福島の人々はいま、何を考えているのか。心のひだに分け入った、インタビュー集「@Fukushima 私たちの望むものは」(産学社)が発売になりました。このブログはジャーナリストの高田昌幸が開設しています。
by masayuki_100
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インタビュー集「希望」。本書に収録した江平龍宣氏撮影の連作は2011年度の上野彦馬賞に入選! 本書の詳しい内容はこちらをクリックして下さい。
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「自由報道協会賞」の「辞退」について
自由報道協会が「自由報道協会賞」というアワードを設け、私が編者になった「@Fukushima 私たちの望むものは」が同賞の中の部門賞「3・11章」に他薦でノミネートされた。このような地味な書籍に着目してもらい、本当にありがたく、光栄でもある。
しかし、きょう午前零時に公表された(本当はもっと早くにも公表されていたようだが、いったんサイトが閉鎖されていたらしい)賞のノミネート一覧をみて少々驚いた。この賞がこういう形になっていること、「記者会見賞」があり、そこで小沢一郎氏の受賞がすでに決定していたことに驚いた。そこで、賞自体の考え方等に大きな疑問があるということで、昨晩(というか本日25日)午前零時50分ごろ、下記メールを同協会に送り、賞の辞退をお願いさせてもらった。以下、送付したメールのエッセンスを記しておく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この度、「自由報道協会賞」の「3・11賞」に私が編者となった書物がノミネートをいただきました。地味な本に着目いただいたことに深く感謝しています。また昨日夕、協会事務局のインターンの方にノミネートされたとの連絡を受け、その後、27日夜の授賞式に出席も了解しました。
ところで昨日の連絡まで、私は賞のことも知らず、どのような部門にどんな作品がノミネートされているのかも知りませんでした。今夜零時すぎ、協会のHPで候補の一覧を初めて拝見しました。その中で記者会見賞の部門があり、小沢一郎氏の受賞がすでに決定されていることに強い違和感を感じました。
この賞は報道する側の諸活動が対象になるものだとばかり思い込んでいました。小沢氏の政治姿勢や小沢氏の事件に関する検察の姿勢などに関係なく、報道する側へのアワードと一緒に、通常は報道される側の権力者が並び立つことに強い違和感を感じております。
従いまして、今回のノミネートは辞退させていただきたく思います。27日の出席も遠慮させていただきたいと思います。ノミネートはいわゆる他薦であるため、「辞退」という形があるのかどうかは不明ですが、可能であれば、候補作から削除をいただければと思います。ご理解をいただきたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。このような活動を続けておられる皆様方には改めて敬意を表します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なお、改めて言うまでもないことだが、この「辞退」は自由報道協会の活動全てに対する否定ではない。私自身、記者クラブ問題等に関し、同協会での会見で登壇者になったことがある。現在の記者クラブのシステムに問題が多々あることはこのブログでも古くから唱えてきた通りである。より多くの情報をより多くの市民に少しでも多く提供すべき、という基本的な考え方そのものに異論はない。実際の活動詳細は知らないし、外部から見ていると、疑問符が付く活動もある。しかし、それは「記者クラブを開放すべし」という奔流の中では、避けて通ることがでない軋轢、寄り道の類であろうと感じていた。
ただし、今回のアワードへの「ノミネート」は自分に直接かかわることなので、上記の見解を事務局に発信した次第である。この種の賞を設けること自体には反対しない。ノミネートされたこと自体は正直、うれしかった。投票の方法に若干の疑問も感じたが、新しい時代の賞にはこういう手法もアリかもしれない。
しかしながら、この種の賞は「報道する側」のみを対象にするものだと思う。まして、私は新聞記者時代から権力監視型の調査報道も手掛けてきた。その考えからすれば、いや、「調査報道」といった形からではなく、報道一般の考えからしても、「報道される側」、とくに権力の象徴でもある与党有力者を表彰する賞に並び立つことはできない。
これは小沢氏の政治姿勢そのもの、および、小沢氏の事件をめぐる報道の異常さ、検察のおかしさ等とは全く別次元の話だ。賞の別部門には、これも政治家の原口一博氏がノミネートされてもいる。それも違和感を増長させた。
「@Fukushima」のノミネートは他薦だったから、候補作からの「辞退」という形があり得るのかどうか分からないが、「辞退」を申し出た経緯と考え方は、上述の通りである。
繰り返すが、「@Fukushima」自体に着目してもらったことは感謝している。あんな地味な本をどうやって広めようかと、本を編んだ私自身も頭をひねっていたところだ。ただ、あの本に登場する60余人の方々も、私のこの考えには理解を示してもらえると思う。
自由報道協会の今回の賞は、大賞が「日隅一雄賞」である。日隅さんの、体の底からの、力を振り絞っての活動には、心から尊敬の念を抱いている。あのような活動を続けることが、果たして私だったら可能だろうか、と時折自問する。日隅さんに限らず、地道で、しかし、地を這うような執念を見せながら、権力の厚い壁を突き破ろうとしている種々の報道は(既存メディアか新興メディか等に関係なく)、この日本の片隅の至る所で繰り広げれている。そうした活動に日が当たることを心から願っている。
しかし、きょう午前零時に公表された(本当はもっと早くにも公表されていたようだが、いったんサイトが閉鎖されていたらしい)賞のノミネート一覧をみて少々驚いた。この賞がこういう形になっていること、「記者会見賞」があり、そこで小沢一郎氏の受賞がすでに決定していたことに驚いた。そこで、賞自体の考え方等に大きな疑問があるということで、昨晩(というか本日25日)午前零時50分ごろ、下記メールを同協会に送り、賞の辞退をお願いさせてもらった。以下、送付したメールのエッセンスを記しておく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この度、「自由報道協会賞」の「3・11賞」に私が編者となった書物がノミネートをいただきました。地味な本に着目いただいたことに深く感謝しています。また昨日夕、協会事務局のインターンの方にノミネートされたとの連絡を受け、その後、27日夜の授賞式に出席も了解しました。
ところで昨日の連絡まで、私は賞のことも知らず、どのような部門にどんな作品がノミネートされているのかも知りませんでした。今夜零時すぎ、協会のHPで候補の一覧を初めて拝見しました。その中で記者会見賞の部門があり、小沢一郎氏の受賞がすでに決定されていることに強い違和感を感じました。
この賞は報道する側の諸活動が対象になるものだとばかり思い込んでいました。小沢氏の政治姿勢や小沢氏の事件に関する検察の姿勢などに関係なく、報道する側へのアワードと一緒に、通常は報道される側の権力者が並び立つことに強い違和感を感じております。
従いまして、今回のノミネートは辞退させていただきたく思います。27日の出席も遠慮させていただきたいと思います。ノミネートはいわゆる他薦であるため、「辞退」という形があるのかどうかは不明ですが、可能であれば、候補作から削除をいただければと思います。ご理解をいただきたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。このような活動を続けておられる皆様方には改めて敬意を表します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なお、改めて言うまでもないことだが、この「辞退」は自由報道協会の活動全てに対する否定ではない。私自身、記者クラブ問題等に関し、同協会での会見で登壇者になったことがある。現在の記者クラブのシステムに問題が多々あることはこのブログでも古くから唱えてきた通りである。より多くの情報をより多くの市民に少しでも多く提供すべき、という基本的な考え方そのものに異論はない。実際の活動詳細は知らないし、外部から見ていると、疑問符が付く活動もある。しかし、それは「記者クラブを開放すべし」という奔流の中では、避けて通ることがでない軋轢、寄り道の類であろうと感じていた。
ただし、今回のアワードへの「ノミネート」は自分に直接かかわることなので、上記の見解を事務局に発信した次第である。この種の賞を設けること自体には反対しない。ノミネートされたこと自体は正直、うれしかった。投票の方法に若干の疑問も感じたが、新しい時代の賞にはこういう手法もアリかもしれない。
しかしながら、この種の賞は「報道する側」のみを対象にするものだと思う。まして、私は新聞記者時代から権力監視型の調査報道も手掛けてきた。その考えからすれば、いや、「調査報道」といった形からではなく、報道一般の考えからしても、「報道される側」、とくに権力の象徴でもある与党有力者を表彰する賞に並び立つことはできない。
これは小沢氏の政治姿勢そのもの、および、小沢氏の事件をめぐる報道の異常さ、検察のおかしさ等とは全く別次元の話だ。賞の別部門には、これも政治家の原口一博氏がノミネートされてもいる。それも違和感を増長させた。
「@Fukushima」のノミネートは他薦だったから、候補作からの「辞退」という形があり得るのかどうか分からないが、「辞退」を申し出た経緯と考え方は、上述の通りである。
繰り返すが、「@Fukushima」自体に着目してもらったことは感謝している。あんな地味な本をどうやって広めようかと、本を編んだ私自身も頭をひねっていたところだ。ただ、あの本に登場する60余人の方々も、私のこの考えには理解を示してもらえると思う。
自由報道協会の今回の賞は、大賞が「日隅一雄賞」である。日隅さんの、体の底からの、力を振り絞っての活動には、心から尊敬の念を抱いている。あのような活動を続けることが、果たして私だったら可能だろうか、と時折自問する。日隅さんに限らず、地道で、しかし、地を這うような執念を見せながら、権力の厚い壁を突き破ろうとしている種々の報道は(既存メディアか新興メディか等に関係なく)、この日本の片隅の至る所で繰り広げれている。そうした活動に日が当たることを心から願っている。
「@Fukushima 私たちの望むものは」 まえがき
「@Fukushima 私たちの望むものは」が出版されました。版元は東京の産学社です。どんな本であるかは、以前、このブログでも紹介しました。ぜひ手に取っていただき、少しでも多くの方に読んでもらいたいと願っています。以下はその「まえがき」です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
東日本大震災から、半年が過ぎた九月中旬の午後。私は福島県南部の街にいた。
二両編成の電車を降り、駅前へ出る。人通りはほとんどない。客待ちのタクシーが三台。それをやり過ごして信号を過ぎると、小さな川を渡った。二つ目の信号は右折。次の角は左折。目指すアパートは、青みがかった灰色の三階建てだった。都会ではごくふつうのアパートだが、郡部のこのあたりでは小綺麗で立派な部類に入るかもしれない。
「C」の部屋に表札はなかった。
インターホンを押し、玄関を空けてもらった。たたきには、靴がいくつかきれいに並んでいる。
「よく来て下さいました。遠くからご苦労様です」
窓際のソファから声がかかった。志賀秀朗さんの第一声だった。
「まえがき」の続きはここをクリック
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東日本大震災から、半年が過ぎた九月中旬の午後。私は福島県南部の街にいた。
二両編成の電車を降り、駅前へ出る。人通りはほとんどない。客待ちのタクシーが三台。それをやり過ごして信号を過ぎると、小さな川を渡った。二つ目の信号は右折。次の角は左折。目指すアパートは、青みがかった灰色の三階建てだった。都会ではごくふつうのアパートだが、郡部のこのあたりでは小綺麗で立派な部類に入るかもしれない。
「C」の部屋に表札はなかった。
インターホンを押し、玄関を空けてもらった。たたきには、靴がいくつかきれいに並んでいる。
「よく来て下さいました。遠くからご苦労様です」
窓際のソファから声がかかった。志賀秀朗さんの第一声だった。
「まえがき」の続きはここをクリック
国民に対する思想調査に道を開く「秘密保全法案」
秘密保全法案について、再び書いておく。この法制について検討を重ねていた「有識者会議」が今年8月にまとめた報告書がある。ネットで検索すれば、すぐに引っかかるので、時間がある方はぜひ目を通してもらいたいと思う。報告書は有識者5人の検討を経てまとめたことになっている。5人には失礼かも知れないが、事実上、官僚たちの成果物と言って差し支えあるまい。
報告書を紐解いてみよう。私は法律の専門家ではないから、誤読があるかもしれないが、その点は容赦してもらいたい。まず、最高で懲役10年を科そうとする「秘密」はどこに存在しているのか。報告書によれば、(1) 国の行政機関 (2) 独立行政法人等 (3) 地方公共団体=とくに警察 (4)行政機関等から事業委託を受けた民間事業者及び大学??の主に4つである。そして、何が秘密かを指定する権限は行政機関にある、とする。
秘密を扱う人物に対しては、あらかじめ、当該行政機関側が「適正評価」を行う仕組みになっている。「こいつに秘密を扱わせていいかどうか」ということを、行政側が自己の組織内外の構成員に対して調べるのだ。では、その人物の何を調べるのか。
人物調査の観点は(1) 我が国の不利益となる行動をしないこと (2)外国情報機関等の情報収集活動に取り込まれる弱点がないこと (3)自己管理能力があること又は自己を統制できない状態に陥らないこと (4) ルールを遵守する意思及び能力があること (5)情報を保全する意思及び能力があること などを前提として、以下のことを調べよ、と報告書は書いている。大事なところだから、ここは正確に引用しておこう。
調査事項としては、例えば、[1]人定事項(氏名、生年月日、住所歴、国籍(帰化情報を含む。)、本籍、親族等)、[2]学歴・職歴、[3]我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動、外国情報機関による情報収集活動、テロリズム等)への関与、[4]外国への渡航歴、[5]犯罪歴、[6]懲戒処分歴、[7]信用状態、[8]薬物・アルコールの影響、[9]精神の問題に係る通院歴、[10]秘密情報の取扱いに係る非達歴、といったものが考えられる。また、対象者本人に加え、配偶者のように対象者の身近にあって対象者の行動に影響を与え得る者についても、諸外国と同様に、人定事項、信用状態や外国への渡航歴等の事項を調査することも考えられる。
これを読んだ数ヶ月前、私は心底、身震いがした。これはまさに、公務員による国民の思想調査ではないか。「秘密保全法ができても、法に違反しなければいいだけだ」「国家には秘密があって当然だ」などと言う人がいたら、よくよく考え、想像をめぐらせてもらいたい。この法案は、公務員が「国家秘密」の名の下に国民の思想調査を可能にし、国民が不可侵の領域を大規模に形成しようとしているだけではないか。それに相変わらず、報告書の文書にも「等」が多すぎ、である。思想調査に法的根拠を与えようとする法律において、こんなにも「等」を乱発して、拡大解釈を可能にしていいはずがない。しかも民間事業者等における調査は、民間事業者等にその権限を与えるのだという。本当にこわい。
報告書はこうも書いている。
対象者の日ごろの行い等を調査するため、職場の上司や同僚等の対象者をよく知る者に対して質問する必要がある場合も考えられることから、実施権者にその権限を付与することが適当である。
対象者の日頃の行い「等」を監視対象とせよ、ということだ。「あいつは反原発、脱原発だったな」とか、「彼の奥さん、カタログハウスの通販生活の愛読者だったな」とか、そんなことが「公務員による調査」の対象になるかもしれない。
報告書は「国家公務員法等において一般的な守秘義務が定められているが、秘密の漏えいを防止するための管理に関する規定がない上、守秘義務規定に係る罰則の懲役刑が1年以下とされており、その抑止力も十分とはいえない」から最高で懲役10年の刑を定めたほうがいいと書き、罰金だけの刑はダメだ、生ぬるい、とも言っている。「未遂」も「共謀」も処罰の対象だ。秘密を取り扱う者「等」に対する教唆行為、煽動行為も処罰だ。さらに、秘密保全法は国民の知る権利を侵害するものではないし、情報公開に関する一連の法理とは無関係だし、国会や裁判所についても何らかの規制が必要になるだろうという趣旨のことが書かれている。
それに何より、「何が秘密か」を指定するのが当人たちだから、原発のことも放射能のことも裏金のことも、要するに自分たちが「秘密だ」と言えば、秘密である。秘密とは全てが隠されることだから、どこにどんな秘密があるのか、それすら国民には伺い知れない。「東電の国有化に疑義あり」などと思って、「本当のことを言え」と迫ったら、「教唆」かもしれない。「本当のことを言いなさい!」とデモを計画したら、「煽動」と「共謀」かもしれない。
前回のこのブログの記事『野田内閣は本当に「やる」のか?秘密保全法案』でも書いたが、こういう法律が出来ると、必ず「取り締まる側」と「取り締まられる側」ができる。警察は「秘密保全法違反はないか」と目を光らせる。やがては地域社会や企業などで「相互監視」の傾向が強まるだろう。そして、これも前回書いたことだが、法律は改正される。10年もすれば、制定時とはまったく違った法律になっていることも珍しくない。戦前の治安維持法が猛威を振るったのは、改正によって処罰対象が拡大された後、法の制定から約10年後のことだ。
この報告書や有識者の議論等々によると、いま日本は外国の情報機関「等」による活動によって、重大な危機にさらされているらしい。いつの時代も、国家の内部統制を強化しようとするときは、「外国の驚異」「テロの脅威」などが強調される。ヒトラーもそうだったし、北朝鮮もそうだ。しかし、本当の脅威は、情報の独占とそれに伴う思想調査、重罰まで可能にしようとする、霞ヶ関の人たちにこそあるのではないか。
