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ニュースの現場で考えること

私の郷里は高知県高知市である。縁あって、4月から、ふるさとの高知新聞で記者として働くことになった。北海道新聞社を退社してから8ヶ月余り。舞台を変えて、再び新聞記者として一からの、ゼロからの出発である。

高知市は私が高校生のときまで住んでいた。高校卒業からすでに30年以上が過ぎている。街は変わったところもあるし、変わらぬところもある。私の実家は高知城から西へ3−4キロほど離れた旭地区にある。坂本龍馬の生誕地へもぶらぶら歩いて行ける。その街の様子は以前、英国ニュースダイジェストという、英国の邦人向けフリーペーパーに書いたことがある(木を見て森もみる 第44回「きょうは安心して眠りましょう」)。これを書いてから、またさらに年月が過ぎた。なにせ、この4月には52歳である。そんな年齢が自分に訪れようとは、ほんの数年まえ、50歳に到達するまでは実感したこともなかった。

幸いなことに、高知の実家では、父も母も健在だ。かつて国鉄職員だった父のことは、これも英国ニュースダイジェストに書いたことがある(「あの日、小さな駅で」)。母のことも、同じフリーペーパーに書いた(「クジラで母を泣かせた日」)。2人も年を取った。優に80歳を超え、それでも2人だけで、あの古い町で暮らしている。昔ながらの知り合いに囲まれて、夜は早めに眠って、朝は少しだけ散歩して、時々は高齢者のサークル活動などに顔を出しながら、である。

おととし、「日本の現場 地方紙で読む」という本を編纂した際、その「はじめに」において、ずいぶんと「地方」にこだわったことを書いた。その内容はこのブログでも紹介したが、結局、ああいうことなのだろうと思う。私の取材者としての原点は、ああいう部分にあるのだろうと思う。

取材そのものは常に地道で、小さな石を積み重ねるような作業の連続だ。権力と対峙するような調査報道であれ、心が芯から温もるような原稿であれ、取材の本質は同じである。前の会社を辞めてまだ1年足らずだが、この間、あちこちで言いたいこと、書きたいことをあれこれと手掛けてきた。そういった場で表明した方向性は何ら変わらない。目指すべきものは捨てない。しかし、郷里に戻って年老いた両親と暮らしながら、地道な取材の現場に戻り、そして、もろもろのことを目指す、というのも悪くないことだと考えている。何より取材は楽しい。地方の取材は相当に楽しい。

琉球新報の元論説委員長で、いまは沖縄国際大学教授の前泊博盛さんが、「権力vs調査報道」という本の中で、こんなことを言っている。地球はどこから掘っても、掘ることをやめない限りは、いつかはマントルに行き着く。富士山はどこから登っても、登ることを止めなければ、いつかはてっぺんに行き着く。登山口をどうするかの違いはあっても、いつかは山頂に辿り着く、と。私にもそういう事を信じている部分があって、だから北海道にいても東京であっても高知でも、目指すものの本質は何も変わることがない。

北海道新聞社と北海道警察の間にあった、この10年近くの出来事。それは「真実」というタイトルで1冊にまとめた。永田浩三さんの「NHK 鉄の沈黙は誰のために」を出版したのと同じ、柏書房からの出版である。「道新vs道警」の問題については、この書物で一区切りつけることになる。自分なりの総括である。これについては、また別の形で報告させてもらうことになると思う。
by masayuki_100 | 2012-03-17 10:43 | ■2011年7月~

「メディアの罠 権力に加担する新聞・テレビの深層」が発売されて、1ヶ月ほどになる。おかげさまで、あちこちから「メディアの病巣がよく分かる」「問題は本当に構造的だ。それをきちんと整理できている」といった声を頂いている。今度の日曜日、11日午後には東京の八重洲ブックセンターで刊行記念のトークショーも予定されている。神保哲生さん、青木理さん、それに私の3人が顔をそろえ、あれやこれやと語る手はずだ。関心をお持ちの方は、ぜひ。大震災からちょうど1年に当たる日なので、話はその方面にも進むと思う。

「メディアの罠」については、私が著者3人を代表する形で、以下のような「まえがき」を書いた。ぜひ書店で手にとってくだされば、と思う。

(以下、「まえがき」からの引用)
 最近のメディア批判、ジャーナリズム批判は止まるところを知らない。本書を手に取ったみなさんも「新聞やテレビの報道はいったい、どうなってしまったのか」「誰のために、誰に向かって、何を報じようとしているのか」といった憤りや不信を抱いた経験が少なからずあると思う。

 とりわけ、二〇一一年三月に起きた東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故に際しては、報道不信が極まった。「新聞は政府や東京電力の言い分を垂れ流すのか」「大本営発表だ」。そんな批判を目にしなかった日はないほどだ。報道批判がメディアに深い関心を持つ人々から国民各層へ一気に広がったという意味でも、二〇一一年はメディア史に記憶される年になるだろう。

 本書の筆者三人は従前から、今の報道のあり方に強い疑義を投げかけてきた。

 そして「報道の理想型」があるとすれば、どのようにしてそれに近づくかの実践もそれぞれの立場で繰り返してきた。同時に、最近のメディア批判、報道批判については「短い言葉の応酬や言葉の激しさを競うような、上滑りのやり取りが多すぎないか」「批判のための批判が横行している」といった違和感を拭えずにいた。

 要は、「メディア批判に対する疑問」である。

 青木理さんは共同通信社で記者だった。社会部やソウル支局で働き、警察取材、とくに公安関係に強い。フリーになった後も精力的な取材活動を続け、ニュース番組のレギュラー・コメンテーターもこなしている。
 神保哲生さんは外国通信社の記者を経てビデオジャーナリストになった。この分野では日本の嚆矢と言ってよい。インターネット時代の到来を早くから見据え、報道番組の制作・配信を一〇年以上も前からネット上で続けている。
 高田昌幸は北海道新聞社で二五年間記者生活を送った。調査報道に関心が深く、その分野での実践を続けた。東日本大震災後に退社したが、記者クラブの開放を早くから訴え続けるなど、フリーになる前も今も姿勢は変わらない。

 三人の共通項は「報道現場の人間である」ということだ。報道現場のおかしさや矛盾などは身をもって数え切れないほど経験してきた。そして「批判のための批判ではなく、改革のための批判を」との考えでも一致している。批判は大切だけれども声高に叫ぶだけでは問題は解決しない。ものごとには経緯と理由がある。それを見据えて、もっと丁寧な議論が必要ではないか、と。

 だから本書は、最近流行の、激しい言葉が飛び交うだけのメディア批判とは少し趣が違う。「何がどう違うのか」は、三人の議論の中からぜひ読み取っていただきたいと思う。
by masayuki_100 | 2012-03-07 20:10 | ■2011年7月~