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ニュースの現場で考えること

私は二度、東京での勤務経験がある。最初は1998年春からの4年半、2度目は2005年7月からの半年間である。そのころ、大学時代の知人に頼まれ、時間に余裕があるときは、母校のマスコミ講座に講師として足を運んでいた。

「講座」と言っても、正規の授業ではなく、簡単に言えば、マスコミ予備校みたいな感じである。講座の終了後、二まわりほども年齢の違う若い学生さんと、界隈の居酒屋で、あれやこれや、わあわあと話す。それがまた楽しかった。他の学校に呼ばれた際も、その学校の学生さんらとの交流ができ、私には大きな財産だ。

で、ありがたいことに、「ロンドンに来ましたから」と言って、わざわざ声をかけてくれる人もいる。過日も、そんな一人と数時間、歓談した。彼はこの春から、記者として仕事をすることが決まっている。

そういう若い人と話していて思うのは、「記者人生」の時間の短さだ。今の日本の新聞社やテレビ局だと、取材現場に居られるのは、おおむね40代半ばまでだと思う。早い会社だと、30代後半で現場を離れ、「デスク」になる。私がデスクになったのは、42歳。会社に入って、16年少々経過したときだった。たった20年足らずである。今は再び、自ら原稿を書く部署に就いているが、人事の巡り合せ如何によっては、そのまま管理部門などに異動してゆき、なかなか取材現場には戻れない。そういうことを予め考えておかないと、本当に、あっという間に時間は過ぎて行くのだ。

それと、もう一つ。取材現場で、どのくらい戦えるか、ということを考えるのも、とても大きな問題だと思う。

言うまでもなく、新聞記事であれ、テレビのニュース番組であれ、現場記者が取材した内容は、社内でデスクや編集者など種々のチェックを経て、世に送り出されていく。で、たいてい、チェックする側は、自分より年上であり、先輩だ。それらの経験は大事だし、経験豊富な目で内容を精査する仕組みも、組織としては当然だろうと思う。ただし、そういう経験は、時として、「古さ」と紙一重である。或いは、それは「固定観念」だったり、「経験に基づく思い込み」だったりもする。

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by masayuki_100 | 2007-02-28 03:54 | ★ ロンドンから ★ | Comments(3)

カナリア諸島でのバナナ

昨年10月からブログへの書き込みを中断していた。特段の理由はなく、単にサボりグセがついただけだったのだが。

この間の昨年12月、出張でスペイン領カナリア諸島に出かけた。アフリカ西海岸のモーリタニア沖に浮かぶ島々で、欧州の人々は冬になると、怒涛のように、「避寒」に訪れる。私は行ったことがないけれど、気候・はハワイに似ているらしい。このリゾート地の中心、グランカナリア島のラスパルマスは、かつて日本の遠洋漁業の基地として栄え、最盛期には数千人の日本人が住み、日本人学校もあったらしい。いま、諸島に住む日本人は180人足らずだ。

カナリア諸島はいま、アフリカからの移民が殺到することで知られている。昨年は一年間に約3万人。対岸の大陸から小船を出し、海流に乗って島に着く。スペインは移民政策が甘く、「スペインに行けば、不法入国であっても、やがて、滞在許可がもらえる」との話が広がり、移民(=不法入国者)が殺到する結果になったらしい。実際、スペイン政府は数年前、一挙に約70万人もの不法滞在者に、正規の滞在許可証を与えている。

カナリアを目指す小船は、海流に乗ってアフリカから北を目指す。地元の関係者によると、そのうち3割程度は、カナリア諸島を見つけることができず、通り過ぎ、大西洋を漂流するそうだ。
今年もすでに、たくさん、たくさん、カナリアに漂着している。海岸や沖合で収容されたときは、すでに衰弱死している例も少なくない。

その島で、アフリカから渡って来た2人の黒人男性に会った。1人はシェラレオネ出身、もう1人はトーゴ出身。2人とも「不法移民組」である。

彼らはラスパルマスの赤十字施設に収容されていたが、施設内部では取材許可が出ない。で、すぐ近くのカフェに2人を誘った。歩いて、数分の距離だ。どこにでもある、何の変哲もないカフェの正午過ぎ。ビールを煽る人や食事を詰め込む人、大声で言葉を交わす人などで、店は込み合っていた。一番奥の、小さなテーブルを囲んで、取材ノートを開いた。

トーゴ出身の彼は、稼ぐために欧州を目指した。同じ仕事であっても、賃金は30倍近くも違う。「欧州ならどこでも良かった」が、彼の本音である。

シェラレオネの彼は1993年に故国を捨てた。同国では当時、激しい内戦が始まったばかりで、反政府勢力は政府側の人々(一般市民を含む)の腕や脚を切り落とす、という行為を続けていたのだという。港で溶接の仕事をしていた彼のもとに、ある日、そうした勢力が迫ってきた。彼は仕事を放り出し、友人と車で逃げ、北へ進み、国境を越えた。家族はそのままにして、である。その後、10年以上もアフリカの西海岸諸国を転々とし、昨年9月、カナリアにやってきたのだという。

で、ここからが、本題なのだが。

簡単な食事を取りながらの取材が一段落し、私は数分間、トイレに立った。席に戻ると、頼んだ覚えのないバナナが、シェラレオネの彼の前に一本、トーゴの彼の前にも一本。白い小さな皿から、両端がはみ出るようにして、バナナが置かれている。そして、店の雰囲気が、どうもトイレに立つ前と違うのだ。

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by masayuki_100 | 2007-02-24 05:37 | ★ ロンドンから ★ | Comments(7)