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ニュースの現場で考えること

 インタビュー集「希望」(旬報社刊)が、ありがたいことに、あちこちで好評を頂いている。「予想以上に分厚い」という声も頂くが、世の中の様々な人々の声をきちんと伝えようとしたら、こんな分量になった。しかし、分厚い=読みにくい、ではないと思う。インタビューされた人が、読者であるあなたの前で自在に語り始める。。。そんな特別な一冊だ。
 最近の書評やネットで拾った読後感を紹介しておきたい。

東京新聞 中日新聞の書評 (記事のPDFはこちら)

 人間が生き続けるために必要な事柄の一つは希望を保つことであろう。だが原発事故を含む東日本大震災後では、どれだけの人々が希望を失っているだろうか。本書は大震災の前年にインタビューを開始し、六十三人の<希望>を収集した大書だ。発刊前に災害が起きたため、被災者の声も収録されている。登場者は幾人かの著名人を含み、大半が市井の人々。高校生から八十代までを網羅しているが、比較的三十代、四十代が多い。その仕事と場、そして人生体験の多種多様さ。このこと自体に評者はある種の希望を感じた。
 白地に赤い「希望」の書名と、笑顔あふれる家族の白黒写真のカバーに固まった心がほぐれてゆく。表現は明るいが、絶望を希望に変え、希望に到達していくまでを語る人々の心情は重い。
 語り手の言葉遣いが一言一句そのまま記されており、声音や抑揚までもが読む者に反響する。その率直な語りの中に、虚を衝(つ)かれる感動的な言が浮上してくる。プロの書き手である二十人の取材者は、芝居のト書きに似た説明を適所に補うだけで黒子に徹する。語り手が一気に独白する人生は、まさにその人だけのドラマである。内容ごとに「生きて、生き抜いて」「既成を疑う」「日本で生きる、外国で生きる」「転身、その後に考えたこと」などの章立てはまことに魅力的だ。
 印象的なのは、彼らが自身の希望に言及したりその<ありか>を設定することなく、通過してきた地点、いまある位置について淡々と述べていることだ。度重なる試行錯誤や艱難(かんなん)を乗り越えてきた自信に満ちている(後略)。

ブログ revolution から

 とかく、自分さえ良ければ良い、他人を蹴落として自分だけが這い上がれば良いといった、資本主義的競争原理に基づいた利己主義で生きるのが人間の本性だと思いがちだ。『希望』高田昌幸編(旬報社)を読むと、世の中、そんな人ばかりでは無いことが分かる。

 24時間365日急患を受け付ける「スマイル子どもクリニック」を立ち上げた加藤さんご夫妻。夜間救急に対応してくれる病院が少なく、たらい回しになって亡くなる患者が後を絶たない現状を憂え、最初は無給で預貯金を切り崩したり、自身が過労で倒れ救急車で運ばれたりしながらも、とにかく子どもの命を助けたい一心で、苦労を苦労と思わずチャレンジし続け、徐々に理解者や協力者が増え、現在は常勤医師が2医院で5人、非常勤医師35人、看護師・薬剤師・事務員・警備員120人。最近は、海外難民キャンプでの医療支援も始めたとのこと。医は算術でなく仁術だという事を実践している人達が居ることは、何とも心強いことだ。

 長野県安曇野市に、鉄格子もフェンスも鍵も無い少年院「有明高原寮」があり、短期集中で矯正教育を受けている少年たちと、地域の女性や小中学生が「鐘の鳴る丘コンサート」を開いているという。生徒(16~19歳の少年20人ほど)が先に会場にいて歌い始め、その歌声の中へ、女性合唱団が入場し、互いに向き合って表情を見ながら歌う。心を一つにして歌うことで、一瞬のうちにきずなが生まれる。歌う人も聴く人も、会場中の人が感激し、泣く人が沢山いるとのこと。この音楽指導をしている西山さんは難病を抱えながら、「命がけであの子たちと付き合ってます。命がけで音楽やるんです。出来るときに何でも一生懸命にやっとく。それが成功に繋がるし、次の喜びや達成感に変わる。苦労や厳しさの向こうに未来ってあるでしょ?」と明るく語る。

 他にも、「元受刑者だろうが関係ない。みんな人生かかってるから。」と受刑者や障害者を受け入れている建設会社の社長や、「守銭奴になったらいかん。」と社長の給料より従業員の給料を高くしている電気チェーン店の社長、両手の無い書家など、世のため人のため真摯に、試練を超えて逞しく生きている素晴らしい人達が紹介されている。

差別や偏見、虚栄心に満ちた社会の中で、自分の幸せより他者の幸せを考え、弱者に寄り添い、罪を憎んで人を憎まずの温かい寛容な心で地域を変える人達が居る。華やかなマスコミに登場したり、表彰されたりする事も無く、人知れず、よりよい社会、誰もが幸せに生きられる社会の実現のために、ひたむきに尽力する人達が居る・・・


「希望」という名の歌声が聞こえる めい展じゃあなる

 久しぶりに、いい本と出会いました。「希望」(高田昌幸編、旬報社)。大津波に生活を砕かれた岩手の16歳の女子高生、回りの医者たちが逃げ出す中で孤軍奮闘して薬害エイズ患者を治療した医師、少年院の生徒たちと歌い続ける合唱団のおばさんもいました。「あなたの希望は何ですか」というインタビューに答えた全国の47人が登場します。3・11で大きくへこんだニッポン。でも前を向いて懸命に生きる、元気な人たちがいるのです。

