トランスメディア提供アイコン01外務省が大臣会見を「開放」した!

鳩山首相の就任会見が「開放」されなかったことについて、あちこちから激しい批判が沸き上がっている。会見は広く開放した方がいいに決まっているから、批判は当然である。

記者会見オープン化の公約を破った「怪物」の正体
記者会見をオープンにするのは簡単なことですよ
大メディアが黙殺した鳩山首相初会見の真実

ところで、そんな最中、外務省では、きのう18日、岡田外相が会見の「開放」方針を表明し、あっさりと大臣会見の「開放」が決まった。又聞きではあるが、その外相会見では、早速、「週刊プレイボーイですが」と手が上がったらしい。外務省が作成した「大臣会見に関する基本的な方針について」は、以下のように書いてある。「歴史的な出来事」なので、全文を記しておこう。

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1.外務大臣は、原則として毎週2回、外務省内で定例記者会見を開催する。国会開会中は、これを国会内での「ぶら下がり会見」に替えることがあるが、その場合であっても、週1回は省内での会見を行う。

2.大臣会見は、外務省記者クラブ(「霞クラブ」)所属メディアに限らず、原則として、すべてのメディアに開放する。

3.上記2.にいうメディアとは、以下の者をいう。
 1)日本新聞協会会員
 2)日本民間放送連盟会員
 3)日本雑誌協会会員
 4)日本インターネット報道協会会員
 5)日本外国特派員協会(FCCJ)会員及び外国記者登録証保持者
 6)上記メディアが発行する媒体に定期的に記事等を提供する者(いわゆるフリーランス)

4.大臣会見に参加するメディアは、所定の手続きにより、事前に登録を行う。

以上

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若干付け加えれば、3の「メディアとは」の部分に例示された1~4の「会員」は、いずれも会社単位だ。個人単位は5と6のみ。4のインターネット報道協会も、「JANJAN」など有力ネット媒体によって構成されており、私の知る限り、会員は「個人」単位ではない。

実際の運用はこれからだから、上記の文面だけで判断はできないが、問題が生じるとすれば、まずは「4」であろう。「所定の手続き」による「登録」の際、例えば、「3の6」に記された「定期的」はどういう基準で判断されるのか。また、フリーランス記者は、上記3に明示された媒体にのみ記事や番組を提供しているわけではあるまい。個人運営のブログで立派な記事を書いている人はたくさんいる。例えば、元外務官僚だった天木直人さん。天木さんのブログは、私も大いに参考にさせてもらっているが、仮に、彼が岡田会見に出て質問をぶつけたいと思った場合でも、活動の場が個人運営のブログしかないとしたら、上記のどの括りにも該当しない。

政党機関紙の問題もある。共産党の「赤旗」は、上記の括りに当てはまらない。中国共産党の機関紙「人民日報」の特派員はFCCJの会員であるはずだから、岡田会見には出席可能だが、日本の共産党機関紙は除外されるかもしれない。赤旗は例えば、ワシントンやロンドンでの種々の会見等には出ることができる。それが世界標準である。公明新聞や自由新報も同じような立場になる。外務省がここまで「開放」するのであれば、政党機関紙を除外する正当性はどこにあるか、という疑問も出てくる。

「3」の6)の「定期的に記事等を提供する者」という「記事」とは、何か、という問題も考える必要があるかもしれない。なぜなら、記者の中には、情報収集のみを担う人もいるからだ。いわゆる「データマン」的な活動を行う人たちである。彼ら彼女らの中には、取材はしても、自身の名を出して記事を書かない(記事は別の、多くは著名な記者がまとめる)ケースも少なくない。

「3」の1)や2)の会員は、いわゆる「大メディア」である。実際、CSなどの番組制作会社は、日本民間放送連盟にほとんど加入していなから、CSの報道系番組はすんなりとは、大臣会見に参加できない事態も考え得る。

……そんなことを考えると切りがないが、それでも今回の「開放」は大きな前進である。この流れは、他の省庁にも拡大していくはずだ。既存メディアの体たらくは、メディア企業内部の官僚化・保守化の裏返しだから、会見が開放されたくらいで主要な報道がそう簡単には代わりはしないが、少なくとも、「予定調和」的だった会見は、これを契機に、時間をかけつつ、やがて、本当の意味での勝負の場になっていくのかもしれない。

# by masayuki_100 | 2009-09-19 14:06 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(1)

トランスメディア提供アイコン01一緒にメシを食った君へ

いろんな縁があって、記者を目指す若い学生・社会人の相談に乗ることがある。1997年から5年間の東京勤務時代は、仕事の合間を縫って、母校のマスコミ講座で時たま講師をやり、作文・論文の書き方を教えたり、記者に必要なものは何かを語ったりしていた。うれしいことに、そういう学生の中から結構な数の人がこの業界に入り、あちこちで仕事を続けている。たまに「同窓会」もあって、これがまた楽しい。この春、日本に戻った後も、種々の縁があって、記者やメディア業界を目指したいという若い人たちと、論作文の勉強会をやったり、新聞はこの先どうなるかといった議論を交わしたりと、満ち足りた時間を過ごすことができた。若い人との議論は、私にとっても大きな刺激である。

そんな彼ら、彼女らにとって、今は剣が峰である。新聞各社の「秋採用」試験が最終盤に差し掛かっているからだ。すでに全ての試験が終わった人もして、「おめでとう」あり、「残念だったな」ありで、報告を聞く私も複雑だ。

「残念だったな」の人と、食事しながら、種々の話をした。物事が思い通りに進まないときは、本当に大変である。まして目指していた先から、ことごとく「ノー」の結果をもらうと、落ち込みも非常に激しい。おそらくは、自分の存在を全否定されたような気持ちになるのだと思う。私も若いころは、何度も何度も新聞社の試験に落ち、結局、いったん別業種の会社に就職し、転職して記者になったから、失敗した人の気持ちもある程度は分かるつもりだ。

新聞・テレビの「構造不況」は、たぶん、今後もっと深化する。かつてのように、バラ色の業界ではない。何かに付け、批判の矢面に立つことも少なくない。メディア企業は、程度の差こそあれ、官僚化が進み、事前に想像していたような仕事はなかなかできないはずだ。そして、当たり前の話だが、メディア企業の一員でなくとも、記者の仕事はできる。

