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ニュースの現場で考えること

東日本大震災の後は、半ば呆然とした日々が続いていた。札幌は、地震も津波も原発事故も、ほとんど影響がなかったし、今もない。自分の日常の仕事も、震災前と同様に続いている。

新聞労連の集会に呼ばれて青森県の八戸市へ出向いたのは、2月初旬のことだった。東北各地から地方紙の記者や販売・営業担当の人たちが集まり、夜は店を3軒もハシゴしながら「地方紙はこれからどうしたらいいか」といった話を続けていた。あのとき、夜遅くまで話した人たちも、かつてない事態の最中にある。その場で一緒した「今だけ委員長」さん、河北新報の寺島英弥さんの「余震の中で新聞をつくる」、あるいはその他の奔流のような報道に接していると、現場のすさまじさと足下の日常との、あまりにも違うその落差を前にして、私はなかなか語るべき言葉を持ち得なかった。

それでも、書いておきたいことは山のようにある。何からどう書いておくべきか、頭の中の整理が仕切れていないが。

震災の少し前、「新聞 資本と経営の昭和史」(今西光男著)という本を読んでいた。筆者は朝日新聞で長く記者として働いた方である。第二次大戦前、朝日新聞はいったいどうやって「大本営発表」の渦の中に落ちて行ったかを詳述した1冊だ。社内の資料も豊富に使い、実に読みごたえがある。もちろん、「朝日」を題材にして、当時の新聞界全体のことを語っているのである。

よく知られているように、戦前の言論統制は、当局による強圧的な統制が最初から幅を利かしていたわけではない。最初は各社の「自主的な判断」があった。自ら進んで「国策」に協力したのである。

同書によると、1931年の満州事変直前、朝日新聞は社説で「国策発動の大同的協力」へ向けて「機運の促進」を「痛切に希望」すると書いた。同じころ、朝日新聞は社内の会議で、「国家ノ重大事ニ処シ国論ノ統一ヲ図ルハ当然」との結論が下されたという。

同書に登場する清沢烈の、1936年当時の批判も強烈である。以下の文章は当時の月刊誌「日本評論」に掲載されたものだ(引用文は現代風に書き換えた。一部省略もある)。

「新聞社が役人の頭で動いている証拠には、その頭が常に役人本位である。役人を代えると『人事刷新』と囃したてて喝采する。役人の出世・行詰まりを国民の福利と関係があるかのように解釈する結果だ。外務省に行くものは外務省に、陸軍省に行くものは陸軍省に、その型と思想が出来る。これも自分の頭を置き忘れた結果である」「こうした傾向からみて、役人の行き詰まりから来た非常時心理を紙面に反映するのは当然である。殊に朝日あたりは幹部が事務的になりきって、主義や思想を守りきろうという熱意があろう道理はない。かくしてファッショの風潮にひとたまりもなく頭を下げるのである」

山中亘氏の著書「戦争は新聞を美化せよ!」の中にも、似たような話が山のように出てくる。いずれも戦前の、軍部による強圧的な検閲が始まる少し前のことである。たとえば、山中氏が発掘した資料によると、当時、新聞社内ではこういうことが語られていたという。

「こういう未曾有の大事変下においては国内の相克こそ最も恐るべきものであります。全国民の一致団結の力が強ければ、何物も恐れることはありません・・・この一億一心に民心を団結強化するためには真に国策を支持し、国民の向かうべき道を明示する良き新聞を普及することが、適切有効であることは今更論じるまでもありません」(大阪朝日新聞取締役業務局長)

「決戦下の新聞の行き方は、国家の意思、政策、要請など、平たく言えば国の考えていること、行わんとしていること、欲していること等を紙面に反映させ、打てば響くように国民の戦争生活の指針とすることが第一・・・」(東京朝日の記者)

毎日新聞の当時のOBは以下のようなことを書き残している。「今日では(新聞は)平和産業の一部門だと解する愚か者はなく・・・インキはガソリン、ペンは銃剣である。新聞人の戦野は紙面である。全紙面を戦場に・・・ジャズ゙に浮かれていた数年前の新聞は今日見たくも無い」

朝日新聞の筆政(今で言う「主筆」)から第2次大戦下の政府の情報局総裁になった緒方竹虎は、総裁になって新聞を統制する側に回った際、若い記者があまりにも「発表」しか書かない、「発表」ばかり書くことが気になり、もっと自由に書いていいのだぞ、と伝えた。すると、若い大勢の記者からは「(緒方総裁が)いろいろなことを話してくれるのはありがたいが、(自由にやれと言われると)どの程度記事にしてよいか分からなくなる」との苦情が出たのだという。

