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ニュースの現場で考えること

カテゴリ:|--世の中全般( 22 )

まだまだ引越し荷物が片付かず、雑多な作業に追われているうちに、こんなニュース。各紙がこぞって報道していました(下記は共同通信)

実名でのネット活用促す 総務省「悪の温床」化防止

 総務省は27日、自殺サイトなど「有害情報の温床」ともいわれるインターネットを健全に利用するために、ネットが持つ匿名性を排除し、実名でのネット利用を促す取り組みに着手する方針を固めた。匿名性が低いとされるブログ(日記風サイト)やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サイト)を小中学校の教育で活用するよう求め、文部科学省などと具体策を詰める。
 今週初めに発表する総務省の「情報フロンティア研究会」の最終報告書に盛り込む。
 国内のネット人口は増加する一方だが、匿名性が高いために自殺サイトの増殖や爆弾の作製方法がネットに公開されるなど、犯罪につながる有害情報があふれている。総務省はそうしたマイナス面を排除し、ネットを経済社会の発展につなげていくためには、実名でのネット使用を推進し、信頼性を高めることが不可欠と判断した。


これまでに何度か記したが、どうじてこうも「匿名性の排除」にこだわるのか。爆弾製造方法がネット上に公開されるなどの「有害情報排除」を一義的な目的だと総務省等は言っているらしい。仮にそうした説明に悪意はないにしても、「実名」にこだわれば、自由なネット議論は相当にやりにくくなるのではないか。実名で真に忌憚なき意見交換ができるほど、この社会は成熟していないと思う。そもそも、その人の宗教や思想信条、社会的政治的立場等々だけでなく、「いついつどこの温泉に行った」式の日記に至るまで、なぜ、「実名」である必要があるのか?

匿名にすると、どうしようもない無責任なコメントやトラックバックが来る、との意見をしばしば目にするけれど、その種のことはネットに限った話ではない。現実社会でもしばしば生じることだし、ネットは現実の延長(というか一部)でしかない。だから、匿名のコメント等を受けたくない場合は、それを拒否する形のブログ等を作成すれば済む話ではないか(技術的なことは良く分からないが)。

匿名を選ぶのか、実名を選ぶのか。それはその当人が種々の条件を踏まえて自分で判断すれば良いことであって、そこで流れる情報に対する反応・読み方・真偽の判断等々も、それぞれの個人が見極めれば良い。そうした自由こそが、基本的な条件のように思う。「実名」は必ずしも「信頼性」と一致しないし、逆に匿名でしか発言できない人を排除していく形になりはしないか、と危惧する。

だいたい、そういうことになんで国が出てくるのか、と思う。やっぱり、「規制」「指針」みたいなものを増やして、それに伴って「権限」を増やしたい?


★★★。。。というわけで、札幌での「札幌から」はこれで終了です。「そのとき、記者は逮捕された」等のエントリにずいぶんコメントをもらいましたが、引越し準備等に追われ、きちんと読む時間もありませんでした。東京に行き、落ち着いたらブログは再開する予定です。種々のコメントに対する私の考え等もその後に。。。でも、暑そうだなあ、東京は。
by masayuki_100 | 2005-06-28 15:31 | |--世の中全般 | Comments(7)

警察庁によるDNAデータベースづくりが、進んでいる。すでに大きなニュースになっているし、ご存知の方も多いと思う。法律的な角度から(つまりDNA採取を警察に任せて良いのか、どういう条件下なら採取を認めるのか等々)論じたものは、弁護士・ビートにクスさんの論考・警察庁によるDNAデータベース構築に問題はないか?が非常に参考になる。

ところで、このDNA採取問題もそうだし、人権擁護法案や共謀罪新設問題等々もそうなのだが、最近のこの種の法案・政策は、「いま論議されている内容とは全く違った運用を可能にする」ところに特徴がある。「共謀罪は暴力団犯罪の摘発が目的ですよ」と言われても、おそらくは当局が意図すれば、思想・政治犯の摘発も可能である。人権擁護法案も、思想統制の道具になりかねない。悪名高い戦前の治安維持法も、思想弾圧に本格的に遣われ始めたのは、法律が出来てから、6、7年後だった(と思う。あやふやですが)