それでも、若い人たちと話していると、「自分はもっと頑張らないといけない」と感じることが少なくない。彼ら彼女らは、この商売について、それぞれに夢がある。そこで何をどうやりたいか、の理想がある。それに対し、「現実はそう甘くないよ」と言い放つことは、たやすい。しかし、メディアのこの体たらくを作り上げた私たち世代が、若い人々の夢や理想を、したり顔で拒んでみせるのも、それはそれで、言いようのない恥ずかしさがある。

夢や理想を簡単に諦めるな、である。この先、自分がどうなるかという不安に囲まれていても、心の奥底に夢や理想があるのなら、それを簡単に捨てるな、と思う。何とかなる。何度もトライしていれば、何とかなる。信じるところに道は通ず、だよ。

# by masayuki_100 | 2009-09-11 05:44 | 東京にて 2009 | Trackback(3) | Comments(0)

トランスメディア提供アイコン01「自殺」はなぜニュースにならないか。

盛夏の前、ある大学でジャーナリズムを学ぶ学生さんたちを相手に講演したり、ゼミで話したりする機会があった。ロンドンでの仕事のことや最近の報道に関することなど、あれやこれやを話したのだが、そうした中で私が最も力入れた話題の一つが「事件報道」である。

なぜ、「事件」はニュースになるのか。

政治家や官僚、大企業など、いわゆる「権力を持つ人」が絡む犯罪は当然、ニュースになる。これに異論はあるまい。また、末端の公務員等がその職務に関して何らかの犯罪に手を染めた場合もニュース価値はある。私が問題にしたのは、そうしたケースではなくて、一私人の、チンケな犯罪について、である。新聞をひもとくと(ネットもそうだし、テレビもそうだが)、単純な窃盗、傷害、万引きと紙一重のコンビニ強盗(事後強盗)、ハレンチ罪など、あらゆる犯罪がニュースになっている。当事者や近親者ら以外はほとんど関心を持ちそうもない事件が、活字や映像になって流れる。

ところで、一般人の自殺はどうして報道されないのだろうか。有名人が当事者だった場合などは、自殺もニュースになる。連載企画やルポものでも、自殺が取り上げられることは多い。しかし、たいていの場合、自殺に関するストレートニュースは「年間3万人を超えた」といった数字や統計である。一般人の個々の自殺がニュースになることは、事実上ない。

自殺を報道しない理由については、ふつう、「本人の意志によるものであって事件ではないから」「故人の名誉にかかわるから」などの説明がされる。自殺の事実を知られたくない近親者も多いから、この説明は理にかなってはいる。しかし、本当にそれで良いのだろうか。報道しない「実際の」理由は、本当にそれだけなのだろうか。

こんなことを書くのは、個々のストレート・ニュースを考える場合、少なくとも今の日本社会においては、窃盗やケンカの延長線上のような傷害事件などよりも、自殺の方がはるかにニュースとして扱うべき要素が多いのではないか、と感じるからだ。自殺の多くは、生活苦に起因していると云われる。実際、種々の統計などを見ても、「生活苦」が自殺の大きな原因である。交通事故による死者が急増した1970年頃、日本では「交通戦争」という言葉が使われ、新聞社も種々のキャンペーンを貼った。そのころの年間死者は全国で1万人超。これに対し、自殺者はいま、年間3万人超である。

自殺報道によって、自殺者のプライバシーを暴け、と言っているのではない。

例えば、全く仮の話だが、「埼玉県南部で8日夜、30代の男性会社員が排ガス自殺した。遺書によると、男性は最近、勤務先を解雇され、再就職もできず、将来を悲観していたという」というだけでも良い。「生活苦」+「自殺」が重なれば、(ベタ記事にしかならないだろうが)報道する価値はあると感じる。少なくとも、細かな事件(=微罪)の逮捕原稿などよりも、意味はある。実際、この数年間、「生活苦」に起因する自殺のベタ記事が、連日報道されていれば、「小泉改革」なるものの正体は、もっと早くに国民全体に認知されていたのではないか、とも思う。

「死亡交通事故の記事は載るのに、一般人の自殺はなぜ報道されないか」「チンケな犯罪は実名付きで新聞に載るのに、なぜ自殺は報道されないか」という最初の疑問に立ち返れば、私の回答は、たった一つである。それは警察が発表しないからだ。警察は逮捕事案をすべて発表するわけではないが、そこそこのもは発表する。だから、それは(新聞社やテレビ局による取捨選択の後)ニュースになる。交通事故も死者や重傷者が出るようなものは、警察が発表する。だから、ニュースになる。各社はそれぞれに「自殺を報道しない理由」を内部で定めているはずだが、そういう表向きの理由とは別に、現場での感覚で云えば、自殺報道をしない理由は「発表されないから」が実感だと思う。ひとことで云えば、「習い性」「前例踏襲」がそこにあるのだと思う。

しかし、「発表がない」と「ニュース価値がない」は、当たり前の話だが、同義ではない。しかも、記者であれば、社内の掲載基準すら常に疑ってかかるのが当然である。

そう考えて行くと、最終的には「ニュースとか何か」という問題に行き着く。「ニュースはだれが決めているのか」という問題にも行き着く。自殺のような繊細な事柄も含めて「役所は情報をどこまで公開すべきか」という問題にもなる。今度、どこかで学生さんたちと議論する場があれば、このテーマでじっくりと意見を交わしてみたいと思う。

# by masayuki_100 | 2009-09-09 14:31 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(6)

トランスメディア提供アイコン01映画「ポチの告白」を見て。

少し前のことだが、京都へ足を運び、見たい見たいと思いつつ、なかなかその機会がなかった映画「ポチの告白」を見た。知人の寺澤有さんが原案をつくり、いま現在は札幌と福岡で上映されている。

警察関連の映画と言えば、だいたいが「踊る大捜査線」のような、カッコイイ警察が描かれている。たまにワル警察官が主人公であっても、そのワルは組織からはみ出したという意味のワルであって、「ワルだけど正義漢」のことが多い。その点、「ポチの告白」は、警察組織の腐敗を真正面から取り上げた、日本では希有な映画である。エンタテイメントとしても十分に楽しめると、私は思った。

上映の後、同じく京都に来ていた高橋玄監督と飲みながら話をしたところ、彼は「自分はいわゆる警察問題には関心がなかった。組織と個人の関係を描きたかった」と繰り返し語っていた。個人はいかにポチになるのか、なぜポチなのか、飼い主は誰なのか、という視点である。

