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ニュースの現場で考えること

カテゴリ:■2011年7月~( 39 )

大した根拠は何もないが、いよいよ、「帝国」の姿が見えてくるのかもしれない。朝日新聞社と読売新聞社が共同通信社との契約を解除するというニュースを見て、そんな気分が増している。一部報道機関によれば(笑)、ニュースの概要はこうだ。

<共同通信社は12日、朝日新聞社と読売新聞社から、外信ニュースとスポーツ記録の配信契約解除の申し入れを受けたことを明らかにした。共同通信社によると、解除の理由を「第一に経費的な理由」などと説明しているという。両社は1952年に一度、共同を脱退。その後、強い要請により、共同加盟社の承認を経て、1957年から「契約社」として外信記事の提供を受け、スポーツ記録の配信などに契約を拡大してきた。>

スポーツ記録も外信ニュースも、共同通信にとってはいわばドル箱である。とくに国内外の小さな大会にまで目配せするスポーツ記録は取材やデータ整理に手間暇がかかり、これを新聞社が単独でやろうとしたら、たいへんなことになる。「でも、そんな記録の配信はもう要りません」ということだから、両社にはメディアの将来について、別の確固たる姿が見えているのだろう。

あちこちの講演などで頻繁に喋っていることだが、昨今の新聞の凋落は、どこもかしこも一様にそれが生じているのではない。全体としての凋落=部数減少は間違いないことだし、その趨勢が止まることはあるまい。将来も新聞「紙」が生き残るにしても、今のような膨大な部数が日本列島に残るはずはない。

そうした趨勢は間違いないのだけれど、業界全体が没落する中では当然、そのスピードや深度に差が出る。弱いところほど早く没落する。比較優位の会社は、没落した会社の優良資産を食っていく。合従連衡、業界再編の、よくある話である。だから、読売にしても朝日にしても、自社で通信社機能を確保しながら、あるいは数年前に言われたように、時事通信社を巻き込んで3社で新しい通信社をつくるという話も十二分にあり得る。つまるところ、方法はいろいろあるにしても、強い会社は弱い会社を、とりわけ弱い地方紙を食っていくだろうということだ。食べ方はいろいろある。子会社化、系列化、印刷・輸送委託などの業務提携‥‥。いろんな駆け引きや強圧が繰り返される中で、あと5年もしないうちに、全国の新聞はほとんどが、どこかの中央紙の系列になっているかもしれない。

そして、もうすぐ価格競争が始まる。ご存知の通り、新聞は再販価格維持制度の枠に守られ、価格競争からは無縁の世界に長らく住んでいた。しかし、これもそろそろ終わりである。TPP推進の大波の中で、多少の紆余曲折はあるにしても、おそらくは強い新聞社が率先して、「新聞も例外ではありません。これからは紙面内容だけでなく、価格でも正当な競争をしなければなりません」と言い始めるに違いないと思う。実際、強い新聞社は価格競争に備えて、経営資源や体力を十二分に貯えている。上下左右を見渡しながら、価格競争に打って出るチャンスをうかがっているはずだ。関東圏や近畿圏、北九州圏などで本気の価格競争が始まれば、弱い新聞社はひとたまりもあるまい。弱い新聞社は地方紙だけではない。「**新聞」という題字は残っても、その実は全国紙の系列に過ぎないという例は、間もなく巷に溢れかえるだろう。

新聞業界の合従連衡は、ほかの業界と同様、弱肉強食で進むのだ。そして、銀行業界がそうだったように、いくつかのガリバーの誕生である。しかし、金融のガリバーと報道のガリバーは、社会に与える意味合いが大きく異なるはずだ。巨大企業になれば、商品メニューは多様化するが、メニューの多様化と言論内容の多様化は同一ではない。メニューがやたら多くても、素材の数は限られているなどという話は、それこそ外食産業にはたくさんありそうだ。

