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ニュースの現場で考えること

マスメディアの説明責任

続々・NHK番組への「政治介入」と題した私のエントリーについて、takaさんから「その1」「その2」「その3」とコメントをいただきました。ありがとうございました。だんだんと朝刊作業が忙しくなる時間帯に差し掛かってきたので、詳細はゆっくりと私なりに考えを整理したうえで記したいと思いますが、それとは別に、いまの時点で思うことを少し書いておきたいと思います。
(■部分がtakaさんのコメントの引用です)


■「意見は、政治家がNHKに届けるものではなく、我々一般市民が届けるもの」では、NHKをはじめ報道に携わるマスコミ各社は「一般市民」の意見を真摯に受け止めているのでしょうか? 例え一市民の抗議であっても、それが合理的であり事実に基づいたものであればその抗議を正しく報じ、抗議対象の報道に対して検証・修正の作業を行うのでしょうか? 私の知る限り、そのような姿勢をもったマスコミは見たことありません。抗議が殺到し問題が大きくなって"やっと"対応するのがマスコミの実態じゃないでしょうか。■

 おっしゃることは、良く理解できます。いまの新聞・テレビには色々と欠けているものがあると私も感じます。その大きな一つは「間違ったことは間違ったと認め、検証する姿勢」でしょう。どうしてか良く分からないのですが、新聞は間違いを犯さないものだという「無謬神話」に今もなお、内部の人間がとりつかれ、自重自縛になっている部分があるように思います。間違いや不公正な報道はしないよう最大限の努力はもちろん必要ですが、不幸にして何かの理由で、間違いが生じることはあります。ただ、そうした場合、これまでは読者に対する「説明責任」が弱すぎた、と思います。この部分だけは何としても変えていかなければならない、と私は考えています。大きな部分では(別のエントリーで記しましたが)、今の事件事故報道はソースを明示しないという意味で根本的に説明責任を怠っていると思うし、間違った記事が出た場合の説明・検証も弱い。これは私の勤務先だけでなく、どの新聞も大なり小なり同じだと思います。



 ただ、こうした改善は残念ながら、一夜にして達成できるものではないことも事実です。「なんだ、口先だけか」と言われてしまいそうですが(そう思われて見切られても仕方ないかもしれません。それだけ自己の力でこれまで改革できなかったのですから)、組織の中では一人の力はそう大きなものではありませんし、内部にも種々の意見があるし、外部の方からすれば、じれったいほど変革は進んでいないでしょう。それほどまでに組織が古びていると言えるのかもしれません。

 「抗議の内容」については、2種類あると思います。明白な事実関係の誤認に関するもの、そして、ものごとに対する評価や意見に関するもの、です。前者については、だれからの指摘であってもきちんと検証し、誤りが確定すれば速やかに訂正すべきです。読者からすれば、不十分というほかはないでしょうが、そのようなことは実際に今も行われています。
 問題は後者でしょう。「評価や意見」に関する部分は、例えば、「偏向があったかどうか」ですが、意見が真っ二つに割れる問題では双方の意見を等しい分量で報じるとか、色々方法はあるのかもしれません。しかし、究極的には政府にも新聞社にも利害関係のない、本当の意味での第3者機関をつくり(各新聞社がすでに設けている「読者委員会」組織とは違う組織です。具体像は上手く説明できません)、そこで種々検討し、その論議の過程をオープンにすることによって、読者の方々に「ああ、やっぱり偏っている」「そうでもない」などと判断してもらう以外に方法がないのではないか、と最近感じています。その結果、「この媒体はダメだ」と見切られたメディアはやがて淘汰されていく。独占的にその地域をカバーしている地方紙などは代替紙が簡単にない場合もありますが、それでも淘汰の波から無縁ではいられないと思います。

「抗議の主体」については、それがふつうの一市民であり、かつ「評価や意見」に関する内容だった場合、一つ一つの抗議について「抗議があった」と紙面で報じることは、現実には困難だと思います(紙幅の問題です)。政治家など公職に就いている方や団体の代表者などの場合は、一定の数の人々を代表しての意見・評価なわけですから、その抗議自体を記事にするケースもあり得ると思います。

現在のメディアが抱える大きな問題は、読者や視聴者の抗議・意見等に対し、メディア側がどれほど丁寧に説明しているか、ということに尽きます。それは、takaさんはじめ、みなさまの指摘される通りだと考えています。