組織と個人の関係からすれば、多くの会社員・組織人は、その組織の一員としてメシを食っている、つまりは、プロはプロであるという1点において、すでに「ポチ」の要素を十全に備えている。日本経済新聞社の上層部の腐敗を組織に身を置きつつ告発し、全力で闘った大塚将司さんにしても「日経新聞の黒い霧」(講談社)などを読むと、自身はいかにしてポチになっていたか(そういう言葉遣いではないが)を告白している。それほどまでに、組織の呪縛はすさまじい。

もっとも、「ポチの告白」の結論は、「飼い主は組織ですよ、上司ですよ」とはなっていない。自分の首輪につながれた、紐。それをだれが握っているのか、そこは映画を見てのお楽しみ、である。

ストーリーの主要な場面ではないが、私自身が「おお」と思いながら、思わず笑ってしまったのは、こんな場面だった。

警察腐敗を追及する地元紙の若い写真記者が、警察は煙たくて仕方がない。彼は警察担当記者でもないのに、警察発表を疑い、デスクの言うことも聞かず、警察の組織的不正の実態に迫ろうとする。その最中、警察担当記者が、彼の行動を警察幹部にチクるのである、、、

・・・雑然とする新聞社の編集局。警察腐敗の追及を迫る若い写真記者。「事件がメシのタネだ。警察は不正を発表したのか? 警察相手にそんなことができるか」みたいなことを言いながら(正確なセリフは忘れた)若い記者を突き放すデスク。そして、その様子を見ていた警察記者クラブ詰めのサツ回り記者は、早速、編集局大部屋の片隅に向かった。携帯電話を取り出し、警察幹部にその様子を伝える、つまり「ご注進」に及ぶのである・・・。

長く報道業界にいる記者なら、似たような場面は一度ならず見聞きした経験があるのではないか。実際にそんな場面に遭遇したら、ただではおかんぞ、というところだが、こうやって映画の一場面として見ていると、笑える。滑稽というほかはない。記者として、これ以上の無様な姿はあるまいし、自分の子供にそんな姿は見せられまい。しかも、映画の中のチクり記者は、その姿や動作が、いかにも「ポチ」っぽくて、本当に映画監督はすごいなあ、と思ったのである。

# by masayuki_100 | 2009-09-09 13:31 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(0)

トランスメディア提供アイコン01役所は「裏金」と縁を切ることができるのか

千葉県庁で2007年度までの5年間に30億円の裏金がつくられていたことが判明したと、各紙が報じている。少し前は、名古屋市で4000万円の裏金が発覚した。その前は岐阜県でもあったし、宮崎県でもあった。それよりも10数年前の1990年代半ばには、それこそ全国の道府県で裏金が次々と発覚し、日本は「裏金列島」と化したこともある。あのときは各紙が大キャンペーンを続け(北海道新聞もその先頭を走っていた)、各自治体も職員の負担で裏金の一部返還を行うなど、「反省」もそれなりに行われたように思う。

しかし、「反省」など全く表面的なものでしかなかったことは、その後も次々と各役所で裏金が発覚したことが見事に証明している。裏金の手口も、各地で共通している。カラ出張、カラ会議、カラ会食、カラ雇用、カラ発注、カラ残業、カラ工事。最近になって注目を浴びているのは、業者とつるんだ「預け」である。

裏金づくりの主体も、一般行政部門から病院、公営事業、学校・教育委員会、そして警察まで。中央省庁で裏金が発覚した事例はさほど多くないが、数年前には財務省が「架空勉強会」をつくり、そこへの支出として毎年、数千万円を計上していたことがあった(参考 財務省予算の「架空計上」問題 )。

日本でこれだけ「裏金文化」が続いているのは、役所に「民主主義」意識が全く浸透していない証左である。当たり前の話だが、予算は住民・国民の代表たる議会のOKがあって、初めて決まる。予算の使途を決めているのは、議会なのだ。裏金はマネーロンダリングであり、議会が厳格に決めた予算の使用目的という縛りを、公務員が勝手に外し、公務員が自由に使える金をつくりあげることだ。裏金こそは、純然たる議会無視、国民無視、民主主義無視の「犯罪」である。

いや、「犯罪」にカギカッコを付ける必要もない。役所は公文書、私文書等を作成しないと裏金をつくれないから、裏金発覚のウラでは、おびただしい数の文書が不正に作成され、行使されている。虚偽公文書作成、同行使、私文書偽造・同行使、そして詐欺、横領…。まさに犯罪のデパートである。しかも、これを取り締まる側の警察も組織的な裏金作りが方々で発覚してきたから、まともに摘発することもできない。

日本の役所文化の普遍性、「裏金文化」の浸透ぶりからすれば、おそらく、中央省庁レベルでも相当の裏金が存在してきたのだろうし、現に今も、それが幅広く横たわっている可能性は少なくない。民主党の新政権は、徹底した情報公開で、この宿痾にも徹底的に斬り込む必要がある。

# by masayuki_100 | 2009-09-08 11:03 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(0)

トランスメディア提供アイコン01記者クラブ開放問題と、そのキモ

例によって、またまたブログの更新をサボっているうちに3カ月が過ぎてしまった。早いものである。前回のエントリは梅雨前だったのに、もう夏は終わり、自宅の周りでは、コオロギも鳴いている。東京の朝晩は完全に秋になった。

総選挙で民主党が圧勝し、新内閣が来週発足する。それに伴って、記者クラブ問題がどうなるかが注目を浴び始めた。主要新聞・テレビ等が、政権交代に伴う記者クラブ問題をほとんど報じていないので分かりにくいが、ネット上ではフリーランスの方々が、いくつかそれに関する論考を提示している。

■大手メディアが決して報じない、「メディア改革」という重要政策の中身
■鳩山新政権は記者クラブ開放という歴史的な一歩を踏み出せるか
■「記者クラブ開放」で日本のジャーナリズムは変われるか? 組織の生き残りを賭け、メディアの新たな競争が始まる

民主党代表等の会見はこれまで外国メディア、フリー記者らにも開放されてきたし、政権奪取の後もそれを続けると明言してきた。だから、それを続けなさい、ということだ。そうなれば、「政官財」+「電(メディア)」の鉄の団結も壊れ、官僚や政治家等による大メディア支配も終わり、本当の意味での情報の流通も促進されるだろう、ということだ。それが「開放」問題の要点である。

