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ニュースの現場で考えること

少し前の記事でも紹介したが、有名・無名の人々の、それこそ声なき声を集めたインタビュー集「希望」が出版になった。版元の旬報社から連絡があって、東京など大都市圏の書店では、早ければきょうあたりから、店頭にこの本が並ぶそうだ。

「希望」にとりかかったのは、昨年の春ごろ、ちょうど東日本大震災の起きる1年前のことだ。震災発生時は最終校正に差し掛かっていたが、急遽、締め切りを延ばし、震災関連のインタビューも追加することになった。本の装丁は、著名な装丁家、桂川潤さんに手がけていただいた。本当にすてきな装丁になったと思う。見本として事物を手に取った方々からは、ありがたいことに、「とても良い内容ですね」との言葉を頂いている。

たとえば、ジャーナリストの高野孟さん → 「大震災の1年前から企画され取材も進んでいた、生きることの希望のありかを探るインタビュー集だが、大震災が起きたので締め切りを延ばしてその関連の5人を追加してそれを第1部に置いたので、インタビュー相手は63人、ページ数は400ページを超える大冊となった。1人1人の語り口は生々しくて重い。じっくりと読むべき本である」(高野孟の遊戯自在録027 7月9日の項)

「希望」は取材者が20人にも上る。現役の新聞記者、元記者、フリー記者、元フリー記者、学生など多士済々で、年齢も20代から60代まで。どんなに優れた記者であっても、しょせん、1人の見方、1人の目線など幅が狭い。たかが知れている。重層的な目線がないと、この複雑な社会を捉えることなどできはしない。ずっとそう考えていたこともあって、「高田以外の眼」を極力集めたいとも考えていた。それが「多様な取材者」の意味合いでもある。

前回の「希望」が出版になります(1)では、「まえがき」を引用した。「希望」はどんな本ですか、をもっと知っていただくために、きょうは「あとがき」を引用しておこうと思う。ただ、「あとがき」の引用は全文ではなく、抜粋・要約である。

以下は「あとがき」から。

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by masayuki_100 | 2011-07-26 14:38 | ■本

「北海道新聞を退社しました」とのお知らせをメールで送ったり、その挨拶で知人の方々を訪ね歩いたりしていると、ほうぼうで「やっぱり、あれですか、あの件で?」との質問を受ける。北海道警察の裏金報道を手掛けた後、道警の元総務部長である佐々木友善氏が名誉棄損で私や出版社などを訴え、先頃、その判決が確定した。それが「あの件」である。

上告していた「北海道警察裏金本訴訟」は、私の退社直前に最高裁が上告を退ける決定を下した。もっとも、最高裁の決定は今年秋ごろだろうと予測していた。最高裁決定と退社時期との時期的な近似は、偶然に過ぎない。退社はもっと早くに、大震災発生直後の日々の中で最終決断した。

しかし、裁判やその帰趨がどうであれ、それだけでは辞めようとは思わなかった。

有り体に言えば、未曽有の大震災が起き、原発事故が日々深刻さを増している中、それ以前と同じような感覚、態勢、視点で報道を続けていく勤務先の新聞社の姿に、表現のしようがないものを感じたからである。原発事故報道に限らず、既存大メディアへの批判が止む日はないが、私自身は、昨今の大メディア批判は「組織のありよう」「組織と個人」の問題に行き着くと感じている。新聞社をはじめとするメディア企業は、保守化・官僚化した。それが極まった。「個々人には真面目な、真摯な人もいる」との指摘が事実だとしても、集団として時代を切り開いていくことができないのであれば、それは「官僚的組織」としてマイナス評価を下すしかない。

昨日は、中央省庁の幹部だった方とランチを共にした。ある一時期、日本の進路を決定するような問題を牽引していた方である。人生の先達でもある元幹部も、私と同じような認識を示していた。わずか2-3年で異動するポスト。それを必至で守ろうとする中堅職員や幹部。外に向かっては「ちゃんとやっているぞ」との姿勢を示しつつ、その実は何も事態を動かさない・動かせない日々。「役所うや新聞社だけでなく、日本のあらゆる組織で同じこおが起きている」と彼は言う。そして「このような集団はある一定の条件下ではもの凄く強味を発揮する。しかし昨今のような社会の状況下では、社会の衰退に手を貸すだけである」と付け加えていた。