霞ヶ関・永田町取材に奔走している記者の人たちが、もしこのブログを読んだとしたら、「秘密保全法っていったい何だ?」と次々に各所で疑問をぶつけてもらいたい。漫然と過ごしている場合ではない。大手報道機関の取材活動は当初、法案から除外されるかもしれないが、そんなセコイことで言を左右してはならない。残念ながらこの国では、現在のところは、大手の新聞・テレビが動かないと、政治家や役人の考えはなかなか変わらない。新聞が「秘密保全法案反対キャンペーン」を展開すれば、法案はつぶれるかもしれない。だから、(過度な期待かもしれないが)とくに若い記者たちには「頑張れ」と言いたい。そのためにも、まずは「報告書」を熟読してもらいたい。
報告書を紐解いてみよう。私は法律の専門家ではないから、誤読があるかもしれないが、その点は容赦してもらいたい。まず、最高で懲役10年を科そうとする「秘密」はどこに存在しているのか。報告書によれば、(1) 国の行政機関 (2) 独立行政法人等 (3) 地方公共団体=とくに警察 (4)行政機関等から事業委託を受けた民間事業者及び大学??の主に4つである。そして、何が秘密かを指定する権限は行政機関にある、とする。
秘密を扱う人物に対しては、あらかじめ、当該行政機関側が「適正評価」を行う仕組みになっている。「こいつに秘密を扱わせていいかどうか」ということを、行政側が自己の組織内外の構成員に対して調べるのだ。では、その人物の何を調べるのか。
人物調査の観点は(1) 我が国の不利益となる行動をしないこと (2)外国情報機関等の情報収集活動に取り込まれる弱点がないこと (3)自己管理能力があること又は自己を統制できない状態に陥らないこと (4) ルールを遵守する意思及び能力があること (5)情報を保全する意思及び能力があること などを前提として、以下のことを調べよ、と報告書は書いている。大事なところだから、ここは正確に引用しておこう。
調査事項としては、例えば、[1]人定事項(氏名、生年月日、住所歴、国籍(帰化情報を含む。)、本籍、親族等)、[2]学歴・職歴、[3]我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動、外国情報機関による情報収集活動、テロリズム等)への関与、[4]外国への渡航歴、[5]犯罪歴、[6]懲戒処分歴、[7]信用状態、[8]薬物・アルコールの影響、[9]精神の問題に係る通院歴、[10]秘密情報の取扱いに係る非達歴、といったものが考えられる。また、対象者本人に加え、配偶者のように対象者の身近にあって対象者の行動に影響を与え得る者についても、諸外国と同様に、人定事項、信用状態や外国への渡航歴等の事項を調査することも考えられる。
これを読んだ数ヶ月前、私は心底、身震いがした。これはまさに、公務員による国民の思想調査ではないか。「秘密保全法ができても、法に違反しなければいいだけだ」「国家には秘密があって当然だ」などと言う人がいたら、よくよく考え、想像をめぐらせてもらいたい。この法案は、公務員が「国家秘密」の名の下に国民の思想調査を可能にし、国民が不可侵の領域を大規模に形成しようとしているだけではないか。それに相変わらず、報告書の文書にも「等」が多すぎ、である。思想調査に法的根拠を与えようとする法律において、こんなにも「等」を乱発して、拡大解釈を可能にしていいはずがない。しかも民間事業者等における調査は、民間事業者等にその権限を与えるのだという。本当にこわい。
報告書はこうも書いている。
対象者の日ごろの行い等を調査するため、職場の上司や同僚等の対象者をよく知る者に対して質問する必要がある場合も考えられることから、実施権者にその権限を付与することが適当である。
対象者の日頃の行い「等」を監視対象とせよ、ということだ。「あいつは反原発、脱原発だったな」とか、「彼の奥さん、カタログハウスの通販生活の愛読者だったな」とか、そんなことが「公務員による調査」の対象になるかもしれない。
報告書は「国家公務員法等において一般的な守秘義務が定められているが、秘密の漏えいを防止するための管理に関する規定がない上、守秘義務規定に係る罰則の懲役刑が1年以下とされており、その抑止力も十分とはいえない」から最高で懲役10年の刑を定めたほうがいいと書き、罰金だけの刑はダメだ、生ぬるい、とも言っている。「未遂」も「共謀」も処罰の対象だ。秘密を取り扱う者「等」に対する教唆行為、煽動行為も処罰だ。さらに、秘密保全法は国民の知る権利を侵害するものではないし、情報公開に関する一連の法理とは無関係だし、国会や裁判所についても何らかの規制が必要になるだろうという趣旨のことが書かれている。
それに何より、「何が秘密か」を指定するのが当人たちだから、原発のことも放射能のことも裏金のことも、要するに自分たちが「秘密だ」と言えば、秘密である。秘密とは全てが隠されることだから、どこにどんな秘密があるのか、それすら国民には伺い知れない。「東電の国有化に疑義あり」などと思って、「本当のことを言え」と迫ったら、「教唆」かもしれない。「本当のことを言いなさい!」とデモを計画したら、「煽動」と「共謀」かもしれない。
前回のこのブログの記事『野田内閣は本当に「やる」のか?秘密保全法案』でも書いたが、こういう法律が出来ると、必ず「取り締まる側」と「取り締まられる側」ができる。警察は「秘密保全法違反はないか」と目を光らせる。やがては地域社会や企業などで「相互監視」の傾向が強まるだろう。そして、これも前回書いたことだが、法律は改正される。10年もすれば、制定時とはまったく違った法律になっていることも珍しくない。戦前の治安維持法が猛威を振るったのは、改正によって処罰対象が拡大された後、法の制定から約10年後のことだ。
この報告書や有識者の議論等々によると、いま日本は外国の情報機関「等」による活動によって、重大な危機にさらされているらしい。いつの時代も、国家の内部統制を強化しようとするときは、「外国の驚異」「テロの脅威」などが強調される。ヒトラーもそうだったし、北朝鮮もそうだ。しかし、本当の脅威は、情報の独占とそれに伴う思想調査、重罰まで可能にしようとする、霞ヶ関の人たちにこそあるのではないか。
霞ヶ関・永田町取材に奔走している記者の人たちが、もしこのブログを読んだとしたら、「秘密保全法っていったい何だ?」と次々に各所で疑問をぶつけてもらいたい。漫然と過ごしている場合ではない。大手報道機関の取材活動は当初、法案から除外されるかもしれないが、そんなセコイことで言を左右してはならない。残念ながらこの国では、現在のところは、大手の新聞・テレビが動かないと、政治家や役人の考えはなかなか変わらない。新聞が「秘密保全法案反対キャンペーン」を展開すれば、法案はつぶれるかもしれない。だから、(過度な期待かもしれないが)とくに若い記者たちには「頑張れ」と言いたい。そのためにも、まずは「報告書」を熟読してもらいたい。
野田内閣は本当に「やる」のか〜秘密保全法案
秘密保全法案が来年早々召集の通常国会に上程されそうだ。「いよいよか」と思う。実に不気味な法案である。秘密保全法案は御承知の通り、(1)防衛など「国の安全」 (2)外交 (3)公共の安全・秩序の維持―の3分野を対象に「秘密」を決め、漏洩者等には最高で懲役5年・10年の刑罰を与えようとする内容だ。
日本新聞協会や雑誌協会などは相次いで反対の声明を出してはいる。しかし、いかにも勢いは弱い。新聞社説やコラムなどでも各紙はおおむね「反対」をうたっているが、一方で「国には一定の秘密がある」という趣旨のことをあっさり認めてしまう(例えばここ→京都新聞の社説)。「国家秘密とは何か」「そもそも国家に秘密はあるのか」「誰がそれを認定するのか」をめぐる議論こそが最重要になるはずなのに、である。それに機密保全のためなら、すでに国家公務員法や地方公務員法の中に立派な守秘義務項目があるではないか。
「国家」という抽象的な概念をあれこれ議論すると、議論の内容はどうしても主語が「大文字」になる。「国家とは」「日本とは」といった按配に、である。まあ、それはそれで良い。しかし、この法の怖さは「違反者を取り締まる」ということにこそある。刑罰付きの法律が出来れば、当たり前のことだが、「取り締まる側」と「取り締まられる側」ができる。そこに警察権力、検察権力が絡む。ここがポイントである。
秘密保全法違反で誰かが逮捕され、拘置所に長く長く拘置され、起訴されたとしよう。その刑事裁判は「漏らした秘密が国家機密かどうか」をめぐる争いになるはずだが、権力側にすれば、そこに至れば、もう「勝利」である。秘密漏洩罪で人をしょっ引き、代用監獄にぶつこみ、締め上げ、あちこちにがさ入れをかけ・・・・。ここまでで、たいていの人は震え上がってしまう。
日本の組織や社会はただでさえ、異端者を排除する力学が強い。同じ者同士が群れる傾向も強い。そうした中で、こんな法律が出来てしまえば、組織や社会の随所で「相互監視」が強まり、警察や検察への「内通」が増える。「警部さん、あいつ、機密情報を漏らしてました。パソコンいじっているのを見てました」とか。警察はしょっ引くのが目的だから、いろいろ調べる。調べただけで、周囲は言うだろう。「君、何か漏らしたのかね?」と。相互監視、密告、内通、疑心暗鬼、物言えば唇寒し、謀略。そんなものも、いつの間にか、あちこちに侵入してくるかもしれない。
しかも法律は通常、改正に改正を重ねていく。ときが過ぎれば当初の姿と変わっていることも珍しくない。戦前の治安維持法も改正を重ねて取り締まり対象を拡大し、制定の約10年後から猛威を振るうようになった。戦前は共産党そのものが非合法であったし、治安維持法が出来た時点では、共産主義者の取り締まりだからなあ、という冷めた空気があった。そこに権力が入り込み、やがては宗教者にまで取り締まりが及んだ。大きな役割を果たした特高警察のことなど、ここで繰り返すまでもない。
旧ソ連の有名な冗句にこんなものがあった。<ある男がウォッカを飲みながらクレムリンの赤の広場でぶつぶつ言っていた。やがて大声で叫ぶ。「け、ブレジネフの大馬鹿やろうめ。ブレジネフは大馬鹿だ!」。男は駆け寄ってきたKGBに国家機密漏洩罪で逮捕された。>。日本でも冗談でなく、こんな日が来るかも知れない。冗談で済めばいいが、済まないかもしれない。実際、ほんの66年前まで、日本はそんな国だった。DNAはしっかり残っている。こんな法律ができれば、例えば、東電や原子力ムラの利権構造に切り込むような取材は、検挙対象になりかねないし、最初は組織メディアではなくフリーや雑誌が摘発されるだろう。
繰り返しになるけれども、法律は制定当初の姿かたちとは、違ったものになる。改正につぐ改正によって、あるいは解釈の変更や拡大解釈によって、それは行われる。そんな実例は、いやというほど見せつけられてきたではないか。そして刑罰付きの法律が出来れば、必ず、取り締まる側と取り締まられる側ができる。そこに警察や検察権力が絡む。そうなれば組織や社会の中で、疑心暗鬼や密告、謀略などの風潮が増進する。
いかなる理由が付けられようとも、言論の自由の幅を狭くするような法律には、私は絶対に賛成しない。だから、秘密保全法を平気な顔で上程する野田政権・民主党内閣など、全く支持しない。
日本新聞協会や雑誌協会などは相次いで反対の声明を出してはいる。しかし、いかにも勢いは弱い。新聞社説やコラムなどでも各紙はおおむね「反対」をうたっているが、一方で「国には一定の秘密がある」という趣旨のことをあっさり認めてしまう(例えばここ→京都新聞の社説)。「国家秘密とは何か」「そもそも国家に秘密はあるのか」「誰がそれを認定するのか」をめぐる議論こそが最重要になるはずなのに、である。それに機密保全のためなら、すでに国家公務員法や地方公務員法の中に立派な守秘義務項目があるではないか。
「国家」という抽象的な概念をあれこれ議論すると、議論の内容はどうしても主語が「大文字」になる。「国家とは」「日本とは」といった按配に、である。まあ、それはそれで良い。しかし、この法の怖さは「違反者を取り締まる」ということにこそある。刑罰付きの法律が出来れば、当たり前のことだが、「取り締まる側」と「取り締まられる側」ができる。そこに警察権力、検察権力が絡む。ここがポイントである。
秘密保全法違反で誰かが逮捕され、拘置所に長く長く拘置され、起訴されたとしよう。その刑事裁判は「漏らした秘密が国家機密かどうか」をめぐる争いになるはずだが、権力側にすれば、そこに至れば、もう「勝利」である。秘密漏洩罪で人をしょっ引き、代用監獄にぶつこみ、締め上げ、あちこちにがさ入れをかけ・・・・。ここまでで、たいていの人は震え上がってしまう。
日本の組織や社会はただでさえ、異端者を排除する力学が強い。同じ者同士が群れる傾向も強い。そうした中で、こんな法律が出来てしまえば、組織や社会の随所で「相互監視」が強まり、警察や検察への「内通」が増える。「警部さん、あいつ、機密情報を漏らしてました。パソコンいじっているのを見てました」とか。警察はしょっ引くのが目的だから、いろいろ調べる。調べただけで、周囲は言うだろう。「君、何か漏らしたのかね?」と。相互監視、密告、内通、疑心暗鬼、物言えば唇寒し、謀略。そんなものも、いつの間にか、あちこちに侵入してくるかもしれない。
しかも法律は通常、改正に改正を重ねていく。ときが過ぎれば当初の姿と変わっていることも珍しくない。戦前の治安維持法も改正を重ねて取り締まり対象を拡大し、制定の約10年後から猛威を振るうようになった。戦前は共産党そのものが非合法であったし、治安維持法が出来た時点では、共産主義者の取り締まりだからなあ、という冷めた空気があった。そこに権力が入り込み、やがては宗教者にまで取り締まりが及んだ。大きな役割を果たした特高警察のことなど、ここで繰り返すまでもない。
旧ソ連の有名な冗句にこんなものがあった。<ある男がウォッカを飲みながらクレムリンの赤の広場でぶつぶつ言っていた。やがて大声で叫ぶ。「け、ブレジネフの大馬鹿やろうめ。ブレジネフは大馬鹿だ!」。男は駆け寄ってきたKGBに国家機密漏洩罪で逮捕された。>。日本でも冗談でなく、こんな日が来るかも知れない。冗談で済めばいいが、済まないかもしれない。実際、ほんの66年前まで、日本はそんな国だった。DNAはしっかり残っている。こんな法律ができれば、例えば、東電や原子力ムラの利権構造に切り込むような取材は、検挙対象になりかねないし、最初は組織メディアではなくフリーや雑誌が摘発されるだろう。
繰り返しになるけれども、法律は制定当初の姿かたちとは、違ったものになる。改正につぐ改正によって、あるいは解釈の変更や拡大解釈によって、それは行われる。そんな実例は、いやというほど見せつけられてきたではないか。そして刑罰付きの法律が出来れば、必ず、取り締まる側と取り締まられる側ができる。そこに警察や検察権力が絡む。そうなれば組織や社会の中で、疑心暗鬼や密告、謀略などの風潮が増進する。
いかなる理由が付けられようとも、言論の自由の幅を狭くするような法律には、私は絶対に賛成しない。だから、秘密保全法を平気な顔で上程する野田政権・民主党内閣など、全く支持しない。
調査報道と「持ち込みネタ」
今月初め、上智大学で開いたシンポジウム「調査報道をどう進めるか」の基調報告で、いわゆる「持ち込みネタ」に関する問題点を指摘した。当日参加できなかった方から「持ち込みネタをやめろという話をしたそうですが、どんな話だったんですか」という照会があった。メモなしで喋っていたので詳細は記憶にないが、趣旨はだいたい、以下のような話である。
(ただし、この話には2つの前提がある。一つは対象を「主たる新聞とテレビ局」に限定していること。雑誌やその他の媒体はまた違う話になる。もう一つは、いわゆる「権力追及型」調査報道に限定していること。調査報道にはいろんな種類があるが、今回は定義付けの場ではないので、そこには言及しない。)
日本の新聞やテレビにおいて、なぜ、調査報道が少ないか。議論の出発点はそこにある。もちろん、調査報道は「相当に少ない」のであって、「ない」ではない。実際、過去には多くの優れた調査報道があった。少し前に出した「権力vs調査報道」(旬報社)も過去の代表的な調査報道の取材プロセスを明らかにした内容であり、これを読めば権力追及型調査報道の重要性や凄みがお分かり頂けると思う。
そうしたタイプの調査報道が少ない理由は多種多様だが、大きな理由の一つは「取材情報の持ち込み」にあるのではないか、と感じている。
ここに権力の不正に関する何らかの端緒情報があったとしよう。記者は情報の質を見極めたうえで、取材に入る。関係者を丹念に取材し、資料を集め、そぎ落とし、肉付けし、さらに関係者に取材する。それを何度も繰り返す。一定程度の期間が過ぎると、当然、「いけそうか、どうか」の分岐点に差し掛かる。「いけそうだ」となると、報道機関が独自取材を続行する−−。これが通常の発想であり、通常の行動だ。しかし、この分岐点では往々にして「そのネタ、サツに事件としてやらせろ」という声がかかる。報道機関の組織内部からである。そして、取材で得た情報の一部か半分か或いは相当部分を警察に提供する。検察や入管、労基署などの場合もある。これがいわゆる「持ち込みネタ」である。
捜査当局が「持ち込みネタ」を立件する場合、強制捜査の着手直前などのタイミングで、情報提供してくれた報道機関にそれを優先的に伝える。「ギブ・アンド・テイク」である。優先的に情報をもらったら「与党幹部に重大疑惑、検察近く強制捜査へ」などという「スクープ」記事となって日の目をみる。
報道界では長らく、こうした形のスクープ(もちろん、カギカッコ付きである)が「鮮やかなスクープ」として幅を利かせてきた。新聞社が独自に不正を報道するよりも、その不正内容を捜査当局が事件にしたケースを一段高く評価する声も多かった。実際、新聞社出身の大学教員が「捜査当局が立件した場合はその報道の価値が高い」という趣旨の論文を書いたケースもある。
取材で得た情報を捜査当局に渡すことは、言うまでもなく重大な問題をはらんでいる。「情報は提供しても情報源は伝えていない」といって済まされることではない。しかし、ここでは、この問題は脇に置く。このエントリでの関心は、「取材力のなさ・劣化と持ち込みネタ」の関係である。
言うまでもなく、記者独自の調査取材は、山を登るにつれてきつくなる。初期は比較的情報も集まりやすいが、五合目、六合目、七合目と進むにつれ、しんどくなる。それは当然だ。記者の取材に強制力はない。種々の手練手管を用いたとしても、平たく言えば、「教えて下さい」というお願いの連続でしかない。だから、最終的な裏取り、確認作業の段階に入るにつれ、取材は困難になる。ネタの持ち込みを実行する段階はおおむね、五合目の前後である。単なるうわさ話程度では、警察も検察も関心を持ってくれない。馬鹿にされる。