記者クラブの開放については、このブログを開設した2004年当初から何度も何度も取り上げてきたから、ここでは繰り返さない(関心のある方は、このブログ内の検索機能を使って、「記者クラブ」を検索すれば、過去記事がざざーっと出てくる)。私の考えもだいたい、上記3氏と同じである。既存メディアの中で、実名を出して、真正面から「記者クラブ開放」を唱えていた例はそうそう無かったから(今もほとんどないが)、この間、いろんなところで、いろんなことを言われ続けてきた。そういう点では、私自身も時代の変わり目を感じている。

ただ、鳩山首相が本当に約束を守って、会見を開放するか、クラブを開放するかは、予断を許さないと感じているし、「会見・クラブの自由化」による「報道の自由化」はそう簡単に進まないだろうとも思う。

(1)「会見」と「記者クラブ」は違う。好きな言葉ではないが、「抵抗勢力」は、ここを最大のポイントにするだろうと思う。だから、会見は参加自由にするが、「記者クラブ」自体の堅牢さは、なかなか緩まないに違いない。とくに「記者クラブ」については、その拠点たる役所内の「記者室」の物理的制約を理由にして、既存の加盟社側が役所側と組み(役所側は庁舎管理権などを盾に)、相当に抗戦するだろうと思われる。

(2)「会見の自由化」に際しては、要人警護の観点から、官僚側(警察庁)が取材者を絞ろうとする可能性がある。その際、どこに基準を置くのかについて、議論が錯綜するかもしれない。名もなく、実績もなく、「きょうからフリー記者になりました」という方がいたら、その人は本当に首相会見に出席できるのか。その人は本当に首相官邸に入れるのか。あるいは中央省庁の記者クラブに行けるのか。もしかしたら、すでに著名になったフリーの方々のみを会見に入れることで、「開放」が達成されたという形が出来上がり、その時点でこの問題は後景に退くかもしれない。

(3)当ブログでも幾度か記したが、「発表ジャーナリズム」に偏在している現代の大メディアの病気は、記者クラブ問題も大きく影響しているが、それよりももっと重大なのは、新聞社・テレビ局内の官僚化の問題である。これら企業はすっかり「事なかれ主義」が蔓延しており、これはクラブ開放といった程度のことでは、簡単に治癒しそうもない。従って、会見やクラブが開放されたとしても、そう簡単に根本的な解決には至らない可能性がある。

・・・というふうに、この問題は論じ始めれば、きりがない。1冊の本ができそうな感じである。

そして、これが一番大事な点なのだが、「記者クラブ開放」の問題は、「取材する側の開放」のみに偏ってはならない、ということだ。今まで随所で主張されてきた「クラブ開放」は、ほとんどが「取材する側の開放問題」である。新聞協会加盟社の所属記者のみが会見・クラブを独占するのはおかしい、外国記者を入れなさい、雑誌記者を入れなさい、フリーランスも入れなさい・・・。それは全くその通りであり、ほとんどの点で私も異論はない。しかし、「新聞の読者離れ」とまで云われる今の報道状況は、記者クラブを軸にした「発表依存」「官依存」だけが問題なのではない。それは「取材する側だけの目線」でしかないように思う。

だから、私はずっと、「取材される側のメディアへのアクセス」をもっと容易にすることも、忘れてはならない点だと考えている。NGOやNPO、各種市民団体などは、広く世の中に訴えたいことがある場合、どうすればいいのか? 個別に新聞社を訪問する? ツテを頼って個別に記者に面会する? 役所や大企業は記者クラブ制度を使って「簡単に」「一斉に」大メディアへの発表の場を設定することができるのに? 

例えば、私が外務省記者担当だった1990年代末ごろのこと。もう記憶は不鮮明だが、当時、北朝鮮の拉致問題での会見申し入れが何度かあったように思う。申し入れの主が横田さんだったか明確には覚えていないが、クラブ側はそれを拒んだ。この問題が広く認知されていなかったせいもある。しかし、それ以上に外務省・その関連機関以外の会見申し入れは、受け付けないという不文律が影響していたように思う。

これも1990年代の話だが、私が日銀記者クラブで幹事だったときのことだ。今回の選挙で当選した田中康夫氏(当時は公職に就いていなかったと思う)から、会見申し入れがあった。日銀記者クラブにはそのころ、「会見申し入れは48時間前までに」というルールがあり、私はそれを盾に田中氏に電話で断ったのだが、たぶん、今思えば私の心の奥底には当時、「ここは日銀記者クラブだ。なんで市民団体が会見するんだ?」みたいな思いがあったように思う。

外交に関するNGOは外務省記者クラブで、教育問題について意見したい団体は文部科学省の記者クラブで、死刑反対の市民団体が何かを主張したいときは法務省の記者クラブで。そうやって市民の側が自由に記者クラブにアクセスできるようになってこそ、「開放された記者クラブ」が存在する意味がある。それができないなら、以前に私が唱えたような「自由記者クラブ」みたいなものが必要になるのかもしれない。記者クラブ開放問題の本当のキモは「取材する側だけでなく、取材される側(=取材してもらいたい側、市民の側)も開放せよ」である。


新聞社やテレビ局、そしてそれらが伝える情報は、社会のインフラなのだと言う。だったら、その情報インフラは「官からの一方通行」で良いはずはない。インフラは、誰もが利用できるからこそ、インフラたり得るのだ。取材する側はこの際、市民から大メディアへのアクセスが貧困にならざるを得ない現状をどう変革するかについても、もっと真剣に考えた方が良い。そうであってこそ初めて、「読者とともに」といった文句も生きてくるのだと思う。

# by masayuki_100 | 2009-09-07 13:04 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01麻生首相が「戦争も辞さず」・・・・そりゃなんだ?

「戦うべき時は戦わねばならない。その覚悟を持たなければ、国の安全なんて守れるはずがない」

北朝鮮問題に関連して、麻生太郎首相がきのう7日、街頭演説でそう発言したのだという。読売新聞(ネット版)の短い記事によると、こんな風だったらしい。

「対北、戦うべき時は覚悟を」…麻生首相が演説
<麻生首相は7日、東京都議選(7月12日)の立候補予定者の応援で訪れた武蔵野市のJR吉祥寺駅前で街頭演説し、弾道ミサイルの発射準備を進める北朝鮮に関し、「戦うべき時は戦わねばならない。その覚悟を持たなければ、国の安全なんて守れるはずがない」と述べ、制裁強化などで圧力を強める姿勢を強調した>(後段略)