私の解釈でいえば、「新聞は社会の公器である」という言葉は、戦後民主主義の高揚とともに生まれたものではない。「新聞は読者とともにある」という理念を表した言葉でもない。それは「国策遂行のために新聞はある」という、戦前の新聞のありようを体現したものにほかならない。「社会の公器」は「国策遂行」とイコールの関係だった。時代は変わっても、メディアと当局の親和性は極めて高い。「国難」「未曾有の出来事」になればなるほど、その親和性は高まってくる。

東日本大震災後の福島原発に関する報道を見ていると、ここに縷々書き連ねた、戦前のいやな感じが二重写しになってしまう。言うまでもないことだが、地震や津波による「震災報道」と、原発をめぐる「原発事故報道」は、まったく別物である。これを同一の視点からとらえていると、ことの本質を見誤ってしまうだろうと思う。

福島原発の事故が発生した当初、自衛隊による空からの放水(散水)が中継された。白煙が上がっているだけの原発の様子も、ずっと中継されていた。しかし、である。ニュースをすべて見ているわけではないので断定はできないが、原発の状況が悪化するにつれ、その関連報道は総体的に減少してきたように思う。官房長官のテレビ中継が途中でカットされてしまう場面にも何度か遭遇した。「大事な場面だったのに」と思ったことも一度や二度ではない。

報道すべき事柄がないわけではあるまい。それは日々、比例級数的に増加しているはずだ。原発事故そのものだけではない。放射性物質の安全性に関するいくつかの基準が事故後に緩和されたり、プルトニウムは微量であれば摂取しても安全であると当局が明言したり。情報の受け手が疑問や疑念を持つ出来事は、次から次へと起きている。

報道現場も大いに混乱してるとは思う。しかし、理由はそれだけではあるまい。ひとつは、もう「慣れた」のである。悪い意味で。これは推測にすぎないが、「発表がないと書かない・書けない」ような雰囲気が、ほぼ完全に醸成されてしまったのではないかと思う。先述した戦前の日本や9・11直後の米国などがそうだったように、「国難」や「国民一丸」が語られるときほど、ニュースは当局寄りになる。この傾向が進むと、残るのは「大本営発表」と「前線で戦う人々の美談」のみである。

私は常々、最近の報道界の凋落は「取材力の低下」が大きな原因であると言ってきた。それは「当局との親和性の深化」の裏返しでもある。現場では、記者がそれぞれに工夫し、なんとか壁を突破しようとしているのだとは思う。私の知人・友人にも、そういう記者は数多くいる。しかし、報道全体としては限りなく、「大本営前夜に近付いているのではないか」という感覚がある。あえて「前夜」と付したのは、強制的な検閲が発動される以前の、という意味においてである。ある全国紙の知人(デスク)も先日、「福島原発絡みでは、やばい話がいろいろある。でもデカすぎて書けない」という趣旨の話をしていた。「政府・当局」のお墨付きがない限り、こわくて書けないという。

東京電力も官僚機構も、そして新聞社も、すでに出来上がった、言葉を換えれば賞味期限が過ぎた組織である。ビジネスの様式が完成し、日々仕事は進んでいく仕組みが出来上がっているから、トップや中堅幹部がどのような人物であっても、とりあえずの仕事は進む。そのような組織には、日ごろ、葛藤がない。「新聞 資本と経営の昭和史」を読んでもそうだったけれども、戦前の新聞社も実に粛々と、国策遂行会社になってしまう。当時の当事者にとっても、すべては「日常の延長」だったようだ。軍部や政権の奥深くに食い込んだ記者も、やがては大ニュースも大ニュースと思わなくなっていく。

福島の問題に立ち返れば、それでも、報道の現場でやるべきこと、やれることはたくさんあると思う。「多様性の確保=異なる視点」と「発表されない事実の掘り起こし」。突き詰めて言えば、「大本営」を防ぐには、この2つの柱しかない。では具体的にどうするか、という点については、また後日に記したいと思う。
by masayuki_100 | 2011-03-30 09:29 | ■ネット時代の報道 | Comments(4)

日本への引っ越し準備に追われ、大忙しである。でも荷造りの休憩中に、ちょっと書き込みを。

共同通信の美浦さんが自身のブログ「ニュース・ワーカー2」で、<新聞発行への公的支援「日本でも一考に値」>という記事を書かれている。仏のサルコジ政権が新聞救済のため、18歳以下の若者は新聞をタダにするという考えを表明した、というニュースがあった。美浦さんはそれを参考に、日本の新聞への公的支援も一考に値するのではないか、と書いている。

