「真実 新聞が警察に跪いた日」を柏書房から出版しました。北海道警察の裏金問題をめぐる報道、その顛末を「私」の目線で切り取った1冊。一連の問題の総括です。
by masayuki_100
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「@Fukushima 私たちの望むものは」も発売中です。原発事故以来、福島にとどまる人、去った人、福島や原発に関係を持つ人、そういった人たちは何を思い、何を考え、どんな望みをいだいてきたのか。大メディアでは伝えきれない、切々とした思い。そんな生の声にじっくりと耳を傾けてきました。クリックして、ぜひご覧ください
「@Fukushima 私たちの望むものは」の前作とも言える「希望」はこちらです。ふつうの人々の声に耳を傾け、聞き取ることの大切さ、すばらしさをお分かりいただけると思います。クリックすると、「まえがき」を読むことが出来ます。
「権力vs調査報道」は権力監視型の調査報道に関する(おそらく)これまで日本になかった書物です。「リクルート報道」「大阪地検特捜部検事による証拠改竄」など調査報道に携わった記者たちに取材手法などをインタビューしました。
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事件報道自体の量的抑制が必要だ
日付は1月26日に変わったから昨日25日のことになるが、夕刊に何紙かにこんな記事が出ていた。またまた小沢一郎民主党幹事長の資金疑惑に関連する件である。
記事によると、逮捕されている石川知裕議員の手帳(地検が押収したことになっている)の2004年10月15日の欄に「全日空」という文字が書き込まれていた、という。この日は、水谷建設元幹部が東京・港区の全日空ホテル(現在はANAインターコンチネンタルホテル)の喫茶店において、石川議員に5000万円を渡したと供述した、とされている日だ。つまり、供述を補強するかのような証拠が石川氏側の押収物にあった、という話だ。
これが事実なら、相当の決定打である。実際、各報道はそれをずいぶんと大きく扱っている。同じニュースは昼のテレビでも流れていた。
しかし、普通の記者なら(記者でなくとも)疑問を持つ。あのホテルは、私の今の職場にも近く、時々利用するが、ロビー階の喫茶店は吹き抜けであり、大勢の人が出入りする。おまけに喫茶店をぐるりと取り囲むような回廊が上部にあり、回廊からは喫茶店をぐるりと見下ろすことが可能だ。どこからも丸見えなのである。およそ、秘密の会合に相応しい場所ではない。しかも、よく知られているように5000万円は重さ5キロである。そんな場所で、そんな嵩張る・重いヤミのカネの受け渡しなどするのだろうか。
そんな疑問を感じていたら、案の定というべきか、午後になって、問題の手帳は2005年のものだった、という報道が出始めた。「2004年10月15日の欄」に「全日空」の記載があった、という報道の事実上の撤回・修正である。しかも、「全日空」の記載は「4月」だったという。年も月も、水谷元幹部の「供述」と全然違っているではないか。それに「05年4月」は、大久保秘書が5000万円を受け取ったはずの日だったのでは? もう何がなんだか、の大混乱である。
話は少し変わるが、日本の事件報道は、「続報主義」である。いったん事件が起きれば、連日のように「続報」を流す。いったん逮捕されれば、起訴までの拘置は最大23日に及ぶが、その間、捜査の途中経過情報を元に、ああでもない、こうでもない、と書くことに全力を挙げていく。私の感覚では、明らかに「事件報道の量の過剰」である。いったい、どうしてこんなことになってしまうのか。答えはもちろん一つではないが、記者クラブの硬直した配置にも原因がある、と私は考えている。
いま発売中の「ジャーナリズム 2010年1月号」(朝日新聞社)に、私は「記者クラブと記者室の開放問題を考える」という拙文を記した。記者クラブは既存メディアによる情報カルテルであってはならないし、いい加減にもう、記者クラブは(記者会見も記者室も)広く開放しなさい、いつまでこんな体制を既存メディアは墨守するつもりか、既存メディアの編集幹部は「開放」を決断しなさい、というのが論旨だが、その中で、こう書いた部分がある。
<以下引用>
……時代が変われば、取材体制も変わる。これは当たり前の原則のように思えるが、過去、記者クラブの新設・廃止は、省庁再編時などを除き、実例はあまり多くない。しかも、地方へ行くほど、この体制は変わっていない。戦後のすぐ後から、都道府県庁、警察(検察・裁判所)、市役所、経済の4分野の記者クラブが主軸として存在してきた。
この硬直的なクラブの配置も、大きな問題である。日本の報道機関の場合、外勤記者の多くは記者クラブに所属し、記者室をベースに取材しているのだから、社会が激しく変容しても、記者クラブの配置が変わらない限り、取材の方向はなかなか変化しない。
最近では、長引く不況を背景に、労働紛争が多発しているが、それに伴って各地の労働基準監督局・署に記者クラブを新設するという話は聞いたことがない。何も、労基局・署に新しい記者クラブをつくれと言っているわけではない。しかし、警察が扱う犯罪はしばしば報道されるが、労基局・署の扱う事案は、あまり報道されない。その差異が持つ意味は、もっと深く考慮されて良い。
報道各社はいま、現行の記者クラブを固定的なものとして捉え、そこに記者を常駐させることで、社会の多くの分野をカバーできているとの錯覚に陥っている。
<引用終わり>
同じ「ジャーナリズム」誌の昨年5月号では、スウェーデンの犯罪報道事情を紹介した。何でもかんでも北欧がいいとか、そんなことを云うつもりはないが、スウェーデンで「おおお」と思ったのは、いわゆる事件報道の抑制的なところである。犯罪自体が少ない国ではないが、事件報道の量は相当に少ない。同誌でも紹介したダーゲンス・ニーヘーテル紙(約35万部)のベテラン犯罪担当、ステファン・リシンスキー記者(55=取材時)の発言を引用してみる。(なお、スウェーデンにはいわゆる全国紙はなく、部数は日本より総じて少ない。ニーヘーテル紙はストックホルムの有力紙)
<以下、「ジャーナリズム」2009年5月号からの部分引用>
……同社の記者は約260人。ちょうど半数が女性で、事件担当はリシンスキー記者を含めてわずか2人しかいない。日本のメディアでは考えられないほどの小所帯で、警察も検察も裁判も担当する。警察取材で発生段階の事件原稿を短く書くこともあるが、ほとんどの事件取材は検察の起訴を契機に始まるという。
リシンスキー記者の説明は明快だ。
「捜査段階では、あいまいな情報が非常に多く、とくに初期の情報は完全な間違いが多々含まれている。だから、事件の内容を正確につかむには、起訴後に弁護士や検察官に取材した方が確実だ。これは小学生でも分かる理屈だと思う。われわれが報道すべきものは、事件の社会的意味や背景、司法プロセスが適正かどうかなどであって、捜査段階の不正確な捜査情報ではない」
スウェーデンでは、捜査終了後、被疑者・弁護人側がすべての記録を閲覧できるため、そこを通じて記者も事件のほぼ全容を把握することが可能だ。従って、捜査段階で仮に間違った報道を行えば、すぐに記事の誤りが判明するという。そうした事情もあって、同記者自身、発生段階や捜査段階での激しい取材合戦に遭遇した記憶はない。
「それに」とリシンスキー記者は言う。
「捜査が進めば警察も事件の全体像が見えているが、初期段階では彼らも何がどうなっているか分かっていない。しかし、どの組織もそうだが、警察はとくに自分たちが社会のためにあることを強調したがる」
そして、最近は「売るため」に捜査当局に寄り添い、結果として報道の原則を無視するような新聞が出てきたと、同記者は非難した。最大の矛先は、同国最大の大衆紙、タブロイド判の夕刊「アフトン・ブラーデット」(約40万部)である。
アフトン・ブラーデットの実質的な編集長、ヤン・ヘリン編集局次長(40)は、若く、エネルギッシュだ。はきはきした言葉遣い、熱の入った身ぶり手ぶり。同紙は大きな活字や写真を使って、世の中の出来事を大々的に報じるのが特色だが、それでもヘリン局次長は「英国の大衆紙がうらやましい。自分も『ザ・サン』(英国の大衆紙)のような新聞をつくってみたい」と正直だ。
もっとも、そのヘリン局次長でさえ、日本や英国の事件報道のありようからすれば、相当に抑制された考えの持ち主だ。それは、面談中の約2時間、彼が「報道で裁判の公平、公正を壊してはいけない。報道人だから詳しく書きたいが、それは判決後に書ける」と繰り返し強調していたことからも疑いない……
<引用終わり>
当局に寄り添った「捜査の途中経過」記事が、なぜ、かくもこんなに多いのか。それが実社会にどんな影響を与えているのか。それを本当に冷静に考えないと、いよいよ、日本のメディアはこの先、どうにも方向転換ができなくなるのではないか。それに、書くことは、ほかにもっともっとあると思うよ。
記事によると、逮捕されている石川知裕議員の手帳(地検が押収したことになっている)の2004年10月15日の欄に「全日空」という文字が書き込まれていた、という。この日は、水谷建設元幹部が東京・港区の全日空ホテル(現在はANAインターコンチネンタルホテル)の喫茶店において、石川議員に5000万円を渡したと供述した、とされている日だ。つまり、供述を補強するかのような証拠が石川氏側の押収物にあった、という話だ。
これが事実なら、相当の決定打である。実際、各報道はそれをずいぶんと大きく扱っている。同じニュースは昼のテレビでも流れていた。
しかし、普通の記者なら(記者でなくとも)疑問を持つ。あのホテルは、私の今の職場にも近く、時々利用するが、ロビー階の喫茶店は吹き抜けであり、大勢の人が出入りする。おまけに喫茶店をぐるりと取り囲むような回廊が上部にあり、回廊からは喫茶店をぐるりと見下ろすことが可能だ。どこからも丸見えなのである。およそ、秘密の会合に相応しい場所ではない。しかも、よく知られているように5000万円は重さ5キロである。そんな場所で、そんな嵩張る・重いヤミのカネの受け渡しなどするのだろうか。
そんな疑問を感じていたら、案の定というべきか、午後になって、問題の手帳は2005年のものだった、という報道が出始めた。「2004年10月15日の欄」に「全日空」の記載があった、という報道の事実上の撤回・修正である。しかも、「全日空」の記載は「4月」だったという。年も月も、水谷元幹部の「供述」と全然違っているではないか。それに「05年4月」は、大久保秘書が5000万円を受け取ったはずの日だったのでは? もう何がなんだか、の大混乱である。
