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ニュースの現場で考えること

30数年ぶりで郷里の高知へ戻って、ちょうど1ヶ月になる。高知新聞社で記者になってからも1ヶ月である。つい先日は、高知の一部で早くも真夏日を記録した。きょうは湿度も多い。沖縄周辺は梅雨入りしたそうだから、高知の梅雨入りもたぶん、もうすぐだ。

「久々の高知はどうですか」とよく聞かれる。いや、そんな標準語で聞かれはしない。「久々にもんてきて、おまん、高知はどうぜよ」という感じである。一番変わったのは、周辺部だ。交通量の多い道路が市街地の周辺・近隣を縦横に走り、ロードサイド店が林立している。パチンコ店もやたらに増えたように思う。半面、帯屋町や大橋通商店街といった市内中心部は、めっきり寂れた。まあ、有り体に言えば、全国のどこでも起きている「市街地空洞化」である。中心街を歩いていると、「高齢者ばかりだ」と感じるが、それでも一大ショッピングセンターのイオン高知へ行くと、「こんなに若者がいたのか」と思ってしまう。

「高知新聞はどうですか」とも聞かれる。まだまだ仕事の流れを覚えている最中だし、社内の人の顔と名前もまだまだ覚えきれない。でも、毎日楽しい。高知での人脈はゼロに近いが、そのぶん、会う人会う人、新鮮だ。社会部の記者はそれぞれに個性的で、あれこれ話しているだけで楽しい。そして、今さらながら、つくづくと思うのだけれど、人の話を聞いて、世の中の何かに疑問を持って、また人の話を聞いて、あるいは、いま目にしたものが気になって調べて、また人の話を聞いて・・・という取材の動作は、どの新聞社にいても同じである。新聞社にいなくても、取材者であれば同じである。何を書くか書かないか。何をどう取材するかしないか。そういった所作は、古今東西(おそらく一部の国を除いて)、どこも同じである。

だったら、自分がこれまでそうしてきたように、これからも丹念に取材を繰り返していくだけである。「事実を積み重ねる」ことの愚直さと重大さを(自分も先輩からそうしてきてもらったように)、若い後輩たちに伝えていくだけある。取材者としての情熱とスキル、そして見識。それが備わっていれば、この先、媒体としてのメディアがどんな形に変容していっても、取材者としての個人は、そうあたふたすることはあるまい。逆に言えば、この基本的な事柄が備わっていないと、取材者の足元はどこかふわふわとして、頼りない。その足に、長い山道を登らせるのは非常な困難が伴うだろう。まずは基本、である。

この間、河北新報の販売会社、河北仙販の「今だけ委員長さん」と高知でお会いした。前回会ったのは、八戸で開かれた新聞労連の東北地連の催しで、だったと思う。東日本大震災のほんの数週間前のことだ。講師として招かれ、新聞と報道の将来について思うことをあれこれと喋った。しかし、久々にお会いした「今だけ委員長」さんの話を聞いていると、あの八戸で語ったこと事柄がいかにも牧歌的に思えてしまう。報道のありようとか、ジャーナリズムの将来とか、そういう事柄を現場の人間が語るときは、たぶん、「いま、どうするか」なのだ。将来像をあれこれ語るもよし。それも必要だ。そしてそれと同時に、一番大事なのは、目の前に転がる数多の事象を目の前にして、「さあ、どう報じるか」なのだ、と思う。

・・・というわけで、そんな基本的な、「キホンのキ」のようなことをあれこれ思い巡らせながら、私は元気いっぱいで日々を過ごしている。52歳の誕生日も過ぎたけれど、まだまだ走りたい。で、もしこれを読んでいる方と高知のどこかでお会いしたら、その際はどうぞよろしく、です。
# by masayuki_100 | 2012-05-02 00:03 | Comments(0)

雪の札幌から桜の高知へ

札幌はまだ雪が積もっている。街中は、だいぶん雪も解けた。それでも時折雪は舞うし、山は真っ白だ。ところが(当たり前だが)高知は暖かい。今年の桜開花は高知が全国で一番早かったという。

すでに明らかにしているように、この4月から高知新聞で記者として働くことになった。所属は社会部である。「どの組織にいても、組織にいてもいなくても、取材という行為は同じ」とは思う。そうは言っても、前の勤務先と比べると、おそらくは社風も仕事の進め方も細かな決めごとも、何から何まで違うと思う。52歳の誕生日を目前にして、ゼロからの出発だ。不安もある。楽しみもある。年は取っているけれど、「熱」は失っていないつもりだ。一年生記者として走り回り、少しでも良い記事を世に送り出せるよう、力を尽くしたいと思う。

また過日、3月28日の夜には、札幌の紀伊國屋書店で「真実 新聞が警察に跪いた日」(柏書房)の出版を記念したトークイベントがあった。このブログでも本の内容、紹介を詳しく記そうかと思っていたが、イベントの模様は「市民の目フォーラム北海道」動画でアップされているし、紹介はそれをもって代えさせてもらいたいと思う。「北海道警察vs北海道新聞」についての、私なりの総括である。いろいろな不備は承知のうえだが、一連の問題の総括を世に問う必要はあったと感じている。(なお、この書籍の初版の一部について、元北海道警察の総務部長、佐々木友善氏の「名前の読み」が誤記されています。校了後に生じた、実務的なミスです。訂正文は書籍に挟み込んでいるほか、柏書房のHPにも掲載されていますが、佐々木氏および読者の方々、関係者の皆様にこの場でもおわびします。申し訳ありませんでした)。
# by masayuki_100 | 2012-04-01 15:43 | ■2011年7月~ | Comments(0)

私の郷里は高知県高知市である。縁あって、4月から、ふるさとの高知新聞で記者として働くことになった。北海道新聞社を退社してから8ヶ月余り。舞台を変えて、再び新聞記者として一からの、ゼロからの出発である。

高知市は私が高校生のときまで住んでいた。高校卒業からすでに30年以上が過ぎている。街は変わったところもあるし、変わらぬところもある。私の実家は高知城から西へ3−4キロほど離れた旭地区にある。坂本龍馬の生誕地へもぶらぶら歩いて行ける。その街の様子は以前、英国ニュースダイジェストという、英国の邦人向けフリーペーパーに書いたことがある(木を見て森もみる 第44回「きょうは安心して眠りましょう」)。これを書いてから、またさらに年月が過ぎた。なにせ、この4月には52歳である。そんな年齢が自分に訪れようとは、ほんの数年まえ、50歳に到達するまでは実感したこともなかった。

幸いなことに、高知の実家では、父も母も健在だ。かつて国鉄職員だった父のことは、これも英国ニュースダイジェストに書いたことがある(「あの日、小さな駅で」)。母のことも、同じフリーペーパーに書いた(「クジラで母を泣かせた日」)。2人も年を取った。優に80歳を超え、それでも2人だけで、あの古い町で暮らしている。昔ながらの知り合いに囲まれて、夜は早めに眠って、朝は少しだけ散歩して、時々は高齢者のサークル活動などに顔を出しながら、である。

おととし、「日本の現場 地方紙で読む」という本を編纂した際、その「はじめに」において、ずいぶんと「地方」にこだわったことを書いた。その内容はこのブログでも紹介したが、結局、ああいうことなのだろうと思う。私の取材者としての原点は、ああいう部分にあるのだろうと思う。

取材そのものは常に地道で、小さな石を積み重ねるような作業の連続だ。権力と対峙するような調査報道であれ、心が芯から温もるような原稿であれ、取材の本質は同じである。前の会社を辞めてまだ1年足らずだが、この間、あちこちで言いたいこと、書きたいことをあれこれと手掛けてきた。そういった場で表明した方向性は何ら変わらない。目指すべきものは捨てない。しかし、郷里に戻って年老いた両親と暮らしながら、地道な取材の現場に戻り、そして、もろもろのことを目指す、というのも悪くないことだと考えている。何より取材は楽しい。地方の取材は相当に楽しい。

琉球新報の元論説委員長で、いまは沖縄国際大学教授の前泊博盛さんが、「権力vs調査報道」という本の中で、こんなことを言っている。地球はどこから掘っても、掘ることをやめない限りは、いつかはマントルに行き着く。富士山はどこから登っても、登ることを止めなければ、いつかはてっぺんに行き着く。登山口をどうするかの違いはあっても、いつかは山頂に辿り着く、と。私にもそういう事を信じている部分があって、だから北海道にいても東京であっても高知でも、目指すものの本質は何も変わることがない。

北海道新聞社と北海道警察の間にあった、この10年近くの出来事。それは「真実」というタイトルで1冊にまとめた。永田浩三さんの「NHK 鉄の沈黙は誰のために」を出版したのと同じ、柏書房からの出版である。「道新vs道警」の問題については、この書物で一区切りつけることになる。自分なりの総括である。これについては、また別の形で報告させてもらうことになると思う。
# by masayuki_100 | 2012-03-17 10:43 | ■2011年7月~ | Comments(0)

「メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層」が発売されて、1ヶ月ほどになる。おかげさまで、あちこちから「メディアの病巣がよく分かる」「問題は本当に構造的だ。それをきちんと整理できている」といった声を頂いている。今度の日曜日、11日午後には東京の八重洲ブックセンターで刊行記念のトークショーも予定されている。神保哲生さん、青木理さん、それに私の3人が顔をそろえ、あれやこれやと語る手はずだ。関心をお持ちの方は、ぜひ。大震災からちょうど1年に当たる日なので、話はその方面にも進むと思う。

「メディアの罠」については、私が著者3人を代表する形で、以下のような「まえがき」を書いた。ぜひ書店で手にとってくだされば、と思う。

(以下、「まえがき」からの引用)
 最近のメディア批判、ジャーナリズム批判は止まるところを知らない。本書を手に取ったみなさんも「新聞やテレビの報道はいったい、どうなってしまったのか」「誰のために、誰に向かって、何を報じようとしているのか」といった憤りや不信を抱いた経験が少なからずあると思う。

 とりわけ、二〇一一年三月に起きた東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故に際しては、報道不信が極まった。「新聞は政府や東京電力の言い分を垂れ流すのか」「大本営発表だ」。そんな批判を目にしなかった日はないほどだ。報道批判がメディアに深い関心を持つ人々から国民各層へ一気に広がったという意味でも、二〇一一年はメディア史に記憶される年になるだろう。

 本書の筆者三人は従前から、今の報道のあり方に強い疑義を投げかけてきた。

 そして「報道の理想型」があるとすれば、どのようにしてそれに近づくかの実践もそれぞれの立場で繰り返してきた。同時に、最近のメディア批判、報道批判については「短い言葉の応酬や言葉の激しさを競うような、上滑りのやり取りが多すぎないか」「批判のための批判が横行している」といった違和感を拭えずにいた。

 要は、「メディア批判に対する疑問」である。

 青木理さんは共同通信社で記者だった。社会部やソウル支局で働き、警察取材、とくに公安関係に強い。フリーになった後も精力的な取材活動を続け、ニュース番組のレギュラー・コメンテーターもこなしている。
 神保哲生さんは外国通信社の記者を経てビデオジャーナリストになった。この分野では日本の嚆矢と言ってよい。インターネット時代の到来を早くから見据え、報道番組の制作・配信を一〇年以上も前からネット上で続けている。
 高田昌幸は北海道新聞社で二五年間記者生活を送った。調査報道に関心が深く、その分野での実践を続けた。東日本大震災後に退社したが、記者クラブの開放を早くから訴え続けるなど、フリーになる前も今も姿勢は変わらない。

 三人の共通項は「報道現場の人間である」ということだ。報道現場のおかしさや矛盾などは身をもって数え切れないほど経験してきた。そして「批判のための批判ではなく、改革のための批判を」との考えでも一致している。批判は大切だけれども声高に叫ぶだけでは問題は解決しない。ものごとには経緯と理由がある。それを見据えて、もっと丁寧な議論が必要ではないか、と。

 だから本書は、最近流行の、激しい言葉が飛び交うだけのメディア批判とは少し趣が違う。「何がどう違うのか」は、三人の議論の中からぜひ読み取っていただきたいと思う。
# by masayuki_100 | 2012-03-07 20:10 | ■2011年7月~ | Comments(1)

ここ数日、「報道の基本は何か」ということを考えている。「調査報道とは何か」とも考える。

今さら言うまでもないことだが、取材とは事実の積み重ねである。集めた事実が正しいかどうか、幾重にもクロスチェックをかける。さらに裏取りをする。ぜい肉をどんどん落とし、さらに肉付けし、、、という地味で地道な作業の繰り返しである。

ポイントは「事実のチェック」である。「評価の集積」ではない。「おれはこう思う」という「思う(=評価)」をいくら積み重ねても、「事実のチェック」には直接関係ない。

たとえば、世の中の矛盾や不条理に苦しんでいる人のところへ話を聞きに行ったとしよう。そこで耳にした話は、なるほどひどい。さあ、その話を書こう・・・だけで良いかどうか。「調査報道」という視点から見れば、それでは足りない。まったく足りない。「ひどい話が本当かどうか」を煮詰めるのが、取材である。「取材したとき、相手は確かに『ひどい』と言いました」という論拠だけは、その記事は成立しない。相手の言ったこと「のみ」に依拠していると失敗する。取材のイロハと言えば、イロハである。

「言ったこと」を客観的事実に置き換えていく。その客観的事実を集める作業が取材だ。例えば−。

原発事故の直後、枝野幸男官房長官は「ただちに影響はありません」と繰り返した。そう言ったこと自体は事実である。しかし、それを書くだけでは足りない。枝野発言の根拠は何か、根拠にしたデータの信頼性はどう担保されているのか、「影響はありません」という発言は独断か協議の結果か、協議なら誰と誰が話したのか、、、そういう事柄をずうっと取材していく。それが基本である。マスメディアはそれすらできなかったから批判されたのだが。

取材の向きや立場がどうであれ、こうした「取材の基本」ができていない記事は失格である。「私は正しいことを報道しているんです!」と言っても、それとこれは関係ない。取材者の立ち位置の問題ではなく、スキルの問題だからだ。

理不尽な目に遭った人、不条理に苦しむ人。そういう人々に寄り添い、その声に耳を傾ける作業は大切だ。マスメディアがそうした行為をほとんどしなくなったからこそ、なおさら重要である。しかし、繰り返しになるが、「善意の取材」であるからと言って、取材の詰めの甘さが免責されるわけではない。それを自身に許していたら、自身は取材者でなく、一種のアジテーターになりかねない。

理不尽な目に遭った人や不条理に苦しむ人と、本当に寄り添うことができていれば、権力側からは嫌われても、そうした当人たちからは感謝されるだろう。私は26年前に新聞社の記者になったばかりとき、先輩から何度もこう言われた。記事を書いたら、記事の出たその朝、書かれた人のところへ行け、と。直接、反応を聞きに行け、と。

私はそれが怖かった。私自身は告発型の大スクープを書いたつもりになっていても、当の内部告発者は本当に「良い記事だった」と言ってくれるのか。それとも「こんな記事にしやがって」と言われるのか、「腰砕け」と罵倒されるのか、「裏切ったな」と言われるのか。でも、書いた直後にそこに行かないと、自分記事の本当の影響力は分からない。それはそれで非常に怖いことだが、行かねばならない。

まず行く。「いかがでしたか」と聞きに行く。時間が無ければ電話する。「反響はどうですか」と聞く。仮にそれができないとしたら、取材者はどこかで何かを大きく間違えている。「正義のためだ」と言って振り上げた拳を支える腕、腕を支える胴体、胴体を支える脚。そのどこかに揺らぎがある。その揺らぎにこそ、権力はつけ込もうとする。そこを突破口にして逆襲は始まる。権力の逆襲は本当にすさまじい。筆舌に尽くしがたいほどの反撃である。

「目的が正しいから」で許される話ではない。スキルの問題なのだ。事実をどう積み重ねたのか、どうクロスチェックしたか、の話なのだ。論拠が「相手がそう言いました」だけでは通用しないのだ。相手が言った内容を「ほかの事実」でどう補強できたか、なのだ。「思う」という評論は補強にならない。そこが本当に理解できているかどうか。そこらへんにも、調査報道を自己点検する際の、大きなポイントがある。

そして。

内部告発者の信頼を失うな、である。何があってもそれを失うな、である。彼ら・彼女らこそを最大限に守らなければならない。間違っても、さらし者にしてはいけない。そうせざるを得ない立場に、追い込んでも行いけない。それができないなら、取材者の看板を下ろすしかない。
# by masayuki_100 | 2012-02-25 23:06 | Comments(0)

文章は実に難しい。書くことを職業にして25年以上になるが、それでも時々、「文章の書き方」のような書籍を買い込み、目を通し、「なるほど!」と思う。おまけに取材の文章はエッセイや純然たる論文と違って、技というか、根本というか、なかなか表現しにくいけれども、「取材の文章ならではの本質」みたいなものがある(と思う)。

そんなこんなで、昨年秋に3回ほど日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催のジャーナリスト講座で、文章の書き方講座の講師をやらせてもらった。そこでもやはり日々発見がある。マイクを握って偉そうにしゃべってはいたが、「なるほど!」と教わった事柄も少なくない。

このブログでも先般、少し紹介したが、その文章講座の4回目を3月4日、東京・日本橋で開くことになった。

3月4日(日) 13:30〜19:00 東京・日本橋
JCJジャーナリスト講座・文章教室「伝わる記事をどう取材し、書くか」


課題作文(800字)を事前に書いてもらったら、僭越だけれども、私が添削し、お返しする段取りにもなっている。この講座がどんな雰囲気だったのかは、NHK出身のジャーナリストで、現在は大学教授の小俣一平さんが自身のブログに書いて下さっている。それにしても3月4日、午後1時半から夜7時までの長丁場、喋る方もたいへんだが、参加者の皆さんも体力勝負だ(と思う)。その意味では、これからジャーナリズムの世界を目指す人こそ、参加に向いているのかもしれません。

