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ニュースの現場で考えること


サッカーに関心のない人にはどうでもいい話かもしれないが、欧州サッカーのチャンピオンズリーグ決勝が先頃、ローマであり、FCバルセロナが、マンテスター・ユナイテッドを2-0で破って優勝した。

このFCバルセロナに、仏のリリアン・テュラムという選手がいた。サッカー好きの方なら、たいていは知っていると思う。仏代表選手として、ジダンらとともに一時代を築き、確か、仏代表としての出場記録も持っている。昨年8月に現役を引退した。仏の海外県、カリブ海のグアドループ諸島の出身で、9歳の時、パリ郊外に移り住んだ。社会問題にも積極発言をすることで知られ、「サッカー界の哲人」とも言われている。そんな、黒人選手である。先日、立教大学で学生さんたちの少人数の集まりがあり、そこで話をした際も、「ロンドン勤務中のインタビュー相手で最も印象に残った人」として、テュラム選手のことを紹介した。

例えば、彼は、こんなことを話すのである。   c0010784_1393774.jpg

「・・・たぶん、僕たち黒人以外にはなかなか理解してもらえないことって、山のようにある。僕たち黒人はしっかり記憶しようと思っていることでも、それ以外の人々はたいして注意を払っていないことが山のようにある」

「例えば、世界人権宣言って知っているよね? 国連が1948年に制定した。日本でもきっと教科書にも載っていると思う。すべて人のは人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見などによって、どんな差別も受けない。そういうことが書かれていることは知っているよね? それ自体の意味を否定する訳じゃないけど、その同じ年、世界では何があったか知っているかい? アフリカでは何があったか知っているかい? あの悪名高い、南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離)政策は、この年に法制化されたんだ」

「フランス革命のときの人権宣言も知っているよね? 確かに、世界史的な大事件だった。でも、その人権宣言がでた年、僕たちの先祖である黒人は、奴隷貿易の対象だった。そのころ、奴隷貿易はピークだったんだ。そのころ奴隷が集められ、船に乗せられたアフリカの場所に行ったことがあるけれど、フランス革命のことは知っていても、あの奴隷貿易の基地の場所を知っている人は、日本にも欧米にも、ほとんどいないと思う。同じような例はほかにもいっぱいあって、例えば、1931年にはパリで、世界植民地博覧会っていうのがあって、そこでは黒人が展示品だったんだよ。いいかい? 生きた黒人が展示されたんだ。 たった、70年くらい前の話さ。この意味が分かるかい?」

「僕の故郷の島では、母親たちの世代はずっと、白人と結婚することが夢だった。白人と結婚すれば、それだけ肌の色が白くなる。僕の子供もあるとき、白人に生まれていれば好かったと言ったことがある。一度だけね。そのとき、僕は妻と一緒に、彼と向き合って、じっくり、本当にじっくり話した。どうして、そう思うのかい? って。頭越しに怒ったりはしなかった。知っての通り、僕が母親と兄弟たちとパリ郊外のフォンテンブローに移住してきたころは、貧しくて貧しくて。部屋は狭くて机もなくて、団地の階段を机代わりにしていた。パリの郊外って云えば、どういうところか分かるだろ? 僕は幸い、サッカーがうまくて、プロになれて、収入がたくさんあって、いい暮らしができるようになった。でも、息子はこの先、どうなるんだろうと思うことがある。そして、ほかの子供たちはどうだろうってね」

テュラム選手は、本当に賢かった。哲学者や経済学者の名前はぽんぽん出てくるし、政治、教育、社会、経済の話まで、視線は縦横無尽である。そして何よりすごいと思ったのは、言い尽くせないほどの差別を受けながらも、将来に対して、実に楽観的で前向きだった、ということだ。強い人はいつも、楽観的である。「FCバルセロナ」と聞くと、いつもそれを思い出す。
by masayuki_100 | 2009-05-31 13:32 | 東京にて 2009 | Comments(0)

民主党・小沢前代表の秘書が逮捕された事件に関連して、ニューヨーク・タイムズが、日本メディアのヘタレぶりを記事にしている。欧米の新聞にも相当にひどいものはあるし、「さすがニューヨーク・タイムズ」とか無原則に褒めるつもりはないが、こういう記事を読むと、やはり、ため息の連続である。

記事は、「In Reporting a Scandal, the Media Are Accused of Just Listening」というタイトルで、原文はここにある。内容については、「金融そして時々」さんのブログ記事、 「ニューヨーク・タイムズ、検察に媚びる日本の新聞を切る」に詳しい。要するに、「小沢スキャンダルのとき、日本のメディアは検察当局からのリークを垂れ流しただけじゃないか」というものだ。検察の捜査に疑問を差し挟む報道はほとんどなかったじゃないか、と。この記事の中で、上智大学の田島教授は、メディアは本来、権力の監視者(watchdogs on authority)であるべきなのに、実際は権力の擁護者=番犬( like authority's guard dogs)のように行動している、と批判している。

そして、私が思うに、この記事の一番の読みどころは、ニューヨーク・タイムズ記者に対する朝日新聞の回答である。朝日は、書面で、こう答えたのだという。「“The Asahi Shimbun has never run an article based solely on a leak from prosecutors,” 」。朝日新聞は検察からのリークだけで記事を書いたことは決してありません、という内容だ。

