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ニュースの現場で考えること

民主党の小沢一郎幹事長に関する資金「疑惑」で、たびたび三重県の「水谷建設」が登場する。水谷建設は、福島県の佐藤栄佐久・元知事の収賄事件の際、贈賄側としても登場する。この種の事件においては、何やら常連となった感じすらあるが、「水谷建設」の名は私個人としても忘れがたかくある。今から10年以上も前のことだが、1997年5月の北海道新聞1面にこんな記事が掲載されている。東京新聞などの友好紙にも原稿は送られ、結構、大きく扱われた記憶がある。記事は、こんなふうだ。(解りにくい部分や個人名は省略・修正するなどした。従って原文と同じではない)

<忠別ダム用地買収解決資金*旭川開建、6億円出させる*受注・大成建設の下請けに*入札直前*談合認め要請か>
 二〇〇三年の完成を目指して、国が建設中の石狩川水系・忠別ダム(上川管内美瑛町ほか)で、旭川開発建設部(国の出先機関)が一九九四年、水没予定地の買収をめぐるトラブルを解決するため、ダムの本体工事を受注した大手ゼネコンの大成建設(本社・東京)を通じ、下請け企業に六億円もの巨額資金を提供させていたことが、北海道新聞社の調べで分かった。旭川開建から大成建設への資金要請は、ダム本体工事の入札前に行われ、大成建設側は落札後、六億円を支払っていた。複数の関係者は「大成建設の落札は業界の談合で早くから決まっていた」と証言しており、旭川開建が談合を容認したうえで、資金の要請をした疑いが強まっている。

 旭川開建の当時の担当者らによると、本体工事の入札が九三年度内と決まった際、水没予定地には土地計一・三ヘクタールが未買収で残っていた。その用地所有者と開建は八九年に売買契約を結んだが、所有者が新たな補償を要求するなど、土地名義が変更されないままトラブルが続出。本体工事の入札を直前に控えた段階で、開建側の用地買収予算は二千数百万円しか残っていなかった。
 しかも、「すべての解決にはさらに三億円以上必要」(同開建関係者)という苦しい状況に追い込まれていた。
 このため、開建側は九三年十一月ごろ、「用地問題が解決できない。必要な金は後でゼネコンに出させる。すべて任せるので解決してほしい」などと、道内のあるブローカーに解決を依頼。ブローカーは翌九四年二月、自ら用意した三億数千万円を使い、水没予定地を買収し、その後、土地を国(建設省)に転売(名義変更)した。その価格は、同開建の予算残額に相当する二千数百万円だったとされる。

 この記事はまだ続きがあり、社会面にも関連記事がある。さらに、翌日以降も報道は続いた。それらの報道によると、こういうことだ。

 要するに、土地買収のトラブルの解決を国がブローカーに頼み、ブローカーは売却を渋る地主から3億数千万円で土地を買い、さらに2千数百万円で土地を国に売った。長くなるので上記では引用していないが、このブローカーへの支払いが「3億数千万円の経費込みで6億円」なのである。
 そんな6億円ものカネを国が用意できるはずがない。そこで国は、談合で落札が決まっていた大成側にかねをつくってくれ、と頼む。大成は、一時下請けに入ることが決まっていた水谷建設に「カネを用意してくれ」と頼む。で、水谷はそれを用意し、ある日、このカネの受け渡しが行われた、という流れだ。

 記事によると、大成建設の当時の営業責任者は「水谷建設が六億円を払った事実は事後、私が水谷建設から確認したが、水谷建設が自発的にやったこと。理由は分からない。大成は全く関係ない」と言った。当時の国側の幹部は「(国の)組織でもないあなた方(記者)に話すことは何もない。男には死んでも言えないことがある」と言った。さらに、開発局官房用地課は「指摘されるような事実はない。調べてはいないが、ないものはない」と言い……。
 おどろおどろしいが、簡単に言えば、そういう流れである。

 で、何が言いたかったのかと言えば、カネの受け渡しである。一連の取材は当時、私と後輩とでやったのでよく覚えているが、カネの受け渡しが行われたのは、札幌の有名ホテルのスイート・ルームであり、そのことは記事にも書いた。ヤミのカネとは、だいたい、そういった人の目に付かぬ場所で行われるものだ。

 ところで、一連の小沢氏の資金疑惑では、水谷建設幹部は、東京の全日空ホテルの「喫茶室」でカネを渡したことになっている。少し前の当ブログのエントリ「事件報道自体の量的抑制が必要だ」において、あんな人目に付く場所でヤミのカネの授受をするだろうか、と私は書いた。それは、あのホテルの喫茶室の様子を知っているから浮かんだ当然の疑問でもあるが、もう一つの理由もある。それは、水谷建設側も参加したとされる札幌でのカネの授受の場が、ちゃんと「スイート・ルーム」に設定されていた、ということだ。

 確かに、動いたカネに金額の差はある。片方は6億円、片方は5000万円。しかし、こうしたヤミのカネは、当たり前の話だが、菓子の手土産のように、突然渡されるモノではあるまい。事前に、少なくとも、暗黙の了解程度のものがあるからこそ、受け渡しは成り立つ。
 そういう場合、ふつう、政治家の秘書なら、オープンな場である全日空ホテルの喫茶室など、嫌うのではないか。他の政治家が来るかもしれない、政敵の秘書が来るかもしれない、マスコミもいるかもしれない、警察から天下ったホテルのマネージャーが見ているかもしれない、、、水谷建設は、2004年よりも相当前から、種々ウワサのあった会社らしいから、その程度の警戒心は抱いて当然である。

 小沢氏疑惑では種々、山のような情報が流れている。私は直接何も取材していないから、単なる感想程度の話でしかないが、「なぜ授受の場が喫茶店か」がどうしても引っ掛かる。札幌では、政治家やその秘書がいたわけでもないのに、「スイート・ルーム」なのだ。何千万円ものカネを動かす会社が、ホテルの客室代金をけちるとは、とても思えない。
 これは空想だが、水谷建設やその関係者による宿泊・利用の記録が全日空ホテルに存在していないのではないか。だから、「喫茶店」で授受があったというストーリーになっているのではないか、と感じている。
# by masayuki_100 | 2010-02-02 04:18 | 東京にて 2009

夜になって、東京は雪になった。重く、湿った、札幌でいえば3月のような雪である。たぶん、明日の朝は通勤・通学でたいへんな思いをする人も多いだろう。

数日前、「リクルート事件・江副浩正の真実」(中央公論新社)を読み終えた。リクルート事件が表面化したのは、1988年だからもう12年22年も前のことだ。リクルート事件の関連書籍はほとんど読み尽くしたつもりだったが、この江副氏の本は出色である。

御承知の方も多いと思うが、リクルート事件は、川崎市の助役に対し、リクルートコスモス社(当時の社名)が未公開株を譲渡していたことを朝日新聞が報道したことに端を発している。取材に当たったのは、朝日の横浜・川崎両支局の若い記者で、それを指揮したのが、調査報道の旗手として知られた山本博氏だった。少し前、山本氏と食事をしながら、調査報道とは何か、といったテーマで話をさせてもらったことがある。「なるほど」と感心することが多く、調査報道の重要性にあらためて思い知った。私は当時の朝日の報道にあこがれ、自分もあのような調査報道を手掛けたいと強く思うようになった。山本氏の話を聞きながら、その初心を思い起こしたし、朝日の両支局が手掛けた(初期の)リクルート報道は今も何ら色あせてはいないと思う。

しかしながら、その報道をきっかけに全国紙各紙やテレビ局がリクルート報道に参加し、激しい報道合戦を繰り広げ、やがて東京地検特捜部が動き始めて以降は、おそらく、「事件」の様相は全く違うものになっていったのではないか。それが本書からは読み取ることができる。

江副氏は本の冒頭で「本書は私が書いたものであるから、私にとって都合のよいように書いているところも少なくない。本件がもし検察側から『リクルート事件・検察の真実』として書かれれば、別の内容の読み物になるであろうことも、お断りしたい」と書かれている。特捜部に逮捕され、否認を続けていた江副氏は、拘置所内で、その日その日の調べの模様などをノートに書き残していたという。そして、本書は実に冷静な筆致で、検察官や当事者の実名を挙げながら、当時の取り調べのもようなどを綴っていく。その中にこんな箇所が出てくる。検察の言うとおりの調書になかなか署名しない江副氏に対し、検事が「なんとか頼む」という場面である。

<187ページから。以下引用>
 当時の私は毎週のように政治家を囲む朝食会や夕食会に出席していたが、政治家にリクルートの事業に関連する依頼をしたことは一度もない。調べられても、コスモス株を譲渡した政治家が収賄罪で立件されることはないと思っていた。ところが宗像検事は言った。
 「政治家の中から誰か立件できないか、合同会議で検討された。これだけマスコミに書かれると、政治家をあげないわけにはいかなくなった」
 「私は政治家へ頼み事をしたことはありません」
 「大局的見地からあなたに協力をお願いしたいんですよ。自民党2名、野党を1名あげたい」
(中略)
 「特捜は中立的、という世間の印象も大事なんでね。加藤のほかに自民党1名、野党1名を挙げる方針が決まった。仕方ないと思ってもらいたいんですよ」
 「そこであなたとのネゴシエーションなんだが。。。政治家の件では君を逮捕しない。4回も逮捕されたら、あなたの世間体も悪いだろう。僕もしのびないと思っている……早期に保釈する。求刑は起訴時に検査が決めるんだよ。悪いようにしないことを約束する」
(中略)
 ……しばらく沈黙が続いた。しばらくして宗像検事が言った。
「4回目の逮捕と長期の勾留か、執行猶予がつく起訴時の求刑と早期釈放か、どちらが得か冷静になって考えてみなさいよ。新聞がここまで書いているのに、政治家は何もなかったということでは特捜のメンツが立たない。政治家をあげるのは合同会議の結論なんですよ。僕はそれを実行する立場でね。早く決着させないと政治的空白がいつまでも続く。それは避けたい。そのことはあなたも理解できるでしょう」
 メディアが疑惑と報道することが世論になる。特捜は世論に応えなければならない。私は、メディアが「第3の権力」と言われることを、改めて思い知った……
<引用終わり>

この本の前半には江副氏が逮捕され、地検の車両に乗せられた場面も出てくる。そのときは道路が大渋滞していたが、道を変えても渋滞していた。そこで検事が言うのである。「マスコミには4時半に(東京地検に)入ると知らせてある。マスコミを待たせるわけにはいかない」。拘置所に近付くと検事は「ここで君に手錠をかける。これから大勢のカメラマンが君を撮る…」と云うのだ。江副氏はその後、何度も何度も同じことを思うのだが、これが「特捜はメディアをフルに使っている」と感じた、最初の出来事である。

こういう文章を読んでいると、「捜査当局の記者クラブに記者を配置して日々張り付いているのは、当局の違法・不法な捜査を監視するためでもあります」的な、既存メディアの言い分が、子供の言い訳にもなっていないように思えてくる。少し前の「志布志事件」やかつての「菅生事件」のように、新聞がいわゆる調査報道によって、冤罪を暴き出したことは何度かある。しかし、それらの多くは、捜査段階ではなくて、裁判が始まってから後の報道である。捜査段階において、その不当性を鋭く、粘り強く報道した日本の事例を、私はほとんど知らない。

「報道とは権力監視です」とは、いったいどういうことなのか。それを実践し、持続するとは、どういうことなのか。いったい、マスコミとか新聞とか報道とか、それらはいったい、何なんだろうと思う。

理屈ではいくらでも説明できよう。報道の役割をきれいな文章で書くこともできる。朝日が手掛けた初期のリクルート報道のような「調査報道」は絶対に必要だし、それを目標にしてきたし、今もそうしたいと思う。しかし、一方では、ものすごく、いつも、居心地の悪い、嫌な嫌な感覚がいつも淀みのように、自分の奥底に溜まっている感じがある。職業人として、自分の仕事には常に前向きでありたいと思いつつも、例えば、だいぶ以前に「糞バエ」や「きれいごとと闘い」を書いたときのように、表現しようのない、苛立ちやどこか絶望的な感覚や諦めや、そんな訳の分からぬ思いにも、時に、支配される。第一、この自分自身がいったい、何をできているのか。もちろん、そういう思いもある。
# by masayuki_100 | 2010-02-02 01:22 | 東京にて 2009

日付は1月26日に変わったから昨日25日のことになるが、夕刊に何紙かにこんな記事が出ていた。またまた小沢一郎民主党幹事長の資金疑惑に関連する件である。

記事によると、逮捕されている石川知裕議員の手帳(地検が押収したことになっている)の2004年10月15日の欄に「全日空」という文字が書き込まれていた、という。この日は、水谷建設元幹部が東京・港区の全日空ホテル(現在はANAインターコンチネンタルホテル)の喫茶店において、石川議員に5000万円を渡したと供述した、とされている日だ。つまり、供述を補強するかのような証拠が石川氏側の押収物にあった、という話だ。