私は予想屋ではないし、その能力も資格もないが、これだけは断言していいように思う。メディア業界の今後の合従連衡は寡占化のプロセスであり、報道の寡占化とは、報道の多様性を失うプロセスである。寡占下では、媒体の数や種類に多様性があっても、報道内容の多様化には直結しない。報道を担う者の多様性を、報道内容の多様性をどう担保していくか。そんな事柄が近い将来、今よりもっと大きな論点になるに違いない。
by masayuki_100 | 2011-12-14 13:44 | ■2011年7月~ | Comments(0)

「@Fukushima 私たちの望むものは」が間もなく、東京の産学社c0010784_23495898.jpgから出版されます。福島に住み続ける人、引き裂かれるような思いで福島を去った人、、、「福島」に関係する人々の声にじっくりと耳を傾けました。渾身のインタビュー集です。写真も訴求力十分。年末になりますが、今月20日には書店に並ぶと思います。

詳細なお知らせは別途、この欄で紹介できると思います。とりあえずは、チラシをご覧下さい。どうぞよろしくお願いします。
by masayuki_100 | 2011-12-10 23:51 | ■2011年7月~ | Comments(0)

日付が変わってしまったが、3日は「調査報道をどう進めるか」というシンポジウム(東京・上智大)に出席してきた。私は基調報告を、シンポの登壇者は、朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、共同通信編集委員の太田昌克さん、元NHK記者で東京都市大学教授の小俣一平さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん。私もディスカッションに加わった。

この種の催しでは、言いたいことの半分も言えない。議論を混線させてはいけないし、言いたいことを抑えて前の方の発言を引き継ぐこともある。3日のシンポもまさにそうだった。だから、ここで少し補足をしておきたい。

調査報道はその定義付けから始まって、方法論やら何やら論点は多種多様である。あれこれ話し始めると、きりが無い。だから、基調報告では「調査報道を阻むもの 当局との二人三脚をいかに断ち切るか」と題したうえで、さらにピンポイントで語った。その概要、および会場で話しきれなかった内容をまとめると、言いたいことはだいたい以下のような内容だ。

*日本の調査報道は端緒をつかんで取材を始めても、途中で警察や検察にその取材ネタを「事件にしてくれ」として持ち込むことが少なくない。いわゆる「持ち込みネタ」である。
*捜査当局が立件に向けて強制捜査に着手する際、「持ち込みネタ」は着手の時期や概要を優先的に教えてくれる(ことが多い)。この形が従来は「大スクープ」として組織内・業界内で評価されてきた。あるいは独自取材の結果を記事にする直前、捜査当局に内容を伝え、「この疑惑は捜査当局も把握している模様だ」などと書く。
*自社の調査報道が途中で「捜査」に化けるのである。当局のオーソライズがないと、書かない・賭けない文化がここでも醸成されてきた。当局との「癒着」「二人三脚」の典型でもある。これを繰り返していると、取材の最後の詰めを自社で担うことがない。肝心の取材力が育たない(持ち込みネタの問題点はほかにもあるが、割愛)。また、そこには「捜査当局も恣意的である」という視点がない。
*こうした背景には、当局との距離があまりに近すぎることがある。また、スクープに対する組織内評価の基準の曖昧さもある。行政などの動きを先取りする記事、やがて発表されることを半日早く記事、そして独自の調査報道記事。それがすべて「スクープ」として同列に評価されてきた。当局とべったりすることで得られる「発表の先取り」さえも、同列かそれに近い評価だった。

