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ニュースの現場で考えること

カテゴリ:★ ロンドンから ★( 47 )

ロンドンは11月3日から日付が変わり、4日になった。いずれにしろ、真夜中である。雨が音もなく降っている。

そんな秋の夜長、例の麻生首相邸見学ツアーの逮捕の模様を、あちこちのサイトで見た。

(1)「渋谷事件」の争点と総選挙  

(2)なんだ、なんだ、だまし打ちジャン。⇒「渋谷署警察官との事前打ち合わせ@ハチ公前」に公安のタコが映っちゃってるぞ(笑) 

(3)〔動画〕麻生邸見学「デモ」主催側は警察官と事前打ち合わせ

いくらなんでもひどすぎる、という見本のような「事件」である。「公安」VS「デモ隊」と言えば、公安警察官がどさくさの中で勝手に転ぶ「転び公妨」が、しばしば行われていた。要するに、警察の自作自演であり、事件を「つくる」のである。事と次第によっては、それが許容される場合もないではない、と思う。

しかし、今回の「渋谷事件」は、ビデオ映像などを見る限り、警察官による単なる弱い者イジメでしかない。巨大な警察機構の末端にいる警察官(いわば、警察組織の中の立場の弱い者)が、その力を誇示しようとするときは、本当に気味が悪い。権力を持つ弱い者が、権力を持たぬ弱い者に向かうときは、残忍さが倍加する、という。それを地で行くような映像だ。

それにしても、である。すべての記事・放送をチェックしたわけではないが、マスコミの体たらくは、もう、いかんともしがたい。一連の報道はネットでも見ることが出来るが、当局の発表のみに依存した報道の欠陥ぶりは、目を覆いたくなるほどだ。

新聞社に入れば、新人研修でふつう、「双方の言い分を取材して記事にしろ」と言われる。世の中に「客観報道」というものは存在しないが、双方の言い分を聞くことは、この商売では、ごくごく、当たり前のことだ。ところが、警察取材だけは、その蚊帳の外にある。

日本では、逮捕・拘置中の被疑者からは、直接取材できない。そういう刑事司法上の障害は、取材活動上、確かに存在する。しかし、被疑者の弁護士(当番弁護士含む)から取材するなど、被疑者側の取材をする方法は、いくらか存在する。今回の「渋谷事件」では目撃者も山のようにいるし、ビデオはあるし、支援者は記者会見まで開いた。少なくとも、そうした人々と警察との見解が違っている以上、反対側の取材もきっちり行い、がっちり報道するのが当然ではないのか。

昔から、メディアは警察に甘く、ずぶずぶの関係を築いてきたが、最低限、線引きするところはきちんと線引きしないと、もう二度と立ち上がれまい。警察報道と政治報道は、日本のメディアが持つ欠陥をすべて抱え込んでいた。それがいよいよ、後戻りできないほど悪化している。

他の原稿と同様、事件原稿においても反対側の言い分をきっちり書かないといけない。反対側の言い分を書かずに、毎日毎日、事件原稿を書いていることの異常さを自覚しないといけない。少なくとも、反対側の取材ができてない場合は、その記事は警察の発表もしくはリークであり、かつ、それ以外の取材はできていないことを明示すべきだと思う。

ネットも発達した現代において、そんな欠陥だらけの事件記事が、世間で通用するはずはないのだ。

「きょう、××を逮捕へ」と書き、スクープを書いたような気分になって安堵している場合ではない。「渋谷事件」を担当した各社の記者は、片方だけの見解をこんなに垂れ流して、それでまさか、「自分は権力の監視を担っている」などとは言わないでしょうね?
by masayuki_100 | 2008-11-04 10:48 | ★ ロンドンから ★ | Comments(1)

高知白バイ「事件」

以前から、ずっと気になっていたのが、高知県の「白バイ事故」である。過日、youtubeにアップされていた、地元民放の特集番組を、まとめて見た。

高知白バイ衝突死 
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) 

このほかにも、ネット上には、事故の様子、その後の裁判の経過などに関する情報がたくさんある。直接取材したわけでもないが、ざっと見て、「ああ、やっぱり」と思わざるを得なかった。警察は「証拠をつくる」「事件をつくる」のである。

警察が、自らの不都合を隠すために、ウソをつき通す姿は、裏金問題のときに、イヤと言うほど、見せつけられた。そして、志布志事件や、この白バイ事件のことを知るにつけ、いったい、彼らは何のために、こんなことを続けているのか、と思う。そして、そうした刃が単なる個人に向かってきたときの、恐ろしさを思わずには居られない。

そうした警察を「国家権力」と言うには、恰好良すぎる。

白バイ事故に限って言えば、これは、単なる保守的な組織の中で、官僚的対応しか取れない人々が、右往左往した挙げ句、だれも責任を問われずに済むように事故を処理したに過ぎないのだろうと想像する。真に、権力の一部であるとの認識があれば、警察はもっと違った対応を取っただろうと思う。おそらく、組織構成員のだれもが無責任であり、だれもがちょっとしたリスクを取る度胸すらないのではないか。