話は少し変わるが、日本の事件報道は、「続報主義」である。いったん事件が起きれば、連日のように「続報」を流す。いったん逮捕されれば、起訴までの拘置は最大23日に及ぶが、その間、捜査の途中経過情報を元に、ああでもない、こうでもない、と書くことに全力を挙げていく。私の感覚では、明らかに「事件報道の量の過剰」である。いったい、どうしてこんなことになってしまうのか。答えはもちろん一つではないが、記者クラブの硬直した配置にも原因がある、と私は考えている。
いま発売中の「ジャーナリズム 2010年1月号」(朝日新聞社)に、私は「記者クラブと記者室の開放問題を考える」という拙文を記した。記者クラブは既存メディアによる情報カルテルであってはならないし、いい加減にもう、記者クラブは(記者会見も記者室も)広く開放しなさい、いつまでこんな体制を既存メディアは墨守するつもりか、既存メディアの編集幹部は「開放」を決断しなさい、というのが論旨だが、その中で、こう書いた部分がある。
<以下引用>
……時代が変われば、取材体制も変わる。これは当たり前の原則のように思えるが、過去、記者クラブの新設・廃止は、省庁再編時などを除き、実例はあまり多くない。しかも、地方へ行くほど、この体制は変わっていない。戦後のすぐ後から、都道府県庁、警察(検察・裁判所)、市役所、経済の4分野の記者クラブが主軸として存在してきた。
この硬直的なクラブの配置も、大きな問題である。日本の報道機関の場合、外勤記者の多くは記者クラブに所属し、記者室をベースに取材しているのだから、社会が激しく変容しても、記者クラブの配置が変わらない限り、取材の方向はなかなか変化しない。
最近では、長引く不況を背景に、労働紛争が多発しているが、それに伴って各地の労働基準監督局・署に記者クラブを新設するという話は聞いたことがない。何も、労基局・署に新しい記者クラブをつくれと言っているわけではない。しかし、警察が扱う犯罪はしばしば報道されるが、労基局・署の扱う事案は、あまり報道されない。その差異が持つ意味は、もっと深く考慮されて良い。
報道各社はいま、現行の記者クラブを固定的なものとして捉え、そこに記者を常駐させることで、社会の多くの分野をカバーできているとの錯覚に陥っている。
<引用終わり>
同じ「ジャーナリズム」誌の昨年5月号では、スウェーデンの犯罪報道事情を紹介した。何でもかんでも北欧がいいとか、そんなことを云うつもりはないが、スウェーデンで「おおお」と思ったのは、いわゆる事件報道の抑制的なところである。犯罪自体が少ない国ではないが、事件報道の量は相当に少ない。同誌でも紹介したダーゲンス・ニーヘーテル紙(約35万部)のベテラン犯罪担当、ステファン・リシンスキー記者(55=取材時)の発言を引用してみる。(なお、スウェーデンにはいわゆる全国紙はなく、部数は日本より総じて少ない。ニーヘーテル紙はストックホルムの有力紙)
<以下、「ジャーナリズム」2009年5月号からの部分引用>
……同社の記者は約260人。ちょうど半数が女性で、事件担当はリシンスキー記者を含めてわずか2人しかいない。日本のメディアでは考えられないほどの小所帯で、警察も検察も裁判も担当する。警察取材で発生段階の事件原稿を短く書くこともあるが、ほとんどの事件取材は検察の起訴を契機に始まるという。
リシンスキー記者の説明は明快だ。
「捜査段階では、あいまいな情報が非常に多く、とくに初期の情報は完全な間違いが多々含まれている。だから、事件の内容を正確につかむには、起訴後に弁護士や検察官に取材した方が確実だ。これは小学生でも分かる理屈だと思う。われわれが報道すべきものは、事件の社会的意味や背景、司法プロセスが適正かどうかなどであって、捜査段階の不正確な捜査情報ではない」
スウェーデンでは、捜査終了後、被疑者・弁護人側がすべての記録を閲覧できるため、そこを通じて記者も事件のほぼ全容を把握することが可能だ。従って、捜査段階で仮に間違った報道を行えば、すぐに記事の誤りが判明するという。そうした事情もあって、同記者自身、発生段階や捜査段階での激しい取材合戦に遭遇した記憶はない。
「それに」とリシンスキー記者は言う。
「捜査が進めば警察も事件の全体像が見えているが、初期段階では彼らも何がどうなっているか分かっていない。しかし、どの組織もそうだが、警察はとくに自分たちが社会のためにあることを強調したがる」
そして、最近は「売るため」に捜査当局に寄り添い、結果として報道の原則を無視するような新聞が出てきたと、同記者は非難した。最大の矛先は、同国最大の大衆紙、タブロイド判の夕刊「アフトン・ブラーデット」(約40万部)である。
アフトン・ブラーデットの実質的な編集長、ヤン・ヘリン編集局次長(40)は、若く、エネルギッシュだ。はきはきした言葉遣い、熱の入った身ぶり手ぶり。同紙は大きな活字や写真を使って、世の中の出来事を大々的に報じるのが特色だが、それでもヘリン局次長は「英国の大衆紙がうらやましい。自分も『ザ・サン』(英国の大衆紙)のような新聞をつくってみたい」と正直だ。
もっとも、そのヘリン局次長でさえ、日本や英国の事件報道のありようからすれば、相当に抑制された考えの持ち主だ。それは、面談中の約2時間、彼が「報道で裁判の公平、公正を壊してはいけない。報道人だから詳しく書きたいが、それは判決後に書ける」と繰り返し強調していたことからも疑いない……
<引用終わり>
当局に寄り添った「捜査の途中経過」記事が、なぜ、かくもこんなに多いのか。それが実社会にどんな影響を与えているのか。それを本当に冷静に考えないと、いよいよ、日本のメディアはこの先、どうにも方向転換ができなくなるのではないか。それに、書くことは、ほかにもっともっとあると思うよ。
開示請求と取材
昨年11月の、少し古いニュースだが、外務省が機密費を使って会計検査院職員(院長を含む)らと会食を行ったことが判明した、というニュースがあった。当時の記事は、WEB上のここで見ることができる。裁判の結果、最高裁が開示せよとの判断を下し、それによって開示が実現したものだ。
これに関する開示請求を行ったのは、東京のNPO法人・情報開示市民センターである。そのHPのトップページを開き、「トピックス」内に書かれている<端数のない巨額のおかしな支出(4件)><「間接接触」の官官接待や議員接待の一例(3件)><「間接接触」開示文書58件の概要 (09.11.12)>などをたどると、開示された本物の書類を閲覧することが可能だ。
この種の開示資料にあまり縁がない方は、このページを開くと、おおおおと驚かれると思う。書類作成の日時等を除いて、真っ黒に塗り潰された書類がいきなり目に飛び込んでくるからだ。本当に真っ黒なのである。この種の黒塗り書類を見るたびに思うのは、仕事とはいえ、この黒塗り作業をさせられる職員の方々はいったいどんな気持ちなのだろうか、ということだ。仕事は仕事と割り切ってたんたんと塗り潰しているのか、ばかやろうと上司や開示請求者への怒りを伴いながら塗り潰しているのか。はたまた、(公言はできないけれども)情報開示の範囲のあまりの狭さに義憤を感じているのか。
ところで、このような黒塗り資料が出るたびに思うのだけれど、苦労して開示させた資料だということもあって、多くの場合は、開示された公文書の記載事項を事実だと思ってしまう。公文書だから、記載事項が真実であると思うのは当然かもしれないし、「知られたくない事実」が書いてあるからこそ、役所側は徹底抗戦して公文書開示を拒んでいたのだろうと考える。
そうかもしれないが、実は、そうではない例もかなり多い。それが私のこれまでの種々の取材での実感である。
ずいぶん昔のことで恐縮だが、1990年代の半ば、北海道庁裏金事件というものがあった。地方の役人が予算獲得のために中央省庁の役人を税金で接待しているという「官官接待」問題に端を発し、道庁のあやゆる部署で、食料費や会議費、出張旅費などの経費を裏金にしていたことが発覚した、という事件である。道庁側は最終的に、裏金総額は1994、95年の2年間で74億円に上ると認定し、幹部職員が分担して返還するなどして弁済もされたが、だれも刑事訴追されなかった。そういう事件である。
そのときの取材でこんなことがあった。開示請求した山のような書類をあさっているうちに、知事関連の経理書類にこんなものを見つけた。記憶がおぼろげだが、簡単に言えば、知事が東京へ出張して宿泊していたのと同じ日(これは旅費の精算書類等で判明)に、札幌の飲食店で別の官庁幹部らとの情報交換会に出席していた(こちらは食料費の支出書類などで判明)ことが分かったのである。
東京で宿泊した晩に、札幌で夜に会食することは不可能だ。どちらかが虚偽に決まっている。「カラ出張」か「カラ会合」か。そんな取材をしつこく進めていると、道庁のある大幹部と大げんかになり、その幹部が勢い余ってか、猛然と怒りをぶつけてきた。「君は、文書(の記載)を信じているわけじゃないだろうな! あんなもの、適当につくってるんだよ!」。大幹部は、だから知事は何も知らない、ということを強調したかったようだが、仰天したのはこっちである。
当時は情報開示制度が始まったばかりで(国ではまだ未導入だったと思う)、苦労して山のような書類を取った。その書類は黒塗りだらけである。塗り潰されていない部分をつなぎ合わせ、ようやく矛盾を見つけたと思ったら、そもそも記載事項がテキトウだったと言うのだから、ええええ、である。
このほかにも、確かに「官」が「官」を接待する事例はあった。「官官接待」はあちこちで発覚し、全国的な問題にもなった。しかし、それが良いことか悪いことかは、いわば「評価」の問題である。地方が予算獲得のため、中央省庁の高級官僚から情報を取得し、某かのことに役立てようという理屈は成り立ちうる(私は賛成しないが)。しかし、「官官接待」そのものが架空だったとしたら、どうだろうか。
道庁裏金事件も最初は、官官接待問題として浮上した。ところが、開示書類を丹念に調べていくと、おかしな点がいくつも見つかった。昼間から仕出し店の高級弁当を取り、夜はホテルや高級店で宴会。年度末になると、そういう「官官接待」が急に増えていく。書類に沿えば、そういう飲食が連日のように続くのである。こんな日々が続けば、幹部はたいへんだ。連日連日では体も持つまい。糖尿病まっしぐらである。人間、本当に毎日のように、そんなに飲み食いできるのか?
