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ニュースの現場で考えること

どうやって呪縛を解くか

少し前、高知新聞の編集局次長兼編集委員だった依光隆明さんが、朝日新聞にヘッドハンティングされ、話題になった。週刊文春12月4日号が「朝日大赤字 51歳地方紙エースを引き抜いて…」という記事を掲載していたから、記憶している人も多いと思う。依光さんは、2001年に「高知県庁の闇融資事件」取材班代表として日本新聞協会賞を受賞している。依光さんのような「大物」の転籍は、日本では非常に珍しい。

数日前のある晩、その依光さんと東京で会い、酒席を一緒させてもらった。高知は私の郷里でもあり、依光さんとは、以前から時折会って、種々の話をさせてもらっている。3歳年上の依光さんは、本当に自由奔放な発想の持ち主だ。新聞・ジャーナリズムに対する情熱と、そして危機感は相当に強く、しかし、それを明るく、ひょいひょいと切り開いて行くような、独特の雰囲気がある。

依光さんの発想は、最近出版された 「『個』としてのジャーナリスト」 にも出ている。新聞の購読料は独特のもので、例えば、知事や社長など、いわゆる地位のある人も家で取るのは1部。ふつうの読者も1部。高知新聞を1人で何十部も取る人はいない。つまり、この商品の顧客は圧倒的に、ふつうの人が多いのである。だったら、目線をどこに向けて書くのか、誰に向けて書くのか。答えは一目瞭然ではないか。圧倒的多数のふつうの読者に向けて記事を書いた方が売れるはずだし、一部の権力者の顔色をうかがいながら記事を書き続けて良いわけがない、というわけだ。

そして、話は、「記者クラブに記者を張り付けておいて良いのか」という議論になった。

日本の新聞社はたいてい、「県庁クラブ」とか、「首相官邸記者クラブ」とか、地方・中央を問わず、記者クラブに記者を張り付けている。情報の「出口」に記者を常備し、上流から流れ落ちてくる情報を掬い取り、記事を作っている。私が常々言っていることだが、簡単に言えば、「官依存」「警察依存」「大企業依存」である。「発表依存」と言い換えても良い。

しかし、情報の出口は、あくまでも、「情報を流したい人が、流したい情報を流している」に過ぎない。そこに食らいついて、なかなか流れ出てこない情報を引っ張り出すことも必要だし、可能かも知れないが、しかし、出口に置かれた「情報すくいの網」は、相当に古びてきた。そうした弊害を取り除くため、依光さんは社会部長時代、県警担当などの一部を除き、各記者の担当を全て廃止したのだという。「みんな自由にやってみろ」である。

報道の現場に漂う閉塞感を打破するには、メディア組織内に蔓延る「自己規制」「官僚主義」「事なかれ主義」をどう打破するか、が最も大切である。

時代は大きく変わっているのに、報道の現場はなかなか変わらない。例えば、東京には中央省庁ごどに記者クラブがあり、記者が張り付いている。10年前も20年前も30年前も、それは同じである。担当者の人数は多少変化しただろうし、10年ほど前に民間の経済関係の記者クラブが一部廃止になったことはあったが、変化といえば、その程度のものだ。これだけ世の中が目まぐるしく変化しているのに、取材する側の体制・態勢はほとんど変わっていない。よくよく考えれば、これは実に恐ろしいことである。

中央省庁の政策が実行されるのは、「現場」である。その矛盾が現れるのも「現場」である。これは当たり前すぎるほど当たり前の話だ。

事件取材でも同様である。最近の事件報道は、分量も質も不必要に肥大化しているが、警察に寄り添った「捜査の途中経過情報」に、どれほどの意味があるのか、と思う。事件報道の本質は、事件「で」何を書くか、であって、事件「を」書くことではないはずなのだ。

そうした、過去の習い性、記者自身の呪縛を解く。それが今の新聞には、最も肝心である。そして、それに向けての方法は種々あると思う。依光さんとの酒席では具体論まで話す時間がなかったが、私なら、まずは、記者クラブの「開放」に手をつけてみたい、と思う。記者の身分や所属会社の別によって、加入に差をつけず、フリーであれ、会社員記者であれ、誰でも自由に記者クラブに出入りし、自由な情報アクセスを認めるべき、と私は常々思っている。で、ここからが肝心なのだが、記者クラブの問題は、すでに問題点は出尽くしているのだ。後は、「具体論と実践」という段階に差し掛かっているように感じる。