そうやって考えていくと、警察のDNA採取も「本当に犯罪捜査だけなのか?」と思えてくる。実は昨年1月13日の北海道新聞夕刊には、こんな見出しの記事が出ている。通信社原稿ではなく、ネット上には流れていないので、ここでは全文引用できないが、こういう話だ(以下引用)。

<血液・体液で民族推定*外国人犯罪捜査の手がかりに*警察庁が指標研究*DNAや酵素分析> 
 来日外国人による犯罪が増える中、外国人の事件への関与を識別する生体指標の開発研究が、警察庁の科学警察研究所(科警研、千葉県柏市)で進んでいる。事件現場の血痕や体液などから、犯人や被害者の民族・出身国を推定できる指標を開発するのが狙い。外国人差別につながりかねない微妙な側面もあるが、捜査当局側からは、事件捜査の手がかりになる-との声も聞かれる。
  (略)科警研では本年度から、事件に外国人が関係しているかどうかを推定できる生体指標の開発に着手。多様な人種、民族を分けている主因と考えられる生体物質を、特殊な検査法で選別、解析。識別できる民族の範囲、その数などを調べ、有効性を検証する。
 例えば、皮膚や毛髪の色素に関係するタンパク質のほか、個人差があるミトコンドリアDNA(遺伝子)の塩基配列や、消化酵素・分解酵素の違いなどを調べる。また、血液型では、通常のABO式とは別に、「ルイス式」「ルセラン式」といった分類法がある。それぞれ三、四種類に分けられ、その型を分ける物質は血液や体液中に存在しており、これらの物質に民族識別の可能性があるかを探る。
 (略)欧米人とアジア人など大まかな区別から、日本人と中国人など細かい識別まで可能かは未知数だが、最終的には、民族識別に有効な複数の指標を組み合わせ、より精度の高い「多指標同時検出法」の開発を目指すという。
 同研究所は(略)「現場に残された血痕などから関係者の民族を識別する研究は、犯罪捜査の大きな支援になる」と話している。<引用終わり>

こういう記事を読むと、警察のDNAデータベース構築の背後には、「社会ダーヴィニズム」的な優性思想が横たわっているのではないか、と思う。民族ごとに犯罪性向を調べることが出来るようになれば、その立場にある者は必ずそれを行うようになる。そして、なぜそれを行うかの「理由付け」を行う。そういった(例えば予算獲得目的など)表向きの理由の背後で、「日本人は犯罪性向が少ない。やはり優秀だ」「朝鮮民族は粗暴だ」とか、そんな「研究」を延々とやるのだろうか? 
by masayuki_100 | 2005-06-13 13:38 | |--世の中全般 | Comments(12)

浜岡原発のこと

静岡県の浜岡原発が、想定される東海地震の震源上に位置している、というのは知られた話だ。しかし、何でもおうなのだが、「何となく知っている」「見出し的には知っている」みたいなケースと、「事の中身を理解している」ということは、それこそ雲泥の差である。

ストップ浜岡原発のHPを見ていると、これは相当に怖いことだと改めて感じる。そもそも、これは国レベルのリスクマネジメントの話でもある。原発推進か反対かの議論は脇に置いておいても、ほぼ間違いなく来るとされる東海地震を前にして、国や電力会社から「いやいや大丈夫ですよ」と言われても、安心・納得できるのだろうか。中央防災会議も、この地域は危ない、と言っている。そんな場所に、国のお墨付きを得て、原発を増設していく「政策」とは、いったい何なのだろうか。

「北朝鮮のテロに向け、原発の安全対策を」などと叫ぶ前に、こっちの問題をもっと真剣に考えて早急に対応しないといけないのではないか。浜岡と地震の問題を考えていると、「北朝鮮の原発テロ」など漫画である。

そう言えば、こんなニュースもあった。静岡新聞のこの記事(一部略)。
浜岡原発 「耐震上2号機もたず」 設計会議で担当者発言 当時の関係者が告白 04/16

日本の異様な「原発翼賛体制」は、たとえ止めようと思っても、なかなか止められないと思う。米国の軍産(学)複合体みたいなもので、それで食っている人が相当数に上り、社会の大きな構成要素となっているからだ。こうなると、物事は簡単に止まらないし、変わらない。。。それでも、原発は極めて「政策」なのだから、地震で想定される被害を勘案し、最終的には浜岡原発を国か国に準じる機関が買い上げ、廃炉にするしかないのだろう、と個人的には思う。
by masayuki_100 | 2005-06-13 12:45 | |--世の中全般 | Comments(3)