そういう疑問を念頭に調べていくと、「官官接待をやったことにして」、税金を不当に支出していたことが判明してきた。ホテルや飲食店に、架空の請求書を出してもらい、その金額に見合うカネを相手側に支払う。部内では架空請求書をもとに、官官接待をやったことにする。ホテルや飲食店側には役所から「預かった」形の資金が大量にプールされる。役所の人たちは、それらの店で自分たちの飲み食いを行い、その都度、その預け金を取り崩す形で実際に支払う。そういう仕組みである。飲食店側からすれば、架空の請求書発行による入金の段階は、「預かり金」であり、実際の飲食があって初めて売り上げが立ったはずだ。で、年度末などになって、預かり金が余った場合などは、クーポン券などにして役所側にカネを返すのである。そして、役所側はクーポン券を金券ショップなどで現金に換える。。そんな習わしだった。あるホテルの場合、会計システムの中で特別のコードを使い、道庁からのカネを管理しているケースもあった。
もちろん、実際に行われた官官接待もあったし、2万人の道庁組織を相手に限られた数の記者で調べを尽くすことはできなかった。ただ、途方もない巨額な税金の闇みたいなものが実感でき、いったいこれは何なんだろう、と立ち竦むような感覚を抱いたことは忘れ得ない。同じようなことは、警察の裏金問題にもあって、それは、「捜査協力者に謝礼を払ったことにして」(実際は払っていないのに)、捜査費を裏金にしてしまう、という仕組みだった。警察関連の会計書類は仮に開示されたとしても、そこに書かれた氏名などはふつう黒塗りになるが、記載内容自体がたいていは虚偽なのだから、書類開示の段階で取材が止まっていれば、解明は前に進まない。
話は変わるが、少し前、会計検査院が国から地方へ支出された補助金等について不正経理があったとの指摘を行ったことがある。「不適切」として指摘された地方側は、あれこれと弁明につとめたが、そうした中で明らかになった「預け」という実態も、だいたい上記の仕組みと同様である。
その検査院関連の取材を担当した他社の記者と、この話題で議論したことがある。彼が担当する県庁側は、「確かに補助金では使えないはずの用途に使いました。申し訳ありませんでした」と幹部らが会見し、文具やパソコンなど仕事で必要なものを次々買っていたと釈明したそうだ。で、ここからがようやく本題なのだが、「陳謝」を伝えるだけでは取材は終わらないはずなのだ。文具を買ったというのなら、どんな文具をいくつ買ったのか、パソコンは何をいくつ…。そうやって、細かな事実をしつこくしつこく詰めなければならない。仮に100万円で目的外使用し、実際は文具を買ったとしても、100万円分の文具なんて、大変なものだ。ボールペンならいったい何本になるか。場合によっては、それらの実物を見せてくれ、ということも必要だろう。
会計検査院の指摘に伴って、各地では、今も「預け」が行われていたことが判明している。この種の問題は半ば永久に消え去らないのかもしれないし、半永久的ないたちごっこが続くのかもしれないけれど、面倒くさがらずに、この種の取材・報道はしっかり続けないといけない、と思う。そのスタート地点は「開示文書の記載を全面的に信用するな」「発覚後の最初の釈明を信用するな」である。
これに関する開示請求を行ったのは、東京のNPO法人・情報開示市民センターである。そのHPのトップページを開き、「トピックス」内に書かれている<端数のない巨額のおかしな支出(4件)><「間接接触」の官官接待や議員接待の一例(3件)><「間接接触」開示文書58件の概要 (09.11.12)>などをたどると、開示された本物の書類を閲覧することが可能だ。
この種の開示資料にあまり縁がない方は、このページを開くと、おおおおと驚かれると思う。書類作成の日時等を除いて、真っ黒に塗り潰された書類がいきなり目に飛び込んでくるからだ。本当に真っ黒なのである。この種の黒塗り書類を見るたびに思うのは、仕事とはいえ、この黒塗り作業をさせられる職員の方々はいったいどんな気持ちなのだろうか、ということだ。仕事は仕事と割り切ってたんたんと塗り潰しているのか、ばかやろうと上司や開示請求者への怒りを伴いながら塗り潰しているのか。はたまた、(公言はできないけれども)情報開示の範囲のあまりの狭さに義憤を感じているのか。
ところで、このような黒塗り資料が出るたびに思うのだけれど、苦労して開示させた資料だということもあって、多くの場合は、開示された公文書の記載事項を事実だと思ってしまう。公文書だから、記載事項が真実であると思うのは当然かもしれないし、「知られたくない事実」が書いてあるからこそ、役所側は徹底抗戦して公文書開示を拒んでいたのだろうと考える。
そうかもしれないが、実は、そうではない例もかなり多い。それが私のこれまでの種々の取材での実感である。
ずいぶん昔のことで恐縮だが、1990年代の半ば、北海道庁裏金事件というものがあった。地方の役人が予算獲得のために中央省庁の役人を税金で接待しているという「官官接待」問題に端を発し、道庁のあやゆる部署で、食料費や会議費、出張旅費などの経費を裏金にしていたことが発覚した、という事件である。道庁側は最終的に、裏金総額は1994、95年の2年間で74億円に上ると認定し、幹部職員が分担して返還するなどして弁済もされたが、だれも刑事訴追されなかった。そういう事件である。
そのときの取材でこんなことがあった。開示請求した山のような書類をあさっているうちに、知事関連の経理書類にこんなものを見つけた。記憶がおぼろげだが、簡単に言えば、知事が東京へ出張して宿泊していたのと同じ日(これは旅費の精算書類等で判明)に、札幌の飲食店で別の官庁幹部らとの情報交換会に出席していた(こちらは食料費の支出書類などで判明)ことが分かったのである。
東京で宿泊した晩に、札幌で夜に会食することは不可能だ。どちらかが虚偽に決まっている。「カラ出張」か「カラ会合」か。そんな取材をしつこく進めていると、道庁のある大幹部と大げんかになり、その幹部が勢い余ってか、猛然と怒りをぶつけてきた。「君は、文書(の記載)を信じているわけじゃないだろうな! あんなもの、適当につくってるんだよ!」。大幹部は、だから知事は何も知らない、ということを強調したかったようだが、仰天したのはこっちである。
当時は情報開示制度が始まったばかりで(国ではまだ未導入だったと思う)、苦労して山のような書類を取った。その書類は黒塗りだらけである。塗り潰されていない部分をつなぎ合わせ、ようやく矛盾を見つけたと思ったら、そもそも記載事項がテキトウだったと言うのだから、ええええ、である。
このほかにも、確かに「官」が「官」を接待する事例はあった。「官官接待」はあちこちで発覚し、全国的な問題にもなった。しかし、それが良いことか悪いことかは、いわば「評価」の問題である。地方が予算獲得のため、中央省庁の高級官僚から情報を取得し、某かのことに役立てようという理屈は成り立ちうる(私は賛成しないが)。しかし、「官官接待」そのものが架空だったとしたら、どうだろうか。
道庁裏金事件も最初は、官官接待問題として浮上した。ところが、開示書類を丹念に調べていくと、おかしな点がいくつも見つかった。昼間から仕出し店の高級弁当を取り、夜はホテルや高級店で宴会。年度末になると、そういう「官官接待」が急に増えていく。書類に沿えば、そういう飲食が連日のように続くのである。こんな日々が続けば、幹部はたいへんだ。連日連日では体も持つまい。糖尿病まっしぐらである。人間、本当に毎日のように、そんなに飲み食いできるのか?
そういう疑問を念頭に調べていくと、「官官接待をやったことにして」、税金を不当に支出していたことが判明してきた。ホテルや飲食店に、架空の請求書を出してもらい、その金額に見合うカネを相手側に支払う。部内では架空請求書をもとに、官官接待をやったことにする。ホテルや飲食店側には役所から「預かった」形の資金が大量にプールされる。役所の人たちは、それらの店で自分たちの飲み食いを行い、その都度、その預け金を取り崩す形で実際に支払う。そういう仕組みである。飲食店側からすれば、架空の請求書発行による入金の段階は、「預かり金」であり、実際の飲食があって初めて売り上げが立ったはずだ。で、年度末などになって、預かり金が余った場合などは、クーポン券などにして役所側にカネを返すのである。そして、役所側はクーポン券を金券ショップなどで現金に換える。。そんな習わしだった。あるホテルの場合、会計システムの中で特別のコードを使い、道庁からのカネを管理しているケースもあった。
もちろん、実際に行われた官官接待もあったし、2万人の道庁組織を相手に限られた数の記者で調べを尽くすことはできなかった。ただ、途方もない巨額な税金の闇みたいなものが実感でき、いったいこれは何なんだろう、と立ち竦むような感覚を抱いたことは忘れ得ない。同じようなことは、警察の裏金問題にもあって、それは、「捜査協力者に謝礼を払ったことにして」(実際は払っていないのに)、捜査費を裏金にしてしまう、という仕組みだった。警察関連の会計書類は仮に開示されたとしても、そこに書かれた氏名などはふつう黒塗りになるが、記載内容自体がたいていは虚偽なのだから、書類開示の段階で取材が止まっていれば、解明は前に進まない。
話は変わるが、少し前、会計検査院が国から地方へ支出された補助金等について不正経理があったとの指摘を行ったことがある。「不適切」として指摘された地方側は、あれこれと弁明につとめたが、そうした中で明らかになった「預け」という実態も、だいたい上記の仕組みと同様である。
その検査院関連の取材を担当した他社の記者と、この話題で議論したことがある。彼が担当する県庁側は、「確かに補助金では使えないはずの用途に使いました。申し訳ありませんでした」と幹部らが会見し、文具やパソコンなど仕事で必要なものを次々買っていたと釈明したそうだ。で、ここからがようやく本題なのだが、「陳謝」を伝えるだけでは取材は終わらないはずなのだ。文具を買ったというのなら、どんな文具をいくつ買ったのか、パソコンは何をいくつ…。そうやって、細かな事実をしつこくしつこく詰めなければならない。仮に100万円で目的外使用し、実際は文具を買ったとしても、100万円分の文具なんて、大変なものだ。ボールペンならいったい何本になるか。場合によっては、それらの実物を見せてくれ、ということも必要だろう。
会計検査院の指摘に伴って、各地では、今も「預け」が行われていたことが判明している。この種の問題は半ば永久に消え去らないのかもしれないし、半永久的ないたちごっこが続くのかもしれないけれど、面倒くさがらずに、この種の取材・報道はしっかり続けないといけない、と思う。そのスタート地点は「開示文書の記載を全面的に信用するな」「発覚後の最初の釈明を信用するな」である。
「リーク批判」に対する新聞の「言い分」