事件の現場になった春野町は、私もよく知っている。もう何年も足を運んだことはないが、今も親戚が何人か住んでいるし、かつては、そこによく通った。白バイ事件の被告・片岡さんは、テレビの特集番組を見る限り、たんたんとしているように見える。こういう人こそが、本当に強い人なのだと思うけれど、あろうことか、とうとう収監されてしまった。

ブログ 雑草魂 を読んでいると、怒りと情けなさで震えてしまう。どうでも良い事件事故報道などは脇に置き、こういう事実こそ、もっともっと報道されてしかるべきなのだ。
by masayuki_100 | 2008-11-03 00:45 | ★ ロンドンから ★ | Comments(4)

日本と英国は、首相の不人気度がそっくりだなと思っていたら、福田康夫首相が一足先に辞任してしまった。一方のブラウン首相は、与党労働党内の「ブラウン降ろし」にも負けず、身を引く気配はない。なかなかの粘り腰である。

福田首相の辞任後、日本の政治報道は、自民党の総裁選挙一色になった。首相辞任の責任論は吹き飛び、新政権への期待と課題が語られる。自民党の支持率低下にも歯止めがかかり、上昇の気配が出ているという。

◆ ◆ ◆

メディアには「スピン(spin)」という言葉がある。「回転」という語義からも分かるように、国民や世論を思い通りにくるくるさせ、誘導することを指す。「情報操作」と似ているが、もう少し戦略的で高度な駆け引きを行うようなニュアンスがある。その操作に長けた人が「スピン・ドクター(spin doctor)」である。


続きはこちらへ
by masayuki_100 | 2008-10-05 00:00 | ★ ロンドンから ★ | Comments(0)

これを見たとき、最初は何かの冗談ではないのか、と思った。しかし、どうやら本気らしい。
「MSN産経ニュース」が、あたなの判決を募集する、というのである。

【あなたの判決は?】歌織被告は無罪? 懲役何年? あなたはどう裁く…28日判決を前にアンケート  (以下は引用)

あなたはどう裁く-? 東京都渋谷区の外資系金融会社社員、三橋祐輔さん=当時(30)=の切断遺体が見つかった事件で、殺人と死体損壊・遺棄の罪に問われた妻、歌織被告(33)の判決公判が、今月28日に東京地裁で開かれます。懲役20年を求刑する検察と無罪・医療観察処分を求める弁護側が真っ向から対立する中、MSN産経ニュースではあなたの判決を募集します。
 前回の公判(4月10日)で検察側は「完全責任能力があった」として懲役20年を求刑し、弁護側は責任能力を否定して無罪を主張。真っ向から対立する中、判決に注目が集まっています。
 MSN産経ニュースは昨年12月の初公判以来、これまで13回にわたって「法廷ライブ」の形式で法廷内のやりとりを詳報してきました。被告、証人、検察官、弁護人、裁判官の言葉はもちろん、被告のしぐさや表情もすべて忠実に、リアルタイムで再現したものです。
 来年5月には一般の国民が裁判員として刑事裁判に参加する裁判員制度が始まりますが、あなたなら歌織被告を有罪と認定しますか? それとも無罪? 有罪であれば、具体的にどのような判決を宣告しますか?
 今回、ユーザーの皆さんを対象に実施する「歌織被告判決アンケート」では、皆さんにインターネット上での「疑似裁判員」になっていただき、あなたの判決とその理由を導き出してもらおうというものです。これまでの「法廷ライブ」の記事に目を通していただき、ぜひあなたの判決を出してみてください。
 皆さんが導き出した判決は、28日に宣告される判決と比較して、どのような傾向が現れるでしょうか。集計結果などの公表は、判決後の29日を予定しています。 (引用おわり)


当たり前の話だが、いくら法廷の様子を表現したと言っても、法廷で扱われた書証などをネット・ユーザーは読むことは出来ない。法廷での種々の証言(や雰囲気)も、そのすべてが当該のネットニュースに収容されているわけではない。おまけに、このMSNのページでは、簡単にその事件の捜査段階の報道に飛ぶことができる。

裁判では、法廷に出されたものが証拠であり、それ以外のものは証拠ではない。裁判員制度が始まったとしても、国民すべてが当該事件の裁判員になるわけではない。

それなのに、こんなアンケートまでやって、いったいどういうつもりなのだろうか? この事件の法廷は模擬裁判ではない。暗黒裁判でもないし、共産国家の人民裁判でもない。しかし、こんなアンケートが始まる風潮をみると、裁判員制度が始まれば、裁判を単に見せ物にするだけの報道が激増するかもしれない、と思う。
by masayuki_100 | 2008-04-19 21:33 | ★ ロンドンから ★ | Comments(0)