*日本の新聞社は記者クラブに記者を貼り付けすぎ。人員も固定化している。記者クラブの配置も固定化している。世の中の変化に対応できていない。記者クラブのない行政組織、その関連分野は日常的な取材網からこぼれ落ちている。たとえば労基署には記者クラブがないから、労働紛争に関する記事が少ない。その関連の調査報道も少ない。
*当局と寄り添って報道組織内の階段を駆け上った人が幹部になってしまった(それだけ大手ディアは年数が経過した)。また日本の新聞は、例えば戦前に朝日の筆政(現在の主筆)だった緒方竹虎が、戦時中は情報統制を行う政府の「情報局」総裁になり、戦後は自民党の政治家になったように、元々が権力と親和性が高い。そういう組織がすでに半世紀以上も形をほとんど変えずに存続したために、報道組織はすっかり保守化、官僚化した。官僚化とは、前例踏襲、事なかれ主義となって現れる。デスクや部長、あるいはその上の幹部はいよいよリスクを取ることに臆病になってきた。

で、以下は「では、どうするか」の話。レジュメは用意していたが、この部分は時間が無くて十分に話すことができなかった。以下、レジュメの項目を列挙してみる。

(1)速報機能と取材機能の分化
(2)記者クラブへの過度の配置をやめる。「記者の自由化」を。
(3)「分かった」だけがニュースではない。「分からない」でも書く
(4)取材過程の透明化。安易なオフレコ(非公式懇談)の排除。情報源明示
(5)調査報道に対する正当な評価を。組織・業界の内外で。
(6)「個人の良心、熱意、志」を保障する組織的態勢

このうち(2)の要点は、記者をなるべく放し飼いにせよ、ということ。この点は当ブログでも再三書いてきたので省略。

(3)は「分かった」=「当局のお墨付き」がなくても、どうやったら書くことが出来るか、その工夫と努力が必要ということ。だいたい、世の中の事象はそうそう簡単に分かるものではない。何か変なことは起きているが、その意味が分かっていないという事象は数多い。それを無理して「分かった」形式で書こうとすると、当局のお墨付きに寄りかかる結果になり兼ねない。

(6)は個人の能力や情熱にだけ寄りかかっていては、調査報道は発展しない、ということ。仕事として取材をしている以上、調査報道にかかわる記者個人の能力やスキルを最大限に引っ張り出す組織的な態勢が必要になる。それがないと、持続的な調査報道はなかなかできない。

時代は流れている。シンポの会場では「それでも調査報道は新聞が中心」という声があった。今はそうかもしれない。だが、将来、新聞紙がどうなるかは分からない。いずれにしても「紙」の比重は減る。私自身は「紙も出しているニュース会社になる」というイメージがある。

ただ、組織の事業内容や伝達手段がどうであれ、調査報道を実行できない報道組織は価値がどんどん減じていく。それは間違いない。だから、報道する側の立場としては、調査報道のノウハウをどう(組織の枠を超えて)伝えていくか、過去の報道態勢を再検証し何を捨て何を残すか、組織をどう柔軟にしていくか、などが何よりも重要だと感じている。

会場でも短く語ったが、「記者の自由化、報道組織の多様化・柔軟性の確保」がポイントだろう、と。そう感じている。

今回は十分な時間がなかったうえ、論点の違う話が次々と出てくるなどしたため、散漫になってしまった。登壇社の1人として、その点は反省している。だから、なるべく早く、もっと論点を絞った、よりよい議論の場を再び持ちたいと考えている。
by masayuki_100 | 2011-12-04 02:31 | ■2011年7月~ | Comments(0)

12月もいくつか公開・準公開のトークセッション、シンポジウムなどに出席します。決定しているものは以下の通りです。

12月1日午後6時〜同7時半(これは本日)
 立命館大学産業社会学部 ジャーナリズム研究科特別講義
   「技、粘り、逆襲、そして希望 〜 調査報道の現場に生きて」


 同大学 洋々館960教室
 奥村先生とトークする形で進行する予定です
 ニコニコ動画のニコニコ生放送があります → URLはこちら


12月3日午後1時半〜
 シンポジウム「調査報道をどう進めるか」

 上智大学2号館508教室

 私は基調報告。メーンのシンポジウムでは、「プロメテウスの罠」などを連載の朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、検察問題に詳しい元NHKの敏腕記者で現在は東京都市大学教授の小俣一平さん、共同通信編集委員で日米核密約に詳しい太田昌克さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん・橋場義之さんが登壇します。
 資料代として500円。予約等は必要ありません。
 イベント概要はこちら → 私のブログの過去のエントリ 小俣さんのブログ