これが事実なら、相当の決定打である。実際、各報道はそれをずいぶんと大きく扱っている。同じニュースは昼のテレビでも流れていた。

しかし、普通の記者なら(記者でなくとも)疑問を持つ。あのホテルは、私の今の職場にも近く、時々利用するが、ロビー階の喫茶店は吹き抜けであり、大勢の人が出入りする。おまけに喫茶店をぐるりと取り囲むような回廊が上部にあり、回廊からは喫茶店をぐるりと見下ろすことが可能だ。どこからも丸見えなのである。およそ、秘密の会合に相応しい場所ではない。しかも、よく知られているように5000万円は重さ5キロである。そんな場所で、そんな嵩張る・重いヤミのカネの受け渡しなどするのだろうか。

そんな疑問を感じていたら、案の定というべきか、午後になって、問題の手帳は2005年のものだった、という報道が出始めた。「2004年10月15日の欄」に「全日空」の記載があった、という報道の事実上の撤回・修正である。しかも、「全日空」の記載は「4月」だったという。年も月も、水谷元幹部の「供述」と全然違っているではないか。それに「05年4月」は、大久保秘書が5000万円を受け取ったはずの日だったのでは? もう何がなんだか、の大混乱である。

話は少し変わるが、日本の事件報道は、「続報主義」である。いったん事件が起きれば、連日のように「続報」を流す。いったん逮捕されれば、起訴までの拘置は最大23日に及ぶが、その間、捜査の途中経過情報を元に、ああでもない、こうでもない、と書くことに全力を挙げていく。私の感覚では、明らかに「事件報道の量の過剰」である。いったい、どうしてこんなことになってしまうのか。答えはもちろん一つではないが、記者クラブの硬直した配置にも原因がある、と私は考えている。

いま発売中の「ジャーナリズム 2010年1月号」(朝日新聞社)に、私は「記者クラブと記者室の開放問題を考える」という拙文を記した。記者クラブは既存メディアによる情報カルテルであってはならないし、いい加減にもう、記者クラブは(記者会見も記者室も)広く開放しなさい、いつまでこんな体制を既存メディアは墨守するつもりか、既存メディアの編集幹部は「開放」を決断しなさい、というのが論旨だが、その中で、こう書いた部分がある。

<以下引用>
 ……時代が変われば、取材体制も変わる。これは当たり前の原則のように思えるが、過去、記者クラブの新設・廃止は、省庁再編時などを除き、実例はあまり多くない。しかも、地方へ行くほど、この体制は変わっていない。戦後のすぐ後から、都道府県庁、警察(検察・裁判所)、市役所、経済の4分野の記者クラブが主軸として存在してきた。

 この硬直的なクラブの配置も、大きな問題である。日本の報道機関の場合、外勤記者の多くは記者クラブに所属し、記者室をベースに取材しているのだから、社会が激しく変容しても、記者クラブの配置が変わらない限り、取材の方向はなかなか変化しない。

 最近では、長引く不況を背景に、労働紛争が多発しているが、それに伴って各地の労働基準監督局・署に記者クラブを新設するという話は聞いたことがない。何も、労基局・署に新しい記者クラブをつくれと言っているわけではない。しかし、警察が扱う犯罪はしばしば報道されるが、労基局・署の扱う事案は、あまり報道されない。その差異が持つ意味は、もっと深く考慮されて良い。
報道各社はいま、現行の記者クラブを固定的なものとして捉え、そこに記者を常駐させることで、社会の多くの分野をカバーできているとの錯覚に陥っている。
<引用終わり>

同じ「ジャーナリズム」誌の昨年5月号では、スウェーデンの犯罪報道事情を紹介した。何でもかんでも北欧がいいとか、そんなことを云うつもりはないが、スウェーデンで「おおお」と思ったのは、いわゆる事件報道の抑制的なところである。犯罪自体が少ない国ではないが、事件報道の量は相当に少ない。同誌でも紹介したダーゲンス・ニーヘーテル紙(約35万部)のベテラン犯罪担当、ステファン・リシンスキー記者(55=取材時)の発言を引用してみる。(なお、スウェーデンにはいわゆる全国紙はなく、部数は日本より総じて少ない。ニーヘーテル紙はストックホルムの有力紙)

<以下、「ジャーナリズム」2009年5月号からの部分引用>

 ……同社の記者は約260人。ちょうど半数が女性で、事件担当はリシンスキー記者を含めてわずか2人しかいない。日本のメディアでは考えられないほどの小所帯で、警察も検察も裁判も担当する。警察取材で発生段階の事件原稿を短く書くこともあるが、ほとんどの事件取材は検察の起訴を契機に始まるという。
 リシンスキー記者の説明は明快だ。
 「捜査段階では、あいまいな情報が非常に多く、とくに初期の情報は完全な間違いが多々含まれている。だから、事件の内容を正確につかむには、起訴後に弁護士や検察官に取材した方が確実だ。これは小学生でも分かる理屈だと思う。われわれが報道すべきものは、事件の社会的意味や背景、司法プロセスが適正かどうかなどであって、捜査段階の不正確な捜査情報ではない」
 スウェーデンでは、捜査終了後、被疑者・弁護人側がすべての記録を閲覧できるため、そこを通じて記者も事件のほぼ全容を把握することが可能だ。従って、捜査段階で仮に間違った報道を行えば、すぐに記事の誤りが判明するという。そうした事情もあって、同記者自身、発生段階や捜査段階での激しい取材合戦に遭遇した記憶はない。
 「それに」とリシンスキー記者は言う。
 「捜査が進めば警察も事件の全体像が見えているが、初期段階では彼らも何がどうなっているか分かっていない。しかし、どの組織もそうだが、警察はとくに自分たちが社会のためにあることを強調したがる」
 そして、最近は「売るため」に捜査当局に寄り添い、結果として報道の原則を無視するような新聞が出てきたと、同記者は非難した。最大の矛先は、同国最大の大衆紙、タブロイド判の夕刊「アフトン・ブラーデット」(約40万部)である。
 アフトン・ブラーデットの実質的な編集長、ヤン・ヘリン編集局次長(40)は、若く、エネルギッシュだ。はきはきした言葉遣い、熱の入った身ぶり手ぶり。同紙は大きな活字や写真を使って、世の中の出来事を大々的に報じるのが特色だが、それでもヘリン局次長は「英国の大衆紙がうらやましい。自分も『ザ・サン』(英国の大衆紙)のような新聞をつくってみたい」と正直だ。
 もっとも、そのヘリン局次長でさえ、日本や英国の事件報道のありようからすれば、相当に抑制された考えの持ち主だ。それは、面談中の約2時間、彼が「報道で裁判の公平、公正を壊してはいけない。報道人だから詳しく書きたいが、それは判決後に書ける」と繰り返し強調していたことからも疑いない……
<引用終わり>

当局に寄り添った「捜査の途中経過」記事が、なぜ、かくもこんなに多いのか。それが実社会にどんな影響を与えているのか。それを本当に冷静に考えないと、いよいよ、日本のメディアはこの先、どうにも方向転換ができなくなるのではないか。それに、書くことは、ほかにもっともっとあると思うよ。
# by masayuki_100 | 2010-01-26 05:15 | 東京にて 2009

開示請求と取材

昨年11月の、少し古いニュースだが、外務省が機密費を使って会計検査院職員(院長を含む)らと会食を行ったことが判明した、というニュースがあった。当時の記事は、WEB上のここで見ることができる。裁判の結果、最高裁が開示せよとの判断を下し、それによって開示が実現したものだ。

これに関する開示請求を行ったのは、東京のNPO法人・情報開示市民センターである。そのHPのトップページを開き、「トピックス」内に書かれている<端数のない巨額のおかしな支出(4件)><「間接接触」の官官接待や議員接待の一例(3件)><「間接接触」開示文書58件の概要 (09.11.12)>などをたどると、開示された本物の書類を閲覧することが可能だ。

この種の開示資料にあまり縁がない方は、このページを開くと、おおおおと驚かれると思う。書類作成の日時等を除いて、真っ黒に塗り潰された書類がいきなり目に飛び込んでくるからだ。本当に真っ黒なのである。この種の黒塗り書類を見るたびに思うのは、仕事とはいえ、この黒塗り作業をさせられる職員の方々はいったいどんな気持ちなのだろうか、ということだ。仕事は仕事と割り切ってたんたんと塗り潰しているのか、ばかやろうと上司や開示請求者への怒りを伴いながら塗り潰しているのか。はたまた、(公言はできないけれども)情報開示の範囲のあまりの狭さに義憤を感じているのか。

ところで、このような黒塗り資料が出るたびに思うのだけれど、苦労して開示させた資料だということもあって、多くの場合は、開示された公文書の記載事項を事実だと思ってしまう。公文書だから、記載事項が真実であると思うのは当然かもしれないし、「知られたくない事実」が書いてあるからこそ、役所側は徹底抗戦して公文書開示を拒んでいたのだろうと考える。

そうかもしれないが、実は、そうではない例もかなり多い。それが私のこれまでの種々の取材での実感である。

ずいぶん昔のことで恐縮だが、1990年代の半ば、北海道庁裏金事件というものがあった。地方の役人が予算獲得のために中央省庁の役人を税金で接待しているという「官官接待」問題に端を発し、道庁のあやゆる部署で、食料費や会議費、出張旅費などの経費を裏金にしていたことが発覚した、という事件である。道庁側は最終的に、裏金総額は1994、95年の2年間で74億円に上ると認定し、幹部職員が分担して返還するなどして弁済もされたが、だれも刑事訴追されなかった。そういう事件である。

そのときの取材でこんなことがあった。開示請求した山のような書類をあさっているうちに、知事関連の経理書類にこんなものを見つけた。記憶がおぼろげだが、簡単に言えば、知事が東京へ出張して宿泊していたのと同じ日(これは旅費の精算書類等で判明)に、札幌の飲食店で別の官庁幹部らとの情報交換会に出席していた(こちらは食料費の支出書類などで判明)ことが分かったのである。

東京で宿泊した晩に、札幌で夜に会食することは不可能だ。どちらかが虚偽に決まっている。「カラ出張」か「カラ会合」か。そんな取材をしつこく進めていると、道庁のある大幹部と大げんかになり、その幹部が勢い余ってか、猛然と怒りをぶつけてきた。「君は、文書(の記載)を信じているわけじゃないだろうな! あんなもの、適当につくってるんだよ!」。大幹部は、だから知事は何も知らない、ということを強調したかったようだが、仰天したのはこっちである。

当時は情報開示制度が始まったばかりで(国ではまだ未導入だったと思う)、苦労して山のような書類を取った。その書類は黒塗りだらけである。塗り潰されていない部分をつなぎ合わせ、ようやく矛盾を見つけたと思ったら、そもそも記載事項がテキトウだったと言うのだから、ええええ、である。

このほかにも、確かに「官」が「官」を接待する事例はあった。「官官接待」はあちこちで発覚し、全国的な問題にもなった。しかし、それが良いことか悪いことかは、いわば「評価」の問題である。地方が予算獲得のため、中央省庁の高級官僚から情報を取得し、某かのことに役立てようという理屈は成り立ちうる(私は賛成しないが)。しかし、「官官接待」そのものが架空だったとしたら、どうだろうか。

道庁裏金事件も最初は、官官接待問題として浮上した。ところが、開示書類を丹念に調べていくと、おかしな点がいくつも見つかった。昼間から仕出し店の高級弁当を取り、夜はホテルや高級店で宴会。年度末になると、そういう「官官接待」が急に増えていく。書類に沿えば、そういう飲食が連日のように続くのである。こんな日々が続けば、幹部はたいへんだ。連日連日では体も持つまい。糖尿病まっしぐらである。人間、本当に毎日のように、そんなに飲み食いできるのか?