しかしながら、こうした行為は取材者側からすれば、独自取材を途中で放り投げることと同義である。一番苦しい部分を自分で取材せず、あとは捜査当局がたどった道をフォローするだけになる。日本の事件事故取材(=検察・警察取材)は、「捜査当局が何を捜査しているか」「誰をいつ逮捕するのか」等々、捜査の動きを追い、それを書くことが主流になっている。その問題点は何度もこのブログで書いたので繰り返さないが、調査報道取材という観点から見れば、持ち込みネタは、「調査報道取材」が「通常の警察・検察取材」に変質することを意味する。
「記事化する際は、当局のお墨付きを得ることが出来る、それで記事の価値が上がる」という独特の価値観も作用している。「高田新聞社の取材によれば」ではなく、「検察によれば」と書く方が確かにリスクは少ない。仮に相手から訴えられたとしても、幾ばくかは責任を当局に押しつけることができるかもしれない。つまり、リスクを取ろうとしないのである。保守化・官僚化がスパイラル的に進む既存報道機関においては、リスク回避の傾向はますます顕著だから、「当局によると」に寄りかかる傾向は、さらに拍車がかかっていくだろう。
ネタを持ち込まなかったとしても、実際に報道する直前、わざわざ捜査当局に記事内容を伝える風習もある。「あす、うちでこんな記事を書きます」「おおすごいな。もっと詳しく教えてくれ」といったやり取りの後、当該記事のリードの末尾などに「ここの事実は警察も把握している模様だ」などと書く。逆に言うと、当局のお墨付きが欲しいから、最後の最後で「ご注進」するのだ。
小沢一郎氏の政治資金疑惑が盛んに報道されていたときにも感じたし、当時、いくつかの関連エントリを書いた(→例えばここ)。日本の「調査報道」は捜査当局の捜査が進んでいるときにこそ、華々しく展開されてきた。捜査当局の捜査と並行して進む「調査報道」など本当の意味での調査報道ではないと思うが、権力の一部分と結託するような形で進む調査報道(それが結果的だったとしても)とは、いったい何なのかと思う。
もしかしたら、「持ち込みネタなどない」「知らない」という警察・検察担当記者がいるかもしれない。そうだとしたら、その記者は新人か、よほどの「世間知らず」だ。それでも「持ち込みなどない」と言い張る記者がいたら、私は断言する。その言葉はウソだ。
私にもネタ持ち込みの経験はある。私の同僚もかつて、鈴木宗男氏の事件に関して、東京地検特捜部から「ネタはないか」と「協力」を求められたことがある。他社の持ち込み実例も知っている。そのへんのことは「権力vs調査報道」に少しだけ書いたが、例えば、事件取材が長かったあるジャーナリストも「リクルート事件以降、東京地検特捜部が手掛けた事件の半分くらいは大メディアの持ち込みネタではないか」と話していた。彼の実感は大きく外れてはいないと思う。そして、そうした「ギブ・アンド・テイク」の関係は全国津々浦々、いろんなレベルのところで築かれていると思う。
日本の報道界は長らく、本当に長すぎるほど長らく、捜査当局と一心同体になって、ペンを持ったお巡りさんとして機能してきた。捜査情報を取ることができ、「あす逮捕へ」を早く書く記者こそが優秀とされてきた。一部の例外はあるにしても、太宗は間違いなくその流れの中にあったし、今もある。、新聞社の多くは、新人を必ず一度は一定期間、警察担当にぶち込んできた。そして、捜査当局をはじめ、あちこちの権力と二人三脚で歩むことを習い性にしてきた結果、それを是とする文化、さらには人事考課の基準を組織内に抱え込んでしまった。もちろん、ここでいう「当局」は警察や検察だけでなく、中央省庁や大企業などすべてに当てはまる。
調査報道の重要性については、ここで繰り返すまでもない。そして端緒情報はたくさん転がっている。だったら、それを自社の努力で取材すればいいだけの話ではないか。取材に公式はないから、山あり谷ありの連続だが、取材力の養成という観点からしても、道はそれしかない。既存メディアが調査報道に「本気で」舵を切ろうとするなら、まずはネタの持ち込みを全面的に禁止し、捜査当局との関係を変え、それをあらゆる取材分野・取材部署に広げるしかないだろうと思う。ただ、何十年もかかって築いてしまった組織文化はそうそう簡単に変わりはしないのだから、ある報道機関がこの先、全社的に調査報道に傾斜するなどというのは、すでに幻想かもしれない。可能性があるとしたら、比較的組織の小さな報道機関か、まったく新しい報道会社か、それくらいだろうと思う。
(ただし、この話には2つの前提がある。一つは対象を「主たる新聞とテレビ局」に限定していること。雑誌やその他の媒体はまた違う話になる。もう一つは、いわゆる「権力追及型」調査報道に限定していること。調査報道にはいろんな種類があるが、今回は定義付けの場ではないので、そこには言及しない。)
日本の新聞やテレビにおいて、なぜ、調査報道が少ないか。議論の出発点はそこにある。もちろん、調査報道は「相当に少ない」のであって、「ない」ではない。実際、過去には多くの優れた調査報道があった。少し前に出した「権力vs調査報道」(旬報社)も過去の代表的な調査報道の取材プロセスを明らかにした内容であり、これを読めば権力追及型調査報道の重要性や凄みがお分かり頂けると思う。
そうしたタイプの調査報道が少ない理由は多種多様だが、大きな理由の一つは「取材情報の持ち込み」にあるのではないか、と感じている。
ここに権力の不正に関する何らかの端緒情報があったとしよう。記者は情報の質を見極めたうえで、取材に入る。関係者を丹念に取材し、資料を集め、そぎ落とし、肉付けし、さらに関係者に取材する。それを何度も繰り返す。一定程度の期間が過ぎると、当然、「いけそうか、どうか」の分岐点に差し掛かる。「いけそうだ」となると、報道機関が独自取材を続行する−−。これが通常の発想であり、通常の行動だ。しかし、この分岐点では往々にして「そのネタ、サツに事件としてやらせろ」という声がかかる。報道機関の組織内部からである。そして、取材で得た情報の一部か半分か或いは相当部分を警察に提供する。検察や入管、労基署などの場合もある。これがいわゆる「持ち込みネタ」である。
捜査当局が「持ち込みネタ」を立件する場合、強制捜査の着手直前などのタイミングで、情報提供してくれた報道機関にそれを優先的に伝える。「ギブ・アンド・テイク」である。優先的に情報をもらったら「与党幹部に重大疑惑、検察近く強制捜査へ」などという「スクープ」記事となって日の目をみる。
報道界では長らく、こうした形のスクープ(もちろん、カギカッコ付きである)が「鮮やかなスクープ」として幅を利かせてきた。新聞社が独自に不正を報道するよりも、その不正内容を捜査当局が事件にしたケースを一段高く評価する声も多かった。実際、新聞社出身の大学教員が「捜査当局が立件した場合はその報道の価値が高い」という趣旨の論文を書いたケースもある。
取材で得た情報を捜査当局に渡すことは、言うまでもなく重大な問題をはらんでいる。「情報は提供しても情報源は伝えていない」といって済まされることではない。しかし、ここでは、この問題は脇に置く。このエントリでの関心は、「取材力のなさ・劣化と持ち込みネタ」の関係である。
言うまでもなく、記者独自の調査取材は、山を登るにつれてきつくなる。初期は比較的情報も集まりやすいが、五合目、六合目、七合目と進むにつれ、しんどくなる。それは当然だ。記者の取材に強制力はない。種々の手練手管を用いたとしても、平たく言えば、「教えて下さい」というお願いの連続でしかない。だから、最終的な裏取り、確認作業の段階に入るにつれ、取材は困難になる。ネタの持ち込みを実行する段階はおおむね、五合目の前後である。単なるうわさ話程度では、警察も検察も関心を持ってくれない。馬鹿にされる。
しかしながら、こうした行為は取材者側からすれば、独自取材を途中で放り投げることと同義である。一番苦しい部分を自分で取材せず、あとは捜査当局がたどった道をフォローするだけになる。日本の事件事故取材(=検察・警察取材)は、「捜査当局が何を捜査しているか」「誰をいつ逮捕するのか」等々、捜査の動きを追い、それを書くことが主流になっている。その問題点は何度もこのブログで書いたので繰り返さないが、調査報道取材という観点から見れば、持ち込みネタは、「調査報道取材」が「通常の警察・検察取材」に変質することを意味する。
「記事化する際は、当局のお墨付きを得ることが出来る、それで記事の価値が上がる」という独特の価値観も作用している。「高田新聞社の取材によれば」ではなく、「検察によれば」と書く方が確かにリスクは少ない。仮に相手から訴えられたとしても、幾ばくかは責任を当局に押しつけることができるかもしれない。つまり、リスクを取ろうとしないのである。保守化・官僚化がスパイラル的に進む既存報道機関においては、リスク回避の傾向はますます顕著だから、「当局によると」に寄りかかる傾向は、さらに拍車がかかっていくだろう。
ネタを持ち込まなかったとしても、実際に報道する直前、わざわざ捜査当局に記事内容を伝える風習もある。「あす、うちでこんな記事を書きます」「おおすごいな。もっと詳しく教えてくれ」といったやり取りの後、当該記事のリードの末尾などに「ここの事実は警察も把握している模様だ」などと書く。逆に言うと、当局のお墨付きが欲しいから、最後の最後で「ご注進」するのだ。
小沢一郎氏の政治資金疑惑が盛んに報道されていたときにも感じたし、当時、いくつかの関連エントリを書いた(→例えばここ)。日本の「調査報道」は捜査当局の捜査が進んでいるときにこそ、華々しく展開されてきた。捜査当局の捜査と並行して進む「調査報道」など本当の意味での調査報道ではないと思うが、権力の一部分と結託するような形で進む調査報道(それが結果的だったとしても)とは、いったい何なのかと思う。
もしかしたら、「持ち込みネタなどない」「知らない」という警察・検察担当記者がいるかもしれない。そうだとしたら、その記者は新人か、よほどの「世間知らず」だ。それでも「持ち込みなどない」と言い張る記者がいたら、私は断言する。その言葉はウソだ。
私にもネタ持ち込みの経験はある。私の同僚もかつて、鈴木宗男氏の事件に関して、東京地検特捜部から「ネタはないか」と「協力」を求められたことがある。他社の持ち込み実例も知っている。そのへんのことは「権力vs調査報道」に少しだけ書いたが、例えば、事件取材が長かったあるジャーナリストも「リクルート事件以降、東京地検特捜部が手掛けた事件の半分くらいは大メディアの持ち込みネタではないか」と話していた。彼の実感は大きく外れてはいないと思う。そして、そうした「ギブ・アンド・テイク」の関係は全国津々浦々、いろんなレベルのところで築かれていると思う。
日本の報道界は長らく、本当に長すぎるほど長らく、捜査当局と一心同体になって、ペンを持ったお巡りさんとして機能してきた。捜査情報を取ることができ、「あす逮捕へ」を早く書く記者こそが優秀とされてきた。一部の例外はあるにしても、太宗は間違いなくその流れの中にあったし、今もある。、新聞社の多くは、新人を必ず一度は一定期間、警察担当にぶち込んできた。そして、捜査当局をはじめ、あちこちの権力と二人三脚で歩むことを習い性にしてきた結果、それを是とする文化、さらには人事考課の基準を組織内に抱え込んでしまった。もちろん、ここでいう「当局」は警察や検察だけでなく、中央省庁や大企業などすべてに当てはまる。
調査報道の重要性については、ここで繰り返すまでもない。そして端緒情報はたくさん転がっている。だったら、それを自社の努力で取材すればいいだけの話ではないか。取材に公式はないから、山あり谷ありの連続だが、取材力の養成という観点からしても、道はそれしかない。既存メディアが調査報道に「本気で」舵を切ろうとするなら、まずはネタの持ち込みを全面的に禁止し、捜査当局との関係を変え、それをあらゆる取材分野・取材部署に広げるしかないだろうと思う。ただ、何十年もかかって築いてしまった組織文化はそうそう簡単に変わりはしないのだから、ある報道機関がこの先、全社的に調査報道に傾斜するなどというのは、すでに幻想かもしれない。可能性があるとしたら、比較的組織の小さな報道機関か、まったく新しい報道会社か、それくらいだろうと思う。
報道企業の寡占化、その先は−。
大した根拠は何もないが、いよいよ、「帝国」の姿が見えてくるのかもしれない。朝日新聞社と読売新聞社が共同通信社との契約を解除するというニュースを見て、そんな気分が増している。一部報道機関によれば(笑)、ニュースの概要はこうだ。
<共同通信社は12日、朝日新聞社と読売新聞社から、外信ニュースとスポーツ記録の配信契約解除の申し入れを受けたことを明らかにした。共同通信社によると、解除の理由を「第一に経費的な理由」などと説明しているという。両社は1952年に一度、共同を脱退。その後、強い要請により、共同加盟社の承認を経て、1957年から「契約社」として外信記事の提供を受け、スポーツ記録の配信などに契約を拡大してきた。>
スポーツ記録も外信ニュースも、共同通信にとってはいわばドル箱である。とくに国内外の小さな大会にまで目配せするスポーツ記録は取材やデータ整理に手間暇がかかり、これを新聞社が単独でやろうとしたら、たいへんなことになる。「でも、そんな記録の配信はもう要りません」ということだから、両社にはメディアの将来について、別の確固たる姿が見えているのだろう。
あちこちの講演などで頻繁に喋っていることだが、昨今の新聞の凋落は、どこもかしこも一様にそれが生じているのではない。全体としての凋落=部数減少は間違いないことだし、その趨勢が止まることはあるまい。将来も新聞「紙」が生き残るにしても、今のような膨大な部数が日本列島に残るはずはない。
そうした趨勢は間違いないのだけれど、業界全体が没落する中では当然、そのスピードや深度に差が出る。弱いところほど早く没落する。比較優位の会社は、没落した会社の優良資産を食っていく。合従連衡、業界再編の、よくある話である。だから、読売にしても朝日にしても、自社で通信社機能を確保しながら、あるいは数年前に言われたように、時事通信社を巻き込んで3社で新しい通信社をつくるという話も十二分にあり得る。つまるところ、方法はいろいろあるにしても、強い会社は弱い会社を、とりわけ弱い地方紙を食っていくだろうということだ。食べ方はいろいろある。子会社化、系列化、印刷・輸送委託などの業務提携‥‥。いろんな駆け引きや強圧が繰り返される中で、あと5年もしないうちに、全国の新聞はほとんどが、どこかの中央紙の系列になっているかもしれない。
そして、もうすぐ価格競争が始まる。ご存知の通り、新聞は再販価格維持制度の枠に守られ、価格競争からは無縁の世界に長らく住んでいた。しかし、これもそろそろ終わりである。TPP推進の大波の中で、多少の紆余曲折はあるにしても、おそらくは強い新聞社が率先して、「新聞も例外ではありません。これからは紙面内容だけでなく、価格でも正当な競争をしなければなりません」と言い始めるに違いないと思う。実際、強い新聞社は価格競争に備えて、経営資源や体力を十二分に貯えている。上下左右を見渡しながら、価格競争に打って出るチャンスをうかがっているはずだ。関東圏や近畿圏、北九州圏などで本気の価格競争が始まれば、弱い新聞社はひとたまりもあるまい。弱い新聞社は地方紙だけではない。「**新聞」という題字は残っても、その実は全国紙の系列に過ぎないという例は、間もなく巷に溢れかえるだろう。
新聞業界の合従連衡は、ほかの業界と同様、弱肉強食で進むのだ。そして、銀行業界がそうだったように、いくつかのガリバーの誕生である。しかし、金融のガリバーと報道のガリバーは、社会に与える意味合いが大きく異なるはずだ。巨大企業になれば、商品メニューは多様化するが、メニューの多様化と言論内容の多様化は同一ではない。メニューがやたら多くても、素材の数は限られているなどという話は、それこそ外食産業にはたくさんありそうだ。
私は予想屋ではないし、その能力も資格もないが、これだけは断言していいように思う。メディア業界の今後の合従連衡は寡占化のプロセスであり、報道の寡占化とは、報道の多様性を失うプロセスである。寡占下では、媒体の数や種類に多様性があっても、報道内容の多様化には直結しない。報道を担う者の多様性を、報道内容の多様性をどう担保していくか。そんな事柄が近い将来、今よりもっと大きな論点になるに違いない。
<共同通信社は12日、朝日新聞社と読売新聞社から、外信ニュースとスポーツ記録の配信契約解除の申し入れを受けたことを明らかにした。共同通信社によると、解除の理由を「第一に経費的な理由」などと説明しているという。両社は1952年に一度、共同を脱退。その後、強い要請により、共同加盟社の承認を経て、1957年から「契約社」として外信記事の提供を受け、スポーツ記録の配信などに契約を拡大してきた。>
スポーツ記録も外信ニュースも、共同通信にとってはいわばドル箱である。とくに国内外の小さな大会にまで目配せするスポーツ記録は取材やデータ整理に手間暇がかかり、これを新聞社が単独でやろうとしたら、たいへんなことになる。「でも、そんな記録の配信はもう要りません」ということだから、両社にはメディアの将来について、別の確固たる姿が見えているのだろう。
あちこちの講演などで頻繁に喋っていることだが、昨今の新聞の凋落は、どこもかしこも一様にそれが生じているのではない。全体としての凋落=部数減少は間違いないことだし、その趨勢が止まることはあるまい。将来も新聞「紙」が生き残るにしても、今のような膨大な部数が日本列島に残るはずはない。
そうした趨勢は間違いないのだけれど、業界全体が没落する中では当然、そのスピードや深度に差が出る。弱いところほど早く没落する。比較優位の会社は、没落した会社の優良資産を食っていく。合従連衡、業界再編の、よくある話である。だから、読売にしても朝日にしても、自社で通信社機能を確保しながら、あるいは数年前に言われたように、時事通信社を巻き込んで3社で新しい通信社をつくるという話も十二分にあり得る。つまるところ、方法はいろいろあるにしても、強い会社は弱い会社を、とりわけ弱い地方紙を食っていくだろうということだ。食べ方はいろいろある。子会社化、系列化、印刷・輸送委託などの業務提携‥‥。いろんな駆け引きや強圧が繰り返される中で、あと5年もしないうちに、全国の新聞はほとんどが、どこかの中央紙の系列になっているかもしれない。