そりゃ、そうかもしれない。検察からのリーク情報に基づいて記事を書くときも、一応、小沢事務所のコメントを取るとか、そういう作業はするだろう。この朝日の回答は、検察からのリーク「だけ」で書いたことはない、という「だけ」にある。逆に言えば、検察からのリークに寄りかかっていることは、何ら否定していない、ということだ。こんな子供じみた「言い訳」によって、「私たちは何ら検察寄りではありません」と言ったって、だれも信用などしない。こんなことを言っているから、読者に笑われる。

例えば、こんなことも頻繁に起きる。夜回り記者が、一線の現場検事から事件に関する情報を得たとしよう。ふつうはそれだけで記事にはしない。当然、検察上層部にその情報の確認を取る。これを業界内では「ウラを取る」という人がいるが、同一方向から同一内容の情報について確認を取ることが、なぜ「ウラを取る」ことになるのか、私は理解できない。しかも問題なのは、そうやって上層部に情報の確認を求める際、その過程で、現場検事からの情報は間違いなく、上層部によって「修正」され、検察全体にとって都合の良い情報に変わって行く、ということだ。

あるいは、現場の捜査検事が、記者に対し、小沢捜査の批判を行ったとする。しかし、そういう情報は滅多に記事にならない。そんな記事を書く記者は、地検側が「出入り禁止」にする。或いは、批判的な情報を漏らした検事は誰であるか、を徹底的に調べる。かつて私たちの取材チームが道警裏金問題を追及していたとき、道警側は徹底して、道警内部にいる我々の情報源を見つけ出そうとしていた。それと同じである。

話が脇にそれかけたが、世の中の人がいま、新聞に厳しい目線を向けているのは、「あんたたちは当局の言いなりで記事を書いているんじゃないの? ちゃんとその情報の検証をしたの?」という部分にある。それは、「この記事には小沢事務所のコメントも入っています。検察情報だけではありません」という風な、重箱の隅的な反論によって解消できる類のものではない。

しかも問題なのは、「記事は検察寄りだ」「リークに寄り添って書くな」という読者の疑問・叱責に対して、取材現場の人たちが「自分たちは嫌がる検察の口をこじ開け、情報を取っている。それはリーク情報などではない」と、恐らくは信じ切っている点にある。記者たちは毎晩、夜遅くまで、がむしゃらに働いている。「そういう苦労は読者には分からないだろう」と、思っているはずだ。取材者はいわば、善意の塊である。そして、そういうところにこそ、ある意味、新聞と読者の、救いがたい乖離がある。

検察の捜査がおかしいと思えば、おかしいと、堂々と書けばいい。要は、書くか・書かないか。やるか、やらないか。それだけの差しかないことなのだ。その結果、仮に、検察から「出入り禁止」処分を受けたら、それも堂々と書けばいい。

新聞記者はよく、「取材しても書けないことがある」という言い方をする。それはその通りだ。しかし、私たちがふだん、役所の中を自由に歩き、(一部の例外を除いて)官僚たちの机の間をある程度自由に歩き回ることができるのも、それは、国民が持つ「知る権利」を私たちが代行しているに過ぎないからだ。だからこそ、記者が取った情報は、記者個人のものでも新聞社内部のものでもなく、基本は読者のものであるはずなのだ。だからこそ、書くのだ。

小沢事件では、「検察捜査はおかしい」という疑問が世に溢れた。「検察はどうして小沢氏を狙い打ちにするのか」という疑問があふれた。だったら、「知る権利」の代行者であるメディアは、その疑問に答えなければならない。それができないのなら、「私たちは権力の監視者ではありません」「そんなことはできません」とと言い切った方が、まだ格好がつくのではないか。
by masayuki_100 | 2009-05-31 12:36 | 東京にて 2009 | Comments(4)



昨年の秋、日本で見過ごすことの出来ぬやり取りがあった。当時はロンドンに駐在していたこともあって、恥ずかしながら、問題の深刻さを明確に認識できたのは、数カ月前のことである。

自民党が各省庁に対し、すなわち霞ヶ関全体に対し、民主党から資料提出の要求があった場合、事前に自民党側にそれを知らせよ、と指示し、実行させていた、という問題である。「日本は検閲国家か!」と、相当の怒りと批判を浴びた出来事だから、記憶している方も多いと思う。保坂伸人議員のブログ、<どこどこ日記>の記事、<麻生総理は「事前検閲」に違和感なし>などを読めば、ことの経緯はだいたい分かる。

問題はこれだけではない。マスコミが各省庁に取材をかけ、資料を要求した場合などにも、同様の対応が行われていた事実がある、というのだ。これを直接、政府側が認めたのは、昨年10月6日の衆院予算委員会のやり取りだったらしい。「らしい」としか言えないのは、その当日の衆院議事録が、国会の議事録検索で引っ掛かってこないからである。仕方なく、これに言及したHPなどを探すと、こんなやり取りだったらしい。