小沢一郎民主党幹事長の資金疑惑問題に関連し、ここ数日、報道の表現方法が微妙に変化を始めている。多くのみなさんも、それに気付いていると思う。例えば、これまでは「……ということが関係者の話で分かった」となっていたのに、「……と供述していることが石川容疑者側の関係者への取材で分かった」「……ということが小沢氏側の関係者への取材で判明した」といった表現が増えているように思う。とくに、2、3日前からのテレビのニュースでは、この種の表現が間違いなく増えている。
「検察情報の垂れ流しではないか」との批判に対抗したものだと思われるが、しかし、相変わらず、「……ということが東京地検特捜部の関係者への取材で分かった」という例は、ほとんどない。「地検関係者」「捜査関係者」もほとんどない。「地検関係者への取材で分かった」といった書き方をすれば、おそらく、東京・司法記者クラブの地検担当記者たちは、かなりの確率で「出入り禁止」処分を受ける。「出禁」は10日間とか2週間とか続くから、「出禁」になれば、庁舎内で行われる次席検事らのオフレコ懇談、被疑者を起訴した場合のレク等に出席できなくなる。それを懸念しているのだろうと思う。要は検察当局に睨まれることが怖いだけではないのか。「検察関係者」という「検察」の2文字すらきちんと書けない理由は、ほかに思い浮かばない。私などは、仮に「出禁」になったとしても、その場合は「出禁」になったと書き、そういう検察の行為を論評すればいいだけの話だと思うが。
そうした中、産経と読売の両新聞がこんな記事を載せた。ネットには出ていないようだし、部分的にではあるが、引用しておこう。
<産経 1月21日朝刊 近藤豊和氏による署名記事>
……現在、民主党の小沢幹事長の資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件が、まさに佳境となっている。各報道機関の記者たちは、大量の土地登記簿や政治資金収支報告書などを収集し分析、関係者たちからの証言を積み重ねている。断片情報をモザイク画のように構成し、事件の全体像をうっすらと浮かび上がらせているのだ。地をはうような取材を文字通り、命を削って日々行っている。
事件の内容や逮捕日などを「さあどうぞ」と教えてくれる人などは誰もいない。事件の記事が分かりにくいというご指摘を読者からも受けるが、恥ずかしながら入手できる情報が限られていることもある。
捜査畑で辣腕(らつわん)をふるったある検察幹部は、何かを問い掛けると、「足で稼いでこい」と言うだけだった。別の検察幹部は、同僚記者が雨中に官舎前で待っていると、ずぶぬれの足元を見て靴下を手渡し、何もしゃべらずに、玄関の中ににまた消えたという。
「検察のリーク」「検察からの情報による報道の世論誘導」…。こうした指摘の根拠を知りたい。
<読売 1月23日夕刊 論説委員・藤田和之氏の署名記事>
……取材源が不利益を被ったり、その身辺に危険が及んだりしないよう、秘匿するのは記者の鉄則だ。
読売新聞では一昨年春から社内の新指針に基づき、事件・事故の取材と報道にあたっている。事実をどういう立場から見るかで、捉(とら)え方が違うことがある。それを出来る限り読者にわかるようにしよう――。そうしたことも掲げた。
だが、取材源を明示し、読者に知らせるべき情報を得られなくなれば、本末転倒だ。読者の利益が大きい方を選択するしかない。
記者は、多数の「関係者」の話を積み重ね、集めた膨大な資料とも突き合わせて、「間違いない」と確信できる内容を報じる。
「関係者」の中でも、検察官の壁は特に厚い。無言か、「知らない」。寒風吹く中、質問内容を忘れるほど震えつつ5時間待った結果が、わずか数十秒のこうしたやり取りだ。その繰り返しである。
政治家も、記者と同じ取材を1週間やってみればよい。その上で「検察リークを確認した」と言うなら、その言葉に耳を傾けよう。
他の新聞にも似たような「弁明」は出ていたかもしれない。しかし、何というか、これでは「おれたち、苦労してるんだよ」という話でしかないし、数多ある「今の小沢氏関連報道はおかしいのではないか」という根本的な疑問には何も答えていない。<事件の内容や逮捕日などを「さあどうぞ」と教えてくれる人などは誰もいない>と近藤さんいう。たしかに、地検の庁舎に行って窓口で「はいどうぞ」と教えてくれることはないだろうが、これでは、「ではなぜ、家宅捜索の日時が事前にあんなに広く知られているのですか」という簡単な質問にすら答えていない。
<「検察のリーク」「検察からの情報による報道の世論誘導」…。こうした指摘の根拠を知りたい>と近藤さんは書き、<記者と同じ取材を1週間やってみればよい。その上で「検察リークを確認した」と言うなら、その言葉に耳を傾けよう>と藤田さんは書いている。しかし、相手が積極的だったかどうか、苦労して語らせたかどうか、頷いたかどうかといった取材の態様等は別にして、広い意味でのリークが日常的に行われていることは自明の理だ。そんなこと、事件記者なら常識ではないか。
ただし、たとえ民主党であれ、そのような取材現場の行為を某かの強制的な力で罰しようとの動きには賛成しない。取材とは、極論すれば、相手にリークさせることである。「リーク」「内部告発」「情報提供」といった語句の厳密な定義は難しいが、権力や当局の奥深くに刺さり、常にその動向をウオッチングすることは、報道機関にとって必須の行為だ。
問題は「立ち位置」である。どういう観点からどう取材し、どう報道するか、というスタンスが問われているのだ。
「苦労して取った情報だからリークではない」とか、そんなレベルの話ではないのだ。何度でも言うが、「立ち位置」の問題なのだ。夜回りや朝駆けなど記者としての「営業努力」は必要だし、継続しなければならないと思うけれど、「苦労して得たから情報だから」といって、それを無批判に信じて報道するのであれば、それは単なる垂れ流しでしかない。
捜査の途中情報をじゃんじゃん紙面等で流した結果、例えば、菅家さんの事件や鹿児島の志布志事件では、どういう報道が行われたか。そういうことをきちんと考えなくてはいけない。仮に「供述」
が事実であったとしても、その供述は取調官からの威圧や誘導などを受けた結果ではないかどうかを考えなければならない。以前にも書いたが、捜査の途中経過情報を記事にして、結局、それが起訴状にも冒頭陳述にも証拠採用された調書にも登場しなかった事例は、山のようにあるはずだ。しかし、どうしてそういう結果になったのかという反省と検証は、日本の報道界では(完全に冤罪が確定した菅家さん事件のような一部の例外を除き)ほとんど行われたことがない。そうした延長線上に、今回の問題もある。
読者からの少なくない疑問に対しても、「現場の苦労話」を回答とするのでは、本当に、何というか、なんだかなあ、である。読者と取材者の、ここまでの乖離を見せつけられると、逆に、袋小路に入り込み、完全に出口を見失った新聞の現状を改めて見せつけられたような気がしてしまい、溜め息の連続である。どうも日本の報道機関は、とくに警察・司法当局とは二人三脚で歩みたがる。どうして、もっと距離を置けないのか、と思う。あらゆる取材対象の中で、捜査・司法当局に対する従順度はトップクラスではないか。「あの先輩記者は警察幹部に情報をぶつけ、その顔色で記事を書けるかどうかを判断していた。すごい記者だった」みたいな、牧歌的な風景や伝説に心酔している雰囲気は、今でもある。
*「菅谷さん」の表記が誤ってました。「管家さん」に訂正しましたm(_ _)m 24日午後4時55
分
「検察情報の垂れ流しではないか」との批判に対抗したものだと思われるが、しかし、相変わらず、「……ということが東京地検特捜部の関係者への取材で分かった」という例は、ほとんどない。「地検関係者」「捜査関係者」もほとんどない。「地検関係者への取材で分かった」といった書き方をすれば、おそらく、東京・司法記者クラブの地検担当記者たちは、かなりの確率で「出入り禁止」処分を受ける。「出禁」は10日間とか2週間とか続くから、「出禁」になれば、庁舎内で行われる次席検事らのオフレコ懇談、被疑者を起訴した場合のレク等に出席できなくなる。それを懸念しているのだろうと思う。要は検察当局に睨まれることが怖いだけではないのか。「検察関係者」という「検察」の2文字すらきちんと書けない理由は、ほかに思い浮かばない。私などは、仮に「出禁」になったとしても、その場合は「出禁」になったと書き、そういう検察の行為を論評すればいいだけの話だと思うが。
そうした中、産経と読売の両新聞がこんな記事を載せた。ネットには出ていないようだし、部分的にではあるが、引用しておこう。
<産経 1月21日朝刊 近藤豊和氏による署名記事>
……現在、民主党の小沢幹事長の資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件が、まさに佳境となっている。各報道機関の記者たちは、大量の土地登記簿や政治資金収支報告書などを収集し分析、関係者たちからの証言を積み重ねている。断片情報をモザイク画のように構成し、事件の全体像をうっすらと浮かび上がらせているのだ。地をはうような取材を文字通り、命を削って日々行っている。
事件の内容や逮捕日などを「さあどうぞ」と教えてくれる人などは誰もいない。事件の記事が分かりにくいというご指摘を読者からも受けるが、恥ずかしながら入手できる情報が限られていることもある。
捜査畑で辣腕(らつわん)をふるったある検察幹部は、何かを問い掛けると、「足で稼いでこい」と言うだけだった。別の検察幹部は、同僚記者が雨中に官舎前で待っていると、ずぶぬれの足元を見て靴下を手渡し、何もしゃべらずに、玄関の中ににまた消えたという。
「検察のリーク」「検察からの情報による報道の世論誘導」…。こうした指摘の根拠を知りたい。
<読売 1月23日夕刊 論説委員・藤田和之氏の署名記事>
……取材源が不利益を被ったり、その身辺に危険が及んだりしないよう、秘匿するのは記者の鉄則だ。
読売新聞では一昨年春から社内の新指針に基づき、事件・事故の取材と報道にあたっている。事実をどういう立場から見るかで、捉(とら)え方が違うことがある。それを出来る限り読者にわかるようにしよう――。そうしたことも掲げた。
だが、取材源を明示し、読者に知らせるべき情報を得られなくなれば、本末転倒だ。読者の利益が大きい方を選択するしかない。
記者は、多数の「関係者」の話を積み重ね、集めた膨大な資料とも突き合わせて、「間違いない」と確信できる内容を報じる。
「関係者」の中でも、検察官の壁は特に厚い。無言か、「知らない」。寒風吹く中、質問内容を忘れるほど震えつつ5時間待った結果が、わずか数十秒のこうしたやり取りだ。その繰り返しである。
政治家も、記者と同じ取材を1週間やってみればよい。その上で「検察リークを確認した」と言うなら、その言葉に耳を傾けよう。
