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ニュースの現場で考えること

「糞バエ」

スミヤキスト通信ブログ版さんが「辺見庸氏の罵倒」という一文を書いている。そこに引用されている辺見氏の近著を私は読んでいないが、会社員記者を「糞バエ」と呼んだ氏の文章は、以前にもあった。「永遠の不服従のために」か、「いま抗暴のときに」か、あるいは別の一冊だったか。詳細は忘れてしまったが、辺見氏は過去、幾度か、わたしもそうである会社員の新聞記者・放送記者に対し、「糞バエ」か、それに類する激烈な言葉を投げかけた。

新聞労連委員長だった共同通信社の美浦さんは「辺見庸氏の罵倒に答えてみたい」という文章を書かれている。それらを読んでいたら、あの辺見氏の激烈な言葉を目にしたときの、言いようのない、深い絶望感のような感覚を思い出した。

私が「糞バエ」を初めて目にしたのは、たぶん、2001年ごろである。東京で経済官庁の取材を担当していた。日々の仕事にそれなりの刺激はあったけれど、一方で、役所の広報マンじゃあるまいに、役所が主語の記事をこんなにも書き続けて喜んでいる俺はどうかしている、という思いも抱えていた。

「糞バエ」を記者仲間に読ませたとき、「いくら何でもここまで言うか?」という感想が返ってきた。それがたぶん、一般的な感想だろうと思う。書いてあることは正論だが、その正論はなかなか組織の中では通じないんだよ、会社あっての個人だから、と。

そういう声に対し、辺見氏は種々の著作の中で、問うている。で、君は、組織の中でどう抵抗したのか? 戦争反対の誰かのインタビューを取りに行くのもいいけれど、そんなのは簡単だろう、それよりも日々戦え、と。虚飾に満ちた紙面を脇に置き、記者たちの内臓に手を突っ込むような激しい言葉で迫ってくるのだ。識者の「反戦談話」を取り、それを紙面に載せることで、日本の平和に寄与したような感覚になる記者を、彼は許そうとはしない。それは偽善だ、と。足元で戦えない者は、結局、戦えないのだ、と。私なりの解釈では、辺見氏はそう繰り返している。

「糞バエ」と言われて、それに反論する気持ちにはなれなかった。ひたすら落ち込んだ。今もそうかもしれない。ただ、一方では、自分自身と自分の行動に対する、もっと深い洞察が必要だと思った。もし万が一、「自分は糞バエではない」と胸を張って言えるとしたら、それはどんな姿なのだろうかと、それをもっと深く考え、行動すべきだと。そして、今もそうなのだが、あの激烈な言葉を読むと、自分の心の奥底に、なにか、ずっしりとした、例えば、マグマのようなものが燃えているように感じることがある。そこからはいつも、「このままじゃ、いかんだろ」という声が発せられているように感じるのだ。夜逃げのように慌しい引越し作業の中、ロンドンへの荷物の中に辺見氏の本を半ば無意識に何冊も詰め込んだのは、その何か燃えるようなものを、時々、呼び起こしたいという気持ちがどこかにあったからなのだと思う。
by masayuki_100 | 2006-08-30 11:59 | ★ ロンドンから ★