私は、全く、一考に値しないと思う。

実に当たり前の話だが、新聞(政党機関紙等は除く)には種々の種類があり、種々の立場があり、種々の内容があり、それぞれに価値があるとしても、その大前提は「あらゆる勢力からの独立」ではないのか。新聞はもっと主義主張はあっていいし、政権等に対するスタンスを明確にしてもいい。しかし、そういう事柄と、政府等から金をもらうという事柄は雲泥の差がある。

第一、どの新聞に支援を与えるかは、いったい、誰が決めるのか。公的支援である以上、時の政府等の意向が陰に陽に必ず働くであろうし、そこに向かって頭を垂れて行く新聞など、想像するだけで気色悪い。「押し紙」は論外だが、新聞の読者は圧倒的にふつうの人なのだ。そこに依拠せずして、なぜ公的支援になるのか。経営が厳しいからと言って、そういう発想になるのはいかがなものか、と思う。サルコジ大統領だって、新聞社の経営危機を前にして、思うようにメディアを動かすチャンス到来と思っているはずだ。
by masayuki_100 | 2009-02-28 20:16 | ■ネット時代の報道 | Comments(2)

どうやって呪縛を解くか

少し前、高知新聞の編集局次長兼編集委員だった依光隆明さんが、朝日新聞にヘッドハンティングされ、話題になった。週刊文春12月4日号が「朝日大赤字 51歳地方紙エースを引き抜いて…」という記事を掲載していたから、記憶している人も多いと思う。依光さんは、2001年に「高知県庁の闇融資事件」取材班代表として日本新聞協会賞を受賞している。依光さんのような「大物」の転籍は、日本では非常に珍しい。

数日前のある晩、その依光さんと東京で会い、酒席を一緒させてもらった。高知は私の郷里でもあり、依光さんとは、以前から時折会って、種々の話をさせてもらっている。3歳年上の依光さんは、本当に自由奔放な発想の持ち主だ。新聞・ジャーナリズムに対する情熱と、そして危機感は相当に強く、しかし、それを明るく、ひょいひょいと切り開いて行くような、独特の雰囲気がある。

依光さんの発想は、最近出版された 「『個』としてのジャーナリスト」 にも出ている。新聞の購読料は独特のもので、例えば、知事や社長など、いわゆる地位のある人も家で取るのは1部。ふつうの読者も1部。高知新聞を1人で何十部も取る人はいない。つまり、この商品の顧客は圧倒的に、ふつうの人が多いのである。だったら、目線をどこに向けて書くのか、誰に向けて書くのか。答えは一目瞭然ではないか。圧倒的多数のふつうの読者に向けて記事を書いた方が売れるはずだし、一部の権力者の顔色をうかがいながら記事を書き続けて良いわけがない、というわけだ。

そして、話は、「記者クラブに記者を張り付けておいて良いのか」という議論になった。

日本の新聞社はたいてい、「県庁クラブ」とか、「首相官邸記者クラブ」とか、地方・中央を問わず、記者クラブに記者を張り付けている。情報の「出口」に記者を常備し、上流から流れ落ちてくる情報を掬い取り、記事を作っている。私が常々言っていることだが、簡単に言えば、「官依存」「警察依存」「大企業依存」である。「発表依存」と言い換えても良い。

しかし、情報の出口は、あくまでも、「情報を流したい人が、流したい情報を流している」に過ぎない。そこに食らいついて、なかなか流れ出てこない情報を引っ張り出すことも必要だし、可能かも知れないが、しかし、出口に置かれた「情報すくいの網」は、相当に古びてきた。そうした弊害を取り除くため、依光さんは社会部長時代、県警担当などの一部を除き、各記者の担当を全て廃止したのだという。「みんな自由にやってみろ」である。

報道の現場に漂う閉塞感を打破するには、メディア組織内に蔓延る「自己規制」「官僚主義」「事なかれ主義」をどう打破するか、が最も大切である。

時代は大きく変わっているのに、報道の現場はなかなか変わらない。例えば、東京には中央省庁ごどに記者クラブがあり、記者が張り付いている。10年前も20年前も30年前も、それは同じである。担当者の人数は多少変化しただろうし、10年ほど前に民間の経済関係の記者クラブが一部廃止になったことはあったが、変化といえば、その程度のものだ。これだけ世の中が目まぐるしく変化しているのに、取材する側の体制・態勢はほとんど変わっていない。よくよく考えれば、これは実に恐ろしいことである。

中央省庁の政策が実行されるのは、「現場」である。その矛盾が現れるのも「現場」である。これは当たり前すぎるほど当たり前の話だ。

事件取材でも同様である。最近の事件報道は、分量も質も不必要に肥大化しているが、警察に寄り添った「捜査の途中経過情報」に、どれほどの意味があるのか、と思う。事件報道の本質は、事件「で」何を書くか、であって、事件「を」書くことではないはずなのだ。