そういう疑問を念頭に調べていくと、「官官接待をやったことにして」、税金を不当に支出していたことが判明してきた。ホテルや飲食店に、架空の請求書を出してもらい、その金額に見合うカネを相手側に支払う。部内では架空請求書をもとに、官官接待をやったことにする。ホテルや飲食店側には役所から「預かった」形の資金が大量にプールされる。役所の人たちは、それらの店で自分たちの飲み食いを行い、その都度、その預け金を取り崩す形で実際に支払う。そういう仕組みである。飲食店側からすれば、架空の請求書発行による入金の段階は、「預かり金」であり、実際の飲食があって初めて売り上げが立ったはずだ。で、年度末などになって、預かり金が余った場合などは、クーポン券などにして役所側にカネを返すのである。そして、役所側はクーポン券を金券ショップなどで現金に換える。。そんな習わしだった。あるホテルの場合、会計システムの中で特別のコードを使い、道庁からのカネを管理しているケースもあった。

もちろん、実際に行われた官官接待もあったし、2万人の道庁組織を相手に限られた数の記者で調べを尽くすことはできなかった。ただ、途方もない巨額な税金の闇みたいなものが実感でき、いったいこれは何なんだろう、と立ち竦むような感覚を抱いたことは忘れ得ない。同じようなことは、警察の裏金問題にもあって、それは、「捜査協力者に謝礼を払ったことにして」(実際は払っていないのに)、捜査費を裏金にしてしまう、という仕組みだった。警察関連の会計書類は仮に開示されたとしても、そこに書かれた氏名などはふつう黒塗りになるが、記載内容自体がたいていは虚偽なのだから、書類開示の段階で取材が止まっていれば、解明は前に進まない。

話は変わるが、少し前、会計検査院が国から地方へ支出された補助金等について不正経理があったとの指摘を行ったことがある。「不適切」として指摘された地方側は、あれこれと弁明につとめたが、そうした中で明らかになった「預け」という実態も、だいたい上記の仕組みと同様である。

その検査院関連の取材を担当した他社の記者と、この話題で議論したことがある。彼が担当する県庁側は、「確かに補助金では使えないはずの用途に使いました。申し訳ありませんでした」と幹部らが会見し、文具やパソコンなど仕事で必要なものを次々買っていたと釈明したそうだ。で、ここからがようやく本題なのだが、「陳謝」を伝えるだけでは取材は終わらないはずなのだ。文具を買ったというのなら、どんな文具をいくつ買ったのか、パソコンは何をいくつ…。そうやって、細かな事実をしつこくしつこく詰めなければならない。仮に100万円で目的外使用し、実際は文具を買ったとしても、100万円分の文具なんて、大変なものだ。ボールペンならいったい何本になるか。場合によっては、それらの実物を見せてくれ、ということも必要だろう。

会計検査院の指摘に伴って、各地では、今も「預け」が行われていたことが判明している。この種の問題は半ば永久に消え去らないのかもしれないし、半永久的ないたちごっこが続くのかもしれないけれど、面倒くさがらずに、この種の取材・報道はしっかり続けないといけない、と思う。そのスタート地点は「開示文書の記載を全面的に信用するな」「発覚後の最初の釈明を信用するな」である。
# by masayuki_100 | 2010-01-24 16:47 | 東京にて 2009

小沢一郎民主党幹事長の資金疑惑問題に関連し、ここ数日、報道の表現方法が微妙に変化を始めている。多くのみなさんも、それに気付いていると思う。例えば、これまでは「……ということが関係者の話で分かった」となっていたのに、「……と供述していることが石川容疑者側の関係者への取材で分かった」「……ということが小沢氏側の関係者への取材で判明した」といった表現が増えているように思う。とくに、2、3日前からのテレビのニュースでは、この種の表現が間違いなく増えている。

「検察情報の垂れ流しではないか」との批判に対抗したものだと思われるが、しかし、相変わらず、「……ということが東京地検特捜部の関係者への取材で分かった」という例は、ほとんどない。「地検関係者」「捜査関係者」もほとんどない。「地検関係者への取材で分かった」といった書き方をすれば、おそらく、東京・司法記者クラブの地検担当記者たちは、かなりの確率で「出入り禁止」処分を受ける。「出禁」は10日間とか2週間とか続くから、「出禁」になれば、庁舎内で行われる次席検事らのオフレコ懇談、被疑者を起訴した場合のレク等に出席できなくなる。それを懸念しているのだろうと思う。要は検察当局に睨まれることが怖いだけではないのか。「検察関係者」という「検察」の2文字すらきちんと書けない理由は、ほかに思い浮かばない。私などは、仮に「出禁」になったとしても、その場合は「出禁」になったと書き、そういう検察の行為を論評すればいいだけの話だと思うが。

そうした中、産経と読売の両新聞がこんな記事を載せた。ネットには出ていないようだし、部分的にではあるが、引用しておこう。

<産経 1月21日朝刊 近藤豊和氏による署名記事>
  ……現在、民主党の小沢幹事長の資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件が、まさに佳境となっている。各報道機関の記者たちは、大量の土地登記簿や政治資金収支報告書などを収集し分析、関係者たちからの証言を積み重ねている。断片情報をモザイク画のように構成し、事件の全体像をうっすらと浮かび上がらせているのだ。地をはうような取材を文字通り、命を削って日々行っている。
 事件の内容や逮捕日などを「さあどうぞ」と教えてくれる人などは誰もいない。事件の記事が分かりにくいというご指摘を読者からも受けるが、恥ずかしながら入手できる情報が限られていることもある。
 捜査畑で辣腕(らつわん)をふるったある検察幹部は、何かを問い掛けると、「足で稼いでこい」と言うだけだった。別の検察幹部は、同僚記者が雨中に官舎前で待っていると、ずぶぬれの足元を見て靴下を手渡し、何もしゃべらずに、玄関の中ににまた消えたという。
 「検察のリーク」「検察からの情報による報道の世論誘導」…。こうした指摘の根拠を知りたい。

<読売 1月23日夕刊 論説委員・藤田和之氏の署名記事>

 ……取材源が不利益を被ったり、その身辺に危険が及んだりしないよう、秘匿するのは記者の鉄則だ。
 読売新聞では一昨年春から社内の新指針に基づき、事件・事故の取材と報道にあたっている。事実をどういう立場から見るかで、捉(とら)え方が違うことがある。それを出来る限り読者にわかるようにしよう――。そうしたことも掲げた。
 だが、取材源を明示し、読者に知らせるべき情報を得られなくなれば、本末転倒だ。読者の利益が大きい方を選択するしかない。
 記者は、多数の「関係者」の話を積み重ね、集めた膨大な資料とも突き合わせて、「間違いない」と確信できる内容を報じる。
 「関係者」の中でも、検察官の壁は特に厚い。無言か、「知らない」。寒風吹く中、質問内容を忘れるほど震えつつ5時間待った結果が、わずか数十秒のこうしたやり取りだ。その繰り返しである。
 政治家も、記者と同じ取材を1週間やってみればよい。その上で「検察リークを確認した」と言うなら、その言葉に耳を傾けよう。


 他の新聞にも似たような「弁明」は出ていたかもしれない。しかし、何というか、これでは「おれたち、苦労してるんだよ」という話でしかないし、数多ある「今の小沢氏関連報道はおかしいのではないか」という根本的な疑問には何も答えていない。<事件の内容や逮捕日などを「さあどうぞ」と教えてくれる人などは誰もいない>と近藤さんいう。たしかに、地検の庁舎に行って窓口で「はいどうぞ」と教えてくれることはないだろうが、これでは、「ではなぜ、家宅捜索の日時が事前にあんなに広く知られているのですか」という簡単な質問にすら答えていない。

 <「検察のリーク」「検察からの情報による報道の世論誘導」…。こうした指摘の根拠を知りたい>と近藤さんは書き、<記者と同じ取材を1週間やってみればよい。その上で「検察リークを確認した」と言うなら、その言葉に耳を傾けよう>と藤田さんは書いている。しかし、相手が積極的だったかどうか、苦労して語らせたかどうか、頷いたかどうかといった取材の態様等は別にして、広い意味でのリークが日常的に行われていることは自明の理だ。そんなこと、事件記者なら常識ではないか。

 ただし、たとえ民主党であれ、そのような取材現場の行為を某かの強制的な力で罰しようとの動きには賛成しない。取材とは、極論すれば、相手にリークさせることである。「リーク」「内部告発」「情報提供」といった語句の厳密な定義は難しいが、権力や当局の奥深くに刺さり、常にその動向をウオッチングすることは、報道機関にとって必須の行為だ。

 問題は「立ち位置」である。どういう観点からどう取材し、どう報道するか、というスタンスが問われているのだ。

 「苦労して取った情報だからリークではない」とか、そんなレベルの話ではないのだ。何度でも言うが、「立ち位置」の問題なのだ。夜回りや朝駆けなど記者としての「営業努力」は必要だし、継続しなければならないと思うけれど、「苦労して得たから情報だから」といって、それを無批判に信じて報道するのであれば、それは単なる垂れ流しでしかない。

 捜査の途中情報をじゃんじゃん紙面等で流した結果、例えば、菅家さんの事件や鹿児島の志布志事件では、どういう報道が行われたか。そういうことをきちんと考えなくてはいけない。仮に「供述」
が事実であったとしても、その供述は取調官からの威圧や誘導などを受けた結果ではないかどうかを考えなければならない。以前にも書いたが、捜査の途中経過情報を記事にして、結局、それが起訴状にも冒頭陳述にも証拠採用された調書にも登場しなかった事例は、山のようにあるはずだ。しかし、どうしてそういう結果になったのかという反省と検証は、日本の報道界では(完全に冤罪が確定した菅家さん事件のような一部の例外を除き)ほとんど行われたことがない。そうした延長線上に、今回の問題もある。

 読者からの少なくない疑問に対しても、「現場の苦労話」を回答とするのでは、本当に、何というか、なんだかなあ、である。読者と取材者の、ここまでの乖離を見せつけられると、逆に、袋小路に入り込み、完全に出口を見失った新聞の現状を改めて見せつけられたような気がしてしまい、溜め息の連続である。どうも日本の報道機関は、とくに警察・司法当局とは二人三脚で歩みたがる。どうして、もっと距離を置けないのか、と思う。あらゆる取材対象の中で、捜査・司法当局に対する従順度はトップクラスではないか。「あの先輩記者は警察幹部に情報をぶつけ、その顔色で記事を書けるかどうかを判断していた。すごい記者だった」みたいな、牧歌的な風景や伝説に心酔している雰囲気は、今でもある。


*「菅谷さん」の表記が誤ってました。「管家さん」に訂正しましたm(_ _)m 24日午後4時55

# by masayuki_100 | 2010-01-24 14:37 | 東京にて 2009

検察の「伝統」

小沢氏疑惑の一連の報道を眺めながら、あらためて検察・警察の捜査とはなんぞや、といったことをつらつら考えている。

魚住昭氏の「特捜検察の闇」の中に、こんな一節が出てくる。大阪・東京両地検で特捜部の検事だった田中森一氏が、大阪地検特捜部で大阪府庁の贈収賄事件を捜査していた1985年ごろの話である。大阪府では、1979年まで知事は黒田了一氏だった(1期目は社会党と共産党推薦、2期目は共産党推薦)。

<以下引用>
……強制捜査の着手には上司の決裁が必要だ。田中は手書きの報告書を携えて検事正室へ行った。当時の検事正は「ライオン丸」というあだ名の強面の男だった。
 田中は報告書を差し出し、捜査経過を説明し始めた。検事正はさっと報告書に目を通した後、両切りのピースを一本取り出した。それでテーブルをとんとんと叩きながら、いきなり怒鳴った。
 「たかが5000万円(のわいろ=高田挿入)で、お前、大阪を共産党の天下に戻すんかァーッ!」
 共産党系の黒田府政は79年に終わり、自社公民推薦の岸府政が誕生していた。
 「共産党に戻ろうがどうしようが、私には関係ありません。事件があるから、やるんです」と田中が答えた。
 「そんなことは聞いておらん。共産党に戻すかどうか聞いとんのや!」
 結局、いくら食い下がっても検事正は強制捜査の着手を許さなかった。田中が当時を振り返って言う。
 「それでも諦めきれずにY(収賄が疑われた府幹部=同)の捜査を続けてみたけれど、本人が癌の診断書を出して入院してしまった。上司に呼ばれ『お前、余命いくばくもないやつをいじめてどうするんや、それが検事の仕事か』と責められるし、事務官たちは『田中の仕事を手伝うな』と指示が出るわで、結局、手を引かざるを得なかった。もちろん、癌なんて嘘っぱち。Yは今でもピンピンしてるよ」
 田中が初めて味わう挫折だった。そのときフッと頭をよぎったのが「いったい検察の正義ってなんや」という疑問だった。
<引用終了>

 田中氏はこの大阪府事案の前にも、政治家や公務員のかかわる事案において検察上層部からの圧力を受けた経験を持っていたようだから、この大阪府事案が検察不信の決定打になった。
 一方、同書には、こんな話も出てくる。上記の田中氏とは全く違う話だが、終戦間のない頃、特捜部設立に尽力し、後に検事総長になった馬場義続氏は、大蔵官僚の谷川寛三氏に対し、こう語ったというのである。これは谷川氏の著書からの引用である。
 「私が昭和40年(1965年)、関東信越国税局長になり、当時、検事総長だった馬場さんをときどきお訪ねしてご指導を受けたものだが、例えば、査察などについては、『谷川君、税も大事だが現在の安定日本の体制をひっくり返すようにならないよう、大所高所から判断するように』と言われたことであった」
 脱税を摘発するにしても、自民党政権の不利にならぬよう、そのへんはわきまえてやりなさい、という「指導」である。