12月9日午後8時〜
 ニコニコ動画 ニコニコ論壇の生中継

 「沖縄」を考える〜「レイプ」発言、メディア、日米問題

 出席は沖縄国際大学教授の前泊博盛さん(元琉球新報論説委員長)、元外務省国際情報局長、元防衛大学教授で日米問題に厳しい警鐘を鳴らし続ける孫崎享さん、それに高田。
 防衛省の沖縄防衛局長が問題発言で更迭されました。依然として歪んだままの日米関係、沖縄の基地問題。なぜこんなことが続くのか。こうした問題に旧態依然とした既存メディアはどう関わっているのか。調査報道の名手として知られ、日米の機密を次々と暴いた前泊さんの経験、鋭い視点を保持し続ける孫崎さんにたっぷり語っていただく予定です。
 中継のチャンネルはこちら → ここを押せば生放送用のページへ飛びます


12月15日午後6時〜同7時半
 ジュンク堂書店 札幌店のトークセッション
 「権力の壁を打ち破れ! 道警裏金問題のその後を交えて」


 出席は、北海道警察の元釧路方面本部長で現在は市民のフォーラム北海道代表の原田宏二さん、それと高田。司会はフリージャーナリストの浅利圭一郎さん
 北海道警察の裏金問題が世上を騒がせてから、すでに8年ほどが経過しました。しかし、問題は本当に解決したのでしょうか。最近では稲葉圭昭・元道警刑事が、「道警は覚せい剤130キロ、大麻2トンの密輸に関わり、それを闇から闇へと葬っている」と近著「恥さらし」(講談社)で核発しました。この問題と裏金問題は密接に関わってもいます。
 原田さんは「朝まで生テレビ」にも出演するなど警察問題を語らせれば、当代の第1人者です。また「道警の覚せい剤密輸事件」に絡めて道民の皆さんの前で直接話をされるのは、今回が初めての機会となるはずです。
 定員25人、ドリンク代400円。事前の予約が必要です。
 詳細はこちらのページでご覧になることができます。→ こちらをクリックして下さい
by masayuki_100 | 2011-12-01 12:15 | ■2011年7月~ | Comments(0)

早稲田大学出版部から 「対話」のジャーナリストが発刊された。その中に私の講義録「発表報道から調査報道へ」が所収されている。本書そのものは、石橋湛山ジャーナリズム大賞の受賞者による記念講演などを収録し、毎年発行されている。いわば年度版なので、ご存知の方も多いと思う。花田達郎先生がコーディネーターを務める講座「報道が社会を変える」の講義を収録した1冊で、私は調査報道をどう進めていくか、というようなことを話している。花田先生が所長を務める早稲田大学ジャーナリズム教育研究所のHPのトップページでも、同書が紹介されている。

主な内容は以下の通りだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はしがき――「対話」のジャーナリスト 花田達朗

〈原発、核汚染、震災、戦争:「いのち」との対話〉
誰のためのメディアか――原子力をめぐる報道について=鎌仲ひとみ(映像作家)
世界の核汚染と福島で今起こっていること=森住卓(フォトジャーナリスト)
「NHKスペシャル」の制作現場から「戦争・災害・事件」報道について=藤木達弘(NHK)

〈当事者との対話、取材者の自問〉
沖縄の貧困問題――連載「生きるの譜」取材を通して=与那嶺一枝(沖縄タイムス)
認知症問題のルポをどう進め、どう描いたか=五十嵐裕(信濃毎日新聞)
男女の境界を生きる子どもたち=丹野恒一(毎日新聞)