TBSのニュースから  (下線は私)

女児不明事件、英大衆紙が一面で謝罪

 イギリス人の4歳の女の子が去年5月にポルトガルで行方不明になった事件で、イギリスの大衆紙は19日、明確な根拠がないまま両親が殺害したことを示唆する報道をしたとして、一面のトップで異例の謝罪記事を掲載しました。

 この事件は、イギリス人一家の長女、マデリン・マッカーンちゃん(4)がポルトガル南部の保養地で去年5月から行方不明になっているものです。

 事件直後から数ヶ月間は、著名人による呼び掛けもあって、イギリスでは両親への同情を含め、大きな注目を集めましたが、去年9月、見方が一転しました。

 捜査を担当するポルトガル警察が、「容疑者」として任意で両親の事情聴取に踏み切ったことから、イギリスメディアは両親の関与を示唆する報道を過熱させました。

 こうした中、100本以上の記事を報じた大衆紙「デイリー・エクスプレス」と「デイリー・スター」は、両親が殺害したことを示唆する記事には根拠がなかったとして、19日、両親への謝罪を一面トップで掲載しました。一面での謝罪記事掲載は極めて異例で、最近20年では例がないということです。

 また、双方を発行する新聞社グループは、55万ポンド=およそ1億900万円を両親側に支払いました。

 「これは氷山の一角で、ほかの新聞も同じ過ちを犯しています。今日は英国ジャーナリズムにとって深刻な日となりました」(メディア専門家、グリーンスレイド氏)

 警察当局からのリークと憶測で報道する危うさ。イギリスでも犯罪報道のあり方が問われています(20日03:11)
by masayuki_100 | 2008-03-20 08:43 | ★ ロンドンから ★ | Comments(0)

木をみて森もみる

ロンドンに「英国ニュースダイジェスト」というフリーペーパー(無料新聞)があります。

最近、そこで、「木をみて森もみる」というタイトルのエッセイを始めました。いわば、ロンドンの日々徒然です。ネットでも見ることができますので、このトップページからどうぞ。
by masayuki_100 | 2008-02-24 11:31 | ★ ロンドンから ★ | Comments(0)

藤田嗣治の生涯

またもやブログをほったらかしにしていたら、この間、日本では参院選で民主党が圧勝し、安倍晋三氏が首相を辞め、今度はつい先日、民主党の小沢代表が辞意を表明した。バタバタしなくても良いものを、自分で勝手に混乱している感じである。

過日、秋深いフランスへ出張に出た。

エコール・ド・パリの藤田正嗣が80年ほど前に描いた絵が、修復されたという話を取材しに行ったのだ。絵画の世界は門外漢だが、しかし、藤田嗣治の人生には心を動かされた。相当に面白い。とくに、講談社文庫から出ている『藤田嗣治「異邦人」の生涯』は出色のノンフィクションだと思う。ロンドンからパリへ向かうユーロスターで一気に読み、帰りの列車でも再び通読した。久々に時間を忘れて、本にのめりこんでしまった。その内容をここで繰り返しても陳腐になるだけなので、「ぜひ読んでみてください」という他はない。

藤田のアトリエは、パリ郊外のエソンヌ県にある。
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当の本人がいままでそこにいたかのような、そんな雰囲気で絵の具や小物、家具等々が残されていた。このアトリエのほかは、小さなレストランと教会と、それくらいしかない本当に小さな村だった。
by masayuki_100 | 2007-11-05 09:16 | ★ ロンドンから ★ | Comments(1)

「ついに」というか、「とうとう」というか。毎日新聞の北海道支社が記者ブログを、それも北海道で活動する記者全員(カメラマンも含む)を、立ち上げた。毎日新聞の社告を下に、少し、引用する。その中で、「記者ブログは既に多くの新聞社が始めていますが、一つの地域の記者が一斉に取り組むのは国内で初めての試みになります」とうたっている。

<以下引用>
社告:「大盛りほっかいどうブログ」来月2日開設 一地域の記者一斉参加 /北海道
 ◇読者とより密接に--国内新聞社、初の試み

 毎日新聞北海道支社は7月2日「大盛りほっかいどうブログ」を開設します。ブログには道内で活動している記者41人全員が参加し、ニュースのこぼれ話などをつづります。記者ブログは既に多くの新聞社が始めていますが、一つの地域の記者が一斉に取り組むのは国内で初めての試みになります。
 ブログタイトルは北海道支社のニュースサイト「大盛りほっかいどう」にちなんだネーミングです。ニュースや情報がたっぷり詰め込まれているという意味を込めました。また、記者41人は自分のブログにそれぞれタイトルも付けています。
 ブログは直接アクセスすることもできますが、毎日新聞の愛読者サイト「まいまいクラブ」からも5日から読むことができます・・・(後略)
<引用終わり>