 馬場氏の「指導」は1965年、田中氏の大阪府事案は1985年。その差、20年だ。「指導」の時代に若い検事だった人は、「大阪府事案」のころは幹部級になっていたはずだ。で、例えば、1985年ごろに任官した検事もまた、今現在、そろそろ幹部クラスである。そういう中で、組織は「伝統」をつくり、受け継いでいく。

 そういう点で思うことが一つ。
 今の「小沢氏疑惑」については、「田中角栄時代からの田中派的なものと検察との最終戦争」といった論評がなされている。ロッキード事件以降、東京地検特捜部が摘発した国会議員・閣僚は、ほとんどが田中派・経世会系であり、清和会系はほとんど挙げられていないから、その見立てはなるほど、そうなんだろうな、と思う。
 ただ、あまりにも政治的な臭いがする今回の検察の動きに関しては、私はちょっと違う感じも抱いている。それは「労組」である。1970年代までの総評のような、ある種の戦闘的労組とはまったく違うが、「連合」も労組は労組である。日教組やら何やらも含め、労働組合が与党を支える側になった。そこに何か、大きなポイントがあるような気がしてならない。民主党がマニフェストで取り調べの可視化推進をうたったことも、なるほど検察を刺激していよう。しかし、特捜検察誕生のころからの検察の思想的な流れを視野に入れると、彼らの「伝統」を背景にした風景も見えてくる。

 だから、仮に私が検察幹部だったとしたら、小沢氏の次に狙うのは、労組をバックにした民主党の
有力政治家である。そして、その過程では「労組と民主党の醜い関係」をマスコミを使って喧伝する。
# by masayuki_100 | 2010-01-21 11:54 | 東京にて 2009

続・リークと守秘義務

久々にエントリを2本書き、風呂に入ってさっぱりして、再びパソコンに向かったら、先ほどの「リークと守秘義務」に、早速、コメントを頂いた。vox_populi さんからで、「今回の記事、残念ながら賛成できません。小沢氏の今回の事件に限らず、検察・警察からリークされた情報はもっぱら、起訴以前の容疑者を真っ黒く塗り上げることにのみ役立っている。現状はそのようだと言わざるをえないからです」と書かれている。

もっぱらリーク情報によって、起訴前、逮捕前などに「あいつは悪徳政治家だ」「悪徳弁護士だ」という風潮が作られ、その方の社会的生命を絶とうとする・絶ってしまう事例は、枚挙に暇がない。vox_populi さんの言うとおり、そんな報道なら要らないと私も思う。捜査段階の情報がいかに当てにならないかは、事件取材を少しでもかじったことのある人なら自明であろうし、一般の読者であっても首をかしげることはしばしばだろう。

捜査段階のリーク情報によって「A容疑者は、これこれだったという」といった記事を書いてはみたものの、起訴状や冒頭陳述はおろか、証拠採用された調書にすら、その片鱗も出てこない……。こんな経験をした記者も少なくないはずだ。だから、このような取材のあり方、記事の書き方、報道のあり方から、各メディアはいい加減にもう、決別しなければならない。

ひと昔前は、捜査情報のみに依拠した報道は、その先裁判等でどうなろうとも、その時に先に書いた者の勝ち、という空気がメディア内部にはあった。いわゆる「書き得」思想である。私が駆け出し記者だった20年くらい前は、記者クラブ内の各社のブース内には、他社との「勝ち・負け」を表やグラフにしたものまで掲示されていた記憶がある。いったい、何について、誰との勝負に勝ったのか、負けたのか。疑問を持たない方がおかしいのだけれど、疑問を口にし、行動した記者は「ダメ記者」とのレッテルを貼られていく、そんな風潮だった。それが(わずか)20年くらい前のことなのだ。

新聞記者になったとき、どこの新聞(テレビも)であれ、最初の教育時には「必ず対立する側も取材して、その言い分を書け」と習う。そして、「どんな相手であれ、相手の言うことは疑え」とも習う。しかしながら、事件取材においては、それが全く実践されていない。そして、それを今も疑問にも思っていない(ように映る)。

そもそも日本の刑事司法制度下では、逮捕された容疑者側の言い分を取材するのは、結構難しい。接見禁止が連発される結果、容疑者側の言い分を取材するとき、取材先は事実上、弁護士らに限られる。欧米やアジアのこの種の取材では、鉄格子越しに容疑者が「おれはやっていない」と答える場面などがテレビで時々報道されるが、日本では、ああいうことは起こりえないのである。

10年以上前だと記憶しているが、当番弁護士制度が導入された際、福岡に本社がある西日本新聞が「容疑者の言い分」報道を手掛けたことがある。弁護士会の協力も得ながら、逮捕段階での容疑者側の言い分を記事ごとに掲載するという当時としては画期的な試みだった。ただ、(あくまで私の記憶と知る範囲での話であるが)このキャンペーンはやがて、弁護士から取材した言い分を捜査当局に「通報」する他社の記者が現れるようになって弁護士側の信頼を失っていく結果になったという。私自身の経験で云えば、警察の裏金報道を続けているとき、「北海道新聞はひどいですよね」と警察側に言い寄って、事件ネタをもらうことに専心した新聞社があったことも知っている。まあ、いわば、ことほど左様に、事件報道とそれをめぐるメディア側の動きには、なんというか、溜め息の連続である。

だから、と私は思う。少なくとも、事件に関する報道においては、取材の姿勢というか立ち位置を急に変えることができないのであれば、せめて記事の書き方を何とかしてくれ、と。もちろん、記事の書き方・表現方法は、取材での立ち位置と裏表の関係にあるから、そう簡単には物事は進まないであろうが、しかし、せめてこういう書き方はできぬものか。

「B容疑者は業者から1000万円をもらったと供述している、と警視庁のある捜査員は取材に答えた。しかし、この捜査員の発言以外に、これを裏付ける取材結果は得られていない」

現場を走り回っている事件記者諸君、どうだろう? やっぱり、この程度でも無理か?

もう6、7年前のことになるが、私が警察・司法担当デスクだった際、その考え方と実践例、上記のような記事例などをペーパーにまとめ、社内の正式な会議に提案したことがある。その際は、そんなことを実行したら警察から事件ネタを取れなくなる、他社に事件ネタで遅れを取るばかりになる、といった声もあって、継続的に論議しましょう、という先送り的な結論にしかならなかった。そのうち、担当が代わり、海外駐在になるなどしているうちに、私自身、別の取材対象に関心が移るなどして、曖昧になってしまったという経緯がある。

まあ、そんな個人的な経験は今はどうでもいいし、話があちこちに飛びすぎたが、vox_populi さんのコメントに立ち返って言えば、それでも検察・警察への取材は続けなければならない。当然、「強圧的な調べはしていないのか」といった点にも着目しながら、不当な調べが行われていないか、捜査がある特定の意図を持っていないか、等々も把握しなければならない。そうした取材は「垂れ流し報道」「権力のポチ的立ち位置」とは別のものであって、相当の厳しさが予想される。だからこそ、そのときは、本当の意味での取材力が問われる。「リークがけしからん」のではなく、「意図的なリークとそれに安易に乗っかるメディア」がけしからんのである。一つ前のエントリで、私が、じゃんじゃんリークさせないといけない、という趣旨のことを書いた意味は、そこにある。

そして、こういうメディアの体質を打ち破る方法の一つとして、「記者クラブ開放」があると、いまの私は考えている。それがどういう意味なのかは、夜も遅くなってきたので、いずれまた別の機会に。
# by masayuki_100 | 2010-01-20 00:44 | 東京にて 2009

リークと守秘義務

小沢疑惑関連で、もう一つ。検察リークを鵜呑みに、それを無批判に報道することの、あまりのひどさに、東京地検特捜部の関係者を刑事告発する動きがあったらしい。「国家公務員第百条第一項の守秘義務」に違反した、という容疑である。

今回の局面では、こういう動きが出てくるのも当然だろうとは思う。民主党を中心とした連立政権誕生以降の捜査の動きを観察していれば、多くの人が強い違和感を抱いたはずである。仮に報道する側が「地検は正しい」と思ったとしても、そうは思わない国民が多数いるのは事実である。だとしたら、国民・読者の疑問に答えるのが報道機関である以上、検察の動きに批判的な識者の声を集めるといった程度の工夫はあってもよい。

で、話は戻るが、検察のリークをけしからんとして、それを罪に問おうとする動きには、私は若干の疑問を持つ。相手が捜査当局であれ、一般官庁であれ、取材活動においては、情報を引き出すのが記者の仕事である。記者会見などの公の場を除けば、程度の差こそあれ、個々の取材活動においては、個々の公務員に個別の「情報提供」を求めることになる。高級官僚や閣僚の不正に絡む取材もあるだろうし、不都合な情報隠蔽を暴露する取材もある。特捜検事や警察の捜査員に対する事件取材は、通常、「被疑者はどういう供述をしているのか」などを取材すると同時に、「どういう捜査をしているのか」「違法捜査はやっていないか」なども取材の対象になるはずだ。だからこそ、警察担当記者や検察担当記者が存在しているはずである。

極論すれば、公務員に対する取材は、常に情報漏洩を求めているといっても過言ではない。通常は、ある機密を保持するよりも公にする方が、国家・国民に対する利益になると判断したり、されたりするのであろうが、突き詰めれば、何でもかんでも、この国家公務員法に引っ掛かる恐れがある。

日本の取材現場においては、この国家公務員法が最大のガンであることは、1980年代初めに出版された「アメリカジャーナリズム報告」の中で、著者の立花隆氏が喝破している。アメリカでは、ウォーター・ゲート事件で新聞の追及を受けていたニクソン大統領が、その最中に、日本の国家公務員法の守秘義務既定とそっくりな条項を盛り込んだ刑法改正案を国会に上程したが、葬り去られたそうだ。

私が言いたいのは、つまり、こういうことだ。

地検からのリーク、じゃんじゃんさせなさい。どんどん捜査情報、その関連情報を取りなさい。取材しなさい。そのためには厳しい夜回りも朝駆けも必要でしょう。しかし、その先で誤ってはいけない。報道機関は、検察と一心同体になってはいけないし、二人三脚で歩んではいけない。いつでも厳しく批判しなければならない。

手前みそで恐縮だが、数年前に北海道警察の裏金問題を追及した際、それをまとめた「追及・北海道警裏金疑惑」(講談社)の「あとがき」で私は以下のように記した。それに込めた意味は、当時も今も少しも変わっていないと思う。(以下は引用)



 …最近の新聞、テレビは、権力機構や権力者に対して、真正面から疑義を唱えることがずいぶん少なくなったと思う。お行儀が良くなったのだ。警察組織はもとより、政府、政治家、高級官僚、大企業やその経営者などは、いつの時代も自らに都合の悪い情報は隠し、都合の良い情報は積極的に流し、自らの保身を図ろうとする。そして、権力機構や権力者の腐敗は、そこから始まる…ところが、報道機関はいつの間にか、こうした取材対象と二人三脚で歩むことが習い性になってしまった。悪名高い記者クラブに座ったままで、あるいは、多少歩いて取材したとしても、相手から提供される情報を加工するだけで終わってしまう。日々、華々しく展開されるスクープ合戦にしても、実際はそうした相手の土俵に乗り、やがて広報されることを先取りすることに血道を上げているケースが少なくない。権力機構や権力者を批判する場合でも、結果的に相手の許容した範囲での批判か、自らは安全地帯に身を置いたままの『評論』などが、あまりにも多いように感じている。

 もちろん、こうした報道をすべて無意味と断じるつもりはない。しかし、権力機構や権力者に深く食い込むことと、二人三脚で歩むことは、同義ではないはずだ。読者は賢明である。報道機関が権力機構や権力者と築いてしまった『いやらしい関係』を、とっくに見抜いている。ひと昔前はあこがれの職業だった記者は、さげすみの対象にすらなりつつある。

 「事実を抉り出して相手に突き付け、疑義を唱え、公式に不正を認めさせていく。そうした報道を取り戻したい。記者会見では相手の嫌がる質問をどんどんぶつけたい。権力機構や権力者と仲良しサークルをつくって、自らも偉くなったような錯覚に陥ることだけは避けたい。記者クラブ取材のあり方、捜査情報をもらうだけの警察取材のあり方を根本から変えたい。報道もしょせん商売かもしれないが、しかし、もっと青臭くなりたい。オンブズマン組織にも劣るようになってきた『真の意味での取材力』を取り戻したい」

 取材班はずっとそう考えていた。だからこそ、一連の取材は、いわゆる「遊軍記者」などに任せず、道警記者クラブ詰めのサツ回り記者が「逃げ場」のない中で、真正面から取り組んだのである。
# by masayuki_100 | 2010-01-19 22:02 | 東京にて 2009

日本のメディアは、本当に「事件」が好きだな、と思う。質的にも量的にも事件報道の過剰ぶりは、日頃から強い違和感を抱いている。ほんとうに、分量多すぎ、である。しかも移り身が速い。次から次へと事件は消費されていくから、例えば、数カ月前はどんな事件が紙面に踊っていたか、すぐには定かに思い出せないほどだ。

たしか、昨年の秋頃は、埼玉や鳥取の「婚活詐欺」「婚活殺人」で非常に盛り上がっていた。朝日か読売か忘れてしまったが、第一報は1面だった記憶がある。1面掲載というくらいだから、たぶん社会を揺るがす大事件だと編集責任者は思ったのだろうけど、あれは、その後、いったいどうなったのか? 