そうした、過去の習い性、記者自身の呪縛を解く。それが今の新聞には、最も肝心である。そして、それに向けての方法は種々あると思う。依光さんとの酒席では具体論まで話す時間がなかったが、私なら、まずは、記者クラブの「開放」に手をつけてみたい、と思う。記者の身分や所属会社の別によって、加入に差をつけず、フリーであれ、会社員記者であれ、誰でも自由に記者クラブに出入りし、自由な情報アクセスを認めるべき、と私は常々思っている。で、ここからが肝心なのだが、記者クラブの問題は、すでに問題点は出尽くしているのだ。後は、「具体論と実践」という段階に差し掛かっているように感じる。

最早、記者クラブ制度は、外側からの声だけでは、なかなか変わらない。ならば、内側から変えるしかない。例えば、どこかの新聞社が(テレビ局でも良いが)、時代の流れを正確に読み取り、決断し、そして、「わが社は記者クラブ開放に賛同します」と高らかに宣言する。そのうえで、開放に反対する新聞社に、反対の理由を尋ねる。それを記事にする。別の社にも聞く。また記事にする。そのうち、開放の賛否を論じる記者クラブ総会が開かれる。すると、それも記事にする。
やがて、話を聞きつけたフリー記者も加盟申請にやってくるかもしれない。そうなると、たぶん、加盟に反対する新聞社や幹事会社の間で問答になる。その様子はビデオに撮って、ウエブに公開しても良いかもしれない。

そうやって、細かな動きを重ねて行けば、たぶん、変わる。有力新聞社1社が、そうした方向に動き始めるだけで、状況は劇的に変化する。

なんだかんだと言っても、最後には「正論」が決め手になるはずだ。記者クラブを既存メディア・大手メディアが独占し、それ以外の取材者の、自由な取材を妨げる正当な理由はあるか? ないのである。どこにもない。だったら、どうせだったら、いつまでも、弊害多き記者クラブ制度の守護者であるよりは、先陣を切って「開放」に踏み切り、そして時代を動かして行く方が、断然、かっこいいと思うのだが。
by masayuki_100 | 2008-12-12 03:45 | ■ネット時代の報道 | Comments(3)

ネット時代が隆盛し、今後さらに発展する時代において、報道は何がどう変わっていくのか。或いは変わっていくべきなのか。思いついたことを今後、少しずつ、しかし、連続する形で、このブログに書き記しておきたい。

「ネットと報道」みたいな話は、これまでも当ブログで再三書いてきた。この文章は、その延長線上にあるが、以前の発想と違っている部分も少なくない。また、業界内の技術論的な話も多くなる。小難しい話だな、と思われたら、どんどん読み飛ばしてもらえれば、と思う。

最初は、新聞の文章・記事スタイルについて、である。これが今回を含めて2、3回続く。その後に、ネットの特性(双方向性など)を生かして新聞社やブロガーは何が可能かを書いてみたい。さらに、ネットを使った新しい報道のスタイルはどのようなものかを記していく。いつになったら書き終わるのか、それは不明である(笑)。

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■新聞の文章・スタイルはどう変わるのか その1


新聞の記事には独特の書き方がある。各紙ごとに微妙な違いはあるが、基本形はどこも同じだ。「新聞独自のスタイル」を見極めるには、事件事故などの「発生もの」、とくに小さな記事が一番分かりやすい。

<例文1>12月1日午後1時ごろ、札幌市中央区中央1丁目の国道で、同区の会社員山田一郎さん(25)のトラックが千葉県の公務員鈴木太郎さん(50)の車と衝突し、鈴木さんが腰の骨を折る大けがを負った。札幌大通警察署の調べでは、山田さんのトラックが反対車線にはみ出し、鈴木さんの車と正面衝突したらしい。

このスタイルが基本形である。大きな事件事故であっても、こうした基本形に種々の情報を肉付けしていくに過ぎない。例えば、上記の文章の末尾に「同署は、山田さんに過失があったとみて詳しく事情を聴いている」「現場は札幌市の大通公園に面した繁華街」といった情報をどんどん付け加えることができる。いわば大事な情報を記事の前へ前へ出す格好になっており、この形を新聞社や通信社は「逆三角形」と呼んでいる。「記事は逆三角形で書け」は、新人研修で教わるイロハのイだ。

ところで、新聞記事は、なぜ、逆三角形なのか? 私が新人のころは、それを口を酸っぱくして叩き込まれた。理由はこうだ。「ニュースはどんどん新しいものが飛び込んでくる。そうなると、後から飛び込んできたニュースを収容し、多くの記事を載せるには、各記事を短くしなければならない。その作業を締め切りぎりぎりに行うとき、記事の最後から順番に削っていくのが一番いい。真ん中を削ったりしていると、ワケの分からない文章になるかもしれないだろ? 整理部記者(紙面のレイアウトと見出しを担当する記者)が作業をしやすくするためにも、後ろからきることのできる文章を書くべきだ」。まあ、そんな感じである。