 寺山修司はすごい人です。彼のポケットには名言がつまっている。「五木寛之の世界」(文芸春秋社)に「黒いアルバム」という寺山の文章があります。五木の小説に出てくる主人公たちは、無の世界を見た「人生をおりた」人が多いそうです。「人生をおりる」というのは、「希望という病気」から全快してアッケラカンと風に吹かれて生きてゆくことだ、と寺山は書いていました。

 アラ還の年代になると「夢もチボー」もなくなります。眠りが浅くなって見るのは悪い夢ばかり。特に3・11以降は夢見が悪い。寺山さんがいうように、希望とは無縁のアッケラカン人生もいいな、と無の世界が広がっていました。
 そんな時に読んだのが「希望」です。
 長野の合唱おばさんたちは、毎年1回「鐘の鳴る丘コンサート」を開いて30年になるそうです。場所は安曇野市にある少年院の体育館。おばさんたちの女性合唱のあとに生徒たちの男性合唱があり、お客さんと一緒に童謡などを歌ったあとがメインの混成合唱です。それぞれ別々に練習してきて、本番で初めて一緒に歌う混声合唱。それが大きな渦となって、熱く燃えるような歌声が広がるそうです。「歌う人も聴く人も、会場中の人が感激しちゃって、泣く人がたくさんいてね。わけもなく涙がでてくるんですよ。最後に長渕剛さんの<乾杯>を歌って、生徒たちも涙、涙でね」(指導者の西山紀子さん)

 北海道の人も出てきます。イラクで人質になって有名になった高遠菜穂子さんは今も支援のボランティアを続けています。夜間中学をつくる運動を20年間やっている札幌の工藤慶一さんとか、頑張っている人がたくさんいるんですね。
 小さくても希望の灯をしっかり見据えて前に進む人たちの姿に打たれます。アッケラカンおじさんは赤面の限りです。


インタビュー集「希望」(旬報社) アマゾンのページ
by masayuki_100 | 2011-09-27 07:45 | ■2011年7月~

あまりにも当たり前すぎて、ふだんは不思議に思わないことがある。「新聞はニュースを報じる」。これもその一つだ。ニュースを報じない新聞は新聞ではない。実にその通りだ。しかし、「新聞はニュースに縛られている」のも事実である。これはどういう意味か。先日、東京・文京のシビックセンターで月刊誌「創」のシンポジウムがあって、そこでも同じことを言った。うまく説明できたかどうか、自信がないので、ここに書き残して、再度きちんと説明しておこうと思う。

「ニュースとは何か」という、大学の講義みたいな話になってしまうが、少しお付き合い願いたい。

ニュースの基本は「出来事」を追うことだ。戦争や政局、事件・事故、株価の動向、企業の新製品。これらは、すべて「出来事」である。出来事であるからニュースになる。「出来事」とは、簡単に言えば、「動き」のことだ。逆に言えば、「動き」のないものはニュースになりにくい。

最近、「新聞は原発反対のことをずっと書いてこなかった」「原発の危険性を訴えてこなかった」と批判されている。私に言わせると、前者は誤解、後者は正解である。

図書館で古い縮刷版を紐解く機会があれば、ぜひ、眺めて欲しい。全国各地で原発反対運動が盛り上がっていた1970年代、80年代、新聞はそれなりに反対運動のことを報じていた。もちろん、報道内容に濃淡はある。媒体によって差もある。読者の立ち位置によって、報道内容への評価も分かれよう。しかし、「反対運動を報じて来なかった」は誤りだ。公聴会が大荒れになったとか、反対派が集会を開いたとか、それなりの報道は続いていた。それが80年代の後半ごろから、ぴたりと止んだ。なぜか。答えは簡単だ。原発が出来て、稼働を始め、反対運動がしぼんで来たからだ。原発が既成事実になって、反対運動の「動き」が小さくなってきたからだ。

そうなると、次に来る原発関連の大きなニュースは何か。電力会社が次ぎに何を行うか、を追うことだ。原発の増設、新規計画の動向、プルサーマル計画の進捗。そういった「動き」がニュースになる。新聞社では、「反対運動」の取材主体は、たいていが社会部であり、「電力会社」の取材主体は経済部だ。反対運動の縮小に伴い、社会部の担当記者はいなくなったり、配置換えになったり、「反対運動担当」という役割が消えたりした。しかし、原発計画は進むから、それを追いかける電力会社担当記者は残った。そういう構造の下で、1990年代以降の原発報道は進んだ。

「原発の危険性を報じる」はある意味、日々のニュースを追うことではない。掘り下げる価値と必要性は十分にある。しかし、目立った「動き」はない。そこに隘路がある。

新聞のニュース原稿には「本記」「解説」「サイド・雑観」といった種別がある。

「本記」とは、出来事の骨格を書いた記事を指す。いつ、だれが、どこで、何を、なぜ、どのように。5W1Hの要素を盛り込んだ、基本的な記事である。「解説」はその出来事が持つ意味を文字通り解説する記事を指す。記者の考えが入るケースもある。「雑観」はその現場の様子などを描く記事であり、社会面用として使用されることが多い。
 