発言の前後には、もっとたくさんの言葉があったのだろうから、全体の文脈は解らない。でも、それにしても、具体的な国名を挙げて、「戦争を辞さず」という内容を口にした日本の首相は、戦後、初めてではないか。

北朝鮮の言動のひどさについては、今さら言うまでもない。韓国や米国、日本を相手に、革命的打撃を与えるとか、そういう行為は宣戦布告とみなすとか、言いたい放題である。確か、以前には、東京を火の海にする、というものもあった。言葉だけなく、実際に核実験をやったり、ミサイルを飛ばしたりするのだから、許されるはずがない。

しかし、かと言って、「戦うべき時は戦わねばならない」とは、どういう意味か。自衛隊の最高指揮官として、北朝鮮攻撃のために、自衛隊を動かすことも視野に入れているぞ、と言っているのか。外交的圧力のことを比喩的に「戦う」と言っているのか。それとも、単に、国内の結束(それもどういう意味か不明だが)を図るために、危機を煽っているだけなのか。「国難の中にあって戦う麻生、戦う自民党」を強調し、来るべき総選挙での支持獲得を狙っているのか。

いずれにしても、単に「戦争するぞ」という意味合いの言葉をもてあそんでいるだけならば、北の指導者と同じである。

為政者にとって国内情勢がまずい時に、対外的な危機を演出し、煽る。あるいは本当は自らが戦端を開きたいのに、相手が先に仕掛けることを望む、あるいは相手が先に手を出したという嘘を喧伝する。こういった所作は、世の東西、過去と現在を問わず、同じである。朝鮮戦争時の北朝鮮、現在の北朝鮮がまさにそうだ。しかし、そうはいっても、対北朝鮮戦争など簡単にできるはずはないから、米国も韓国も中国も苦労しているのではないか。

# by masayuki_100 | 2009-06-08 14:17 | 東京にて 2009 | Trackback(2) | Comments(3)

トランスメディア提供アイコン01「核密約」報道と記者会見

すでに、いろんな方がいろんなところで評価しているが、共同通信による「60年安保の核密約」記事は、なかなかのヒットだった。配信を受けた新聞社の中で、東京新聞は1面、北海道新聞も1面。ほかにも多くの地方紙がこのニュースを大きく扱ったようだ。(私に見落としのない限り)全国紙の朝日新聞、読売新聞は、この件を全く報じていない。毎日新聞は「一部報道を官房長官が1日の会見で否定した」という形で報じたが、せめて、最低でもそのくらいの記事にはすべきだろう。「一部報道」という引用のやり方も、いい加減に止めたらどうかと思うが、まったく無視することはなかろう。

そして、である。この共同通信の記事が配信された後の、外務省の記者会見が、会見記録のテキストを読む限り、どうやら、全く盛り上がっていない。ふつうなら、スクープされた怒り・情けなさもあって、容赦ない質問が飛び交う、、、ものだと思っていた。しかし、実情は違ったようだ。以下は、外務省のHPに記載された6月1日の薮中三十二外務事務次官の会見記録(当該箇所のみ抜粋)である。


(問)一部報道で、「60年安保の核持ち込み密約」があったと報じられています。報道によれば、外務官僚が文書を管理して出す出さないを判断していたと、そして総理、外務大臣にも教えたり教えなかったりと、実際に引継ぎもされていたと、具体的に匿名ですが4人の次官の証言も報じられていると、これについて、事実関係を教えてください。

(事務次官)これは明白であり、そのような密約は存在しないということ、これは繰り返し歴代の総理、外務大臣も説明をされておられますけれども、これに尽きているということですし、私が承知していることもそれに尽きているということです。

(問)特段引き継がれてはいないと。

(事務次官)全くありません。

(問)その4人の中には、日本政府は国民に嘘をついていたと証言されている方もいます。否定するということは、その4人の方が嘘をついているというご認識なのでしょうか。

(事務次官)その4人の方というのが、どういう方で、どのような形でインタビューされたのかよくわかりませんが、私が申し上げたいことは、そのような密約は存在しないということです。私自身もそれ以外一切承知していませんし、大事なことは歴代の総理も外務大臣もきちんと明確に説明をされていると、これに尽きていると私は考えています。

(問)国民の方から見ると、どちらが本当なのか、むしろ具体的な4人の方のお話の内容からみると、外務省の方が嘘をついているのではないかと思うのではないかと思うのですが、80年代から90年代に次官をされていたということで、ある程度特定されるのですが、外務省として話しを聞いて事実関係を調べるというお気持ちはあるのでしょうか。

(事務次官)その必要は全くないと思っています。我々としての説明は一貫している訳ですから、それ以上の事は必要ないと考えております。


会見記録が実際のQ&Aを忠実に再現しているものと考えたら、この核密約問題に関する質問は4つ。北朝鮮問題があったとはいえ、全体の問答からすれば、全体の5分の1弱の分量しかない。事の重大さに比べたら、いかにも質問が少ないではないか。加えて、質問がどうにも優しい。別に、言葉を荒げる必要はないが、この会見録の感じからすると、記者たちは、ずいぶんと「物分かり」が良さそうだ。

例えば、3つめの(問)。質問者は「次官経験者の4人は嘘をついたということか」と聞いているのに、藪中次官はそれに答えず、「密約は存在しない」と言っている。質問の仕方を説経したいわけではないが、もっと、たたみかけて聞けばいいのに、と思う。「では、次官経験者4人が嘘をついたということでいいですね?」とか、「藪中次官は正直者だけれども、藪中次官の先輩の4人は嘘つきなんですね?」とか。あるいは「こんなデタラメを書かれたわけだから、共同通信には当然、抗議したんですね?」とか。

だいたいにおいて、米国でこれに関する公文書が公開されているにもかかわらず、日本政府は「密約はない」と言い続ける。その図式こそが、滑稽極まりないのだ。そして、そういう、「公然たる嘘」を許してきたメディア側の責任も相当に重い。