これは、新聞制作の現場感覚で言えば、非常に理に適っている。締め切り間際に、大ニュースが次から次へと飛び込んでくるときは、特にそうだ。締め切りまで、あと10分。その間に山岳遭難事故と列車事故の原稿を2本処理しなければならないとしよう。そういうときは、整理部から出稿部門(取材部門)に対し、「山岳遭難は25行で、列車事故は40行で。そのスペースを空けて待ってるぞ!」とか声がかかる(1行は11字)。発生から間もなくだと、どのくらいの情報が掴めているのかも判然としない。しかし、行数を決めておかないと、紙面制作は滞ってしまうのだ。

で、そこへ同時に2本の原稿が記者から送られてきたとしよう。しかも、A記者には「山岳遭難は25行で」と伝えていたのに、送られてきた記事は45行、B記者には「列車事故は40行で」と伝えていたのに、こっちも60行。さあ、どうするか。締め切りまで、5分しかない。それ以上、遅れると、待機している印刷工場、トラック、新聞の到着を待っている販売店等々に大きな影響が出る・・・。

そこで「逆三角形」なのである。山岳遭難を例にして説明しよう。以下の2つの文章を見比べて欲しい。

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by masayuki_100 | 2005-12-05 02:19 | ■ネット時代の報道 | Comments(2)

「Grip Brog」さんが試みている「新しい報道メディア」設立の動きは、過去にも私のブログで取り上げた。その後の途中経過報告では、弱気になったり、猛進したり、その日の泉さんの動きが丁寧に綴られていて、なかなか面白い。しかし、もっと面白いのは、そのコメント欄に並んだ書き込みである。

何がどう面白いかは、実際にそれを読んでもらうのが一番いい。受け止め方も人それぞれだろうし、私自身が面白いと思った部分を押し付けるつもりもない。それを前提に書けば、最近、一番面白かったのは「金と暴力」という泉さんのエントリに対する書き込みである。

フリージャーナリストの古川利明さんは、<ジャーナリズムも含めて、「表現する」という行為の根底には、「孤独になりきる」というのが、必須条件だと思います。「群れたい」とか「誰かに頼りたい」という甘えを断ち切ることからすべてが始まると、私は考えています。泉さんが始めようとしているビジネスに、私などがとやかく言える資格も義理もないのですが、ブログでだらだらと愚痴を並べ、それにちやほやと甘言を書き込んでいる読者(=アクセス者)の姿を見るにつけ、いつも「?」と思います>と書いている。

なかなか辛辣だが、要は泉さんに対して、「あなた自身は表現者として何をどう書きたい・報じたいのか」という問いかけなのだと思う。いわゆる書き手の「立ち居地」問題である。それが明確でなければ、或いはゼロならば、どんな立派な仕組みを構築しても極端な場合、中身はカラッポということもあるのではないか。。。そういう疑問だとも読み取れる。

その後、いろんなコメントが続いた後、「村田」さんがこう記した。<GripBlogさんには沢山のブロガーが元気を貰っている。管理人は、泉あいさんであるが、GripBlog=泉あいさんではない。コメントやトラックバックを含めた「開放系」ではないかと思う。そういう位相に、ネットやブログはあるのでは! 管理人としての立場では、しばしば「孤独」を感じることはあると思います。
しかし、「開放系」を目指そうとしている「GripBlog」(その延長としての報道メディア計画)は、泉さん個人を超えたものを目指しているのでしょう。元気を貰ったブロガーが、「頑張って」「期待しています」「出来る事は応援します」と、元気を返す。それで、いいのではないでしょうか>


泉さんの心情に言及した部分もあるけれど、「村田」さんのコメントの肝要は「開放系」である。従来の新聞や雑誌、テレビには編集長・デスクといった役職の方が居て、ニュースの価値判断に重要な役割を負っていた。この「役割」は、報道内容の視点・切り口・立ち居地といったものばかりでなく、表現方法・言葉遣い・分量等々という表現技法に関するものも含まれているのであって、簡単に言えば、報道の「事務局長」「元締め」みたいなものだったと思う。だから、当たり前の話だが、「元締め」が「OK」と言わないと、ニュースはニュースとして外に流れませんよ、という世界なのだ。これに対し、「村田」さんの言う「開放系」とは、つまるところ、こうした「編集機能」を極力分散させましょう、ということなのだと思う。