<開催要領>
3月4日(日)午後1時半から7時ごろまで。
場所は、日本橋社会教育会館・第2洋室。
東京都中央区人形町1-1-17  
地下鉄日比谷線・人形町から4分、同半蔵門線・水天宮前から5分

講師は私。事前申し込み制で定員は20人。資料代は1500円。

<申し込み先>日本ジャーナリスト会議事務局
メールの場合 jcj@tky.3web.ne.jp
ファクスは 03・3291・6478
氏名、メルアド、電話番号を明記してください。
すぐに作文送付方法など、メールかファクスでお知らせします。

<問い合わせ先>日本ジャーナリスト会議 電話03・3291・6475
# by masayuki_100 | 2012-02-15 21:39 | ■2011年7月~ | Comments(0)

c0010784_10374566.jpg福島原発の事故による影響を懸念して、札幌には福島から大勢の方が避難されています。その数は1500人前後に上るはずです。避難者が集団で住む雇用促進住宅。かつて炭鉱離職者のために造られた、大型の集合住宅は、福島からの避難者が寒さをしのいでいます。

宍戸隆子さんは、その雇用促進住宅に住む避難者たちの自治会長です。たった1時間半でこの1年のことを聞くのは困難でしょう。人前では言えないこともあるでしょう。でも、伝えたいこと、訴えたいこと、それは山のようにあるはずです。

「@Fukushima 私たちの望むものは」(産学社)は福島に住む人々、福島を去った人々、福島に関係する人々のインタビュー集です。宍戸さんも本の中に登場しています。インタビュアーは7人ですが、取材に入る前、こんなことを考えていました。聞き手と話し手がテーブルを挟んで向き合うのではなく、イメージとしては、川岸に座って2人で同じ川面を見ながら「それでどうなったの?」と尋ね、話し手は「そしたらさ」と答える。そんな感じのインタビューを積み重ねたい、と。

もちろん、それはイメージですから、現実に川の近くに行って土手に座るわけではありません。しかし、本当に胸襟を開いて取材相手と接することができれば、それは向き合うのではなく、横に並んで同じ方向を見ながら、という感じが私にはありました。「@Fukushima 私たちの望むものは」と同様の手法で綴った本には「希望」(旬報社)があります。本に登場している人々が、インタビュアーをすっ飛ばして、読み手に直接語りかけているようなインタビュー。聞き手は黒子に徹し、でも、「それでどうなったの?」という読み手の声を代弁しながら、質問を続ける。そんな感じです。

スタッズ・ターケルの真似をしたかったわけですが、この種の「聞き書き」の場合、本当にすごいインタビューというのは、もしかしたら、具体的な質問はないのでは、と思うことがあります。具体的な質問がないインタビュー。それはたぶん、聞き手と話し手が横に並んで、川面に向かって、縁側に座って、カフェで道行く人を眺めながら、インタビュアーは「それで?」「うんうん」とだけ応じているような。そんな感じです。ひたすら相手の話を聞く。相手の言葉を自分の言葉に言い換えて、相手の個性を殺さない。そんなイメージです。

で、前置きが長くなりましたが、以前にこのブログでも書いたとおり、2月24日(金)夕方、紀伊國屋書店札幌本店で「@Fkushima 私たちの望むものは」(産学社)の刊行を記念したトークライブを開きます。そのPR用のフライヤーができました、というのが今日の結論です(笑)。冒頭に記した宍戸さんもお見えになります。宍戸さんをインタビューした札幌のジャーナリスト・野口隆史さんも来ます。当日は無料です。ぜひどうぞ起こしください。
# by masayuki_100 | 2012-02-14 10:34 | ■2011年7月~ | Comments(0)

c0010784_1813451.jpg 3月3日(土)の午後、東京・神保町で「調査報道セミナー 2012春」が開催されます。開催の趣旨や内容は以下、詳細を貼り付けておきます。「そもそも調査報道は」といった「論」ではなく、「取材の現場」にこだわった話を軸に据え、調査報道をどう実践していくかの手掛かりを掴みたいと思います。「ジャーナリズムが公共財であるなら記事や番組だけでなく、取材手法等々も広く取材者全体、市民と共有できるものがあるのではないあ」という問題意識が、主催者の中にはあります。
 私も実行委員の1人としてお手伝いしています。当日は3・11の1週間直前と言うことで、種々忙しくされている方が多いと思いますが、時間の都合が許す限り、ぜひ起こしください。
 以下は案内文のコピーです。

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 ご案内 調査報道セミナー 2012春

メディアの信頼回復が急務と言われています。そのカギを握るのが「調査報道」。でも、この課題をどう実践していけばいいのでしょうか。現場経験が豊かな新聞人、テレビ人を招き、その方法論や考え方など「取材現場の話」にじっくりと耳を傾けたいと思います。
 フリー記者、会社員記者、研究者、学生など調査報道に関心を持つ人に集まってもらい、活発な議論も交わしたいと思います。ぜひご参加ください。


●主催:実行委員会
●後援:日本ジャーナリスト会議、アジア記者クラブ、平和・協同ジャーナリスト基金
●期日:2012年3月3日(土曜日)午後1時半〜6時
●場所:岩波セミナールーム(東京都千代田区神田神保町2丁目3−1 地下鉄・神保町駅下車)
●定員:60人(予約不要・当日先着順)、資料代1000円

■13:30〜15:30
【第1セッション:調査報道のテーマをどう見つけるか】

「権力追及型」だけが調査報道ではない。新聞だけが調査報道の主体でもない。日々の風景の中から、どうやってテーマを見つけるか。それをどう掘り下げていくか。テレビ界の2人にその方法論や発想法を聞く。

<曽根英二氏×萩原豊氏> 進行:岩崎貞明氏(メディア総合研究所)

●曽根英二氏(阪南大学教授、元山陽放送記者) 
1949年、兵庫県姫路市生まれ。早稲田大卒。山陽放送では1980年から4年間、カイロ特派員。報道部記者、報道部長、報道制作局長代理などを歴任。「全国最悪の産廃投棄の島」といわれた香川県豊島を90年から約20年間、JNN(TBS系)で継続報道。聾唖者の600円窃盗容疑事件の裁判、特攻の妻の物語、貧困、過疎などテーマに番組制作を続け、「第45回菊池寛賞」や「民放連盟賞最優秀賞」「早稲田ジャーナリズム大賞」などを受賞。著書に「限界集落」ほか。

●萩原豊氏(TBS報道局社会部デスク)
1967年長野県生まれ。1991年TBS入社。95年から「報道特集」でドキュメンタリー制作に携わる。2001年から「筑紫哲也 NEWS23」を担当。2005年に「ヒロシマ~あの時原爆投下は止められた」の取材・総合演出を担当し第60回記念・文化庁芸術祭テレビ部門で大賞受賞。「NEWS23クロス」の編集長・特集キャスター。ロンドン勤務を経て現職。原発事故報道では再三現地入りした。


■16:00〜18:00
【第2セッション:警察権力への迫り方】


日本の事件報道は「当局寄り」の典型である。警察と二人三脚になって犯人捜しに狂奔するメディアは「ペンを持った警察官」とも揶揄される。今の事件報道を変えるには、どうすればいいのか。公判ではなく、捜査段階でなかなか「冤罪」を発見できないのはなぜか。権力の壁を突破する手法を新聞記者2人に聞く。

<梶山天氏 × 石丸整氏・飼手勇介氏> 進行:高田昌幸氏(ジャーナリスト)

●梶山天氏(朝日新聞特別報道部長代理)
1956年長崎県生まれ。1978年朝日新聞入社。西部本社社会部事件キャップ、東京本社社会部警察庁担当、佐世保支局長、西部本社報道センター(旧社会部)次長、鹿児島総局長などを経て現職。2003年に起きた「鹿児島県警による県議選公職選挙法違反事件」、いわゆる志布志事件が冤罪であることを見抜き、取材班を率いて大キャンペーンを張った。一連の報道で2007年11月に石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に「『違法』捜査〜志布志事件『でっち上げ』の真実」(角川学芸出版)ほか。


●石丸整氏(毎日新聞さいたま支局事件担当デスク)
●飼手勇介氏(同県警担当キャップ)
昨年の統一地方選・埼玉県深谷市議選で20数人を接待したとして、市議らが逮捕された。ところが、接待された側の住民で毎日新聞の取材に応じた20人全員が接待を否定、埼玉県警が取り調べの際、虚偽の証言を強要していたことを明らかにした。一連の報道で取材班は、昨年の新聞労連ジャーナリスト大賞の優秀賞を受賞した。石丸氏は1972年佐賀県生まれ。奈良新聞社勤務、サンデー毎日契約記者を経て2001年毎日新聞入社。社会部警視庁担当、遊軍、国税担当などを経て現職。飼手氏は1980年生まれ。福岡市出身。2007年入社、さいたま支局配属。