このところ、新聞は「小沢疑惑」一色である。

小沢氏の資金問題に関する各紙の記事を読んでいて、「おんや?」と気付いたことがある。たぶん、とっくに大勢の方が気付いていると思う。それは「原稿の書き方」である。裁判員制度の導入に際し、新聞各社は事件報道のあり方を見直します、犯人視報道はやめます、と誓った。まあ、新聞社の誓いなどはある意味、いたずら盛りの子供が「もうしません」という程度のものでしかないが、それにしても、である。

事件報道に関しては、少し前のこのブログで「「容疑者=犯人」報道は、やっぱり続く。」というエントリを立て、言いたいことは書いたつもりだった。それ以前にもこのブログや雑誌などで、事件報道の書き方については何度か書いた。それでも今回の小沢氏関連の報道はひどすぎる。

新聞協会は2008年1月の「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」の中で、「捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方等に十分配慮する」と明示している。それに沿って、多くの新聞社が独自にガイドラインなどを設けた。

例えば、産経新聞は「裁判員制度と事件報道ガイドライン」の中で、<ガイドラインは「事件・裁判報道の目的・意義」を示したうえで、被疑者、被告を「犯人視」しない報道を基本姿勢としている><供述内容をはじめとする捜査情報については、「できる限り出所を明示する」ことで、情報の位置づけを明確にしたうえで、供述の変遷などに配慮し「記事の書き方の工夫」を求めている>と記している。この中では、捜査情報の「出所明示」がミソだ。

朝日新聞は「裁判員時代の事件報道へ・信頼される記事、積極的に」という記述の中で、以下のように記した。( )は筆者挿入。

 <(捜査情報の)出所明示の狙いは「情報は捜査側から伝え聞いたもので、確定した事実ではないと示すこと」だ。「報道の主体的な判断と責任で何をどこまで報じるかを自主的に決める」として、責任を警察側に押しつけるようなものではないことも、指針でうたった。時間の経過とともに、警察側にも出所明示への理解が浸透すると期待している。>
 <情報の出所明示に対する社会一般の意識は今後、変わっていくだろう。事件報道の取材現場には、様々な慣行が残されているが、これも時間とともに変化していく。裁判員制度も試行錯誤を繰り返しながら運用されていくはずだ。事件報道もこうした変化に合わせて絶えず見直し、よりよいものにしていく努力を続けることを指針で表明した。>

 もちろん、この程度のことで、問題多き事件報道の根幹が変わるとは、筆者は全く考えていないが、それでも、やらないよりはマシである。産経、朝日に限らず、他社も似たような指針・ガイドラインを設けている。そして、実際には「……ということが捜査関係者への取材で分かった」というふうな記述が、最近は激増していたのである。例えば、こんな感じだ。
 読売新聞・1月19日 <仙台市青葉区の風俗店経営者を殺害し現金を奪ったとして、強盗殺人罪で起訴された北海道旭川市、無職笹本智之被告(35)が「東京都内で暴力団組員を殺害した」などと供述していることが、(宮城)県警の捜査関係者らへの取材で分かった。>
 毎日新聞・1月11日 <……静岡県警の捜査関係者によると、5人はネット大手「ヤフー」の会員に「登録情報の更新が必要」などという内容のメールを送信。ヤフーのサイトに似せた偽サイトに接続させたうえで、カード番号などを入力させ、盗み取っていたとみられる。>

曲がりなりにではあるが、「県警によると」「捜査関係者によると」といった表現を使い、各社は事件情報の明示を始めていた。その矢先の「小沢疑惑」である。すでに御承知の通り、一連の資金疑惑においては、検察の激しいリークが(たぶん)続き、その捜査情報が次々と紙面に掲載されている。しかも、そこにあるのは「関係者の話で分かった」という記述のみであり、「地検」「検事」の文字がものの見事に抜け落ちている。裁判員制度の導入に際しての各社の「誓い」など、どっかに消えて無くなったも同然である。

小沢疑惑報道に関わっている記者は、夜回りの合間などに、魚住昭氏の「特捜検察の闇」(文春文庫)や、志布志事件を扱った「虚罪」(岩波書店)などを読むこと・読み直すことを、ぜひお薦めする。
# by masayuki_100 | 2010-01-19 21:28 | 東京にて 2009

鳩山首相の就任会見が「開放」されなかったことについて、あちこちから激しい批判が沸き上がっている。会見は広く開放した方がいいに決まっているから、批判は当然である。

記者会見オープン化の公約を破った「怪物」の正体
記者会見をオープンにするのは簡単なことですよ
大メディアが黙殺した鳩山首相初会見の真実

ところで、そんな最中、外務省では、きのう18日、岡田外相が会見の「開放」方針を表明し、あっさりと大臣会見の「開放」が決まった。又聞きではあるが、その外相会見では、早速、「週刊プレイボーイですが」と手が上がったらしい。外務省が作成した「大臣会見に関する基本的な方針について」は、以下のように書いてある。「歴史的な出来事」なので、全文を記しておこう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.外務大臣は、原則として毎週2回、外務省内で定例記者会見を開催する。国会開会中は、これを国会内での「ぶら下がり会見」に替えることがあるが、その場合であっても、週1回は省内での会見を行う。

2.大臣会見は、外務省記者クラブ(「霞クラブ」)所属メディアに限らず、原則として、すべてのメディアに開放する。

3.上記2.にいうメディアとは、以下の者をいう。
 1)日本新聞協会会員
 2)日本民間放送連盟会員
 3)日本雑誌協会会員
 4)日本インターネット報道協会会員
 5)日本外国特派員協会(FCCJ)会員及び外国記者登録証保持者
 6)上記メディアが発行する媒体に定期的に記事等を提供する者(いわゆるフリーランス)

4.大臣会見に参加するメディアは、所定の手続きにより、事前に登録を行う。

以上

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若干付け加えれば、3の「メディアとは」の部分に例示された1~4の「会員」は、いずれも会社単位だ。個人単位は5と6のみ。4のインターネット報道協会も、「JANJAN」など有力ネット媒体によって構成されており、私の知る限り、会員は「個人」単位ではない。

実際の運用はこれからだから、上記の文面だけで判断はできないが、問題が生じるとすれば、まずは「4」であろう。「所定の手続き」による「登録」の際、例えば、「3の6」に記された「定期的」はどういう基準で判断されるのか。また、フリーランス記者は、上記3に明示された媒体にのみ記事や番組を提供しているわけではあるまい。個人運営のブログで立派な記事を書いている人はたくさんいる。例えば、元外務官僚だった天木直人さん。天木さんのブログは、私も大いに参考にさせてもらっているが、仮に、彼が岡田会見に出て質問をぶつけたいと思った場合でも、活動の場が個人運営のブログしかないとしたら、上記のどの括りにも該当しない。

政党機関紙の問題もある。共産党の「赤旗」は、上記の括りに当てはまらない。中国共産党の機関紙「人民日報」の特派員はFCCJの会員であるはずだから、岡田会見には出席可能だが、日本の共産党機関紙は除外されるかもしれない。赤旗は例えば、ワシントンやロンドンでの種々の会見等には出ることができる。それが世界標準である。公明新聞や自由新報も同じような立場になる。外務省がここまで「開放」するのであれば、政党機関紙を除外する正当性はどこにあるか、という疑問も出てくる。

「3」の6)の「定期的に記事等を提供する者」という「記事」とは、何か、という問題も考える必要があるかもしれない。なぜなら、記者の中には、情報収集のみを担う人もいるからだ。いわゆる「データマン」的な活動を行う人たちである。彼ら彼女らの中には、取材はしても、自身の名を出して記事を書かない(記事は別の、多くは著名な記者がまとめる)ケースも少なくない。

「3」の1)や2)の会員は、いわゆる「大メディア」である。実際、CSなどの番組制作会社は、日本民間放送連盟にほとんど加入していなから、CSの報道系番組はすんなりとは、大臣会見に参加できない事態も考え得る。

……そんなことを考えると切りがないが、それでも今回の「開放」は大きな前進である。この流れは、他の省庁にも拡大していくはずだ。既存メディアの体たらくは、メディア企業内部の官僚化・保守化の裏返しだから、会見が開放されたくらいで主要な報道がそう簡単には代わりはしないが、少なくとも、「予定調和」的だった会見は、これを契機に、時間をかけつつ、やがて、本当の意味での勝負の場になっていくのかもしれない。
# by masayuki_100 | 2009-09-19 14:06 | 東京にて 2009

一緒にメシを食った君へ

いろんな縁があって、記者を目指す若い学生・社会人の相談に乗ることがある。1997年から5年間の東京勤務時代は、仕事の合間を縫って、母校のマスコミ講座で時たま講師をやり、作文・論文の書き方を教えたり、記者に必要なものは何かを語ったりしていた。うれしいことに、そういう学生の中から結構な数の人がこの業界に入り、あちこちで仕事を続けている。たまに「同窓会」もあって、これがまた楽しい。この春、日本に戻った後も、種々の縁があって、記者やメディア業界を目指したいという若い人たちと、論作文の勉強会をやったり、新聞はこの先どうなるかといった議論を交わしたりと、満ち足りた時間を過ごすことができた。若い人との議論は、私にとっても大きな刺激である。

そんな彼ら、彼女らにとって、今は剣が峰である。新聞各社の「秋採用」試験が最終盤に差し掛かっているからだ。すでに全ての試験が終わった人もして、「おめでとう」あり、「残念だったな」ありで、報告を聞く私も複雑だ。

「残念だったな」の人と、食事しながら、種々の話をした。物事が思い通りに進まないときは、本当に大変である。まして目指していた先から、ことごとく「ノー」の結果をもらうと、落ち込みも非常に激しい。おそらくは、自分の存在を全否定されたような気持ちになるのだと思う。私も若いころは、何度も何度も新聞社の試験に落ち、結局、いったん別業種の会社に就職し、転職して記者になったから、失敗した人の気持ちもある程度は分かるつもりだ。

新聞・テレビの「構造不況」は、たぶん、今後もっと深化する。かつてのように、バラ色の業界ではない。何かに付け、批判の矢面に立つことも少なくない。メディア企業は、程度の差こそあれ、官僚化が進み、事前に想像していたような仕事はなかなかできないはずだ。そして、当たり前の話だが、メディア企業の一員でなくとも、記者の仕事はできる。

それでも、若い人たちと話していると、「自分はもっと頑張らないといけない」と感じることが少なくない。彼ら彼女らは、この商売について、それぞれに夢がある。そこで何をどうやりたいか、の理想がある。それに対し、「現実はそう甘くないよ」と言い放つことは、たやすい。しかし、メディアのこの体たらくを作り上げた私たち世代が、若い人々の夢や理想を、したり顔で拒んでみせるのも、それはそれで、言いようのない恥ずかしさがある。

夢や理想を簡単に諦めるな、である。この先、自分がどうなるかという不安に囲まれていても、心の奥底に夢や理想があるのなら、それを簡単に捨てるな、と思う。何とかなる。何度もトライしていれば、何とかなる。信じるところに道は通ず、だよ。
# by masayuki_100 | 2009-09-11 05:44 | 東京にて 2009

盛夏の前、ある大学でジャーナリズムを学ぶ学生さんたちを相手に講演したり、ゼミで話したりする機会があった。ロンドンでの仕事のことや最近の報道に関することなど、あれやこれやを話したのだが、そうした中で私が最も力入れた話題の一つが「事件報道」である。

