「真実 新聞が警察に跪いた日」を柏書房から出版しました。北海道警察の裏金問題をめぐる報道、その顛末を「私」の目線で切り取った1冊。一連の問題の総括です。
by masayuki_100
ようこそ高田昌幸のブログへ
「@Fukushima 私たちの望むものは」も発売中です。原発事故以来、福島にとどまる人、去った人、福島や原発に関係を持つ人、そういった人たちは何を思い、何を考え、どんな望みをいだいてきたのか。大メディアでは伝えきれない、切々とした思い。そんな生の声にじっくりと耳を傾けてきました。クリックして、ぜひご覧ください
「@Fukushima 私たちの望むものは」の前作とも言える「希望」はこちらです。ふつうの人々の声に耳を傾け、聞き取ることの大切さ、すばらしさをお分かりいただけると思います。クリックすると、「まえがき」を読むことが出来ます。
「権力vs調査報道」は権力監視型の調査報道に関する(おそらく)これまで日本になかった書物です。「リクルート報道」「大阪地検特捜部検事による証拠改竄」など調査報道に携わった記者たちに取材手法などをインタビューしました。
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北海道警察の裏金問題 その報道の記録
北海道警察裏金問題の報道をめぐる裁判とジャーナリズムのあり方
記者会見・記者室の完全開放を求める会
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「報道する側 問われる距離感」
The Journal 「新聞社のデスク席から」
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駆け出し時代のことなど
相変わらずパタパタと忙しく、夜はいろんな方と連日のように遅くまで飲む日々が続いている。昨夜は文字通り、北は北海道から南は沖縄までの地方紙、それに通信社の方々(主に営業・広告・メディア部門)が集まる会合が東京・丸の内であり、夜は酒席に流れた。昼間の会合できちんと話すのも大事だし、その延長線でわあわあと飲むのも楽しい。
で、その席で、駆け出し記者時代のことが話題になり、当時のいろんなことを思い出した。私が北海道新聞社に入社したのは1986年4月である。もう20年近くも前の話だ。
20日間ほどの研修を終えて赴任地の小樽に1人到着し、上司の方々に挨拶すると、そのうちの1人が「おめえ、挨拶くらいはできるみたいだな」と言う。本当に「おめえ」というのだ。この人はかなり怖いデスクで、私はその後、心の中でひそかに「おめえのデスク」と呼んでいた。
「でな、君の担当は水族館だから。市役所の記者クラブに席は置いてもらうが、担当は水族館だ」。事件事故の修羅場や深層・潜行取材が明日から始まるものと思い込んでいた私は、かなり拍子抜けした。新聞記者に関する本や映画に事前に触れすぎ、想像が膨らみすぎていたのかもしれない。
当時も今も、「おたる水族館」は北海道随一の、そして全国でも指折りの水族館である。でもなあ、水族館かぁ、取材の相手はトドさんやペンギンさんかぁ・・・半ば戸惑い、その後はヒマさえあれば水族館に通う日々が続いた。私にも意地みたいなものがあって、「水族館担当」と言われた以上、これでもかこれでもか、と思うくらい水族館の記事を書いた。内容はもう明確には記憶していないが、「ペンギンの赤ちゃんが生まれた」「ラッコが大人気」「イルカが芸を特訓中」とか、そんな感じである。何しろ、おたる水族館は道内随一の施設なのだ。1種類ずつ取り上げても、数ヶ月は持ちそうな感じである。
もちろん、書いた原稿は次々にボツになる。このデスクはとにかく怖く、厳しい人だった。当時は紙の原稿用紙にペンで書いていたのだが、出来た原稿をデスク席に持っていくと、サーっと見ただけで、デスク席脇の大きなごみ箱にポイされる。「あの、どこが悪いんでしょうか?」と聞くと、「そんなことは自分で考えれ!」。何回かそんなことを繰り返したあとで、ようやく、「やっと分かってきたみたいだな」と言ってくれるのである。
1年くらいたったころ、こんなこともあった。
このデスクから早朝に電話でたたき起こされた。6時前後だったと思う。「タイムス見たか?」。今は廃刊となったが、当時は「北海タイムス」という日刊紙がライバル紙の一つだったのだ。「タイムス見たか? やられてるべ」「いえ、見てません」「見てから電話すれ!」。小樽警察署のすぐ近くに住んでいた私は、大急ぎで署へ行き、当直室に「タイムス見せてください」と駆け込んだ。1面、小樽版、社会面にくまなく目を通す。何も重要な記事は出ていない。で、私は電話をかけなおし、こんなやり取りになった。