例として適切かどうか分からないが、数年前、北海道警察の裏金問題を追及した際、当時の取材班は取材をスタートさせる際、「裏金の存在を公式に警察に認めさせる」ことを目標に置いた。なぜなら、公式に認めさせない限り、いくら悪弊を暴く記事であっても、「書きっぱなし」で終わる可能性が高かったからだ。警察の裏金自体はその時点でも、過去、週刊誌や全国紙などで何度も報道されていた。警察の裏金の存在を暴くこと自体は、何も、全く新しい話ではなかった。しかし、それに関する過去の報道は、「裏金の存在を暴く → 警察は否定 → そのうちウヤムヤになる」というパターンの繰り返しだったのである。これでは、世の中、悪弊はなかなか是正されないのだ。北海道警察が裏金の存在を認めるに至ったのは、原田宏二さんという元道警の大幹部が、実名で名乗り出て、その存在を暴露したことが大きく寄与しているが、「認めさせるまで報道を続ける」というしつこさも結構な役割を担っていたと思う。

今回の「核密約」報道も、何となく、これに似ているように思える。もちろん、見えぬところで取材は継続しているかもしれないし、この先、さらに驚くような関連ニュースが出るのかもしれない。だから即断はできないのだが、しかし、例えば、報道後、最初の外務大臣会見だった2日の会見では、記者側から核密約の質問は全く出ていない。公式な記者会見での質問だけが取材ではないが、少なくともスクープされたネタに関して質問も出ないのだから、やる気の無さは覆い隠しようもない。

「会見で質問してもどうせ否定するから」などと思ってはいけない。たしかに、公の記者会見で「はい、確かに密約はございました」などと認めることは、ほぼあり得ないだろう。しかし、外務省幹部に厳しい質問を矢継ぎ早に浴びせ、それに対して何と答えたか・答えなかったかは記録に残せる。その繰り返しが大事なのである。「知る権利の代行者であるわれわれ記者は、この問題を看過しませんよ」という姿勢を見せ続けることが、まずは大事なのだ。そして、そういう会見記録の集積は、その時々の政治や官僚の姿勢を映し出す。国民には政治的判断の大きな材料になるし、後の世代にとっても価値ある記録になるはずだ。

密約を公式に認めさせることはできないにしても、せめて、会見でそれぐらいの質問は重ねて欲しい。「もう、会見はいやだ。取りやめにしたい」。相手にそう思わせてこそ、記者だと思う。

# by masayuki_100 | 2009-06-03 02:14 | 東京にて 2009 | Trackback(1) | Comments(3)

トランスメディア提供アイコン01FCバルセロナのリリアン・テュラム選手のこと



サッカーに関心のない人にはどうでもいい話かもしれないが、欧州サッカーのチャンピオンズリーグ決勝が先頃、ローマであり、FCバルセロナが、マンテスター・ユナイテッドを2-0で破って優勝した。どちらも結構好きなチームであり、この対戦が決まったときは、やや複雑だったが。

このFCバルセロナに、仏のリリアン・テュラムという選手がいた。サッカー好きの方なら、たいていは知っていると思う。仏代表選手として、ジダンらとともに一時代を築き、確か、仏代表としての出場記録も持っている。昨年8月に現役を引退した。仏の海外県、カリブ海のグアドループ諸島の出身で、9歳の時、パリ郊外に移り住んだ。社会問題にも積極発言をすることで知られ、「サッカー界の哲人」とも言われている。そんな、黒人選手である。先日、立教大学で学生さんたちの少人数の集まりがあり、そこで話をした際も、「ロンドン勤務中のインタビュー相手で最も印象に残った人」として、テュラム選手のことを紹介した。

例えば、彼は、こんなことを話すのである。   

「・・・たぶん、僕たち黒人以外にはなかなか理解してもらえないことって、山のようにある。僕たち黒人はしっかり記憶しようと思っていることでも、それ以外の人々はたいして注意を払っていないことが山のようにある」

「例えば、世界人権宣言って知っているよね? 国連が1948年に制定した。日本でもきっと教科書にも載っていると思う。すべて人のは人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見などによって、どんな差別も受けない。そういうことが書かれていることは知っているよね? それ自体の意味を否定する訳じゃないけど、その同じ年、世界では何があったか知っているかい? アフリカでは何があったか知っているかい? あの悪名高い、南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離)政策は、この年に法制化されたんだ」

「フランス革命のときの人権宣言も知っているよね? 確かに、世界史的な大事件だった。でも、その人権宣言がでた年、僕たちの先祖である黒人は、奴隷貿易の対象だった。そのころ、奴隷貿易はピークだったんだ。そのころ奴隷が集められ、船に乗せられたアフリカの場所に行ったことがあるけれど、フランス革命のことは知っていても、あの奴隷貿易の基地の場所を知っている人は、日本にも欧米にも、ほとんどいないと思う。同じような例はほかにもいっぱいあって、例えば、1931年にはパリで、世界植民地博覧会っていうのがあって、そこでは黒人が展示品だったんだよ。いいかい? 生きた黒人が展示されたんだ。 たった、70年くらい前の話さ。この意味が分かるかい?」

「僕の故郷の島では、母親たちの世代はずっと、白人と結婚することが夢だった。白人と結婚すれば、それだけ肌の色が白くなる。僕の子供もあるとき、白人に生まれていれば好かったと言ったことがある。一度だけね。そのとき、僕は妻と一緒に、彼と向き合って、じっくり、本当にじっくり話した。どうして、そう思うのかい? って。頭越しに怒ったりはしなかった。知っての通り、僕が母親と兄弟たちとパリ郊外のフォンテンブローに移住してきたころは、貧しくて貧しくて。部屋は狭くて机もなくて、団地の階段を机代わりにしていた。パリの郊外って云えば、どういうところか分かるだろ? 僕は幸い、サッカーがうまくて、プロになれて、収入がたくさんあって、いい暮らしができるようになった。でも、息子はこの先、どうなるんだろうと思うことがある。そして、ほかの子供たちはどうだろうってね」

テュラム選手は、本当に賢かった。哲学者や経済学者の名前はぽんぽん出てくるし、政治、教育、社会、経済の話まで、視線は縦横無尽である。そして何よりすごいと思ったのは、言い尽くせないほどの差別を受けながらも、将来に対して、実に楽観的で前向きだった、ということだ。強い人はいつも、楽観的である。「FCバルセロナ」と聞くと、いつもそれを思い出す。

# by masayuki_100 | 2009-05-31 13:32 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(0)

トランスメディア提供アイコン01米紙、日本メディアのヘタレぶりを大批判

民主党・小沢前代表の秘書が逮捕された事件に関連して、ニューヨーク・タイムズが、日本メディアのヘタレぶりを記事にしている。欧米の新聞にも相当にひどいものはあるし、「さすがニューヨーク・タイムズ」とか無原則に褒めるつもりはないが、こういう記事を読むと、やはり、ため息の連続である。