〈対話する「当事者ジャーナリスト」〉
東名高速酒酔い事故で子ども二人を失って――市民の声で出来た危険運転致死傷罪
=井上郁美、保孝(ともに会社員)

〈地域に生かされ、地域と対話する新聞経営者〉
地域紙の存在意義と事業性=近江弘一(石巻日日新聞)

〈対話の奇跡が生まれるとき〉
奇跡を体験できる幸福=国分拓(NHK)
裁判官は“聖職”か?=笠井千晶(中京テレビ)
「井の中の蛙」が語るドキュメンタリー論=阿武野勝彦(東海テレビ放送)

〈読者のために公権力の中に入って対話する〉
沖縄米軍基地報道の立ち位置――普天間問題が問う民主主義の熟度=松元剛(琉球新報)
発表報道から調査報道へ=高田昌幸(ジャーナリスト)
特捜検事の証拠改ざんをどう明らかにしたのか=板橋洋佳(朝日新聞)

あとがき 花田達朗
by masayuki_100 | 2011-11-12 17:18 | ■2011年7月~ | Comments(0)

前回も宣伝した。今回も宣伝である。宣伝ばかりで申しわけないが、調査報道のシンポジウムにぜひ足を運んでもらえたら、と思う。場所は東京・四谷の上智大学、日時は12月3日(土)午後である。c0010784_23393917.jpg 
シンポは「権力vs調査報道」(旬報社)「調査報道がジャーナリズムを変える」(花伝社)など調査報道に関する書籍が今年、一気に3冊も出版になったことから計画された。

シンポジウムの登壇者は、まず、朝日新聞特別報道部の部長、依光隆明さん。高知新聞社会部長から朝日に移った方だ。高知新聞時代は県庁の闇融資問題で新聞協会賞を取るなどした。朝日新聞に移ってからは、水戸総局長、そして特別報道センター(現特別報道部)へ。最近では、福島原発の事故に関する連載「プロメテウスの罠」を部員とともに手掛けている。当日は、その裏話も聞けるのではないか、と思う。

シンポジウムには共同通信編集委員の太田昌克さんも壇上にあがる。核問題の取材経験が豊富で、核問題に関する著作も多い。2009年には、核の持ち込みに関する日米密約をスクープし、時の政権に大きな影響を与えた。

東京都市大学教授の小俣一平さんは、NHKの敏腕記者として名を馳せた方である。調査報道に関する本格的な学術論文を書かれ、今月中旬には、「新聞・テレビは信頼を取り戻せるか 調査報道を考える」(平凡社新書)が出版される。「坂上遼」のペンネームでもノンフィクションを書かれているから、ご存知の方も多いと思う。

それに上智大学新聞学科の田島泰彦教授もパネリストとして登壇する。田島さんは日本のジャーナリズム研究の第一人者であり、日本のメディア状況を強く憂いている。
by masayuki_100 | 2011-11-10 23:51 | ■2011年7月~ | Comments(0)

少し前、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催のジャーナリスト講座で、主に文章講座を受け持った。あれやこれやと、例によってまとまりのない話だったけれども、若い方を中心に30人ほどが熱心に耳を傾けてくれた。そのときの様子は、東京都市大教授の小俣一平さんが「絶好調!T田節」と題して、自身のブログに書かれている(なぜか、私はT田となっているが。笑)。

で、そんなこんなで2度目の文章講座を開くことになった。前回もそうだったけれど、参加者には年配の、人生の先達である方々も少なくなかった。私ごときが何かの「指導」をするなど、非常におこがましいし、気恥ずかしくもある。一回目と内容がだぶる可能性もある。そうした諸々の事柄を差し引いて、それでも「聞いてみたい」という方がおられるなら、ぜひ、ゆっくりと、あれこれの話を交わしてみたいと思う。