財務省のHPをめくり、大臣会見録を見ていたら、例の「架空研究会に予算計上」のやり取りが記録に残っていた。「架空研究会に予算計上」とは、こういう話である(以下は読売新聞より引用。確か、読売のスクープだった記憶がある)。

財務省が“架空研究会”…計1億円を予算計上 2005年04月27日(水)

 財務省が2002~05年度までの4年間にわたり、実際には存在しない研究会の開催費や委員の謝金などの名目で、計約1億円を「財政融資資金特別会計」の予算に計上していたことが、26日わかった。
実態を伴わない予算計上は、経済産業省資源エネルギー庁の電源開発促進対策特別会計や、社会保険庁の厚生保険、国民年金の両特別会計で判明している。 経産相らが国会で「不適切」と認めたのと同様のずさんな予算付けが、各省庁の予算をチェックする立場の財務省でも行われていたことになる。
 財務省は02年度、「財政投融資問題研究会」の委員謝金や旅費、速記料、資料作成費などとして、「財政投融資問題調査研究経費」計約3000万円を計上。 03~05年度も、同様の名目で、毎年度2600~2700万円の予算計上が繰り返されたが、実際にはこのような名称の研究会は組織されていなかった。財務省によると、こうして計上された予算は財政投融資の研究に関する別の目的に使われているという。
 支出の詳細な内訳は不明だが、確認できたものだけで、02年度は外国の制度を調査した際の通訳費用に約28万円、03年度には財政融資資金の地方公共団体の財務内容に関して民間会社に委託した調査費用に約800万円が、架空の研究会名目で捻出(ねんしゅつ)された予算から支出されていた。また、04年度は、予算書とは異なる検討会の開催費として約120万円、欧米の制度の動向に関して民間会社に委託した調査費用に約800万円が支出されたという。
 財務省は読売新聞の取材に対し、「財政投融資の研究目的で使われているので問題ない」としている。
(引用終わり)

これに対して、谷垣財務相は記者会見でどう答えたのだろうか。4月28日の会見では、こう言っている(読売に記事が掲載されたのは27日の朝刊だが、会見録によると、27日朝の臨時閣議後の会見ではこれに関する質問は出ていない)。このQ&Aがまた、何とも言えず、分かりにくい(以下HPの記述から引用。一部略)

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by masayuki_100 | 2005-06-08 15:10 | |--世の中全般 | Comments(0)

「法廷ショー」の時代?

過日、札幌で司法修習を行っている若い人たちと飲む機会があった。来春から本格的に弁護士や検事になる人たちだ。みんな酒が強そうで、それぞれに個性もあってとても楽しい一夜だった。

で、そこで冗談半分で笑いながらの話になったのが、「これからの検事や弁護士は俳優養成講座で勉強したほうが良いのではないか」「顔が第一。顔で採用しろ」とか、そんな話。要するに、まもなく始まる裁判員制度の下では、民間から選ばれた裁判員は調書を読まず、検察官や弁護人の話・パフォーマンスによって、無罪か有罪か、量刑はどうかを判断することになるのではないか、どうせそうなるならイケメンの検事が良いだろう、ということなのだ。

酒場で彼らは「こうだな」「そんな感じで両手を広げて」と大笑いしながら、法廷パフォーマンスの真似事で笑いを取っていたけれど、これは笑い話ではないのだ。それほどまでに、この制度は問題を抱えすぎているのだと思う。「刑事事件の審理に市民の感覚を持ち込む」とは、いったいどういうことなのだろう? 理念は正しいのかもしれないが、日本の刑事司法をきちんとした姿にするのならば、たぶん、裁判員制度よりも先に、取り調べの可視化(つまり「密室司法」「人質司法」の解消)が優先されるべきだったと感じている。
by masayuki_100 | 2005-06-07 03:04 | |--世の中全般 | Comments(3)

