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ニュースの現場で考えること

サッカーW杯の予選リーグ。昨日の日本・クロアチア戦のあと、ジーコ監督が、試合の開始時間について、怒りをぶつけている。テレビの都合で、あんな酷暑の中で、二試合も連続して試合を行うハメになったと。

日本の主要メディアは、このジーコ発言をほとんど報じていないようだ。ネット上では、「日本敗北の戦犯は電通だ」などとして、すでに随分と話題になっているのだが。

BBCは、Japan boss angry at match timingsというタイトルの下、 Japan coach Zico criticised World Cup organisers after his side played their second consecutive match, against Croatia, in hot weather.  と報じている。それによると、ジーコ監督は "It's a crime that we had to play in this heat again,"と、「犯罪」という言葉までを使って、組織委員会・テレビ関係者を批判している。ビジネスだから仕方がない、と言いつつではあるが。

日本戦の時間変更は、昨年12月下旬に決まった。豪州戦は現地時間午後9時キックオフの予定が午後3時に、クロアチア戦は午後6時の予定が、これもまた午後3時に。いずれも、「テレビ放送のため、当初の予定から各国の時差などを考慮した」結果である。そのため、予選リーグでは、日本など数カ国だけが、あの酷暑の時間帯に2試合も行うハメになったそうだ。

「戦犯は電通だ」という声が起きる素地は、十分にある。
by masayuki_100 | 2006-06-19 18:23 | ★ ロンドンから ★

B型肝炎訴訟で、「予防接種で感染した」ことが最高裁で認定され、大法廷は国に賠償命じた、というニュースが流れている。ロンドンからはネットで見ただけなので、各紙の紙面での大きさ等は、良く分からない。でも、そこそこの大ニュースになっているはずだ。私の関心は、その判決の内容ではなく、この裁判の「長さ」にある。

この訴訟が最初に起こされたのは、確か、1989年だったと思う。場所は札幌地裁である。私は北海道新聞で駆け出し記者をやっていたが、その提訴時の記憶はない。その数年後、札幌で司法担当記者になった。

記憶では、各回の弁論は一番大きな法廷で行われていたと思う。弁論は2ヶ月か3ヶ月に1回のペース。傍聴席は比較的空いていた。夏の暑い日など、ひんやりした傍聴席に座っていると、心地よくて、時間がゆったり流れていく。B型肝炎訴訟も、そうやって流れていた。職場の机の上には、先輩から代々引き継がれたB型肝炎訴訟のファイルがあり、私も少し文書を付け足して、そして後任者に引き継いだ。私の担当した数年の間に、訴訟は結論が出なかったからだ。

あの裁判が、2006年6月になって、ようやく決着したのだという。いったい、何年かかったのか。ほとんど20年近い時間である。予防接種と罹患の因果関係を一定程度の根拠で法的に確定させるために、日本では20年近くもの歳月がかかる。厚生省の当時の職員たちも、私と同じように、ファイルを順送りしていたのだろう。裁判所もそうだ。この間、子供だった原告は、いちばんいい時代を失ったのかもしれない。原告の腕に実際に注射針を差した方は、いま、どこでどうされているか。。。

札幌の司法記者時代、私は「北炭夕張訴訟」と呼ばる訴訟を担当したことがある。大勢の方が亡くなった夕張の炭鉱事故。その遺族たちが、炭鉱事故の訴訟で初めて国の責任を問うたのである。訴訟は1994年3月に和解したが、提訴から実に12年も要していた。夕張訴訟が法廷で静かに静かに進んでいる間に、日本の石炭産業は完全に終焉を迎えた。