新聞社の外勤記者は、その多くが記者クラブに所属し、各記者は担当部署の「動き」を「本記」を書く。それが報道の全ての始まりだ。批判が集まっている「発表報道」にしても、多くは「本記」として立ち現れる。すなわち、「本記」がないと、そのほかの記事はなかなか展開しにくい。そういう構造になっている。雑誌的な長文のルポはそもそもが現代の新聞からは排除されているが、仮に書いたとしても、「本記」が全くないところでは書きにくい。

新聞は「本記がすべて」である。しかしながら、「本記」は「動き」や「出来事」に縛られている。だから、種々の問題が発生する。

新聞社は組織であるから、「分業」である。社員は「特定の取材部門に配置」されている。「担当」を持っている。「担当」とは多くの場合、特定の記者クラブに所属すること同義だ。全国紙は記者の過半が東京に集中し、かつ、中央省庁や政党、大企業などに偏重して配置されている。社員記者は企業人である以上、働かねばならない。社員記者が働くということは、「配置先」の「動き」を追うことを意味する。結果として何が生まれるか。「東京発・中央発ニュース」の大量生産、「記者を配置した分野・役所などに限定されたニュース」の大量生産である。

従って、記者を配置してない分野の「本記」は、なかなか紙面に登場しない。私がよく使う例だが、戸別の事件事故はよく紙面に載る。その一方、山のように存在する労働紛争は滅多に紙面に載らない。理由は一つではないが、警察には記者クラブがあって多数の記者を配置しているのに、労働基準監督局・書には記者クラブがなく、記者をほとんど常駐させていない。それも大きな理由である(労基署に記者クラブをつくれと言っているわけではない)。しかも、この記者クラブの配置、その人数などは戦後ずっと大きくは変わっていない。

一方、日本の大メディアには、市民団体やNGOの担当記者はほとんどいない。いても数人であり、兼任がほとんどだ。乱暴な例だが、「原子力情報資料室」「グリーンピース」の専属の担当記者はいない。彼らもたくさんの「発表」を行っているが、担当記者が事実上いないから、記者を重点配置した中央省庁の「発表」だけが大メディアを通じて流れていく。「発表」というスタイルは同じでも、扱いは雲泥の差がある。市民団体と政府機構では役割が違うから、これは当たり前かもしれない。当たり前かもしれないが、そういう構造になっているということは、報道会社自身がきちんと認識しておく必要がある。

また全国紙の大半は、取材者の多くを東京に配置している。全国に取材網があると言っても、地方はあくまで地方であり、「出先」だ。ニュースの価値判断を含め、すべては「東京本社」(一部は大阪など)が決する。「情報発信の過度の東京一極集中」「東京目線・中央目線」の横行である。よほどの問題としてクローズアップされない限り、地方のニュースは地方のニュースとして扱われる。

例えば、米軍基地問題にしても地元紙はずっと報道を続けてきた。玄海原発の話は佐賀新聞がしつこく報道していた。六ヶ所村問題は東奥日報が長く追いかけている。しかし、全国紙は「地方の問題」だとして、地方版に押し込めたり、報道しなかったり、小さくしか扱わなかったりした。ネットが発達してもこの構造は変わっていない。「本記」は全国紙や通信社など「東京目線」による偏重が今なお、続いているのだ。

話を戻す。「本記」を軸にニュースは回る。メディア同士の激しい競争は、すべて「本記」をめぐる競争だ。しかも、上述したような、限定された条件下で、それは行われる。そうした「本記競争」において、取材者は常に他紙の動向を気に掛ける。読者の要請とはあまり関係のないことであっても、
「本記競争」に敗れると、「ダメ記者」の烙印を押されかねない。会社員として、これは相当の痛手である。何しろ、新聞社の昇進や給与制度は公務員とそっくりだ。「●●級・●●号俸」という仕組みが多くの会社で存在している。「年功序列」が依然、幅をきかせている。

ネットが発達して、ニュースには種々の批判が加えられるようになった。批判は重要である。だれもが自由に意見を言う「多様性の確保」こそは、民主主義社会の基本中の基本だ。しかし、ニュースに対する批判・評論は、あくまで「評論」である。あるいは、既報ニュースの検証(それも絶対必要だ)に止まり、「1・5報」の域を出ていない。

「報道を変える」を軸に考えると、世の中が「本記」を軸に回っている現状がある以上、問題は「本記」をどう変えるか、に収斂する。調査報道による新たな事実の発掘は、それ自体が「本記」である。一つは、そうした調査報道を増やすこと。そのためには取材体制の見直し、人事考課の再考なども必要だろう。とは言っても、調査報道もそうそう毎日、紙面を飾るわけではない。

非常に限定された範疇でしか出てこない、しかし、日々溢れかえっている「本記」をどう変えるか。それが決定的に重要だ。では、具体的にどうするか。すぐに実行できること、時間が掛かること、報道会社の組織を見直さなければ出来ないこと。段階はいろいろある。それは追って、また別の機会に記したい。
by masayuki_100 | 2011-09-17 14:24 | ■2011年7月~

今月末か来月早々、新しい本が出ることになりました。「権力 VS.調査報道」というタイトルです。リクルート報道、外務省機密文書問題、高知県闇融資問題、大阪地検特捜部検事による証拠改ざん事件の四つについて、その取材の中核にいた記者に対し、根掘り葉掘りインタビューした内容をまとめた。Q&Aになっているので読みやすいと思うし、それになにより、ここまで語るか、という感じである。