他の新聞にも似たような「弁明」は出ていたかもしれない。しかし、何というか、これでは「おれたち、苦労してるんだよ」という話でしかないし、数多ある「今の小沢氏関連報道はおかしいのではないか」という根本的な疑問には何も答えていない。<事件の内容や逮捕日などを「さあどうぞ」と教えてくれる人などは誰もいない>と近藤さんいう。たしかに、地検の庁舎に行って窓口で「はいどうぞ」と教えてくれることはないだろうが、これでは、「ではなぜ、家宅捜索の日時が事前にあんなに広く知られているのですか」という簡単な質問にすら答えていない。
<「検察のリーク」「検察からの情報による報道の世論誘導」…。こうした指摘の根拠を知りたい>と近藤さんは書き、<記者と同じ取材を1週間やってみればよい。その上で「検察リークを確認した」と言うなら、その言葉に耳を傾けよう>と藤田さんは書いている。しかし、相手が積極的だったかどうか、苦労して語らせたかどうか、頷いたかどうかといった取材の態様等は別にして、広い意味でのリークが日常的に行われていることは自明の理だ。そんなこと、事件記者なら常識ではないか。
ただし、たとえ民主党であれ、そのような取材現場の行為を某かの強制的な力で罰しようとの動きには賛成しない。取材とは、極論すれば、相手にリークさせることである。「リーク」「内部告発」「情報提供」といった語句の厳密な定義は難しいが、権力や当局の奥深くに刺さり、常にその動向をウオッチングすることは、報道機関にとって必須の行為だ。
問題は「立ち位置」である。どういう観点からどう取材し、どう報道するか、というスタンスが問われているのだ。
「苦労して取った情報だからリークではない」とか、そんなレベルの話ではないのだ。何度でも言うが、「立ち位置」の問題なのだ。夜回りや朝駆けなど記者としての「営業努力」は必要だし、継続しなければならないと思うけれど、「苦労して得たから情報だから」といって、それを無批判に信じて報道するのであれば、それは単なる垂れ流しでしかない。
捜査の途中情報をじゃんじゃん紙面等で流した結果、例えば、菅家さんの事件や鹿児島の志布志事件では、どういう報道が行われたか。そういうことをきちんと考えなくてはいけない。仮に「供述」
が事実であったとしても、その供述は取調官からの威圧や誘導などを受けた結果ではないかどうかを考えなければならない。以前にも書いたが、捜査の途中経過情報を記事にして、結局、それが起訴状にも冒頭陳述にも証拠採用された調書にも登場しなかった事例は、山のようにあるはずだ。しかし、どうしてそういう結果になったのかという反省と検証は、日本の報道界では(完全に冤罪が確定した菅家さん事件のような一部の例外を除き)ほとんど行われたことがない。そうした延長線上に、今回の問題もある。
読者からの少なくない疑問に対しても、「現場の苦労話」を回答とするのでは、本当に、何というか、なんだかなあ、である。読者と取材者の、ここまでの乖離を見せつけられると、逆に、袋小路に入り込み、完全に出口を見失った新聞の現状を改めて見せつけられたような気がしてしまい、溜め息の連続である。どうも日本の報道機関は、とくに警察・司法当局とは二人三脚で歩みたがる。どうして、もっと距離を置けないのか、と思う。あらゆる取材対象の中で、捜査・司法当局に対する従順度はトップクラスではないか。「あの先輩記者は警察幹部に情報をぶつけ、その顔色で記事を書けるかどうかを判断していた。すごい記者だった」みたいな、牧歌的な風景や伝説に心酔している雰囲気は、今でもある。
*「菅谷さん」の表記が誤ってました。「管家さん」に訂正しましたm(_ _)m 24日午後4時55
分
検察の「伝統」
小沢氏疑惑の一連の報道を眺めながら、あらためて検察・警察の捜査とはなんぞや、といったことをつらつら考えている。
魚住昭氏の「特捜検察の闇」の中に、こんな一節が出てくる。大阪・東京両地検で特捜部の検事だった田中森一氏が、大阪地検特捜部で大阪府庁の贈収賄事件を捜査していた1985年ごろの話である。大阪府では、1979年まで知事は黒田了一氏だった(1期目は社会党と共産党推薦、2期目は共産党推薦)。
<以下引用>
……強制捜査の着手には上司の決裁が必要だ。田中は手書きの報告書を携えて検事正室へ行った。当時の検事正は「ライオン丸」というあだ名の強面の男だった。
田中は報告書を差し出し、捜査経過を説明し始めた。検事正はさっと報告書に目を通した後、両切りのピースを一本取り出した。それでテーブルをとんとんと叩きながら、いきなり怒鳴った。
「たかが5000万円(のわいろ=高田挿入)で、お前、大阪を共産党の天下に戻すんかァーッ!」
共産党系の黒田府政は79年に終わり、自社公民推薦の岸府政が誕生していた。
「共産党に戻ろうがどうしようが、私には関係ありません。事件があるから、やるんです」と田中が答えた。
「そんなことは聞いておらん。共産党に戻すかどうか聞いとんのや!」
結局、いくら食い下がっても検事正は強制捜査の着手を許さなかった。田中が当時を振り返って言う。
「それでも諦めきれずにY(収賄が疑われた府幹部=同)の捜査を続けてみたけれど、本人が癌の診断書を出して入院してしまった。上司に呼ばれ『お前、余命いくばくもないやつをいじめてどうするんや、それが検事の仕事か』と責められるし、事務官たちは『田中の仕事を手伝うな』と指示が出るわで、結局、手を引かざるを得なかった。もちろん、癌なんて嘘っぱち。Yは今でもピンピンしてるよ」
田中が初めて味わう挫折だった。そのときフッと頭をよぎったのが「いったい検察の正義ってなんや」という疑問だった。
<引用終了>
田中氏はこの大阪府事案の前にも、政治家や公務員のかかわる事案において検察上層部からの圧力を受けた経験を持っていたようだから、この大阪府事案が検察不信の決定打になった。
一方、同書には、こんな話も出てくる。上記の田中氏とは全く違う話だが、終戦間のない頃、特捜部設立に尽力し、後に検事総長になった馬場義続氏は、大蔵官僚の谷川寛三氏に対し、こう語ったというのである。これは谷川氏の著書からの引用である。
「私が昭和40年(1965年)、関東信越国税局長になり、当時、検事総長だった馬場さんをときどきお訪ねしてご指導を受けたものだが、例えば、査察などについては、『谷川君、税も大事だが現在の安定日本の体制をひっくり返すようにならないよう、大所高所から判断するように』と言われたことであった」
脱税を摘発するにしても、自民党政権の不利にならぬよう、そのへんはわきまえてやりなさい、という「指導」である。
馬場氏の「指導」は1965年、田中氏の大阪府事案は1985年。その差、20年だ。「指導」の時代に若い検事だった人は、「大阪府事案」のころは幹部級になっていたはずだ。で、例えば、1985年ごろに任官した検事もまた、今現在、そろそろ幹部クラスである。そういう中で、組織は「伝統」をつくり、受け継いでいく。
そういう点で思うことが一つ。
今の「小沢氏疑惑」については、「田中角栄時代からの田中派的なものと検察との最終戦争」といった論評がなされている。ロッキード事件以降、東京地検特捜部が摘発した国会議員・閣僚は、ほとんどが田中派・経世会系であり、清和会系はほとんど挙げられていないから、その見立てはなるほど、そうなんだろうな、と思う。
ただ、あまりにも政治的な臭いがする今回の検察の動きに関しては、私はちょっと違う感じも抱いている。それは「労組」である。1970年代までの総評のような、ある種の戦闘的労組とはまったく違うが、「連合」も労組は労組である。日教組やら何やらも含め、労働組合が与党を支える側になった。そこに何か、大きなポイントがあるような気がしてならない。民主党がマニフェストで取り調べの可視化推進をうたったことも、なるほど検察を刺激していよう。しかし、特捜検察誕生のころからの検察の思想的な流れを視野に入れると、彼らの「伝統」を背景にした風景も見えてくる。
だから、仮に私が検察幹部だったとしたら、小沢氏の次に狙うのは、労組をバックにした民主党の
有力政治家である。そして、その過程では「労組と民主党の醜い関係」をマスコミを使って喧伝する。
魚住昭氏の「特捜検察の闇」の中に、こんな一節が出てくる。大阪・東京両地検で特捜部の検事だった田中森一氏が、大阪地検特捜部で大阪府庁の贈収賄事件を捜査していた1985年ごろの話である。大阪府では、1979年まで知事は黒田了一氏だった(1期目は社会党と共産党推薦、2期目は共産党推薦)。
<以下引用>
……強制捜査の着手には上司の決裁が必要だ。田中は手書きの報告書を携えて検事正室へ行った。当時の検事正は「ライオン丸」というあだ名の強面の男だった。
田中は報告書を差し出し、捜査経過を説明し始めた。検事正はさっと報告書に目を通した後、両切りのピースを一本取り出した。それでテーブルをとんとんと叩きながら、いきなり怒鳴った。
「たかが5000万円(のわいろ=高田挿入)で、お前、大阪を共産党の天下に戻すんかァーッ!」
共産党系の黒田府政は79年に終わり、自社公民推薦の岸府政が誕生していた。
「共産党に戻ろうがどうしようが、私には関係ありません。事件があるから、やるんです」と田中が答えた。
「そんなことは聞いておらん。共産党に戻すかどうか聞いとんのや!」
結局、いくら食い下がっても検事正は強制捜査の着手を許さなかった。田中が当時を振り返って言う。
「それでも諦めきれずにY(収賄が疑われた府幹部=同)の捜査を続けてみたけれど、本人が癌の診断書を出して入院してしまった。上司に呼ばれ『お前、余命いくばくもないやつをいじめてどうするんや、それが検事の仕事か』と責められるし、事務官たちは『田中の仕事を手伝うな』と指示が出るわで、結局、手を引かざるを得なかった。もちろん、癌なんて嘘っぱち。Yは今でもピンピンしてるよ」
田中が初めて味わう挫折だった。そのときフッと頭をよぎったのが「いったい検察の正義ってなんや」という疑問だった。
<引用終了>
田中氏はこの大阪府事案の前にも、政治家や公務員のかかわる事案において検察上層部からの圧力を受けた経験を持っていたようだから、この大阪府事案が検察不信の決定打になった。
一方、同書には、こんな話も出てくる。上記の田中氏とは全く違う話だが、終戦間のない頃、特捜部設立に尽力し、後に検事総長になった馬場義続氏は、大蔵官僚の谷川寛三氏に対し、こう語ったというのである。これは谷川氏の著書からの引用である。
「私が昭和40年(1965年)、関東信越国税局長になり、当時、検事総長だった馬場さんをときどきお訪ねしてご指導を受けたものだが、例えば、査察などについては、『谷川君、税も大事だが現在の安定日本の体制をひっくり返すようにならないよう、大所高所から判断するように』と言われたことであった」
脱税を摘発するにしても、自民党政権の不利にならぬよう、そのへんはわきまえてやりなさい、という「指導」である。
馬場氏の「指導」は1965年、田中氏の大阪府事案は1985年。その差、20年だ。「指導」の時代に若い検事だった人は、「大阪府事案」のころは幹部級になっていたはずだ。で、例えば、1985年ごろに任官した検事もまた、今現在、そろそろ幹部クラスである。そういう中で、組織は「伝統」をつくり、受け継いでいく。