「高田です、タイムス、見ました」
「やられてるべ」
「いえ、何も出てませんが」
「タイムスに先を越されたの、分からないのか」
「何も出てません」
「小樽版を見てみろ、その左側に出てるべ」
「??」
「小樽の都通り商店街に雛祭り人形が並び始めた、って。その記事、出てるな?」
「はぁ」
「(ここから大声)おめえ、おれが少し前に言ったろうが。雛人形が店先に出てるから記事にしろ、って。季節ものの記事だからって、適当にやるんじゃねえ。こういうものであっても、先にやられたら悔しいと思わないのか? え、どうなんだ? こういうものでも先に書かれて、それで悔しいと思わなかったら記者じゃねえぞ」
もうとっくに退職されたが、そのデスクからは実に多くのことを教わった。失礼な言い方を承知で言えば、社内的には「出世」と無縁の方だった。とにかく厳しいし、よく怒るのだが、「理不尽」は、全く無かったと思う。「とにかく街を歩け。外に出ろ。記者クラブにこもるな」と言われた。「同僚記者と飲んで楽しいか? どうせ飲むなら街の人、ふつうの人と飲んだ方が何倍も楽しいだろ」「群れるな。記者が群れているのは見苦しいぞ」「小樽みたいな小さな街だと、1日3人は新しい人に会え。それも、会って名刺を出したとき、名刺を返さないような人(名刺を持っていないような人という意味)に会え」。そんなことを繰り返し言われた。
小樽勤務は通算3年半だった。ちょうど小樽運河沿いの遊歩道が整備され、道内屈指の観光都市として小樽が離陸を始めた時期だった。役所や警察の幹部とも会ったし、商業関係者も会ったし、街の人にも数え切れないくらい会った。来る日も来る日も原稿を書き続け、多いときは1日5-6本書いたと思う。職業別電話帳(当時はハローページとは言わなかった)をめくり、「小樽には職人が多いなあ」と気付いて、そういう人たちの生き様を30回の連載にしたこともある。それがきっかけの一つになって、小樽は「職人のまち」として名が知られるようにもなった。そういうことがあると、「ああ、記者をやっていて良かったな」と心底思う。
先日、「記者クラブ制度」問題をテーマにしたシンポジウムが東京であって(内容は日刊ベリタの「アジア記者クラブ通信」に掲載)、その場では「いまの記者クラブ制度はイカン」みたいな、いつも私が主張しているようなことを縷々語った。昨日の東京・丸の内のイベントでも、「紙媒体としての新聞はこのままではダメになるだろう。だからネットを使って、あんなことやこんなことを試してはどうか」みたいな話を繰り返した。
私は、人に会って話を聞き、それを伝えるという仕事自体は、昔も今も本当に楽しい、と思っている。外に出て行けば行くほど、その楽しさは倍増していく。もちろん、報道機関には変えないといけない部分はたくさんあるし、私もそう主張し続けている。しかし、その動力になっているのは「記者の仕事は面白いよ」である。特に地方紙はそうだと思う。読者・市民と記者の距離が近く、双方ともが「土着」だ。その距離感をどう認識し、どうやって取材に生かしていくか。そのあたりが、今後のメディアの有り様の大きなキーワードになっていく。ぼんやりとではあるけれど、ある種、確信を持ってそう考えている。
Tracked from ある編集者の気になるノート at 2005-11-27 21:34
Commented at 2005-11-27 13:51 x
Commented by JCJ機関紙部員g at 2005-11-27 23:48 x
Commented by 某 at 2005-11-29 09:39 x
で、その席で、駆け出し記者時代のことが話題になり、当時のいろんなことを思い出した。私が北海道新聞社に入社したのは1986年4月である。もう20年近くも前の話だ。
20日間ほどの研修を終えて赴任地の小樽に1人到着し、上司の方々に挨拶すると、そのうちの1人が「おめえ、挨拶くらいはできるみたいだな」と言う。本当に「おめえ」というのだ。この人はかなり怖いデスクで、私はその後、心の中でひそかに「おめえのデスク」と呼んでいた。
「でな、君の担当は水族館だから。市役所の記者クラブに席は置いてもらうが、担当は水族館だ」。事件事故の修羅場や深層・潜行取材が明日から始まるものと思い込んでいた私は、かなり拍子抜けした。新聞記者に関する本や映画に事前に触れすぎ、想像が膨らみすぎていたのかもしれない。