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by masayuki_100 | 2005-11-27 15:48 | ■ネット時代の報道 | Comments(9)

ここ数日、札幌に滞在している。東京も寒くなってきたけれど、札幌はそれ以上に寒い。5号館のつぶやきさんが少し前のエントリ「ユキムシの頃」で書かれていたように、この札幌郊外でも連日、雪虫が舞っている。もうすぐ、雪の季節だなあ、としんみり。やはり、北海道の夏は短すぎるし、秋の駆け足は早すぎる。空気が凛とした、寒い季節も嫌いではないけれど。

パソコンにアクセスもせず、そんなぼんやりした日々を過ごしているうち、Grip Blogで面白いことが起きたようだ。「緊急!「民主党 ブロガーと前原代表との懇談会」の出席者募集」が、それである。10月末日、民主党の前原代表がブロガーを招いて、党本部で懇談会を開催するという。「懇談」と称してはいるが、内容はオープンになることを前提にしており、実体は記者会見と同種のものだ。

同じ時期、自民党もブロガーを集めた懇談会第2弾を開催するようだ。これもGrip Blogに書かれている。その末尾でGrip Blog主宰の泉あいさんが、「民主党さんはどうすんのょ」と溜め息交じりに書いており、もしかしたら、民主党はその溜め息に突き動かされたのかもしれない。

双方の政党による「ブロガーの招き方」を見る限り、私は民主党に軍配を上げる。自民党が党側で人選を行ったのに対し、民主党側は、人選を泉あいさんに一任しているからだ。警備上の理由など種々の要因が働いた結果かもしれないが、名も無き(いや、すでに有名かな・・・)泉さんに人選を一任するというのは、相当に思い切った策ではないか(もちろん、泉さんある意味、甘くみられているからかもしれない)。ブロガーの囲い込み、ブロガーを利用した宣伝戦も、そろそろ無視できなくなってきたということなのだろう。人選を泉さんに一任したことで、民主党に対する世間の評価がプラスに働くことは、ほぼ間違いないからだ。言ってしまえば、たぶん、民主党による「話題づくり」だろう。

で、問題はその先だ。

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by masayuki_100 | 2005-10-28 10:42 | ■ネット時代の報道 | Comments(6)

宣伝です。時事通信社の湯川鶴章さん、元徳島新聞記者の藤代裕之君、それに私。この3人による対談を中心にした本が出版されます。「ブログ・ジャーナリズム~300万人のメディア」が、それ。今月中旬、15日ごろから入手できるようになるそうです。対談自体は今年6月初旬に行われ、その後、総選挙の動向なども踏まえて、加筆するなどの方法が採用されています。

「ブログ」と「ジャーナリズム」は、「情報伝達手段」と「報道内容」の話であり、ごっちゃに議論しているとワケが分からなくなる分野です。では、この本の中では?・・・少なくとも、それぞれの意見の違い、問題へのアプローチの仕方等々に違いがあることは読み取っていただけるのではないかと思います(もちろん、意見が同じなら、話はおもしろくないわけですが)。この対談の中で私はおおむね、「ブログはいろんな可能性を秘めているけれども、情報の伝達手段にすぎない。また日本での利用者はまだまだ少ないうえ、ブログやネットの世界は利用者が偏在しており、現実社会の社会構成に比例していない。そこをきちんと認識しないといけないし、ネット・ブログ=改革派といった単純なものではない」等々という立場から種々の意見を述べています。

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この書籍は、仙台市の出版社「野良舎」から出ます。問い合わせなどは、野良舎へ。同社のブログもあり、そこから注文できるようにもなっています。

誰もが情報発信 ブログが開く個人メディアの時代 「ブログと総選挙」を緊急収録

Web log(ウェブログ)。新しいスタイルのホームページ・ブログがブームになっています。2005年3月末の国内ブログ利用者数は延べ約335万人で、2007年には約800万人になると予測されています。ネットの新しいコミュニケーションツールというだけでなく、アメリカでブロガーが記者として認められるなど、ジャーナリズムを担う新しい媒体としても関心を集めています。本書は記者ブロガーが語り合った近未来のホットなメディア論です。「ブログと総選挙」を緊急収録しました。(野良舎のブログから)


本の第2部では、R30さんら著名なブログ主宰者による対談もあります。

野良舎を主宰されている中沢さんは、本当に良い方で・・・。朴訥とした感じで、決して口達者ではないけれど、その雰囲気に思わず、「お父さん!」と呼びたくなってしまいます(もちろん、そんなに年齢が離れているわけではありませんが)。そんな方に出会えただけも、良かったなあ。
by masayuki_100 | 2005-10-12 13:23 | ■ネット時代の報道 | Comments(13)