なぜ、「事件」はニュースになるのか。

政治家や官僚、大企業など、いわゆる「権力を持つ人」が絡む犯罪は当然、ニュースになる。これに異論はあるまい。また、末端の公務員等がその職務に関して何らかの犯罪に手を染めた場合もニュース価値はある。私が問題にしたのは、そうしたケースではなくて、一私人の、チンケな犯罪について、である。新聞をひもとくと(ネットもそうだし、テレビもそうだが)、単純な窃盗、傷害、万引きと紙一重のコンビニ強盗(事後強盗)、ハレンチ罪など、あらゆる犯罪がニュースになっている。当事者や近親者ら以外はほとんど関心を持ちそうもない事件が、活字や映像になって流れる。

ところで、一般人の自殺はどうして報道されないのだろうか。有名人が当事者だった場合などは、自殺もニュースになる。連載企画やルポものでも、自殺が取り上げられることは多い。しかし、たいていの場合、自殺に関するストレートニュースは「年間3万人を超えた」といった数字や統計である。一般人の個々の自殺がニュースになることは、事実上ない。

自殺を報道しない理由については、ふつう、「本人の意志によるものであって事件ではないから」「故人の名誉にかかわるから」などの説明がされる。自殺の事実を知られたくない近親者も多いから、この説明は理にかなってはいる。しかし、本当にそれで良いのだろうか。報道しない「実際の」理由は、本当にそれだけなのだろうか。

こんなことを書くのは、個々のストレート・ニュースを考える場合、少なくとも今の日本社会においては、窃盗やケンカの延長線上のような傷害事件などよりも、自殺の方がはるかにニュースとして扱うべき要素が多いのではないか、と感じるからだ。自殺の多くは、生活苦に起因していると云われる。実際、種々の統計などを見ても、「生活苦」が自殺の大きな原因である。交通事故による死者が急増した1970年頃、日本では「交通戦争」という言葉が使われ、新聞社も種々のキャンペーンを貼った。そのころの年間死者は全国で1万人超。これに対し、自殺者はいま、年間3万人超である。

自殺報道によって、自殺者のプライバシーを暴け、と言っているのではない。

例えば、全く仮の話だが、「埼玉県南部で8日夜、30代の男性会社員が排ガス自殺した。遺書によると、男性は最近、勤務先を解雇され、再就職もできず、将来を悲観していたという」というだけでも良い。「生活苦」+「自殺」が重なれば、(ベタ記事にしかならないだろうが)報道する価値はあると感じる。少なくとも、細かな事件(=微罪)の逮捕原稿などよりも、意味はある。実際、この数年間、「生活苦」に起因する自殺のベタ記事が、連日報道されていれば、「小泉改革」なるものの正体は、もっと早くに国民全体に認知されていたのではないか、とも思う。

「死亡交通事故の記事は載るのに、一般人の自殺はなぜ報道されないか」「チンケな犯罪は実名付きで新聞に載るのに、なぜ自殺は報道されないか」という最初の疑問に立ち返れば、私の回答は、たった一つである。それは警察が発表しないからだ。警察は逮捕事案をすべて発表するわけではないが、そこそこのもは発表する。だから、それは(新聞社やテレビ局による取捨選択の後)ニュースになる。交通事故も死者や重傷者が出るようなものは、警察が発表する。だから、ニュースになる。各社はそれぞれに「自殺を報道しない理由」を内部で定めているはずだが、そういう表向きの理由とは別に、現場での感覚で云えば、自殺報道をしない理由は「発表されないから」が実感だと思う。ひとことで云えば、「習い性」「前例踏襲」がそこにあるのだと思う。

しかし、「発表がない」と「ニュース価値がない」は、当たり前の話だが、同義ではない。しかも、記者であれば、社内の掲載基準すら常に疑ってかかるのが当然である。

そう考えて行くと、最終的には「ニュースとか何か」という問題に行き着く。「ニュースはだれが決めているのか」という問題にも行き着く。自殺のような繊細な事柄も含めて「役所は情報をどこまで公開すべきか」という問題にもなる。今度、どこかで学生さんたちと議論する場があれば、このテーマでじっくりと意見を交わしてみたいと思う。
# by masayuki_100 | 2009-09-09 14:31 | 東京にて 2009

少し前のことだが、京都へ足を運び、見たい見たいと思いつつ、なかなかその機会がなかった映画「ポチの告白」を見た。知人の寺澤有さんが原案をつくり、いま現在は札幌と福岡で上映されている。

警察関連の映画と言えば、だいたいが「踊る大捜査線」のような、カッコイイ警察が描かれている。たまにワル警察官が主人公であっても、そのワルは組織からはみ出したという意味のワルであって、「ワルだけど正義漢」のことが多い。その点、「ポチの告白」は、警察組織の腐敗を真正面から取り上げた、日本では希有な映画である。エンタテイメントとしても十分に楽しめると、私は思った。

上映の後、同じく京都に来ていた高橋玄監督と飲みながら話をしたところ、彼は「自分はいわゆる警察問題には関心がなかった。組織と個人の関係を描きたかった」と繰り返し語っていた。個人はいかにポチになるのか、なぜポチなのか、飼い主は誰なのか、という視点である。

組織と個人の関係からすれば、多くの会社員・組織人は、その組織の一員としてメシを食っている、つまりは、プロはプロであるという1点において、すでに「ポチ」の要素を十全に備えている。日本経済新聞社の上層部の腐敗を組織に身を置きつつ告発し、全力で闘った大塚将司さんにしても「日経新聞の黒い霧」(講談社)などを読むと、自身はいかにしてポチになっていたか(そういう言葉遣いではないが)を告白している。それほどまでに、組織の呪縛はすさまじい。

もっとも、「ポチの告白」の結論は、「飼い主は組織ですよ、上司ですよ」とはなっていない。自分の首輪につながれた、紐。それをだれが握っているのか、そこは映画を見てのお楽しみ、である。

ストーリーの主要な場面ではないが、私自身が「おお」と思いながら、思わず笑ってしまったのは、こんな場面だった。

警察腐敗を追及する地元紙の若い写真記者が、警察は煙たくて仕方がない。彼は警察担当記者でもないのに、警察発表を疑い、デスクの言うことも聞かず、警察の組織的不正の実態に迫ろうとする。その最中、警察担当記者が、彼の行動を警察幹部にチクるのである、、、

・・・雑然とする新聞社の編集局。警察腐敗の追及を迫る若い写真記者。「事件がメシのタネだ。警察は不正を発表したのか? 警察相手にそんなことができるか」みたいなことを言いながら(正確なセリフは忘れた)若い記者を突き放すデスク。そして、その様子を見ていた警察記者クラブ詰めのサツ回り記者は、早速、編集局大部屋の片隅に向かった。携帯電話を取り出し、警察幹部にその様子を伝える、つまり「ご注進」に及ぶのである・・・。

長く報道業界にいる記者なら、似たような場面は一度ならず見聞きした経験があるのではないか。実際にそんな場面に遭遇したら、ただではおかんぞ、というところだが、こうやって映画の一場面として見ていると、笑える。滑稽というほかはない。記者として、これ以上の無様な姿はあるまいし、自分の子供にそんな姿は見せられまい。しかも、映画の中のチクり記者は、その姿や動作が、いかにも「ポチ」っぽくて、本当に映画監督はすごいなあ、と思ったのである。
# by masayuki_100 | 2009-09-09 13:31 | 東京にて 2009

千葉県庁で2007年度までの5年間に30億円の裏金がつくられていたことが判明したと、各紙が報じている。少し前は、名古屋市で4000万円の裏金が発覚した。その前は岐阜県でもあったし、宮崎県でもあった。それよりも10数年前の1990年代半ばには、それこそ全国の道府県で裏金が次々と発覚し、日本は「裏金列島」と化したこともある。あのときは各紙が大キャンペーンを続け(北海道新聞もその先頭を走っていた)、各自治体も職員の負担で裏金の一部返還を行うなど、「反省」もそれなりに行われたように思う。

しかし、「反省」など全く表面的なものでしかなかったことは、その後も次々と各役所で裏金が発覚したことが見事に証明している。裏金の手口も、各地で共通している。カラ出張、カラ会議、カラ会食、カラ雇用、カラ発注、カラ残業、カラ工事。最近になって注目を浴びているのは、業者とつるんだ「預け」である。

裏金づくりの主体も、一般行政部門から病院、公営事業、学校・教育委員会、そして警察まで。中央省庁で裏金が発覚した事例はさほど多くないが、数年前には財務省が「架空勉強会」をつくり、そこへの支出として毎年、数千万円を計上していたことがあった(参考 財務省予算の「架空計上」問題 )。

日本でこれだけ「裏金文化」が続いているのは、役所に「民主主義」意識が全く浸透していない証左である。当たり前の話だが、予算は住民・国民の代表たる議会のOKがあって、初めて決まる。予算の使途を決めているのは、議会なのだ。裏金はマネーロンダリングであり、議会が厳格に決めた予算の使用目的という縛りを、公務員が勝手に外し、公務員が自由に使える金をつくりあげることだ。裏金こそは、純然たる議会無視、国民無視、民主主義無視の「犯罪」である。

いや、「犯罪」にカギカッコを付ける必要もない。役所は公文書、私文書等を作成しないと裏金をつくれないから、裏金発覚のウラでは、おびただしい数の文書が不正に作成され、行使されている。虚偽公文書作成、同行使、私文書偽造・同行使、そして詐欺、横領…。まさに犯罪のデパートである。しかも、これを取り締まる側の警察も組織的な裏金作りが方々で発覚してきたから、まともに摘発することもできない。

日本の役所文化の普遍性、「裏金文化」の浸透ぶりからすれば、おそらく、中央省庁レベルでも相当の裏金が存在してきたのだろうし、現に今も、それが幅広く横たわっている可能性は少なくない。民主党の新政権は、徹底した情報公開で、この宿痾にも徹底的に斬り込む必要がある。
# by masayuki_100 | 2009-09-08 11:03 | 東京にて 2009

例によって、またまたブログの更新をサボっているうちに3カ月が過ぎてしまった。早いものである。前回のエントリは梅雨前だったのに、もう夏は終わり、自宅の周りでは、コオロギも鳴いている。東京の朝晩は完全に秋になった。

総選挙で民主党が圧勝し、新内閣が来週発足する。それに伴って、記者クラブ問題がどうなるかが注目を浴び始めた。主要新聞・テレビ等が、政権交代に伴う記者クラブ問題をほとんど報じていないので分かりにくいが、ネット上ではフリーランスの方々が、いくつかそれに関する論考を提示している。

■大手メディアが決して報じない、「メディア改革」という重要政策の中身
■鳩山新政権は記者クラブ開放という歴史的な一歩を踏み出せるか
■「記者クラブ開放」で日本のジャーナリズムは変われるか? 組織の生き残りを賭け、メディアの新たな競争が始まる

民主党代表等の会見はこれまで外国メディア、フリー記者らにも開放されてきたし、政権奪取の後もそれを続けると明言してきた。だから、それを続けなさい、ということだ。そうなれば、「政官財」+「電(メディア)」の鉄の団結も壊れ、官僚や政治家等による大メディア支配も終わり、本当の意味での情報の流通も促進されるだろう、ということだ。それが「開放」問題の要点である。

記者クラブの開放については、このブログを開設した2004年当初から何度も何度も取り上げてきたから、ここでは繰り返さない(関心のある方は、このブログ内の検索機能を使って、「記者クラブ」を検索すれば、過去記事がざざーっと出てくる)。私の考えもだいたい、上記3氏と同じである。既存メディアの中で、実名を出して、真正面から「記者クラブ開放」を唱えていた例はそうそう無かったから(今もほとんどないが)、この間、いろんなところで、いろんなことを言われ続けてきた。そういう点では、私自身も時代の変わり目を感じている。

ただ、鳩山首相が本当に約束を守って、会見を開放するか、クラブを開放するかは、予断を許さないと感じているし、「会見・クラブの自由化」による「報道の自由化」はそう簡単に進まないだろうとも思う。

(1)「会見」と「記者クラブ」は違う。好きな言葉ではないが、「抵抗勢力」は、ここを最大のポイントにするだろうと思う。だから、会見は参加自由にするが、「記者クラブ」自体の堅牢さは、なかなか緩まないに違いない。とくに「記者クラブ」については、その拠点たる役所内の「記者室」の物理的制約を理由にして、既存の加盟社側が役所側と組み(役所側は庁舎管理権などを盾に)、相当に抗戦するだろうと思われる。

(2)「会見の自由化」に際しては、要人警護の観点から、官僚側(警察庁)が取材者を絞ろうとする可能性がある。その際、どこに基準を置くのかについて、議論が錯綜するかもしれない。名もなく、実績もなく、「きょうからフリー記者になりました」という方がいたら、その人は本当に首相会見に出席できるのか。その人は本当に首相官邸に入れるのか。あるいは中央省庁の記者クラブに行けるのか。もしかしたら、すでに著名になったフリーの方々のみを会見に入れることで、「開放」が達成されたという形が出来上がり、その時点でこの問題は後景に退くかもしれない。