記事は、「In Reporting a Scandal, the Media Are Accused of Just Listening」というタイトルで、原文はここにある。内容については、「金融そして時々」さんのブログ記事、 「ニューヨーク・タイムズ、検察に媚びる日本の新聞を切る」に詳しい。要するに、「小沢スキャンダルのとき、日本のメディアは検察当局からのリークを垂れ流しただけじゃないか」というものだ。検察の捜査に疑問を差し挟む報道はほとんどなかったじゃないか、と。この記事の中で、上智大学の田島教授は、メディアは本来、権力の監視者(watchdogs on authority)であるべきなのに、実際は権力の擁護者=番犬( like authority's guard dogs)のように行動している、と批判している。

そして、私が思うに、この記事の一番の読みどころは、ニューヨーク・タイムズ記者に対する朝日新聞の回答である。朝日は、書面で、こう答えたのだという。「“The Asahi Shimbun has never run an article based solely on a leak from prosecutors,” 」。朝日新聞は検察からのリークだけで記事を書いたことは決してありません、という内容だ。

そりゃ、そうかもしれない。検察からのリーク情報に基づいて記事を書くときも、一応、小沢事務所のコメントを取るとか、そういう作業はするだろう。この朝日の回答は、検察からのリーク「だけ」で書いたことはない、という「だけ」にある。逆に言えば、検察からのリークに寄りかかっていることは、何ら否定していない、ということだ。こんな子供じみた「言い訳」によって、「私たちは何ら検察寄りではありません」と言ったって、だれも信用などしない。こんなことを言っているから、読者に笑われる。

例えば、こんなことも頻繁に起きる。夜回り記者が、一線の現場検事から事件に関する情報を得たとしよう。ふつうはそれだけで記事にはしない。当然、検察上層部にその情報の確認を取る。これを業界内では「ウラを取る」という人がいるが、同一方向から同一内容の情報について確認を取ることが、なぜ「ウラを取る」ことになるのか、私は理解できない。しかも問題なのは、そうやって上層部に情報の確認を求める際、その過程で、現場検事からの情報は間違いなく、上層部によって「修正」され、検察全体にとって都合の良い情報に変わって行く、ということだ。

あるいは、現場の捜査検事が、記者に対し、小沢捜査の批判を行ったとする。しかし、そういう情報は滅多に記事にならない。そんな記事を書く記者は、地検側が「出入り禁止」にする。或いは、批判的な情報を漏らした検事は誰であるか、を徹底的に調べる。かつて私たちの取材チームが道警裏金問題を追及していたとき、道警側は徹底して、道警内部にいる我々の情報源を見つけ出そうとしていた。それと同じである。

話が脇にそれかけたが、世の中の人がいま、新聞に厳しい目線を向けているのは、「あんたたちは当局の言いなりで記事を書いているんじゃないの? ちゃんとその情報の検証をしたの?」という部分にある。それは、「この記事には小沢事務所のコメントも入っています。検察情報だけではありません」という風な、重箱の隅的な反論によって解消できる類のものではない。

しかも問題なのは、「記事は検察寄りだ」「リークに寄り添って書くな」という読者の疑問・叱責に対して、取材現場の人たちが「自分たちは嫌がる検察の口をこじ開け、情報を取っている。それはリーク情報などではない」と、恐らくは信じ切っている点にある。記者たちは毎晩、夜遅くまで、がむしゃらに働いている。「そういう苦労は読者には分からないだろう」と、思っているはずだ。取材者はいわば、善意の塊である。そして、そういうところにこそ、ある意味、新聞と読者の、救いがたい乖離がある。

検察の捜査がおかしいと思えば、おかしいと、堂々と書けばいい。要は、書くか・書かないか。やるか、やらないか。それだけの差しかないことなのだ。その結果、仮に、検察から「出入り禁止」処分を受けたら、それも堂々と書けばいい。

新聞記者はよく、「取材しても書けないことがある」という言い方をする。それはその通りだ。しかし、私たちがふだん、役所の中を自由に歩き、(一部の例外を除いて)官僚たちの机の間をある程度自由に歩き回ることができるのも、それは、国民が持つ「知る権利」を私たちが代行しているに過ぎないからだ。だからこそ、記者が取った情報は、記者個人のものでも新聞社内部のものでもなく、基本は読者のものであるはずなのだ。だからこそ、書くのだ。

小沢事件では、「検察捜査はおかしい」という疑問が世に溢れた。「検察はどうして小沢氏を狙い打ちにするのか」という疑問があふれた。だったら、「知る権利」の代行者であるメディアは、その疑問に答えなければならない。それができないのなら、「私たちは権力の監視者ではありません」「そんなことはできません」とと言い切った方が、まだ格好がつくのではないか。

# by masayuki_100 | 2009-05-31 12:36 | 東京にて 2009 | Trackback(1) | Comments(3)

トランスメディア提供アイコン01「検閲国家」の打破には、まずは政権交代だ



昨年の秋、日本で見過ごすことの出来ぬやり取りがあった。当時はロンドンに駐在していたこともあって、恥ずかしながら、問題の深刻さを明確に認識できたのは、数カ月前のことである。

自民党が各省庁に対し、すなわち霞ヶ関全体に対し、民主党から資料提出の要求があった場合、事前に自民党側にそれを知らせよ、と指示し、実行させていた、という問題である。「日本は検閲国家か!」と、相当の怒りと批判を浴びた出来事だから、記憶している方も多いと思う。保坂伸人議員のブログ、<どこどこ日記>の記事、<麻生総理は「事前検閲」に違和感なし>などを読めば、ことの経緯はだいたい分かる。

問題はこれだけではない。マスコミが各省庁に取材をかけ、資料を要求した場合などにも、同様の対応が行われていた事実がある、というのだ。これを直接、政府側が認めたのは、昨年10月6日の衆院予算委員会のやり取りだったらしい。「らしい」としか言えないのは、その当日の衆院議事録が、国会の議事録検索で引っ掛かってこないからである。仕方なく、これに言及したHPなどを探すと、こんなやり取りだったらしい。

民主党・長妻昭議員 「われわれ野党だけではなくて、マスコミも独自に資料請求するケースがあると思いますが、 そういうケースに関しても、やっぱり事前に自民党国対にお知らせすると、 こういうようなことでございますか?」
厚生労働省 大谷泰夫官房長  「事前に与党にお知らせするということはございます」