そして、もうすぐ価格競争が始まる。ご存知の通り、新聞は再販価格維持制度の枠に守られ、価格競争からは無縁の世界に長らく住んでいた。しかし、これもそろそろ終わりである。TPP推進の大波の中で、多少の紆余曲折はあるにしても、おそらくは強い新聞社が率先して、「新聞も例外ではありません。これからは紙面内容だけでなく、価格でも正当な競争をしなければなりません」と言い始めるに違いないと思う。実際、強い新聞社は価格競争に備えて、経営資源や体力を十二分に貯えている。上下左右を見渡しながら、価格競争に打って出るチャンスをうかがっているはずだ。関東圏や近畿圏、北九州圏などで本気の価格競争が始まれば、弱い新聞社はひとたまりもあるまい。弱い新聞社は地方紙だけではない。「**新聞」という題字は残っても、その実は全国紙の系列に過ぎないという例は、間もなく巷に溢れかえるだろう。
新聞業界の合従連衡は、ほかの業界と同様、弱肉強食で進むのだ。そして、銀行業界がそうだったように、いくつかのガリバーの誕生である。しかし、金融のガリバーと報道のガリバーは、社会に与える意味合いが大きく異なるはずだ。巨大企業になれば、商品メニューは多様化するが、メニューの多様化と言論内容の多様化は同一ではない。メニューがやたら多くても、素材の数は限られているなどという話は、それこそ外食産業にはたくさんありそうだ。
私は予想屋ではないし、その能力も資格もないが、これだけは断言していいように思う。メディア業界の今後の合従連衡は寡占化のプロセスであり、報道の寡占化とは、報道の多様性を失うプロセスである。寡占下では、媒体の数や種類に多様性があっても、報道内容の多様化には直結しない。報道を担う者の多様性を、報道内容の多様性をどう担保していくか。そんな事柄が近い将来、今よりもっと大きな論点になるに違いない。
新刊「@Fukushima 私たちの望むものは」
「@Fukushima 私たちの望むものは」が間もなく、東京の産学社
から出版されます。福島に住み続ける人、引き裂かれるような思いで福島を去った人、、、「福島」に関係する人々の声にじっくりと耳を傾けました。渾身のインタビュー集です。写真も訴求力十分。年末になりますが、今月20日には書店に並ぶと思います。
詳細なお知らせは別途、この欄で紹介できると思います。とりあえずは、チラシをご覧下さい。どうぞよろしくお願いします。
から出版されます。福島に住み続ける人、引き裂かれるような思いで福島を去った人、、、「福島」に関係する人々の声にじっくりと耳を傾けました。渾身のインタビュー集です。写真も訴求力十分。年末になりますが、今月20日には書店に並ぶと思います。詳細なお知らせは別途、この欄で紹介できると思います。とりあえずは、チラシをご覧下さい。どうぞよろしくお願いします。
「調査報道をどう進めるか」の論点
日付が変わってしまったが、3日は「調査報道をどう進めるか」というシンポジウム(東京・上智大)に出席してきた。私は基調報告を、シンポの登壇者は、朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、共同通信編集委員の太田昌克さん、元NHK記者で東京都市大学教授の小俣一平さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん。私もディスカッションに加わった。
この種の催しでは、言いたいことの半分も言えない。議論を混線させてはいけないし、言いたいことを抑えて前の方の発言を引き継ぐこともある。3日のシンポもまさにそうだった。だから、ここで少し補足をしておきたい。
調査報道はその定義付けから始まって、方法論やら何やら論点は多種多様である。あれこれ話し始めると、きりが無い。だから、基調報告では「調査報道を阻むもの 当局との二人三脚をいかに断ち切るか」と題したうえで、さらにピンポイントで語った。その概要、および会場で話しきれなかった内容をまとめると、言いたいことはだいたい以下のような内容だ。
*日本の調査報道は端緒をつかんで取材を始めても、途中で警察や検察にその取材ネタを「事件にしてくれ」として持ち込むことが少なくない。いわゆる「持ち込みネタ」である。
*捜査当局が立件に向けて強制捜査に着手する際、「持ち込みネタ」は着手の時期や概要を優先的に教えてくれる(ことが多い)。この形が従来は「大スクープ」として組織内・業界内で評価されてきた。あるいは独自取材の結果を記事にする直前、捜査当局に内容を伝え、「この疑惑は捜査当局も把握している模様だ」などと書く。
*自社の調査報道が途中で「捜査」に化けるのである。当局のオーソライズがないと、書かない・賭けない文化がここでも醸成されてきた。当局との「癒着」「二人三脚」の典型でもある。これを繰り返していると、取材の最後の詰めを自社で担うことがない。肝心の取材力が育たない(持ち込みネタの問題点はほかにもあるが、割愛)。また、そこには「捜査当局も恣意的である」という視点がない。
*こうした背景には、当局との距離があまりに近すぎることがある。また、スクープに対する組織内評価の基準の曖昧さもある。行政などの動きを先取りする記事、やがて発表されることを半日早く記事、そして独自の調査報道記事。それがすべて「スクープ」として同列に評価されてきた。当局とべったりすることで得られる「発表の先取り」さえも、同列かそれに近い評価だった。
*日本の新聞社は記者クラブに記者を貼り付けすぎ。人員も固定化している。記者クラブの配置も固定化している。世の中の変化に対応できていない。記者クラブのない行政組織、その関連分野は日常的な取材網からこぼれ落ちている。たとえば労基署には記者クラブがないから、労働紛争に関する記事が少ない。その関連の調査報道も少ない。
*当局と寄り添って報道組織内の階段を駆け上った人が幹部になってしまった(それだけ大手ディアは年数が経過した)。また日本の新聞は、例えば戦前に朝日の筆政(現在の主筆)だった緒方竹虎が、戦時中は情報統制を行う政府の「情報局」総裁になり、戦後は自民党の政治家になったように、元々が権力と親和性が高い。そういう組織がすでに半世紀以上も形をほとんど変えずに存続したために、報道組織はすっかり保守化、官僚化した。官僚化とは、前例踏襲、事なかれ主義となって現れる。デスクや部長、あるいはその上の幹部はいよいよリスクを取ることに臆病になってきた。
で、以下は「では、どうするか」の話。レジュメは用意していたが、この部分は時間が無くて十分に話すことができなかった。以下、レジュメの項目を列挙してみる。
(1)速報機能と取材機能の分化
(2)記者クラブへの過度の配置をやめる。「記者の自由化」を。
(3)「分かった」だけがニュースではない。「分からない」でも書く
(4)取材過程の透明化。安易なオフレコ(非公式懇談)の排除。情報源明示
(5)調査報道に対する正当な評価を。組織・業界の内外で。
(6)「個人の良心、熱意、志」を保障する組織的態勢
このうち(2)の要点は、記者をなるべく放し飼いにせよ、ということ。この点は当ブログでも再三書いてきたので省略。
(3)は「分かった」=「当局のお墨付き」がなくても、どうやったら書くことが出来るか、その工夫と努力が必要ということ。だいたい、世の中の事象はそうそう簡単に分かるものではない。何か変なことは起きているが、その意味が分かっていないという事象は数多い。それを無理して「分かった」形式で書こうとすると、当局のお墨付きに寄りかかる結果になり兼ねない。
(6)は個人の能力や情熱にだけ寄りかかっていては、調査報道は発展しない、ということ。仕事として取材をしている以上、調査報道にかかわる記者個人の能力やスキルを最大限に引っ張り出す組織的な態勢が必要になる。それがないと、持続的な調査報道はなかなかできない。
時代は流れている。シンポの会場では「それでも調査報道は新聞が中心」という声があった。今はそうかもしれない。だが、将来、新聞紙がどうなるかは分からない。いずれにしても「紙」の比重は減る。私自身は「紙も出しているニュース会社になる」というイメージがある。
ただ、組織の事業内容や伝達手段がどうであれ、調査報道を実行できない報道組織は価値がどんどん減じていく。それは間違いない。だから、報道する側の立場としては、調査報道のノウハウをどう(組織の枠を超えて)伝えていくか、過去の報道態勢を再検証し何を捨て何を残すか、組織をどう柔軟にしていくか、などが何よりも重要だと感じている。
会場でも短く語ったが、「記者の自由化、報道組織の多様化・柔軟性の確保」がポイントだろう、と。そう感じている。
今回は十分な時間がなかったうえ、論点の違う話が次々と出てくるなどしたため、散漫になってしまった。登壇社の1人として、その点は反省している。だから、なるべく早く、もっと論点を絞った、よりよい議論の場を再び持ちたいと考えている。
この種の催しでは、言いたいことの半分も言えない。議論を混線させてはいけないし、言いたいことを抑えて前の方の発言を引き継ぐこともある。3日のシンポもまさにそうだった。だから、ここで少し補足をしておきたい。
調査報道はその定義付けから始まって、方法論やら何やら論点は多種多様である。あれこれ話し始めると、きりが無い。だから、基調報告では「調査報道を阻むもの 当局との二人三脚をいかに断ち切るか」と題したうえで、さらにピンポイントで語った。その概要、および会場で話しきれなかった内容をまとめると、言いたいことはだいたい以下のような内容だ。
*日本の調査報道は端緒をつかんで取材を始めても、途中で警察や検察にその取材ネタを「事件にしてくれ」として持ち込むことが少なくない。いわゆる「持ち込みネタ」である。
*捜査当局が立件に向けて強制捜査に着手する際、「持ち込みネタ」は着手の時期や概要を優先的に教えてくれる(ことが多い)。この形が従来は「大スクープ」として組織内・業界内で評価されてきた。あるいは独自取材の結果を記事にする直前、捜査当局に内容を伝え、「この疑惑は捜査当局も把握している模様だ」などと書く。
*自社の調査報道が途中で「捜査」に化けるのである。当局のオーソライズがないと、書かない・賭けない文化がここでも醸成されてきた。当局との「癒着」「二人三脚」の典型でもある。これを繰り返していると、取材の最後の詰めを自社で担うことがない。肝心の取材力が育たない(持ち込みネタの問題点はほかにもあるが、割愛)。また、そこには「捜査当局も恣意的である」という視点がない。
*こうした背景には、当局との距離があまりに近すぎることがある。また、スクープに対する組織内評価の基準の曖昧さもある。行政などの動きを先取りする記事、やがて発表されることを半日早く記事、そして独自の調査報道記事。それがすべて「スクープ」として同列に評価されてきた。当局とべったりすることで得られる「発表の先取り」さえも、同列かそれに近い評価だった。
*日本の新聞社は記者クラブに記者を貼り付けすぎ。人員も固定化している。記者クラブの配置も固定化している。世の中の変化に対応できていない。記者クラブのない行政組織、その関連分野は日常的な取材網からこぼれ落ちている。たとえば労基署には記者クラブがないから、労働紛争に関する記事が少ない。その関連の調査報道も少ない。
*当局と寄り添って報道組織内の階段を駆け上った人が幹部になってしまった(それだけ大手ディアは年数が経過した)。また日本の新聞は、例えば戦前に朝日の筆政(現在の主筆)だった緒方竹虎が、戦時中は情報統制を行う政府の「情報局」総裁になり、戦後は自民党の政治家になったように、元々が権力と親和性が高い。そういう組織がすでに半世紀以上も形をほとんど変えずに存続したために、報道組織はすっかり保守化、官僚化した。官僚化とは、前例踏襲、事なかれ主義となって現れる。デスクや部長、あるいはその上の幹部はいよいよリスクを取ることに臆病になってきた。
で、以下は「では、どうするか」の話。レジュメは用意していたが、この部分は時間が無くて十分に話すことができなかった。以下、レジュメの項目を列挙してみる。
(1)速報機能と取材機能の分化
(2)記者クラブへの過度の配置をやめる。「記者の自由化」を。
(3)「分かった」だけがニュースではない。「分からない」でも書く
(4)取材過程の透明化。安易なオフレコ(非公式懇談)の排除。情報源明示
(5)調査報道に対する正当な評価を。組織・業界の内外で。
(6)「個人の良心、熱意、志」を保障する組織的態勢
このうち(2)の要点は、記者をなるべく放し飼いにせよ、ということ。この点は当ブログでも再三書いてきたので省略。
(3)は「分かった」=「当局のお墨付き」がなくても、どうやったら書くことが出来るか、その工夫と努力が必要ということ。だいたい、世の中の事象はそうそう簡単に分かるものではない。何か変なことは起きているが、その意味が分かっていないという事象は数多い。それを無理して「分かった」形式で書こうとすると、当局のお墨付きに寄りかかる結果になり兼ねない。
(6)は個人の能力や情熱にだけ寄りかかっていては、調査報道は発展しない、ということ。仕事として取材をしている以上、調査報道にかかわる記者個人の能力やスキルを最大限に引っ張り出す組織的な態勢が必要になる。それがないと、持続的な調査報道はなかなかできない。
時代は流れている。シンポの会場では「それでも調査報道は新聞が中心」という声があった。今はそうかもしれない。だが、将来、新聞紙がどうなるかは分からない。いずれにしても「紙」の比重は減る。私自身は「紙も出しているニュース会社になる」というイメージがある。
ただ、組織の事業内容や伝達手段がどうであれ、調査報道を実行できない報道組織は価値がどんどん減じていく。それは間違いない。だから、報道する側の立場としては、調査報道のノウハウをどう(組織の枠を超えて)伝えていくか、過去の報道態勢を再検証し何を捨て何を残すか、組織をどう柔軟にしていくか、などが何よりも重要だと感じている。
会場でも短く語ったが、「記者の自由化、報道組織の多様化・柔軟性の確保」がポイントだろう、と。そう感じている。
今回は十分な時間がなかったうえ、論点の違う話が次々と出てくるなどしたため、散漫になってしまった。登壇社の1人として、その点は反省している。だから、なるべく早く、もっと論点を絞った、よりよい議論の場を再び持ちたいと考えている。
12月のイベント出席予定など
12月もいくつか公開・準公開のトークセッション、シンポジウムなどに出席します。決定しているものは以下の通りです。
12月1日午後6時〜同7時半(これは本日)
立命館大学産業社会学部 ジャーナリズム研究科特別講義
「技、粘り、逆襲、そして希望 〜 調査報道の現場に生きて」
同大学 洋々館960教室
奥村先生とトークする形で進行する予定です
ニコニコ動画のニコニコ生放送があります → URLはこちら
12月3日午後1時半〜
シンポジウム「調査報道をどう進めるか」
上智大学2号館508教室
私は基調報告。メーンのシンポジウムでは、「プロメテウスの罠」などを連載の朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、検察問題に詳しい元NHKの敏腕記者で現在は東京都市大学教授の小俣一平さん、共同通信編集委員で日米核密約に詳しい太田昌克さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん・橋場義之さんが登壇します。
資料代として500円。予約等は必要ありません。
イベント概要はこちら → 私のブログの過去のエントリ 小俣さんのブログ
12月9日午後8時〜
ニコニコ動画 ニコニコ論壇の生中継
「沖縄」を考える〜「レイプ」発言、メディア、日米問題
出席は沖縄国際大学教授の前泊博盛さん(元琉球新報論説委員長)、元外務省国際情報局長、元防衛大学教授で日米問題に厳しい警鐘を鳴らし続ける孫崎享さん、それに高田。
防衛省の沖縄防衛局長が問題発言で更迭されました。依然として歪んだままの日米関係、沖縄の基地問題。なぜこんなことが続くのか。こうした問題に旧態依然とした既存メディアはどう関わっているのか。調査報道の名手として知られ、日米の機密を次々と暴いた前泊さんの経験、鋭い視点を保持し続ける孫崎さんにたっぷり語っていただく予定です。
中継のチャンネルはこちら → ここを押せば生放送用のページへ飛びます
12月15日午後6時〜同7時半
ジュンク堂書店 札幌店のトークセッション
「権力の壁を打ち破れ! 道警裏金問題のその後を交えて」
出席は、北海道警察の元釧路方面本部長で現在は市民のフォーラム北海道代表の原田宏二さん、それと高田。司会はフリージャーナリストの浅利圭一郎さん。
北海道警察の裏金問題が世上を騒がせてから、すでに8年ほどが経過しました。しかし、問題は本当に解決したのでしょうか。最近では稲葉圭昭・元道警刑事が、「道警は覚せい剤130キロ、大麻2トンの密輸に関わり、それを闇から闇へと葬っている」と近著「恥さらし」(講談社)で核発しました。この問題と裏金問題は密接に関わってもいます。
原田さんは「朝まで生テレビ」にも出演するなど警察問題を語らせれば、当代の第1人者です。また「道警の覚せい剤密輸事件」に絡めて道民の皆さんの前で直接話をされるのは、今回が初めての機会となるはずです。
定員25人、ドリンク代400円。事前の予約が必要です。
詳細はこちらのページでご覧になることができます。→ こちらをクリックして下さい
12月1日午後6時〜同7時半(これは本日)
立命館大学産業社会学部 ジャーナリズム研究科特別講義
「技、粘り、逆襲、そして希望 〜 調査報道の現場に生きて」
同大学 洋々館960教室
奥村先生とトークする形で進行する予定です
ニコニコ動画のニコニコ生放送があります → URLはこちら
12月3日午後1時半〜
シンポジウム「調査報道をどう進めるか」
上智大学2号館508教室
私は基調報告。メーンのシンポジウムでは、「プロメテウスの罠」などを連載の朝日新聞特別報道部長の依光隆明さん、検察問題に詳しい元NHKの敏腕記者で現在は東京都市大学教授の小俣一平さん、共同通信編集委員で日米核密約に詳しい太田昌克さん、上智大学文学部新聞学科教授の田島泰彦さん・橋場義之さんが登壇します。
資料代として500円。予約等は必要ありません。
イベント概要はこちら → 私のブログの過去のエントリ 小俣さんのブログ
12月9日午後8時〜
ニコニコ動画 ニコニコ論壇の生中継
「沖縄」を考える〜「レイプ」発言、メディア、日米問題
出席は沖縄国際大学教授の前泊博盛さん(元琉球新報論説委員長)、元外務省国際情報局長、元防衛大学教授で日米問題に厳しい警鐘を鳴らし続ける孫崎享さん、それに高田。