一部の内容はチラッと読んだ。これから、果たして、どんな内容が綴られていくのか、興味津々である。毎日新聞には礒野さんもいる。礒野さんには会合で何度かお会いしたことがあって、失礼な表現だが、旧人類に属する年令でありつつ、積極的なネット活用論をいつも展開され、すごいなあと思ったものだ。

毎日新聞北海道支社の記者ブログは、もちろん、執筆内容に関するガイドラインは内部に設けているだろう。けれども、41人もの記者全員が参加するとなると、各人が記す内容を、デスク(毎日新聞の場合は「副部長」)が事前にチェックするのは不可能だろうと思う。

しかも、41人のブログのURLを見ると、yahoo!内のブログコーナーを利用している。毎日新聞の公式サイト内でもブログ開設は可能だったろうに、外部のポータルサイトを使うあたりが、何とも言えぬぞ。yahoo!だと、IDやPASSは個人で管理できるから、「この内容は気に入らん!」と上司が思っても、筆者に断りなしに、内容を変えたり、消したりすることは、一直線にはできなくなる(もちろん、一連のIDとPASSは会社も管理していると思うが)。

親しみをもってもらうため、記者の身辺雑記が中心になるのだろうか。仕事については、どんなことを書くのだろう? 当たり障りのない話だけが続くのだろうか、危なっかしいけれど面白い話も飛び出すのだろうか。コメント欄が荒れてきたら、どんな風な展開になるのか。。。うーむ、である。
by masayuki_100 | 2007-07-03 00:49 | ★ ロンドンから ★ | Comments(6)

「内向き」

数日前、日露戦争時の戦艦「三笠」、それと司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」の話を書いた。「坂の上の雲」は文庫で8巻にも及ぶ大作だったけれど、本筋とは別に興味を引いたのは、明治期の軍隊と昭和期の軍隊の比較である。本の中で、司馬さんは盛んに、「日本軍は草創期から年月を経るにつれ、官僚化して組織がダメになっていった」という趣旨のことを書いている。

組織が官僚化すれば、幹部の思考はどんどん内向きになる。「日本国家のため」と標榜しつつ、昭和の軍人はその実、国際社会の中で日本の置かれた立場をきちんと見ようとせず、その傾向がさらに強まっていった、と。そういう話である。

組織が内向きになれば、組織内では、それぞれの人がその立場を守ろうとする力学が働く。それは世の常でもある。そして、多くの人は「国のため」「会社のため」と言いつつ、(本人はそう信じ込んでいるのかもしれない。もしそうならもっと始末に悪い)、実際は、自分の立場や先々の栄達を守るための発言や行動を続けていたりする。「坂の上の雲」では、崩壊寸前の帝政ロシアとロシア軍で、まさにそういうことか起きていたことを活写している。

「坂の上の雲」とは全然関係ないが、先ごろ、知人からDVDを借り、「ハケンの品格」というTVドラマを見た。最近は、それこそ日本に居たときもTVドラマはほとんど見なかったので、実に久しぶりだった。大いに笑わせてもらった。そこでも、「会社のため」と「自分のため」の重なりや衝突が描かれていた。

個人の栄達が、真に組織や国家の発展と重なっていた時代、司馬さんのいう明治の日本などは、本当に例外なのだろうという気がする。組織も国家の機能も、古びる。それは仕方ない。問題は、当たり前のことだけれど、古びていることをちゃんと自覚できるかどうかだ。
by masayuki_100 | 2007-06-30 01:50 | ★ ロンドンから ★ | Comments(0)

英中部の海岸沿いに「バロー・イン・ファーネス」という小さな港町がある。少し前、セラフィールドの核施設に行き、3年前の事故のその後を取材に行った際、そこを拠点にしていた。どうということはない田舎町なのだけれど、その昔、日露戦争の日本海海戦を戦った日本海軍の旗艦「三笠」が、この町で建造されたのだという。

恥ずかしながら、現地に行くまで、その話を知らなかった。夜、ホテルの主人(女性)が話してくれ、初めて知ったのである。

で、その後、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読み、明治時代の日本と世界を改めて知り、その大きな時代の流れを知り、しばらく、ボーっとしていたのである。「坂の上の雲」はもちろん小説ではあるけれど、日本が世界に出てゆく中で、「国家」と「1人1人の生き方」が、こんなにも重なり合った、誤解を恐れずに言えば、幸せな時代もあったんだな、と。日露戦争で亡くなった大勢の兵隊は、むろん、日本もロシアも単なる駒であっただろうから、「国家と個人の生き方が重なり合った」などと、単純に美化できるものではないだろうけれど。
by masayuki_100 | 2007-06-26 03:29 | ★ ロンドンから ★ | Comments(0)