当時も今も、「おたる水族館」は北海道随一の、そして全国でも指折りの水族館である。でもなあ、水族館かぁ、取材の相手はトドさんやペンギンさんかぁ・・・半ば戸惑い、その後はヒマさえあれば水族館に通う日々が続いた。私にも意地みたいなものがあって、「水族館担当」と言われた以上、これでもかこれでもか、と思うくらい水族館の記事を書いた。内容はもう明確には記憶していないが、「ペンギンの赤ちゃんが生まれた」「ラッコが大人気」「イルカが芸を特訓中」とか、そんな感じである。何しろ、おたる水族館は道内随一の施設なのだ。1種類ずつ取り上げても、数ヶ月は持ちそうな感じである。
もちろん、書いた原稿は次々にボツになる。このデスクはとにかく怖く、厳しい人だった。当時は紙の原稿用紙にペンで書いていたのだが、出来た原稿をデスク席に持っていくと、サーっと見ただけで、デスク席脇の大きなごみ箱にポイされる。「あの、どこが悪いんでしょうか?」と聞くと、「そんなことは自分で考えれ!」。何回かそんなことを繰り返したあとで、ようやく、「やっと分かってきたみたいだな」と言ってくれるのである。
1年くらいたったころ、こんなこともあった。
このデスクから早朝に電話でたたき起こされた。6時前後だったと思う。「タイムス見たか?」。今は廃刊となったが、当時は「北海タイムス」という日刊紙がライバル紙の一つだったのだ。「タイムス見たか? やられてるべ」「いえ、見てません」「見てから電話すれ!」。小樽警察署のすぐ近くに住んでいた私は、大急ぎで署へ行き、当直室に「タイムス見せてください」と駆け込んだ。1面、小樽版、社会面にくまなく目を通す。何も重要な記事は出ていない。で、私は電話をかけなおし、こんなやり取りになった。
「高田です、タイムス、見ました」
「やられてるべ」
「いえ、何も出てませんが」
「タイムスに先を越されたの、分からないのか」
「何も出てません」
「小樽版を見てみろ、その左側に出てるべ」
「??」
「小樽の都通り商店街に雛祭り人形が並び始めた、って。その記事、出てるな?」
「はぁ」
「(ここから大声)おめえ、おれが少し前に言ったろうが。雛人形が店先に出てるから記事にしろ、って。季節ものの記事だからって、適当にやるんじゃねえ。こういうものであっても、先にやられたら悔しいと思わないのか? え、どうなんだ? こういうものでも先に書かれて、それで悔しいと思わなかったら記者じゃねえぞ」
もうとっくに退職されたが、そのデスクからは実に多くのことを教わった。失礼な言い方を承知で言えば、社内的には「出世」と無縁の方だった。とにかく厳しいし、よく怒るのだが、「理不尽」は、全く無かったと思う。「とにかく街を歩け。外に出ろ。記者クラブにこもるな」と言われた。「同僚記者と飲んで楽しいか? どうせ飲むなら街の人、ふつうの人と飲んだ方が何倍も楽しいだろ」「群れるな。記者が群れているのは見苦しいぞ」「小樽みたいな小さな街だと、1日3人は新しい人に会え。それも、会って名刺を出したとき、名刺を返さないような人(名刺を持っていないような人という意味)に会え」。そんなことを繰り返し言われた。
小樽勤務は通算3年半だった。ちょうど小樽運河沿いの遊歩道が整備され、道内屈指の観光都市として小樽が離陸を始めた時期だった。役所や警察の幹部とも会ったし、商業関係者も会ったし、街の人にも数え切れないくらい会った。来る日も来る日も原稿を書き続け、多いときは1日5-6本書いたと思う。職業別電話帳(当時はハローページとは言わなかった)をめくり、「小樽には職人が多いなあ」と気付いて、そういう人たちの生き様を30回の連載にしたこともある。それがきっかけの一つになって、小樽は「職人のまち」として名が知られるようにもなった。そういうことがあると、「ああ、記者をやっていて良かったな」と心底思う。
先日、「記者クラブ制度」問題をテーマにしたシンポジウムが東京であって(内容は日刊ベリタの「アジア記者クラブ通信」に掲載)、その場では「いまの記者クラブ制度はイカン」みたいな、いつも私が主張しているようなことを縷々語った。昨日の東京・丸の内のイベントでも、「紙媒体としての新聞はこのままではダメになるだろう。だからネットを使って、あんなことやこんなことを試してはどうか」みたいな話を繰り返した。
私は、人に会って話を聞き、それを伝えるという仕事自体は、昔も今も本当に楽しい、と思っている。外に出て行けば行くほど、その楽しさは倍増していく。もちろん、報道機関には変えないといけない部分はたくさんあるし、私もそう主張し続けている。しかし、その動力になっているのは「記者の仕事は面白いよ」である。特に地方紙はそうだと思う。読者・市民と記者の距離が近く、双方ともが「土着」だ。その距離感をどう認識し、どうやって取材に生かしていくか。そのあたりが、今後のメディアの有り様の大きなキーワードになっていく。ぼんやりとではあるけれど、ある種、確信を持ってそう考えている。
タイトル : 会社の宴会、楽しいですか?