そういう点で思うことが一つ。
今の「小沢氏疑惑」については、「田中角栄時代からの田中派的なものと検察との最終戦争」といった論評がなされている。ロッキード事件以降、東京地検特捜部が摘発した国会議員・閣僚は、ほとんどが田中派・経世会系であり、清和会系はほとんど挙げられていないから、その見立てはなるほど、そうなんだろうな、と思う。
ただ、あまりにも政治的な臭いがする今回の検察の動きに関しては、私はちょっと違う感じも抱いている。それは「労組」である。1970年代までの総評のような、ある種の戦闘的労組とはまったく違うが、「連合」も労組は労組である。日教組やら何やらも含め、労働組合が与党を支える側になった。そこに何か、大きなポイントがあるような気がしてならない。民主党がマニフェストで取り調べの可視化推進をうたったことも、なるほど検察を刺激していよう。しかし、特捜検察誕生のころからの検察の思想的な流れを視野に入れると、彼らの「伝統」を背景にした風景も見えてくる。
だから、仮に私が検察幹部だったとしたら、小沢氏の次に狙うのは、労組をバックにした民主党の
有力政治家である。そして、その過程では「労組と民主党の醜い関係」をマスコミを使って喧伝する。
続・リークと守秘義務
久々にエントリを2本書き、風呂に入ってさっぱりして、再びパソコンに向かったら、先ほどの「リークと守秘義務」に、早速、コメントを頂いた。vox_populi さんからで、「今回の記事、残念ながら賛成できません。小沢氏の今回の事件に限らず、検察・警察からリークされた情報はもっぱら、起訴以前の容疑者を真っ黒く塗り上げることにのみ役立っている。現状はそのようだと言わざるをえないからです」と書かれている。
もっぱらリーク情報によって、起訴前、逮捕前などに「あいつは悪徳政治家だ」「悪徳弁護士だ」という風潮が作られ、その方の社会的生命を絶とうとする・絶ってしまう事例は、枚挙に暇がない。vox_populi さんの言うとおり、そんな報道なら要らないと私も思う。捜査段階の情報がいかに当てにならないかは、事件取材を少しでもかじったことのある人なら自明であろうし、一般の読者であっても首をかしげることはしばしばだろう。
捜査段階のリーク情報によって「A容疑者は、これこれだったという」といった記事を書いてはみたものの、起訴状や冒頭陳述はおろか、証拠採用された調書にすら、その片鱗も出てこない……。こんな経験をした記者も少なくないはずだ。だから、このような取材のあり方、記事の書き方、報道のあり方から、各メディアはいい加減にもう、決別しなければならない。
ひと昔前は、捜査情報のみに依拠した報道は、その先裁判等でどうなろうとも、その時に先に書いた者の勝ち、という空気がメディア内部にはあった。いわゆる「書き得」思想である。私が駆け出し記者だった20年くらい前は、記者クラブ内の各社のブース内には、他社との「勝ち・負け」を表やグラフにしたものまで掲示されていた記憶がある。いったい、何について、誰との勝負に勝ったのか、負けたのか。疑問を持たない方がおかしいのだけれど、疑問を口にし、行動した記者は「ダメ記者」とのレッテルを貼られていく、そんな風潮だった。それが(わずか)20年くらい前のことなのだ。
新聞記者になったとき、どこの新聞(テレビも)であれ、最初の教育時には「必ず対立する側も取材して、その言い分を書け」と習う。そして、「どんな相手であれ、相手の言うことは疑え」とも習う。しかしながら、事件取材においては、それが全く実践されていない。そして、それを今も疑問にも思っていない(ように映る)。
そもそも日本の刑事司法制度下では、逮捕された容疑者側の言い分を取材するのは、結構難しい。接見禁止が連発される結果、容疑者側の言い分を取材するとき、取材先は事実上、弁護士らに限られる。欧米やアジアのこの種の取材では、鉄格子越しに容疑者が「おれはやっていない」と答える場面などがテレビで時々報道されるが、日本では、ああいうことは起こりえないのである。
10年以上前だと記憶しているが、当番弁護士制度が導入された際、福岡に本社がある西日本新聞が「容疑者の言い分」報道を手掛けたことがある。弁護士会の協力も得ながら、逮捕段階での容疑者側の言い分を記事ごとに掲載するという当時としては画期的な試みだった。ただ、(あくまで私の記憶と知る範囲での話であるが)このキャンペーンはやがて、弁護士から取材した言い分を捜査当局に「通報」する他社の記者が現れるようになって弁護士側の信頼を失っていく結果になったという。私自身の経験で云えば、警察の裏金報道を続けているとき、「北海道新聞はひどいですよね」と警察側に言い寄って、事件ネタをもらうことに専心した新聞社があったことも知っている。まあ、いわば、ことほど左様に、事件報道とそれをめぐるメディア側の動きには、なんというか、溜め息の連続である。
だから、と私は思う。少なくとも、事件に関する報道においては、取材の姿勢というか立ち位置を急に変えることができないのであれば、せめて記事の書き方を何とかしてくれ、と。もちろん、記事の書き方・表現方法は、取材での立ち位置と裏表の関係にあるから、そう簡単には物事は進まないであろうが、しかし、せめてこういう書き方はできぬものか。
「B容疑者は業者から1000万円をもらったと供述している、と警視庁のある捜査員は取材に答えた。しかし、この捜査員の発言以外に、これを裏付ける取材結果は得られていない」
現場を走り回っている事件記者諸君、どうだろう? やっぱり、この程度でも無理か?
もう6、7年前のことになるが、私が警察・司法担当デスクだった際、その考え方と実践例、上記のような記事例などをペーパーにまとめ、社内の正式な会議に提案したことがある。その際は、そんなことを実行したら警察から事件ネタを取れなくなる、他社に事件ネタで遅れを取るばかりになる、といった声もあって、継続的に論議しましょう、という先送り的な結論にしかならなかった。そのうち、担当が代わり、海外駐在になるなどしているうちに、私自身、別の取材対象に関心が移るなどして、曖昧になってしまったという経緯がある。
まあ、そんな個人的な経験は今はどうでもいいし、話があちこちに飛びすぎたが、vox_populi さんのコメントに立ち返って言えば、それでも検察・警察への取材は続けなければならない。当然、「強圧的な調べはしていないのか」といった点にも着目しながら、不当な調べが行われていないか、捜査がある特定の意図を持っていないか、等々も把握しなければならない。そうした取材は「垂れ流し報道」「権力のポチ的立ち位置」とは別のものであって、相当の厳しさが予想される。だからこそ、そのときは、本当の意味での取材力が問われる。「リークがけしからん」のではなく、「意図的なリークとそれに安易に乗っかるメディア」がけしからんのである。一つ前のエントリで、私が、じゃんじゃんリークさせないといけない、という趣旨のことを書いた意味は、そこにある。
そして、こういうメディアの体質を打ち破る方法の一つとして、「記者クラブ開放」があると、いまの私は考えている。それがどういう意味なのかは、夜も遅くなってきたので、いずれまた別の機会に。
もっぱらリーク情報によって、起訴前、逮捕前などに「あいつは悪徳政治家だ」「悪徳弁護士だ」という風潮が作られ、その方の社会的生命を絶とうとする・絶ってしまう事例は、枚挙に暇がない。vox_populi さんの言うとおり、そんな報道なら要らないと私も思う。捜査段階の情報がいかに当てにならないかは、事件取材を少しでもかじったことのある人なら自明であろうし、一般の読者であっても首をかしげることはしばしばだろう。
捜査段階のリーク情報によって「A容疑者は、これこれだったという」といった記事を書いてはみたものの、起訴状や冒頭陳述はおろか、証拠採用された調書にすら、その片鱗も出てこない……。こんな経験をした記者も少なくないはずだ。だから、このような取材のあり方、記事の書き方、報道のあり方から、各メディアはいい加減にもう、決別しなければならない。
ひと昔前は、捜査情報のみに依拠した報道は、その先裁判等でどうなろうとも、その時に先に書いた者の勝ち、という空気がメディア内部にはあった。いわゆる「書き得」思想である。私が駆け出し記者だった20年くらい前は、記者クラブ内の各社のブース内には、他社との「勝ち・負け」を表やグラフにしたものまで掲示されていた記憶がある。いったい、何について、誰との勝負に勝ったのか、負けたのか。疑問を持たない方がおかしいのだけれど、疑問を口にし、行動した記者は「ダメ記者」とのレッテルを貼られていく、そんな風潮だった。それが(わずか)20年くらい前のことなのだ。
新聞記者になったとき、どこの新聞(テレビも)であれ、最初の教育時には「必ず対立する側も取材して、その言い分を書け」と習う。そして、「どんな相手であれ、相手の言うことは疑え」とも習う。しかしながら、事件取材においては、それが全く実践されていない。そして、それを今も疑問にも思っていない(ように映る)。
そもそも日本の刑事司法制度下では、逮捕された容疑者側の言い分を取材するのは、結構難しい。接見禁止が連発される結果、容疑者側の言い分を取材するとき、取材先は事実上、弁護士らに限られる。欧米やアジアのこの種の取材では、鉄格子越しに容疑者が「おれはやっていない」と答える場面などがテレビで時々報道されるが、日本では、ああいうことは起こりえないのである。
10年以上前だと記憶しているが、当番弁護士制度が導入された際、福岡に本社がある西日本新聞が「容疑者の言い分」報道を手掛けたことがある。弁護士会の協力も得ながら、逮捕段階での容疑者側の言い分を記事ごとに掲載するという当時としては画期的な試みだった。ただ、(あくまで私の記憶と知る範囲での話であるが)このキャンペーンはやがて、弁護士から取材した言い分を捜査当局に「通報」する他社の記者が現れるようになって弁護士側の信頼を失っていく結果になったという。私自身の経験で云えば、警察の裏金報道を続けているとき、「北海道新聞はひどいですよね」と警察側に言い寄って、事件ネタをもらうことに専心した新聞社があったことも知っている。まあ、いわば、ことほど左様に、事件報道とそれをめぐるメディア側の動きには、なんというか、溜め息の連続である。
だから、と私は思う。少なくとも、事件に関する報道においては、取材の姿勢というか立ち位置を急に変えることができないのであれば、せめて記事の書き方を何とかしてくれ、と。もちろん、記事の書き方・表現方法は、取材での立ち位置と裏表の関係にあるから、そう簡単には物事は進まないであろうが、しかし、せめてこういう書き方はできぬものか。
「B容疑者は業者から1000万円をもらったと供述している、と警視庁のある捜査員は取材に答えた。しかし、この捜査員の発言以外に、これを裏付ける取材結果は得られていない」
現場を走り回っている事件記者諸君、どうだろう? やっぱり、この程度でも無理か?