私の他に、別日程では、沖縄タイムスのベテラン記者、与那嶺さんも登壇される。こちらは中身の濃い講義になることは間違いない。

下記はJCJの担当の方が作成された案内文である。

・・・・・・・・・・(以下、引用)・・・・・・・・・・・・・


10月のジャーナリスト講座の好評を受けまして、第二期のJCJジャーナリスト講座を開くことにな
りました。以下のようにプログラムを決めました。

新聞・放送分野を目指す方々、またフリーとしてこれから頑張ろうとお考えの方々、皆様のお役にたてればと思っています。ふるってご参加ください。

《新聞・放送分野を目指す人のために……第Ⅱ期JCJジャーナリスト講座》

11月12日(土)午後6時半から9時 
京橋区民館・第1号室で(東京都中央区京橋2-6-7 地下鉄銀座線・京橋駅下車6番出口から徒歩2分 都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口徒歩2分))

「沖縄・普天間基地と日米安保を考える」
  講師・沖縄タイムス東京支社編集部長・与那原良彦さん

 沖縄タイムスで長く政治・経済部門を担当してきた与那原記者は歴代の沖縄県知事の取材や基地問題に取り組んできました。東京支社では政府と沖縄県の動きを両方にらみながら、沖縄の明日を考える日々です。米軍・普天間基地の移転問題の本質は何か、地元の人たちはどのように考えているか。そして沖縄タイムスの報道の視点は。地方紙の役割や中央メディアとのギャップ、記者の苦労などについて、体験談も含めてお話しいただきます。 

11月19日(土)午後1時半から5時  
築地社会教育会館・第1洋室で(東京都中央区築地4-15-1 地下鉄日比谷線・東銀座駅6番出口から徒歩5分)

元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座①
*事前に作文を提出。締め切りは11月9日。厳守。それ以後はいかなる理由があっても、添削しない。作文の課題は後日、連絡。

講座前半・添削した作文をもとに実践講義。
同後半・会場で受講生が二人一組にいなってもらい、互いに簡単な取材。そのうえで300字の作文を書く。

11月20日(日)午後6時半から9時
築地社会教育会館・第3洋室(同上)

元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座②
19日に書いた300字の作文を返却。講評。

資料代 12日1000円、19日1500円、20日1500円 (注;19日と20日は講師旅費・添削が加わるため1500円です。3日間のうち、いずれか1日だけの参加もOKです)

定員 40人(予約が必要・先着順)
申し込みはメールかファクスで日本ジャーナリスト会議事務局へ(新聞部会から返信します) 27日から受け付けます。
メール jcj@tky.3web.ne.jp  ファクス  03・3291・6478

主催・JCJ新聞部会  
問い合わせ・JCJ事務局(電話03・3291・6475)
JCJのホームページ http://www.jcj.gr.jp
by masayuki_100 | 2011-10-26 20:24 | ■2011年7月~ | Comments(0)

少し先のことですが、東京で調査報道に関するシンポジウムが開催されます。私も少し話をさせて頂くことになっています。以下はそのご案内です。

<シンポジウム>
調査報道をどう進めていくか


「3・11」の大震災に伴う福島第一原発の災害をめぐっては、「大本営発表 ばかりの報道だった」などの激しい大メディア批判が沸き起こった。その一方 で、「ジャーナリズム復権のためには、発表報道を克服して調査報道を重視すべ きだ」との認識や動きも確実に広がっている。
  調査報道の現状はどうなっていているのか。課題は何か。可能性をどう広げ、 豊かにしていくか。調査報道にかかわってきたジャーナリストや研究者たちが 縦横に議論する!