 「ジャーナリズムは公共財」と言われてきました。そうであれば、「成果物」の記事や番組だけでなく、取材のノウハウ等も公共財ではないか、と主催者は考えています。取材プロセスの可視化、ノウハウの共有化を進めることは、広く日本全体の取材活動の足腰を強化することにつながるはずです。本セミナーは今後も定期的に継続開催し、取材や報道に関する具体的ノウハウや視点、問題点などを広く報道界全体、市民社会全体に還元したいと考えています。
# by masayuki_100 | 2012-02-13 15:24 | ■2011年7月~ | Comments(0)

2月18日(土)13:00〜 仙台弁護士会館

仙台弁護士会主催のシンポジウム
「秘密保全法制を考える〜国民の知る権利は守れるのか」
講師としてお話しさせていただきます。
テーマは「取材現場から見る秘密保全法制の危険性」です。


2月27日(月)18:30〜 東京・岩波書店セミナールーム
NPJ主催
「検証・福島原発事故・記者会見」(岩波書店)を上梓されたばかりのNPJ編集長、日隅一雄弁護士との対談です。日隅さんによる「連続対談企画10本勝負」の3回目。テーマは秘密保全法制です。

昨日東京で開かれた日隅さんの出版記念パーティに出席してきました。いろいろな思いを抱えながら、日隅さんは力を振り絞っています。日隅さんの持つ希望と執念に、私も追い付きたいと思います。

3月4日(日) 13:30〜 東京・日本橋
JCJジャーナリスト講座・文章教室「伝わる記事をどう取材し、書くか」
JCJ主催の私の文章講座、これで3回目です。ぜひどうぞ。以下は案内文です。

日本ジャーナリスト会議・新聞部会が主催して、JCJジャーナリスト講座の文章教室を開催します。参加申し込み後、課題作文・800字を出してください。送付方法など、ご連絡します。作文を講師が事前に添削したうえ、講座で批評します。まとまった報道記事、読みものをどう書くか、文章術を磨きたいとお考えの方は、ふるってご参加ください。

3月4日(日)午後1時半から7時ごろまで。
場所は、日本橋社会教育会館・第2洋室。
東京都中央区人形町1-1-17  
地下鉄日比谷線・人形町から4分、同半蔵門線・水天宮前から5分

講師・ジャーナリストの高田昌幸(元北海道新聞記者、近著に『権力VS.調査報道』)
事前申し込み制で定員は20人。資料代は1500円。

申し込みは日本ジャーナリスト会議事務局にメール jcj@tky.3web.ne.jp
あるいはファクスで 03・3291・6478
氏名、メルアド、電話番号を明記してください。
すぐに作文送付方法など、メールかファクスでお知らせします。

問い合わせ・日本ジャーナリスト会議 電話03・3291・6475
# by masayuki_100 | 2012-02-09 21:28 | ■2011年7月~ | Comments(0)

「@Fukushima  私たちが望むものは」刊行記念トークライブ
  ~「1人1人の声」から世の中をみるということ~


 1人1人が「世の中」に押しつぶされそうになっている今だからこそ、「上から」ではなく、普通の人びとの声を世の中にどう伝えるか、そこに傾注する必要性を感じます。
 それについて「@Fukushima 私たちの望むものは」(産学社)の執筆者の一人である野口隆史さん、福島から札幌市に自主避難された宍戸隆子さん、本書の編著者である3人がそれぞれの立場からお話しします。
 平日の夕方ではありますが、ぜひどうぞお越し下さい。

<とき・ところ>
2012年2月24日(金) 18:00~19:30
紀伊國屋書店札幌本店(札幌市中央区北5条西5丁目 sapporo55ビル)
申込不要・当日直接会場へどうぞ。
主催・共催 産学社/What's

<問い合わせ先>
紀伊國屋書店札幌本店
TEL:011-231-2131 FAX:011-241-0526
# by masayuki_100 | 2012-02-09 21:01 | ■2011年7月~ | Comments(0)

自由報道協会が「自由報道協会賞」というアワードを設け、私が編者になった「@Fukushima 私たちの望むものは」が同賞の中の部門賞「3・11章」に他薦でノミネートされた。このような地味な書籍に着目してもらい、本当にありがたく、光栄でもある。

しかし、きょう午前零時に公表された(本当はもっと早くにも公表されていたようだが、いったんサイトが閉鎖されていたらしい)賞のノミネート一覧をみて少々驚いた。この賞がこういう形になっていること、「記者会見賞」があり、そこで小沢一郎氏の受賞がすでに決定していたことに驚いた。そこで、賞自体の考え方等に大きな疑問があるということで、昨晩(というか本日25日)午前零時50分ごろ、下記メールを同協会に送り、賞の辞退をお願いさせてもらった。以下、送付したメールのエッセンスを記しておく。

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この度、「自由報道協会賞」の「3・11賞」に私が編者となった書物がノミネートをいただきました。地味な本に着目いただいたことに深く感謝しています。また昨日夕、協会事務局のインターンの方にノミネートされたとの連絡を受け、その後、27日夜の授賞式に出席も了解しました。

ところで昨日の連絡まで、私は賞のことも知らず、どのような部門にどんな作品がノミネートされているのかも知りませんでした。今夜零時すぎ、協会のHPで候補の一覧を初めて拝見しました。その中で記者会見賞の部門があり、小沢一郎氏の受賞がすでに決定されていることに強い違和感を感じました。

この賞は報道する側の諸活動が対象になるものだとばかり思い込んでいました。小沢氏の政治姿勢や小沢氏の事件に関する検察の姿勢などに関係なく、報道する側へのアワードと一緒に、通常は報道される側の権力者が並び立つことに強い違和感を感じております。

従いまして、今回のノミネートは辞退させていただきたく思います。27日の出席も遠慮させていただきたいと思います。ノミネートはいわゆる他薦であるため、「辞退」という形があるのかどうかは不明ですが、可能であれば、候補作から削除をいただければと思います。ご理解をいただきたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。このような活動を続けておられる皆様方には改めて敬意を表します。

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なお、改めて言うまでもないことだが、この「辞退」は自由報道協会の活動全てに対する否定ではない。私自身、記者クラブ問題等に関し、同協会での会見で登壇者になったことがある。現在の記者クラブのシステムに問題が多々あることはこのブログでも古くから唱えてきた通りである。より多くの情報をより多くの市民に少しでも多く提供すべき、という基本的な考え方そのものに異論はない。実際の活動詳細は知らないし、外部から見ていると、疑問符が付く活動もある。しかし、それは「記者クラブを開放すべし」という奔流の中では、避けて通ることがでない軋轢、寄り道の類であろうと感じていた。

ただし、今回のアワードへの「ノミネート」は自分に直接かかわることなので、上記の見解を事務局に発信した次第である。この種の賞を設けること自体には反対しない。ノミネートされたこと自体は正直、うれしかった。投票の方法に若干の疑問も感じたが、新しい時代の賞にはこういう手法もアリかもしれない。

しかしながら、この種の賞は「報道する側」のみを対象にするものだと思う。まして、私は新聞記者時代から権力監視型の調査報道も手掛けてきた。その考えからすれば、いや、「調査報道」といった形からではなく、報道一般の考えからしても、「報道される側」、とくに権力の象徴でもある与党有力者を表彰する賞に並び立つことはできない。

これは小沢氏の政治姿勢そのもの、および、小沢氏の事件をめぐる報道の異常さ、検察のおかしさ等とは全く別次元の話だ。賞の別部門には、これも政治家の原口一博氏がノミネートされてもいる。それも違和感を増長させた。

「@Fukushima」のノミネートは他薦だったから、候補作からの「辞退」という形があり得るのかどうか分からないが、「辞退」を申し出た経緯と考え方は、上述の通りである。

繰り返すが、「@Fukushima」自体に着目してもらったことは感謝している。あんな地味な本をどうやって広めようかと、本を編んだ私自身も頭をひねっていたところだ。ただ、あの本に登場する60余人の方々も、私のこの考えには理解を示してもらえると思う。

自由報道協会の今回の賞は、大賞が「日隅一雄賞」である。日隅さんの、体の底からの、力を振り絞っての活動には、心から尊敬の念を抱いている。あのような活動を続けることが、果たして私だったら可能だろうか、と時折自問する。日隅さんに限らず、地道で、しかし、地を這うような執念を見せながら、権力の厚い壁を突き破ろうとしている種々の報道は(既存メディアか新興メディか等に関係なく)、この日本の片隅の至る所で繰り広げれている。そうした活動に日が当たることを心から願っている。
# by masayuki_100 | 2012-01-25 10:23 | ■2011年7月~ | Comments(2)

「@Fukushima 私たちの望むものは」が出版されました。版元は東京の産学社です。どんな本であるかは、以前、このブログでも紹介しました。ぜひ手に取っていただき、少しでも多くの方に読んでもらいたいと願っています。以下はその「まえがき」です。

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 東日本大震災から、半年が過ぎた九月中旬の午後。私は福島県南部の街にいた。
 二両編成の電車を降り、駅前へ出る。人通りはほとんどない。客待ちのタクシーが三台。それをやり過ごして信号を過ぎると、小さな川を渡った。二つ目の信号は右折。次の角は左折。目指すアパートは、青みがかった灰色の三階建てだった。都会ではごくふつうのアパートだが、郡部のこのあたりでは小綺麗で立派な部類に入るかもしれない。
 「C」の部屋に表札はなかった。
 インターホンを押し、玄関を空けてもらった。たたきには、靴がいくつかきれいに並んでいる。
 「よく来て下さいました。遠くからご苦労様です」
 窓際のソファから声がかかった。志賀秀朗さんの第一声だった。