我ながら、実におもしろい、興味深い一冊だと思う。ぜひ、手にとってご覧下さい。

案内はこちら → 「権力 VS.調査報道」
by masayuki_100 | 2011-09-14 13:24 | ■2011年7月~

9−10月、対外的ないくつかの催しに出席します。イベントそのものだけではなく、みなさんと歓談できる時間があれば、と願っています。日程が確定している催しは下記の通りです。詳細は主催者にお尋ねください。


月刊「創」主催 原発シンポジウム第3弾!
日時:2011年9月15日(木) 開場18時20分 開会18時45分 閉会21時30分
会場:文京シビック小ホール

第1部 原発報道の検証――いまメディアに何が問われているのか
18時45分~20時10分
出演:上杉隆(ジャーナリスト)/森達也(作家・監督)/高田昌幸(ジャーナリスト・元北海道新聞報道本部次長)/司会:篠田博之(月刊『創』編集長)

※上杉さんはこの間、既存の記者クラブメディアを徹底批判した急先鋒のジャーナリスト。先頃出版した『報道災害【原発編】』が評判だ。森達也さんはオウム真理教を描いた『A3』で講談社ノンフィクション賞を受賞。創出版から『極私的メディア論』を出版するなどメディア論でも知られる。高田さんは、北海道警裏金追及キャンペーンを道新デスクとして主導しながら、道新に対する道警の巻き返しともいえる訴訟攻撃を受けてきた(『創』2011年1月号の高田さんの署名記事参照)。結局、この6月道新を退社。この高田さんをめぐる経緯そのものがマスメディアの問題を浮き彫りにしているといえる。現役記者の時代から記者クラブ制度批判を続けてきた高田さんに、今のマスメディアのどこがどう問題なのか語っていただく。

第2部 原発と市民運動 20時20分~21時20分
出演:雨宮処凛(作家)/鎌仲ひとみ(映画監督)/鈴木邦男(一水会顧問)/司会・篠田博之

※鎌仲ひとみさんは映画「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映運動を全国で展開している監督。『創』最新号(9・10月合併号)でその映画の上映と原発問題について語っている。
雨宮さんと鈴木さんは、この間、原発反対運動に積極的に関わっており、先頃、創出版からそれぞれ『ドキュメント雨宮☆革命』『新・言論の覚悟』を出版。今注目されている論客だ。

入場料:1000円(当日会場受付でお支払いください)
主催:月刊『創』編集部  申し込みフォーム・詳細はここをクリックしてください。



『希望』(旬報社)刊行記念トークショー
新聞記者という仕事


高田昌幸(ジャーナリスト)×青木理(ジャーナリスト)
■2011年9月17日(土)18:30~20:30(開場18:00)
◇会場 ジュンク堂書店新宿店 8階カフェにて
◇定員 40名
◇入場料 1,000円(1ドリンク付き)
◇参加ご希望のお客様は7Fカウンターにてお申し付けください。
電話でのご予約も承ります。
お問合わせ先:ジュンク堂書店新宿店 電話:03-5363-1300

このトークショーの詳細はこちら



日本ジャーナリスト会議主催 
JCJジャーナリスト講座 第1期




★高田が出席するのは10月15日のみです。以下は主催者からの案内です。

☆10月8日土曜からスタート 4回連続
☆第一線の記者・デスクが現場の今を伝える
☆課題作文の添削を含めた徹底的な文章指導も
☆報道写真の撮り方も熟練フォトジャーナリストが伝授

〈JCJジャーナリスト講座の日程〉
◆10月8日(土)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールームで
講座①「海外取材のABC」(元米国特派員) 講座②「特報部の仕事」(現場デスク)

◆10月15日(土)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールームで 
北海道新聞の元記者・高田昌幸さんの集中講義 事前に10月5日までに手書きで800字の課題作文をPDFファイルにしてメールで提出。その講評と添削指導を含む。
講座③「取材とは何か。体験的取材報道論」
講座④「報道の文章とは。書くことのプロであれ」

◆10月22日(土)午後1時半から5時 会場は未定(後日、連絡します)
講座⑤「戦争と平和の問題を追う」
講座⑥「原発震災報道を考える」(元NHK解説委員)

◆10月29日(土)午後1時半から5時 会場は未定(同上)
講座⑦「報道写真のためのカメラ術・撮り方のポイント伝授」(元朝日新聞写真部記者)
テーマを決めて撮った写真と簡単な説明文を事前にメールで提出。(詳細は後日連絡)
講座⑧「テレビの仕事・放送記者とは」(在京テレビ局ジャーナリスト)
会費制で簡単な終了パーティーを予定

定員40人。受講者資料代として1回1000円(4回まとめると3200円(支払いは会場で)

申し込みはメールかファクスで。①氏名②年齢③住所④電話番号⑤メールアドレス⑥参加希望日
を明記のうえ日本ジャーナリスト会議事務局へ。9月1日から受け付け開始
メール jcj@tky.3web.ne.jp
ファクス  03・3291・6478
主催・JCJ新聞部会  問い合わせ・JCJ事務局(電話03・3291・6475)