民主党・長妻昭議員 「われわれ野党だけではなくて、マスコミも独自に資料請求するケースがあると思いますが、 そういうケースに関しても、やっぱり事前に自民党国対にお知らせすると、 こういうようなことでございますか?」
厚生労働省 大谷泰夫官房長  「事前に与党にお知らせするということはございます」

長妻議員はこれに関連し、「要求資料が(省庁と)自民党の相談でもみ消されていれば、戦時中の検閲みたいな話にもなりかねない」と痛烈に批判したようだ。当時、多くの人たちが「事前検閲だ!」と騒いだのも、当然である。これはよくよく考えれば、いや、よくよく考えなくても、実に恐ろしいことだ。

(それにしても、この当該の議事録が「国会会議録検索システム」に載っていないのは、いったい、どういうことだろうか。みなさんも試してみればいい。対象は「第170回国会 衆院 予算委員会」である。予算委が開会した日、すなわち9月29日の議事録は「第1号」として、ちゃんと載っている。「第2号」は、10月2日。「第4号」は10月7日で、このあと、12月24日の「第7号」まで続く。上記の長妻議員と大谷官房長の質疑は、10月6日である。そして、その10月6日の「第3号」だけが、載っていないのだ! きょうは土曜日で衆院事務局もお休みだから聞くこともできないが、しかし、これはいったいどうしたことか)

こういう「事前検閲」的な一事をみても、政権交代しかないと思う。霞ヶ関の官僚たちは、あまりにも長年、「自民党」に奉仕しすぎた。だからこそ、まるで「賄賂の後払い」のような天下りも、システムとして平然と温存できた。自民党と霞ヶ関は、あまりにも長期間、法と税金の力で集めた情報を独占し、思うように使ってきた。最近、とみに暴走している警察・検察にしても、仮に、政権交代が頻繁に起きる国であったならば、あそこまで露骨な動きはできなかったはずだ。裁判所の超保守的体質も、またしかり、である。

世の中の悪いこと全てが政治のせいであるはずはないが、世の中の種々の矛盾の根幹は、この長期政権が生み出したことは間違いない。私がたびたび問題にしている記者クラブ制度にしても、政権交代が実現すれば、そこから崩れて行く可能性が大である。

終戦直後の一時期や細川政権時代、或いは連立時代といった例外はあるけれども、だいたいにおいて、こんなにも長く、一政党が政権に座り続けた国は、主要国ではほとんどない。長期政権が腐臭を放つのは、いつの時代も、世の東西を問わず、同じである。
by masayuki_100 | 2009-05-30 14:48 | 東京にて 2009 | Comments(2)



何週間か前のことだが、京都の大学から声がかかり、一般の講義やメディア関係のゼミのいくつかで、講演してきた。「日本のメディアはいま、どんな病気にかかっているのか」「処方箋はあるのか」みたいなテーマが、中心だった。で、夜は連日飲み会である。私くらいの年齢になると、若い学生さんたちと膝を交えて話す機会はそう多くないから、こういう時間は本当にありがたい。何かの役に立てるのであれば、都合の許す限り、どこでも、そういう機会をつくりたいと思う。

で、その京都で、ある大学院生に会い、種々の話をした。彼は記者クラブ問題を題材に論文を書いているのだけれど、その際、手渡された資料を読みながら、私は仰天してしまった。知らなかった。舞台は日本ではなく、韓国である。しかし、記者クラブをめぐって、かの国にこんな「事件」があったとは。

よく知られているように、韓国には、ほんの数年前まで、日本の記者クラブと同様の記者クラブがあった。戦前の植民地時代、日本と同様の記者クラブが発達し、その影響で独立後も記者クラブは残った、と言われている。日本による統治の名残だった、というわけだ。

私が驚いた「事件」とは、1991年に起きた「保健社会省寸志授受事件」である。

先の資料によると、同省の記者クラブに所属していた新聞・放送・通信の記者たちが、製薬・化粧品会社や大宇などの財閥から合計で8850万ウオンの「寸志」を受け取っていたことが明らかになった。当時の為替レートは調べていないが、8850万ウオンが大金であることに変わりはなかろう。当時、この記者クラブには19人が所属していて、彼らはカネを分け合った。一部は、記者たちのオーストラリア・ニュージーランド旅行の費用に充当されたらしい。

資料からの孫引きになるが、話を続ける。

韓国の記者クラブでは、こういう「寸志」は当然のものとして、或いは慣行として、あらゆる記者クラブで行われていたのだという。クラブの幹事は、定期的に(たいていは毎月)、業界や官庁から「寸志」をもらい、それを加盟記者に分配するのだ。この保健社会省の場合、記者クラブ側の海外旅行計画は、そもそもが費用全額を役所に負担してもらう形だったらしい。そのうえで、役所に出入りする業界団体に「寸志」を要求していたのである。業界団体には「小遣い」をおねだりしたつもりだったのかもしれない。

この一件が、新興の「ハンギョレ新聞」に暴露されると、各社は「東亜日報社は今回の正当でないことに本社の保健社会省の出入り記者も関連していたことを読者の皆さんにおわびします」といった謝罪文を発表し、もう二度とこんなことはしません、と頭を垂れた。ところが、同様の実態が次々に明らかになる。南海郡では、郡庁側が1994年からの1年間、計66回、合計4000万ウオン以上を記者たちに渡していた。これらはキャッシュに限った話らしいから、接待等を含めると、こうした金額はもっと膨らむのだと思う。