防衛省の沖縄防衛局長が問題発言で更迭されました。依然として歪んだままの日米関係、沖縄の基地問題。なぜこんなことが続くのか。こうした問題に旧態依然とした既存メディアはどう関わっているのか。調査報道の名手として知られ、日米の機密を次々と暴いた前泊さんの経験、鋭い視点を保持し続ける孫崎さんにたっぷり語っていただく予定です。
中継のチャンネルはこちら → ここを押せば生放送用のページへ飛びます
12月15日午後6時〜同7時半
ジュンク堂書店 札幌店のトークセッション
「権力の壁を打ち破れ! 道警裏金問題のその後を交えて」
出席は、北海道警察の元釧路方面本部長で現在は市民のフォーラム北海道代表の原田宏二さん、それと高田。司会はフリージャーナリストの浅利圭一郎さん。
北海道警察の裏金問題が世上を騒がせてから、すでに8年ほどが経過しました。しかし、問題は本当に解決したのでしょうか。最近では稲葉圭昭・元道警刑事が、「道警は覚せい剤130キロ、大麻2トンの密輸に関わり、それを闇から闇へと葬っている」と近著「恥さらし」(講談社)で核発しました。この問題と裏金問題は密接に関わってもいます。
原田さんは「朝まで生テレビ」にも出演するなど警察問題を語らせれば、当代の第1人者です。また「道警の覚せい剤密輸事件」に絡めて道民の皆さんの前で直接話をされるのは、今回が初めての機会となるはずです。
定員25人、ドリンク代400円。事前の予約が必要です。
詳細はこちらのページでご覧になることができます。→ こちらをクリックして下さい
「対話」のジャーナリスト(早稲田大学出版部)
早稲田大学出版部から 「対話」のジャーナリストが発刊された。その中に私の講義録「発表報道から調査報道へ」が所収されている。本書そのものは、石橋湛山ジャーナリズム大賞の受賞者による記念講演などを収録し、毎年発行されている。いわば年度版なので、ご存知の方も多いと思う。花田達郎先生がコーディネーターを務める講座「報道が社会を変える」の講義を収録した1冊で、私は調査報道をどう進めていくか、というようなことを話している。花田先生が所長を務める早稲田大学ジャーナリズム教育研究所のHPのトップページでも、同書が紹介されている。
主な内容は以下の通りだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はしがき――「対話」のジャーナリスト 花田達朗
〈原発、核汚染、震災、戦争:「いのち」との対話〉
誰のためのメディアか――原子力をめぐる報道について=鎌仲ひとみ(映像作家)
世界の核汚染と福島で今起こっていること=森住卓(フォトジャーナリスト)
「NHKスペシャル」の制作現場から「戦争・災害・事件」報道について=藤木達弘(NHK)
〈当事者との対話、取材者の自問〉
沖縄の貧困問題――連載「生きるの譜」取材を通して=与那嶺一枝(沖縄タイムス)
認知症問題のルポをどう進め、どう描いたか=五十嵐裕(信濃毎日新聞)
男女の境界を生きる子どもたち=丹野恒一(毎日新聞)
〈対話する「当事者ジャーナリスト」〉
東名高速酒酔い事故で子ども二人を失って――市民の声で出来た危険運転致死傷罪
=井上郁美、保孝(ともに会社員)
〈地域に生かされ、地域と対話する新聞経営者〉
地域紙の存在意義と事業性=近江弘一(石巻日日新聞)
〈対話の奇跡が生まれるとき〉
奇跡を体験できる幸福=国分拓(NHK)
裁判官は“聖職”か?=笠井千晶(中京テレビ)
「井の中の蛙」が語るドキュメンタリー論=阿武野勝彦(東海テレビ放送)
〈読者のために公権力の中に入って対話する〉
沖縄米軍基地報道の立ち位置――普天間問題が問う民主主義の熟度=松元剛(琉球新報)
発表報道から調査報道へ=高田昌幸(ジャーナリスト)
特捜検事の証拠改ざんをどう明らかにしたのか=板橋洋佳(朝日新聞)
あとがき 花田達朗
主な内容は以下の通りだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はしがき――「対話」のジャーナリスト 花田達朗
〈原発、核汚染、震災、戦争:「いのち」との対話〉
誰のためのメディアか――原子力をめぐる報道について=鎌仲ひとみ(映像作家)
世界の核汚染と福島で今起こっていること=森住卓(フォトジャーナリスト)
「NHKスペシャル」の制作現場から「戦争・災害・事件」報道について=藤木達弘(NHK)
〈当事者との対話、取材者の自問〉
沖縄の貧困問題――連載「生きるの譜」取材を通して=与那嶺一枝(沖縄タイムス)
認知症問題のルポをどう進め、どう描いたか=五十嵐裕(信濃毎日新聞)
男女の境界を生きる子どもたち=丹野恒一(毎日新聞)
〈対話する「当事者ジャーナリスト」〉
東名高速酒酔い事故で子ども二人を失って――市民の声で出来た危険運転致死傷罪
=井上郁美、保孝(ともに会社員)
〈地域に生かされ、地域と対話する新聞経営者〉
地域紙の存在意義と事業性=近江弘一(石巻日日新聞)
〈対話の奇跡が生まれるとき〉
奇跡を体験できる幸福=国分拓(NHK)
裁判官は“聖職”か?=笠井千晶(中京テレビ)
「井の中の蛙」が語るドキュメンタリー論=阿武野勝彦(東海テレビ放送)
〈読者のために公権力の中に入って対話する〉
沖縄米軍基地報道の立ち位置――普天間問題が問う民主主義の熟度=松元剛(琉球新報)
発表報道から調査報道へ=高田昌幸(ジャーナリスト)
特捜検事の証拠改ざんをどう明らかにしたのか=板橋洋佳(朝日新聞)
あとがき 花田達朗
調査報道のシンポジウム ぜひどうぞ
前回も宣伝した。今回も宣伝である。宣伝ばかりで申しわけないが、調査報道のシンポジウムにぜひ足を運んでもらえたら、と思う。場所は東京・四谷の上智大学、日時は12月3日(土)午後である。
シンポは「権力vs調査報道」(旬報社)「調査報道がジャーナリズムを変える」(花伝社)など調査報道に関する書籍が今年、一気に3冊も出版になったことから計画された。
シンポジウムの登壇者は、まず、朝日新聞特別報道部の部長、依光隆明さん。高知新聞社会部長から朝日に移った方だ。高知新聞時代は県庁の闇融資問題で新聞協会賞を取るなどした。朝日新聞に移ってからは、水戸総局長、そして特別報道センター(現特別報道部)へ。最近では、福島原発の事故に関する連載「プロメテウスの罠」を部員とともに手掛けている。当日は、その裏話も聞けるのではないか、と思う。
シンポジウムには共同通信編集委員の太田昌克さんも壇上にあがる。核問題の取材経験が豊富で、核問題に関する著作も多い。2009年には、核の持ち込みに関する日米密約をスクープし、時の政権に大きな影響を与えた。
東京都市大学教授の小俣一平さんは、NHKの敏腕記者として名を馳せた方である。調査報道に関する本格的な学術論文を書かれ、今月中旬には、「新聞・テレビは信頼を取り戻せるか 調査報道を考える」(平凡社新書)が出版される。「坂上遼」のペンネームでもノンフィクションを書かれているから、ご存知の方も多いと思う。
それに上智大学新聞学科の田島泰彦教授もパネリストとして登壇する。田島さんは日本のジャーナリズム研究の第一人者であり、日本のメディア状況を強く憂いている。
シンポは「権力vs調査報道」(旬報社)「調査報道がジャーナリズムを変える」(花伝社)など調査報道に関する書籍が今年、一気に3冊も出版になったことから計画された。
シンポジウムの登壇者は、まず、朝日新聞特別報道部の部長、依光隆明さん。高知新聞社会部長から朝日に移った方だ。高知新聞時代は県庁の闇融資問題で新聞協会賞を取るなどした。朝日新聞に移ってからは、水戸総局長、そして特別報道センター(現特別報道部)へ。最近では、福島原発の事故に関する連載「プロメテウスの罠」を部員とともに手掛けている。当日は、その裏話も聞けるのではないか、と思う。
シンポジウムには共同通信編集委員の太田昌克さんも壇上にあがる。核問題の取材経験が豊富で、核問題に関する著作も多い。2009年には、核の持ち込みに関する日米密約をスクープし、時の政権に大きな影響を与えた。
東京都市大学教授の小俣一平さんは、NHKの敏腕記者として名を馳せた方である。調査報道に関する本格的な学術論文を書かれ、今月中旬には、「新聞・テレビは信頼を取り戻せるか 調査報道を考える」(平凡社新書)が出版される。「坂上遼」のペンネームでもノンフィクションを書かれているから、ご存知の方も多いと思う。
それに上智大学新聞学科の田島泰彦教授もパネリストとして登壇する。田島さんは日本のジャーナリズム研究の第一人者であり、日本のメディア状況を強く憂いている。
ご案内 11月に再びジャーナリスト講座
少し前、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催のジャーナリスト講座で、主に文章講座を受け持った。あれやこれやと、例によってまとまりのない話だったけれども、若い方を中心に30人ほどが熱心に耳を傾けてくれた。そのときの様子は、東京都市大教授の小俣一平さんが「絶好調!T田節」と題して、自身のブログに書かれている(なぜか、私はT田となっているが。笑)。
で、そんなこんなで2度目の文章講座を開くことになった。前回もそうだったけれど、参加者には年配の、人生の先達である方々も少なくなかった。私ごときが何かの「指導」をするなど、非常におこがましいし、気恥ずかしくもある。一回目と内容がだぶる可能性もある。そうした諸々の事柄を差し引いて、それでも「聞いてみたい」という方がおられるなら、ぜひ、ゆっくりと、あれこれの話を交わしてみたいと思う。
私の他に、別日程では、沖縄タイムスのベテラン記者、与那嶺さんも登壇される。こちらは中身の濃い講義になることは間違いない。
下記はJCJの担当の方が作成された案内文である。
・・・・・・・・・・(以下、引用)・・・・・・・・・・・・・
10月のジャーナリスト講座の好評を受けまして、第二期のJCJジャーナリスト講座を開くことにな
りました。以下のようにプログラムを決めました。
新聞・放送分野を目指す方々、またフリーとしてこれから頑張ろうとお考えの方々、皆様のお役にたてればと思っています。ふるってご参加ください。
《新聞・放送分野を目指す人のために……第Ⅱ期JCJジャーナリスト講座》
11月12日(土)午後6時半から9時
京橋区民館・第1号室で(東京都中央区京橋2-6-7 地下鉄銀座線・京橋駅下車6番出口から徒歩2分 都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口徒歩2分))
「沖縄・普天間基地と日米安保を考える」
講師・沖縄タイムス東京支社編集部長・与那原良彦さん
沖縄タイムスで長く政治・経済部門を担当してきた与那原記者は歴代の沖縄県知事の取材や基地問題に取り組んできました。東京支社では政府と沖縄県の動きを両方にらみながら、沖縄の明日を考える日々です。米軍・普天間基地の移転問題の本質は何か、地元の人たちはどのように考えているか。そして沖縄タイムスの報道の視点は。地方紙の役割や中央メディアとのギャップ、記者の苦労などについて、体験談も含めてお話しいただきます。
11月19日(土)午後1時半から5時
築地社会教育会館・第1洋室で(東京都中央区築地4-15-1 地下鉄日比谷線・東銀座駅6番出口から徒歩5分)
元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座①
*事前に作文を提出。締め切りは11月9日。厳守。それ以後はいかなる理由があっても、添削しない。作文の課題は後日、連絡。
講座前半・添削した作文をもとに実践講義。
同後半・会場で受講生が二人一組にいなってもらい、互いに簡単な取材。そのうえで300字の作文を書く。
11月20日(日)午後6時半から9時
築地社会教育会館・第3洋室(同上)
元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座②
19日に書いた300字の作文を返却。講評。
資料代 12日1000円、19日1500円、20日1500円 (注;19日と20日は講師旅費・添削が加わるため1500円です。3日間のうち、いずれか1日だけの参加もOKです)
定員 40人(予約が必要・先着順)
申し込みはメールかファクスで日本ジャーナリスト会議事務局へ(新聞部会から返信します) 27日から受け付けます。
メール jcj@tky.3web.ne.jp ファクス 03・3291・6478
主催・JCJ新聞部会
問い合わせ・JCJ事務局(電話03・3291・6475)
JCJのホームページ http://www.jcj.gr.jp
で、そんなこんなで2度目の文章講座を開くことになった。前回もそうだったけれど、参加者には年配の、人生の先達である方々も少なくなかった。私ごときが何かの「指導」をするなど、非常におこがましいし、気恥ずかしくもある。一回目と内容がだぶる可能性もある。そうした諸々の事柄を差し引いて、それでも「聞いてみたい」という方がおられるなら、ぜひ、ゆっくりと、あれこれの話を交わしてみたいと思う。
私の他に、別日程では、沖縄タイムスのベテラン記者、与那嶺さんも登壇される。こちらは中身の濃い講義になることは間違いない。
下記はJCJの担当の方が作成された案内文である。
・・・・・・・・・・(以下、引用)・・・・・・・・・・・・・
10月のジャーナリスト講座の好評を受けまして、第二期のJCJジャーナリスト講座を開くことにな
りました。以下のようにプログラムを決めました。
新聞・放送分野を目指す方々、またフリーとしてこれから頑張ろうとお考えの方々、皆様のお役にたてればと思っています。ふるってご参加ください。
《新聞・放送分野を目指す人のために……第Ⅱ期JCJジャーナリスト講座》
11月12日(土)午後6時半から9時
京橋区民館・第1号室で(東京都中央区京橋2-6-7 地下鉄銀座線・京橋駅下車6番出口から徒歩2分 都営地下鉄浅草線宝町駅A5・A6番出口徒歩2分))
「沖縄・普天間基地と日米安保を考える」
講師・沖縄タイムス東京支社編集部長・与那原良彦さん
沖縄タイムスで長く政治・経済部門を担当してきた与那原記者は歴代の沖縄県知事の取材や基地問題に取り組んできました。東京支社では政府と沖縄県の動きを両方にらみながら、沖縄の明日を考える日々です。米軍・普天間基地の移転問題の本質は何か、地元の人たちはどのように考えているか。そして沖縄タイムスの報道の視点は。地方紙の役割や中央メディアとのギャップ、記者の苦労などについて、体験談も含めてお話しいただきます。
11月19日(土)午後1時半から5時
築地社会教育会館・第1洋室で(東京都中央区築地4-15-1 地下鉄日比谷線・東銀座駅6番出口から徒歩5分)
元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座①
*事前に作文を提出。締め切りは11月9日。厳守。それ以後はいかなる理由があっても、添削しない。作文の課題は後日、連絡。
講座前半・添削した作文をもとに実践講義。
同後半・会場で受講生が二人一組にいなってもらい、互いに簡単な取材。そのうえで300字の作文を書く。
11月20日(日)午後6時半から9時
築地社会教育会館・第3洋室(同上)
元北海道新聞記者・高田昌幸さんの文章講座②
19日に書いた300字の作文を返却。講評。
資料代 12日1000円、19日1500円、20日1500円 (注;19日と20日は講師旅費・添削が加わるため1500円です。3日間のうち、いずれか1日だけの参加もOKです)
定員 40人(予約が必要・先着順)
申し込みはメールかファクスで日本ジャーナリスト会議事務局へ(新聞部会から返信します) 27日から受け付けます。
メール jcj@tky.3web.ne.jp ファクス 03・3291・6478
主催・JCJ新聞部会
問い合わせ・JCJ事務局(電話03・3291・6475)
JCJのホームページ http://www.jcj.gr.jp
シンポジウム「調査報道をどう進めていくか」のご案内 12月3日、東京
少し先のことですが、東京で調査報道に関するシンポジウムが開催されます。私も少し話をさせて頂くことになっています。以下はそのご案内です。
<シンポジウム>
調査報道をどう進めていくか
「3・11」の大震災に伴う福島第一原発の災害をめぐっては、「大本営発表 ばかりの報道だった」などの激しい大メディア批判が沸き起こった。その一方 で、「ジャーナリズム復権のためには、発表報道を克服して調査報道を重視すべ きだ」との認識や動きも確実に広がっている。
調査報道の現状はどうなっていているのか。課題は何か。可能性をどう広げ、 豊かにしていくか。調査報道にかかわってきたジャーナリストや研究者たちが 縦横に議論する!
<基調報告 調査報道を阻むもの〜当局との二人三脚をどう断ち切るか>
高田昌幸(ジャーナリスト、元北海道新聞報道本部次長)
<シンポジウム 調査報道をどう進めていくか〜課題と可能性を探る>
依光隆明 (朝日新聞特別報道部長、元高知新聞社会部長)
太田昌克 (共同通信社編集委員)
小俣一平 (東京都市大学教授、元NHK社会部担当部長)
田島泰彦 (上智大学教授)
コーディネーター/橋場義之(上智大学教授)
と き:12月3日(土)13:30〜16:30(開場13:00)
ところ:上智大学 2号館 508 教室 (JR、地下鉄四ッ谷駅下車/千代田区紀尾井町7−1)
資料代:500円
主 催:調査報道シンポジウム実行委員会
連絡先: FAX 03−3238−3628(上智大学・田島研究室気付)
chosahoudou@gmail.com
協力
*花伝社(『調査報道がジャーナリズムを変える』本年5月出版)
*旬報社(『権力vs調査報道』本年10月出版)
*平凡社(『新聞・テレビは信頼を取り戻せるか: 調査報道を考える』本年11月出版予定)
※上記のうち、私は「権力vs調査報道」の共編著者であるほか、「調査報道がジャーナリズムを変える」の第三章を執筆しています。
<シンポジウム>
調査報道をどう進めていくか
「3・11」の大震災に伴う福島第一原発の災害をめぐっては、「大本営発表 ばかりの報道だった」などの激しい大メディア批判が沸き起こった。その一方 で、「ジャーナリズム復権のためには、発表報道を克服して調査報道を重視すべ きだ」との認識や動きも確実に広がっている。
調査報道の現状はどうなっていているのか。課題は何か。可能性をどう広げ、 豊かにしていくか。調査報道にかかわってきたジャーナリストや研究者たちが 縦横に議論する!