日本ジャーナリスト会議(JCJ)のホームページはこちら。
by masayuki_100 | 2011-09-04 12:23 | ■2011年7月~

「原子力防災専門官」とは何か。言葉の説明としては、こうである。東海村の臨界事故を契機に新たに設けられたポストで、原発事故時には、情報収集のカナメになる。全国各地のオフサイトセンターに常駐している。もちろん、福島にも、だ。

et="_blank"><原子力防災基礎用語集>から 原子力防災専門官は原子力災害対策特別措置法第30条の規定により、国の緊急時防災体制の中核的存在として、文部科学省又は経済産業省の職員として、文部科学省又は経済産業省が指定した原子力事業所の所在する緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)に常駐し、原子力事業所に係わる業務を担当する。

◎1999年11月17日 衆院科学技術委員会
中曽根(弘文)国務大臣 原子力緊急事態が起きますと、程度に応じまして緊急事態宣言が行われるわけでありまして、その後、関係省庁、地方公共団体、また原研の関係者あるいは原子力事業者等関係者がいわゆるオフサイトセンターに集まります。そして、原子力災害現地対策本部長がこれらの者に対して一体的に指示を行うことによって、原子力事業者の原子力防災組織、原子力防災専門官、それから原子力研究所やあるいは原子力専門家、自衛隊、消防、警察、医療チーム等々が連携をとりつつ総力を挙げて緊急事態応急対策を実施する、そういうことになっております。

同じ委員会での斉藤政務次官の答弁
○斉藤政務次官 今回、特別措置法第三十条で原子力防災専門官が規定されております。この原子力防災専門官は、原子力事業所の所在する地域に駐在して、平常時においては、原子力事業者に対し防災業務計画の作成等の予防措置に関する指導助言を行う。それから緊急時においては、事業者からの通報があった場合に、直ちに現場においてその状況の把握のために必要な情報の収集に当たるということになっております。
 御質問のいわゆる地方自治体との関係でございますけれども、平常時から原子力事業者の防災対策に関して情報交換等を行うほか、緊急時においては、特に初動期において、現場の状況等の情報伝達を行うなど、原子力事業者の行う対策と、国、自治体の行う対策の相互の連携を図るような役割を果たすことになるかと思います。
 その条文ですけれども、通報があった場合ですけれども、「その状況の把握のため必要な情報の収集その他原子力災害の発生又は拡大の防止の円滑な実施に必要な業務を行うものとする。」ということで、この「円滑な実施に必要な業務」というところで、地方自治体との平常時における情報交換ということが含まれていると考えております。

この専門官の配置を決定した際の政治の思惑はどうであれ、いったん原子力災害が起きれば、原子力防災専門官は情報収集の中核を担い、住民避難等にも相当程度の権限を有することになる。では今回の福島原発事故で、「原子力防災専門官」はどのような役割を果たしたのか。新聞記事で拾ってみよう‥‥と思ってデータベースで新聞記事の横断検索をかけたら、7件しかヒットしない。たったの7件である! この注目のされなさ加減は、いったい何なのか、と感じてしまう(私も過日、知人から教えられたにすぎないが)

データベースで拾った記事7件のうち、主なものは以下だ。

*4月 1日 北国新聞の社説

*4月10日 福島民報 連載「原発崩壊」フクシマからの報告(上)
 この記事では、こういう記述の中に登場する。
‥‥「オフサイトセンターまで」。横田ら三人の原子力防災専門官はタクシーに飛び乗った。五キロ
ほど離れた大熊町にある国の緊急事態の拠点「原子力災害対策センター(オフサイトセンター)」
に向かう車中、これからやるべきことを整理した。
 当日の動きを追ったドキュメント記事の1エピソードである。

*5月29日 朝日新聞<指定席>原子力防災専門官・中嶋聡明さん 「安全」の基本は同じ /福井県
 この記事はいわゆる「人もの」である。

ほかの記事4本は佐賀新聞や北海道新聞など。いずれも原子力防災の仕組みを説明する中で、この語句が使用されている。しかし、いずれにしろ、今回のフクシマ原発事故で、この「原子力防災専門官」が果たした役割・果たせなかった役割に付いては、もっと取材が行われて良いのではないかと感じる。議事録検索をかけた限り、事故後の国会でも全く話が出ていない。不思議である。この専門官は、東海村の臨界事故を教訓として導入された制度である。それが実際どう機能したかの検証は極めて重要だ。もし何の役割も果たせていなかったのだとすれば、東海村の事故の教訓はたいして役立たなかったということになる。
by masayuki_100 | 2011-09-01 13:04 | ■2011年7月~

9月1日午前、札幌は快晴。夏に逆戻りしたような陽気になった。朝早くに知人からの電話があって目が覚め、そのとき、「ツイッターにこんな話が出ているよ」と教えてもらった。 Takashiさんという方のつぶやきである。

@Tyrant_of_Japan 【北電やらせメール】道新の報道姿勢がやはり気に入らない。元々共産党の調査により発覚した問題に乗っかっただけで、道新は調査するどころか藤原さんの内部告発さえ扱おうとしなかった。高田昌幸さんの言う通りただの発表報道に過ぎない。本来あるべき調査報道はもはや望むのは酷か… #泊原発