「まえがき」の続きはここをクリック
# by masayuki_100 | 2011-12-29 10:14 | ■2011年7月~ | Comments(0)

秘密保全法案について、再び書いておく。この法制について検討を重ねていた「有識者会議」が今年8月にまとめた報告書がある。ネットで検索すれば、すぐに引っかかるので、時間がある方はぜひ目を通してもらいたいと思う。報告書は有識者5人の検討を経てまとめたことになっている。5人には失礼かも知れないが、事実上、官僚たちの成果物と言って差し支えあるまい。

報告書を紐解いてみよう。私は法律の専門家ではないから、誤読があるかもしれないが、その点は容赦してもらいたい。まず、最高で懲役10年を科そうとする「秘密」はどこに存在しているのか。報告書によれば、(1) 国の行政機関 (2) 独立行政法人等 (3) 地方公共団体=とくに警察 (4)行政機関等から事業委託を受けた民間事業者及び大学−−の主に4つである。そして、何が秘密かを指定する権限は行政機関にある、とする。

秘密を扱う人物に対しては、あらかじめ、当該行政機関側が「適正評価」を行う仕組みになっている。「こいつに秘密を扱わせていいかどうか」ということを、行政側が自己の組織内外の構成員に対して調べるのだ。では、その人物の何を調べるのか。

人物調査の観点は(1) 我が国の不利益となる行動をしないこと (2)外国情報機関等の情報収集活動に取り込まれる弱点がないこと (3)自己管理能力があること又は自己を統制できない状態に陥らないこと (4) ルールを遵守する意思及び能力があること (5)情報を保全する意思及び能力があること などを前提として、以下のことを調べよ、と報告書は書いている。大事なところだから、ここは正確に引用しておこう。

調査事項としては、例えば、[1]人定事項(氏名、生年月日、住所歴、国籍(帰化情報を含む。)、本籍、親族等)、[2]学歴・職歴、[3]我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動、外国情報機関による情報収集活動、テロリズム等)への関与、[4]外国への渡航歴、[5]犯罪歴、[6]懲戒処分歴、[7]信用状態、[8]薬物・アルコールの影響、[9]精神の問題に係る通院歴、[10]秘密情報の取扱いに係る非達歴、といったものが考えられる。また、対象者本人に加え、配偶者のように対象者の身近にあって対象者の行動に影響を与え得る者についても、諸外国と同様に、人定事項、信用状態や外国への渡航歴等の事項を調査することも考えられる。

これを読んだ数ヶ月前、私は心底、身震いがした。これはまさに、公務員による国民の思想調査ではないか。「秘密保全法ができても、法に違反しなければいいだけだ」「国家には秘密があって当然だ」などと言う人がいたら、よくよく考え、想像をめぐらせてもらいたい。この法案は、公務員が「国家秘密」の名の下に国民の思想調査を可能にし、国民が不可侵の領域を大規模に形成しようとしているだけではないか。それに相変わらず、報告書の文書にも「等」が多すぎ、である。思想調査に法的根拠を与えようとする法律において、こんなにも「等」を乱発して、拡大解釈を可能にしていいはずがない。しかも民間事業者等における調査は、民間事業者等にその権限を与えるのだという。本当にこわい。

報告書はこうも書いている。

対象者の日ごろの行い等を調査するため、職場の上司や同僚等の対象者をよく知る者に対して質問する必要がある場合も考えられることから、実施権者にその権限を付与することが適当である。

対象者の日頃の行い「等」を監視対象とせよ、ということだ。「あいつは反原発、脱原発だったな」とか、「彼の奥さん、カタログハウスの通販生活の愛読者だったな」とか、そんなことが「公務員による調査」の対象になるかもしれない。

報告書は「国家公務員法等において一般的な守秘義務が定められているが、秘密の漏えいを防止するための管理に関する規定がない上、守秘義務規定に係る罰則の懲役刑が1年以下とされており、その抑止力も十分とはいえない」から最高で懲役10年の刑を定めたほうがいいと書き、罰金だけの刑はダメだ、生ぬるい、とも言っている。「未遂」も「共謀」も処罰の対象だ。秘密を取り扱う者「等」に対する教唆行為、煽動行為も処罰だ。さらに、秘密保全法は国民の知る権利を侵害するものではないし、情報公開に関する一連の法理とは無関係だし、国会や裁判所についても何らかの規制が必要になるだろうという趣旨のことが書かれている。

それに何より、「何が秘密か」を指定するのが当人たちだから、原発のことも放射能のことも裏金のことも、要するに自分たちが「秘密だ」と言えば、秘密である。秘密とは全てが隠されることだから、どこにどんな秘密があるのか、それすら国民には伺い知れない。「東電の国有化に疑義あり」などと思って、「本当のことを言え」と迫ったら、「教唆」かもしれない。「本当のことを言いなさい!」とデモを計画したら、「煽動」と「共謀」かもしれない。

前回のこのブログの記事『野田内閣は本当に「やる」のか〜秘密保全法案』でも書いたが、こういう法律が出来ると、必ず「取り締まる側」と「取り締まられる側」ができる。警察は「秘密保全法違反はないか」と目を光らせる。やがては地域社会や企業などで「相互監視」の傾向が強まるだろう。そして、これも前回書いたことだが、法律は改正される。10年もすれば、制定時とはまったく違った法律になっていることも珍しくない。戦前の治安維持法が猛威を振るったのは、改正によって処罰対象が拡大された後、法の制定から約10年後のことだ。

この報告書や有識者の議論等々によると、いま日本は外国の情報機関「等」による活動によって、重大な危機にさらされているらしい。いつの時代も、国家の内部統制を強化しようとするときは、「外国の驚異」「テロの脅威」などが強調される。ヒトラーもそうだったし、北朝鮮もそうだ。しかし、本当の脅威は、情報の独占とそれに伴う思想調査、重罰まで可能にしようとする、霞ヶ関の人たちにこそあるのではないか。

霞ヶ関・永田町取材に奔走している記者の人たちが、もしこのブログを読んだとしたら、「秘密保全法っていったい何だ?」と次々に各所で疑問をぶつけてもらいたい。漫然と過ごしている場合ではない。大手報道機関の取材活動は当初、法案から除外されるかもしれないが、そんなセコイことで言を左右してはならない。残念ながらこの国では、現在のところは、大手の新聞・テレビが動かないと、政治家や役人の考えはなかなか変わらない。新聞が「秘密保全法案反対キャンペーン」を展開すれば、法案はつぶれるかもしれない。だから、(過度な期待かもしれないが)とくに若い記者たちには「頑張れ」と言いたい。そのためにも、まずは「報告書」を熟読してもらいたい。
# by masayuki_100 | 2011-12-26 10:41 | ■2011年7月~ | Comments(0)

秘密保全法案が来年早々召集の通常国会に上程されそうだ。「いよいよか」と思う。実に不気味な法案である。秘密保全法案は御承知の通り、(1)防衛など「国の安全」 (2)外交 (3)公共の安全・秩序の維持―の3分野を対象に「秘密」を決め、漏洩者等には最高で懲役5年・10年の刑罰を与えようとする内容だ。

日本新聞協会や雑誌協会などは相次いで反対の声明を出してはいる。しかし、いかにも勢いは弱い。新聞社説やコラムなどでも各紙はおおむね「反対」をうたっているが、一方で「国には一定の秘密がある」という趣旨のことをあっさり認めてしまう(例えばここ→京都新聞の社説)。「国家秘密とは何か」「そもそも国家に秘密はあるのか」「誰がそれを認定するのか」をめぐる議論こそが最重要になるはずなのに、である。それに機密保全のためなら、すでに国家公務員法や地方公務員法の中に立派な守秘義務項目があるではないか。

「国家」という抽象的な概念をあれこれ議論すると、議論の内容はどうしても主語が「大文字」になる。「国家とは」「日本とは」といった按配に、である。まあ、それはそれで良い。しかし、この法の怖さは「違反者を取り締まる」ということにこそある。刑罰付きの法律が出来れば、当たり前のことだが、「取り締まる側」と「取り締まられる側」ができる。そこに警察権力、検察権力が絡む。ここがポイントである。

秘密保全法違反で誰かが逮捕され、拘置所に長く長く拘置され、起訴されたとしよう。その刑事裁判は「漏らした秘密が国家機密かどうか」をめぐる争いになるはずだが、権力側にすれば、そこに至れば、もう「勝利」である。秘密漏洩罪で人をしょっ引き、代用監獄にぶつこみ、締め上げ、あちこちにがさ入れをかけ・・・・。ここまでで、たいていの人は震え上がってしまう。