これ、どうということもない記事なんですが、出版関係のコメントがツボにはまって。今どきの“会社宴会” 常識・非常識(All About)女性社員は上司にお酌をするのが当然?「お酌はしていません。みんな、淡々とそれぞれに…という感じ。あまり盛り上がらないので、楽しくないです。おじさんが多い会社だからでしょうか」(出版)うちの会社、そっくりです。特に編集の人間はマイペースだし、おっさんはおっさんで妙な盛り上がり方をしているし。そもそも出版社って、人によって働くリズムも違えば、社外の用事も多いので。社員全員で......more
これ、どうということもない記事なんですが、出版関係のコメントがツボにはまって。今どきの“会社宴会” 常識・非常識(All About)女性社員は上司にお酌をするのが当然?「お酌はしていません。みんな、淡々とそれぞれに…という感じ。あまり盛り上がらないので、楽しくないです。おじさんが多い会社だからでしょうか」(出版)うちの会社、そっくりです。特に編集の人間はマイペースだし、おっさんはおっさんで妙な盛り上がり方をしているし。そもそも出版社って、人によって働くリズムも違えば、社外の用事も多いので。社員全員で......more
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
はじめまして。
私は、地方紙への就職を考えている理系の大学院生です。
今回の記事も大変に面白く、また、興味深く読ませていただきました。
駆け出し時代のお話からは”記者が得る充実感”みたいなモノがよく伝わってきました。
"新聞と読み手との距離が、今後のメディアの方向性を示す鍵となる"
という指摘について、お聞きしたいことがあります。それは、新聞がとるべき距離感はどこにあるのか、という事です。
私自身は記事を二種類に分けて見ています。それは、読み手にとって"身近な記事"と"身近ではない記事"です。どちらに力を入れるか、新聞社の規模や方針によって違うとはおもいます。また、読み手の層によっても方針の違いはある事もわかります。
そして、通信技術やサービスが多様化に伴いメディアの種類も多様になっています。それぞれのメディアでターゲットとする読み手が違うでしょうね。
私は、地方紙への就職を考えている理系の大学院生です。
今回の記事も大変に面白く、また、興味深く読ませていただきました。
駆け出し時代のお話からは”記者が得る充実感”みたいなモノがよく伝わってきました。
"新聞と読み手との距離が、今後のメディアの方向性を示す鍵となる"
という指摘について、お聞きしたいことがあります。それは、新聞がとるべき距離感はどこにあるのか、という事です。
私自身は記事を二種類に分けて見ています。それは、読み手にとって"身近な記事"と"身近ではない記事"です。どちらに力を入れるか、新聞社の規模や方針によって違うとはおもいます。また、読み手の層によっても方針の違いはある事もわかります。
そして、通信技術やサービスが多様化に伴いメディアの種類も多様になっています。それぞれのメディアでターゲットとする読み手が違うでしょうね。
こんにちは。JCJ機関紙部g (てイニシアルはgじゃないけど、続けて読むとブーイングになるかなというくだらないネーミング)です。
機関紙に『ブログジャーナリズム』の紹介をしました。版元さんに掲載紙を送ろうと思って、(本を若い人に貸しちゃったので)、高田さんのブログに出版社のURLがないかなと、探しにきたらこのエントリーにひっかかっちゃいまして・・・・。
前にJCJ機関紙編集長をしていた毎日新聞の大野晃さんが、自分が駆け出しの頃、やはり先輩にいびられた話など、いろいろしてくれました。警察に取材して記事を出すと、「で、ホシはどの窓から入ったんだ? 」などと聞くのですって。 警察官が言っていなくて、記事にも特段必要なさそうなことでも、そうやって「ちゃんと現場を踏め」と口には出さずに、ある意味ではいじめみたいにして教え込むのだという話など、いろいろ聞きました。
そうした昔の記者修行をこれから復活させるわけにも行かないでしょうが、記者の仕事の雰囲気というか手触りは、もっとマスメディア以外の人にも伝えられてもいいのにな、と思います。