「あなた見られてます」

以前のエントリ「監視と安全」でも少し紹介させてもらったのだが、北海道新聞の社会面で連載中の「あなた見られてます 監視と安全のはざまで」が先日、第2部まで紙面上で掲載を終えた。この連載自体は1ヶ月に一度くらいのペースで、今後もまだまだ続く予定なので、全部が終わった時点で、このブログにも私の言いたいことをドーンと書きたいと思っている。

ただ、いまボンヤリと思っていることを少し書き残しておくと、第一のそれは、「治安の悪化とは一体何か」ということである。

犯罪の認知件数が増えることが、治安の悪化なのだろうか? そうだとすると、一つ一つの事件の派手さ(というより派手な報道ぶり)よりも、もっともっと数字・統計の冷静な分析等が必要になる。警察問題に精通する小林道雄さんは常々、犯罪の認知件数や検挙件数は恣意的なものであり、これらの数字はいわば警察の「営業活動」の結果を示すものでしかない、という趣旨のことを述べている。また、辺境通信さんは昨年夏に『「外国人摘発増加」、だから何なのか』という記事を書かれ、その中で、こう指摘されている。

「04年1~6月に日本国内で刑法犯の疑いで検挙された人数は18万4945人で、そのうち来日外国人は2.31%を占めるに過ぎない。この数字は03年の同期に比べ0.05%減っている。93年から02年までの10年間の割合は、「コムスタカー外国人と共に生きる会」が調査・公表している(「メディアの辺境地帯」も引用)。それによると、10年間の割合は1.6~2.5%であり、04年1~6月もその範囲内に収まっている」

新聞社に身を置く立場からすれば、実にこたえる指摘である。「あなた見られてます」では、遅ればせながら、しかも不十分ながらではあるが、こうした「数字のからくり」にも触れた。そして、実際のところ、この種の「実は日本の治安はそんなに悪化していない」という指摘は、実は世の中には他にも多くある。ただ、多くの場合、そうした見解は「治安悪化」の大合唱の前で後景に退いてしまい、「じゃあ、あんたの家族はどうなってもいいんだな」式の言説が冷静な分析を飲み込んで行っているのではないか、と。警察庁と内閣府の調査によると、自分の住む地域の治安が悪化したと感じている国民は1割、しかし他地域の治安が悪化したと感じる国民は6割だという。そして、9割の国民はテレビや新聞で「治安悪化」を感じているというのだ。

今年の1月、「ヴィレッジという映画」というエントリで、治安悪化が言われる原因は報道にある、としてこう書いた。

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by masayuki_100 | 2005-06-07 02:51 | |--世の中全般 | Comments(4)

いつも訪問している今井亮一さんの「交通違反相談センター」。
その日記の5月22日に、こういう文章がありました(以下引用)

・・・19年前に私はこんなことを書いている。
<<ここでたとえ話。巨大なバケモノがキミを食いたがっているとする。バケモノがキミに向かって1歩踏み出せば、キミは「キャーッ」とか叫んで逃げてしまう。そこでずるいバケモノ、「あっ、そこにサソリがいます。危ない」と言ってサソリを踏みつぶし、結果として1歩前へ出る。今度は「毒ヘビがいます」と言って次の1歩を踏み出す。 この“1歩”がいくつも重なり、気がついたときキミは、自分の頭が化け物の口に入っているのを知るのだ。 「暴走族がいる」「交通事故が増えている」と言っては次々と新しい“禁止”をつくり、警察は“1歩”ずつ、しかし確実にボクたちをがんじがらめにしている。そのうち、「おや、雨かな」と思って見上げると、巨大な化け物のヨダレがふりそそいでいるのに気づくことになるのだ>>と。・・・・

(引用終わり)

この種の話をする場合には、よく、「ゆで蛙」のたとえ話が使われます。また、「茶色の朝」も有名です。。。しかし、今井さんのたとえ話も出色! 自分の頭に巨大な化け物のヨダレが垂れてくるのを、思わず想像してしまいそうだぁ。。。
by masayuki_100 | 2005-05-24 03:20 | |--世の中全般 | Comments(1)

松岡美樹さんのブログ記事匿名の心理、実名の心理~暴言の抑止力になるものは?読売新聞「ヒゲ記者」事件で考える匿名と実名の功罪 、毎日新聞の磯野さんのブログ「実名、匿名」など、最近、あちこちで「匿名か実名か」が議論されている(と言ってもブログを覗かない日が数日続くと、あっという間に議論が進んでいて、何だいまさら、、、という感じである。げに、ネット上のスピードはすさまじい)。