長妻議員はこれに関連し、「要求資料が(省庁と)自民党の相談でもみ消されていれば、戦時中の検閲みたいな話にもなりかねない」と痛烈に批判したようだ。当時、多くの人たちが「事前検閲だ!」と騒いだのも、当然である。これはよくよく考えれば、いや、よくよく考えなくても、実に恐ろしいことだ。

(それにしても、この当該の議事録が「国会会議録検索システム」に載っていないのは、いったい、どういうことだろうか。みなさんも試してみればいい。対象は「第170回国会 衆院 予算委員会」である。予算委が開会した日、すなわち9月29日の議事録は「第1号」として、ちゃんと載っている。「第2号」は、10月2日。「第4号」は10月7日で、このあと、12月24日の「第7号」まで続く。上記の長妻議員と大谷官房長の質疑は、10月6日である。そして、その10月6日の「第3号」だけが、載っていないのだ! きょうは土曜日で衆院事務局もお休みだから聞くこともできないが、しかし、これはいったいどうしたことか)

こういう「事前検閲」的な一事をみても、政権交代しかないと思う。霞ヶ関の官僚たちは、あまりにも長年、「自民党」に奉仕しすぎた。だからこそ、まるで「賄賂の後払い」のような天下りも、システムとして平然と温存できた。自民党と霞ヶ関は、あまりにも長期間、法と税金の力で集めた情報を独占し、思うように使ってきた。最近、とみに暴走している警察・検察にしても、仮に、政権交代が頻繁に起きる国であったならば、あそこまで露骨な動きはできなかったはずだ。裁判所の超保守的体質も、またしかり、である。

世の中の悪いこと全てが政治のせいであるはずはないが、世の中の種々の矛盾の根幹は、この長期政権が生み出したことは間違いない。私がたびたび問題にしている記者クラブ制度にしても、政権交代が実現すれば、そこから崩れて行く可能性が大である。

終戦直後の一時期や細川政権時代、或いは連立時代といった例外はあるけれども、だいたいにおいて、こんなにも長く、一政党が政権に座り続けた国は、主要国ではほとんどない。長期政権が腐臭を放つのは、いつの時代も、世の東西を問わず、同じである。

# by masayuki_100 | 2009-05-30 14:48 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01役所や業者から記者クラブの記者へ現金が。かつての韓国の話



何週間か前のことだが、京都の大学から声がかかり、一般の講義やメディア関係のゼミのいくつかで、講演してきた。「日本のメディアはいま、どんな病気にかかっているのか」「処方箋はあるのか」みたいなテーマが、中心だった。で、夜は連日飲み会である。私くらいの年齢になると、若い学生さんたちと膝を交えて話す機会はそう多くないから、こういう時間は本当にありがたい。何かの役に立てるのであれば、都合の許す限り、どこでも、そういう機会をつくりたいと思う。

で、その京都で、ある大学院生に会い、種々の話をした。彼は記者クラブ問題を題材に論文を書いているのだけれど、その際、手渡された資料を読みながら、私は仰天してしまった。知らなかった。舞台は日本ではなく、韓国である。しかし、記者クラブをめぐって、かの国にこんな「事件」があったとは。

よく知られているように、韓国には、ほんの数年前まで、日本の記者クラブと同様の記者クラブがあった。戦前の植民地時代、日本と同様の記者クラブが発達し、その影響で独立後も記者クラブは残った、と言われている。日本による統治の名残だった、というわけだ。

私が驚いた「事件」とは、1991年に起きた「保健社会省寸志授受事件」である。

先の資料によると、同省の記者クラブに所属していた新聞・放送・通信の記者たちが、製薬・化粧品会社や大宇などの財閥から合計で8850万ウオンの「寸志」を受け取っていたことが明らかになった。当時の為替レートは調べていないが、8850万ウオンが大金であることに変わりはなかろう。当時、この記者クラブには19人が所属していて、彼らはカネを分け合った。一部は、記者たちのオーストラリア・ニュージーランド旅行の費用に充当されたらしい。

資料からの孫引きになるが、話を続ける。

韓国の記者クラブでは、こういう「寸志」は当然のものとして、或いは慣行として、あらゆる記者クラブで行われていたのだという。クラブの幹事は、定期的に(たいていは毎月)、業界や官庁から「寸志」をもらい、それを加盟記者に分配するのだ。この保健社会省の場合、記者クラブ側の海外旅行計画は、そもそもが費用全額を役所に負担してもらう形だったらしい。そのうえで、役所に出入りする業界団体に「寸志」を要求していたのである。業界団体には「小遣い」をおねだりしたつもりだったのかもしれない。

この一件が、新興の「ハンギョレ新聞」に暴露されると、各社は「東亜日報社は今回の正当でないことに本社の保健社会省の出入り記者も関連していたことを読者の皆さんにおわびします」といった謝罪文を発表し、もう二度とこんなことはしません、と頭を垂れた。ところが、同様の実態が次々に明らかになる。南海郡では、郡庁側が1994年からの1年間、計66回、合計4000万ウオン以上を記者たちに渡していた。これらはキャッシュに限った話らしいから、接待等を含めると、こうした金額はもっと膨らむのだと思う。

古い時代に記者だった人の証言も資料には載っていて、「公務員が悪いことをしたのを記者が見つけた場合などには、接待を受けていた」「記者クラブを通じるのは公式なもの(公式な寸志)であって、個人的に寸志をもらうこともあった。その(取材中の)事件の重要度によって(寸志の)金額も異なった」などと、実態が赤裸々に語られている。記者クラブの幹事は毎月、相手から寸志をもらってきて、それをクラブ所属の記者に分配することも大きな仕事だったらしい。相手から多くの寸志を引き出す、それが腕の見せ所だったのかもしれない。

韓国の記者クラブも日本と同様、加盟社は厳しく制限され、勢い、クラブに出入りする記者も限られていた。閉鎖社会、ムラ社会である。だからこそ、「寸志」は可能だったはずだ。私は記者になって23年になる。さすがに、少し前までの韓国のような、キャッシュの話は聞いたことがない。しかし、接待などはあった。自分なりに体験したり、見聞きしたりしたことは、いろいろある。別の機会に、それらはじっくりと記したい。




# by masayuki_100 | 2009-05-30 12:57 | 東京にて 2009 | Trackback | Comments(0)

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