<基調報告 調査報道を阻むもの〜当局との二人三脚をどう断ち切るか>
高田昌幸(ジャーナリスト、元北海道新聞報道本部次長)

<シンポジウム 調査報道をどう進めていくか〜課題と可能性を探る>
依光隆明 (朝日新聞特別報道部長、元高知新聞社会部長)
太田昌克 (共同通信社編集委員)
小俣一平 (東京都市大学教授、元NHK社会部担当部長)
田島泰彦 (上智大学教授)
     コーディネーター/橋場義之(上智大学教授)

と き:12月3日(土)13:30〜16:30(開場13:00)
ところ:上智大学 2号館 508 教室 (JR、地下鉄四ッ谷駅下車/千代田区紀尾井町7−1)
資料代:500円

主 催:調査報道シンポジウム実行委員会
   連絡先: FAX 03−3238−3628(上智大学・田島研究室気付)
         chosahoudou@gmail.com

協力
 *花伝社(『調査報道がジャーナリズムを変える』本年5月出版)
 *旬報社(『権力vs調査報道』本年10月出版)
 *平凡社(『新聞・テレビは信頼を取り戻せるか: 調査報道を考える』本年11月出版予定)

※上記のうち、私は「権力vs調査報道」の共編著者であるほか、「調査報道がジャーナリズムを変える」の第三章を執筆しています。
by masayuki_100 | 2011-10-25 17:53 | ■2011年7月~ | Comments(0)

北海道警察の元警部、稲葉圭昭氏の著書「恥さらし」(講談社)が売れているようだ。大型書店のオンラインで調べてもらったら、当然ではあるが、北海道での売り上げが群を抜いている。しかし、稲葉氏が告発した内容は、おそらく、北海道にとどまるものではあるまい。

稲葉氏が逮捕された2002年当時、この事件は「稲葉事件」と呼ばれた。これはもう、正しい呼び方とは言えない。

「恥さらし」によると、書北海道警察と函館税関は2000年、暴力団関係者と事前に謀議を重ねた上、覚醒剤130キロと大麻2トンを組織として「密輸」した。黙認ではなく、「入れさせた」が正しい。覚醒剤といった薬物を何度かに分けて、大量に密輸させる代わりに、最後は拳銃100丁だか数百丁だかを入れさせる。その拳銃を摘発する、という仕掛けだった。拳銃を摘発する代わりに、大量の薬物の密輸を認める。これが当時の道警のありようだった。むろん、こんな大がかりなことを稲葉氏一人で遂行できるはずはない。

しかし、覚醒剤と大麻を国内に流入させたあと、計画は頓挫した。道警・税関が組んだ先の暴力団関係者とその後、連絡が取れなくなり、拳銃を入れさせるところまで進まなかったからだ。

この事件の舞台となった小樽は、北海道新聞記者時代の私の初任地である。覚醒剤と大麻が入った石狩湾新港も近所のようなものだった。駆け出し時代は「海事担当」という役割を担ったこともあり、函館税関小樽支署へもよく出かけた。当時の建物は取り壊されてしまったが、建物は変わっても消せないものはある。絶対にある。

「覚醒剤130キロ、大麻2トン」の記事は、北海道新聞の記事になった。2005年3月のことだ。裏金問題がまだ尾を引いているときで、社会面に大きな記事となった。取材を担当したのは、当時のサツ回り、すなわち、裏金問題を追及した記者たちである。しかし、その後、北海道新聞の上層部は、あろうことか、道警側に屈するような形で、「あの記事は取材が不足してました」という趣旨のお詫び社告を出す。北海道警察に情報開示請求したら、文書不存在との結果だった、だから、あの記事は根拠がない、といったことも理由の一つだった。

そもそも、覚醒剤を密輸しましたなんて文書が残っているとは思えないし、仮にあったとしても、そんな事柄を情報開示請求で取得できると半ば本気で思っていたとしたら、その方が信じがたい。まあ、しかし、いろんなことがあって、北海道新聞は道警に「ひれ伏し」、この問題は北海道新聞にとってタブーになった。タブーになった以上、だれも触ることはあるまい。だから、稲葉氏のからんだこの問題が、北海道新聞の紙面を飾ることは、新聞社自身の調査報道の結果としては、有り得ないだろうと思う。タブーとはそういうものだ。そして、タブーを抱えた組織は内にこもり、打たれ弱くなる。