■一市民の抗議は無視、"国民の代表"であり権力者である政治家の抗議は言論の自由の妨害、これではマスコミはどんなものにも干渉されない治外法権の権力です。■

「政治家の抗議は妨害」と書かれていますが、これは元になった私のエントリーが舌足らずだったことが原因かもしれません。私は政治家一般の抗議(この場合、「評価・意見」の方です)がダメだと言っているのではなく、「予算や許認可権限等を背景に、政権やその与党の有力者が直接媒体の幹部に抗議なり意見なりを行えば、その意図はどうあれ、受け手は圧力と感じることがあるのではないか、ならば、密室ではなく、記者会見等で広く一般にそれを言う方がいい」という趣旨です(まだ舌足らずのような気もしますが)。

<以下は「その3」からの引用です>
■"公正な報道、両論併記"は放送法にも明記された報道の義務です。政治家に言われようが言われまいが公正に報道する義務があるのです。番組が"公正"なものであると判断して作成したのなら"公正な報道を"もとめた政治家のいうように、そのままの内容を放送すればいいじゃないですか。番組を作成した組織自身が、その内容が公正だという信念が持てないような番組を作ったのなら、その内容を放送することが問題です。一市民であれ政治家であれ「この番組は偏向してるのではないか」などの批判を隠すことなく受け止め、真正面から反論もしくは修正していくのが「言論の自由」ではないですか?■

 正論だと思います。「公正さ」の判断(=主にある事象に対する「評価」を指しています)については、最終的には先に書いたように、第三者機関で議論し、それを開陳することが一番理にかなっているような気がしていますが、takaさんが「その3」の、特に後段で書かれていることはその通りだと思います。

 少し話はそれますが、私は時々、この仕事に就いていることについて、言いようのないほど恥ずかしい思いをすることがあります。悲惨な事件が起きるたび、何の落ち度もない被害者宅等に殺到し、静かにしていたい人々にマイクや録音機を向け、コメントを取ろうとする。たぶん、関係者は身を切られる思いでしょう。多くの人が注目している「事件」に関連し、あるとき、私は「そんなコメントを取る必要はない」と指示を出したことがあります。ふつうなら取材した上で、内容によって記事にするかどうかを判断するわけですから、「デスク失格だ」と言われたら、返す言葉はありまん。でも、その指示は間違っていなかったと自分に言い聞かせる。日々のデスクワークをこなしながら、「改革」を考え、少しでも一歩進もうという作業は、そんな感じです。

 何もかも投げ出したくなることも一度や二度ではありません。なんだかんだと言っても、ある程度の規模を持つ組織では、一人一人の力など知れています。じれったくて叫びたくなるときもあり、嫌気が指して何も考えたくないときもある。真面目に突き詰めて考えれば考えるほど、そんな思いに至ります。北海道警の裏金問題を続けているときも(内容はここでは書けません)、表現のしようがないほど暗い気持ちになったことが何度もあります。

 私は2002年秋まで5年ほど東京で政治・経済の取材を担当しました。付き合う相手は政治家や省庁の幹部、大企業の幹部、それぞれの広報担当者らが大半で、気を付けていたつもりなのに、いつの間にか自分が偉くなったように錯覚していたのだと思います。それを思い知ったのが、北海道に戻ってすぐのころです。

 ある取材で日本海側の寒村に行きました。そこで70歳くらいのおばあさんに会い、「札幌に行くのは月に2回、病院に行くときだけ。あとはずっとこの村に一人で居る」という話を聞きました。子供たちは札幌や東京に行き、滅多に帰って来ない。住宅もお世辞にも立派とはいえない。食べる野菜を庭の周囲で育て、魚は地区の漁師から時々分けてもらい、、、そんなギリギリの生活でした。そのあばあさんも読者でした。
 その少し前、ある工場団地の近くの家庭を訪ねました。母一人、小さな子供二人。生活保護もなく(どういう理由かは聞けませんでした)、子供を夜間保育などに預けながら、30代の彼女も懸命に生活していました。その彼女も読者でした。

 恥ずかしながら、ああ、私はこういう人たちに向かって記事を書いている、もっともっと地べ
たを這うように色んなところへ足を運び、いろんな声を聞かないといけないな、それを忘れかけていたな、と思いました。どんな記事が明日載るのか分からない、そんな商品に毎月5千円近いお金を払ってもらっている、その重さをもっと感じなければならない、と。その後、デスクになり、現場に足を運ぶ機会は物理的にかなり制約されるようになりましたが、この仕事に就いている限りは、そういう思いだけは捨ててはいけないと言い聞かせています。

長い文を読ませてしまい、申しわけありませんでした。ここまで書いて、willさんからもコメントで指摘を頂いていることに気付きました。この文章で代弁できない箇所があれば、また改めてコメントなりで御返答したいと思います。
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by masayuki_100 | 2005-01-14 20:41 | |--報道への「介入」とは