日本の組織や社会はただでさえ、異端者を排除する力学が強い。同じ者同士が群れる傾向も強い。そうした中で、こんな法律が出来てしまえば、組織や社会の随所で「相互監視」が強まり、警察や検察への「内通」が増える。「警部さん、あいつ、機密情報を漏らしてました。パソコンいじっているのを見てました」とか。警察はしょっ引くのが目的だから、いろいろ調べる。調べただけで、周囲は言うだろう。「君、何か漏らしたのかね?」と。相互監視、密告、内通、疑心暗鬼、物言えば唇寒し、謀略。そんなものも、いつの間にか、あちこちに侵入してくるかもしれない。

しかも法律は通常、改正に改正を重ねていく。ときが過ぎれば当初の姿と変わっていることも珍しくない。戦前の治安維持法も改正を重ねて取り締まり対象を拡大し、制定の約10年後から猛威を振るうようになった。戦前は共産党そのものが非合法であったし、治安維持法が出来た時点では、共産主義者の取り締まりだからなあ、という冷めた空気があった。そこに権力が入り込み、やがては宗教者にまで取り締まりが及んだ。大きな役割を果たした特高警察のことなど、ここで繰り返すまでもない。

旧ソ連の有名な冗句にこんなものがあった。<ある男がウォッカを飲みながらクレムリンの赤の広場でぶつぶつ言っていた。やがて大声で叫ぶ。「け、ブレジネフの大馬鹿やろうめ。ブレジネフは大馬鹿だ!」。男は駆け寄ってきたKGBに国家機密漏洩罪で逮捕された。>。日本でも冗談でなく、こんな日が来るかも知れない。冗談で済めばいいが、済まないかもしれない。実際、ほんの66年前まで、日本はそんな国だった。DNAはしっかり残っている。こんな法律ができれば、例えば、東電や原子力ムラの利権構造に切り込むような取材は、検挙対象になりかねないし、最初は組織メディアではなくフリーや雑誌が摘発されるだろう。

繰り返しになるけれども、法律は制定当初の姿かたちとは、違ったものになる。改正につぐ改正によって、あるいは解釈の変更や拡大解釈によって、それは行われる。そんな実例は、いやというほど見せつけられてきたではないか。そして刑罰付きの法律が出来れば、必ず、取り締まる側と取り締まられる側ができる。そこに警察や検察権力が絡む。そうなれば組織や社会の中で、疑心暗鬼や密告、謀略などの風潮が増進する。

いかなる理由が付けられようとも、言論の自由の幅を狭くするような法律には、私は絶対に賛成しない。だから、秘密保全法を平気な顔で上程する野田政権・民主党内閣など、全く支持しない。
# by masayuki_100 | 2011-12-18 13:09 | ■2011年7月~ | Comments(4)

今月初め、上智大学で開いたシンポジウム「調査報道をどう進めるか」の基調報告で、いわゆる「持ち込みネタ」に関する問題点を指摘した。当日参加できなかった方から「持ち込みネタをやめろという話をしたそうですが、どんな話だったんですか」という照会があった。メモなしで喋っていたので詳細は記憶にないが、趣旨はだいたい、以下のような話である。

(ただし、この話には2つの前提がある。一つは対象を「主たる新聞とテレビ局」に限定していること。雑誌やその他の媒体はまた違う話になる。もう一つは、いわゆる「権力追及型」調査報道に限定していること。調査報道にはいろんな種類があるが、今回は定義付けの場ではないので、そこには言及しない。)

日本の新聞やテレビにおいて、なぜ、調査報道が少ないか。議論の出発点はそこにある。もちろん、調査報道は「相当に少ない」のであって、「ない」ではない。実際、過去には多くの優れた調査報道があった。少し前に出した「権力vs調査報道」(旬報社)も過去の代表的な調査報道の取材プロセスを明らかにした内容であり、これを読めば権力追及型調査報道の重要性や凄みがお分かり頂けると思う。

そうしたタイプの調査報道が少ない理由は多種多様だが、大きな理由の一つは「取材情報の持ち込み」にあるのではないか、と感じている。

ここに権力の不正に関する何らかの端緒情報があったとしよう。記者は情報の質を見極めたうえで、取材に入る。関係者を丹念に取材し、資料を集め、そぎ落とし、肉付けし、さらに関係者に取材する。それを何度も繰り返す。一定程度の期間が過ぎると、当然、「いけそうか、どうか」の分岐点に差し掛かる。「いけそうだ」となると、報道機関が独自取材を続行する−−。これが通常の発想であり、通常の行動だ。しかし、この分岐点では往々にして「そのネタ、サツに事件としてやらせろ」という声がかかる。報道機関の組織内部からである。そして、取材で得た情報の一部か半分か或いは相当部分を警察に提供する。検察や入管、労基署などの場合もある。これがいわゆる「持ち込みネタ」である。

捜査当局が「持ち込みネタ」を立件する場合、強制捜査の着手直前などのタイミングで、情報提供してくれた報道機関にそれを優先的に伝える。「ギブ・アンド・テイク」である。優先的に情報をもらったら「与党幹部に重大疑惑、検察近く強制捜査へ」などという「スクープ」記事となって日の目をみる。

報道界では長らく、こうした形のスクープ(もちろん、カギカッコ付きである)が「鮮やかなスクープ」として幅を利かせてきた。新聞社が独自に不正を報道するよりも、その不正内容を捜査当局が事件にしたケースを一段高く評価する声も多かった。実際、新聞社出身の大学教員が「捜査当局が立件した場合はその報道の価値が高い」という趣旨の論文を書いたケースもある。

取材で得た情報を捜査当局に渡すことは、言うまでもなく重大な問題をはらんでいる。「情報は提供しても情報源は伝えていない」といって済まされることではない。しかし、ここでは、この問題は脇に置く。このエントリでの関心は、「取材力のなさ・劣化と持ち込みネタ」の関係である。

言うまでもなく、記者独自の調査取材は、山を登るにつれてきつくなる。初期は比較的情報も集まりやすいが、五合目、六合目、七合目と進むにつれ、しんどくなる。それは当然だ。記者の取材に強制力はない。種々の手練手管を用いたとしても、平たく言えば、「教えて下さい」というお願いの連続でしかない。だから、最終的な裏取り、確認作業の段階に入るにつれ、取材は困難になる。ネタの持ち込みを実行する段階はおおむね、五合目の前後である。単なるうわさ話程度では、警察も検察も関心を持ってくれない。馬鹿にされる。

しかしながら、こうした行為は取材者側からすれば、独自取材を途中で放り投げることと同義である。一番苦しい部分を自分で取材せず、あとは捜査当局がたどった道をフォローするだけになる。日本の事件事故取材(=検察・警察取材)は、「捜査当局が何を捜査しているか」「誰をいつ逮捕するのか」等々、捜査の動きを追い、それを書くことが主流になっている。その問題点は何度もこのブログで書いたので繰り返さないが、調査報道取材という観点から見れば、持ち込みネタは、「調査報道取材」が「通常の警察・検察取材」に変質することを意味する。

「記事化する際は、当局のお墨付きを得ることが出来る、それで記事の価値が上がる」という独特の価値観も作用している。「高田新聞社の取材によれば」ではなく、「検察によれば」と書く方が確かにリスクは少ない。仮に相手から訴えられたとしても、幾ばくかは責任を当局に押しつけることができるかもしれない。つまり、リスクを取ろうとしないのである。保守化・官僚化がスパイラル的に進む既存報道機関においては、リスク回避の傾向はますます顕著だから、「当局によると」に寄りかかる傾向は、さらに拍車がかかっていくだろう。

ネタを持ち込まなかったとしても、実際に報道する直前、わざわざ捜査当局に記事内容を伝える風習もある。「あす、うちでこんな記事を書きます」「おおすごいな。もっと詳しく教えてくれ」といったやり取りの後、当該記事のリードの末尾などに「ここの事実は警察も把握している模様だ」などと書く。逆に言うと、当局のお墨付きが欲しいから、最後の最後で「ご注進」するのだ。

小沢一郎氏の政治資金疑惑が盛んに報道されていたときにも感じたし、当時、いくつかの関連エントリを書いた(→例えばここ)。日本の「調査報道」は捜査当局の捜査が進んでいるときにこそ、華々しく展開されてきた。捜査当局の捜査と並行して進む「調査報道」など本当の意味での調査報道ではないと思うが、権力の一部分と結託するような形で進む調査報道(それが結果的だったとしても)とは、いったい何なのかと思う。

もしかしたら、「持ち込みネタなどない」「知らない」という警察・検察担当記者がいるかもしれない。そうだとしたら、その記者は新人か、よほどの「世間知らず」だ。それでも「持ち込みなどない」と言い張る記者がいたら、私は断言する。その言葉はウソだ。

私にもネタ持ち込みの経験はある。私の同僚もかつて、鈴木宗男氏の事件に関して、東京地検特捜部から「ネタはないか」と「協力」を求められたことがある。他社の持ち込み実例も知っている。そのへんのことは「権力vs調査報道」に少しだけ書いたが、例えば、事件取材が長かったあるジャーナリストも「リクルート事件以降、東京地検特捜部が手掛けた事件の半分くらいは大メディアの持ち込みネタではないか」と話していた。彼の実感は大きく外れてはいないと思う。そして、そうした「ギブ・アンド・テイク」の関係は全国津々浦々、いろんなレベルのところで築かれていると思う。