(3)当ブログでも幾度か記したが、「発表ジャーナリズム」に偏在している現代の大メディアの病気は、記者クラブ問題も大きく影響しているが、それよりももっと重大なのは、新聞社・テレビ局内の官僚化の問題である。これら企業はすっかり「事なかれ主義」が蔓延しており、これはクラブ開放といった程度のことでは、簡単に治癒しそうもない。従って、会見やクラブが開放されたとしても、そう簡単に根本的な解決には至らない可能性がある。

・・・というふうに、この問題は論じ始めれば、きりがない。1冊の本ができそうな感じである。

そして、これが一番大事な点なのだが、「記者クラブ開放」の問題は、「取材する側の開放」のみに偏ってはならない、ということだ。今まで随所で主張されてきた「クラブ開放」は、ほとんどが「取材する側の開放問題」である。新聞協会加盟社の所属記者のみが会見・クラブを独占するのはおかしい、外国記者を入れなさい、雑誌記者を入れなさい、フリーランスも入れなさい・・・。それは全くその通りであり、ほとんどの点で私も異論はない。しかし、「新聞の読者離れ」とまで云われる今の報道状況は、記者クラブを軸にした「発表依存」「官依存」だけが問題なのではない。それは「取材する側だけの目線」でしかないように思う。

だから、私はずっと、「取材される側のメディアへのアクセス」をもっと容易にすることも、忘れてはならない点だと考えている。NGOやNPO、各種市民団体などは、広く世の中に訴えたいことがある場合、どうすればいいのか? 個別に新聞社を訪問する? ツテを頼って個別に記者に面会する? 役所や大企業は記者クラブ制度を使って「簡単に」「一斉に」大メディアへの発表の場を設定することができるのに? 

例えば、私が外務省記者担当だった1990年代末ごろのこと。もう記憶は不鮮明だが、当時、北朝鮮の拉致問題での会見申し入れが何度かあったように思う。申し入れの主が横田さんだったか明確には覚えていないが、クラブ側はそれを拒んだ。この問題が広く認知されていなかったせいもある。しかし、それ以上に外務省・その関連機関以外の会見申し入れは、受け付けないという不文律が影響していたように思う。

これも1990年代の話だが、私が日銀記者クラブで幹事だったときのことだ。今回の選挙で当選した田中康夫氏(当時は公職に就いていなかったと思う)から、会見申し入れがあった。日銀記者クラブにはそのころ、「会見申し入れは48時間前までに」というルールがあり、私はそれを盾に田中氏に電話で断ったのだが、たぶん、今思えば私の心の奥底には当時、「ここは日銀記者クラブだ。なんで市民団体が会見するんだ?」みたいな思いがあったように思う。

外交に関するNGOは外務省記者クラブで、教育問題について意見したい団体は文部科学省の記者クラブで、死刑反対の市民団体が何かを主張したいときは法務省の記者クラブで。そうやって市民の側が自由に記者クラブにアクセスできるようになってこそ、「開放された記者クラブ」が存在する意味がある。それができないなら、以前に私が唱えたような「自由記者クラブ」みたいなものが必要になるのかもしれない。記者クラブ開放問題の本当のキモは「取材する側だけでなく、取材される側(=取材してもらいたい側、市民の側)も開放せよ」である。


新聞社やテレビ局、そしてそれらが伝える情報は、社会のインフラなのだと言う。だったら、その情報インフラは「官からの一方通行」で良いはずはない。インフラは、誰もが利用できるからこそ、インフラたり得るのだ。取材する側はこの際、市民から大メディアへのアクセスが貧困にならざるを得ない現状をどう変革するかについても、もっと真剣に考えた方が良い。そうであってこそ初めて、「読者とともに」といった文句も生きてくるのだと思う。
# by masayuki_100 | 2009-09-07 13:04 | 東京にて 2009

「戦うべき時は戦わねばならない。その覚悟を持たなければ、国の安全なんて守れるはずがない」

北朝鮮問題に関連して、麻生太郎首相がきのう7日、街頭演説でそう発言したのだという。読売新聞(ネット版)の短い記事によると、こんな風だったらしい。

「対北、戦うべき時は覚悟を」…麻生首相が演説
<麻生首相は7日、東京都議選(7月12日)の立候補予定者の応援で訪れた武蔵野市のJR吉祥寺駅前で街頭演説し、弾道ミサイルの発射準備を進める北朝鮮に関し、「戦うべき時は戦わねばならない。その覚悟を持たなければ、国の安全なんて守れるはずがない」と述べ、制裁強化などで圧力を強める姿勢を強調した>(後段略)

発言の前後には、もっとたくさんの言葉があったのだろうから、全体の文脈は解らない。でも、それにしても、具体的な国名を挙げて、「戦争を辞さず」という内容を口にした日本の首相は、戦後、初めてではないか。

北朝鮮の言動のひどさについては、今さら言うまでもない。韓国や米国、日本を相手に、革命的打撃を与えるとか、そういう行為は宣戦布告とみなすとか、言いたい放題である。確か、以前には、東京を火の海にする、というものもあった。言葉だけなく、実際に核実験をやったり、ミサイルを飛ばしたりするのだから、許されるはずがない。

しかし、かと言って、「戦うべき時は戦わねばならない」とは、どういう意味か。自衛隊の最高指揮官として、北朝鮮攻撃のために、自衛隊を動かすことも視野に入れているぞ、と言っているのか。外交的圧力のことを比喩的に「戦う」と言っているのか。それとも、単に、国内の結束(それもどういう意味か不明だが)を図るために、危機を煽っているだけなのか。「国難の中にあって戦う麻生、戦う自民党」を強調し、来るべき総選挙での支持獲得を狙っているのか。

いずれにしても、単に「戦争するぞ」という意味合いの言葉をもてあそんでいるだけならば、北の指導者と同じである。

為政者にとって国内情勢がまずい時に、対外的な危機を演出し、煽る。あるいは本当は自らが戦端を開きたいのに、相手が先に仕掛けることを望む、あるいは相手が先に手を出したという嘘を喧伝する。こういった所作は、世の東西、過去と現在を問わず、同じである。朝鮮戦争時の北朝鮮、現在の北朝鮮がまさにそうだ。しかし、そうはいっても、対北朝鮮戦争など簡単にできるはずはないから、米国も韓国も中国も苦労しているのではないか。
# by masayuki_100 | 2009-06-08 14:17 | 東京にて 2009

すでに、いろんな方がいろんなところで評価しているが、共同通信による「60年安保の核密約」記事は、なかなかのヒットだった。配信を受けた新聞社の中で、東京新聞は1面、北海道新聞も1面。ほかにも多くの地方紙がこのニュースを大きく扱ったようだ。(私に見落としのない限り)全国紙の朝日新聞、読売新聞は、この件を全く報じていない。毎日新聞は「一部報道を官房長官が1日の会見で否定した」という形で報じたが、せめて、最低でもそのくらいの記事にはすべきだろう。「一部報道」という引用のやり方も、いい加減に止めたらどうかと思うが、まったく無視することはなかろう。

そして、である。この共同通信の記事が配信された後の、外務省の記者会見が、会見記録のテキストを読む限り、どうやら、全く盛り上がっていない。ふつうなら、スクープされた怒り・情けなさもあって、容赦ない質問が飛び交う、、、ものだと思っていた。しかし、実情は違ったようだ。以下は、外務省のHPに記載された6月1日の薮中三十二外務事務次官の会見記録(当該箇所のみ抜粋)である。


(問)一部報道で、「60年安保の核持ち込み密約」があったと報じられています。報道によれば、外務官僚が文書を管理して出す出さないを判断していたと、そして総理、外務大臣にも教えたり教えなかったりと、実際に引継ぎもされていたと、具体的に匿名ですが4人の次官の証言も報じられていると、これについて、事実関係を教えてください。

(事務次官)これは明白であり、そのような密約は存在しないということ、これは繰り返し歴代の総理、外務大臣も説明をされておられますけれども、これに尽きているということですし、私が承知していることもそれに尽きているということです。

(問)特段引き継がれてはいないと。

(事務次官)全くありません。

(問)その4人の中には、日本政府は国民に嘘をついていたと証言されている方もいます。否定するということは、その4人の方が嘘をついているというご認識なのでしょうか。

(事務次官)その4人の方というのが、どういう方で、どのような形でインタビューされたのかよくわかりませんが、私が申し上げたいことは、そのような密約は存在しないということです。私自身もそれ以外一切承知していませんし、大事なことは歴代の総理も外務大臣もきちんと明確に説明をされていると、これに尽きていると私は考えています。

(問)国民の方から見ると、どちらが本当なのか、むしろ具体的な4人の方のお話の内容からみると、外務省の方が嘘をついているのではないかと思うのではないかと思うのですが、80年代から90年代に次官をされていたということで、ある程度特定されるのですが、外務省として話しを聞いて事実関係を調べるというお気持ちはあるのでしょうか。

(事務次官)その必要は全くないと思っています。我々としての説明は一貫している訳ですから、それ以上の事は必要ないと考えております。


会見記録が実際のQ&Aを忠実に再現しているものと考えたら、この核密約問題に関する質問は4つ。北朝鮮問題があったとはいえ、全体の問答からすれば、全体の5分の1弱の分量しかない。事の重大さに比べたら、いかにも質問が少ないではないか。加えて、質問がどうにも優しい。別に、言葉を荒げる必要はないが、この会見録の感じからすると、記者たちは、ずいぶんと「物分かり」が良さそうだ。

例えば、3つめの(問)。質問者は「次官経験者の4人は嘘をついたということか」と聞いているのに、藪中次官はそれに答えず、「密約は存在しない」と言っている。質問の仕方を説経したいわけではないが、もっと、たたみかけて聞けばいいのに、と思う。「では、次官経験者4人が嘘をついたということでいいですね?」とか、「藪中次官は正直者だけれども、藪中次官の先輩の4人は嘘つきなんですね?」とか。あるいは「こんなデタラメを書かれたわけだから、共同通信には当然、抗議したんですね?」とか。

だいたいにおいて、米国でこれに関する公文書が公開されているにもかかわらず、日本政府は「密約はない」と言い続ける。その図式こそが、滑稽極まりないのだ。そして、そういう、「公然たる嘘」を許してきたメディア側の責任も相当に重い。

例として適切かどうか分からないが、数年前、北海道警察の裏金問題を追及した際、当時の取材班は取材をスタートさせる際、「裏金の存在を公式に警察に認めさせる」ことを目標に置いた。なぜなら、公式に認めさせない限り、いくら悪弊を暴く記事であっても、「書きっぱなし」で終わる可能性が高かったからだ。警察の裏金自体はその時点でも、過去、週刊誌や全国紙などで何度も報道されていた。警察の裏金の存在を暴くこと自体は、何も、全く新しい話ではなかった。しかし、それに関する過去の報道は、「裏金の存在を暴く → 警察は否定 → そのうちウヤムヤになる」というパターンの繰り返しだったのである。これでは、世の中、悪弊はなかなか是正されないのだ。北海道警察が裏金の存在を認めるに至ったのは、原田宏二さんという元道警の大幹部が、実名で名乗り出て、その存在を暴露したことが大きく寄与しているが、「認めさせるまで報道を続ける」というしつこさも結構な役割を担っていたと思う。

今回の「核密約」報道も、何となく、これに似ているように思える。もちろん、見えぬところで取材は継続しているかもしれないし、この先、さらに驚くような関連ニュースが出るのかもしれない。だから即断はできないのだが、しかし、例えば、報道後、最初の外務大臣会見だった2日の会見では、記者側から核密約の質問は全く出ていない。公式な記者会見での質問だけが取材ではないが、少なくともスクープされたネタに関して質問も出ないのだから、やる気の無さは覆い隠しようもない。

「会見で質問してもどうせ否定するから」などと思ってはいけない。たしかに、公の記者会見で「はい、確かに密約はございました」などと認めることは、ほぼあり得ないだろう。しかし、外務省幹部に厳しい質問を矢継ぎ早に浴びせ、それに対して何と答えたか・答えなかったかは記録に残せる。その繰り返しが大事なのである。「知る権利の代行者であるわれわれ記者は、この問題を看過しませんよ」という姿勢を見せ続けることが、まずは大事なのだ。そして、そういう会見記録の集積は、その時々の政治や官僚の姿勢を映し出す。国民には政治的判断の大きな材料になるし、後の世代にとっても価値ある記録になるはずだ。