機関紙に『ブログジャーナリズム』の紹介をしました。版元さんに掲載紙を送ろうと思って、(本を若い人に貸しちゃったので)、高田さんのブログに出版社のURLがないかなと、探しにきたらこのエントリーにひっかかっちゃいまして・・・・。
前にJCJ機関紙編集長をしていた毎日新聞の大野晃さんが、自分が駆け出しの頃、やはり先輩にいびられた話など、いろいろしてくれました。警察に取材して記事を出すと、「で、ホシはどの窓から入ったんだ? 」などと聞くのですって。 警察官が言っていなくて、記事にも特段必要なさそうなことでも、そうやって「ちゃんと現場を踏め」と口には出さずに、ある意味ではいじめみたいにして教え込むのだという話など、いろいろ聞きました。
そうした昔の記者修行をこれから復活させるわけにも行かないでしょうが、記者の仕事の雰囲気というか手触りは、もっとマスメディア以外の人にも伝えられてもいいのにな、と思います。
報道記者の修業が、めっきり少なくなっているのでしょうね。
ガ島通信さんとIrregular Expressionさんの「News23」関係の記事をみていると、テレビ局の事実確認「修業」は、どうなっているのだろうと思いますね。
あれでは、デスク機能さえ崩壊している。
ブログ間のシステムの相性が悪いみたいですから(笑)、News23の記事をURLにしておきました。
ガ島通信さんとIrregular Expressionさんの「News23」関係の記事をみていると、テレビ局の事実確認「修業」は、どうなっているのだろうと思いますね。
あれでは、デスク機能さえ崩壊している。
ブログ間のシステムの相性が悪いみたいですから(笑)、News23の記事をURLにしておきました。
>>村田様
テレビ(民放)の報道の実力は昔からあんなもんですよ。
民放の記者は新聞に比べて明らかに力が劣ります。
きっちり良い仕事をしてくるのは、新聞からの転職組くらいのものです。
テレビ(民放)の報道の実力は昔からあんなもんですよ。
民放の記者は新聞に比べて明らかに力が劣ります。
きっちり良い仕事をしてくるのは、新聞からの転職組くらいのものです。
b2crossさま。
>新聞がとるべき距離感はどこにあるのか
これを簡潔に言うのは相当に難しいことですが、簡単に言うと、もっと広く世間を歩かねばならない、という感じです。東京にいると、特に実感するのですが、「どんな内容を誰に向かって書くのか」という問いを、常に自分自身に発していなければならない。それに尽きる感じです。東京に居るよりも、地方の方が読者と取材者の距離は、間違いなく近いです、、、って答えになっていませんね m(_ _)m
>新聞がとるべき距離感はどこにあるのか
これを簡潔に言うのは相当に難しいことですが、簡単に言うと、もっと広く世間を歩かねばならない、という感じです。東京にいると、特に実感するのですが、「どんな内容を誰に向かって書くのか」という問いを、常に自分自身に発していなければならない。それに尽きる感じです。東京に居るよりも、地方の方が読者と取材者の距離は、間違いなく近いです、、、って答えになっていませんね m(_ _)m
村田さま。コメントをありがとうございました。
>報道記者の修業が、めっきり少なくなっているのでしょうね
私も「修業」は大事だと思います。ただ、過去の修業は前近代的な教育制度(そもそもシステム化された記者の教育制度など新聞業界には無かったように思います)と裏表であり、大袈裟に言えば、問答無用の「徒弟制度」に乗っかっていたことが不幸だったと思います。ただし、どこの組織でも通用する「記者教育システム」が存在するとも思えないんです。
悩ましい限りですが。
>報道記者の修業が、めっきり少なくなっているのでしょうね
私も「修業」は大事だと思います。ただ、過去の修業は前近代的な教育制度(そもそもシステム化された記者の教育制度など新聞業界には無かったように思います)と裏表であり、大袈裟に言えば、問答無用の「徒弟制度」に乗っかっていたことが不幸だったと思います。ただし、どこの組織でも通用する「記者教育システム」が存在するとも思えないんです。
悩ましい限りですが。