最早、記者クラブ制度は、外側からの声だけでは、なかなか変わらない。ならば、内側から変えるしかない。例えば、どこかの新聞社が(テレビ局でも良いが)、時代の流れを正確に読み取り、決断し、そして、「わが社は記者クラブ開放に賛同します」と高らかに宣言する。そのうえで、開放に反対する新聞社に、反対の理由を尋ねる。それを記事にする。別の社にも聞く。また記事にする。そのうち、開放の賛否を論じる記者クラブ総会が開かれる。すると、それも記事にする。
やがて、話を聞きつけたフリー記者も加盟申請にやってくるかもしれない。そうなると、たぶん、加盟に反対する新聞社や幹事会社の間で問答になる。その様子はビデオに撮って、ウエブに公開しても良いかもしれない。

そうやって、細かな動きを重ねて行けば、たぶん、変わる。有力新聞社1社が、そうした方向に動き始めるだけで、状況は劇的に変化する。

なんだかんだと言っても、最後には「正論」が決め手になるはずだ。記者クラブを既存メディア・大手メディアが独占し、それ以外の取材者の、自由な取材を妨げる正当な理由はあるか? ないのである。どこにもない。だったら、どうせだったら、いつまでも、弊害多き記者クラブ制度の守護者であるよりは、先陣を切って「開放」に踏み切り、そして時代を動かして行く方が、断然、かっこいいと思うのだが。
by masayuki_100 | 2008-12-12 03:45 | ■ネット時代の報道 | Comments(3)

英国から日本へ一時帰国し、数日前から東京に滞在している。東京もロンドンと同様、クリスマスの装飾は溢れんばかりだ。もっとも、金融危機や世界的な不況のせいか、東京もロンドンも、華やかさや賑やかさは例年ほどではないように映る。

この時期になると、1通のメールを思い出す。東北の山間部に住む学生時代の友人が、2005年のクリスマス前に送ってきたものだ。

彼は、冗談好きで、明るく、穏やかで、モテた。卒業後は家業を継ぐため帰郷。青年団活動のほか、町おこしにも力を注ぐなど、地元に根を張って暮らしてきた。

◆ ◆ ◆

お久しぶりです。メールをもらいながら、なかなか返事も出来ず、すみませんでした。


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by masayuki_100 | 2008-12-10 10:49 | 木をみて森もみる | Comments(0)

この号が発行されるころには、ノルウェーのオスロで、クラスター爆弾禁止条約の署名式が行われているはずだ。対人地雷とか、クラスター爆弾とか、そんな兵器を国際条約で全面禁止にすることなど、少し前までは不可能だと思われてきた。しかし、そう思い込んでいるアタマこそが、相当に古びているらしい。

クラスター爆弾とは、数百個から2000個ほどの小さな爆弾(子爆弾)を収納した親爆弾を目標の上空で爆発させて子爆弾を広範囲にばらまき、それらが着弾した際にいっせいに爆発させる兵器を指す。子爆弾の何割かは不発弾として残り、戦闘行為の終了後も一般市民に多大な被害を与えてきた。その製造・運搬・配備・使用などの一切を禁じるのが、この条約である。大量保有する米国やロシア、中国などは参加しないものの、日本、英国、ドイツなど100カ国以上が賛同している。

クラスター爆弾禁止条約は2007年から、大国抜きで条約づくりの作業が始まった。国連など既存の国際機関も動かない中、ノルウェーやベルギーなど中小の「有志国」と、国際的な非政府組織(NGO)が目標に向かって動き始め、賛同国を増やし、ついに条約締結までこぎ着けた。そのプロセスは対人地雷禁止条約(オタワ条約、1997年)と非常に似通っている。

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by masayuki_100 | 2008-12-10 10:39 | 木をみて森もみる | Comments(0)