<基調報告 調査報道を阻むもの〜当局との二人三脚をどう断ち切るか>
高田昌幸(ジャーナリスト、元北海道新聞報道本部次長)
<シンポジウム 調査報道をどう進めていくか〜課題と可能性を探る>
依光隆明 (朝日新聞特別報道部長、元高知新聞社会部長)
太田昌克 (共同通信社編集委員)
小俣一平 (東京都市大学教授、元NHK社会部担当部長)
田島泰彦 (上智大学教授)
コーディネーター/橋場義之(上智大学教授)
と き:12月3日(土)13:30〜16:30(開場13:00)
ところ:上智大学 2号館 508 教室 (JR、地下鉄四ッ谷駅下車/千代田区紀尾井町7−1)
資料代:500円
主 催:調査報道シンポジウム実行委員会
連絡先: FAX 03−3238−3628(上智大学・田島研究室気付)
chosahoudou@gmail.com
協力
*花伝社(『調査報道がジャーナリズムを変える』本年5月出版)
*旬報社(『権力vs調査報道』本年10月出版)
*平凡社(『新聞・テレビは信頼を取り戻せるか: 調査報道を考える』本年11月出版予定)
※上記のうち、私は「権力vs調査報道」の共編著者であるほか、「調査報道がジャーナリズムを変える」の第三章を執筆しています。
道警と税関、覚醒剤130キロ「密輸」の真相 ニコニコ生放送で10月21日夜中継!
北海道警察の元警部、稲葉圭昭氏の著書「恥さらし」(講談社)が売れているようだ。大型書店のオンラインで調べてもらったら、当然ではあるが、北海道での売り上げが群を抜いている。しかし、稲葉氏が告発した内容は、おそらく、北海道にとどまるものではあるまい。
稲葉氏が逮捕された2002年当時、この事件は「稲葉事件」と呼ばれた。これはもう、正しい呼び方とは言えない。
「恥さらし」によると、書北海道警察と函館税関は2000年、暴力団関係者と事前に謀議を重ねた上、覚醒剤130キロと大麻2トンを組織として「密輸」した。黙認ではなく、「入れさせた」が正しい。覚醒剤といった薬物を何度かに分けて、大量に密輸させる代わりに、最後は拳銃100丁だか数百丁だかを入れさせる。その拳銃を摘発する、という仕掛けだった。拳銃を摘発する代わりに、大量の薬物の密輸を認める。これが当時の道警のありようだった。むろん、こんな大がかりなことを稲葉氏一人で遂行できるはずはない。
しかし、覚醒剤と大麻を国内に流入させたあと、計画は頓挫した。道警・税関が組んだ先の暴力団関係者とその後、連絡が取れなくなり、拳銃を入れさせるところまで進まなかったからだ。
この事件の舞台となった小樽は、北海道新聞記者時代の私の初任地である。覚醒剤と大麻が入った石狩湾新港も近所のようなものだった。駆け出し時代は「海事担当」という役割を担ったこともあり、函館税関小樽支署へもよく出かけた。当時の建物は取り壊されてしまったが、建物は変わっても消せないものはある。絶対にある。
「覚醒剤130キロ、大麻2トン」の記事は、北海道新聞の記事になった。2005年3月のことだ。裏金問題がまだ尾を引いているときで、社会面に大きな記事となった。取材を担当したのは、当時のサツ回り、すなわち、裏金問題を追及した記者たちである。しかし、その後、北海道新聞の上層部は、あろうことか、道警側に屈するような形で、「あの記事は取材が不足してました」という趣旨のお詫び社告を出す。北海道警察に情報開示請求したら、文書不存在との結果だった、だから、あの記事は根拠がない、といったことも理由の一つだった。
そもそも、覚醒剤を密輸しましたなんて文書が残っているとは思えないし、仮にあったとしても、そんな事柄を情報開示請求で取得できると半ば本気で思っていたとしたら、その方が信じがたい。まあ、しかし、いろんなことがあって、北海道新聞は道警に「ひれ伏し」、この問題は北海道新聞にとってタブーになった。タブーになった以上、だれも触ることはあるまい。だから、稲葉氏のからんだこの問題が、北海道新聞の紙面を飾ることは、新聞社自身の調査報道の結果としては、有り得ないだろうと思う。タブーとはそういうものだ。そして、タブーを抱えた組織は内にこもり、打たれ弱くなる。
稲葉氏の絡んだ問題とは何か。
それについては、あす、10月21日の夜、ニコニコ動画の生中継で放送する。警察裏金問題を実名告発した北海道警察の元釧路方面本部長、原田宏二氏が出演する。原田氏は道警時代、稲葉氏の上司だった時期がある。さらに、警察問題に詳しいジャーナリストの青木理氏も札幌へ足を運んでくれる。番組には私も出演する予定だ。稲葉氏には、私も何時間にも及ぶインタビューを行っており、その一端を紹介できるかもしれない。
稲葉氏のからんだ事件については、「市民の目フォーラム 北海道」のホームページにも詳しく出ている。番組が始まるまでの間、つらつら眺めていると参考になるかもしれない。
稲葉氏が逮捕された2002年当時、この事件は「稲葉事件」と呼ばれた。これはもう、正しい呼び方とは言えない。
「恥さらし」によると、書北海道警察と函館税関は2000年、暴力団関係者と事前に謀議を重ねた上、覚醒剤130キロと大麻2トンを組織として「密輸」した。黙認ではなく、「入れさせた」が正しい。覚醒剤といった薬物を何度かに分けて、大量に密輸させる代わりに、最後は拳銃100丁だか数百丁だかを入れさせる。その拳銃を摘発する、という仕掛けだった。拳銃を摘発する代わりに、大量の薬物の密輸を認める。これが当時の道警のありようだった。むろん、こんな大がかりなことを稲葉氏一人で遂行できるはずはない。
しかし、覚醒剤と大麻を国内に流入させたあと、計画は頓挫した。道警・税関が組んだ先の暴力団関係者とその後、連絡が取れなくなり、拳銃を入れさせるところまで進まなかったからだ。
この事件の舞台となった小樽は、北海道新聞記者時代の私の初任地である。覚醒剤と大麻が入った石狩湾新港も近所のようなものだった。駆け出し時代は「海事担当」という役割を担ったこともあり、函館税関小樽支署へもよく出かけた。当時の建物は取り壊されてしまったが、建物は変わっても消せないものはある。絶対にある。
「覚醒剤130キロ、大麻2トン」の記事は、北海道新聞の記事になった。2005年3月のことだ。裏金問題がまだ尾を引いているときで、社会面に大きな記事となった。取材を担当したのは、当時のサツ回り、すなわち、裏金問題を追及した記者たちである。しかし、その後、北海道新聞の上層部は、あろうことか、道警側に屈するような形で、「あの記事は取材が不足してました」という趣旨のお詫び社告を出す。北海道警察に情報開示請求したら、文書不存在との結果だった、だから、あの記事は根拠がない、といったことも理由の一つだった。
そもそも、覚醒剤を密輸しましたなんて文書が残っているとは思えないし、仮にあったとしても、そんな事柄を情報開示請求で取得できると半ば本気で思っていたとしたら、その方が信じがたい。まあ、しかし、いろんなことがあって、北海道新聞は道警に「ひれ伏し」、この問題は北海道新聞にとってタブーになった。タブーになった以上、だれも触ることはあるまい。だから、稲葉氏のからんだこの問題が、北海道新聞の紙面を飾ることは、新聞社自身の調査報道の結果としては、有り得ないだろうと思う。タブーとはそういうものだ。そして、タブーを抱えた組織は内にこもり、打たれ弱くなる。
稲葉氏の絡んだ問題とは何か。
それについては、あす、10月21日の夜、ニコニコ動画の生中継で放送する。警察裏金問題を実名告発した北海道警察の元釧路方面本部長、原田宏二氏が出演する。原田氏は道警時代、稲葉氏の上司だった時期がある。さらに、警察問題に詳しいジャーナリストの青木理氏も札幌へ足を運んでくれる。番組には私も出演する予定だ。稲葉氏には、私も何時間にも及ぶインタビューを行っており、その一端を紹介できるかもしれない。
稲葉氏のからんだ事件については、「市民の目フォーラム 北海道」のホームページにも詳しく出ている。番組が始まるまでの間、つらつら眺めていると参考になるかもしれない。
江平龍宣さん撮影 「希望」のグラビア写真が上野彦馬賞に入選
若手写真家の登竜門になっている「上野彦馬賞」。インタビュー集「希望」(旬報社)のグラビア写真「家族」が、その2011年度の日本写真芸術学会奨励賞に選ばれた。
撮影者は、東京のフリーカメラマン江平龍宣さん。賞の対象となった「家族」の写真を最初に見たとき、大げさでなく、見入ってしまった。幾枚かのモノクロ写真に映った「家族」たちが、こう、何かを語りかけてくるのである。彼らは何を語っているのか。それはおそらく、見る人によって違う。作品は江平さんのホームページで見ることが出来る。
昨晩は久しぶりに、その江平さんと歓談した。昨日は東京・神保町で、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催の「ジャーナリスト講座」があって、文章講座などを担当した。受講者には若い学生さんたちも多く、当然のように「夜の部」へ場所を変えたところ、江平さんから「久しぶりです」と電話があり、彼も合流したのである。
江平さんは雑誌「世界」(岩波書店)のグラビア写真公募に採用され、組写真「Bharat」が世界の巻頭ページを飾ったことがある。
江平さんの話では、ある日、西武線に乗っていると、隣に座った年輩の男性が、当該の「世界」を開いていた。それ、撮影したのは僕なんです、と話しかけて、しばらくの間、会話が弾んだ。聞くと、年配の男性はJCJの会員だという。それで、日本ジャーナリスト会議という団体があることを知って、2009年末、東京・市ヶ谷で開かれたJCJ主催の講演会に顔を出した。その講演会には私も顔を出していて、昨晩と同じような「夜の部」で、初めて彼と言葉を交わした。
江平さんは、物静かである。しかし、市ヶ谷の夜の部で見せてもらった写真には、強烈なメッセージがあった。わあわあと喚くような声が飛び交う居酒屋で、しばし、彼が持ち歩いていた写真の数々に見入ってしまった。だから、その後は、なんの迷いもなく、彼にお願いしたのだと思う。いま、「希望」というインタビュー集を作ろうと思っています、グラビアページも作りたいんです、協力してもらえませんか、と。
市ヶ谷の講演会の日、めんどうくさいから、足を運ぶのはパスしようかなと思い、そのまま本当にパスしていたら、「希望」に江平さんの「家族」が載ることはなかった。江平さんの乗った西武線の電車が1本前後していたら、江平さんが「希望」にかかわることはなかった。
「希望」は、文章を担当した取材者が20人もいる。私はその1人に過ぎないし、ほかの多くの取材者の方々も何らかの縁があって、そこに参画した。少々長くなったけれど、縁とは不思議なものだ。つくづく、そう思う。そして、たぶん、世の中の多くはそうした縁の連鎖で動いている。昨晩の神保町の講座や「夜の部」からも、きっと、いつか、何かが生まれる。
撮影者は、東京のフリーカメラマン江平龍宣さん。賞の対象となった「家族」の写真を最初に見たとき、大げさでなく、見入ってしまった。幾枚かのモノクロ写真に映った「家族」たちが、こう、何かを語りかけてくるのである。彼らは何を語っているのか。それはおそらく、見る人によって違う。作品は江平さんのホームページで見ることが出来る。
昨晩は久しぶりに、その江平さんと歓談した。昨日は東京・神保町で、日本ジャーナリスト会議(JCJ)主催の「ジャーナリスト講座」があって、文章講座などを担当した。受講者には若い学生さんたちも多く、当然のように「夜の部」へ場所を変えたところ、江平さんから「久しぶりです」と電話があり、彼も合流したのである。
江平さんは雑誌「世界」(岩波書店)のグラビア写真公募に採用され、組写真「Bharat」が世界の巻頭ページを飾ったことがある。
江平さんの話では、ある日、西武線に乗っていると、隣に座った年輩の男性が、当該の「世界」を開いていた。それ、撮影したのは僕なんです、と話しかけて、しばらくの間、会話が弾んだ。聞くと、年配の男性はJCJの会員だという。それで、日本ジャーナリスト会議という団体があることを知って、2009年末、東京・市ヶ谷で開かれたJCJ主催の講演会に顔を出した。その講演会には私も顔を出していて、昨晩と同じような「夜の部」で、初めて彼と言葉を交わした。
江平さんは、物静かである。しかし、市ヶ谷の夜の部で見せてもらった写真には、強烈なメッセージがあった。わあわあと喚くような声が飛び交う居酒屋で、しばし、彼が持ち歩いていた写真の数々に見入ってしまった。だから、その後は、なんの迷いもなく、彼にお願いしたのだと思う。いま、「希望」というインタビュー集を作ろうと思っています、グラビアページも作りたいんです、協力してもらえませんか、と。
市ヶ谷の講演会の日、めんどうくさいから、足を運ぶのはパスしようかなと思い、そのまま本当にパスしていたら、「希望」に江平さんの「家族」が載ることはなかった。江平さんの乗った西武線の電車が1本前後していたら、江平さんが「希望」にかかわることはなかった。
「希望」は、文章を担当した取材者が20人もいる。私はその1人に過ぎないし、ほかの多くの取材者の方々も何らかの縁があって、そこに参画した。少々長くなったけれど、縁とは不思議なものだ。つくづく、そう思う。そして、たぶん、世の中の多くはそうした縁の連鎖で動いている。昨晩の神保町の講座や「夜の部」からも、きっと、いつか、何かが生まれる。
「希望」が「朝日中学生ウイークリー」の書評で紹介されました
インタビュー集「希望」(旬報社)について、東京大学大学院教授の本田由起さんが、すてきな書評を書いて下さった。「朝日中学生ウイークリー」に掲載されている。(→記事PDFはこちら) 本田さんは「薄っぺらいキャッチフレーズではない、苦境や絶え間ない日常によって鍛えられた『希望』。それに触れれば、簡単に絶望などできない、してはならないということを、強く実感してもらえるだろうと思います」と書かれている。
何かをきちんと伝えるためには、一定程度の分量は必要だ。短い文章や単語、キャッチフレーズだけでは、伝えることができないものがある。それは、たくさんある。社会も人それぞれの人生も複雑になった今、それは当たり前のことだ。「希望」はおそらく、最近では珍しく、分厚い。活字が多い。しかし、分厚さにはそれ相応の意味があるし、分厚いぶん、インタビューに応じてくれた方々の種々の思いがぎっしりと詰まっている。
自分の携わった本が、どのような読まれ方をしているか、それはやはり気になる。とくに、「希望」は思い入れが強いだけに、今回の書評はうれしかった。中学生でも十分に理解できる内容だし、中学生や高校生にこそ、読んでもらいたいとも感じている。
「希望」(旬報社)のアマゾンのページはこちら。書店の店頭でも、ぜひ手にとって下さい。
何かをきちんと伝えるためには、一定程度の分量は必要だ。短い文章や単語、キャッチフレーズだけでは、伝えることができないものがある。それは、たくさんある。社会も人それぞれの人生も複雑になった今、それは当たり前のことだ。「希望」はおそらく、最近では珍しく、分厚い。活字が多い。しかし、分厚さにはそれ相応の意味があるし、分厚いぶん、インタビューに応じてくれた方々の種々の思いがぎっしりと詰まっている。
自分の携わった本が、どのような読まれ方をしているか、それはやはり気になる。とくに、「希望」は思い入れが強いだけに、今回の書評はうれしかった。中学生でも十分に理解できる内容だし、中学生や高校生にこそ、読んでもらいたいとも感じている。
「希望」(旬報社)のアマゾンのページはこちら。書店の店頭でも、ぜひ手にとって下さい。
インタビュー集「希望」の書評、読後感
インタビュー集「希望」(旬報社刊)が、ありがたいことに、あちこちで好評を頂いている。「予想以上に分厚い」という声も頂くが、世の中の様々な人々の声をきちんと伝えようとしたら、こんな分量になった。しかし、分厚い=読みにくい、ではないと思う。インタビューされた人が、読者であるあなたの前で自在に語り始める。。。そんな特別な一冊だ。
最近の書評やネットで拾った読後感を紹介しておきたい。
東京新聞 中日新聞の書評 (記事のPDFはこちら)
人間が生き続けるために必要な事柄の一つは希望を保つことであろう。だが原発事故を含む東日本大震災後では、どれだけの人々が希望を失っているだろうか。本書は大震災の前年にインタビューを開始し、六十三人の<希望>を収集した大書だ。発刊前に災害が起きたため、被災者の声も収録されている。登場者は幾人かの著名人を含み、大半が市井の人々。高校生から八十代までを網羅しているが、比較的三十代、四十代が多い。その仕事と場、そして人生体験の多種多様さ。このこと自体に評者はある種の希望を感じた。
白地に赤い「希望」の書名と、笑顔あふれる家族の白黒写真のカバーに固まった心がほぐれてゆく。表現は明るいが、絶望を希望に変え、希望に到達していくまでを語る人々の心情は重い。
語り手の言葉遣いが一言一句そのまま記されており、声音や抑揚までもが読む者に反響する。その率直な語りの中に、虚を衝(つ)かれる感動的な言が浮上してくる。プロの書き手である二十人の取材者は、芝居のト書きに似た説明を適所に補うだけで黒子に徹する。語り手が一気に独白する人生は、まさにその人だけのドラマである。内容ごとに「生きて、生き抜いて」「既成を疑う」「日本で生きる、外国で生きる」「転身、その後に考えたこと」などの章立てはまことに魅力的だ。
印象的なのは、彼らが自身の希望に言及したりその<ありか>を設定することなく、通過してきた地点、いまある位置について淡々と述べていることだ。度重なる試行錯誤や艱難(かんなん)を乗り越えてきた自信に満ちている(後略)。
ブログ revolution から
とかく、自分さえ良ければ良い、他人を蹴落として自分だけが這い上がれば良いといった、資本主義的競争原理に基づいた利己主義で生きるのが人間の本性だと思いがちだ。『希望』高田昌幸編(旬報社)を読むと、世の中、そんな人ばかりでは無いことが分かる。
24時間365日急患を受け付ける「スマイル子どもクリニック」を立ち上げた加藤さんご夫妻。夜間救急に対応してくれる病院が少なく、たらい回しになって亡くなる患者が後を絶たない現状を憂え、最初は無給で預貯金を切り崩したり、自身が過労で倒れ救急車で運ばれたりしながらも、とにかく子どもの命を助けたい一心で、苦労を苦労と思わずチャレンジし続け、徐々に理解者や協力者が増え、現在は常勤医師が2医院で5人、非常勤医師35人、看護師・薬剤師・事務員・警備員120人。最近は、海外難民キャンプでの医療支援も始めたとのこと。医は算術でなく仁術だという事を実践している人達が居ることは、何とも心強いことだ。