日本の報道界は長らく、本当に長すぎるほど長らく、捜査当局と一心同体になって、ペンを持ったお巡りさんとして機能してきた。捜査情報を取ることができ、「あす逮捕へ」を早く書く記者こそが優秀とされてきた。一部の例外はあるにしても、太宗は間違いなくその流れの中にあったし、今もある。、新聞社の多くは、新人を必ず一度は一定期間、警察担当にぶち込んできた。そして、捜査当局をはじめ、あちこちの権力と二人三脚で歩むことを習い性にしてきた結果、それを是とする文化、さらには人事考課の基準を組織内に抱え込んでしまった。もちろん、ここでいう「当局」は警察や検察だけでなく、中央省庁や大企業などすべてに当てはまる。

調査報道の重要性については、ここで繰り返すまでもない。そして端緒情報はたくさん転がっている。だったら、それを自社の努力で取材すればいいだけの話ではないか。取材に公式はないから、山あり谷ありの連続だが、取材力の養成という観点からしても、道はそれしかない。既存メディアが調査報道に「本気で」舵を切ろうとするなら、まずはネタの持ち込みを全面的に禁止し、捜査当局との関係を変え、それをあらゆる取材分野・取材部署に広げるしかないだろうと思う。ただ、何十年もかかって築いてしまった組織文化はそうそう簡単に変わりはしないのだから、ある報道機関がこの先、全社的に調査報道に傾斜するなどというのは、すでに幻想かもしれない。可能性があるとしたら、比較的組織の小さな報道機関か、まったく新しい報道会社か、それくらいだろうと思う。
# by masayuki_100 | 2011-12-17 18:58 | ■2011年7月~ | Comments(0)

大した根拠は何もないが、いよいよ、「帝国」の姿が見えてくるのかもしれない。朝日新聞社と読売新聞社が共同通信社との契約を解除するというニュースを見て、そんな気分が増している。一部報道機関によれば(笑)、ニュースの概要はこうだ。

<共同通信社は12日、朝日新聞社と読売新聞社から、外信ニュースとスポーツ記録の配信契約解除の申し入れを受けたことを明らかにした。共同通信社によると、解除の理由を「第一に経費的な理由」などと説明しているという。両社は1952年に一度、共同を脱退。その後、強い要請により、共同加盟社の承認を経て、1957年から「契約社」として外信記事の提供を受け、スポーツ記録の配信などに契約を拡大してきた。>

スポーツ記録も外信ニュースも、共同通信にとってはいわばドル箱である。とくに国内外の小さな大会にまで目配せするスポーツ記録は取材やデータ整理に手間暇がかかり、これを新聞社が単独でやろうとしたら、たいへんなことになる。「でも、そんな記録の配信はもう要りません」ということだから、両社にはメディアの将来について、別の確固たる姿が見えているのだろう。

あちこちの講演などで頻繁に喋っていることだが、昨今の新聞の凋落は、どこもかしこも一様にそれが生じているのではない。全体としての凋落=部数減少は間違いないことだし、その趨勢が止まることはあるまい。将来も新聞「紙」が生き残るにしても、今のような膨大な部数が日本列島に残るはずはない。

そうした趨勢は間違いないのだけれど、業界全体が没落する中では当然、そのスピードや深度に差が出る。弱いところほど早く没落する。比較優位の会社は、没落した会社の優良資産を食っていく。合従連衡、業界再編の、よくある話である。だから、読売にしても朝日にしても、自社で通信社機能を確保しながら、あるいは数年前に言われたように、時事通信社を巻き込んで3社で新しい通信社をつくるという話も十二分にあり得る。つまるところ、方法はいろいろあるにしても、強い会社は弱い会社を、とりわけ弱い地方紙を食っていくだろうということだ。食べ方はいろいろある。子会社化、系列化、印刷・輸送委託などの業務提携‥‥。いろんな駆け引きや強圧が繰り返される中で、あと5年もしないうちに、全国の新聞はほとんどが、どこかの中央紙の系列になっているかもしれない。

そして、もうすぐ価格競争が始まる。ご存知の通り、新聞は再販価格維持制度の枠に守られ、価格競争からは無縁の世界に長らく住んでいた。しかし、これもそろそろ終わりである。TPP推進の大波の中で、多少の紆余曲折はあるにしても、おそらくは強い新聞社が率先して、「新聞も例外ではありません。これからは紙面内容だけでなく、価格でも正当な競争をしなければなりません」と言い始めるに違いないと思う。実際、強い新聞社は価格競争に備えて、経営資源や体力を十二分に貯えている。上下左右を見渡しながら、価格競争に打って出るチャンスをうかがっているはずだ。関東圏や近畿圏、北九州圏などで本気の価格競争が始まれば、弱い新聞社はひとたまりもあるまい。弱い新聞社は地方紙だけではない。「**新聞」という題字は残っても、その実は全国紙の系列に過ぎないという例は、間もなく巷に溢れかえるだろう。

新聞業界の合従連衡は、ほかの業界と同様、弱肉強食で進むのだ。そして、銀行業界がそうだったように、いくつかのガリバーの誕生である。しかし、金融のガリバーと報道のガリバーは、社会に与える意味合いが大きく異なるはずだ。巨大企業になれば、商品メニューは多様化するが、メニューの多様化と言論内容の多様化は同一ではない。メニューがやたら多くても、素材の数は限られているなどという話は、それこそ外食産業にはたくさんありそうだ。

私は予想屋ではないし、その能力も資格もないが、これだけは断言していいように思う。メディア業界の今後の合従連衡は寡占化のプロセスであり、報道の寡占化とは、報道の多様性を失うプロセスである。寡占下では、媒体の数や種類に多様性があっても、報道内容の多様化には直結しない。報道を担う者の多様性を、報道内容の多様性をどう担保していくか。そんな事柄が近い将来、今よりもっと大きな論点になるに違いない。
# by masayuki_100 | 2011-12-14 13:44 | ■2011年7月~ | Comments(0)

「@Fukushima 私たちの望むものは」が間もなく、東京の産学社c0010784_23495898.jpgから出版されます。福島に住み続ける人、引き裂かれるような思いで福島を去った人、、、「福島」に関係する人々の声にじっくりと耳を傾けました。渾身のインタビュー集です。写真も訴求力十分。年末になりますが、今月20日には書店に並ぶと思います。

詳細なお知らせは別途、この欄で紹介できると思います。とりあえずは、チラシをご覧下さい。どうぞよろしくお願いします。
# by masayuki_100 | 2011-12-10 23:51 | ■2011年7月~ | Comments(0)

日付が変わってしまったが、3日は「調査報道をどう進めるか」というシンポジウム(東京・上智大)に出席してきた。私は基調報告を、シンポの登壇者は、朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、共同通信編集委員の太田昌克さん、元NHK記者で東京都市大学教授の小俣一平さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん。私もディスカッションに加わった。

この種の催しでは、言いたいことの半分も言えない。議論を混線させてはいけないし、言いたいことを抑えて前の方の発言を引き継ぐこともある。3日のシンポもまさにそうだった。だから、ここで少し補足をしておきたい。

調査報道はその定義付けから始まって、方法論やら何やら論点は多種多様である。あれこれ話し始めると、きりが無い。だから、基調報告では「調査報道を阻むもの 当局との二人三脚をいかに断ち切るか」と題したうえで、さらにピンポイントで語った。その概要、および会場で話しきれなかった内容をまとめると、言いたいことはだいたい以下のような内容だ。

*日本の調査報道は端緒をつかんで取材を始めても、途中で警察や検察にその取材ネタを「事件にしてくれ」として持ち込むことが少なくない。いわゆる「持ち込みネタ」である。
*捜査当局が立件に向けて強制捜査に着手する際、「持ち込みネタ」は着手の時期や概要を優先的に教えてくれる(ことが多い)。この形が従来は「大スクープ」として組織内・業界内で評価されてきた。あるいは独自取材の結果を記事にする直前、捜査当局に内容を伝え、「この疑惑は捜査当局も把握している模様だ」などと書く。
*自社の調査報道が途中で「捜査」に化けるのである。当局のオーソライズがないと、書かない・賭けない文化がここでも醸成されてきた。当局との「癒着」「二人三脚」の典型でもある。これを繰り返していると、取材の最後の詰めを自社で担うことがない。肝心の取材力が育たない(持ち込みネタの問題点はほかにもあるが、割愛)。また、そこには「捜査当局も恣意的である」という視点がない。
*こうした背景には、当局との距離があまりに近すぎることがある。また、スクープに対する組織内評価の基準の曖昧さもある。行政などの動きを先取りする記事、やがて発表されることを半日早く記事、そして独自の調査報道記事。それがすべて「スクープ」として同列に評価されてきた。当局とべったりすることで得られる「発表の先取り」さえも、同列かそれに近い評価だった。

