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ニュースの現場で考えること

少し前、長崎のハローワークで、「イラクで働く作業員」が募集されたとのニュースがあった。今度は、東北地方だという。


共産党の機関紙・赤旗はこう報じている。(以下、太字は引用)

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by masayuki_100 | 2005-06-02 16:01 | |--戦争と平和 | Comments(7)

イラク支援ボランティアの高遠菜穂子さんのブログが、最近公開されました。

イラク・ホープ・ダイアリー

自分で動き、自分の足で立っている人は強いです。
by masayuki_100 | 2005-04-12 11:54 | |--戦争と平和 | Comments(12)

来年春から使用される中学校の教科書検定が先ごろ終わった。その検定によって、各教科書から「従軍慰安婦」の記述が消えたという。

ところで、小泉純一郎首相は2001年、いわゆる「アジア女性基金」の関連業務の中で、<元「慰安婦」の方への総理のおわびの手紙>に署名し、「従軍慰安婦問題」は「当時の軍の関与の下に」あったとして、総理大臣として謝罪している。そのうえで、「おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」と言っている。この<おわびの手紙>は、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗の各歴代総理が署名しており、文面は毎回、同じものらしい。

アジア女性基金の基礎となったのは、1993年のあの河野洋平氏による官房長官談話である。それより前に行われた調査の結果、従軍慰安婦は「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」(談話より抜粋)と結論付けている。このときの調査、官房長官談話に対しては、その後、国会で種々の議論があり、調査がずさんだとか、多くの指摘がなされたようだ。

ただし、もし、「慰安婦問題」が存在しなかったとして、或いは、していなかったかのように、現在の日本政府の閣僚や要人等が振る舞い、種々の施策に反映させるのならば、まず、当時の官房長官談話を政府として撤回し、さらに、上で紹介した<手紙>等を破棄することを正式に表明しなければならないのではないか。それが、政治のルールだと思うのだが。

以下は<手紙>の引用。

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by masayuki_100 | 2005-04-11 05:36 | |--戦争と平和 | Comments(7)

きょう4月9日夕方、防空壕で中学生4人が倒れた、とのニュースが流れている。実に気の毒な事故だと思う。以下は、ヤフーニュースの引用。

防空ごうでたき火か、中学生2人死亡2人重体…鹿児島
 9日午後4時20分ごろ、鹿児島市武岡の武岡団地北公園付近にいた人から、「防空ごうの近くで4人が倒れている」と119番があった。駆け付けた消防署員が病院に運んだが、2人が死亡し、2人が心肺停止状態になっている。県警鹿児島西署などによると、いずれも男子中学生。
 市消防局によると、防空ごうからは煙が出ており、たき火をしていたらしい。一酸化炭素中毒の可能性があるとみて調べている。武岡団地はJR鹿児島中央駅の西約2キロの丘陵に広がる住宅地。付近を国道3号線、九州自動車道、南九州自動車道などが走り、鹿児島市街地の西の入り口にあたる。
(読売新聞) - 4月9日19時9分更新

このニュースを目にして、2つのことを思い出した。一つは、防空壕そのものである。

私が小さかったころ、たぶん小学生の低学年時代だったと思う。高知市の自宅近くの「天神山」(山と言っても高さは50メートルくらい)の山腹に、防空壕が3つ残っていた。山腹から奥へ、水平に穴は掘られ、いずれも奥行きは10メートルくらいだったろうか。そのうち一つは、近所の人たちの農機具(今では面影も無いが、当時はまだ田圃も結構残っていた)置き場みたいになっており、もう一つはゴミ捨て場に。そして、残る一つが近所の子供たちの遊び場だった。入り口には竹で編んだような囲いが置かれ、一応は出入り禁止みたいになっていたが、子供にとっては、お構いなしである。しかし、その後、母から高知大空襲の話を聞いたとき、「あんな穴で助かるはずがない。穴が残ったのは、たまたまそこに爆弾が落ちなかっただけだ」と強く印象に残った記憶がある。母もたびたび防空壕に逃げ込んだと言っていたが、たぶん、その穴に逃げ込んだ人たちは、「ここに居れば安心」などとは、誰1人、思わなかっただろう。