記者クラブ制度に関連し、私はいま、ぼんやりとした「構想」を持っている。構想だから頭の中に描いているだけであって、それを実行できる物理的・財政的根拠は、何も持ち合わせていない。でも、こういうものがあれば、いいだろうなあと。まあ、夢想と紙一重かもしれないが。

記者クラブ制度の問題は各所で議論されていたし、今も議論されている。それはそれで大事なことなのだが、私自身は、この制度に関する問題点の洗い出しは終わっており、論点は整理し尽くされたと思っている。あとは、どこをどう変えていくかの具体論しかない。で、その具体論のところで、既存メディア側はなかなか動かず、物事はまったく進んでいない。私は記者の集団としての「記者クラブ」は、あってしかるべきだと思っている。それについては、過去のエントリ(例えばココ)でさんざん書いてきたので、関心のある方はそちらに目を通してもらいたい)。

新聞やテレビによる報道の一番の問題は、「発表依存」「官依存」「当局依存」の構造になっている点にある。いわば、「発表ジャーナリズム」に陥っているのであって、どんな理屈を並べようと、現状を俯瞰すれば、当局(大企業等の民間も含む)の広報機関になっている事実は疑いようが無い。その点は、ジャーナリストの岩瀬達哉氏浅野健一氏らが早くから指摘しているし、事実、その通りだと感じる。最近では、ジャーナリスト寺澤有氏の指摘と行動が鋭い。

そうした「発表ジャーナリズム」を取材現場の日常風景に置き換えれば、こういうことだ。多少大袈裟な書き方かもしれないが、「毎日、役所等の記者クラブに出社する。役人等の話を聞く。役所側の発表を聞く。同業他社に役所ネタが抜かれていないかチェックする。役所の人と夜の街へ繰り出す」・・・そんな感じである。記者の日常は、多くが役所の庁舎内で終わり、取材相手は役所関係者だけで終わる。この場合、「役所」は「警察」でも「検察」でも「政治家」でも「大企業」でも、まあ、なんでも良い。要するに、「狭い」のだと思う。記者はよく、「付き合いの幅が狭い」と言われるが、それは一面で当たっている。日常のビジネスシーンに、役所関係者と同業他社と社内関係者しか登場しないのだ。そして、そうした日常風景を支える場所として、いまの記者クラブがある。

私の考えによれば、「発表ジャーナリズム」を支えているのは、記者クラブの存在よりも、記者の日常の仕事様式・思考様式そのものにある。記者クラブ所属している記者の中には、当たり前の話だが、素晴らしい仕事をする記者もたくさんいる。記者クラブの机から、その当該役所を揺るがすような記事もたくさん発信されている。それは間違いない。ただ、多くのケースでは、役所との関係の中でのみ記者の日常が終わり、記者の思考も役所的になっているのも、また事実だ。権力悪を暴き出すような原稿が「記者クラブ発」で世に出たとしても、多くの記事・多くの記者は「脱当局」の行動様式がなかなか取れない。そりゃそうだ。記者クラブに出社して、毎日そこに通って、役所関連の記事を書けと仕事で言われたら、開き直ってサボる場合は別にして、会社員はふつう、役所通いを続けるのだ。自由な取材ができる立場を組織内で得ようとすれば、10年くらいはかかる。そこに到達したとしても、その他大勢の記者・若い記者は、役所通いが続くのだ。これでは、「構造」は変わるはずがない。

だから、現行の記者クラブ制度が変わり、自由化されたとしても、取材者の姿勢・目線・行動様式が変わらない限り、おそらく、報道の内容は大きく変わらないのだ。今の日本では、メディア側の権力への「すりより」が一層激しくなっている。それは記者クラブ制度が存在するからではなく(もちろん大いなる関係はある)、記者の姿勢・性根にかかわる部分が根本にあると思う。

で、私の「構想」の話である。

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by masayuki_100 | 2005-10-08 14:50 | ■ネット時代の報道 | Comments(52)

今度の総選挙、ネットやブログはどの程度、影響を与えたのか。その回答は、出口調査やなんかの際に、壮大な世論調査を実施してみないと、本当のことはなかなか分からない。ネットをいつも見ている・使っている人は「相当影響を与えただろう」と思うに違いないし、ネットから縁遠い人は「ネットで投票先を決めたかって?なんじゃそりゃ?」という感覚を抱くかもしれない。

要は、なかなか分からんよねえ、、、と思っていたら、Hotwiredに、「衆議院議員選挙に対するネットの影響力に関する調査」の結果が出ていると、知人から教えてもらった。この種の調査結果はほかに見当たらないし、なかなかおもしろい。それを覗いてみると、、、