「発表報道」とは何か。それを説明しようとしたら、1冊の本ができるだろう。それほど根深い。私なりに簡単にまとめると、いくつかに集約される。

まずは、発表のタイミング=時期が、当局側の都合で左右されることだ。当局・権力者らによる発表のキモは「発表したいものを、発表したい時に、発表したいように発表する」である。仮の話ではあるが、民主党の代表選が行われていた8月末、突如、大相撲の新たな八百長が発覚したとの「発表」があったら、どうなるか。極端な例は、当局によるスピン・コントロールだ。懸命な読者はお分かりのように、日本でも「スピンではないか」という事例は最近急増している。しかし、誇張や隠し事があるにしても、「発表」内容自体に嘘はないとすれば、どうなるか。

発表が発表である以上、(一部の報道会社がボス交渉によって相手当局に発表時期をずらしてもらう例などがあるにしても)発表のタイミングは報道側で左右できない。発表は速報を伴う。今の日本の報道会社のように「速報」と「報道」が未分化であって、かつ、他社記事の引用を極端に排除する風土の中では、つまらぬ発表ものもすべて自社の記者によって処理される。しかもネットのあちこちで「速報」されているから、記者にとって「速報」は至上命題である。余裕ある陣容を抱えた部署は別だが、たいていの記者は1人でネット用の「速報」も新聞向けの「ニュース本記」も、場合によっては「解説」も書かねばならない。

1990年前後、日本経済新聞社が「産業新聞」「流通新聞」「金融新聞」など新媒体を次々に創刊した時代があった。そのころ、日経の友人記者たちは1つのネタを本紙に書いて、「産業」に書いて‥‥という作業を続けていた。飲み会にいつも遅れてくる日経の友人たちには「そんなことしてたら、記事の中身が薄くなるだけだろ」と言っていたけれど、その大波がネット時代になって各社に襲ってきたわけである。

今の時代、他社がどう報じているかは、詳細は別にして、ネットですぐわかる。速報とはいえ、他社の記事をまったく考慮しない記者などいないと思う。おまけに本社や記者クラブには「早く取材メモを寄越せ」と言うデスクやキャップがいる。彼らもネットの速報を見ているし、部下の報告によって早く発表の全容が知りたい‥‥。そういう循環である。

そんな状態になっても「競争」はある。非常に狭い範囲での、業界内での自己満足的な「競争」でしかないが。発表の舞台は主に「記者クラブ」であるから、競争は主に、記者クラブでの発表を軸にして回る。

事件事故の警察発表を例にとれば、発表されていない仔細な出来事を巡って各社が熾烈な夜回り・朝回り取材を続ける。大げさではなく、肉体も精神もすり減るような、きつい労働が続く。そうした取材を一様に否定することはできない。権力の奥深くに日常的に刺さり込んでいなければ、その構造や不正・腐敗も具体的には何も分かりはしない。小さなレンガを積み重ねるような取材を経ずして、「事実をもって権力に疑義を唱える」調査報道などできない。その作業を経ずして権力悪を言い立てるのは単なる評論である(評論は自由にすべきだが、ここの本題ではない)。

しかし、現実には熾烈な取材合戦で求められている成果といえば、それは概して「発表に付随する些細な事柄」でしかないことが多い。「発表の補足」と言い換えても良い。例えば、「凶器はナイフだったか包丁だったか」という程度の競争である。もちろん「ナイフか包丁か」の差が決定的な意味を持つこともあるが、いずれにしろ、日常の大きな枠組みの中では、取材の向きが当局と同じ方角を向いている。簡単に言えば、二人三脚であり。各社の激しい競争も「当局との二人三脚」の枠組みを出ていないケースが多い。戦前の大本営発表時代も、各社間ではそれなりに競争があったのと同じである。

発表はまた、「壮大なるパターン化」を生む。例えば、ある経済統計の発表が数時間後に迫っているとしよう。私も若い経済部時代に経験があることだが、その場合、不慣れな記者はどうするか。前回の発表記事を参照する。数字が悪化したケースと、好転したケース。その両方に目を通す。そして記事のパターン(たいていは定型である)を頭に叩き込む。「パターン化」は「前例踏襲」と同義であるから、これからはみ出したものには、即応できなくなる。パターン化が最も通じない取材は災害・大事故である(事件報道はパターナリズムである)。

発表報道が深化・進化すれば、取材する側では、発表報道に沿った組織体制・組織運営・人事考課などがその組織の文化になる。何しろ、戦前の新聞統制以来、1970−80年代の一時期の一部事例を除いて、日本の新聞は大半が発表報道で埋まってきた。今や8−9割が発表報道と言っても過言ではあるまい(今朝の朝日新聞一面「こども150人過剰被曝 甲府の病院」のような記事は、ごく稀にしか登場しない)。できあがった組織の本当の恐ろしさとは、仕事の仕組みが出来上がってしまい、あらたなことを手がけずとも、とりあえずは社員たちがメシが食えることだと思う。そうした組織文化の下では、例えば福島原発事故のような火急・喫緊の取材についても、「あいつはサブキャップだから」「なんで官邸取材に社会部が来るのか」とか、およそどうでもいい理屈で動いたり、動かなかったりしているはずだ。