長野県安曇野市に、鉄格子もフェンスも鍵も無い少年院「有明高原寮」があり、短期集中で矯正教育を受けている少年たちと、地域の女性や小中学生が「鐘の鳴る丘コンサート」を開いているという。生徒(16~19歳の少年20人ほど)が先に会場にいて歌い始め、その歌声の中へ、女性合唱団が入場し、互いに向き合って表情を見ながら歌う。心を一つにして歌うことで、一瞬のうちにきずなが生まれる。歌う人も聴く人も、会場中の人が感激し、泣く人が沢山いるとのこと。この音楽指導をしている西山さんは難病を抱えながら、「命がけであの子たちと付き合ってます。命がけで音楽やるんです。出来るときに何でも一生懸命にやっとく。それが成功に繋がるし、次の喜びや達成感に変わる。苦労や厳しさの向こうに未来ってあるでしょ?」と明るく語る。
他にも、「元受刑者だろうが関係ない。みんな人生かかってるから。」と受刑者や障害者を受け入れている建設会社の社長や、「守銭奴になったらいかん。」と社長の給料より従業員の給料を高くしている電気チェーン店の社長、両手の無い書家など、世のため人のため真摯に、試練を超えて逞しく生きている素晴らしい人達が紹介されている。
差別や偏見、虚栄心に満ちた社会の中で、自分の幸せより他者の幸せを考え、弱者に寄り添い、罪を憎んで人を憎まずの温かい寛容な心で地域を変える人達が居る。華やかなマスコミに登場したり、表彰されたりする事も無く、人知れず、よりよい社会、誰もが幸せに生きられる社会の実現のために、ひたむきに尽力する人達が居る・・・
「希望」という名の歌声が聞こえる めい展じゃあなる
久しぶりに、いい本と出会いました。「希望」(高田昌幸編、旬報社)。大津波に生活を砕かれた岩手の16歳の女子高生、回りの医者たちが逃げ出す中で孤軍奮闘して薬害エイズ患者を治療した医師、少年院の生徒たちと歌い続ける合唱団のおばさんもいました。「あなたの希望は何ですか」というインタビューに答えた全国の47人が登場します。3・11で大きくへこんだニッポン。でも前を向いて懸命に生きる、元気な人たちがいるのです。
寺山修司はすごい人です。彼のポケットには名言がつまっている。「五木寛之の世界」(文芸春秋社)に「黒いアルバム」という寺山の文章があります。五木の小説に出てくる主人公たちは、無の世界を見た「人生をおりた」人が多いそうです。「人生をおりる」というのは、「希望という病気」から全快してアッケラカンと風に吹かれて生きてゆくことだ、と寺山は書いていました。
アラ還の年代になると「夢もチボー」もなくなります。眠りが浅くなって見るのは悪い夢ばかり。特に3・11以降は夢見が悪い。寺山さんがいうように、希望とは無縁のアッケラカン人生もいいな、と無の世界が広がっていました。
そんな時に読んだのが「希望」です。
長野の合唱おばさんたちは、毎年1回「鐘の鳴る丘コンサート」を開いて30年になるそうです。場所は安曇野市にある少年院の体育館。おばさんたちの女性合唱のあとに生徒たちの男性合唱があり、お客さんと一緒に童謡などを歌ったあとがメインの混成合唱です。それぞれ別々に練習してきて、本番で初めて一緒に歌う混声合唱。それが大きな渦となって、熱く燃えるような歌声が広がるそうです。「歌う人も聴く人も、会場中の人が感激しちゃって、泣く人がたくさんいてね。わけもなく涙がでてくるんですよ。最後に長渕剛さんの<乾杯>を歌って、生徒たちも涙、涙でね」(指導者の西山紀子さん)
北海道の人も出てきます。イラクで人質になって有名になった高遠菜穂子さんは今も支援のボランティアを続けています。夜間中学をつくる運動を20年間やっている札幌の工藤慶一さんとか、頑張っている人がたくさんいるんですね。
小さくても希望の灯をしっかり見据えて前に進む人たちの姿に打たれます。アッケラカンおじさんは赤面の限りです。
インタビュー集「希望」(旬報社) アマゾンのページ
最近の書評やネットで拾った読後感を紹介しておきたい。
東京新聞 中日新聞の書評 (記事のPDFはこちら)
人間が生き続けるために必要な事柄の一つは希望を保つことであろう。だが原発事故を含む東日本大震災後では、どれだけの人々が希望を失っているだろうか。本書は大震災の前年にインタビューを開始し、六十三人の<希望>を収集した大書だ。発刊前に災害が起きたため、被災者の声も収録されている。登場者は幾人かの著名人を含み、大半が市井の人々。高校生から八十代までを網羅しているが、比較的三十代、四十代が多い。その仕事と場、そして人生体験の多種多様さ。このこと自体に評者はある種の希望を感じた。
白地に赤い「希望」の書名と、笑顔あふれる家族の白黒写真のカバーに固まった心がほぐれてゆく。表現は明るいが、絶望を希望に変え、希望に到達していくまでを語る人々の心情は重い。
語り手の言葉遣いが一言一句そのまま記されており、声音や抑揚までもが読む者に反響する。その率直な語りの中に、虚を衝(つ)かれる感動的な言が浮上してくる。プロの書き手である二十人の取材者は、芝居のト書きに似た説明を適所に補うだけで黒子に徹する。語り手が一気に独白する人生は、まさにその人だけのドラマである。内容ごとに「生きて、生き抜いて」「既成を疑う」「日本で生きる、外国で生きる」「転身、その後に考えたこと」などの章立てはまことに魅力的だ。
印象的なのは、彼らが自身の希望に言及したりその<ありか>を設定することなく、通過してきた地点、いまある位置について淡々と述べていることだ。度重なる試行錯誤や艱難(かんなん)を乗り越えてきた自信に満ちている(後略)。
ブログ revolution から
とかく、自分さえ良ければ良い、他人を蹴落として自分だけが這い上がれば良いといった、資本主義的競争原理に基づいた利己主義で生きるのが人間の本性だと思いがちだ。『希望』高田昌幸編(旬報社)を読むと、世の中、そんな人ばかりでは無いことが分かる。
24時間365日急患を受け付ける「スマイル子どもクリニック」を立ち上げた加藤さんご夫妻。夜間救急に対応してくれる病院が少なく、たらい回しになって亡くなる患者が後を絶たない現状を憂え、最初は無給で預貯金を切り崩したり、自身が過労で倒れ救急車で運ばれたりしながらも、とにかく子どもの命を助けたい一心で、苦労を苦労と思わずチャレンジし続け、徐々に理解者や協力者が増え、現在は常勤医師が2医院で5人、非常勤医師35人、看護師・薬剤師・事務員・警備員120人。最近は、海外難民キャンプでの医療支援も始めたとのこと。医は算術でなく仁術だという事を実践している人達が居ることは、何とも心強いことだ。
長野県安曇野市に、鉄格子もフェンスも鍵も無い少年院「有明高原寮」があり、短期集中で矯正教育を受けている少年たちと、地域の女性や小中学生が「鐘の鳴る丘コンサート」を開いているという。生徒(16~19歳の少年20人ほど)が先に会場にいて歌い始め、その歌声の中へ、女性合唱団が入場し、互いに向き合って表情を見ながら歌う。心を一つにして歌うことで、一瞬のうちにきずなが生まれる。歌う人も聴く人も、会場中の人が感激し、泣く人が沢山いるとのこと。この音楽指導をしている西山さんは難病を抱えながら、「命がけであの子たちと付き合ってます。命がけで音楽やるんです。出来るときに何でも一生懸命にやっとく。それが成功に繋がるし、次の喜びや達成感に変わる。苦労や厳しさの向こうに未来ってあるでしょ?」と明るく語る。
他にも、「元受刑者だろうが関係ない。みんな人生かかってるから。」と受刑者や障害者を受け入れている建設会社の社長や、「守銭奴になったらいかん。」と社長の給料より従業員の給料を高くしている電気チェーン店の社長、両手の無い書家など、世のため人のため真摯に、試練を超えて逞しく生きている素晴らしい人達が紹介されている。
差別や偏見、虚栄心に満ちた社会の中で、自分の幸せより他者の幸せを考え、弱者に寄り添い、罪を憎んで人を憎まずの温かい寛容な心で地域を変える人達が居る。華やかなマスコミに登場したり、表彰されたりする事も無く、人知れず、よりよい社会、誰もが幸せに生きられる社会の実現のために、ひたむきに尽力する人達が居る・・・
「希望」という名の歌声が聞こえる めい展じゃあなる
久しぶりに、いい本と出会いました。「希望」(高田昌幸編、旬報社)。大津波に生活を砕かれた岩手の16歳の女子高生、回りの医者たちが逃げ出す中で孤軍奮闘して薬害エイズ患者を治療した医師、少年院の生徒たちと歌い続ける合唱団のおばさんもいました。「あなたの希望は何ですか」というインタビューに答えた全国の47人が登場します。3・11で大きくへこんだニッポン。でも前を向いて懸命に生きる、元気な人たちがいるのです。
寺山修司はすごい人です。彼のポケットには名言がつまっている。「五木寛之の世界」(文芸春秋社)に「黒いアルバム」という寺山の文章があります。五木の小説に出てくる主人公たちは、無の世界を見た「人生をおりた」人が多いそうです。「人生をおりる」というのは、「希望という病気」から全快してアッケラカンと風に吹かれて生きてゆくことだ、と寺山は書いていました。
アラ還の年代になると「夢もチボー」もなくなります。眠りが浅くなって見るのは悪い夢ばかり。特に3・11以降は夢見が悪い。寺山さんがいうように、希望とは無縁のアッケラカン人生もいいな、と無の世界が広がっていました。
そんな時に読んだのが「希望」です。
長野の合唱おばさんたちは、毎年1回「鐘の鳴る丘コンサート」を開いて30年になるそうです。場所は安曇野市にある少年院の体育館。おばさんたちの女性合唱のあとに生徒たちの男性合唱があり、お客さんと一緒に童謡などを歌ったあとがメインの混成合唱です。それぞれ別々に練習してきて、本番で初めて一緒に歌う混声合唱。それが大きな渦となって、熱く燃えるような歌声が広がるそうです。「歌う人も聴く人も、会場中の人が感激しちゃって、泣く人がたくさんいてね。わけもなく涙がでてくるんですよ。最後に長渕剛さんの<乾杯>を歌って、生徒たちも涙、涙でね」(指導者の西山紀子さん)
北海道の人も出てきます。イラクで人質になって有名になった高遠菜穂子さんは今も支援のボランティアを続けています。夜間中学をつくる運動を20年間やっている札幌の工藤慶一さんとか、頑張っている人がたくさんいるんですね。
小さくても希望の灯をしっかり見据えて前に進む人たちの姿に打たれます。アッケラカンおじさんは赤面の限りです。
インタビュー集「希望」(旬報社) アマゾンのページ
報道をどう変えるか(1) 問題は「本記」にある
あまりにも当たり前すぎて、ふだんは不思議に思わないことがある。「新聞はニュースを報じる」。これもその一つだ。ニュースを報じない新聞は新聞ではない。実にその通りだ。しかし、「新聞はニュースに縛られている」のも事実である。これはどういう意味か。先日、東京・文京のシビックセンターで月刊誌「創」のシンポジウムがあって、そこでも同じことを言った。うまく説明できたかどうか、自信がないので、ここに書き残して、再度きちんと説明しておこうと思う。
「ニュースとは何か」という、大学の講義みたいな話になってしまうが、少しお付き合い願いたい。
ニュースの基本は「出来事」を追うことだ。戦争や政局、事件・事故、株価の動向、企業の新製品。これらは、すべて「出来事」である。出来事であるからニュースになる。「出来事」とは、簡単に言えば、「動き」のことだ。逆に言えば、「動き」のないものはニュースになりにくい。
最近、「新聞は原発反対のことをずっと書いてこなかった」「原発の危険性を訴えてこなかった」と批判されている。私に言わせると、前者は誤解、後者は正解である。
図書館で古い縮刷版を紐解く機会があれば、ぜひ、眺めて欲しい。全国各地で原発反対運動が盛り上がっていた1970年代、80年代、新聞はそれなりに反対運動のことを報じていた。もちろん、報道内容に濃淡はある。媒体によって差もある。読者の立ち位置によって、報道内容への評価も分かれよう。しかし、「反対運動を報じて来なかった」は誤りだ。公聴会が大荒れになったとか、反対派が集会を開いたとか、それなりの報道は続いていた。それが80年代の後半ごろから、ぴたりと止んだ。なぜか。答えは簡単だ。原発が出来て、稼働を始め、反対運動がしぼんで来たからだ。原発が既成事実になって、反対運動の「動き」が小さくなってきたからだ。
そうなると、次に来る原発関連の大きなニュースは何か。電力会社が次ぎに何を行うか、を追うことだ。原発の増設、新規計画の動向、プルサーマル計画の進捗。そういった「動き」がニュースになる。新聞社では、「反対運動」の取材主体は、たいていが社会部であり、「電力会社」の取材主体は経済部だ。反対運動の縮小に伴い、社会部の担当記者はいなくなったり、配置換えになったり、「反対運動担当」という役割が消えたりした。しかし、原発計画は進むから、それを追いかける電力会社担当記者は残った。そういう構造の下で、1990年代以降の原発報道は進んだ。
「原発の危険性を報じる」はある意味、日々のニュースを追うことではない。掘り下げる価値と必要性は十分にある。しかし、目立った「動き」はない。そこに隘路がある。
新聞のニュース原稿には「本記」「解説」「サイド・雑観」といった種別がある。
「本記」とは、出来事の骨格を書いた記事を指す。いつ、だれが、どこで、何を、なぜ、どのように。5W1Hの要素を盛り込んだ、基本的な記事である。「解説」はその出来事が持つ意味を文字通り解説する記事を指す。記者の考えが入るケースもある。「雑観」はその現場の様子などを描く記事であり、社会面用として使用されることが多い。
新聞社の外勤記者は、その多くが記者クラブに所属し、各記者は担当部署の「動き」を「本記」を書く。それが報道の全ての始まりだ。批判が集まっている「発表報道」にしても、多くは「本記」として立ち現れる。すなわち、「本記」がないと、そのほかの記事はなかなか展開しにくい。そういう構造になっている。雑誌的な長文のルポはそもそもが現代の新聞からは排除されているが、仮に書いたとしても、「本記」が全くないところでは書きにくい。
新聞は「本記がすべて」である。しかしながら、「本記」は「動き」や「出来事」に縛られている。だから、種々の問題が発生する。
新聞社は組織であるから、「分業」である。社員は「特定の取材部門に配置」されている。「担当」を持っている。「担当」とは多くの場合、特定の記者クラブに所属すること同義だ。全国紙は記者の過半が東京に集中し、かつ、中央省庁や政党、大企業などに偏重して配置されている。社員記者は企業人である以上、働かねばならない。社員記者が働くということは、「配置先」の「動き」を追うことを意味する。結果として何が生まれるか。「東京発・中央発ニュース」の大量生産、「記者を配置した分野・役所などに限定されたニュース」の大量生産である。
従って、記者を配置してない分野の「本記」は、なかなか紙面に登場しない。私がよく使う例だが、戸別の事件事故はよく紙面に載る。その一方、山のように存在する労働紛争は滅多に紙面に載らない。理由は一つではないが、警察には記者クラブがあって多数の記者を配置しているのに、労働基準監督局・書には記者クラブがなく、記者をほとんど常駐させていない。それも大きな理由である(労基署に記者クラブをつくれと言っているわけではない)。しかも、この記者クラブの配置、その人数などは戦後ずっと大きくは変わっていない。
一方、日本の大メディアには、市民団体やNGOの担当記者はほとんどいない。いても数人であり、兼任がほとんどだ。乱暴な例だが、「原子力情報資料室」「グリーンピース」の専属の担当記者はいない。彼らもたくさんの「発表」を行っているが、担当記者が事実上いないから、記者を重点配置した中央省庁の「発表」だけが大メディアを通じて流れていく。「発表」というスタイルは同じでも、扱いは雲泥の差がある。市民団体と政府機構では役割が違うから、これは当たり前かもしれない。当たり前かもしれないが、そういう構造になっているということは、報道会社自身がきちんと認識しておく必要がある。
また全国紙の大半は、取材者の多くを東京に配置している。全国に取材網があると言っても、地方はあくまで地方であり、「出先」だ。ニュースの価値判断を含め、すべては「東京本社」(一部は大阪など)が決する。「情報発信の過度の東京一極集中」「東京目線・中央目線」の横行である。よほどの問題としてクローズアップされない限り、地方のニュースは地方のニュースとして扱われる。
例えば、米軍基地問題にしても地元紙はずっと報道を続けてきた。玄海原発の話は佐賀新聞がしつこく報道していた。六ヶ所村問題は東奥日報が長く追いかけている。しかし、全国紙は「地方の問題」だとして、地方版に押し込めたり、報道しなかったり、小さくしか扱わなかったりした。ネットが発達してもこの構造は変わっていない。「本記」は全国紙や通信社など「東京目線」による偏重が今なお、続いているのだ。
話を戻す。「本記」を軸にニュースは回る。メディア同士の激しい競争は、すべて「本記」をめぐる競争だ。しかも、上述したような、限定された条件下で、それは行われる。そうした「本記競争」において、取材者は常に他紙の動向を気に掛ける。読者の要請とはあまり関係のないことであっても、
「本記競争」に敗れると、「ダメ記者」の烙印を押されかねない。会社員として、これは相当の痛手である。何しろ、新聞社の昇進や給与制度は公務員とそっくりだ。「●●級・●●号俸」という仕組みが多くの会社で存在している。「年功序列」が依然、幅をきかせている。
ネットが発達して、ニュースには種々の批判が加えられるようになった。批判は重要である。だれもが自由に意見を言う「多様性の確保」こそは、民主主義社会の基本中の基本だ。しかし、ニュースに対する批判・評論は、あくまで「評論」である。あるいは、既報ニュースの検証(それも絶対必要だ)に止まり、「1・5報」の域を出ていない。
「報道を変える」を軸に考えると、世の中が「本記」を軸に回っている現状がある以上、問題は「本記」をどう変えるか、に収斂する。調査報道による新たな事実の発掘は、それ自体が「本記」である。一つは、そうした調査報道を増やすこと。そのためには取材体制の見直し、人事考課の再考なども必要だろう。とは言っても、調査報道もそうそう毎日、紙面を飾るわけではない。
非常に限定された範疇でしか出てこない、しかし、日々溢れかえっている「本記」をどう変えるか。それが決定的に重要だ。では、具体的にどうするか。すぐに実行できること、時間が掛かること、報道会社の組織を見直さなければ出来ないこと。段階はいろいろある。それは追って、また別の機会に記したい。