<どのメディアから選挙に関する情報を得たか(複数選択)という質問では、「インターネット」は約34.4%。「テレビ」約86.2%、「新聞」約69.4%の次となった。また、得た情報の中で、投票の決め手となった情報源は何か(単一選択)という質問では、「テレビ」約46.5%、「新聞」約24.5%、「ネット」は約10.4%>

といった数字が並んでいる。サンプル数は1000と少し。この種の調査としては多いのか少ないのか適切なのか、よく分からないが、全体を読むと、今回の選挙とネットの関係がぼんやりと見えるような気がする。Hotwired の結論は、大きな影響を与えたとは言えない、ということらしい。確かに、詳しい数字を眺めていると、それは間違い無さそうだ。「ネットを参考にした」という回答者も、その中身は大半がポータルや大手メディアのHPなどである。ブログの影響度は、相当に小さかったようだし、そのブログも記事の内容の多くがメディアの報道の影響を受けていた(のではないか)などと考えを巡らせていくと、「ブログと選挙」の「ブログ」は、なんだか、両手から零れ落ちる水のような感じだ。

この調査は、ネット調査なので、回答者もネットユーザーに限られているようだ。ネットを使っていない人はそもそも調査の外にあるわけだから、そこも含めて勘案すると、この調査の数字はもっともっと(ネットの影響度が低下する方向に)変化するように思う。
by masayuki_100 | 2005-09-21 02:58 | ■ネット時代の報道 | Comments(8)

昨日9月17日午後、東京・駿河台で「市民による 市民のためのメディアを」というイベントがあり、シンポジウムのパネリストとして末席に座ってきた。主役は韓国のインターネット新聞「オー・マイ・ニュース」の代表、呉連鎬(オ・ヨンホ)さん。私は、発言しに行ったというより、呉連鎬さんの講演を聞きに行ったような感じになってしまい、言いたいことの半分も言えず、わざわざ会場に足を運んでくれた大勢の方には大変申し訳なかった。

呉さんやそのほかのパネリストの方々の話を聞きながら、あるいは、会場に足を運ばれた方々も交えての二次会、三次会での話の中で、私はいくつかのことを考えていた。

「市民による 市民のためのメディア」を掲げたインターネット新聞としては、すでにJANJANや日刊ベリタ、MyNewsJapanなどが存在する。それに加えて、新たにメディアを立ち上げるべきかどうかについて、私は結論を持っていない。しかし、仮に新たなメディアを立ち上げるとするならば、「市民記者」にすべてを賭ける方法は結局、うまくいかないのではないか、とぼんやり感じている。

オーマイニュースは3万人超の市民記者の存在がクローズアップされ、市民記者こそが屋台骨であることは良く知られている。しかし、よくよく話を聞いていると、必ずしも市民記者(の数)が最大の成功要因ではないのではないかと感じた。呉さんの著書「オーマイニュースの挑戦」などにも書かれているが、オーマイニュースにはれっきとしたプロの取材記者も多数いる。彼らスタッフ記者は、市民記者が追う事ができない独自取材や深層取材を重ね、オーマイニュース発のスクープが何度も紙面画面を飾ったという。「すべての市民は記者である」という手法もそうだが、そうしたプロ記者の記事の数々は読者の信頼を得る大きなきっかけだったようだ。

いまネット上には、膨大な情報が流れている。ブログの存在も数限りない。しかし、多くの情報が溢れていることと、すべての情報が開示されていることとは、同じ意味ではない。ブログが増えれば、それが新たなジャーナリズムになる、との議論がある。ジャーナリズムの定義をどうるかにも左右されるが、しかし、書きたい人が書きたい時に書いた情報のみでは、ジャーナリズムは完成しないと私は考えている。なぜなら、情報の中には「自ら発したい人が発した情報」だけでなく、「(取材者などが)取ってきた情報」も含まれるからだ。「ニュース」を判断基準にすれば、「取ってきた」情報の方が比重は高いかもしれない。

当たり前の話だが、世の中で情報をたくさん持っているのは、官公庁や大企業だ。情報はそこで加工されて表に出てくるし、表に出てこない情報も山のようにある。カネや法律を使って集めた情報を自在に使える人たちは、たいてい、自らの都合のよいように情報を使い、流し、都合の悪い情報は隠す。組織とはだいたいそういうものだし、組織幹部は自己保身やら組織維持やら、種々の利益に基づいて、情報を自在に扱っている。だから、「情報を取ってくる」作業が継続的に行われていないと、いかに多種多様な情報が溢れていようとも、肝心な情報はほとんど流通していないことも十二分にありうる話なのだ。

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by masayuki_100 | 2005-09-19 02:41 | ■ネット時代の報道 | Comments(2)