古い時代に記者だった人の証言も資料には載っていて、「公務員が悪いことをしたのを記者が見つけた場合などには、接待を受けていた」「記者クラブを通じるのは公式なもの(公式な寸志)であって、個人的に寸志をもらうこともあった。その(取材中の)事件の重要度によって(寸志の)金額も異なった」などと、実態が赤裸々に語られている。記者クラブの幹事は毎月、相手から寸志をもらってきて、それをクラブ所属の記者に分配することも大きな仕事だったらしい。相手から多くの寸志を引き出す、それが腕の見せ所だったのかもしれない。

韓国の記者クラブも日本と同様、加盟社は厳しく制限され、勢い、クラブに出入りする記者も限られていた。閉鎖社会、ムラ社会である。だからこそ、「寸志」は可能だったはずだ。私は記者になって23年になる。さすがに、少し前までの韓国のような、キャッシュの話は聞いたことがない。しかし、接待などはあった。自分なりに体験したり、見聞きしたりしたことは、いろいろある。別の機会に、それらはじっくりと記したい。
by masayuki_100 | 2009-05-30 12:57 | 東京にて 2009 | Comments(0)



もう10年強も前の話である。

私は当時、東京・日本橋の日本銀行記者クラブ(金融記者クラブ)に所属していた。日銀の記者クラブは、日銀の正面に向かって左側の、背の低い建物の1Fにある。ちょうど北海道拓殖銀の破綻処理が進行し、日本債券信用銀行(日債銀)や日本長期信用銀行(長銀)の経営不安が表面化し、各社が激しい取材合戦を繰り広げていた。日銀クラブ詰めの記者は、民間銀行だけでなく、日銀本体や生保も損保夫もカバーしているから、やたらめったら忙しい。しかも、「大蔵省・日銀の接待汚職事件」も起きた。日銀が東京地検の家宅捜索を受け、総裁が辞め、新総裁に先日亡くなった速水優さんが就任する、そんな慌ただしい日々が来る日も来る日も続いていた。

そんな最中のことだ。

ある晩、ある他社の記者と神田で飲んだ。そして「おたくの記事は間違いや飛ばしが多いねえ」とか、適当にからっていたところ、彼が突然、「弁明」を始めたのである。詳しい言葉はもう記憶していないが、彼は、「書かされていることは自覚できている」というのだ。曰く、、、

種々の問題で取材合戦がピークにさしかかると、発足したばかりの金融庁の幹部であるネタ元から、携帯に電話が来る。あの銀行はこうなっている、ああなっている、この生保の財務内容はこうだ、、、そんなネタを教えてくれる。その中には、明らかに、事実と違うなと思うものがある。あるいは金融庁自体の願望(例えば合併の組み合わせなど)が含まれていると分かるものもある。書いたらミスリードになるな、と分かる場合もある。それでも彼は「解っていても書いてしまうんだ」というのである。

「そこで書かないと、もうネタをもらえなくからだ」というようなことを彼は言っていた。もしかしたら、他社にも同じ内容をリークしているかもしれないとの恐怖心もあるのだ、と。 激しい取材合戦が続いているとき、担当記者にとって「特オチ」は、「ダメ記者」「無能」と同義語である。地方に飛ばされるのは、絶対にいやだ、と。 事実と違うのではないか、と思いつつ、ネタ元と切れることを恐れつつ、書く。ネタ元との、カギカッコつきの「信頼」が切れると、ネタ元をまた一から構築しなければならない。それにはまた、何年もかおかる。激しい取材合戦を前にして、そんなことをしている余裕はない、、、そんな内容の「独白」だったと記憶している。

そんな感じで、彼は1面に何本か記事を書いた。「××と○○が合併を検討」といった予測記事は、結果的に結構外れたはずだ。

記者なら、大なり小なり、こういう経験はみんな持っているのと思う。いくつかの疑問や不安を抱えつつ、「当局のリーク」に乗り、原稿を書く。決定的なリークはしかも、たいていが夜遅くだ。「特落ち」になれば、そして、それが重なって自分が社内で「不遇」の道を歩むかもしれないことへの、漠然たる恐怖もある。或いは、大きなニュースを書いて、「できる記者」になりたい、との思いもある。そういう記者側の心の透き間を付いて、「当局のリーク」はやってくる。

ここからは想像だが、西松建設絡みの「東京地検によるリーク」も、そんな中で行われたはずだ。東京地検特捜部の場合も、「リーク=特ダネ」は、夜遅くの幹部への夜回りで生まれる。幹部が語る、特別のネタ。そこに記者は食いつく。たぶん、「リークされている」と記者は感じない。相手は、苦労して食い込んだ幹部だ。自分の夜回りなどの努力を認めてくたからこそ、「特別に教えてくれた」と、たいていの記者は思うはずだ。東京地検相手ではないが、私もそういうことが過去、たびたびあった。