話は少し飛ぶが、ASAHIパソコン6月号の「NEWS&VIEWS」という欄に、「神奈川新聞のサイトがブログを中心に」というタイトルの記事がある。その再後段あたりに私のコメントがあって、「なんで実名でブログをはじめたのですか」みたいな質問に答えた内容になっている。松岡さんや磯野さんの文章を読みながら、1ヶ月くらい前に、ASAHIパソコンの取材記者氏にしゃべったことを思い出した。

「なぜ、実名で?会社の許可は?」と問われたが、要するに、私の場合。匿名にしなければならない理由がなかった。仮に匿名で書いたとしても、書きたいことを書いていれば、そのうちに「ああ、あいつだな」くらいは、近しい人たちにはきっと分かる。それに、この1年くらい力を入れていた警察裏金問題も書きたくなるだろうし、後で「だれだ?だれだ?」みたいになるのも面倒だった。実名で始めた理由は、そんな程度である。

開設直前、直属の上司には「えー、実はブログというのがあって、私もそれをやってみるつもりです」と報告した。上司は「いいじゃないの」「オレにもそのうち教えてくれよ」と了解をもらい、その後も「反応はあるのか」といった問いかけがある。その意味で言えば、会社公認(黙認?)なのかもしれないが、磯野さんのブログ「上昇気流なごや」のように、勤務先の公式HP内に位置しているわけではない。中途半端といえば、中途半端だ。自分のブログについては、書きたいことを書いているし、内容について業務上で何かを言われたこともない。ただ、当然のこととして、自分は「このブログは余暇」と思っているから、記事に書かずにこのブログに書く、ということはない。その点では、実は非常に気を遣っている。

で、ここからが本題なのだが、「ブログ上での実名・匿名」について、私が思うところは基本的に2つしかない。

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by masayuki_100 | 2005-05-24 03:04 | |--世の中全般 | Comments(19)

奈良県の幼女殺害事件などを契機にして、性犯罪者の出所情報をどうするか、という議論があった。それを法務省と警察庁が協議し、この6月から性犯罪については実施することになっていたが、「やはり」というべきか、あっという間に、他の犯罪も対象になりそうである。

出所者情報提供、殺人・強盗など20罪種も追加方針 (読売新聞 5月17日) (以下は引用)。

 法務省は16日、再犯防止などの目的で警察庁に提供する受刑者の出所情報について、既に決まっている12歳以下の子供に対する強姦(ごうかん)や強制わいせつなどの性犯罪以外に、殺人や薬物使用など約20罪種も追加する方針を固めた。対象拡大を要請していた警察庁との協議で大筋合意した。子供対象の性犯罪と同時に6月から実施したい考えだ。
 提供の対象は、〈1〉殺人、強盗、強姦などの凶悪犯罪〈2〉覚せい剤取締法違反、放火、窃盗など常習性の高い犯罪――の計約20罪種で服役した受刑者の情報。子供に対する性犯罪者については、再犯防止が主な目的のため、出所日と、出所後の居住先の「帰住予定地」の情報を提供する。今回の拡大分は、警察庁が捜査への活用を念頭に置いており、当面、出所日に限定する。ただ、捜査上の個別の照会があれば、従来通り住所情報などの提供に応じる。
 一連の情報提供については、奈良市の女児誘拐殺人事件の容疑者が性犯罪前歴者だったことを受け、法務省と警察庁が協議した結果、12歳以下の子供に対する強姦、強盗強姦、強制わいせつ、わいせつ目的略取・誘拐の四つの性犯罪の情報提供で合意した。
(引用終わり)

もっとも、この記事には、例えば、「住居侵入」も対象罪種に入っていることは報じられていない。連休中の共同通信の配信によれば、「政府は、再犯防止策の一環として法務省が警察庁に提供する受刑者の出所情報の対象について、既に決めている『13歳未満の子供に対する4種類の性犯罪』に加え、殺人や放火、強盗、窃盗、住居侵入など再犯性が高いとの指摘がある計20程度の犯罪に拡大する方向で検討に入った」とあった。そのほかのメディアも同様に住居侵入なども含まれると報じていた(うまくネットで探し出せませんが)。

