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ニュースの現場で考えること

元毎日新聞編集委員の永井浩氏らが書かれた岩波ブックレット「沖縄基地とイラク戦争」を読みました。永井氏は現在、大学で教壇に立つ傍ら、インターネット上の日刊新聞「ベリタ」(私も時々寄稿させてもらっています)の編集長をされています。

ブックレットには、昨年八月の米軍ヘリ墜落事故について、地元の伊波洋一宜野湾市長が詳細な報告をされていて、非常に読ませます。この事故に関しては、現地沖縄ではまだまだ進行形なのです(例えば、現場となった沖縄国際大のHP)。私も過去何度か沖縄に足を運び、基地や戦跡を見て歩いたことがありますが、その都度、本土側との大きな意識・認識の落差を見せ付けられました。

日本(本土)では1990年代以降、「日本は平和ボケッだ。安全保障分野で応分の負担が必要だ」という意見が強まりました。しかし、沖縄はそれまでも、その後から現在にかけても、巨大な米軍基地を抱え、そのしわ寄せを受けつづけ、経済的にも(いくばくかの国からの援助があったとしても)苦しい状態に置かれてきました。その現実を否定できる人はまずいないでしょう。そうしたことを前に、永井氏は「沖縄は日本ではなかったのか」と問うのです。「日本は平和ボケ」という人の頭の中には、沖縄は含まれていないのではないか、と。

その感覚、よく分かります。北海道には、基地問題はありませんが、石炭や漁業、農業といった産業の栄枯盛衰と国策のかかわりなどを見ていくと、沖縄と非常に似ていますから。

(追記=この問題での関連エントリ)
*昨年、「日本」に上陸した台風は10個か13個か
北方領土が遠くなる
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by masayuki_100 | 2005-02-28 16:43 | |--沖縄、北方領土 | Comments(2)

5年ぶり、いや6年ぶりでしょうか。先日、郷里の高知に足を運んできました。高知と言えば、台風銀座。私の子供時代も随分と強い台風が何度も襲来した記憶があります。板塀が全部倒れたり、床下で濁流が渦巻いたり。子供にとっては、そんな「非日常」は怖さの一方で、ワクワクもするもので、まだ存命だった祖父が馬鹿力で畳を飯台の上に揚げていた光景などを思い出します。

その高知で、沖縄と台風の話になりました。昨年(2004年)、日本に上陸した台風の数は10個であると本土では言っているが、沖縄では13個と言っていると。そんなことがあるのか?と思ったのですが、私の認識不足だったようです。

ムジュウカラのチャンネルさんのブログ内に「今年、台風は日本に何回来たか」というエントリがありました。内容はこうです。

(以下引用。一部略)
大きな被害をもたらした台風23号について、NHKは「日本に上陸した10回目」の台風と放送していた。一方琉球朝日放送はストリーミング動画ニュースで13回目と放送していた。一体、何回目が正解なんだろう。それとも両方とも正しくて、沖縄は日本じゃないからというのが正しいとらえ方なんだろうか。

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by masayuki_100 | 2005-02-24 16:56 | |--沖縄、北方領土 | Comments(0)

北方領土が遠くなる

一連の鈴木宗男衆院議員の事件に関連し、国際学会への派遣費用などを外務省関連団体「支援委員会」(廃止)に不正支出させた背任事件、および国後島の発電施設工事を巡る入札妨害事件(背任と偽計業務妨害罪)で、外務省国際情報局の佐藤優・元主任分析官(45)が有罪判決を受けました。懲役2年6月、執行猶予4年です。 裁判長は判決で、「外務省に対する鈴木宗男・前衆院議員の影響力に乗じ、ロシアや北方四島の支援事業を害した」と述べたそうです。

この判決を聞いて、とてもやるせない、なんとも言えぬ気分になりました。

私は東京勤務時代のうち、1999年から2001年にかけて外務省を担当していました。北海道新聞といえば、当然、北方領土問題ですから、取材の軸は対ロシア外交、北方領土問題になります。ちょうど鈴木宗男氏が絶頂期にあったころで、その周囲には、いつも佐藤優・主任分析官(ここでは便宜上、「元」を省略します)がいました。従って、佐藤分析官とはそれなりの付き合いがありましたし、国後島に私が足を踏み入れた際も彼は一緒でした。その深い洞察力にはいつも驚かされた記憶があります。

佐藤分析官らが関係した「事件」については、まだ係争中であり(佐藤分析官は控訴する意向)、事件そのもには言及しません。しかし、領土交渉史の中では、ちゃんと業績は業績として位置付けておくべきではないかと思うのです。

佐藤分析官の口ぐせは「四つの島は戦争でソ連に奪われた。戦争で奪われた領土を交渉によって取り戻す。そんな例は世界史では稀有だけれど、戦後の日本が戦争をしないと決めた以上は、ひたすら交渉するしかない」というものでした。「領土交渉は形を変えた戦争(=情報戦)」というのも、口ぐせでした。事件当時、外務省の主流派や自民党の森派などからは「外務省は鈴木宗男議員と佐藤優氏に乗っ取られている」といった言葉が、盛んに流されました。二人が権勢を誇っていたことは間違いありませんが、しかし、ものごとはそう単純なものではなかったと思います。

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by masayuki_100 | 2005-02-17 04:32 | |--沖縄、北方領土 | Comments(5)