当局は、書いてもらいたいときは「書け」とは言わない。もったいをつけて、無理矢理、君に口を開かせられたんだ、まいったな、本当に君は敏腕記者だな、、、という風を装いながら、情報を伝えるのだ。書いて欲しくないときは、「書くな」と明言する。これを書けば、お前とは終わりだぞ、とか、ずっと出入り禁止にするぞ、とか言いながら。

そうやって世の中に飛び出したニュースの一つ一つは、のちに、その妥当性が仔細に検討されることは、ほとんどない。そして、気が付いたときは、そういう一つ一つのニュースの積み重ねによって、現実社会には、もう元に戻すことが不可能なような「流れ」ができあがっているのである。
by masayuki_100 | 2009-05-29 12:15 | 東京にて 2009 | Comments(1)

北朝鮮の核実験実施、その前の「飛翔体」発射実験などを目の当たりにして、政府・自民党の間で「敵基地攻撃」論が、にわかに脚光を浴びてきた。北朝鮮がミサイルを発射するなどの妄挙・暴挙に出る前に、巡航ミサイルなどで北朝鮮基地を攻撃してしまえ、という理屈だ。「やられる前にやってしまえ」という理屈だから、先制攻撃である。誠に威勢がよい。

最近の報道は、こんな感じだった。

<産経新聞>
自民党は26日の国防部会防衛政策検討小委員会で、年末の防衛計画大綱改定に向けた提言案の要旨を大筋で了承した。提言案は北朝鮮による弾道ミサイル発射を受け、海上発射型巡航ミサイルなど敵基地攻撃能力の保有を明記。核実験の監視・情報収集能力の強化も盛り込んだ。

<朝日新聞>
麻生首相は26日、北朝鮮の核実験を受け、自民党内から自衛隊が敵基地攻撃能力を持つ必要があるとの意見が出ていることについて、「一定の枠組みを決めた上で法理上は(敵基地攻撃は)できる。攻撃できることは、昭和30年代からそういった話だと承知をしている」と述べ、法的には可能との見方を示した。首相官邸で記者団に語った。
 敵基地攻撃能力をめぐっては、政府は他国を攻撃する兵器の保有自体を認めてこなかった経緯がある。


 こうした言動は、きちんと報じなければならい。ただし、「事実をたんたんと書く」「要人の発言をそのまま、いわば客観的に書く」というだけでは、これは、情報のタレ流しである。情報のたれ流しは、既成事実の追認と紙一重であり、既成事実化に手を貸すことにも繋がりかねない。
 こうした流れを防ぐには、これも当たり前すぎるほど当たり前の話だが、記者側が種々の機会を捉えて、どんどん質問をぶつけるしかない。それも、「反問」を、である。


・敵基地を先制攻撃すると言うが、民間人(非戦闘員)に被害が出る恐れはないのか。
・民間人に被害が出たら、どうするのか。
・敵基地攻撃論は、日本が自ら戦争の端緒を切ることになるが、それで良いのか。
・数多の戦争のほとんどは、「自衛」「自国・自国民の防衛」の名のもとで始まったが、それと敵基地攻撃論はどこが違うのか。

・敵基地攻撃の「能力を保有する」ということは、先制攻撃を行う意志があるということになる。それで良いか。
・憲法は武力による紛争解決を禁じている。敵基地攻撃論は憲法違反ではないか。
・法律上は敵基地を攻撃できるとの法的根拠はどこにあるのか。

・北朝鮮に対して戦争を仕掛けた場合、中国やロシアを硬化させ、両国との緊張が極度に高まる可能性がある。それを覚悟のうえで、先制攻撃論を唱えているのか。
・ロシアを敵に回してまで、攻撃を仕掛けるのか。
・中国を敵に回してまで、攻撃を仕掛けるのか。
・朝鮮半島でいったん戦端が開かれれば、韓国を巻き込んで重大な事態が生じる恐れがある。それでも先制攻撃を行うのか。

・先制攻撃を行う場合、事前に、米国に通報するのか。
・米国がそれを了承すると、本当に思うのか。
・日本が戦端を開いた場合、米国が本当に、軍事的に日本をバックアップすると思うのか。
・場合によっては、米国は静観を決め込み、アジア人同士が戦う(戦わせられる)恐れも十分あるが、それをどう考えているのか。

・先制攻撃の場合、韓国には事前通報するのか。
・韓国がそれを本当に支持すると思うか。
・敵基地攻撃を仕掛けた場合、韓国の対日感情が最悪になり、緊張が極度に高まる可能性が十分ある。それをどう判断するのか。
・先制攻撃によって朝鮮半島に動乱を招いた場合、その混乱の責任は日本が背負う。その覚悟があるのか。
・仮に北朝鮮や朝鮮半島で動乱が起きた場合、その後の統治はだれがどう責任をおくのか。

・先制攻撃を行った場合、北朝鮮と日本は交戦状態となり、日本国内でのテロを頻発させ、治安状況を極度に悪化させる恐れがある。それをどう判断するのか。
・先制攻撃によって、韓国や中国での反日感情が極度に悪化した場合、両国に進出している日本企業・その従業員の安全をどう確保するのか。