長くなったが、そうした組織文化の病理の一つが、冒頭で紹介した@Tyrant_of_Japanさんの言葉に書かれている。

北電のやらせメールは日本共産党北海道委員会の「発表」である。私がみる限り、北海道新聞にも朝日新聞にもそれ以上の内容を持つ記事は出ていない。あれこれの記事は出てはいるが、それは記者(=報道会社)が自己の責任において事実を新たに掘り起こした記事ではなく、やらせ発覚についての関係者の感想を集めた「感想文集」程度の記事でしかない。あとは「どうなるプルサーマル」などといった20年前の政局記事と同じような記事しかない。「どうなる‥‥」という記事は、書くものを持たない記者が無理矢理書いた作文がたいはんだ。見出しを見ただけで結論が分かってしまう、極度のパターン化記事である。

そして(これも結構問題なのだが)、権力と対峙している組織や人の「発表」を報じることで、自分は権力監視の役割を果たしたと勘違いしている記者がいる。もちろん、「発表」であったとしても、権力・当局とは逆の見方であれば、どんどん報じた方が良い。例えば原発問題では、NGOや市民団体が独自に放射線量を測定して「発表」しているが、それらももっと報道すべきだと思う。しかし、発表は発表でしかない。「発表取材」という取材の態様・構造・仕組みから考えれば、当局発表も共産党発表も同じである。
by masayuki_100 | 2011-09-01 12:14 | ■2011年7月~

もう9月である。また首相が代わり、原発事故は依然として深刻な状態が続き、メディア状況も相変わらずである。私は北海道新聞社を辞めて2ヶ月が過ぎた。のんびりしつつも、あれやこれやと適当に忙しく、日々楽しく過ごしている。

先週は東京に行き、ニコニコ生放送に出た。ジャーナリスト青木理さんの新番組のゲストであり、鳥越俊太郎さんとともに2時間弱の出演である。討論というよりは座談会みたいになってしまったが、なにせ鳥越さんはかつて(2003年11月)、テレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」で道警裏金問題を最初に取り上げた人でもある。一度お会いしたいとの思いがようやくかなって、うれしかった。それにしても、あれからそろそろ8年である。あの大キャンペーンを今も忘れずにいてくれるという思いの一方、いつまでも道警裏金報道でもあるまい、との感じも消えない。

インタビュー集「希望」は、発売から1ヶ月になる。あちこちで「良い本ですからぜひ読んで下さい」と、声をかけて回っている。9月17日には東京のジュンク堂書店新宿店で、青木理さんとトークセッション「希望」刊行記念 「新聞記者という仕事」も開く。「希望」刊行記念と「新聞記者の仕事」とでは、テーマは無関係のように思えるかもしれないが、そんなことはない。では、どこがどうつながっているのか? それはぜひ、足を運んでいただいて、お聞き下さい。会場には外交評論家の孫崎享先生もお見えになることが決まっている。

自分のかかわった本がどう読まれているか。当然、それも気になるものだ。直接、感想を届けて下さる方も多いが、ネット上でも少しずつ、感想や激励をいただいている。本当にありがたいことだと思う。本書をご覧頂ければ分かる通り、この「希望」の大きなテーマの一つは「ばらばらになったものをつなぐ」ことにある。それはまず、「書き手」のネットワークをつくりたいとの作業でもあった。新しいメディアを考える際も、「書き手」をどう連携させていくか、が大きな課題である。で、せっかくなので、ネット上の声を少し紹介させてもらいたい。繰り返しになるけれど、こうした声は本当にうれしいのである。

アマゾンのレビュー。「50人が語りかけてくれる特別な本」
さまざまな人々が、自らの生い立ちをなぞりながら、現在そして未来を語るインタビュー集。 「希望」というタイトルは正面すぎて気恥ずかしいし、なにより大上段から希望を語る輩は怪しいに違いないのだが、この本はそうではなかった。登場する人々それぞれのインタビュー記事は、まるで目の前で話を聞いているかのようで、仕事の説明ひとつにしても、思いや気持ちと共に伝わってくる。 インタビューはひとりづつ完結しているので、どこから読んでもかまわない。気が向いたときに読む、というのが気楽でよい。目次だけでも十分いろいろと想像できる。他人の話を通して、自分を知る時間になりそうだ。 ところで、この本は日本のナショナル・ストーリー・プロジェクトを想像させてくれた。ひとりひとりの物語から歴史を感じるようなプロジェクトになればいいのに、と思う。

CNET JAPAN のコラムニスト殿岡さん
ツイッターでのつぶやき
@HyoYoshikawa
いつも何かに文句言っているのですが、これでもリスペクトする人も沢山いる自分は結構カワイイと思いますよ。とか。(何 そのリスペクトする1人、元道新の高田昌幸さんの著書「希望」が届きました。

ネコまいける さんの書き込み(関心空間)
 「あなたの希望は何ですか?」
…と云う問いかけとその答え(生の声)を集めた本である。

編者の高田昌幸氏(札幌在住のジャーナリスト)が、2010年春ころ(当時、北海道新聞記者)から、知人の記者達にメールで呼びかけたのがきっかけで始まったプロジェクトの成果だ。
そして、編集作業の途中に、3.11東日本大震災が発生。
直後、被災地に記者らも向い、急遽、追加で取材した内容も収録されることになる。
 