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by masayuki_100 | 2005-04-09 19:40 | |--戦争と平和 | Comments(0)

仕事が忙しく、しばらく更新をさぼっていたが、最近の注目ニュースは、やはり、これ。大量破壊兵器「近年で最も失敗」 政治的影響は否定 米最終報告書。元原稿は産経新聞だ(以下引用、一部略)

 【ワシントン=近藤豊和】二〇〇三年三月の米英軍によるイラク攻撃開始前に、米政府が得た大量破壊兵器に関する情報の精度について検証した独立委員会は三十一日、最終報告書をブッシュ大統領に提出し、機密事項分を除いて公表した。報告書は、「サダム・フセイン(元イラク大統領)の大量破壊兵器獲得の意図に執着し過ぎて、同兵器の存在を結論付ける重大な過ちを犯した。この情報収集の失敗は、近年の米国史の中で最も重大な損傷だ」などと厳しく批判した。(中略)
 報告書は、中央情報局(CIA)が「イラクに秘密の大量破壊兵器の大量貯蔵がある」と結論付けた原因として、連邦捜査局(FBI)、国防情報局(DIA)、国家安全保障局(NSA)などが入手した情報との突き合わせで情報精度を十分に検証することを怠ったなどと指摘。具体的には、(1)「イラクが大量破壊兵器を搭載できる無人飛行機を製造した」との情報については、空軍専門家が明確な疑義を示したにもかかわらず、参考にされなかった(2)「イラクが移動可能な生物兵器製造施設を所有」との情報は、「カーブ・ボール」というコードネームのイラク人反政府活動家がドイツ情報筋にもたらしたものだったが、このイラク人はアルコール中毒の疑いがあり、CIAはこの情報筋に直接真偽を確認することはしていなかった-などを示唆している


扱いの程度には差があったが、このニュースは各メディアがそれぞれに報じている。要するに、イラク戦争の開戦根拠となった「大量破壊兵器」「生物兵器製造施設」はすべてが、虚構だったということだ。米政府独立委員会の結論そのものは「米国の情報収集・分析能力が劣っていた、もっと強化しなければならない」ということにあるのかもしれないが、しかし、こうまで明確な「虚構」を見せ付けられると、いったい、イラク戦争とは何なのか、と思ってしまう。

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by masayuki_100 | 2005-04-08 02:13 | |--戦争と平和 | Comments(2)

国民保護法が成立したからには、当然、こういう動きが出てくる。関係法令では、「有事」の際の自治体の役割が定められているから、今後、各地で粛々と(私はこの表現は嫌いですが)、こうした動きが始まるのだ。

この記事を読んだ方は、「ああこうやって真剣に国民を守ることを考えてくれている、まだまだ安心できないけど、日本は国家らしくなってきた、大丈夫だ」と思うのだろうか。

以下は、yahooニュースからの引用(4月2日配信、元原稿は読売新聞)。

日米共同図上演習、初の自治体参加を検討

(以下、引用。下線は私)
 陸上自衛隊は2日、来年2月に熊本で行われる米陸軍などとの共同図上演習に、九州・沖縄8県の危機管理担当者らを参加させる方向で検討に入った。国民保護の基本指針が先月末に閣議決定されたのを受けたもので、図上演習とはいえ、戦闘を目的とする自衛隊の訓練に地方自治体が参加するのは初めて。演習では、弾道ミサイル攻撃など具体的な有事を想定し、住民避難や救援方法を検証することにしている。
 昨年6月に成立した国民保護法で、自衛隊は「有事の際、外敵の排除に支障のない限り、住民避難などで地方自治体を支援する」と規定された。