稲葉氏の絡んだ問題とは何か。

それについては、あす、10月21日の夜、ニコニコ動画の生中継で放送する。警察裏金問題を実名告発した北海道警察の元釧路方面本部長、原田宏二氏が出演する。原田氏は道警時代、稲葉氏の上司だった時期がある。さらに、警察問題に詳しいジャーナリストの青木理氏も札幌へ足を運んでくれる。番組には私も出演する予定だ。稲葉氏には、私も何時間にも及ぶインタビューを行っており、その一端を紹介できるかもしれない。

稲葉氏のからんだ事件については、「市民の目フォーラム 北海道」のホームページにも詳しく出ている。番組が始まるまでの間、つらつら眺めていると参考になるかもしれない。
by masayuki_100 | 2011-10-20 11:30 | ■2011年7月~ | Comments(0)

若手写真家の登竜門になっている「上野彦馬賞」。インタビュー集「希望」(旬報社)のグラビア写真「家族」が、その2011年度の日本写真芸術学会奨励賞に選ばれた。

撮影者は、東京のフリーカメラマン江平龍宣さん。賞の対象となった「家族」の写真を最初に見たとき、大げさでなく、見入ってしまった。幾枚かのモノクロ写真に映った「家族」たちが、こう、何かを語りかけてくるのである。彼らは何を語っているのか。それはおそらく、見る人によって違う。作品は江平さんのホームページで見ることが出来る。

昨晩は久しぶりに、その江平さんと歓談した。昨日は東京・神保町で、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催の「ジャーナリスト講座」があって、文章講座などを担当した。受講者には若い学生さんたちも多く、当然のように「夜の部」へ場所を変えたところ、江平さんから「久しぶりです」と電話があり、彼も合流したのである。

江平さんは雑誌「世界」(岩波書店)のグラビア写真公募に採用され、組写真「Bharat」が世界の巻頭ページを飾ったことがある。

江平さんの話では、ある日、西武線に乗っていると、隣に座った年輩の男性が、当該の「世界」を開いていた。それ、撮影したのは僕なんです、と話しかけて、しばらくの間、会話が弾んだ。聞くと、年配の男性はJCJの会員だという。それで、日本ジャーナリスト会議という団体があることを知って、2009年末、東京・市ヶ谷で開かれたJCJ主催の講演会に顔を出した。その講演会には私も顔を出していて、昨晩と同じような「夜の部」で、初めて彼と言葉を交わした。

江平さんは、物静かである。しかし、市ヶ谷の夜の部で見せてもらった写真には、強烈なメッセージがあった。わあわあと喚くような声が飛び交う居酒屋で、しばし、彼が持ち歩いていた写真の数々に見入ってしまった。だから、その後は、なんの迷いもなく、彼にお願いしたのだと思う。いま、「希望」というインタビュー集を作ろうと思っています、グラビアページも作りたいんです、協力してもらえませんか、と。

市ヶ谷の講演会の日、めんどうくさいから、足を運ぶのはパスしようかなと思い、そのまま本当にパスしていたら、「希望」に江平さんの「家族」が載ることはなかった。江平さんの乗った西武線の電車が1本前後していたら、江平さんが「希望」にかかわることはなかった。

「希望」は、文章を担当した取材者が20人もいる。私はその1人に過ぎないし、ほかの多くの取材者の方々も何らかの縁があって、そこに参画した。少々長くなったけれど、縁とは不思議なものだ。つくづく、そう思う。そして、たぶん、世の中の多くはそうした縁の連鎖で動いている。昨晩の神保町の講座や「夜の部」からも、きっと、いつか、何かが生まれる。
by masayuki_100 | 2011-10-16 10:29 | ■2011年7月~ | Comments(0)