「計20種」には、いったい何が含まれているのか。「住居侵入」も再犯の可能性が高いというが、そういう議論になれば、そもそも犯罪全般が再犯の可能性が高いのである。それに、住居侵入は、東京で頻発する「ビラ配りで逮捕」を見ても明らかな通り、単純な刑事事件ではなく、いわゆる政治事件に簡単に援用できる。

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by masayuki_100 | 2005-05-17 11:29 | |--世の中全般 | Comments(4)

JR西日本の事故に絡んで、同社の記者会見に出席した読売新聞記者の「態度」について、読売新聞が「不適切発言」だったとして、おわびのコメントを大阪本社・社会部長名で出した。(脱線事故会見巡る不適切発言でおわび…読売・大阪本社)。そのニュースを見ながら、大声と怒声について、いろいろなことを思い出した。

大声や怒声を前にすれば、人は実に弱いと思う。

ある政治家に「役人を前に対して、なんでいつもそんなに大声を出すのか。何もないのに、いつも罵声、怒号を浴びせているように映る」と尋ねたことがある。彼は、役人は政治家を舐めてかかる、官僚出身や有力議員の2世なら別だが、そうではない陣笠クラスは、慇懃無礼に扱われると。政治家は国民の代表なのだから、馬鹿にされる所以はない、議員として勉強はいっぱいしなければならないが、だからと言って、国民に奉仕することが仕事の役人が、政治家を馬鹿にする言動をとったときは厳しく指導しなければならない、、、、彼の主張は、概ねそんな感じだったと思う。で、実際、役人はそういう「大声」に弱いのである。心の奥底でどう思っているかは別にして、怒鳴られぬよう、役所内や電話で大声を出されぬよう、取りあえずはその政治家に従っていく。

同じような事例は、それこそ、どんな分野にも転がっているだろうし、社会の至る所に存在している。前にも書いたが、同和系企業に言われるがまま、無担保で巨額資金を貸し込んでいた高知県庁の例も似た部分がある。いわゆる「闇融資事件」である。このとき、県庁の幹部は、同和団体側からの「大声」「罵声」「恫喝」が怖くて、野放図に、背任に相当する融資を続けた。竹下首相時代の「ほめ殺し」事件もそうだ。学生運動が華やかだったころの「大衆団交」も、団体交渉というより実態は「吊るし上げ」だった。おそらく、相当数の大学教員らが「恐怖」を感じたのではないか。また右翼の街頭宣伝車も、似たようなものだろうと思う。主義主張の内容ではなく、あの独特の大声と黒い大きな車が来れば、身が竦める人も多いのではないか。

メディアという組織体も大声に弱い。例えば、それは、森達也氏の「放送禁止歌」を読むだけでも十二分に分かる。部落解放に関する団体からの糾弾を何度か経験し、そのうちに勝手に自己規制を強めていく。そのプロセスが実によく分かる。

むろん、メディア側もしばしば「大声」を出す側に回る。ふつうに、ふつうの口調で、ふつうの質問をしているだけでは、相手がウンともスンとも言わないときがある。「君らに話す義務はない」と言いながら、少し語気を強めて迫ると、「はいはい」と話し始める場合も少なくない。とくに、政治家や高級官僚などが何かの不正を働いた疑いが強く、その裏付け取材として当人に取材する場合は、相当の迫力を持って挑まないとならないと思う。「大声」「怒声」とは単純に同一視できないが、毅然たる迫力を持って接しないと、相手に舐められ、「出直して来い」みたいなセリフしか返って来ないケースも珍しくない。なにしろ、不正を行う方が命懸けである。社会的生命、政治生命、企業内での生命、、、そういった「命」をかけているケースが圧倒的に多いのだ。

ただし、「大声」や「怒声」は、どこまでいっても「大声」や「怒声」でしかない場合が多い。そういう場合は、互いに嫌悪感しか残らない。そして、声を大きくすることが、すなわち「迫力」であると単純に理解していたら、それは勘違いでしかない。本当に厳しい質問とは、声を張り上げなくても核心を射抜くものだ。

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by masayuki_100 | 2005-05-17 02:49 | |--世の中全般 | Comments(10)