民主党はそれに答えていない。
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by masayuki_100 | 2005-03-09 04:09 | |--人権擁護法案