 一方の都道府県は、基本指針を下敷きに来年3月末までに、原発や離島へのゲリラ攻撃、都市部での市街戦などの有事を前提に、地域の特性に応じた「国民保護計画」を策定しなければならない
 だがこれまで、国民保護を目的とする法律がなく、陸自は「すでに住民は避難している」という前提でしか訓練してこなかった。また地方自治体も、防災訓練を除いて自衛隊の演習に参加した経験がなく、有事の際、自衛隊や米軍がどんな行動を取るのか、ほとんど把握できていない。
 このため、陸自は「米軍や自衛隊の行動を知ってもらうことはもちろん、効率的に住民を避難させたりするには、様々な有事を想定したシナリオに沿って、自治体の担当者らと意見交換しながら訓練する必要がある」と判断した。すでに一部の自治体とは参加方法などを調整している。
(後略)

日本は法治国家だから、法律が制定され、そこで決まったことが、粛々と実行に移される。それは当然である。しかし、このニュースを読む限り、どうしても「現実とのギャップ」を感じてしまう。ここで展開されるのは、図上演習とはいえ、現実の演習である。しかも、その舞台は、(自衛隊が事実上、米軍の一部として機能している以上、当然なのだが)自衛隊単独ではなく、日米の「共同」演習である。

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by masayuki_100 | 2005-04-03 03:03 | |--戦争と平和 | Comments(19)

シバレイさんのブログで、この仰天ニュースを知りました。長崎のハローワークで「イラクで働く作業員」を募集していた、という。

シバレイさんのブログから。

イラクで働きたければハローワークに行け???

このニュースは、「5号館のつぶやき」さんも「大手マスコミ:なんでこんな重大な情報を報道しないのか」で取り上げています。

元ネタは共産党の機関紙「しんぶん赤旗」(3月28日)です。当該記事は「職業安定所に求人票 働く場所は戦地イラク 月50万円以上 元請けは隠す」。

「・・・二月二十三日、ハローワーク長崎が『就業場所』を『イラク』とする求人票を公開しました。長崎市内の会社からの求人でした」「それによると、仕事内容は『土木工事の手元作業(水道工事、学校建設工事等)』。 ・・・・・・・・・・・・ 賃金は月に『五十万円~六十万円』。イラクまでの旅費、宿泊費は会社が負担し、保険については『元請け会社が民間保険へ加入する』としています」

このニュースをどう読んだかは、明日以降に。

(追記)
この関連で、ネットにおいて一番詳しいのは赤旗の記事です。その記事に掲載された外務省のコメントは「イラクについては危険であり、退避勧告を出しているが、法的拘束力を持つものではない」というもの。それはそうでしょう。ですが、「行くな」が事実上の国是であるかのように機能している今、この外務省の姿勢は???です。これで実際に誰かが行き、そこで戦闘等に巻き込まれるなどした場合、(1年前の今ごろの記者会見で竹内行夫事務次官が言ったように)、やはりそれは、「自己責任」というのでしょうね?
by masayuki_100 | 2005-03-31 03:15 | |--戦争と平和 | Comments(16)

現代企画室刊『ファルージャ 2004年4月』を引き継ぐ形で、同書共訳者2名がファルージャおよびイラクについてのニュースなどを英語から日本語にして紹介しています。。。という「Falluja April-the book」。私が時々のぞいているサイトです。

サマーワの自衛隊を取材しようとトライしたが・・・(CPT)

ファルージャ:明るみに出る真実

英司法長官の判断は誰が書いたのか?(ガーディアン,2月23日)

以上はいずれも最近の記事の見出しです。こういう記事を読んでいると、自分は何をやっているのか、ほかにいっぱいやること、伝えることがあるんじゃないか、と焦燥感のようなものを抱きます。これより一つ前の私のエントリは、神奈川新聞のブログについて書いたものですが、イラクの記事を読んだ後に読み返すと、なんだか、取るに足りないことだなと思えてしまいます。
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by masayuki_100 | 2005-03-03 01:30 | |--戦争と平和 | Comments(3)

戦火の記憶

日露戦争で戦地に赴いた人から、実際にその話を聞いたことがある。こう書くと、「ええ?」と思う人もいるかもしれないが。

まだ小学校に通う前だったと思う。祖父の兄が、近所に住んでいた。かつては畳屋を営んでいたそうだが、その記憶はない。ただ、歩いて数分のところだったので、いつでも顔を合わせていた。その祖父の兄が(たぶん、当時70歳を過ぎていたはずだ)あるとき、「ロシアのパンほど不味いものはない」みたいなことを言い出したのである。