長すぎる裁判は、歴史の残務処理役でしかない。
by masayuki_100 | 2006-06-17 17:53 | ★ ロンドンから ★

明るい警察を実現する全国ネットワークの代表で、北海道警察の最高幹部だった原田宏二さんが、ネット上で「メディアは権力を監視できるのか」(PDF)という文章を発表されている。北海道警察と北海道新聞の関係を通じ、「メディアは大丈夫か?」と問う内容だ。メールで、それに対する意見を求めてきた方がいて、それを知った。わたしは当事者の1人であり、原田さんが書かれた文章に、このブログでコメントするのは難しい。それに限らず、この件に関しては、言うべき場所・状況以外で何かを言う考えは無い。しかも、事態は今なお進行中である。

ただ、「メディアは権力を監視できるのか」という問いに概括的に答えるなら、私はいつも「できる」と言っている。「できる」し、「やるべき」だ、と。そのポイントは、たぶん、一つしかない。「やるか、やらないか」である。

少し話はそれるが、先日、何度か酒を飲んだ東京の学生から「○○新聞に合格しました」と連絡が来た。彼に対しては、「おめでとうとは言わない。記者になることが決まっただけのことだろ?問題はこの先だ。地べたを這いずるような仕事を君が続けて、将来、読者(社会)から、あの記事は良かったと言われたり、読者から君のような記者が必要だと言われたり、そうなってきたら、大宴会をやろうな」と。そんなことを書いて、メールを返した。要は、中身だと。看板や肩書きや外面の問題ではなく、中身なのだと。私はそう言ったつもりである。

もちろん、ものごとは一直線には進まない。世の中、そんなに単純ではない。前に進むどころか、どっちが前か後ろか、その方向感覚すら失うことがある。取材を進めれば進めるほど、壁は増え、厚くなる。そういうことが続くと、途中で放り出したくなる。楽な仕事は、ほかにたくさん転がっているし、そっちに向かえば、グンと楽になるし、そうしたところで待遇が大きく変わるわけでもない。また、何かの仕事をしようとする際、自らの組織がその障害として立ち現れることも、よくあることだと思う(行政官庁など、その典型だろう)。

しかし、だからといって、そういった漫然たる流れに身をゆだね、日々大過なく過ごしていれば、結局、何も変わらない。自分が実現しようとするものは、決して日の目を見ない。そして、やがて、「自分がしたかったこと」はどんどん遠のき、酒場で「おれ、昔、こういうことをやろうとしたんだけどさ」みたいなことを口にするだけになるかもしれない。それどころか、何をやりたかったのかすら忘れてしまうかもしれない。。。いや、たぶん、忘れる。わたしは、そういうことが怖い。

「メディアは権力を監視できるか」について言えば、わたしは繰り返し、「できる」と答える。一直線であろうがなかろうが、その方向に向かって、きちんと足を出していれば、権力監視はちゃんとできる。志を忘れずに歩んでいれば、そこに確実に近づく。世の中の仕事は、すべからく、そういうものだと思う。
by masayuki_100 | 2006-06-17 17:25 | ★ ロンドンから ★

居心地の悪さ

昨年出版された対談本「ブログ・ジャーナリズム 300万人のメディア」の中で、私は「居心地の悪さ」みたいな話をしたことがある。昨年の総選挙では、ブログが一定程度の影響を与えたのではないか、という話が随所で出たが、それに関する意見だった。以下、少し長くなるが、引用したい。

・・・世の中にはブログもネットも使えない、使わない人が大勢いることを再度認識しておくべきでしょうね。例えば、北海道の郡部や私の郷里である高知の山間部などは、本当の田舎がたくさんあります。田舎だからネット環境が存在しないわけではありませんが、高齢者や独居世帯がたくさんある。地域が崩壊しているわけです。北海道の旧産炭地などを訪ねると、歩いているだけで悲しくなるほどですよ。でも、当たり前だけれど、そういう人もそこで懸命に生きていて、社会の一員であって、有権者なわけです。別に田舎に限りません。東京でも建設現場などでは、真夏に汗みどろになって働いている人がたくさんいます。そういう光景を見ていると、私などは「この人たちにクーラーの利いた部屋でネットに向かう時間・余裕はあるのだろうか」と思うわけです。ああ、きょうもいっぱい汗を流したな、風呂はいって一杯やって寝るか、みたいな。そんな人はネットなど省みていないだろうと。ホワイトカラーの人だって、忙しすぎてブログの書き込みを読む時間のない人も大勢いるでしょう。でも、彼ら彼女らだって、政治や社会に対しては、いろいろな考え、言いたいことをたくさん抱えているはずなのですよ。そういったことに思いをめぐらせていると、「ブログが選挙に影響を与えたか」という設問に答えること自体に、何と言うか、居心地の悪さを感じてしまうのですね。