この本のには、多くの人が登場する。

問いかけた人(インタビュアー)として、高田氏を中心に日本各地の新聞記者、フリーライター、学生等々、20名。

インタビューに答えた人には、全国の、主婦、会社員、落語家、幼稚園園長、バー店長、作家等々、47人。写真で掲載された人が16名。
北海道関係者では、路線バスの元運転手、札幌市内で高齢者専門の下宿を経営する大家、元受刑者を受け入れる札幌市内の建設会社専務、北海道朝鮮学校サッカー部監督、道内で夜間中学の運営と親切に奮闘する男性、厳冬の札幌でホームレスのために炊き出しを続ける女性…等々。
東日本大震災の被災地では、被災した高校生や獣医、市会議員など5名。



 


「『今の日本に希望を信じて歩む人たち』の声を送り出し、ほんの少しでも明日を信じることができるような社会に。」
…と編者の高田氏は呼びかける。


さらに、氏は言う。
「編者として本書に登場する人びとの言葉の記録を熟読した私には、ぼんやりと、でも確かに思うことがある。どんなにささやかであっても、どんなに泥にまみれていても、そして目の前から消え去ったように感じても、そう簡単に「希望」はなくならないのではないか」
…と。

昨日(2011年08月29日)、「組織」の顔色を伺いながら、「一国の総理大臣」となる「組織の代表選び」を行なった人たちは、今、国民一人ひとりの心の中に密かに灯している希望の火が消えそうなくらい小さいことを理解できているのだろうか?!

京都の大学の先生から ツイッターでのつびやき
@tksmmshr: 『日本の現場』の編者の一人、高田昌幸さんの新しい編著『希望』。インタビュー集とのことで、すぐさまターケルの一連の著作が心に浮かんだ。希望といえば、魯迅の言葉も。『希望』のまえがきに深く共感した。心が震えた。
@tksmmshr: 高田昌幸さん編著『希望』のあとがきも、またよい。ターケルに少し触れている。ターケルはテーマは大文字だが、民衆の話がそれを小文字の複数形にする。大文字で話をしない、わかったつもりにならない。大事。

紀伊国屋書店のHPから。テーマは「希望」 注目の一冊
 震災をくぐり抜けた高校生(岩手県)、少年院で地域ぐるみの合唱コンサートを30年間つづける音楽の先生(長野県)、町の電器屋さんを人づくりで再生させる電器店チェーン社長(鹿児島県)、大学卒業後アルバイトをしながらステージに立ち続けるシャンソン歌手(神奈川県)、市議会議員、NPO代表、落語家、サッカー部監督、牛飼い、バー店長、画家、主婦、アマ棋士、作家、大学の先生、......さまざまな状況に置かれた老若男女が自分のことばでじっくりと今の思いを語るどのインタビューも、読み手である私たちの心になにがしか深い印象を残してくれます。

下野新聞の書評
 2年前の春になる。下野新聞社会面で「泣いて笑って とちぎ・それぞれの希望」というタイトルの連載記事を同僚記者たちと取り組んだ。父が重ねた借金数億円から再起した青年、母子家庭の不安定な生活から抜け出そうと看護師を目指す主婦...。連載の狙いを、初回の記事の冒頭でこうつづった「不況、息詰まる閉塞(へいそく)感、見えない明日-。こんな時代でも、逆境をはねのけ前に進む人たちがいる。『希望』に向けてひたむきに生きるそれぞれの道を追った」
 この国を取り巻く状況はどうなったのだろう。2年前に比べ、事態はより深刻になっているのかもしれない。それでも、だ。それでも多くの市井の人々は、今を精いっぱい生きている。
 本書に一人称の語り手として登場する北海道から鹿児島の著名・無名の47人(写真のみも16人)は、東日本大震災の被災者から自殺防止のNPO代表、高齢者下宿の経営者、被爆体験の語り部、新規就農者らと職種や年齢も多岐にわたる。権威や権力とは無縁な人々が日々直面している社会の矛盾や制度疲労、苦難や偏見。時には力強く、時にはしなやかに立ち向かって歩みを進める姿は、「希望」の2文字とともに読む者の心をとらえて離さない‥‥

朝日新聞 北海道版での紹介記事はこちら
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記者ら20人、46人を取材 「希望」出版

孫崎享先生の応援メッセージ
メディア:日本のメディアは何故権力に迎合するか。一つに権力に抗する者を徹底的に排除するメカニズムが機能。その意味で「北海道警の裏金問題取材」は重要な意味合い。警察の裏金追求は警察相手だけに危険。高知新聞と北海道新聞だけ本格的に取材。2004年高田昌幸は北海道新聞取材班代表として

メディア2:新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞。ではどうなったか。北海道新聞の幹部になったか。全く逆である。この報道をめぐり元道警総務部長道警本部長が叱責された部分など3カ所について「真実ではなく、真実と信じた相当の理由もない」と名誉毀損で訴え、

メディア3:6月12日最高裁で名誉毀損が確定。道新は高田氏を守る側に守らず逆の動き。そして高田氏は6月末退社。本来この問題は報道の自由を巡る極めて深刻な問題だがほとんど報道されていない。日本社会は組織で生きる。一人で生きるのは容易でない。加えて権力側が敵と見なす。しかし逆境で
メディア4:人の真価が問われる。高田昌幸氏は本『希望』を編集し7月末出版。多くの対象が社会で苦しんでいる層。この人々の希望を取り上げた。対象相手と高田昌幸氏がだぶる。だぶるからこの本を出版できた。頑張って欲しい。そして本物のジャーナリストが日本で生きていけることを示して欲しい。

by masayuki_100 | 2011-09-01 01:58 | ■2011年7月~