・先制攻撃の際、自衛隊員に死傷者が出たら、兵士を死なせた責任はだれがどう取るのか。
・だれがその覚悟を持っているのか。
・先制攻撃によって、日本が国際社会の批判を真っ向から受けた場合、日本はどうするのか。いつぞやの場合と同様、「さらば国連」の覚悟で事を進めるのか。


とまあ、挙げれば切りがないが、すべての取材がそうであるように、相手がだれであれ、取材は「質問」こそが命なのだ。「反問」こそが命なのだ。
by masayuki_100 | 2009-05-28 02:21 | 東京にて 2009 | Comments(1)

「危機」と「金儲け」

「クーリエ・ジャポン」に連載されている、森巣博さんの「越境者的ニッポン」がおもしろい。6月号も、なかなかであった。少し前の、北朝鮮による「テポドン発射まつり」を題材にした内容だが、あの一連の騒動、とくに日本政府や防衛省などの言動を、ここまで的確に、辛辣に、或いは揶揄し、おもしろおかしく記したものは、ほかにないのではないか。

とくに、一連の騒動の隠れた主人公は、三菱重工業ではないのか、という後段のくだりは出色である。あの騒動の最中、国民の前で「展示」された地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)について云えば、04年のアメリカ陸軍の購入費は一発当たり、約4800万円。ところが、PAC3を日本でライセンス生産する三菱重工から陸上自衛隊が購入すると、なんとなんと、4億円から5億円なのだという。

戦争は金儲けなのである。ロンドン支局時代も、それは実感した(→「戦争が好きな人はいないよ」)


「危機」が声高に言われるとき、どっかで巨額のカネが動く。昔から、「危機」は「利権」に直結しているのだ。最近出版された、<「憂国」と「腐敗」>も、そうした利権構造と、そこに群がる人々を活写して余すところがない。そういえば、この前、久々に読んだマンガ、バロン吉元の「昭和柔侠伝」にも、第二次世界大戦前の軍部や政治家、憂国の士たちが、表向きは国を憂う風を見せつつ、実際は利権に食らいつき、毎晩、贅の限りを尽くしている、という場面が出てくる。

森巣さんの連載の6月号は、最後にこう書かれている。

「政府とメディアは煽り、国民は煽りに乗って踊る。由らしむべし、知らしむべからず。なるほど江戸時代の統治方式は、平成の世でも、まだ続いているんだねええ。」
by masayuki_100 | 2009-05-24 17:25 | 東京にて 2009 | Comments(1)

裁判員制度と報道の関係は、どうあるべきか。それに対する報道機関の姿勢を問うような「逮捕劇」が、裁判員制度がスタートしたまさにその日に起きた。「中央大学教授殺害事件」での、元教え子の逮捕である。

それを伝える新聞やテレビを見て、違和感を感じた人も多いのではないか。

裁判員裁判の開始に向けて、事件報道のあり方を変える。新たな報道指針をつくる。そういったことをマスコミ各社はうたっていたはずなのに、実際の報道は、これまでとほとんど変わったところがないように思えるからだ。新聞に限っていえば、確かに各社は工夫を凝らし、記事表現の方法を(一部ではあるが)変えている。「・・・と供述していることが、捜査本部への取材で分かった」というスタイルは、その典型だ。各社によって表現方法の際はあるが、これが裁判員制度下での記事表現で、一番目立つようになったスタイルだ。

この種の表現は、これは捜査当局への公式発表ではありません、わが社独自の取材で判明した内容です、ということを明示することにある。

ほかには、「逮捕容疑は・・・・した疑い」という表現方法も、新たに導入されるようになってきた。従来だと、「調べによると、××容疑者は・・・・した疑い」と書いていた。何がどう違うのか、一般読者には非常に解りにくいと思うが、要するに、これも、「まだ容疑段階ですよ、疑い段階ですよ」ということを強調する意味合いがある。

しかし、である。表現方法を一部変えたからといっても、根本が変わらなければ意味はない。裁判員制度の導入に当たっては、「容疑者を犯人視しない」「犯人視報道はしない」というのが、各社の指針だったはずではないのか。その点からすれば、中央大学教授殺害事件の報道は、かつてのそれと、ほとんど変化はない。容疑者の自宅や近所に押しかけ、近所の人の「容疑者は、道であってもあいさつもしない人だった」という声を拾う。勤務先を転々としていたことが、事件とどう繋がっているかも判然していないのに、最近の職歴や職場での様子を次々と活字にする。だいたい、ふだんの生活態度とこの事件は、いったい、どう関係しているというのだろうか? 

