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ニュースの現場で考えること

国鉄時代の懐中時計と、JR西日本の事故

3度目になるが、JR西日本の列車事故について、また少し書いておきたい。

以前のエントリ、「ふるさと銀河線、消える」にも書いたが、私の父は国鉄マンだった。最後は、高知県の名もなき駅(駅員3人)で退職した。その父もやはり国鉄の優秀さは自慢だったようで、「日本の国鉄は世界一正確じゃき」とよく語っていた。

今はどこに行ってしまったか、分からないが、当時、父は国鉄の懐中時計を常に持ち歩いていた。文字通りの「手のひらサイズ」で、耳に当てると、チッチッと秒針の小さな音がする。銀色の蓋が付いており、裏側には確か、「JNR」「日本国有鉄道」の2種類の文字が刻印されていたように思う。セイコー製で、それが、世界に正確さを誇った「国鉄」の象徴だった。

だが、尼崎の事故の後で思えば、あの正確さは、なんと言うか、ある種の牧歌的な環境の中でこそ、可能だったのではないかと思えてくる。。。。駅員がホームで懐中時計に目を落とす。乗客はとっくに乗車・降車を済ませている。後続の列車がすぐ真後ろに迫っているわけでもない。列車自体が急加速できるような性能を持っていないし、運転席には2人も乗務している。やがて、発車時刻が近づく。駅員が笛を鳴らす。。。そんな環境だったのだ。

あのころ(昭和50年代後半ごろまで)は、そんな感じだった。四国やその他、田舎だけの風景だったのかもしれない。都会はその当時も、とっくに、今みたいな「過密ダイヤ」だったのかもしれない、とは思う。でも、「210.153.236.31 」さんが、私の前回のエントリ「JR西日本の事故と、いくつかの数字、過去記事」のコメント欄で教えてくれたJR宝塚線(福知山線)の変貌ぶりは、やはりすさまじい。数字を見ていると、息をのむ。

(以下、コメントから引用)

↓平日データイムのJR宝塚線上りにおける並々ならぬ努力の例

a. 列車本数増発
  1987年 毎時03本 平均時隔20分(各停3)
  2005年 毎時10本 平均時隔06分(各停4,快速6 特急は除く)
b. 所要時間短縮
  1987年 宝塚→大阪約30分(各停)営業最高速度110km/h(105?)
  2005年 宝塚→大阪約22分(快速)営業最高速度120km/h
c. 運転系統見直し
  1987年 大阪行のみ
  2005年 ↑+京都線・学研都市線への乗り入れ+快速の設定


乗客が速さと安さを求めた結果か、会社がそのような利便性を売り物にした結果か、それは人によって見方は異なると思う。しかし、このような「結果」は、厳然として、そこにある。そして、JR西日本では、「1秒」単位で運行を管理していた(つまり1秒単位で列車運行にかかわる人間を管理していた)というニュースに、愕然としてしまう。




JR尼崎駅、1秒単位で遅れ報告 「負担過酷」指摘も (朝日新聞。以下引用。一部略) 2005年04月27日08時26分

 JR西日本は、兵庫県尼崎市で起きたJR宝塚線の脱線事故前、1秒単位で電車の遅延状況をつかむ調査を行っていた。
 学校の始業式があった今月8日からの1週間、兵庫県尼崎市の尼崎駅では、朝夕のラッシュ時に発着する列車の運転士が出発時間を1秒単位で自主報告した。
 日常的に遅れが目立つ列車の改善のため、JR西日本が02年から主要駅で始めた取り組みだ。同社は対象列車を「要注意列車」と名付け、年5回程度実施している。
 同駅は宝塚線と東西線、神戸線の乗り継ぎ駅にあたり、1列車の遅れが京阪神全体で万単位の利用者に影響する遅れにつながることもある。三浦英夫・運輸部長は「定時運転に加え、ダイヤの改定に反映させるため。我が社独自の取り組みだ」と狙いを説明する。
 だが、同社のある労組幹部は「このような管理態勢が脱線事故を招いた背景にある」と指摘。「1秒単位で報告させるなんて、運転士に運転をあせらせる無用のプレッシャーをかけるだけだ」と批判する。


ホームに駅員が立ち、懐中時計に目を落としながら「定時」を確保した光景は、もうどこにも、微塵も残っていない。そもそも、例えば、私が利用するJR北海道のある駅では、駅員がホームにいない。もし、今回のケースでも、事故を起こした列車が直前に、オーバーランした際、そのホームに駅員が居たら、「40メートルのオーバーランを8メートルと虚偽報告した」ような事例も、成り立たなかったのではないか。

ホームに駅員が居ない光景は最早当たり前だ。そして、機械的な安全装置に万全を期した上で、さらに駅員を配置するといった考えは、経営的には妄想に近いのだろう。

過去の主な列車事故を眺めていると、大事故はなんとなく、(1)終戦直後の混乱期 (2)高度成長へ向かって本格的に離陸を始めた1960年代初め (3)国鉄の分割民営化直後 (4)そして今 の4時期に大別できるように思える。そして、社会全体や職場環境が大きく変貌し、現場の技術伝承や安全管理など「人」に頼った部分が、これらの変動についていけなかった結果のようにも思える。

(4)の「そして今」は、将来、どういう単語で表現されるようになるのか、まだ分からない。けれど、例えようのない大変動の中に居ることは(ぼんやりとだが)実感できる。

北海道はこれから本格的な観光シーズンに入るが、実は毎年のように格安ツアーのバス事故がおきる。2泊3日で道東・道央の主要観光地を巡るツアーなどは、日程が「弾丸」並みだ。バスの運転手さんは、どういう感覚でハンドルを握っているのだろう。けさ、届いた声は「バスの運転手は速度違反しないと旅程をこなせない」と訴えていた。

何もかもが、ものすごいスピードで進む。そして、さらなるスピードアップが「望まれている」と「主語抜き」で語られる。そうした中で、「安全」と「スピード」と「定時」と「労務管理」と「人事評価」と「経営」と・・・・そういったものは、それぞれどう折り合いをつけていくのだろう。問題が複雑過ぎて、何の知恵も具体案も持ち合わせていないが、自分自身は取りあえず、「5分や10分がどうしたと言うの?」という鷹揚さは失わないでいたいと思う。
by masayuki_100 | 2005-04-28 18:54 | |--世の中全般