「おんちゃんはほら、日露戦争に行っちょったろうが。けんどあの戦争いうたら、のんびりしたもんよ。パンと握り飯を兵隊同士で交換しよったがやき」(土佐弁です)とか、そんな感じだった。祖父の兄によると、どっかの丘を挟んで戦闘になったとき、昼になるとラッパが鳴ったのだという。その後、ロシアの兵隊が黒パンを日本側へ投げてきた。若い日本兵がおそるおそる歩み出て、取りに行く。その際、日本兵はロシア側に握り飯を投げた、と。
本当にそんなのんびりした戦闘だったのかどうか、もう確かめようがないが、「パンと握り飯」の話、そして「昼の合図のラッパ」の話が耳にこびりついている。

私の父は徴兵で日中戦争に駆り出され、北京近郊にいたらしい。「戦争が終わって八路軍に追われながら、逃げ帰った」という話は、それこそ数え切れないほど聞いた。母は高知空襲を目の当たりにし、「あの晩、どればあ空が赤かったか、おまんらには分からんよ」と、これも何度も聞かされた。私の父は5人兄弟で、兄は南方で戦死したらしい。だから、父が下関に着き、生きて高知に戻ったとき、「あればあ泣いたことは見たことない」と父が言うほど、祖母は泣いたという。2人の姉は戦時の混乱の中で病死したと聞かされた。彼岸の時期になると、いつも墓参りに付き合わされ、そして墓石の前でいつもそんな話を聞いていた。

戦争の記憶は祖父から父へ、父母から私へと伝わった。何度も何度も、戦争の話を聞き、私は怖いと思った。「戦争らあ、するもんじゃない」という父母の声は、今でも耳元に蘇る。

きょうは深夜を過ぎて、激しい吹雪になった。ゴオーという風の音と一緒に、雪が横から降っている。あの日露戦争の話をしてくれた、しわくちゃのおんちゃんも、ロシアの冬の話をしていた。たぶん激しい雪の話だったような気がする。正確に思い出せない。兵隊と冬、雪、凍傷、、、そんな言葉があったような気がする。でも、ちゃんと思い出せない。じれったいが、思い出せない。たぶん、今のような吹雪の話もしてくれたように思うのだけれど。

たぶん、そうやって、人は忘れていくのだ。
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by masayuki_100 | 2005-01-25 02:54 | |--戦争と平和 | Comments(2)

イラク戦争の口実となった大量破壊兵器は結局、なかった。

米紙ワシントン・ポスト(電子版)が昨年12月12日に報じたところでは、イラクで行われていた生物、化学、核の大量破壊兵器(WMD)の捜索作業が2004年12月のクリスマス前にひっそりと終焉を迎えたと報じた。ブッシュ米政権がイラク戦争開戦の最大理由としたWMDの存在は、同戦争開戦以来2年を経て、ついに立証されることなかった。WMDの捜索を担当していた米調査団のドルファー団長は2004年10月6日、2003年のイラク戦争開戦当、イラク国内にWMDは存在せず、核・化学・生物兵器を開発する具体的な計画もなかったと結論付けた報告書を議会に提出済みであり、今回の捜索作業終了で、米中央情報局(CIA)専門家や分析官も本国に引き揚げた。
 WMDの作業の任に当たってきたイラク調査グループ(担当官は同紙とのインタビューで、イラクで続く反米武装勢力のテロ活動で、WMDの新たな情報入手は不可能となり、クリスマス直前にすべての作業を打ち切ったと言明したのである。

それで結局、なにが残っただろう? 現地からの種々の報告を見ていると、「世の中には戦争をしたがっている人」が間違いなくいる、ということがよく分かる。そういう人々は自らは安全地帯に身を置き、自分と最も縁遠い人々を戦地に赴かせる。以下は「TUP速報」からの転載です(ゴシックは高田の手によります)。

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by masayuki_100 | 2005-01-21 03:25 | |--戦争と平和 | Comments(3)