もう6、7年前のことになるが、私が警察・司法担当デスクだった際、その考え方と実践例、上記のような記事例などをペーパーにまとめ、社内の正式な会議に提案したことがある。その際は、そんなことを実行したら警察から事件ネタを取れなくなる、他社に事件ネタで遅れを取るばかりになる、といった声もあって、継続的に論議しましょう、という先送り的な結論にしかならなかった。そのうち、担当が代わり、海外駐在になるなどしているうちに、私自身、別の取材対象に関心が移るなどして、曖昧になってしまったという経緯がある。
まあ、そんな個人的な経験は今はどうでもいいし、話があちこちに飛びすぎたが、vox_populi さんのコメントに立ち返って言えば、それでも検察・警察への取材は続けなければならない。当然、「強圧的な調べはしていないのか」といった点にも着目しながら、不当な調べが行われていないか、捜査がある特定の意図を持っていないか、等々も把握しなければならない。そうした取材は「垂れ流し報道」「権力のポチ的立ち位置」とは別のものであって、相当の厳しさが予想される。だからこそ、そのときは、本当の意味での取材力が問われる。「リークがけしからん」のではなく、「意図的なリークとそれに安易に乗っかるメディア」がけしからんのである。一つ前のエントリで、私が、じゃんじゃんリークさせないといけない、という趣旨のことを書いた意味は、そこにある。
そして、こういうメディアの体質を打ち破る方法の一つとして、「記者クラブ開放」があると、いまの私は考えている。それがどういう意味なのかは、夜も遅くなってきたので、いずれまた別の機会に。
リークと守秘義務
小沢疑惑関連で、もう一つ。検察リークを鵜呑みに、それを無批判に報道することの、あまりのひどさに、東京地検特捜部の関係者を刑事告発する動きがあったらしい。「国家公務員第百条第一項の守秘義務」に違反した、という容疑である。
今回の局面では、こういう動きが出てくるのも当然だろうとは思う。民主党を中心とした連立政権誕生以降の捜査の動きを観察していれば、多くの人が強い違和感を抱いたはずである。仮に報道する側が「地検は正しい」と思ったとしても、そうは思わない国民が多数いるのは事実である。だとしたら、国民・読者の疑問に答えるのが報道機関である以上、検察の動きに批判的な識者の声を集めるといった程度の工夫はあってもよい。
で、話は戻るが、検察のリークをけしからんとして、それを罪に問おうとする動きには、私は若干の疑問を持つ。相手が捜査当局であれ、一般官庁であれ、取材活動においては、情報を引き出すのが記者の仕事である。記者会見などの公の場を除けば、程度の差こそあれ、個々の取材活動においては、個々の公務員に個別の「情報提供」を求めることになる。高級官僚や閣僚の不正に絡む取材もあるだろうし、不都合な情報隠蔽を暴露する取材もある。特捜検事や警察の捜査員に対する事件取材は、通常、「被疑者はどういう供述をしているのか」などを取材すると同時に、「どういう捜査をしているのか」「違法捜査はやっていないか」なども取材の対象になるはずだ。だからこそ、警察担当記者や検察担当記者が存在しているはずである。
極論すれば、公務員に対する取材は、常に情報漏洩を求めているといっても過言ではない。通常は、ある機密を保持するよりも公にする方が、国家・国民に対する利益になると判断したり、されたりするのであろうが、突き詰めれば、何でもかんでも、この国家公務員法に引っ掛かる恐れがある。
日本の取材現場においては、この国家公務員法が最大のガンであることは、1980年代初めに出版された「アメリカジャーナリズム報告」の中で、著者の立花隆氏が喝破している。アメリカでは、ウォーター・ゲート事件で新聞の追及を受けていたニクソン大統領が、その最中に、日本の国家公務員法の守秘義務既定とそっくりな条項を盛り込んだ刑法改正案を国会に上程したが、葬り去られたそうだ。
私が言いたいのは、つまり、こういうことだ。
地検からのリーク、じゃんじゃんさせなさい。どんどん捜査情報、その関連情報を取りなさい。取材しなさい。そのためには厳しい夜回りも朝駆けも必要でしょう。しかし、その先で誤ってはいけない。報道機関は、検察と一心同体になってはいけないし、二人三脚で歩んではいけない。いつでも厳しく批判しなければならない。
手前みそで恐縮だが、数年前に北海道警察の裏金問題を追及した際、それをまとめた「追及・北海道警裏金疑惑」(講談社)の「あとがき」で私は以下のように記した。それに込めた意味は、当時も今も少しも変わっていないと思う。(以下は引用)
…最近の新聞、テレビは、権力機構や権力者に対して、真正面から疑義を唱えることがずいぶん少なくなったと思う。お行儀が良くなったのだ。警察組織はもとより、政府、政治家、高級官僚、大企業やその経営者などは、いつの時代も自らに都合の悪い情報は隠し、都合の良い情報は積極的に流し、自らの保身を図ろうとする。そして、権力機構や権力者の腐敗は、そこから始まる…ところが、報道機関はいつの間にか、こうした取材対象と二人三脚で歩むことが習い性になってしまった。悪名高い記者クラブに座ったままで、あるいは、多少歩いて取材したとしても、相手から提供される情報を加工するだけで終わってしまう。日々、華々しく展開されるスクープ合戦にしても、実際はそうした相手の土俵に乗り、やがて広報されることを先取りすることに血道を上げているケースが少なくない。権力機構や権力者を批判する場合でも、結果的に相手の許容した範囲での批判か、自らは安全地帯に身を置いたままの『評論』などが、あまりにも多いように感じている。
もちろん、こうした報道をすべて無意味と断じるつもりはない。しかし、権力機構や権力者に深く食い込むことと、二人三脚で歩むことは、同義ではないはずだ。読者は賢明である。報道機関が権力機構や権力者と築いてしまった『いやらしい関係』を、とっくに見抜いている。ひと昔前はあこがれの職業だった記者は、さげすみの対象にすらなりつつある。
「事実を抉り出して相手に突き付け、疑義を唱え、公式に不正を認めさせていく。そうした報道を取り戻したい。記者会見では相手の嫌がる質問をどんどんぶつけたい。権力機構や権力者と仲良しサークルをつくって、自らも偉くなったような錯覚に陥ることだけは避けたい。記者クラブ取材のあり方、捜査情報をもらうだけの警察取材のあり方を根本から変えたい。報道もしょせん商売かもしれないが、しかし、もっと青臭くなりたい。オンブズマン組織にも劣るようになってきた『真の意味での取材力』を取り戻したい」
取材班はずっとそう考えていた。だからこそ、一連の取材は、いわゆる「遊軍記者」などに任せず、道警記者クラブ詰めのサツ回り記者が「逃げ場」のない中で、真正面から取り組んだのである。
今回の局面では、こういう動きが出てくるのも当然だろうとは思う。民主党を中心とした連立政権誕生以降の捜査の動きを観察していれば、多くの人が強い違和感を抱いたはずである。仮に報道する側が「地検は正しい」と思ったとしても、そうは思わない国民が多数いるのは事実である。だとしたら、国民・読者の疑問に答えるのが報道機関である以上、検察の動きに批判的な識者の声を集めるといった程度の工夫はあってもよい。
で、話は戻るが、検察のリークをけしからんとして、それを罪に問おうとする動きには、私は若干の疑問を持つ。相手が捜査当局であれ、一般官庁であれ、取材活動においては、情報を引き出すのが記者の仕事である。記者会見などの公の場を除けば、程度の差こそあれ、個々の取材活動においては、個々の公務員に個別の「情報提供」を求めることになる。高級官僚や閣僚の不正に絡む取材もあるだろうし、不都合な情報隠蔽を暴露する取材もある。特捜検事や警察の捜査員に対する事件取材は、通常、「被疑者はどういう供述をしているのか」などを取材すると同時に、「どういう捜査をしているのか」「違法捜査はやっていないか」なども取材の対象になるはずだ。だからこそ、警察担当記者や検察担当記者が存在しているはずである。
極論すれば、公務員に対する取材は、常に情報漏洩を求めているといっても過言ではない。通常は、ある機密を保持するよりも公にする方が、国家・国民に対する利益になると判断したり、されたりするのであろうが、突き詰めれば、何でもかんでも、この国家公務員法に引っ掛かる恐れがある。
日本の取材現場においては、この国家公務員法が最大のガンであることは、1980年代初めに出版された「アメリカジャーナリズム報告」の中で、著者の立花隆氏が喝破している。アメリカでは、ウォーター・ゲート事件で新聞の追及を受けていたニクソン大統領が、その最中に、日本の国家公務員法の守秘義務既定とそっくりな条項を盛り込んだ刑法改正案を国会に上程したが、葬り去られたそうだ。
私が言いたいのは、つまり、こういうことだ。
地検からのリーク、じゃんじゃんさせなさい。どんどん捜査情報、その関連情報を取りなさい。取材しなさい。そのためには厳しい夜回りも朝駆けも必要でしょう。しかし、その先で誤ってはいけない。報道機関は、検察と一心同体になってはいけないし、二人三脚で歩んではいけない。いつでも厳しく批判しなければならない。
手前みそで恐縮だが、数年前に北海道警察の裏金問題を追及した際、それをまとめた「追及・北海道警裏金疑惑」(講談社)の「あとがき」で私は以下のように記した。それに込めた意味は、当時も今も少しも変わっていないと思う。(以下は引用)
…最近の新聞、テレビは、権力機構や権力者に対して、真正面から疑義を唱えることがずいぶん少なくなったと思う。お行儀が良くなったのだ。警察組織はもとより、政府、政治家、高級官僚、大企業やその経営者などは、いつの時代も自らに都合の悪い情報は隠し、都合の良い情報は積極的に流し、自らの保身を図ろうとする。そして、権力機構や権力者の腐敗は、そこから始まる…ところが、報道機関はいつの間にか、こうした取材対象と二人三脚で歩むことが習い性になってしまった。悪名高い記者クラブに座ったままで、あるいは、多少歩いて取材したとしても、相手から提供される情報を加工するだけで終わってしまう。日々、華々しく展開されるスクープ合戦にしても、実際はそうした相手の土俵に乗り、やがて広報されることを先取りすることに血道を上げているケースが少なくない。権力機構や権力者を批判する場合でも、結果的に相手の許容した範囲での批判か、自らは安全地帯に身を置いたままの『評論』などが、あまりにも多いように感じている。
もちろん、こうした報道をすべて無意味と断じるつもりはない。しかし、権力機構や権力者に深く食い込むことと、二人三脚で歩むことは、同義ではないはずだ。読者は賢明である。報道機関が権力機構や権力者と築いてしまった『いやらしい関係』を、とっくに見抜いている。ひと昔前はあこがれの職業だった記者は、さげすみの対象にすらなりつつある。
「事実を抉り出して相手に突き付け、疑義を唱え、公式に不正を認めさせていく。そうした報道を取り戻したい。記者会見では相手の嫌がる質問をどんどんぶつけたい。権力機構や権力者と仲良しサークルをつくって、自らも偉くなったような錯覚に陥ることだけは避けたい。記者クラブ取材のあり方、捜査情報をもらうだけの警察取材のあり方を根本から変えたい。報道もしょせん商売かもしれないが、しかし、もっと青臭くなりたい。オンブズマン組織にも劣るようになってきた『真の意味での取材力』を取り戻したい」
取材班はずっとそう考えていた。だからこそ、一連の取材は、いわゆる「遊軍記者」などに任せず、道警記者クラブ詰めのサツ回り記者が「逃げ場」のない中で、真正面から取り組んだのである。
「捜査情報」は「捜査情報」と明示せよ
日本のメディアは、本当に「事件」が好きだな、と思う。質的にも量的にも事件報道の過剰ぶりは、日頃から強い違和感を抱いている。ほんとうに、分量多すぎ、である。しかも移り身が速い。次から次へと事件は消費されていくから、例えば、数カ月前はどんな事件が紙面に踊っていたか、すぐには定かに思い出せないほどだ。
たしか、昨年の秋頃は、埼玉や鳥取の「婚活詐欺」「婚活殺人」で非常に盛り上がっていた。朝日か読売か忘れてしまったが、第一報は1面だった記憶がある。1面掲載というくらいだから、たぶん社会を揺るがす大事件だと編集責任者は思ったのだろうけど、あれは、その後、いったいどうなったのか?