密約を公式に認めさせることはできないにしても、せめて、会見でそれぐらいの質問は重ねて欲しい。「もう、会見はいやだ。取りやめにしたい」。相手にそう思わせてこそ、記者だと思う。
# by masayuki_100 | 2009-06-03 02:14 | 東京にて 2009


サッカーに関心のない人にはどうでもいい話かもしれないが、欧州サッカーのチャンピオンズリーグ決勝が先頃、ローマであり、FCバルセロナが、マンテスター・ユナイテッドを2-0で破って優勝した。

このFCバルセロナに、仏のリリアン・テュラムという選手がいた。サッカー好きの方なら、たいていは知っていると思う。仏代表選手として、ジダンらとともに一時代を築き、確か、仏代表としての出場記録も持っている。昨年8月に現役を引退した。仏の海外県、カリブ海のグアドループ諸島の出身で、9歳の時、パリ郊外に移り住んだ。社会問題にも積極発言をすることで知られ、「サッカー界の哲人」とも言われている。そんな、黒人選手である。先日、立教大学で学生さんたちの少人数の集まりがあり、そこで話をした際も、「ロンドン勤務中のインタビュー相手で最も印象に残った人」として、テュラム選手のことを紹介した。

例えば、彼は、こんなことを話すのである。   c0010784_1393774.jpg

「・・・たぶん、僕たち黒人以外にはなかなか理解してもらえないことって、山のようにある。僕たち黒人はしっかり記憶しようと思っていることでも、それ以外の人々はたいして注意を払っていないことが山のようにある」

「例えば、世界人権宣言って知っているよね? 国連が1948年に制定した。日本でもきっと教科書にも載っていると思う。すべて人のは人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見などによって、どんな差別も受けない。そういうことが書かれていることは知っているよね? それ自体の意味を否定する訳じゃないけど、その同じ年、世界では何があったか知っているかい? アフリカでは何があったか知っているかい? あの悪名高い、南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離)政策は、この年に法制化されたんだ」

「フランス革命のときの人権宣言も知っているよね? 確かに、世界史的な大事件だった。でも、その人権宣言がでた年、僕たちの先祖である黒人は、奴隷貿易の対象だった。そのころ、奴隷貿易はピークだったんだ。そのころ奴隷が集められ、船に乗せられたアフリカの場所に行ったことがあるけれど、フランス革命のことは知っていても、あの奴隷貿易の基地の場所を知っている人は、日本にも欧米にも、ほとんどいないと思う。同じような例はほかにもいっぱいあって、例えば、1931年にはパリで、世界植民地博覧会っていうのがあって、そこでは黒人が展示品だったんだよ。いいかい? 生きた黒人が展示されたんだ。 たった、70年くらい前の話さ。この意味が分かるかい?」

「僕の故郷の島では、母親たちの世代はずっと、白人と結婚することが夢だった。白人と結婚すれば、それだけ肌の色が白くなる。僕の子供もあるとき、白人に生まれていれば好かったと言ったことがある。一度だけね。そのとき、僕は妻と一緒に、彼と向き合って、じっくり、本当にじっくり話した。どうして、そう思うのかい? って。頭越しに怒ったりはしなかった。知っての通り、僕が母親と兄弟たちとパリ郊外のフォンテンブローに移住してきたころは、貧しくて貧しくて。部屋は狭くて机もなくて、団地の階段を机代わりにしていた。パリの郊外って云えば、どういうところか分かるだろ? 僕は幸い、サッカーがうまくて、プロになれて、収入がたくさんあって、いい暮らしができるようになった。でも、息子はこの先、どうなるんだろうと思うことがある。そして、ほかの子供たちはどうだろうってね」

テュラム選手は、本当に賢かった。哲学者や経済学者の名前はぽんぽん出てくるし、政治、教育、社会、経済の話まで、視線は縦横無尽である。そして何よりすごいと思ったのは、言い尽くせないほどの差別を受けながらも、将来に対して、実に楽観的で前向きだった、ということだ。強い人はいつも、楽観的である。「FCバルセロナ」と聞くと、いつもそれを思い出す。
# by masayuki_100 | 2009-05-31 13:32 | 東京にて 2009

民主党・小沢前代表の秘書が逮捕された事件に関連して、ニューヨーク・タイムズが、日本メディアのヘタレぶりを記事にしている。欧米の新聞にも相当にひどいものはあるし、「さすがニューヨーク・タイムズ」とか無原則に褒めるつもりはないが、こういう記事を読むと、やはり、ため息の連続である。

記事は、「In Reporting a Scandal, the Media Are Accused of Just Listening」というタイトルで、原文はここにある。内容については、「金融そして時々」さんのブログ記事、 「ニューヨーク・タイムズ、検察に媚びる日本の新聞を切る」に詳しい。要するに、「小沢スキャンダルのとき、日本のメディアは検察当局からのリークを垂れ流しただけじゃないか」というものだ。検察の捜査に疑問を差し挟む報道はほとんどなかったじゃないか、と。この記事の中で、上智大学の田島教授は、メディアは本来、権力の監視者(watchdogs on authority)であるべきなのに、実際は権力の擁護者=番犬( like authority's guard dogs)のように行動している、と批判している。

そして、私が思うに、この記事の一番の読みどころは、ニューヨーク・タイムズ記者に対する朝日新聞の回答である。朝日は、書面で、こう答えたのだという。「“The Asahi Shimbun has never run an article based solely on a leak from prosecutors,” 」。朝日新聞は検察からのリークだけで記事を書いたことは決してありません、という内容だ。

そりゃ、そうかもしれない。検察からのリーク情報に基づいて記事を書くときも、一応、小沢事務所のコメントを取るとか、そういう作業はするだろう。この朝日の回答は、検察からのリーク「だけ」で書いたことはない、という「だけ」にある。逆に言えば、検察からのリークに寄りかかっていることは、何ら否定していない、ということだ。こんな子供じみた「言い訳」によって、「私たちは何ら検察寄りではありません」と言ったって、だれも信用などしない。こんなことを言っているから、読者に笑われる。

例えば、こんなことも頻繁に起きる。夜回り記者が、一線の現場検事から事件に関する情報を得たとしよう。ふつうはそれだけで記事にはしない。当然、検察上層部にその情報の確認を取る。これを業界内では「ウラを取る」という人がいるが、同一方向から同一内容の情報について確認を取ることが、なぜ「ウラを取る」ことになるのか、私は理解できない。しかも問題なのは、そうやって上層部に情報の確認を求める際、その過程で、現場検事からの情報は間違いなく、上層部によって「修正」され、検察全体にとって都合の良い情報に変わって行く、ということだ。

あるいは、現場の捜査検事が、記者に対し、小沢捜査の批判を行ったとする。しかし、そういう情報は滅多に記事にならない。そんな記事を書く記者は、地検側が「出入り禁止」にする。或いは、批判的な情報を漏らした検事は誰であるか、を徹底的に調べる。かつて私たちの取材チームが道警裏金問題を追及していたとき、道警側は徹底して、道警内部にいる我々の情報源を見つけ出そうとしていた。それと同じである。

話が脇にそれかけたが、世の中の人がいま、新聞に厳しい目線を向けているのは、「あんたたちは当局の言いなりで記事を書いているんじゃないの? ちゃんとその情報の検証をしたの?」という部分にある。それは、「この記事には小沢事務所のコメントも入っています。検察情報だけではありません」という風な、重箱の隅的な反論によって解消できる類のものではない。

しかも問題なのは、「記事は検察寄りだ」「リークに寄り添って書くな」という読者の疑問・叱責に対して、取材現場の人たちが「自分たちは嫌がる検察の口をこじ開け、情報を取っている。それはリーク情報などではない」と、恐らくは信じ切っている点にある。記者たちは毎晩、夜遅くまで、がむしゃらに働いている。「そういう苦労は読者には分からないだろう」と、思っているはずだ。取材者はいわば、善意の塊である。そして、そういうところにこそ、ある意味、新聞と読者の、救いがたい乖離がある。

検察の捜査がおかしいと思えば、おかしいと、堂々と書けばいい。要は、書くか・書かないか。やるか、やらないか。それだけの差しかないことなのだ。その結果、仮に、検察から「出入り禁止」処分を受けたら、それも堂々と書けばいい。

新聞記者はよく、「取材しても書けないことがある」という言い方をする。それはその通りだ。しかし、私たちがふだん、役所の中を自由に歩き、(一部の例外を除いて)官僚たちの机の間をある程度自由に歩き回ることができるのも、それは、国民が持つ「知る権利」を私たちが代行しているに過ぎないからだ。だからこそ、記者が取った情報は、記者個人のものでも新聞社内部のものでもなく、基本は読者のものであるはずなのだ。だからこそ、書くのだ。

小沢事件では、「検察捜査はおかしい」という疑問が世に溢れた。「検察はどうして小沢氏を狙い打ちにするのか」という疑問があふれた。だったら、「知る権利」の代行者であるメディアは、その疑問に答えなければならない。それができないのなら、「私たちは権力の監視者ではありません」「そんなことはできません」とと言い切った方が、まだ格好がつくのではないか。
# by masayuki_100 | 2009-05-31 12:36 | 東京にて 2009



昨年の秋、日本で見過ごすことの出来ぬやり取りがあった。当時はロンドンに駐在していたこともあって、恥ずかしながら、問題の深刻さを明確に認識できたのは、数カ月前のことである。

自民党が各省庁に対し、すなわち霞ヶ関全体に対し、民主党から資料提出の要求があった場合、事前に自民党側にそれを知らせよ、と指示し、実行させていた、という問題である。「日本は検閲国家か!」と、相当の怒りと批判を浴びた出来事だから、記憶している方も多いと思う。保坂伸人議員のブログ、<どこどこ日記>の記事、<麻生総理は「事前検閲」に違和感なし>などを読めば、ことの経緯はだいたい分かる。

問題はこれだけではない。マスコミが各省庁に取材をかけ、資料を要求した場合などにも、同様の対応が行われていた事実がある、というのだ。これを直接、政府側が認めたのは、昨年10月6日の衆院予算委員会のやり取りだったらしい。「らしい」としか言えないのは、その当日の衆院議事録が、国会の議事録検索で引っ掛かってこないからである。仕方なく、これに言及したHPなどを探すと、こんなやり取りだったらしい。

民主党・長妻昭議員 「われわれ野党だけではなくて、マスコミも独自に資料請求するケースがあると思いますが、 そういうケースに関しても、やっぱり事前に自民党国対にお知らせすると、 こういうようなことでございますか?」
厚生労働省 大谷泰夫官房長  「事前に与党にお知らせするということはございます」

長妻議員はこれに関連し、「要求資料が(省庁と)自民党の相談でもみ消されていれば、戦時中の検閲みたいな話にもなりかねない」と痛烈に批判したようだ。当時、多くの人たちが「事前検閲だ!」と騒いだのも、当然である。これはよくよく考えれば、いや、よくよく考えなくても、実に恐ろしいことだ。

(それにしても、この当該の議事録が「国会会議録検索システム」に載っていないのは、いったい、どういうことだろうか。みなさんも試してみればいい。対象は「第170回国会 衆院 予算委員会」である。予算委が開会した日、すなわち9月29日の議事録は「第1号」として、ちゃんと載っている。「第2号」は、10月2日。「第4号」は10月7日で、このあと、12月24日の「第7号」まで続く。上記の長妻議員と大谷官房長の質疑は、10月6日である。そして、その10月6日の「第3号」だけが、載っていないのだ! きょうは土曜日で衆院事務局もお休みだから聞くこともできないが、しかし、これはいったいどうしたことか)

こういう「事前検閲」的な一事をみても、政権交代しかないと思う。霞ヶ関の官僚たちは、あまりにも長年、「自民党」に奉仕しすぎた。だからこそ、まるで「賄賂の後払い」のような天下りも、システムとして平然と温存できた。自民党と霞ヶ関は、あまりにも長期間、法と税金の力で集めた情報を独占し、思うように使ってきた。最近、とみに暴走している警察・検察にしても、仮に、政権交代が頻繁に起きる国であったならば、あそこまで露骨な動きはできなかったはずだ。裁判所の超保守的体質も、またしかり、である。

世の中の悪いこと全てが政治のせいであるはずはないが、世の中の種々の矛盾の根幹は、この長期政権が生み出したことは間違いない。私がたびたび問題にしている記者クラブ制度にしても、政権交代が実現すれば、そこから崩れて行く可能性が大である。

終戦直後の一時期や細川政権時代、或いは連立時代といった例外はあるけれども、だいたいにおいて、こんなにも長く、一政党が政権に座り続けた国は、主要国ではほとんどない。長期政権が腐臭を放つのは、いつの時代も、世の東西を問わず、同じである。
# by masayuki_100 | 2009-05-30 14:48 | 東京にて 2009