こうした報道が、総じて、「犯人視」報道と呼ばれるのである。そもそも、逮捕後の数日間で、動機や犯行も細かい様子などが判明することなど、そうそうありはしない。

この容疑者の逮捕は、一部を除き、全国紙はほとんどが1面トップで報じ、社会面で大展開した。こんなにいらない。今の段階では、少なくとも、報道の量をもっと抑制すべきだ。事件報道をもっと抑制的に扱うことの意味と実例については、今月10日発売の朝日新聞出版「Journalism 2009.05」において、「スウェーデンの新聞から日本の犯罪報道を考える」にも書いた。

裁判員制度下において、事件を報じるとき、捜査当局への取材で分かったことを、そのソースをある程度明示しながら書くことは悪いことではない。しかし、例えば、逮捕段階での容疑者供述は、それが発表であれ独自取材であれ、捜査当局からの一方通行の情報でしかないことを、きちんと明示しなければならないと考える。容疑者に弁護士が付いていない、或いは接見禁止状態のときは、それも書き、「警察からの情報について、容疑者側からは取材ができていない」と、明示しなければならない。

日本の新聞社やテレビ局は、事件報道において長年、逮捕段階(起訴前)の容疑者の言い分を取材し、それを記事にすることを怠ってきた。西日本新聞が1990年代の初め、当番弁護士制度の導入に併せて、「容疑者の言い分」報道を行ったが、これは私の知る数少ない例外である。現行の刑事司法の下では、記者は被疑者に直接取材できない。しかし、「容疑者側に取材できていないことを明記する」「自宅や周辺取材など不必要な報道はやめる」「全体として抑制的に報道する」など、できることは、いくらかは、あるはずだ。
by masayuki_100 | 2009-05-24 16:51 | 東京にて 2009 | Comments(2)

職場での私の肩書きは「国際部次長」という。要するに、「デスク」である。国際部にはデスクが3人いて、原稿のチェックだとか、現場への取材の指示だとか、今後の紙面をどうするかとか、何を一番のテーマに取り組むかとか、そんなことを話し合ったり、そんな日々を過ごしている。

一番、時間を割くのは、原稿のチェック作業である。これが結構、しんどい。原稿をみることそのものは、楽しいが(もちろん書く方が何倍も楽しい)、つらいのである。何が辛いといって、目がつらい。何台かの端末をみていると、目が本当に疲れる。視力も急速に落ちた気がする。遠視も進んでいて、何かの拍子にすぐ、メガネを外したくなる。年なんだなぁ。。。私は先月、誕生日だった。49歳である。50歳の大台まで、残り1年もないかと思うと、まったく、愕然としてしまう。

情報流通促進計画の日隅弁護士との間で、何度かやり取りが続いている。日隅さんは、今度は 「委縮効果ということ~公権力や広告主からの独立を意識した仕組みを考えよう! 」という記事を書かれている。その中に、こんなくだりがある。

<その人が言ったことが無視された時に、後ででもかまわないので、経営部門と編集部門で協議できるような場を設けておいたり、経営部門の指示内容が不当だった場合に、そのことを外部に公表できるようなシステムが必要ではないだろうか、あるいは、声を上げたことで不当な扱いを受けた場合にそのことを問題にできる場が必要ではないだろうか、と言っているだけなのだ。もちろん、編集内部での問題でも、経営の意向を受けた編集トップと現場記者間での意見対立という問題もあるだろうから(現実にはそのほうが多いだろう)、そのようなことについても取り上げることできるような場を設ける必要があると思う>

<私がなぜ、そういうことを言うのかというと、委縮効果(チリング・イフェクト)を考慮することが重要だと考えるからだ。外部からの公権力や広告主の圧力だけでなく、その圧力を受けた内部の経営スタッフからの圧力がいかに、現場を委縮させるか、それは高田さんがよくご存じのとおりだ。たとえば、報復的人事などを目の前にすると、筆が鈍るのは当然だし、内部で声を上げようという気力も萎えてしまうだろう。そこで、そのような報復的人事などを防ぐような仕組みが必要だと思う。もちろん、私も仕組みですべてが解決するとは思っていない。しかし、日本ではあまりに、仕組みが軽視されていることが問題だ>

まったく、その通り。日本には、そういう仕組みがない。そういう仕組みが必要であることは当然だと思う。

ただ、多くの組織内記者は、この日隅さんのこの考えに多少の違和感を持つのではないかと思う。そして、こう口にするのではないか。

「言っていることはその通り。しかし、その仕組みはだれがどうやって作るのか?」

私の最初のエントリ、「きれいごと」と「闘い」で言わんとしたことに通じるのだが、今のメディアは病気が進みすぎ、呆然としてしまうこともある。で、こっからが大事なのだが、「どうすべきか」という「あるべき論」は、実は(とくに外部で)、相当に論議が進み、あるべき姿はぼんやりとではあっても、見えている。記者クラブ問題などは、その典型だと思う。

「論」はあらかた出尽くしている。必要なのは、実現可能な「方法論」だ。どういうプロセスでどう実現させていくか、という日々の戦術が必要なのだ。例えば、「記者クラブの開放が必要だ」と100回唱えても、記者クラブの開放は実現しない。記者クラブ加盟記者の1人1人がそう思い、個人的には過半の記者がそれに賛同しても、開放など実現しない。「思う」だけ、「賛同する」だけ、では世の中は動かないのだ。

例えば、「調査報道が必要だ」と考えても、それだけでは調査報道などできはしない。では、会社が「君たち、調査報道に取り組みたまえ。その仕組みを整えてやるから」と言うまで、現場記者は調査報道wやらないのか? やりにくいかもしれないが、本当に必要だと現場記者が思えば、そこで一歩を踏み出せばよい。やるか、やらないか。極論すれば、差はそれだけである。