*日本の新聞社は記者クラブに記者を貼り付けすぎ。人員も固定化している。記者クラブの配置も固定化している。世の中の変化に対応できていない。記者クラブのない行政組織、その関連分野は日常的な取材網からこぼれ落ちている。たとえば労基署には記者クラブがないから、労働紛争に関する記事が少ない。その関連の調査報道も少ない。
*当局と寄り添って報道組織内の階段を駆け上った人が幹部になってしまった(それだけ大手ディアは年数が経過した)。また日本の新聞は、例えば戦前に朝日の筆政(現在の主筆)だった緒方竹虎が、戦時中は情報統制を行う政府の「情報局」総裁になり、戦後は自民党の政治家になったように、元々が権力と親和性が高い。そういう組織がすでに半世紀以上も形をほとんど変えずに存続したために、報道組織はすっかり保守化、官僚化した。官僚化とは、前例踏襲、事なかれ主義となって現れる。デスクや部長、あるいはその上の幹部はいよいよリスクを取ることに臆病になってきた。

で、以下は「では、どうするか」の話。レジュメは用意していたが、この部分は時間が無くて十分に話すことができなかった。以下、レジュメの項目を列挙してみる。

(1)速報機能と取材機能の分化
(2)記者クラブへの過度の配置をやめる。「記者の自由化」を。
(3)「分かった」だけがニュースではない。「分からない」でも書く
(4)取材過程の透明化。安易なオフレコ(非公式懇談)の排除。情報源明示
(5)調査報道に対する正当な評価を。組織・業界の内外で。
(6)「個人の良心、熱意、志」を保障する組織的態勢

このうち(2)の要点は、記者をなるべく放し飼いにせよ、ということ。この点は当ブログでも再三書いてきたので省略。

(3)は「分かった」=「当局のお墨付き」がなくても、どうやったら書くことが出来るか、その工夫と努力が必要ということ。だいたい、世の中の事象はそうそう簡単に分かるものではない。何か変なことは起きているが、その意味が分かっていないという事象は数多い。それを無理して「分かった」形式で書こうとすると、当局のお墨付きに寄りかかる結果になり兼ねない。

(6)は個人の能力や情熱にだけ寄りかかっていては、調査報道は発展しない、ということ。仕事として取材をしている以上、調査報道にかかわる記者個人の能力やスキルを最大限に引っ張り出す組織的な態勢が必要になる。それがないと、持続的な調査報道はなかなかできない。

時代は流れている。シンポの会場では「それでも調査報道は新聞が中心」という声があった。今はそうかもしれない。だが、将来、新聞紙がどうなるかは分からない。いずれにしても「紙」の比重は減る。私自身は「紙も出しているニュース会社になる」というイメージがある。

ただ、組織の事業内容や伝達手段がどうであれ、調査報道を実行できない報道組織は価値がどんどん減じていく。それは間違いない。だから、報道する側の立場としては、調査報道のノウハウをどう(組織の枠を超えて)伝えていくか、過去の報道態勢を再検証し何を捨て何を残すか、組織をどう柔軟にしていくか、などが何よりも重要だと感じている。

会場でも短く語ったが、「記者の自由化、報道組織の多様化・柔軟性の確保」がポイントだろう、と。そう感じている。

今回は十分な時間がなかったうえ、論点の違う話が次々と出てくるなどしたため、散漫になってしまった。登壇社の1人として、その点は反省している。だから、なるべく早く、もっと論点を絞った、よりよい議論の場を再び持ちたいと考えている。
# by masayuki_100 | 2011-12-04 02:31 | ■2011年7月~ | Comments(0)

12月もいくつか公開・準公開のトークセッション、シンポジウムなどに出席します。決定しているものは以下の通りです。

12月1日午後6時〜同7時半(これは本日)
 立命館大学産業社会学部 ジャーナリズム研究科特別講義
   「技、粘り、逆襲、そして希望 〜 調査報道の現場に生きて」


 同大学 洋々館960教室
 奥村先生とトークする形で進行する予定です
 ニコニコ動画のニコニコ生放送があります → URLはこちら


12月3日午後1時半〜
 シンポジウム「調査報道をどう進めるか」

 上智大学2号館508教室

 私は基調報告。メーンのシンポジウムでは、「プロメテウスの罠」などを連載の朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、検察問題に詳しい元NHKの敏腕記者で現在は東京都市大学教授の小俣一平さん、共同通信編集委員で日米核密約に詳しい太田昌克さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん・橋場義之さんが登壇します。
 資料代として500円。予約等は必要ありません。
 イベント概要はこちら → 私のブログの過去のエントリ 小俣さんのブログ


12月9日午後8時〜
 ニコニコ動画 ニコニコ論壇の生中継

 「沖縄」を考える〜「レイプ」発言、メディア、日米問題

 出席は沖縄国際大学教授の前泊博盛さん(元琉球新報論説委員長)、元外務省国際情報局長、元防衛大学教授で日米問題に厳しい警鐘を鳴らし続ける孫崎享さん、それに高田。
 防衛省の沖縄防衛局長が問題発言で更迭されました。依然として歪んだままの日米関係、沖縄の基地問題。なぜこんなことが続くのか。こうした問題に旧態依然とした既存メディアはどう関わっているのか。調査報道の名手として知られ、日米の機密を次々と暴いた前泊さんの経験、鋭い視点を保持し続ける孫崎さんにたっぷり語っていただく予定です。
 中継のチャンネルはこちら → ここを押せば生放送用のページへ飛びます


12月15日午後6時〜同7時半
 ジュンク堂書店 札幌店のトークセッション
 「権力の壁を打ち破れ! 道警裏金問題のその後を交えて」


 出席は、北海道警察の元釧路方面本部長で現在は市民のフォーラム北海道代表の原田宏二さん、それと高田。司会はフリージャーナリストの浅利圭一郎さん
 北海道警察の裏金問題が世上を騒がせてから、すでに8年ほどが経過しました。しかし、問題は本当に解決したのでしょうか。最近では稲葉圭昭・元道警刑事が、「道警は覚せい剤130キロ、大麻2トンの密輸に関わり、それを闇から闇へと葬っている」と近著「恥さらし」(講談社)で核発しました。この問題と裏金問題は密接に関わってもいます。
 原田さんは「朝まで生テレビ」にも出演するなど警察問題を語らせれば、当代の第1人者です。また「道警の覚せい剤密輸事件」に絡めて道民の皆さんの前で直接話をされるのは、今回が初めての機会となるはずです。
 定員25人、ドリンク代400円。事前の予約が必要です。
 詳細はこちらのページでご覧になることができます。→ こちらをクリックして下さい
# by masayuki_100 | 2011-12-01 12:15 | ■2011年7月~ | Comments(0)

早稲田大学出版部から 「対話」のジャーナリストが発刊された。その中に私の講義録「発表報道から調査報道へ」が所収されている。本書そのものは、石橋湛山ジャーナリズム大賞の受賞者による記念講演などを収録し、毎年発行されている。いわば年度版なので、ご存知の方も多いと思う。花田達郎先生がコーディネーターを務める講座「報道が社会を変える」の講義を収録した1冊で、私は調査報道をどう進めていくか、というようなことを話している。花田先生が所長を務める早稲田大学ジャーナリズム教育研究所のHPのトップページでも、同書が紹介されている。

主な内容は以下の通りだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はしがき――「対話」のジャーナリスト 花田達朗

〈原発、核汚染、震災、戦争:「いのち」との対話〉
誰のためのメディアか――原子力をめぐる報道について=鎌仲ひとみ(映像作家)
世界の核汚染と福島で今起こっていること=森住卓(フォトジャーナリスト)
「NHKスペシャル」の制作現場から「戦争・災害・事件」報道について=藤木達弘(NHK)

〈当事者との対話、取材者の自問〉
沖縄の貧困問題――連載「生きるの譜」取材を通して=与那嶺一枝(沖縄タイムス)
認知症問題のルポをどう進め、どう描いたか=五十嵐裕(信濃毎日新聞)
男女の境界を生きる子どもたち=丹野恒一(毎日新聞)

〈対話する「当事者ジャーナリスト」〉
東名高速酒酔い事故で子ども二人を失って――市民の声で出来た危険運転致死傷罪
=井上郁美、保孝(ともに会社員)

〈地域に生かされ、地域と対話する新聞経営者〉
地域紙の存在意義と事業性=近江弘一(石巻日日新聞)

〈対話の奇跡が生まれるとき〉
奇跡を体験できる幸福=国分拓(NHK)
裁判官は“聖職”か?=笠井千晶(中京テレビ)
「井の中の蛙」が語るドキュメンタリー論=阿武野勝彦(東海テレビ放送)

〈読者のために公権力の中に入って対話する〉
沖縄米軍基地報道の立ち位置――普天間問題が問う民主主義の熟度=松元剛(琉球新報)
発表報道から調査報道へ=高田昌幸(ジャーナリスト)
特捜検事の証拠改ざんをどう明らかにしたのか=板橋洋佳(朝日新聞)

あとがき 花田達朗
# by masayuki_100 | 2011-11-12 17:18 | ■2011年7月~ | Comments(0)