「ニュースとは何か」という、大学の講義みたいな話になってしまうが、少しお付き合い願いたい。
ニュースの基本は「出来事」を追うことだ。戦争や政局、事件・事故、株価の動向、企業の新製品。これらは、すべて「出来事」である。出来事であるからニュースになる。「出来事」とは、簡単に言えば、「動き」のことだ。逆に言えば、「動き」のないものはニュースになりにくい。
最近、「新聞は原発反対のことをずっと書いてこなかった」「原発の危険性を訴えてこなかった」と批判されている。私に言わせると、前者は誤解、後者は正解である。
図書館で古い縮刷版を紐解く機会があれば、ぜひ、眺めて欲しい。全国各地で原発反対運動が盛り上がっていた1970年代、80年代、新聞はそれなりに反対運動のことを報じていた。もちろん、報道内容に濃淡はある。媒体によって差もある。読者の立ち位置によって、報道内容への評価も分かれよう。しかし、「反対運動を報じて来なかった」は誤りだ。公聴会が大荒れになったとか、反対派が集会を開いたとか、それなりの報道は続いていた。それが80年代の後半ごろから、ぴたりと止んだ。なぜか。答えは簡単だ。原発が出来て、稼働を始め、反対運動がしぼんで来たからだ。原発が既成事実になって、反対運動の「動き」が小さくなってきたからだ。
そうなると、次に来る原発関連の大きなニュースは何か。電力会社が次ぎに何を行うか、を追うことだ。原発の増設、新規計画の動向、プルサーマル計画の進捗。そういった「動き」がニュースになる。新聞社では、「反対運動」の取材主体は、たいていが社会部であり、「電力会社」の取材主体は経済部だ。反対運動の縮小に伴い、社会部の担当記者はいなくなったり、配置換えになったり、「反対運動担当」という役割が消えたりした。しかし、原発計画は進むから、それを追いかける電力会社担当記者は残った。そういう構造の下で、1990年代以降の原発報道は進んだ。
「原発の危険性を報じる」はある意味、日々のニュースを追うことではない。掘り下げる価値と必要性は十分にある。しかし、目立った「動き」はない。そこに隘路がある。
新聞のニュース原稿には「本記」「解説」「サイド・雑観」といった種別がある。
「本記」とは、出来事の骨格を書いた記事を指す。いつ、だれが、どこで、何を、なぜ、どのように。5W1Hの要素を盛り込んだ、基本的な記事である。「解説」はその出来事が持つ意味を文字通り解説する記事を指す。記者の考えが入るケースもある。「雑観」はその現場の様子などを描く記事であり、社会面用として使用されることが多い。
新聞社の外勤記者は、その多くが記者クラブに所属し、各記者は担当部署の「動き」を「本記」を書く。それが報道の全ての始まりだ。批判が集まっている「発表報道」にしても、多くは「本記」として立ち現れる。すなわち、「本記」がないと、そのほかの記事はなかなか展開しにくい。そういう構造になっている。雑誌的な長文のルポはそもそもが現代の新聞からは排除されているが、仮に書いたとしても、「本記」が全くないところでは書きにくい。
新聞は「本記がすべて」である。しかしながら、「本記」は「動き」や「出来事」に縛られている。だから、種々の問題が発生する。
新聞社は組織であるから、「分業」である。社員は「特定の取材部門に配置」されている。「担当」を持っている。「担当」とは多くの場合、特定の記者クラブに所属すること同義だ。全国紙は記者の過半が東京に集中し、かつ、中央省庁や政党、大企業などに偏重して配置されている。社員記者は企業人である以上、働かねばならない。社員記者が働くということは、「配置先」の「動き」を追うことを意味する。結果として何が生まれるか。「東京発・中央発ニュース」の大量生産、「記者を配置した分野・役所などに限定されたニュース」の大量生産である。
従って、記者を配置してない分野の「本記」は、なかなか紙面に登場しない。私がよく使う例だが、戸別の事件事故はよく紙面に載る。その一方、山のように存在する労働紛争は滅多に紙面に載らない。理由は一つではないが、警察には記者クラブがあって多数の記者を配置しているのに、労働基準監督局・書には記者クラブがなく、記者をほとんど常駐させていない。それも大きな理由である(労基署に記者クラブをつくれと言っているわけではない)。しかも、この記者クラブの配置、その人数などは戦後ずっと大きくは変わっていない。
一方、日本の大メディアには、市民団体やNGOの担当記者はほとんどいない。いても数人であり、兼任がほとんどだ。乱暴な例だが、「原子力情報資料室」「グリーンピース」の専属の担当記者はいない。彼らもたくさんの「発表」を行っているが、担当記者が事実上いないから、記者を重点配置した中央省庁の「発表」だけが大メディアを通じて流れていく。「発表」というスタイルは同じでも、扱いは雲泥の差がある。市民団体と政府機構では役割が違うから、これは当たり前かもしれない。当たり前かもしれないが、そういう構造になっているということは、報道会社自身がきちんと認識しておく必要がある。
また全国紙の大半は、取材者の多くを東京に配置している。全国に取材網があると言っても、地方はあくまで地方であり、「出先」だ。ニュースの価値判断を含め、すべては「東京本社」(一部は大阪など)が決する。「情報発信の過度の東京一極集中」「東京目線・中央目線」の横行である。よほどの問題としてクローズアップされない限り、地方のニュースは地方のニュースとして扱われる。
例えば、米軍基地問題にしても地元紙はずっと報道を続けてきた。玄海原発の話は佐賀新聞がしつこく報道していた。六ヶ所村問題は東奥日報が長く追いかけている。しかし、全国紙は「地方の問題」だとして、地方版に押し込めたり、報道しなかったり、小さくしか扱わなかったりした。ネットが発達してもこの構造は変わっていない。「本記」は全国紙や通信社など「東京目線」による偏重が今なお、続いているのだ。
話を戻す。「本記」を軸にニュースは回る。メディア同士の激しい競争は、すべて「本記」をめぐる競争だ。しかも、上述したような、限定された条件下で、それは行われる。そうした「本記競争」において、取材者は常に他紙の動向を気に掛ける。読者の要請とはあまり関係のないことであっても、
「本記競争」に敗れると、「ダメ記者」の烙印を押されかねない。会社員として、これは相当の痛手である。何しろ、新聞社の昇進や給与制度は公務員とそっくりだ。「●●級・●●号俸」という仕組みが多くの会社で存在している。「年功序列」が依然、幅をきかせている。
ネットが発達して、ニュースには種々の批判が加えられるようになった。批判は重要である。だれもが自由に意見を言う「多様性の確保」こそは、民主主義社会の基本中の基本だ。しかし、ニュースに対する批判・評論は、あくまで「評論」である。あるいは、既報ニュースの検証(それも絶対必要だ)に止まり、「1・5報」の域を出ていない。
「報道を変える」を軸に考えると、世の中が「本記」を軸に回っている現状がある以上、問題は「本記」をどう変えるか、に収斂する。調査報道による新たな事実の発掘は、それ自体が「本記」である。一つは、そうした調査報道を増やすこと。そのためには取材体制の見直し、人事考課の再考なども必要だろう。とは言っても、調査報道もそうそう毎日、紙面を飾るわけではない。
非常に限定された範疇でしか出てこない、しかし、日々溢れかえっている「本記」をどう変えるか。それが決定的に重要だ。では、具体的にどうするか。すぐに実行できること、時間が掛かること、報道会社の組織を見直さなければ出来ないこと。段階はいろいろある。それは追って、また別の機会に記したい。
新刊のお知らせ 「権力 VS.調査報道」
今月末か来月早々、新しい本が出ることになりました。「権力 VS.調査報道」というタイトルです。リクルート報道、外務省機密文書問題、高知県闇融資問題、大阪地検特捜部検事による証拠改ざん事件の四つについて、その取材の中核にいた記者に対し、根掘り葉掘りインタビューした内容をまとめた。Q&Aになっているので読みやすいと思うし、それになにより、ここまで語るか、という感じである。
我ながら、実におもしろい、興味深い一冊だと思う。ぜひ、手にとってご覧下さい。
案内はこちら → 「権力 VS.調査報道」
我ながら、実におもしろい、興味深い一冊だと思う。ぜひ、手にとってご覧下さい。
案内はこちら → 「権力 VS.調査報道」
9月、10月のイベント参加予定など。
9−10月、対外的ないくつかの催しに出席します。イベントそのものだけではなく、みなさんと歓談できる時間があれば、と願っています。日程が確定している催しは下記の通りです。詳細は主催者にお尋ねください。
月刊「創」主催 原発シンポジウム第3弾!
日時:2011年9月15日(木) 開場18時20分 開会18時45分 閉会21時30分
会場:文京シビック小ホール
第1部 原発報道の検証――いまメディアに何が問われているのか
18時45分~20時10分
出演:上杉隆(ジャーナリスト)/森達也(作家・監督)/高田昌幸(ジャーナリスト・元北海道新聞報道本部次長)/司会:篠田博之(月刊『創』編集長)
※上杉さんはこの間、既存の記者クラブメディアを徹底批判した急先鋒のジャーナリスト。先頃出版した『報道災害【原発編】』が評判だ。森達也さんはオウム真理教を描いた『A3』で講談社ノンフィクション賞を受賞。創出版から『極私的メディア論』を出版するなどメディア論でも知られる。高田さんは、北海道警裏金追及キャンペーンを道新デスクとして主導しながら、道新に対する道警の巻き返しともいえる訴訟攻撃を受けてきた(『創』2011年1月号の高田さんの署名記事参照)。結局、この6月道新を退社。この高田さんをめぐる経緯そのものがマスメディアの問題を浮き彫りにしているといえる。現役記者の時代から記者クラブ制度批判を続けてきた高田さんに、今のマスメディアのどこがどう問題なのか語っていただく。
第2部 原発と市民運動 20時20分~21時20分
出演:雨宮処凛(作家)/鎌仲ひとみ(映画監督)/鈴木邦男(一水会顧問)/司会・篠田博之
※鎌仲ひとみさんは映画「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映運動を全国で展開している監督。『創』最新号(9・10月合併号)でその映画の上映と原発問題について語っている。
雨宮さんと鈴木さんは、この間、原発反対運動に積極的に関わっており、先頃、創出版からそれぞれ『ドキュメント雨宮☆革命』『新・言論の覚悟』を出版。今注目されている論客だ。
入場料:1000円(当日会場受付でお支払いください)
主催:月刊『創』編集部 申し込みフォーム・詳細はここをクリックしてください。
『希望』(旬報社)刊行記念トークショー
新聞記者という仕事
高田昌幸(ジャーナリスト)×青木理(ジャーナリスト)
■2011年9月17日(土)18:30~20:30(開場18:00)
◇会場 ジュンク堂書店新宿店 8階カフェにて
◇定員 40名
◇入場料 1,000円(1ドリンク付き)
◇参加ご希望のお客様は7Fカウンターにてお申し付けください。
電話でのご予約も承ります。
お問合わせ先:ジュンク堂書店新宿店 電話:03-5363-1300
このトークショーの詳細はこちら
日本ジャーナリスト会議主催
JCJジャーナリスト講座 第1期
★高田が出席するのは10月15日のみです。以下は主催者からの案内です。
☆10月8日土曜からスタート 4回連続
☆第一線の記者・デスクが現場の今を伝える
☆課題作文の添削を含めた徹底的な文章指導も
☆報道写真の撮り方も熟練フォトジャーナリストが伝授
〈JCJジャーナリスト講座の日程〉
◆10月8日(土)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールームで
講座①「海外取材のABC」(元米国特派員) 講座②「特報部の仕事」(現場デスク)
◆10月15日(土)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールームで
北海道新聞の元記者・高田昌幸さんの集中講義 事前に10月5日までに手書きで800字の課題作文をPDFファイルにしてメールで提出。その講評と添削指導を含む。
講座③「取材とは何か。体験的取材報道論」
講座④「報道の文章とは。書くことのプロであれ」
◆10月22日(土)午後1時半から5時 会場は未定(後日、連絡します)
講座⑤「戦争と平和の問題を追う」
講座⑥「原発震災報道を考える」(元NHK解説委員)
◆10月29日(土)午後1時半から5時 会場は未定(同上)
講座⑦「報道写真のためのカメラ術・撮り方のポイント伝授」(元朝日新聞写真部記者)
テーマを決めて撮った写真と簡単な説明文を事前にメールで提出。(詳細は後日連絡)
講座⑧「テレビの仕事・放送記者とは」(在京テレビ局ジャーナリスト)
会費制で簡単な終了パーティーを予定
定員40人。受講者資料代として1回1000円(4回まとめると3200円(支払いは会場で)
申し込みはメールかファクスで。①氏名②年齢③住所④電話番号⑤メールアドレス⑥参加希望日
を明記のうえ日本ジャーナリスト会議事務局へ。9月1日から受け付け開始
メール jcj@tky.3web.ne.jp
ファクス 03・3291・6478
主催・JCJ新聞部会 問い合わせ・JCJ事務局(電話03・3291・6475)
日本ジャーナリスト会議(JCJ)のホームページはこちら。
月刊「創」主催 原発シンポジウム第3弾!
日時:2011年9月15日(木) 開場18時20分 開会18時45分 閉会21時30分
会場:文京シビック小ホール
第1部 原発報道の検証――いまメディアに何が問われているのか
18時45分~20時10分
出演:上杉隆(ジャーナリスト)/森達也(作家・監督)/高田昌幸(ジャーナリスト・元北海道新聞報道本部次長)/司会:篠田博之(月刊『創』編集長)
※上杉さんはこの間、既存の記者クラブメディアを徹底批判した急先鋒のジャーナリスト。先頃出版した『報道災害【原発編】』が評判だ。森達也さんはオウム真理教を描いた『A3』で講談社ノンフィクション賞を受賞。創出版から『極私的メディア論』を出版するなどメディア論でも知られる。高田さんは、北海道警裏金追及キャンペーンを道新デスクとして主導しながら、道新に対する道警の巻き返しともいえる訴訟攻撃を受けてきた(『創』2011年1月号の高田さんの署名記事参照)。結局、この6月道新を退社。この高田さんをめぐる経緯そのものがマスメディアの問題を浮き彫りにしているといえる。現役記者の時代から記者クラブ制度批判を続けてきた高田さんに、今のマスメディアのどこがどう問題なのか語っていただく。
第2部 原発と市民運動 20時20分~21時20分
出演:雨宮処凛(作家)/鎌仲ひとみ(映画監督)/鈴木邦男(一水会顧問)/司会・篠田博之
※鎌仲ひとみさんは映画「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映運動を全国で展開している監督。『創』最新号(9・10月合併号)でその映画の上映と原発問題について語っている。
雨宮さんと鈴木さんは、この間、原発反対運動に積極的に関わっており、先頃、創出版からそれぞれ『ドキュメント雨宮☆革命』『新・言論の覚悟』を出版。今注目されている論客だ。
入場料:1000円(当日会場受付でお支払いください)
主催:月刊『創』編集部 申し込みフォーム・詳細はここをクリックしてください。
『希望』(旬報社)刊行記念トークショー
新聞記者という仕事
高田昌幸(ジャーナリスト)×青木理(ジャーナリスト)
■2011年9月17日(土)18:30~20:30(開場18:00)
◇会場 ジュンク堂書店新宿店 8階カフェにて
◇定員 40名
◇入場料 1,000円(1ドリンク付き)
◇参加ご希望のお客様は7Fカウンターにてお申し付けください。
電話でのご予約も承ります。
お問合わせ先:ジュンク堂書店新宿店 電話:03-5363-1300
このトークショーの詳細はこちら
日本ジャーナリスト会議主催
JCJジャーナリスト講座 第1期
★高田が出席するのは10月15日のみです。以下は主催者からの案内です。
☆10月8日土曜からスタート 4回連続
☆第一線の記者・デスクが現場の今を伝える
☆課題作文の添削を含めた徹底的な文章指導も
☆報道写真の撮り方も熟練フォトジャーナリストが伝授
〈JCJジャーナリスト講座の日程〉
◆10月8日(土)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールームで
講座①「海外取材のABC」(元米国特派員) 講座②「特報部の仕事」(現場デスク)
◆10月15日(土)午後1時半から5時 東京・神保町の岩波セミナールームで
北海道新聞の元記者・高田昌幸さんの集中講義 事前に10月5日までに手書きで800字の課題作文をPDFファイルにしてメールで提出。その講評と添削指導を含む。
講座③「取材とは何か。体験的取材報道論」
講座④「報道の文章とは。書くことのプロであれ」
◆10月22日(土)午後1時半から5時 会場は未定(後日、連絡します)
講座⑤「戦争と平和の問題を追う」
講座⑥「原発震災報道を考える」(元NHK解説委員)
◆10月29日(土)午後1時半から5時 会場は未定(同上)
講座⑦「報道写真のためのカメラ術・撮り方のポイント伝授」(元朝日新聞写真部記者)
テーマを決めて撮った写真と簡単な説明文を事前にメールで提出。(詳細は後日連絡)
講座⑧「テレビの仕事・放送記者とは」(在京テレビ局ジャーナリスト)
会費制で簡単な終了パーティーを予定
定員40人。受講者資料代として1回1000円(4回まとめると3200円(支払いは会場で)
申し込みはメールかファクスで。①氏名②年齢③住所④電話番号⑤メールアドレス⑥参加希望日
を明記のうえ日本ジャーナリスト会議事務局へ。9月1日から受け付け開始
メール jcj@tky.3web.ne.jp
ファクス 03・3291・6478
主催・JCJ新聞部会 問い合わせ・JCJ事務局(電話03・3291・6475)
日本ジャーナリスト会議(JCJ)のホームページはこちら。
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