あれから随分と時間がたったが、この思いは当時とほとんど変わっていない。ネット空間では、種々のニュースや情報が真贋織り交ぜて飛び交い、その速度は刻一刻と増している。上に紹介したような「ネットも使えない、使わない」人は、やがて間違いなく減っていく。

そうした出来事は、長い歴史の中では、一瞬のことかもしれない。蒸気機関の発明から鉄道が生まれるまでの期間が、歴史の教科書の中では一瞬であるように。 しかし、その時代の同伴者からすれば、現在進行中の出来事は、ある意味、遅々たる歩みでもある。

ネットとジャーナリズムの関係については、私も種々、このブログや雑誌等で意見を書いてきた。それらを読み返してみると、凡人の例に漏れず、その意見はあっちへこっちへと漂流し、自分自身の腰が定まっていないことを実感する。ただ、「ブログやネットは情報発信の道具に過ぎない」「ブログは何かを議論する、意見する、そういう場面にこそ向いている」といった基本線は、当時も今も変わらない。

■もっと読む・・・
by masayuki_100 | 2006-06-17 01:11 | ★ ロンドンから ★

自衛隊のサマワ撤退が21日にも正式発表される、というニュースが流れている。サマワなどのイラク南部は、比較的治安が安定し、外国軍隊に頼らなくても、「イラク人による安全確保」が可能になってきたからだ、という。

そう聞くと、イラクはずいぶん平穏になったんだな、と思ってしまうが、実際はそうではない。今年に入っても、種々の自爆行為や英米軍などによる戦闘は続いている。先月だか先々月だかは、月別の犠牲者がイラク戦争後、最悪を記録したとも言われている。イラク戦争の犠牲者数を数えている英国の団体Iraq Body Countによれば、犠牲者はすでに、少なく見積もって、38、355人、多く見積もれば42、747人を数えるという。そのデータベースに分け入って種々の数字を眺めていると、それが無機質なデータの羅列だけに、いっそう悲惨さが伝わってくる。

欧米のイラク報道を見ていると、事態は「終結」とは、ほど遠い。日々の自爆事件だけでなく、この3年余りの期間に起きた忌まわしい「事件」も、次々にあぶりだされている。ベトナム戦争のときの「ソンミ村虐殺」に匹敵すると言われる「ハディサの虐殺」も、その一つだ。似たような事件は、過日、BBCなども「特ダネ」として伝えた。

すでに、事態は終わった感じが漂っていたアフガンでは、東部地域で住民を武装化させる計画も進んでいるという。旧支配勢力のタリバンが再び活動を活発にさせているため、治安対策として、住民に銃などを与える内容だ。計画が実行されるかどうかは不明だが、仮に住民に次々と武器が供与されたとしたら、これはもう、悪夢という他は無いように思う。付近の人口は、承知していないが、おそらく何万という数の人々が住んでいるはずだ。そのうち、どの程度の割合を武装させるにせよ、武器が広く流通すれば、争いごとの惨禍は、必ず拡大する。

結局、まだ、何も終わっていない。手厚い警護の中、米大統領が専用機でバグダッドに降り立って見せたとしても、事態は、終焉に向かっているわけではない。
by masayuki_100 | 2006-06-17 00:35 | ★ ロンドンから ★