このところ、新聞は「小沢疑惑」一色である。
小沢氏の資金問題に関する各紙の記事を読んでいて、「おんや?」と気付いたことがある。たぶん、とっくに大勢の方が気付いていると思う。それは「原稿の書き方」である。裁判員制度の導入に際し、新聞各社は事件報道のあり方を見直します、犯人視報道はやめます、と誓った。まあ、新聞社の誓いなどはある意味、いたずら盛りの子供が「もうしません」という程度のものでしかないが、それにしても、である。
事件報道に関しては、少し前のこのブログで「「容疑者=犯人」報道は、やっぱり続く。」というエントリを立て、言いたいことは書いたつもりだった。それ以前にもこのブログや雑誌などで、事件報道の書き方については何度か書いた。それでも今回の小沢氏関連の報道はひどすぎる。
新聞協会は2008年1月の「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」の中で、「捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方等に十分配慮する」と明示している。それに沿って、多くの新聞社が独自にガイドラインなどを設けた。
例えば、産経新聞は「裁判員制度と事件報道ガイドライン」の中で、<ガイドラインは「事件・裁判報道の目的・意義」を示したうえで、被疑者、被告を「犯人視」しない報道を基本姿勢としている><供述内容をはじめとする捜査情報については、「できる限り出所を明示する」ことで、情報の位置づけを明確にしたうえで、供述の変遷などに配慮し「記事の書き方の工夫」を求めている>と記している。この中では、捜査情報の「出所明示」がミソだ。
朝日新聞は「裁判員時代の事件報道へ・信頼される記事、積極的に」という記述の中で、以下のように記した。( )は筆者挿入。
<(捜査情報の)出所明示の狙いは「情報は捜査側から伝え聞いたもので、確定した事実ではないと示すこと」だ。「報道の主体的な判断と責任で何をどこまで報じるかを自主的に決める」として、責任を警察側に押しつけるようなものではないことも、指針でうたった。時間の経過とともに、警察側にも出所明示への理解が浸透すると期待している。>
<情報の出所明示に対する社会一般の意識は今後、変わっていくだろう。事件報道の取材現場には、様々な慣行が残されているが、これも時間とともに変化していく。裁判員制度も試行錯誤を繰り返しながら運用されていくはずだ。事件報道もこうした変化に合わせて絶えず見直し、よりよいものにしていく努力を続けることを指針で表明した。>
もちろん、この程度のことで、問題多き事件報道の根幹が変わるとは、筆者は全く考えていないが、それでも、やらないよりはマシである。産経、朝日に限らず、他社も似たような指針・ガイドラインを設けている。そして、実際には「……ということが捜査関係者への取材で分かった」というふうな記述が、最近は激増していたのである。例えば、こんな感じだ。
読売新聞・1月19日 <仙台市青葉区の風俗店経営者を殺害し現金を奪ったとして、強盗殺人罪で起訴された北海道旭川市、無職笹本智之被告(35)が「東京都内で暴力団組員を殺害した」などと供述していることが、(宮城)県警の捜査関係者らへの取材で分かった。>
毎日新聞・1月11日 <……静岡県警の捜査関係者によると、5人はネット大手「ヤフー」の会員に「登録情報の更新が必要」などという内容のメールを送信。ヤフーのサイトに似せた偽サイトに接続させたうえで、カード番号などを入力させ、盗み取っていたとみられる。>
曲がりなりにではあるが、「県警によると」「捜査関係者によると」といった表現を使い、各社は事件情報の明示を始めていた。その矢先の「小沢疑惑」である。すでに御承知の通り、一連の資金疑惑においては、検察の激しいリークが(たぶん)続き、その捜査情報が次々と紙面に掲載されている。しかも、そこにあるのは「関係者の話で分かった」という記述のみであり、「地検」「検事」の文字がものの見事に抜け落ちている。裁判員制度の導入に際しての各社の「誓い」など、どっかに消えて無くなったも同然である。
小沢疑惑報道に関わっている記者は、夜回りの合間などに、魚住昭氏の「特捜検察の闇」(文春文庫)や、志布志事件を扱った「虚罪」(岩波書店)などを読むこと・読み直すことを、ぜひお薦めする。
たしか、昨年の秋頃は、埼玉や鳥取の「婚活詐欺」「婚活殺人」で非常に盛り上がっていた。朝日か読売か忘れてしまったが、第一報は1面だった記憶がある。1面掲載というくらいだから、たぶん社会を揺るがす大事件だと編集責任者は思ったのだろうけど、あれは、その後、いったいどうなったのか?
このところ、新聞は「小沢疑惑」一色である。
小沢氏の資金問題に関する各紙の記事を読んでいて、「おんや?」と気付いたことがある。たぶん、とっくに大勢の方が気付いていると思う。それは「原稿の書き方」である。裁判員制度の導入に際し、新聞各社は事件報道のあり方を見直します、犯人視報道はやめます、と誓った。まあ、新聞社の誓いなどはある意味、いたずら盛りの子供が「もうしません」という程度のものでしかないが、それにしても、である。
事件報道に関しては、少し前のこのブログで「「容疑者=犯人」報道は、やっぱり続く。」というエントリを立て、言いたいことは書いたつもりだった。それ以前にもこのブログや雑誌などで、事件報道の書き方については何度か書いた。それでも今回の小沢氏関連の報道はひどすぎる。
新聞協会は2008年1月の「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」の中で、「捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方等に十分配慮する」と明示している。それに沿って、多くの新聞社が独自にガイドラインなどを設けた。
例えば、産経新聞は「裁判員制度と事件報道ガイドライン」の中で、<ガイドラインは「事件・裁判報道の目的・意義」を示したうえで、被疑者、被告を「犯人視」しない報道を基本姿勢としている><供述内容をはじめとする捜査情報については、「できる限り出所を明示する」ことで、情報の位置づけを明確にしたうえで、供述の変遷などに配慮し「記事の書き方の工夫」を求めている>と記している。この中では、捜査情報の「出所明示」がミソだ。
朝日新聞は「裁判員時代の事件報道へ・信頼される記事、積極的に」という記述の中で、以下のように記した。( )は筆者挿入。
<(捜査情報の)出所明示の狙いは「情報は捜査側から伝え聞いたもので、確定した事実ではないと示すこと」だ。「報道の主体的な判断と責任で何をどこまで報じるかを自主的に決める」として、責任を警察側に押しつけるようなものではないことも、指針でうたった。時間の経過とともに、警察側にも出所明示への理解が浸透すると期待している。>
<情報の出所明示に対する社会一般の意識は今後、変わっていくだろう。事件報道の取材現場には、様々な慣行が残されているが、これも時間とともに変化していく。裁判員制度も試行錯誤を繰り返しながら運用されていくはずだ。事件報道もこうした変化に合わせて絶えず見直し、よりよいものにしていく努力を続けることを指針で表明した。>
もちろん、この程度のことで、問題多き事件報道の根幹が変わるとは、筆者は全く考えていないが、それでも、やらないよりはマシである。産経、朝日に限らず、他社も似たような指針・ガイドラインを設けている。そして、実際には「……ということが捜査関係者への取材で分かった」というふうな記述が、最近は激増していたのである。例えば、こんな感じだ。
読売新聞・1月19日 <仙台市青葉区の風俗店経営者を殺害し現金を奪ったとして、強盗殺人罪で起訴された北海道旭川市、無職笹本智之被告(35)が「東京都内で暴力団組員を殺害した」などと供述していることが、(宮城)県警の捜査関係者らへの取材で分かった。>
毎日新聞・1月11日 <……静岡県警の捜査関係者によると、5人はネット大手「ヤフー」の会員に「登録情報の更新が必要」などという内容のメールを送信。ヤフーのサイトに似せた偽サイトに接続させたうえで、カード番号などを入力させ、盗み取っていたとみられる。>
曲がりなりにではあるが、「県警によると」「捜査関係者によると」といった表現を使い、各社は事件情報の明示を始めていた。その矢先の「小沢疑惑」である。すでに御承知の通り、一連の資金疑惑においては、検察の激しいリークが(たぶん)続き、その捜査情報が次々と紙面に掲載されている。しかも、そこにあるのは「関係者の話で分かった」という記述のみであり、「地検」「検事」の文字がものの見事に抜け落ちている。裁判員制度の導入に際しての各社の「誓い」など、どっかに消えて無くなったも同然である。
小沢疑惑報道に関わっている記者は、夜回りの合間などに、魚住昭氏の「特捜検察の闇」(文春文庫)や、志布志事件を扱った「虚罪」(岩波書店)などを読むこと・読み直すことを、ぜひお薦めする。
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