日隅さんの云う「仕組み」は、そういう積み重ねの上にできるものだと思う。理想論は絶対に必要だ。しかし、同時に、方法論や実際の行動がなければ、理想論は画餅でしかない。その一歩を踏み出すためにも、まず声を、それも現場で、と私は思っている。

、、、というわけで、この議論はこのへんで。もし、必要なら、日隅さん、どっかで公開討論でもしましょうか^^
by masayuki_100 | 2009-05-13 12:09 | 東京にて 2009 | Comments(3)

情報流通促進計画というブログを主宰している弁護士の日隅一雄さんが、そのブログで、「道新高田さんへの質問~孤高の虎でなければならないのでしょうか? 」というエントリを立てている。私が先日、自身のブログに書いた 「きれいごと」と「闘い」 に対する、質問というか、提案というか、そんな内容である。

その中で、日隅さんは、こう書かれている。

<私自身、耳が痛くなるが、果たして、この強烈な檄文だけでよいのだろうか。孤高の虎は、この檄文に応えることができよう。しかし、この世の中、虎ばかりじゃぁない。ウサギもいれば、猫もいるし、それこそ犬もいよう。それらの人に、虎になれといっても難しい。>

<私は、高田さんに、ただ、檄文を書くだけでなく、マスメディアが世の中の労働組合を守り切れなかったことを反省するとともに、今後労働組合を強化し、あるいは、別の方法で団結を強化し、マスメディアでも編集部が社内的に少しづつ独立を獲得できるようにすることも呼びかけてほしいと願っているのだ>

困ったな、という感じである(笑)。こういうことは、いつも喋っているし、取り立てて、特別にブログ用に書き下ろしたものでもない。檄文とも思っていない。私を知る人は「あ、また、高田節が出たな」くらいにしか感じてないのではないか、と思う。むろん、世の中の人は同じではない。虎もウサギもネコもヤギもいる。犬もいるし、トカゲもいる。いろんなタイプの人がいることは、自明のことだ。私はウサギに向かって、虎になれ、と云うつもりもない。みんながそれぞれに、自分のやり方で、自らが思うところを実践すればよい。

ただ、これは私はいつも思うのだが、人の先頭に立っている方(例えば新聞労連幹部)には、言っていることと、やっていることが同じであって欲しいと思う。或いは、名の知れた人、名の知れた媒体に文章を発表できる人も、言動一致であってほしいと思う。そういう人たちは、世の中に対する影響度が、ふつうの人々とは違っていると思うからだ。

それと、もう一つ。

日隅さんは、労組や団体の力をもっと強めよう、と云っているが、これはまさしく、その通りだ。異論はない。ただ、私が言う「闘い」は、日々のニュースが作られる現場でのことを言っている。例えば、何かの事件取材において、「こういう報道はできない・すべきではない」と現場記者が考えたとしよう。そういう場合は、その記者本人が、前面に立って、キャップなりデスクなりに意見する(=闘う)しかないのではないか。自分ではモノが云えないから、労働組合に出てきてもらう? 締めきり時間を目前に控えた取材者に、たぶん、そんな時間の余裕はない。それに、刻々と事態が変化するニュースにどう対処するかは、いちいち、組合がどうのこうの、という性質のものでもあるまい。それらをまとめて、あるべき姿を語るなどする場合は、組合も有効だろうが、多忙な取材現場では、そんなことをやっている暇はない。

私はウサギだから、現場では闘えないと云っているうちに、おそらくは、旧来と同じく、官依存・発表依存の報道は、どんどんどんどん、拡大再生産されていくはずだ。

要は、個人として、どう振る舞うか、ということなのだと思う。強弱はあっていい。行動に差はあっていい。しかし、日々の現場で、「全くモノを言えない人」がいたとしたら、やはり、少なくとも、この商売には向いていないと思う。

少しずつでいいのだ。「おかしい」と思ったら、「ちょっと待って下さい」と言ってみる。仕事なのだから、ふつうに、仕事のこととして言えばいい。毎回モノ申すのが辛かったら、3回に1回でもいい。そのときに云えなかったら、後で疑問・質問をぶつけるのもいい。ただし、最初から「組合」や「団体」の陰に隠れているのは、よした方がいいと思う。組合も団体も、自律・自立した個人の集まりで合ってこそ、意味を持つ。そのためにも、堂々とした個人になろうじゃないか、と私は言いたい。「編集権の独立をどうするか」といった議論は、そういう個人の集まりであってこそ、実効性を持つ。そういう議論や組合活動は、現場で闘わないことの逃げ場にしてはいけないのだ。

会社員・組織人としては、先輩後輩、上司部下の関係であっても、1個人、1ジャーナリストとしては、互いに独立した人間のはずである。遠慮はいらない。堂々と、しかし、礼節もわきまえて、きちんと意見を言おう。ちょっとのことで、いじけたり、諦めたりせずに。縄暖簾でのグチだけは世の中は変わらない。同時に、世の中は一直線には変わらない。以前、落ち込んでいる私に対し、「大相撲で云えば9勝6敗、8勝7敗でいいじゃないか」と言ってくれた人がいた。そうだよなあ、と私も思っている。
by masayuki_100 | 2009-05-13 02:32 | 東京にて 2009 | Comments(0)