だから、「あの件で辞めたのですか」との問いに対する回答は、ひと色ではない。

会社員が「もう辞めたいな」などと思うのは、日常茶飯だろうと思う。そして時々、それをスパッと実行する人がいる。実にまぶしい。そして、私を直接知る人は「仕事が面白い。天職だ」と言いつつも「会社を辞めて違うことをやりたいな」と言う姿を、それこそ、もう10年以上も見せつけられてきたはずである。

ただし、「あの件」と退社が全く無関係だったかと言えば、それも嘘になる。「あの件」とは、いったい何か。というより、何だったんだろうな、と思う。その中身については、すでに、いろんな方々がいろんなところで書かれている。自分も書いたり、喋ったりしている。こんなややこしい話に興味のある方がそうそういるとは思えないが、今もよく質問を受けるし、ネットでもあちことで読むことが可能だから、以下に一部を紹介しておく。

*原田宏二氏 「メディアは権力を監視できるのか」 そのPDF版
*朝日新聞の元論説委員、柴田鉄治氏 「北海道新聞はおかしくないか」
*岩上安身氏との対談 高田は「記者会見・記者室の完全開放を求める会」の世話人として出演 ブログ「世界の真上で」内にテキスト版
*月刊誌「マスコミ市民」上での対談 「北海道警裏金問題の報道をめぐる裁判とジャーナリズムのあり方」

きょうも東京は猛暑のようだ。ホテルの窓から見ると、文字通り、空には雲一つない。きょうはこの後、暑い東京から、さわやかな札幌へ戻る。
by masayuki_100 | 2011-07-11 10:37 | ■2011年7月~

c0010784_13263376.jpg 「希望」というタイトルの書籍が、7月25日ごろから書店に並ぶことになりました。北海道新聞の退社と偶然重なる結果になり、退社のあいさつを兼ねて出歩く際は、刷り上がったばかりの見本を持ち、あちこちで少しずつ宣伝させてもらっています。

版元の旬報社さんの宣伝文を借りれば、この「希望」は「だれもがどこかに展望をもち、なにかを信じて格闘している。北から南まで、いまを生きる63人の軌跡。希望のありかを探るインタビュー集」です。有名か無名か、成功者か否かには関わりなく、多くの人々(大半は市井の人々である)が取材者と膝を交え、何時間も何時間もインタビューに答えています。語り口調や方言を大事にし、読み手にじっくりと語りかけてくるような内容です。登場人物も様々であるなら、20人に及ぶインタビュアーの年齢、経験も多種多様です。グラビア頁は江平龍宣さんが担当。その写真もすばらしいと思います。

とにかくぜひ一度、手にとっていただきたいと思います。少し長くなるが、「まえがき」です。

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by masayuki_100 | 2011-07-09 13:44 | ■本

2011年6月末で北海道新聞社を退社しました。1986年の入社以来、25年間勤務したことになります。お世話になった方々には、退社の連絡や挨拶回りを続けていますが、直接それをお伝えできない方も大勢します。この間、本当にお世話になりました。曲がりなりにも記者活動を続けることができたのも、大勢の方々の支えがあったからこそ、です。本当にありがとうございました。

今後はしばらく休養しつつ、引き続き、ジャーナリズム・報道の分野にかかわっていきたいと考えています。フクシマ原発事故の報道が象徴的だったように、昨今の新聞・テレビの報道は大きな問題を抱えています。「どこがどう問題なのか」はこのブログでもさんさん書き連ねてきました。報道現場が抱える多くの問題は「組織と個人」の問題に帰着すると考えていますが、メディア界全体を見渡せば、それで済む話でもありません。

ここ数年、日本の報道界では「紙の新聞vsネット」「既存メディアの記者vsフリー記者」などなどあらゆる分野で問題が露呈しました。しかし、こういった「右か左か」のような発想では物事は前に進まないような気がしています。批判はとても大切ですが、ためにする批判や何かへの怨念のようなものは、ものごとを壊していく力にはなり得ても、何かを構築していくパワーにはなり得ないようにも感じます。

北海道新聞時代は調査報道や連載企画にのめり込み、好きなことをずいぶんとやらせて頂きました。その私も51歳になりました。昨晩も小宴で「まだ若いじゃないか」と言われましたが、自分としては「もう51歳か」が実感です。何かを作り上げていく気力と知力がどの程度残っているかは判然としませんが、少しずつ歩み続けたいと思っています。

ありがとうございした。これからもよろしくお願い致します。

(ブログ内の略歴を更新しました。連絡先メールアドレスはこのブログで公開している通り、従前と変わりません)
by masayuki_100 | 2011-07-09 13:14 | ■筆者&連絡先